ハウスクリーニング屋さんの徒然ブログNiigata

ふだんの近況 つれづれの思いなどを

昔の日本人は、いい人

逝きし世の面影
『逝きし世の面影』渡辺京二
 江戸時代の終わりから明治初期にかけて、日本に滞在していた西洋人が日本人を、おもに町人を、どんなふうに見ていたかというのを書いている。
 そのころの日本の人というのは、男でも女でも年寄りでも子供でも、ほがらかで親切だったのだなと分かる。今と大違いだ。

 朝、道を歩いていると、人家からちょうど出てきた町娘が、見知らぬアメリカ人の自分に、笑顔で「オハイオ」と呼びかけたというくだりは、何のことだろうと思って読みすすむと、おはようと挨拶したのだなと分かる。そんな説明は書いてないところがまた考えオチでなおさら良い。
 日本人を誉めたおしているぐらいの書き方なのだが、読んでいて自分が褒められているようで、気持ちいいのだ。

 櫻井よしこの本で紹介されていたから読んだのだが、読んでよかった。ああおもしろかった。

雪捨ての商売を思いついた

 昨日の夜中に、あのプープーという音がして除雪車が来たのが分かって、窓を開けて見たら、土木作業のショベルカーで道の雪を削って持ち上げて、トラックの荷台に積んでいた。
 面白そうだから外に見に出た。

 トラックが出ていって、ショベルカーを停めて、作業員たちは休憩していた。
「雪はどこに捨てるんですか?」
「ここらの雪は鳥屋野公園にだよ。古町のあたりのは海とか、場所場所で違うところだな」
 作業員たちは厚いオーバーを着込んで毛糸の帽子をかぶって手袋をしているから寒くはないみたいだが、私はパジャマの上にカーディガンを着て、そしてコートをはおっただけの格好だったから、しばらくしたら体が震えてきて、「寒いから入ります。お疲れ様です」といって部屋に戻って寝た。

 今日、栗の木バイパスを運転していてふと思いついたのだが、万代橋でも昭和大橋でも千歳大橋でも、橋に雪を運んで、橋の真ん中から信濃川に落とせばいいのじゃないかなと思った。
 夜中でもいいし、昼間なら往復で全部で四車線のうち、どっちかの方を一車線つぶして、それを雪捨てのための車線にする。

 そして、個人での雪捨ての方法として、普通のトラックか、軽トラックでもいいから、その荷台に雪を積んで、橋から捨てるとか、公共の公園に捨てるのはどうかと思った。
 トラックにシャベルで積み上げるのは大変だが、こんな大雪は十年でも何回もあるわけじゃないからやるしかないし、作業のときにトラックの荷台にスコップの先を当てることになるから、あらかじめ荷台にコンパネみたいな板を敷いておいて、荷台を養生する。

 そうすれば、トラックを持っている会社や個人は、雪捨ての商売が出来る。料金は軽トラ一荷台で一万円ぐらいかな。
 しかしよく考えたら、橋から手作業で雪を捨てるのは危なすぎるな。もし作業中に川に落ちたら、この季節じゃ確実に死ぬな。
 そして次の日の朝、テレビのニュースで新潟市の大雪のことをやっていて、そこで軽トラに雪を積んでいるところが映っていた。
 私の考えることなどはもう、誰かがやっているのだろうな。

二度めはないこと

 去年の今は母親がいつ死ぬかと毎日が不安だった。

 今年は、みじかに死にそうな人がいないから楽な日々だ。

 母親が死ぬというような初めてのことは、やっぱり怖いのだな。

 もう経験したから今度は安心だと思ったが、二度はないのだった、ハハ。

大雪のときにすべきこと

 また大雪になったが、朝、雪かきをしていると、バス停にバス会社の人が何かの貼り紙をしていて、それは今日はこの路線のバスは通らないよという知らせ紙だった。
 こういうときは道をふさいでしまうバスは走らないのは良いことだ。のろのろがもっと遅くなる。こんな日は経済活動は、よっぽどの緊急のこと以外は休むのが良いのだ。

 火事があって、雪で消防車が入れなくて、消火栓も雪に埋もれて、火を消すのが遅れたとテレビで言っていたが、こういうときは仕方ないじゃないか。
 消防を批判するみたいなことを言っている新潟市の馬鹿な人間が画面に映っていたが、何でもかんでも行政に頼るというのは税金が高くなるのだぜ。
 そういうことが、回りまわって積もり積もって国債をいっぱい出すことになって、それが卑怯なやり方で、帳消しになるのは気分が悪い。
 国債が棒引きになることや、税金や健康保険という公金を喰い物にすることやは、卑怯な人間や泥棒根性の医療者が、うまく立ち回って得をすることになって、そういうのは、大概のズルイ新潟市民を見るようで気分が悪い。

 大雪のときは、本当に出なきゃならない用だけ以外は、家で、詩や純文学を読む時間にしろよ。

横綱よ横綱よ、また来いよ

 朝青龍の引退の記者会見をラジオで聴いた。途中からだったが、ああ、可哀想にと思った。
 じゃっかん二十九歳と言っていたが、じゃっかんという意味はそれは違うよと笑ったけれど、日本人でも知らない人間だらけだし、朝青龍はモンゴル人なんだから仕方ないよな。それなのに日本語が上手だよ。よく喋ることができるよ。頭がいいんだろうな。
 そして引退を速攻で決めたのは、さすがスピード感あるよ。

 しかし、朝青龍に、人間としてこいつは殴らなければならないと思わせた馬鹿チンピラと、面白半分に朝青龍をいじめるみたいに攻撃していたマスコミと評論家と、月並みなコ理屈で朝青龍を高みから断罪していた、ものを考えない小市民たちを憎むよ。

 ドルジよ、お前は相撲をやめても、お前なら何をやっても、どこへ行っても、お前がやることをものにできる人間だよ。
 モンゴルに帰ってもときどきは日本に来て、機嫌よく遊んでほしいが、その気持ちになるのは年月がかかるかな。でもいつか来いよ。

特殊清掃「戦う男たち」

『特殊清掃・戦う男たち』
 仕事場の臨場感が伝わる文章で、読みごたえがある。
 だけど世の中のブログと同じで、自分勝手で月並みな理屈と幼稚な善悪の押し付けみたいなのが時々あって、それで興ざめすることもあるのだが、それを差し引いても読みたくなるブログだ。

 だいぶ前からおもしろいと思って読んでいて、ここに載せようとしたら、一時期更新しなくなって、なんだよ身元を出して商売のブログをやってるくせに、ああ、こいつもやっぱり口先だけの奴だったなと思っていたら、最近書き続けているようだから、出した。といって私が勝手に載せるのだが。

 この人のブログだけじゃないが、評論家臭くなったり、うまく世渡りすればいいというせこい根性が鼻についたら、ここから削除するが。

雪が降ると秩父

 今朝、この冬一番寒かった。昨日ベッドに入るときに、もういつもの気温ではなかった。布団の上にもう一枚薄い布団をかけた。
 寒いせいなのか夜中に一度も起きず、目が覚めて枕元の時計を見たら、五時半だった。

 昨夜は東京に雪が降ったとニュースで言っていたが、東京に雪が降ると、どうしてか秩父を思いだす。
 浦和に住んでいたときに、バイクで秩父に行ったことがあるのだ。
 いくつかの山を越えて、川を越えて、関東平野にもこんなに山があるのかと思いながら走っていったら、大きな峠を超えたとたん、ひょいと川沿いの一本道に出て、その低い山に囲まれた道に小さな店や旅館がはりつくようにあって、そこが秩父だった。
 もっと奥に行くと、道の突き当たりのへんに、公園があったように思う。
 道沿いのバス停が目立っていて、それに秩父、と書いてあったのを憶えている。
 栃尾を広くしたような街だった。

 秩父は雪が降ると大雪になるような気がする。だから思い出した。

横綱はただの人間で人格者でもない

 こんかいの朝青龍のことは、まだ本当のことが分かってないからどうこう書かない。

 相撲取りが素人を殴ったのはまずかったが、殴った相手が悪人だったなら、仕方ない。そうならば後遺症が残らないていどに、もっとぶん殴ってやればよかった。

 朝青龍にやましいことがないならば、続けてもいいし、いっそ辞めてもいいし、どっちでも好きなほうをとれ。

 ただ、殴らなければならないような駄目な人間と付き合っているのならば、お前が駄目な人間だということを知れ。

子供の肩甲骨が天使の羽だという仙人

 サリンジャーが死んだそうだが、とっくに死んでいたと思っていた。
 小説のタイトルのせいで、エロなミーハーな中身だと思っていて、ずっと読むのをためらっていて、はじめて読んだのは三十も半ばを過ぎてからだった。
 でも短いものもぜんぶが、エロでもミーハーでもなかった。
 どれも詩のような小説だった。

 サリンジャーは、梶井基次郎を思い出させる。
 作風が似ているかといえば、似てもいないのだけれど、どうしてか連想するのだ。
 年を数えてみたら、サリンジャーは梶井の二十ぐらい下なのだ。

 梶井基次郎を読んだのは、世間知らずの十七、八のときだった。
 サリンジャーを読んだときは、ちょっとだけ世間を知ったときだった。
 そのとき、どっちも、似ていると思ったのだ。

携帯メールが一番

 携帯電話の無料通話料金の残金は、毎月何百円か余っている。
 いいことなのか悪いことなのか携帯電話でこちらからかけるのが少ないのだ。

 独立したばかりのときは何回か下請け仕事をしたことがあって、そのとき元受先との連絡を携帯電話でかけていた。
 それまで携帯電話を持っていなかったのだ。持ちたくなかったのだ。
 だが、「携帯電話の番号を教えてくれ」とか、「携帯電話も持ってないのか?」と言われて、元受けとの連絡のために仕方なく買った。
 そういう連絡は頻繁にしなければならなかった。意味のない連絡が多かった。だが仕事をもらった負い目で、こちらからかけることも多かった。だから携帯電話料金が多くかかったのだ。

 元受け先の態度が横柄で、我慢ならずに何べんも喧嘩して、もう下請け仕事はこりごりだと思って、直接お客さんと取引きする仕事のやり方をするようになったら、携帯電話で喋ることがめっきり減った。

 メールは沢山している。問い合わせを受けたり、依頼されるまでのやり取りを携帯メールでしているし、お得意さんとの連絡も携帯メールでしている。
 だが携帯メールの料金は、一回五円しないくらいのものだ。安いものだ。

 メールといっても、メールはパソコンメールではなく、携帯でするのが良い。理由は早いから。
 自分が気短かだから、自分のお客さんも気短かだと思っていて、何事も早くするべきだと思って、連絡は早く済ますべきだと思っているし、パソコンメールはパソコンを使える場所しか見られないから駄目だし、携帯電話は作業中は電話に出られない。そうすると携帯メールが一番だと思うのだ。手があいた時にチャッと見られるし送れるし。

 そういえばパソコンを持つ前は、毎日のブログの投稿は携帯メールでしていたし、その頃はSeesaaの方に写真投稿も頻繁にしていたから、無料通話料金では足りなかった。
 この今の携帯の使い方は、私にとって良いと思う。携帯で喋るのが嫌いだから、メールでやり取りする。メールは相手の時間も自分の時間も拘束しない。携帯メールは早く見られる。良いと思うのだ。

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