ハウスクリーニング&リフォーム屋さんの徒然ブログNiigata

つれづれの思いなどを

煙草を吸う人間は早死にで罪滅ぼし

 今アパートの室内リフォームをしているのだが、仕上げの掃除はリフォーム屋でもありハウスクリーニング屋でもある俺がやる。が、住んでいた人間がヘビースモーカーだったらしく、部屋の中じゅうが煙草のヤニで茶色くなっている。壁紙と畳と床のクッションフロアは張り替えるのだが、天井、柱、扉、流し台はそのまま使うから掃除をするのだが、掃除でヤニを吸い込むから病気になりそうだ。あらゆるところにヤニが染み込んで、汚れが取れない。だから普段の掃除の三倍手間がかかる。時間がかかる。そして一日作業すると次の日はぐったりする。体に悪い。
 煙草を吸う人間は医療費は9割負担にすべきだ。自業自得なのだから。そういえば大家から聞いたが、住んでいた男は六十代半ばであっけなく死んだそうだ。これだけ煙草を吸っていれば早死にするだろう。ざまあ見ろ。苦しんで死ねと思うが、そういう人間は苦しむのは三分くらいで、脳溢血かなにかで、ころっと死んだのだろう。俺の父親もそうだった。煙草吸いは自分勝手でわがままで、死ぬときくらい一時間か、いや半日くらい、死ぬほど苦しんで死ねばいいと思うが、ころっと死んでしまうから、それも自分勝手だ。まあ医療費を使わなかったということで、煙草で迷惑をかけた世の中に罪滅ぼししているのかもしれない。

久しぶりにギターを弾いたらピックが欠けた

 二年ぶりにギターを弾いた。
 チューニングが大はばにずれていたから、これも二年ぶりに合わせた。
 ネットの動画検索で、調律A音と検索したらピアノの調律の動画が出てきて、それにラの音が出ていたから、普段はイヤホンで聴いているのだがスピーカーをつないで外に音を出してながらギターの五弦を合わせた。
 五弦をAにして、六弦、四弦、三弦、二弦、一弦を順番に合わせたが、一弦をEにしてみたら他の弦の音が全部微妙にずれていた。またネットのピアノの調律の動画でA音を聞きながら五弦を合わせて、他の減も順番に合わせた。何回かやって、全部の弦の音がそろった。

 この何ヶ月か動画を見て聴いている1996年までのマライヤキャリーを聴きながら、ギターを合わせて弾いた。元から下手なギターが、もっと下手になっている。ドレミファソラシドのスケールを忘れている。コードの配列も忘れている。指も動かなくなっている。
 マライヤに合わせて小さく歌ってみたが、音程が合わない。女のボーカルにはキーが合わないのだが、キーが合わないのではなく、私が発声する音がメロディの一つ一つにはずれる。歌も下手になっている。
 それから右腕の付け根と右肩の間くらいのところが痛い。普段使わない筋肉を使うからだろう。
 でも二年ぶりにギターを触ったのだ。気持ちはいい。

ギターのピックが欠けた
 二時間弾いて、右手に握っていたピックを見たら、先が欠けていた。ピックは三十五年くらい前に買ったものだ。
 去年の年末に新しい弦を買ったのだが、ギターに触る気持ちがなかったから替えていなかった。
 夏の前に新しい弦に交換しよう。そうしたら新しい気持ちで音楽に触ることができる気がする。

自転車のブレーキ修理

 駐車場のほとんどない家のお客さんのところの内装工事に行くのに、内装屋さんの大きな車を優先して、私は自転車で行くことにして、試験のために去年の秋から乗ってない自転車を引っ張り出して乗ってみたら前ブレーキのワイヤーが切れた。
 今日ホームセンターで前と後ろのブレーキワイヤーと、前のブレーキシューを買ってきて直した。買うときにホームセンターの店員に質問したら嘘を言いやがったから怒鳴りつけた。
 前のワイヤーは切れたから交換しなければならなかったけれど、後ろのワイヤーは換えなくてもいいのだが、もう十年乗っているから交換した。初めての作業だからやり直しを何回もして時間がかかったが、何とかできた。ブレーキシューも換えなくてもいいかなと思いながら今のシューを見たらゴムの部分はほとんど無くなっていた。そして減っているゴムはプラスチックみたいに固くなっていたからタイヤを止めるのには用を成さなくなっていた。交換してよかった。
 前ブレーキシュー二つと、前と後ろのブレーキワイヤーは全部で1,500円くらいだった。作業は一時間くらいだった。
 それから変速のスイッチを回してもギアが変わらなくなっていた。そりゃそうだろう、アパートで自転車を駐める場所がないから雨がかかる場所に置いておいているから、部品は錆びているだろう。でも5速のうちの3速くらいで走られるから、走り始めは重いけれど、そして速度が乗ってきてもギアを上げられないけれど、何とか走られるから、ギアの変速ワイヤーを交換するのはまた今度にする。

 ブレーキワイヤーを交換して、新潟駅まで五キロくらいを走った。五月は暑かったのに三日くらい前から寒くなって、寝るときは毛布から布団に替えたくらい今日も肌寒かった。自転車を乗るのも長袖を着ても風を受けるから寒かった。新潟駅からの帰り道の五キロは寒く感じなくなっていたのは、体が暖まっていたのだろうし、気温も上がっていたのだろう。
 半年ぶりにサドルに乗って、往復十キロ走ったら尻が痛かった。いや二キロくらい走ったところで尻が痛くなった。自転車に乗るのが久しぶりだったからだろう。
 でもゆるい風にあたりながら走るひさしぶりの自転車は気持ちがよかった。

首の右側が痛くて曲がらなくなったこと

 昨日5月30日の昼過ぎから焼酎を飲んで早めに寝たら、今朝起きたら首の右側が痛くて曲がらなかった。
 寝すぎなのだろう。右を下に寝たままの姿勢で寝すぎたからだと思う。
 痛いけれど自分の代わりもいないし仕方がないから作業に行って、痛いまま体を動かしていて、何度か横になって体を休めながら仕事をした。
 帰ってシャワーを浴びてビールを飲んでいるが、首の右側が痛いのはそのままだ。
 そういえば昨夜は急に暑くなって布団をやめて毛布だけにした。それも夜中に肌寒くなったのが体に悪かったのかもしれないが、暑い夜で布団だと、布団をはだけてかえって寝冷えするだろう。だから毛布のほうがいいだろうと思う。そして今夜も毛布だけで寝る。
 でもたぶん首が痛いのは、このごろ体を無理に動かす仕事をしているからだと思う。昼間でも何回か休憩をとって横になることが大事だと思う。

 ※6月3日に追記
 6月1日と2日に作業をしたから、いや業者さんの作業の現場監督をしたのだけれど、でもつい手を出して重いものを運んだり、手を動かしたりした。だから首の痛みは治らなかった。
 6月3日は買い物やちょっとした作業に行こうかと思ったが、首を休めるために一日休んだ。
 ベッドで横になっていた。小さい頃から右を下にして横向きに寝ることがおおかったが、そうすると首の右側が痛いのがさらに痛い。ベッドの横に置いているパソコンのモニターを見ながら寝るのだけれど、とうぜん左向きに寝るとモニターは見られない。右向きに寝るのが95パーセントだ。それが首の右側の痛みの原因だと思うが、右手や右肩や腰の悪いことが首の右側に出たのだろうとも思う。
 今日一日ベッドに横になっていたから、だいぶ首の右の痛みは減った。明日晴れるようだからオートバイに乗りたいのだが、乗っても2時間くらいにしておく。

メガネのシリコン製の鼻当ては世の中の進歩

 普段かけているメガネの左側の鼻当てが取れていた。何日か前から鼻の左側が痛いような気がしていたのだが、メガネをはずしたときにふと見たら取れていた。
 鼻当てだけ取り替えることもできるだろうと思って去年の年末に老眼鏡を買った眼鏡屋に行った。女の店員はタダで取り替えますと言ったが、私がタダは嫌ですと言ったら、女はシリコンのものなら248円で交換しますと言った。安すぎるけれど金を払うことができるから頼んだ。
 シリコン製になった鼻当てのメガネをかけたら、驚いたことに鼻にぴったりくっついた。メガネがずれないのだ。私は鼻が低くていつもメガネが下にずれるのだが、シリコンの鼻当てだとメガネが動かない。世の中は進歩していた。
 これでオンナギライの私が眼鏡屋のこの女の店員が美人に見えてしまうほど恩義ができてしまった。

また坐骨神経痛になった2017年5月と子連れ狼

 また坐骨神経痛になってしまった。
 五月七日の日曜日にオートバイで8の字を三時間も回ったからだ。馬韓なことをしたものだ。なぜ三時間も8の字を走ったかは話せば長くなるから書かないが、根本は私の決めたらとことんやってしまうという性格のせいだ。馬鹿な性格に生まれついたものだ。
 次の日から尻にかすかな痛みがあって、我慢しながら、だましだまし生活していた。そして一週間後の五月十四日の日曜日に、朝からパソコンで事務作業をして、午後三時ころから子連れ狼の動画を見た。夜寝るまで焼酎を飲みながら見続けた。胡坐をかいて酒を飲んで座った姿勢のままで見続けた。
 翌日目が覚めたら尻がビリビリ痛かった。体温も上がっていた。計ったら37.5度だった。
 それから月曜日、火曜日と尻がもげるほど痛みにうずいた。左の尻のほうが痛かった。去年の年末のときは両方の尻は同じくらい痛かったのだが、今回は左側が8、右側が2の割合で痛んだ。
 酒を飲むのは痛みには悪いだろうと思い、月曜日と火曜日は飲まなかった。水曜日の朝は痛いけれど何とか歩けるようになった。それでお客さんのところに作業に行った。業者さんと打ち合わせもした。それで嬉しくなって夜焼酎を飲んで寝た。
 今日木曜日の朝は、痛かったけれど歩けないほどではなかった。午前中、事務仕事で半日胡坐をかいてパソコンを使った。昼から仕事のお使いに外に出た。杖を持って出た。杖をついて歩くのは面倒くさい。杖を持っているのを忘れて、つい痛いのに小走りになることも多い。それで左の尻に痛みがビリッと走って、ああ杖を持ってきたんだ、杖をつこうと思い出した。
 今夜、また子連れ狼を見ながら刺身を食べながら日本酒を飲んでいる。明日、もっと良くなっていればいいが。

 子連れ狼を初めて観ている。昔からほとんどテレビを見ない生活をしてきたからだ。そして拝一刀の思いに共感する。拝一刀は俺だというくらいに思ってしまう。拝一刀は私と同じ一匹狼だからだ。そして自分を厳しく律しているからだ。
 子連れ狼のドラマは人気があったらしいが、世間の人間たちは長いものに巻かれる人間がほとんどだから拝一刀の心境がわかるわけがないのに、子連れ狼が人気があったのは解せない。そして拝一刀は、約束を守るということを自分の思想の根本の一つにしている。世間の人間たちは心の底で、嘘をつくことも仕方がないと思っていて、約束を守ることなどほとんどないのに。
 人間というのは普段はちゃらんぽらんに自分勝手に生きているが、無意識の中に芥子粒くらいの大きさで、約束を守りたいとか、一人だけでものごとを成し遂げたいというような願望があるのかもしれない。その一人ひとりの目に見えないほどの小さい願望が子連れ狼の人気をささえていたのかもしれない。
 私は子連れ狼を観ているときは、坐骨神経痛の痛みは忘れている。

 ※五月二十日(土)に追記
 五月十八日の朝目覚めたら尻の痛みは感じなかった。うれしくなって作業と打ち合わせに行ったら、夕方にはまた痛くなった。でも焼酎を飲みながら子連れ狼を二回観て寝た。
 次の日十九日の朝も尻の痛みは感じなかった。仕事の約束はなかったから昼からパソコンで事務仕事をして座りっぱなしだった。夕方からまた焼酎を飲みながら子連れ狼を三回観て寝た。尻を圧迫してしまったから明日の朝が怖かった。
 二十日の朝は尻の痛みはほとんど感じなかった。そろそろいいだろうと思ってオートバイに乗った。昼前から一時間と、昼過ぎから四時間乗った。それでビールを飲みながら書いている。バイクから降りたときは尻はすこし痛かったけれど、胡坐をかいている今は痛くない。これから子連れ狼を二回観て、ラジオを聴いて、寝ようと思う。
 明日の朝痛くなかったら、バイクで遠出する。

 二十一日にバイクに乗ったら、次の日の朝、すこしだけ尻は痛かったが、昼になったころは痛みは消えていた。
 二十二日、二十三日は、尻のことを思い出すとかすかに痛みを覚えただけだった。
 二十四日にはもう尻が痛んだということも忘れていた。

 今回の坐骨神経痛は、七日(日)のバイクの無理な乗り方でなった。それから一週間はチクチクとした痛みだけだったが、それが痛みのピークは十五日(月)に来た。十五日(日)に一日中あぐらをかいてパソコンを見ていたからだろう。それで尻を圧迫してしまったからだろう。十五日、十六日、十七日の三日間は歩けないほど痛んだが、十八日からは痛みは減ってきた。それで二十二日(月)にはほとんど治った。
 歩けないほどの痛みは三、四日間だけだった。その後三、四日間も少し痛んだが、それで痛みは感じなくなった。
 そういえば十五日(月)から二十日(土)まで、毎日尻に使い捨てカイロを貼って過ごした。お灸のつもりだった。それも効いたと思う。血行が良くなるのだから。そうして暖かい日がつづいて体の中の血流も良くなっていたから、治るのが早かったのだろう。

 これからはもう体の無理はしないことに決めた。
 それで五十を過ぎているのに、青春が終わったと思った。

腕時計は薄くて軽いものにかぎることと、電池交換で壊れたこと

 何年か前にバイクに乗るために買った薄い腕時計の電池が切れたから、自分で交換したのだが動かなかった。理由はわからない。100円ショップで買ったボタン電池だからかもしれないが、そうでもないだろう。裏フタの開け方や閉め方が悪かったのかもしれないし、時計の寿命だったのかもしれない。
 同じ時期に買った金属の腕の皮の時計もこのあいだ取り出してみたら、針は止まっていた。同じように電池が切れたのだろう。でも金属製の皮の腕時計は重いから、バイクに乗るときは腕にまきたくない。スーツを着るときに使おうと思って買ったのだ。だけれどそれからスーツを着たのは父親の葬式だけだった。その時も薄いほうの腕時計を腕につけた。軽いほうがラクだからで、それに、私が人がどんな腕時計をしているかなどに興味はないことが自分でわかったし、自分の腕時計など誰も見ていないのもわかったし、腕時計で見栄を張るのも馬鹿らしいと思うようになっていたからだ。
 ということは金属製の皮の重い腕時計は今度使わない。ということは壊れてもいいから自分でボタン電池を交換してもいいということだ。薄い腕時計の交換で買ったボタン電池を残しているから、それが合うならばだが。
 だが電池交換がうまくできても重いから腕にまきたくない、ということは電池交換ができても今後使わないということだ。
 動かさないまま放っておくのは機械物には良くないから、手持ちのボタン電池で合うならば電池交換して、運よく動くようになったら、我慢してバイクに乗るときに使おうと思う。そして電池交換で壊れたとしても惜しくないから、壊れたら捨てる。そして腕時計はもう買わないか、買っても薄くて小さくて軽いものを買う。

車のフェイスが臭くなっている

十年くらい前から車のフロントフェイスが人間の顔に似てきている。それも怒った顔だ。一部の日本車の顔は可愛子ぶりっこしている顔にしているのもある。どれもわざとらしい。芝居の演技でいえば、臭いのだ。
 車の顔だけではない。映画の演出も、ラジオの演出も、広告も、見ていないがテレビもそうだろう。インターネットのサイトの造り方も大げさだ。クサイのだ。頭が悪いのだ。儲かりたいという魂胆が透けて見えるのだ。
 それは娯楽小説の造り方だ。読み手は頭が悪く感受性が低い人間だから大げさな物言いの言い回しにする。娯楽小説の業界の批評は互いの誉めあいしかしないから、それは金儲けが目的だから、放っておけば質は下がる。そしてそれは放送業界もネット業界も車の業界も同じなのだ。政治の業界も大昔からそうだ。
 今、切磋琢磨している業界は、無いのかもしれない。一昔前の純文学の業界だけはそうだったようだが、今はお笑い芸人に純文学界の主要賞を受けさせて、売らんかなの、下卑た業界になっている。芸術とは、いえなくなっている。日本国中が、売れれば、儲かればいいという風潮になっている。
 車は無機的なフロントマスクが気持ちいい。

女の色っぽい声を嫌っていたこと

 今朝早くのラジオで、声のことを言っていた。排卵期の女の声を聞くと男は気がはやる(興奮する)のだそうだ。言われれば生き物として自然なことだと思う。ということは俺もそうなのだろう。だからか若い女の色目を使うような喋りを聞くと怒りっぽくなる。それは俺は自分では、相手に気に入られようとする女の卑怯な思いに腹が立つと俺は自分で思っているが、そうではなく、若い女の排卵期の声に興奮して、その興奮が、たまたま怒りになっているだけのことなのかもしれない、と思った。
 でも、誰でもいいから排卵期の女と子孫を残す行為をしようとは思わない。……と思うことが自分の無意識を騙している可能性はあるが、それは自分でもわからない。でも誰でもいいわけがない。人間社会は子供を作ったら子供にも製作共同者にも責任を負うのだから、誰でもにもその行為をすると、責任が大きくなりすぎて責任を全うできなくなる。責任などどうでもいいと思えば排卵期の女と次から次に女を騙してその行為をすればいいのだろうが、俺は今のところ責任を全うする価値観が強いから、できない。

 今まで女の可愛らしい色っぽい声を汚らしいと思っていたが、それを違う価値観で聞いてみるのも、人生の面白みだとしたら、新しい価値観を得られるのかもしれないと思った。だけれどそれは慎重にしなければならない。
 そして排卵期の女も男の声を聞くと興奮するのだろうと思うが、ラジオではそれは言わなかった。

SRV250のガソリンタンクのコックのレバーの位置は普段は下にしておくべき

 SRV250のガソリンタンクのリザーブのレバーの向きがやっと今日わかった。
 ガソリンコックのレバー(柄)を上にして走って、エンジンがプスプスいってエンストした。その後レバーを下にしてセルを何回かかけたがエンジンはかからなかった。ガソリンを全部使い切ったということになる。
 ということは普段はレバー(柄)を下にして走ればよいということだ。それでエンストしてリザーブにするときにレバーを上にする。ネットでは正確なことが書いてなかったから、ようやく今日自分で調べた。
 ガソリンスタンドの近くに、ゴールデンウィークだから車が停まっていない会社の駐車場があって、無断で入って30キロも8の字をやった。二時間かかった。途中で足と手がしびれてきたけれど、我慢して走った。
 オドメーターが330キロを過ぎたところでエンストした。
 近くのガソリンスタンドにバイクを押していって、満タンにした。12.6リットル入った。たぶんタンクの容量は13リットルなのだろう。リザーブの量はネットでは2.5リットルと書いてあるのが多い。2リットルとしても燃費が30キロくらいだから、リザーブにして60キロくらいは走る計算だ。

 それから今日五月七日が今年初めての黄砂が来たそうだ。そういえば海沿いの道を走っていて海の向こうをみたら佐渡が見えなかったから、そうなのだろう。でも黄砂は桜の咲くころだと思っていたが、ゴールデンウィークが終わるころなのだったか、それが毎年のことなのかはわからない。メモとして書いておく。

 ※次の日に追記
 次の日の朝目覚めて寝返りを打ったら、腰が痛かった。そして仰向けになったら、尾てい骨にしびれるような痛みが走った。二時間も8の字走行をして、バイクの行く先を見すえるために、腰から背骨と首を何百回も左右にひねったからだろう。そうしなければバイクは目指す方向に行かないのだ。
 その痛みは、去年の年末に坐骨神経痛になったときの痛みに似ていた。あわてて起きようと思ったけれど急に体を動かすとよくないと思ったからしばらく寝ていた。七時になったころ起きて、おしっこをした後使い捨てカイロを腰に当てた。それで昼過ぎまで寝たり起きたりしていた。
 昼には腰と肛門の痛みは抑えられていたから、バイクに乗った。二時間乗った。夕方から酒を飲んだ。それほど痛みは感じなくなってる。五月八日の月曜日で今年のゴールデンウィークは終わる。世間より一日多い。明日の朝の腰と肛門の痛みはなくなっていればよいのだが。

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