新潟のハウスクリーニング屋さんが出す母への手紙

新潟市のハウスクリーニング屋さんが、ちょっと遠くに住む母親に送る近況報告と、つれづれの思いなど

雁木はあるべきかないべきか

 古町通りが今、雁木がなくなっていてね、、パッと見ると東京みたいに見えるよ。
 通りがすごく明るく見えるんだ。

 それは雁木を新しくする工事をしてて、だから古い雁木を取り払ってるからなんだけど、雁木がないと、すごく開放感あるんだな、とあらためて思ったな。

 もう、雁木は無くしてしまえばいいのに、と思ったよ。
 古町のある建物の大家さんに、そのこと言ったら、陽気のいい今はいいけど、冬の吹雪になったら困るんだ、と言っていた。
 うーん…。新潟市の吹雪なんて、高田や長岡や酒田の吹雪に比べたら、幼稚園レベルなんだけどなあ。…とまあ、それは言わなかったけどね、ハハ。

 でもまあ、新潟市の中で雁木があるのは、今はもう古町通りや他の一部の通りのくらいしかないんだろうから、雁木があるのもいいのかな、と思ったよ。

 冬場になったら、今は忘れてるがんぎのありがたみが、身に染みるんだろうからね。

見積もり無料に反対する

 問い合わせの電話が立て続けに来るときがあるけど、こないだは「一度見に来てほしい、一度見に来てくれ」と、いってんばりの人だった。
 いま電話で詳しいことを説明しますよ、と僕がいくら言っても「一度見てくれ」としか言わないんだ。

 ハウスクリーニングの値段の相場を知らない人のところに行って料金を言うと、高い! と言われてそれっきり、ということが今まで何べんもあったから、電話で正確なところに近い料金を先に言うようにしてるんだけど、それでも見なきゃ分からないだろうなんて、たちの悪い業者みたいなことを、新潟市の人は言うんだな。

 だから僕そのとき、出張見積もりに伺うと三千円いただくことになりますがよろしいですか? と言ったら、それなら要らねえと言われてすぐ電話切られた。

 僕は安さを売り物にして商売をしたくないから、はじめはちょっと高めの値段を言うようにしてるんだけど、それは後になって高くなるより、後になって安くなる方が、お客さんは気持ちいいと思うから。
 でもそういう見積もりの仕方する人間は、世の中にはいないみたいだから、まず「後でまた電話します」と言われて、それっきりなんだけどね、ハハ。

「見積もり無料」という言葉は何の商売でも当たり前のように使われているけど、僕は、見積もりが無料ということはオカシイことだと思ってる。
 だって、見積もりする手間だって、仕事のうちなんだし、その見積もりの手間の分は、受注できなかった見積もりの手間の分は、注文したお客さんの料金の中に混ぜ込ぜになってしまって、結局価格が高くなるもんね。

 それに素朴に、人を動かした手間代を払わずに済まそうってするのは、オカシイことだと思うもんさ。そういうのって、ドロボウ根性とかタカリ根性とか言うのじゃないのかな。

 だから僕は、見積もり無料とは、ホームページにもチラシにも、今までどこにも謳ってなかったし、そしてこないだ作ったHPにはとうとう、「出張見積もりは3000円程度を申し受けます」と書いたよ。

 誰かに手間をかけたら、その手間代を支払う、という素朴なスジミチを通したいと思ってのことだけなんだけどね。

新潟市民よ、捕まるべきことやってるときは姑息なことしないで捕まれ!

 自動車のナンバープレートは、その後ろの方は、ひき逃げされたときに逃げる後ろから見える番号で、あの自動車は誰のクルマか分かるようにする、という意味があるんだってのを三十年前に何かで読んだよ。

 そのとき十六歳の僕はナンバーを隠すのは人間としてカッコワルイことだと思ってさ、俺のナンバープレートは絶対にさらけ出しとおすぞ、と思って実際そうしてきたよ。

 もう一つ、昔からネズミ捕りしてるのを事前に分かる装置をクルマ用品屋さんで売ってるけど、それも卑怯な道具だと思ってたから、絶対に使わなかった。

 僕は五回も免停になってて、そのうちの一回はお客さんの会社の前の道路での駐車違反だけど、あとの四回はスピード違反がかさなって免停になったけど、でもスピード違反してることを分かってやってるのは僕自身なんだから、姑息にヘンな装置付けて逃れようなんてのは嫌だったんだ。

 そのスピード違反は、すべて十キロオーバーぐらいの小間かい違反だったけど、ああ、捕まるときは捕まるのが続くんだな、とそのとき思ったよ。
 それでもネズミ捕りを察知する機械は付けたくなかった。

 そういうダガシが今、道を運転してると時々見るんだけど、後ろのナンバープレートを読み取りにくくする色付きのカバーはめてる自動車や、ナンバー自体を折り曲げて見えないようにしてるバイク…。
 こういうのは走ってる横に走っていって、ナンバーを手でつかみ取って、そいつに放り投げて、
「どういうつもりなんだ泥棒野郎! 捕まるときはいさぎよく捕まれ!」と怒鳴りつけたくなるよ、ハハ。

 人様に迷惑かけるのは、迷惑かけてることを意識しながらやるのなら、まあ、僕はあんまり非難はしない。
 でも悪いことしてるのに、自分は悪いことをしてないんだなんて思い込んでいる想像力のない人間は、自分の悪に気づこうとしない人間は、見てるとこっちが恥ずかしくなるし、そういう人間見てるとツカレルし、そのすぐ後で怒りがパッパッと燃え上がるんだ。

 ただね、どうしてかあれからもう二十年以上スピード違反で捕まってないんだけど、僕がスピード出さなくなったのか、マッポが怠慢になったのか、それはどっちもなんだろうね。

窓掃除中のダガシ

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お客さんとこで撮ったのらよ。
 窓してるときは、後ろからのばっかりになるがよ。

もうすぐ出来上がるホームページ

 作ってるホームページが、あと2ページで出来上がるよ。
 全部で20ページになるな。
 やく一ヶ月かかってるから、一日半で1ページ出来てる勘定だね。

 中身はね、…自画自賛できるよ、ヘヘ。
 やっぱりダガシは何やらせてもスゴイぜ、なーんて思ってしまってスミマセン。

 だけどどうしてか、もうすぐ出来上がるとなると、出来上がらせたくないような気分になってるんだよさ。
 ヘンらよね。

新潟市の会社が外に出られない理由

 アパートの近くにはスーパーが二軒あったんだけど、そのうち一軒がこないだ店じまいしたよ。
 つぶれたのは清水フードセンターっていって、僕が行きたくない方のだったから、僕にとっては大勢に影響はないんだけどね。

 もう一つの方はフジミスーパーという名前で、最近福島県のスーパーの会社に身売りしたと言ってたな。
 だからなのか、従業員の姿勢がテキパキしてきたよ。
 人も、ずいぶん少なくなった。前はヒマそうにしてたり、仕事してるフリしてたりする人間が沢山いて、僕、それ見ると、ここでお金使いたくないな、と思ってたからね。

 それが他の県の会社に買収されたとたん、僕の嫌いだった人間がクビになったのか、あっというまに居なくなってくれて、まあまあやる気ある人が残ったみたいで、前よりも気持ち良く買い物できてるよ。

 新潟市に本社がある会社で、僕が気持ち良くお金を使えるお店は、今のところ、ないんだな。
 製造業だって、新潟市で生まれた会社は全国的な規模になってないはずだよ(北越製紙はあれはたしか長岡で生まれたはずだしさ)。
 物販業でもサービス業でも、新潟市で生まれた会社は、新潟市か下越地方でしかやってられてないよ(亀田製菓は例外だけどさ。それでもいつまでも、米菓が売れつづけるわけじゃないぜよ)。
 新潟市の会社が外に出て発展できない理由は、新潟市の人間の物事のやり方が、他の地域じゃ通用しないからだよさ。
 簡単に言えば、自分勝手な自分さえ良ければいいっていう、ワガママさということらよさ。

 なぜお前ダガシは、そんなに嫌だと思ってる場所で生きてるんだ? と言われそうだけど、それはね、ある大きな目的があっての、ことなんだよさ(今の商売のことじゃないよ)。
 それは何かっていうのは、五年十年しないと、結果が出ないんだけどね。苦しいところなんだよさね、ハハ。

僕は、国にとってのお客様じゃないぞ

 さっき机のすみっこに葉書を見つけて、それが年金特別便って、あの年金額を調べる葉書だった。
 いままで何回も電話かけたんだけど、向こうも忙しがってるんだろう、通じなくて、でもこれは締め切りの日付は書いてないし、まあこういう事は締め切りってのはないだろうな、と思って何ヶ月か放ったらかしだったんだけど、ふと気が向いてさっき電話してみた。
 そうしたら電話、通じたよ。

 中年の女の人が出て、僕に、「お客様」と言ったよ。
 だから僕、その人に言ったんだ。
 私は国にとってお客じゃありませんよ。あなたも僕も、国をかたちづくる要素の一つなんだから、国を良くするための一つなんだから、…おい、聞いてるのか? 俺は客じゃねえぞ。これからあんたも、この電話受ける時は、相手に、お客様なんてことは言わないでくれよ。電話かける奴らがツケアガルからさ、とね。

 新潟市の新しく出来た図書館でも特にそうなんだけど、利用者に無闇にへりくだってるんだけど、それって、意味のない事だよ。
 なぜならば、税金で運営されている施設や仕組みである図書館を、利用させてもらっているのは、益を受けているのは、利用者の方なんだからさ。

 だから職員は、普通の対応してくれればいいんだよさ。僕、図書館に行くと、いつもそれを職員に言うんだよさ。
 言われた職員は、何を言われてるのか分からないみたいだけどね。

 ただね、仕事の結果を出さない職員は、税金から給料出てるんだから、すぐさまクビだよ。
 出すべき仕事の結果とは、自分たちの作業を、仕事を、減らす事だよ。そうやって行政のコストを減らして、人々が払う税金を少なくしてあげることが、公務員や政治家の、究極の仕事だよ。

 そうして図書館とか市役所は特にそうなんだけど、上の人間は、奥の事務所でふんぞり返っていて、現場の人間は、僕ら利用者にヘコヘコしてる。
 多分それは、その組織の封建主義が、差別主義が、そうさせてるんだろなと、思ってるよ。
 人間、下のものに、威張りたいもんねえ、ハハ。

 民営ならば、そして利用者がわにとって選択肢があるのならば、他の業者を使えば済むんだけど、行政は、僕らにとって、選択肢が、ないんだからね。
 だから、選択肢のない、その業界を独占している組織で働いている人間は、結果を出せなければ、辞めさせられる存在なんだよ(まあ、民営だって同じだけどね)。

 その組織を潰すわけにいかないんだから、その組織の駄目な要素を取り替えるしか、ないんだからさ(いやホントは、行政でさえも、地域に二つづつ作っておいて、競争させればいいと思うんだけどさ)。
 …その理屈が分からずに、ノンキに公のお金むさぼって働いてるんだから、ほぼ全部の公務員や電力会社の社員や、NTTやJRや他独占的なオオヤケ的な組織の社員は、クビにしたいんだけどね。

 そうして、国の一要素である僕も母さんも、無闇にオオヤケの金をむさぼろうとするのは、人間としてカッコワルイこと、わきまえたいぜよね。

 そういえば年金特別便の電話は、平日に掛けてくださいと言われたから、またいつか思い出したら掛けるよ。

味付け失敗のほうれん草で

 この秋はじめてのほうれん草を食べたよ。
 ほんとはきのう作ったシチューに入れたかったんだけど、きのうは仕事しないで一日じゅう部屋にこもりたい気分だったから、買いものにも出たくなかったから、台所にあるじゃがいもとにんじんと玉ねぎだけと、こないだ買っておいた鶏の手羽先入れた白いシチュー作って食べた。

 そうして今日は外に出ようと思って用足しに行ったついでにほうれん草買ったよ。
 一袋98円だった。
 安いんだね。

 たしか去年もこの寒くなりはじめの季節に、ほうれん草入れたシチュー作ったこと書いたおぼえあるけど、今年はね、レンコンとほうれん草を炒めたのを作ってみて、食べた。
 醤油味にしたけど、これ美味くもないけど、まあ、こんな味なんだろうと思いながら今、食べながら書いてます。
 味付けを工夫したらば、美味しかったのかな。

 救いなのは、レンコンの白と、ほうれん草の緑色のコントラストが、お皿の中でキレイっぽい感じしてるだけかな、ハハ。

ラジオは入り込む力ある

 おととしパソコンを買ってから、本を読む量がめっきり減ったよ。
 部屋にいるときは、テレビつけっぱなしで、パソコン画面見ながら必要な、というか必要だと思い込んでる情報を検索しながら、パソコン見てる時間が多くなったな。
 といって、その画面の情報が、僕にとって別にことさら必要なわけじゃないんだということは分かってるんだけどね。

 もう十年ぐらい前かな、茨城県の原子力発電所で事故があった時、偶然僕、あるレポート書いてて、書きながらラジオ小さくつけてて、その原子力発電所の事故の速報が流れたときにハッと音量が大きくなったみたいに耳に聞こえて、これはオオゴトなんだな、と書いてるレポート忘れて聴き入ったこと憶えてるよ。

 聞くだけのものは、テレビより、どうしてかラジオの方が耳に入ってくる感じがする。
 それはラジオの方が、聞いてほしい、という意識持って作っているからだと思うな。
 テレビは、観てもらえることで、何かを伝える事ってのをおぎなえてるだろうという、甘えがあるんだろうな、と思うから。

 だからかな、僕は仕事の作業のときでも、何かを書いてるときでも、視覚を大事な対象に置いておきたいときのバックミュージックは、ラジオを選択してるよ。

 でもね、純文学の本を読むときや、本当に大事なもの書いてるときは、ラジオは耳に入りこむ力がありすぎて気が散るから、点けないんだ。無音だよ。

独裁主義者のダガシでも、独裁主義の危なさ知ってるし、今のところの最善の仕組みは

 小泉元首相が、次の選挙には出ないって言ってると、さっきニュースで言ってたね。
 二世議員が多いし、小泉さんも二世というか三世だそうだけど、自分の子供を議員にしようとしないいさぎよさは、いっぱいいる二世議員と違ってたね。
 やっぱり、変わりもんだったね、ダガシと同んなじでさ、ハハ。
(書いた後テレビが言ってたけど、もしかしたら自分の息子に継がせるなんて言ってたけど、そうであったら、小泉は(呼び捨てにするけど)駄目だ。せめて選挙区は別のところから立候補させなきゃ駄目だ)

 前の福田首相も、ここでさっぱりと辞めたら、なおさらカッコヨク過ごせるんだけど、…たぶん、あの人も、やめると思うよ…、ダガシのカンだけどさ。

 僕は世の中の政治家の、一人も信用してないけど、一人だけ顔つきで信頼できる人間だと思ってる人がいる。
 このたびの総裁選挙で、女の人を押した、太った顔の、いつも正直な顔の、小泉さんと同じ派閥の、中川という人だけが、ダガシが政治家で唯一信じられる人だと思える人だよ。

 あの人が総理大臣になってくれるのなら、ダガシは、普段の生意気さを封印して従うけどな、ハハ。

 でもあの人は、大勢の人間に理解される風な薄っぺらい人じゃないみたいだから、政党のトップにはなれないかもしれないな(念のために言うと、それは人間としてはカッコイイことだよさ)。

 僕は、自分の利益を優先しないという政治家を望んでいるけど、そもそもそんな人間が政治の世界に入るわけがないのだから、類は友を呼ぶわけだから、自分の利益最優先の人間がワイワイ自分と同類の人間を政治家として押すわけだから、だから政治家に世の中のことを期待すること自体が矛盾してるんだけどね。

 だから、民主主義というか多数決主義は、政治家に何かを期待するってことは、そもそも間違っているんだと、ダガシは思うんだけどさ。

 じゃあどうすれば世の中良くなるかというと、やっぱり独裁政権しか、世の中は良くならないと、思うんだよさね。
 でも、その独裁者は、政治を間違えたら、すぐさま死刑に処せられるというぐらいの結果責任を負わせられている独裁者でなければ、危なくて独裁権を与えられないよさね。ちょっと極端だけどさ。
 だけど、そういう厳しい責任を負わせられる独裁者じゃ、独裁者の成り手はいないだろうね、ハハ。

 ということは、今の中途半端な民主主義が、今のところは最善の仕組みなのかなあ、とイライラしながらアキラメテルところらよ。

全力でお客さんの側に立つことが、仕事

 やっと今日、難しい仕事が一段落したよ。
 さっき来たお客さんからのメール読むと、僕の仕事の結果に満足してくれてるみたいだから、まあまあ安心してるんだけど、それでも、あの時もっとこうしてたら良かったんじゃないか、あの場面で俺の行動はお客さんにとっての最善だったんだろうか、あの時の俺はお客さんの幸せより俺の利益をもしかして優先していたんじゃないのか、時々どうしてかそう思ってしまうからなのか、利益と逆転したコストの掛け方で仕事してしまう自分の馬鹿さ加減とか、いろいろ苦い味する思い出が、何回も頭の中をよぎるんだ。

 でもいま言えることは、けれんみなく全力を出しきった、という思いかな。
 そして下請け仕事じゃないからこそ、エンドユーザーであるお客さんから直接仕事を受けてるからこそ、100パーセントお客さんの側に立てるんだと思ってる

 だからなのかな、お客さんがまた困ったときは、俺は全力でお客さんの側に立てるんだぜ、と自分で自分のことが分かったと思えてる(自己満足かもしれないけどさ。でもそういうことは自己満足でもいいじゃない。)。

 仕事ってものは、そこから始まるんだと、思っているから。

インターネットの楽しさはホームページ作りじゃないのが分かった

 いま家にいるときはずっとホームページ作ってるよ。
 もうパソコンは見るのもいやだ。
 だいいち目が疲れて疲れて、お尻が痛くて、腰のあたりが固まってしまってちょっと体かたむけるとギシギシ鳴るんだ。

 ちょっとずつだけど、だいぶ進んできてる。
 だけどね、ホームページ作りって、それほど楽しいもんじゃないんだなと、分かったよ。

 やってることは、文字を打ち込んでいく、単純作業なんだもん。
 日本語とアルファベットを、ホームページ作りの決まりにしたがって、交互に打っていくんだ。

 全体的なデザインとか、中身の文章とか、写真決めとかは、もう頭の中で作りおわってたし、細かい文や写真は、シーサーブログの方からアレンジしながら移しかえるみたいな感じだから、だから今やってることは、ただパソコン画面をにらみながら、手首から先を動かしている作業なんだな。
 これは、…つまらない、と思ったよ。

 ホームページ作りで楽しいのは、構想を練ることであって、そこから後は、単なる作業になってしまうんだね。でもそれは何でも同じらかもね。
 そして、あらかた出来てしまったから、それもあって、つまらないと思うのかもね。

 ホームページにさわるのがいやになってるから、作りおわったら放ったらかしにならないように、トップページには日付を入れたコーナーを作ったよ。
 せめて一ヶ月に一回は、何か新しいことを更新しなけりゃ、宣伝用HPなんだからカッコワルイもんね。
 だからそれは、自分へのシバリかな。

 やっぱりインターネットが楽しいのは、ブログで僕自身が自分で好きだと思える文章を書くことが、そしてその種子みたいなのを、フッと思いつく瞬間が、楽しいのだな、と再認識したよ。

遠くで聞こえる自分の内側

 陽が落ちると、あいかわらず虫の音がする。
 ためしにテレビを消してみると、もっとはっきり聞こえるな。

 そういえばきのうからかな、
 遠くを走る列車の音も聞こえるようになったよ。

 夜の色が、だんだん深くなっていく。
 遠くで聞こえる音が、からだの中でも同じように聞こえるみたい。

 自分のからだのうちがわで、
 何かあたらしいものが動きだしてるのも、わかるみたい。

相撲取りや芸能人は麻薬吸っても、しょうがない存在じゃないのかな

 お相撲さんが麻薬を吸ってつかまって、相撲を辞めさせられたんだってね。
 もう一度チャンスをください、という外人のお相撲さんの記者会見をテレビで見たら、許してやってもいいのになあ、と思ったよ。

 僕は大きな罪に対しては、死刑とかの厳罰に処するべきだと思う人間だけど、大麻とか麻薬とか吸うのは、個人的な楽しみとしてもいいのじゃないかなと、ちょっとだけ思ってるんだよさ。
 もちろん麻薬を持ってるのさえ、それが犯罪だということは知ってるし、その理屈も知ってるけどさ。大昔、調べたから。

 どうして調べたかというと、麻薬吸うのは個人的な楽しみとして認めてもいいのじゃないかと思ってたら犯罪だって知って、それはどうしてなんだろうと疑問持ったから。
 それで知ったのは、麻薬吸って麻薬中毒になったら、麻薬を欲しがって欲しがって麻薬がなけりゃ生きていけないようになってしまって、そうなると理性も何も失ってしまって、麻薬を手に入れるためには泥棒したり恐喝したり詐欺をしたり人様の命を奪ったりと、結局そういう重大な犯罪を犯してしまうことになって、社会に犯罪が蔓延してしまって、社会の人々が迷惑するから、だから麻薬は駄目なんだ、ということらしいね。
 その理屈を僕、十代後半に知ったよ。

 でもね、その根拠も分かったうえで思うんだけど、相撲取りとか芸能人とかは、ちょっとぐらいの反社会的なことしても、しょうがないのじゃないのかな、と思うんだよさ。

 だって、そういう人たちって、結局のところ、昔のかわら乞食みたいな存在で、世の人々を、いろいろな意味で楽しませることで禄を食んでる存在で、…そういう存在は、長生きもできないだろうし、世間的な幸せもつかめないだろうし、ただ瞬間瞬間が輝けばそれでよし、というふうに覚悟しながら生きている存在だと思うから。
 そういう存在を、世間の人々だって、自分の体のどこかで求めてるわけだから。

 まあ、早死にすることを担保にして、そしてそれでちょっとでも人様に迷惑かけたらすぐ死刑にすることを担保にして、…相撲取りとか芸能人が麻薬吸うのは、勝手にやればいい、とちょっとだけ思っているんだよさ。でもこういうこと言うと…怒られるだろうなあ、ハハ。

ホームページの作りかけ、少しずつね※翌日追記書いた

 ホームページらしきものをちょっと作ったよ。
 まだ作りかけの枠だけの途中だけど、
これ』です。
 テンプレートの画像が、どうしてなのかサーバーにアップロードできなくて、今のところ文字だけなんだ。

もひとつ下のページがこれ
それと『お問い合わせ用のページ

 自分で用意したカエルの写真だけは、見えるんだけどね。
 また少しずつ作るよ。

 今これは無料のサーバーとドメインで出してるんだけど、全部できあがったら、独自ドメインってのと本当のサーバーを借りて、インターネットに出そうかな。ずっと先だろうけどさ。

             ※

 次の日画像が表示できた!
 このテンプレートの会社の『Temp Nate』という会社に問い合わせしたら、Nさんという人がメールで丁寧に教えてくれて、そのとおりにアップロードしたら出来ました。
 そのあと自分で、白地の場所に僕の考えてたみどり色を付けたり、細かい手直しをちょこちょこしたよ。きれいになったと思うよさ。

 ホームページのことは、分かってる人からすれば、ちょっとしたことなんだろけど、インターネットやホームページの知識ないダガシには、とっても高い壁だったよ。
 いま僕は、大きな山を越えた気分ら、ハハ。

 でもまだ完全に出来上がってないから、このブログからもシーサーからもライブドアからも、正式にリンクはしない。
 それとFC2の無料サーバーと、ホームページのアドレスのドメインは、このままでやっても、充分だなと思うな。

実際のホームページ作りの知識が欲しいなと、ちょっと思ったこと

 ブログを使ったホームページじゃなくて、ホントのホームページを作ろうかな、とずっと前から漠然と思ってるんだけど、今のシーサーのままでも困らないし、無料ブログで宣伝ホームページをやってて、その結果を出してるのも珍しくて嬉しいから、今のままでもいいかなあと思うんだけど、こないだどうしてか急に思い立ってホントのホームページ作ろうとして、インターネットで世の中のテンプレートっていうHPのデザイン枠を200個くらいかな二時間かけてざあっと見てみたら、やっぱりこれはと思うのがなくて、でも最後に偶然一つだけ、優しげでシンプルなデザインのがあったから、ダウンロードしてみた。

 で、作ろうと始めたら、出来なかったよ。
 どこかでパソコンの僕のやり方が間違ってるんだろけど、いくらやってもそのテンプレート枠の形にならないんだな。
 そのデザインを一から作れるほど僕はホームページのこと知らないし、でもそれを勉強すればいいんだろうけど、どうしてか学習しようとする気が起きないんだ。

 それと、自分が作ったホームページを、インターネットのサーバーってところに送るためのソフトもダウンロードしたんだけど、それもサッパリ動かない。
 そっちの方もいろんなやり方試してみたんだけど、駄目なんだな。

 ホームページをこういうふうにしたいっていうデザインも、文も、組み立ても、だいたい頭の中でイメージできてるのに、実際の作業の知識がなくて出来ないんだから、困るよさ。
 でもまあ、今現在はホントのHPが要らないんだということであって、本当に必要な時になったら、自然とやる気出るんだろうなと、根拠もない期待を、自分にしてるんだけどね、ハハ。

おみやげは消えてなくなるものが好き

 今日お得意さんのお掃除に行ったら、チョコレートもらったよ。
 旅行に行ってきて、そのおみやげだといってね。

 もらったチョコをビニール袋に入れて車の助手席に置いて帰ってきたら、チョコ、溶けて包み紙から垂れてた。
 どうりでさっきから、車の中で甘い香りがするなあ、と思ってたんだ、ハハ。

 帰ってすぐそのまま冷蔵庫に入れて、さっき出してみたら、上手に固まってたよ。
 今それを、いただきながら書いてます。

 僕は、お土産というものを否定的に思ってる人間だし、それが物体として、ずーっと残るものをもらいたくないと思ってるにんげんだ。
 だからもし何かをもらうならば、腐って無くなるものか、食べて消えてしまうものが、いいなあ、と思ってる人間で、だからお土産は、ちょっとした食べ物を少しだけもらうのが、僕の気持ちの負担にもならないから、そういう意味でもありがたいなあ、と思ってる。

 そのお得意さんは、すごく頭のいい、気持ちのこまやかな人だから、ダガシの性格も分かって、僕に気を遣わせないように、チョコをくれたんだと思う。
 すごく久しぶりのチョコレートは、僕がふだん忘れてた、人の気遣いというのを思い出させてくれた、優しくなれる味だったな。
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