ハウスクリーニング屋さんの徒然ブログNiigata

ふだんの近況報告 つれづれの思いなどを

ダガシの公務員嫌いの原因は細い目の先生

 小学校の五、六年生のときの社会科の先生が、いやに公務員とは給料は少ないものだと授業中に繰り返し言っていた。
  そのときの先生は、たぶん今の私と同じくらいの年格好だろう。彼は目が細くて顔つきも細面てで、背が高くて、いま思えば良寛に似ていた。

 その社会科の先生は、授業では教科書はホッタラカシで、相撲のことや、外国のことや、仏教のことやらを話してくれた。それはとても面白くて、私はそのときは社会科が好きになったのだった。
 その先生は、どうしてか私を可愛がってくれて(いやそういえば私は、親からも、祖父母からも、そして親戚のおじさん、おばさんたちからも、そして近所のおじさんおばさんたちからも、なぜだか可愛がられて育ったのだったのだが、だからこんな我儘ものになったのだろうと思うが)、彼は授業が終わった後でも、私が質問をすると、その質問以外のことを時間を惜しむそぶりも見せずに、嬉しそうに喋ってくれたのだった。
 とうぜん私はその先生が好きになって、彼が言うことは信じるようになっていたのだった。

 彼は、公務員は民間より給料が安いものだ、公務員は民間よりも割に合わない仕事だ、とことあるごとに言っていた。それを嫌そうなそぶりでなくて、当たり前みたいに言っていたのだった。
 そしてそれを私は真に受けてしまっていたのだ。

 だから私は、公務員は給料は民間より安くあるべきである、公務員は楽しみながら仕事をするべきではない、と思っているのだ。

 さて、この考え方を私は変えるつもりはない。
 だが公務員でも、給料は少なくしておくべきだが、楽しみながら仕事をするということは、あってもいいと思っている。
 そして楽しみながら仕事をするということは、自分の仕事の結果の責任を負うという事である。
 それさえちゃんとしてくれれば、楽しんでくれればいいと、思っている。

 ただだが、公務員の仕事の結果とは何ぞや?
 それは自分を殺して、世間のために、世間が発展する事が、そして世間が出すコストを少なくすることが、公務員の仕事だよ。
 そしてそれは、誰にでもできることじゃない事だよ。
 だからそういう仕事は私は、私の性格上ハナから出来ないわけだから、高校生の頃から、俺は公務員などには成りたくない、と決めていたのである。

 あの社会科の先生は、年恰好からいって、もう死んでいるだろうが、あの細い目がもっと細くなりながら、授業中に言っていた相撲の話なんかを、ときどき思い出して懐かしくなるのだ。

敬語は家族が使わせてくれる

 さっきクローズアップ現代という番組で、辻井というピアニストのことをやっていた。
 私はピアノの演奏の良し悪しのことは分からないから、彼が才能があるかどうかも分からない。
 だが驚いたのは、彼のしゃべりだ。
 辻井という若者は盲目だ。それなのに敬語をきちんと喋る。それも気持ちの良いすがすがしい喋り方だ。
 なぜ目の見えない若いピアニストが敬語を喋るのか。
 そして普通なら、あの若さなら、もっと不遜な喋り方になるはずだろう。

 乱暴者の私は、十代の頃はとくに生意気な言葉遣いもしたが、きちんと敬語を話すこともできた。自分で言うのもなんだが、荒い言葉も丁寧な言葉も上手に使いこなせていたと思う。
 それは、テレビとラジオと、そして沢山の本を読んでいたせいだと自分では思っている。
 私の親は、田舎育ちだし、きちんと敬語を喋ることはできない。だから私の敬語は親ゆずりではないはずなのだ。自分で物にしてきたと思っている。

 だから敬語を使えるかどうかは、テレビとラジオ、そして何よりも本を読んできたかどうかがカギだと思うのだ。
 だから辻井という人がさわやかな敬語を使えることに驚いたのだ。

 彼はテレビは観なかったはずだ。だがテレビの音声を聞いていただろうか。ラジオは聴いていただろう。
 いやそれよりも、彼の親が、ふだん敬語を使って喋っていたのだろう。それを彼は聴いて育って、あのサワヤカな喋り方になったのだろう。

 だがもしかして、親が敬語を喋ることが出来ることと、その子供が敬語を喋ることが出来るということは、あまり関係がないのかもしれないと思ってもいる。
 一番大事なのは、親と、いろんなことを喋ってきたかどうか、そこに、素直に、自分の思いを喋る雰囲気があったかどうか、自分の思いを伝えることができてきたかどうか、それを受け止めてもらってきたかどうか、が大事なのではないかなと思った。

 私の敬語も、私の親が、家族が、私が小さい頃に、私が喋りはじめた頃に、私と沢山喋ってくれたから、出来るようになったのだろうと、思った。

家電製品のエコポイントだとか、クルマの減税とか補助金だとかは、泥棒根性

 テレビ広告で自動車の広告で、「減税も補助金も」などと言っているが、それは俺が嬉しがってもいない思いで払っている税金から出ているのであって、俺は四つ輪業界は膨張しすぎだと思っているし、これからは縮小すべきだと思っているし、そういう俺の払っている税金が何の気なしに四つ輪会社に渡っているのが腹立たしい。

 だいたい四つ輪会社は、売れればいい、自分のところだけが儲かればいいと思っていて、ついこないだもトヨタは「エコ替え」などと調子のいい無責任なことを言っていて腹が立っていたが、俺は自動車メーカ−のいくつかは早くつぶれてくれねえかなあと思うのだ。それは四つ輪会社の中ではまだマシかと思っているホンダも同じなのだ。

 広告を見ていると、「エコポイント」などと騒いでいる家電業界もそうだ。それだってみんな税金から出しているのじゃないか。
 日本の大元をささえているとかと生意気を言っている産業たちも、それに寄生している広告業界とマスコミも、コズルくて、しかも自分がズルイことを隠しておくことすら出来ない頭の悪い無神経さに、辟易するのである。

 もう、日本をささえる産業は変わっているんだよ。変わらなければならないんだよ。なぜならば、人口構成が変わっているんだから。シナモノは行き渡っているのだから。個人がものを調べられて発信できるインターネットというのが、あるんだから。

 クルマ関係といえば、道路ももうこれ以上いらない。ガソリンを燃やして真っ直ぐで広い道を走ることはしなくともいい。いや、しては駄目だ。もう、そのことのために公的な金を使っては駄目だ。
 デコボコしててもいいし、細い道でもいい。曲がりくねっていればなお結構だ。曲がっている道はおもしろいのだ。

 即刻クルマを売ることに税金を使うことを止めろ! 電気製品を売ることにも税金を使うのを止めろ! それは泥棒根性だということに気付け!

パソコンを開かない日も必要

 毎日パソコンの電源を入れている。このブログを始めるときに、そのときはまだパソコンは持ってなかったから、ネットカフェに行ったり新潟駅の中のバナナに行ったりして、ブログを作っていた。
 それまではパソコンというものを扱ったことがなかったのだ。
 それなのにあれから三年半、毎日パソコン画面を見てきた。
 見なかったのは、今年の二月、母親が死んだときに実家に帰っていた五日間だけだ。その後パソコンのスイッチを入れたときの、画面がキラキラしていたのは忘れられない。
 その五日間はテレビも観なかった。ラジオも聴かなかった。新聞も読まなかった。世間から断絶して過ごしていた。
 それでも支障は感じなかった。
 携帯電話とケイタイメールだけで外界とつながっていた。といって携帯電話も五日間で数えるほどしか触らなかった。それで済んだのだった。

 この三年半、ほとんど毎日毎日ブログを書き、去年ホームページを作ってからは月一回は大幅に更新して、三日に一回は文章のテニヲハを直して、毎日いくつかのブログを読んで、パソコン画面をにらんで、そういう生活をしている。
 それはパソコンに依存しているのだろう。
 部屋に帰るとすることは、手を洗って、うがいをして、それからすぐにパソコンの電源を入れることだ。

 ホームページを見て依頼してくれるお客さんのためにも、毎日自分のホームページを点検する意味でも、朝と夜に、メールチェックと、検索エンジンの順位チェックと、ホームページがちゃんと表示されているかを確認するのは仕事のうちだと思っていた。そしてそれを実行してきた。

 だが一月に連続して何日かは、パソコンを開かない日があるべきだと思う。
 テレビも観ない日も必要だと思う。
 そして読むのがメンドクサイ本を読む時間を作る気持ちを作ろうと思う。

たまには可愛い女も見つける

 沼垂の交番の前に女の警察官が突っ立っていた。
 ぼーっと突っ立っている人間を見ると俺は、「おい、手を動かせ!」と怒鳴りつけるのだが、交番前で警察官が厳しい顔つきで立っているのは、それだけで世間の安全を見張っている役割を果たしているのだと思うから、「ご苦労さまです!」と挨拶したくなる。

 栗の木バイパスから見えた女の警察官は、この暑いのに紺色の制服を着て帽子をかぶって、太いベルトをしめていた。
 からだは大きめだ。腹も出ている。だけど手首と足首はほっそりしている。小首をかしげているポーズが可愛らしい。クマのぬいぐるみみたいだ。だが遠くから見ているし、俺は目が悪いから顔かたちはわからない。

 信号が青になってクルマが進んで、また見たら、女警官はポニーテールだった。
 女警官の顔はぼんやりとしかわからないのだが、きりっとした目とふっくらした頬で、任務を遂行しているのだろうと思った。

 新潟市の大半の田舎者が大嫌いで、そしてオンナギライのダガシだけれど、一年に何回かは、好きになりそうなぐらい可愛らしい女性を見つけることはできるのだ。

梅雨ざむは昔のことか

 去年からか、おととしからか、梅雨になっても寒くならなくなった。
 松本と岡谷にいたときは、雨続きの季節はストーブをつけることもあったのだに。
 長野県から離れても、梅雨になったら長袖を着る日は何日かあったのだ。
 それが半袖しかいらない年が続いている。お客さんのところに行くのにも、もうサンダルで短パンだ。

 もう秋まで着ないと思って、さっき長袖類とジーパンを洗濯した。
 インターネットで調べたら、明日まで天気は続くらしい。
 外に干したのを、今夜は取りこまないでみよう。

マイケルは精一杯やったろう

 マイケルジャクソンのビデオをひととおりYouTubeで観ているのだが、唄の合間にふっと見せる思索的な顔つきで、彼は本当は、内向的な型の人間なのだろうと思った。
 あの激しいダンスや高いキーの歌唱の裏側で、自分というものを見つめ、考えることをやめない人なのだろうと思った。

 だが何かの理由で、子供の頃からの思いを変えるすべを知らなくて、一途すぎる生き方をしてしまった人なのだろうと思った。

 それは俺もそうだからだ。
 だが俺は三年前高校生と喧嘩して、やってきた警察をも大声で説教して逮捕されたとき、留置場の中で、このままの俺じゃ、いつかこのままの形で死ぬなと思って、変わろうと思った。
 それはすべては変われていないのかもしれないが、変わろうと思えただけでも自分じゃ大したものだと思っている。

 マイケルも、自分で、変わろうと、自分の何かを変えようと、思っていたと思う。
 あの思索的な目の人だ。変わろうともがいていたと思う。

 だが変わろうとするあいだに死んでしまった。
 だが死んだことは善いも悪いもない。

 マイケルは精一杯やったろう。いや、俺がマイケルを精一杯やったろうなどと言うのはオコガマシイことだ。
 ただ、ありがとうと言う。

手羽元とつまみ菜とムーンウォーク

 よく行くスーパーで手羽元が100グラム58円だった。十二本買って、トマト煮にした。
 冬に使っていたおでんの元が残っていたからトマトと一緒に入れて煮込んだ。

 そしてつまみ菜というのが売っていた。
 つまみ菜は落語に出てくるが食べたことはない。初めて見た。草むらに生えている四つ葉のクローバーに似ている。
 どんぶりばち一杯ぐらいの量で198円だった。安いものなのだなと思った。
 鶏肉も人参もジャガイモも玉ねぎもピーマンも、ぜんぶ煮あがったころに一掴みを洗って鍋に入れた。
 さっと煮立てて火を止めた。

 ひさしぶりに食べた手羽元はうまい。鶏肉のなかで一番好きな部位だ。
 そうしてつまみ菜は、ほのかに苦くて、噛んでると甘くなって、これもおいしいものだと知った。
 一掴みはすぐ口の中に入ってしまったから、もうひとつかみ洗って、鍋に入れた。

 テレビを観ていたら、しかし俺はムーンウォークは結局上手に出来なかったなあ、と思い出した。
 バイクに乗っているときのウォークマンに入っているカセットテープは、マイケルジャクソンが一番多かった。踊りながら歌いながらバイクに乗るダガシにとって、なくてはならない音楽だった。

 マイケルジャクソンがテレビの中で踊っていて唄っているのを聴いていたら、死というものが遠いことのものじゃなくて、いつもそこらへんにうずくまっているみたいに、誰の近くにもあるものなんだよ、という気がした。

梅雨はキュウリを塩で

 このところ毎日きゅうりを食べている。
 夕食に一本、塩だけで。

 洗剤をつけて指でこすって洗って、流水をかけながら手の平でこすってよくすすいだあと、包丁で適当に切ったのを塩を振りながら、コーヒーカップに入れる。
 食器がないから朝使ったコーヒーカップで代用する。
 キュウリ一本分の量に丁度いいのだ。

 湿気が多い季節は、キュウリにマヨネーズは要らない。
 塩だけが合う。さっぱりして合う気がする。

時間かかったエアコンクリーニングの疲れを取る小さい笑顔二つ

 今日の午後からのエアコンクリーニングは時間がかかった。六時間もかかった。シャープので、基板が真ん中に付いているのだった。
 小さくてツメで引っかかってるぐらいのならすぐ外してしまうのだけれど、ネジを三つ外しても、びくとも動かないし、あれこれやってみたのだが外れないで、ちょっと力を入れて引っ張ってみたら外れた。

 カビ汚れは五年ものにしては多くて、時間がかかった。
 何とか落として、組み立てようとしたら、真ん中の基板はすぐ直せたが、外側カバーの付属の小さいフタみたいのをはめるのに時間かかって、お客さんに手伝ってもらいながら試行錯誤してはめた。

 お客さんはダガシよりこまかい性格みたいで、最終確認で懐中電灯を渡してファンまわりを見てもらったら、私の見落としたカビを見つけられて、それも落とした。
 仕上がりの不備を指摘されたのは久しぶりだ。だが気持ちのいいものだ。俺と同じタイプの細かい人もいる、それもイヤミじゃない細かい人もいる、と嬉しかったほどだ。

 ただ時間がかかって、午後三時に始めて夜九時半にお家を出たのだ。遅くなってごめんなさい、と奥さんに謝った。
 そのとき、私が帰るとき、その夫婦の子供の、小さい双子の姉妹の可愛い笑顔が見送ってくれて、疲れが飛んだのが、そのときわかったのだ。

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