ハウスクリーニング&リフォーム屋さんの徒然ブログNiigata

つれづれの思いなどを

マイナンバーカードの写真の悪人顔

 今年の確定申告からマイナンバーの番号を記入することになったが、去年の秋に通知カードが来たときに番号は控えていたのだがそれを失くしてしまって、確定申告の書類にコピーを貼ることができない。それでマイナンバーカードを作ることにして、先月の中旬にネットから申請した。
 一か月くらいで手元に届くと調べていたから、何とかぎりぎり確定申告の締め切りに間に合うと思っていたが、一昨日になっても知らせのはがきが来なかったから、今回はマイナンバーの番号を書かずに確定申告を出した。税務署の職員に、番号はどうしましたかと聞かれたが、通知カードを失くしてしまいわかりませんと答えたら、すんなり通った。
 それなのに一昨日の夕方、マイナンバーができたから役場に取りに来いという知らせのはがきが届いた。翌日の三月十五日に役場にマイナンバーカードをもらいに行けば、その足で確定申告の書類に番号を書けた。でも仕方がないから来年から書いて出そうと思う。

 今日マイナンバーカードをもらってきたが、カードに入れた俺の写真は自分でデジタルカメラで撮ったのだが、悪人顔になっている。今まで俺は、自分の顔は子ども顔だと思って生きてきたが、五十を過ぎて年をとって世間の男のように指名手配の写真のような顔になってしまった。それは冬で太ったせいもあるだろうし、カメラを近くに構えて撮影して顔の見え方が歪んだからもあるだろう。だが年相応のしわとたるみのせいが一番の理由だと思う。それも自然なこととしてあきらめている。

ほうれん草を茹でる

 ほうれん草が安くなった。スーパーの日替わりで一袋98円で売っている。初冬のころ高かった大根も、今ではときどき一本98円で売られている。同じように高かった人参も安売りをしている。玉ねぎやジャガイモも一個二十円くらいで買えるときもある。白菜も高い値段ではない。
 だけれど春キャベツが出てきて一個200円くらいはする。生玉ねぎも店に並んでいて、高い価格だ。
 冬が終わって春になるころだから、春の野菜が出てきて、冬の野菜があまっているのだろう。それで大根やほうれん草が安くなっているのだろう。
 だからこのごろ、ほうれん草をよく買う。スーパーから帰ってきたら、手を洗ってうがいをして、着替えもしないですぐに鍋にお湯を沸かす。ほうれん草は放っておくと、すぐしなびてしまうから、買ってきたらその場で茹でてしまったほうが美味しいのだ。
 お湯を沸かしながら、袋からほうれん草を取り出して、水洗いをする。とくにピンク色の根の切り口を爪でこすり洗う。茎の根元のところに細かい砂がたまっているから、蛇口の水を当てて振り洗う。葉にもよく水を当てて、農薬や、もしかして着いているかもしれない放射性物質を洗い流す。
 そうしているうちに鍋のお湯が沸騰してくるから、ほうれん草を根元から入れる。鍋の底に二十秒くらい着けてじっとする。根にお湯の温度がつたわったら、茎を横にして全体をお湯に入れる。すかさずフタをして、また二十秒くらい待つ。フタを開けて箸でほうれん草をひっくり返す。お湯の中で上の方と下の方の茎や葉っぱを入れ替える。そのとき根がよく茹で上がるように、ピンク色のところがお湯の中に入ったままのかたちにしておいて、またフタをして二十秒くらい待つ。
 そうして、またフタを開け、もう一度箸でほうれん草の下と上を入れ替える。ガスの火はもったいないからここで止める。お湯は沸騰しているから余熱でほうれん草を茹でつづける。
 それから二十秒くらいして、鍋のお湯を流しに捨てる。お湯のなくなった鍋を蛇口の下に置いて、フタを取って水を入れる。ほうれん草に水をかけながら、箸で上と下を入れ替えながら冷ます。その間、手が空いているときにまな板と包丁とタッパを用意する。小皿もまな板の横に置いておく。
 ほうれん草は素手でつかめるほど冷めているから、三束くらい取り出して根の位置を合わせて両手で水を絞る。よく絞る。水気がなくなったのをまな板の上に揃えて乗せる。それをくり返す。
 包丁で根から三センチくらいの大きさに切る。切ったほうれん草をタッパに入れる。まな板の上に少し残した分は小皿に盛る。醤油をかけて、すり胡麻をのせて、夕食の一品にする。タッパに入れた分は冷蔵庫に入れておいて、カレーに入れたり卵焼きに入れたりして、三日くらいに分けて食べる。
 ほうれん草の時期はもうすぐ終わる。そうすると桜が咲くころだ。

冬の欝の終わりかもしれない日

 三月六日の今朝、目が覚めたら、死にたいと思わなくなっていた。
 哀しいことを考えてみようとしても、頭がぼおっとして悲しくならない。
 寝ぼけているだけかもしれない。
 一昨日からくしゃみがでるようになったから、花粉がすこし飛んでいるのだろう。
 三月になって、夜中におしっこに起きたときに、二枚上着を着てトイレに行っていたのが、一枚ですんでいる。
 冬眠みたいな冬場の欝が終わったのかもしれない。

あとどれくらい眠れるかを知りたいのは、あとどれくらい生きられるのかを知りたいということ

 夜中に目が覚めて、真っ暗の中で、今何時なんだろうと不安になる。むしょうに現在時刻を知りたくなる。それは五年くらい前からだった。
 だからベッドの両脇に電気で動くデジタルの時計を置いている。横向きに寝ることが多いから、ふと目が覚めたときにすぐ時間がわかるようにしている。それで安心してまた眠りに落ちる。
 昨夜目が覚めたときに思ったのだが、夜中の暗闇の中で時刻が知りたいのは、あと何時間眠れるだろうか知りたいのだろう。眠るのは気持ちがいいから。
 そしてそれは、あとどれくらい生きられるかを知りたがっているのかもしれない。

タブレットを初期化した後の設定のメモ

 タブレットの電源を切っていてもバッテリーの減りが早くなった。去年の秋に遊び半分にカーナビのアプリを入れてから、電源を切ってもすぐにバッテリーが減るようになった。カーナビなど使わないからすぐにアンインストールしたのだが、バッテリーがすぐに減るのは変わらなかった。その後は電源を切る前に、機内モードにしてから電源を切るようにしたら、バッテリーの持ちは長くなった。そして他の原因かもしれないが、全体の動作も重くなったような気がするから、初期化することにした。
 ネットでタブレットの初期化のしかたを調べてやった。五分くらいで終わった。SIMカードを入れたまま初期化してしまったのだが、それもネットで調べたら、とくに問題はないようだった。
 初期化の後、電源を入れたが、ネットにつながらない。パソコンでネットで調べたら、三日くらい置けばつながると書いてあったから、三日間放っておいて、昨日電源を入れてみたが、やっぱりつながらない。またパソコンで調べたら、SIMの設定が必要なのだった。設定のやりかたもネットで調べて、やってみた。それでやっとネットにつながった。
 たしかタブレットを買ったときも設定をしたおぼえがある。それを忘れて、SIMカードを入れれば自動的にインターネットにつながると思いこんでいたのだった。スマホも同じことをしたと思い出した。

 また初期化するだろうから、SIMの接続方法を簡単にメモとして書いておく。
 電源を落としてSIMカードを入れる。電源を入れる。機内モードを解除する。設定ボタンをタップする。
 「SIM管理」の、DOCOMO0701のラジオボタンをオンにする。
 左のメニューの「その他」の中の、「モバイルネットワーク」をタップする。出た画面の「アクセスポイント名」をタップする。表示されたメニューの中の、「新しいAPN」をタップする。
 出た画面の 「アクセスポイントの編集」で、名前を、任意の名前(BIGLOBE)に書き換える。APNを、biglobe.jpに書き換える。ユーザー名を、userに書き換える。パスワードを、0000にする。認証タイプを、「CHAP」を選択する。以上はBIGLOBE会社の場合。
 横三本線をタップして、表示された「保存」の文字をタップする。
 [APN]画面で、設定したAPNの、BIGLOBEの右のラジオボタンをタップする。BIGLOBEのラジオボタンがオンになれば設定完了になる。
 設定は十五分で終わった。

 文字入力のキーボードを変更した。
 初期化する前にタブレットに入れていた文字入力のキーボードのアプリ、Google 日本語入力をまた入れようとしたら、自分のGoogleのアカウントを入れるやり方が変わったようで、入れることができなかった。だからタブレットに元から入っている「Simeji」という文字入力のキーボードを使うことにした。
 設定画面の「言語と入力」の中のデフォルトの中の、「Simeji」のラジオボタンをタップすると、Simejiのキーボードが使えるようになる。Google 日本語入力より使いにくいが、仕方がない。タブレットで文字入力をすることはほとんどないから、我慢してSimejiを使う。
 タブレットでGoogleのアカウントが使えないから、Googleアカウントが必要なブログリーダーのfeedlyも使えない。feedlyと同じお気に入りブログを入れている.ivedoorのブログリーダーを使うことにした。

 他に、タップや文字入力をしても音が出ないようにしたり、画面の明るさを抑えたりして、バッテリーの持ちをよくした。

 その後、タブレットのブラウザにブックマークを作った。
 三日前に、パソコンのブラウザのブックマークの一つ一つの名前とURLを、自分のグーグルメールからヤフーメールに送っておいた。50個くらいあるのを一つずつ書き込んだから手間がかかった。三十分くらいかかった。
 タブレットがインターネットにつながったから、自分のヤフーメールに受信させておいたブックマークのURLを、一つずつタップして、ブックマークを作った。それがもっと手間がかかった。一時間以上かかった。
 もっと簡単に、一発でパソコンからタブレットにブックマークを移す方法もあるのだろうが、知らないから、一つ一つサイトを表示させて、ブックマークに登録した。そのためにかかったLTE通信料は140MBだった。

本当の日本語は日本から遠いところで残る

 土日の夕方は、ちきゅうラジオというのをよく聴く。前にも書いたが、司会のアナウンサーの柿沼郭という人の声質がいいし、番組のゲストとの話の受け答えも即妙で気持ちがいいし、始終謙虚なところからの物言いで人柄もいい。だから柿沼郭という人は頭がいいとわかる。
 それなのに相棒の女キャスターは頭が悪く怠け者だというのがわかるし、聴いていたくなくなる(その名前は出さないでおいてやる。宮城県出身で、東北の大震災のときのラジオ番組で名前が売れて東京に出てきた女だ)。
 何週間か前に、その頭の悪い女キャスターが番組内で自分勝手な物言いをして、柿沼アナウンサーが女に注意したことがあった。そのとき女は一瞬ふてくされた声質になった。公私混同している。頭が悪く我がままだから公私混同するのだろう。世間によくいる人間と同じだ。柿沼さんも前から女の傲慢さに内心腹が立っていたのだろう。
 NHKの若い女アナウンサーは傲慢な物言いが目立つ。ラジオを聴いていると腹が立つことが多い。教養がなく、親の躾がなってないからだが、そういう女しかアナウンサーとして採用しない組織というのが放送局なのだろう。いや、そういう人間があつまるのは放送局だけでないのだろう。今の日本の仕方がないことなのかもしれない。が、それにあらがうことが人間として大事なことだと思う。

 ちきゅうラジオというラジオ番組は、世界の国々に住んでいる日本人に向けた放送だそうだ。だからゲストに出る人は、あちこちの国にいる日本人だ。不思議なことに、そのゲストが喋る日本語は、とても聞きやすいのだ。本来の日本語だからだろう。てにをはを省略せずにきちんとした文章として話すし、何かの言葉を縮めないで喋るし、外国に住んでいるのにカタカナ語を使わないし、しっかりした日本語を話している。そして言葉の一つ一つがはっきり聞こえる。口を大きく開けて発声しているのがわかる。声質も力があるように聞こえる。腹から声を出しているのだろう。若い女の人でも、アニメ声などという気持ち悪い声の人はいない。だから聞き取りやすい。だから聴いていて気持ちがいいのだ。
 番組の頭の悪い女キャスターは、よく思われたいというのが見え見えのかわい子ぶった喋り方が気持ちが悪いのだが、外国に住んでいる日本人はさわやかな喋り方なのだ。
 もう昔ながらの本当の日本語は、外国に行かなければ聞くことができなくなるのかもしれない。

弱い近視用の眼鏡は初期の老眼に合っていた

 去年の年末に買った老眼用の弱い近視の眼鏡をかけて、二ヶ月ぶりに読書をした。
 読みかけの本は著者が頭が悪そうだったから読みたくなくなったから読まなくなって、年末から年始をとおして一月の下旬にかけて坐骨神経痛になって読書どころではなくなったから、まるまる二ヶ月くらい本を開くことはできなかった。
 先月の下旬から尻の痛みもなくなったし、そろそろ本を読もうかなと思っていたのだが、いったん読書の習慣がなくなると、パソコンばかりを無為に見て、本を開くのがおっくううになっていた。小学校に入る前から本の虫だった俺がだ。
 夕方カーテンを引いて、部屋を暗くして、ベッドに入って、スタンドをつけて、去年の年末に買った新しい眼鏡をつけて、それより少し前から読んでいない読みかけの本を開いた。
 あんがいすらすらと読めた。一時間読んで、シャワーを浴びた。
 それから夕食の買い物に行って、かつおのたたきを食べながら日本酒を飲みながらこれを書いている。
 今年の冬は一回くらいしか大雪がなかったし、冬の終わりが早いようだから、もう俺の体が春の気配を感じているのかもしれなくて、だから今、本を読もうと思えているのかもしれない。去年の年末から図書館から借りっぱなしの本で、図書館から返せとメールが来ている。返したいのだが、読んでから返す。言い訳だが俺が借りる本は特殊すぎて世間の人が読もうと思う本ではないから世間の人には迷惑をかけてないと思うのだが、世間の多くの人が読もうと思わない本を図書館に置くのは税金の無駄だろうからそういう意味で世間の人に迷惑をかけているのかもしれない。だけどこれから自分ができる何かのことで世間の人に恩返しをしたいと思う。
 それから弱い近視用の眼鏡は老眼の始まりの目に合っていて、本を読むのや近いところを見るのにぴったりだった。両目が同じようにはっきり見えて、目が疲れない。買ってよかった。

認知行動療法をラジオで聴いた

 袋とか箱とかを捨てられない。紙袋やビニール袋とか、ダンボール箱はどうしてか価値があると思っているのだ。部屋が袋と箱でうまっている。袋や箱は体積があるから部屋の中の空間を無駄にしめている。

 一昨日の朝五時過ぎ頃のNHKのラジオで認知行動療法というのを専門家が喋っていたが、そして今朝も聴いたが、その直後は良いものかもしれないと思ったけれど、要はポジティブシンキングの一種で、自分勝手な考え方で気分転換をして自分の心もちを自分本位に替えることじゃないかと思った。
 でもそれでも認知行動療法にでもすがってみないことには、今の沈んだ気持ちを高めることは始まらないと思った。そのためには自分が客観性をもつことが始まりの始まりなのかと思った。客観性を持つということは、頭の良さであり、自分勝手さの反対のことだから、良いことだろう。

 箱と袋を捨てられないのは自分の何かのコンプレックスがそうさせているのだろうが、認知行動療法で自分を客観的に見ることができれば、箱も袋も捨てることができるかもしれないし、捨てられれば部屋がゴミ屋敷になっていることから脱却できるし、新しい考え方にもなれるかもしれない。

 でもそれは認知行動療法でなくても、気分転換を上手にできればいいのだろうが、気分転換をすること自体が難しいから、気分転換をすることを認知行動療法に頼るのはよいことなのだろう。今は気分が沈んで読書もできないし、身体のあちこちが痛いから体操もできないし、オートバイに乗ることもできないから、外に出たくない。
 外に出ないなら部屋の中でする表現方法をすればいいのだろうが、それもやりたくない。それはここ五年くらいの冬の毎年のことなのだが、それがあたりまえと思えばそのままにすればいいのだが、部屋の中が紙袋とダンボール箱に埋まるのは生活に支障があるし、自然なことではないと思うから、何かやったほうがいいと思っている。

尻の痛み

 先月坐骨神経痛というのになりそうになったが、二ヶ月間自己治療して少し良くなった。
 去年十二月の初旬に尻の穴の周りがチクチク痛くなった。火傷したみたいな痛みで、その何日か前に実家に行ったときにホットカーペットに座っていて尻の穴まわりを火傷したのだろうと思った。
 でも鏡でそこを見ても赤くなっていない。そして一週間くらいしてまた実家に行ったら、尾てい骨が猛烈に痛くなった。立っていられないくらい痛いから、家の中の片付けも掃除もしないでベッドで半日横になっていた。ベッドマットが固めなのだが、仰向けに寝ていると尾てい骨が痛くて、横に向いて寝ていた。それまではベッドマットの固さは丁度良かったのに。
 一日たつと尾てい骨の痛みはおさまったから、少し物を片付けて、新潟市に戻った。そうしたらその夜また尻が痛みだした。尻の肉がというより尻の筋肉が痛みだして、立っていられないくらいに痛くなった。
 ネットで調べたら坐骨神経痛というのがあって、それは治らない病気というか怪我で、上手に付き合っていかなければならないらしい。一番に思ったのは、これでもうオートバイに乗れないのかということだった。
 尻を着いていると痛いから胡坐をかけないし、椅子に座れないから、朝食を食べるときはキッチンの流しで毎日立って食べた。食べおわったらすぐにベッドに横になってじっとしていた。一月は仕事は少ないからよかった。
 立っているときは尻はあまり痛くない。でも寝転ぶと痛いのだ。そして息を吸うときに尻に痛みが走る。呼吸をしないわけにはいかないから、できるだけ力を入れないで息を吸うようにした。
 三日くらいそうやって横になっていたら尻の痛みは減った。一月は仕事は少ないけれど、予約を受けている仕事もあるから、お客さんのところに行った。作業のときは気が張っているから痛みはそれほど感じないが、帰りの車から降りると、とたんに尻の肉が痛んだ。
 実家にまた行く用事があって行ったら、その夜に激しく尻が痛んだ。それでわかった。二時間も運転してシートに尻を圧迫しているから尻が痛くなるのだと。寒さと圧迫で尻の筋肉の血の巡りが悪くなって、尻が痛くなるのだろうと。
 次に実家に行くときに、尻の両側と腰に使い捨てカイロを貼って暖めて、信号で止まるたびに腰と足と上半身を動かして血行を良くした。足元に温風を出して足から暖めた。それまでは日本酒やジュースを助手席の床に置いて運転していたから、それらが温まらないように温風は出さないで走っていたのだ。でも坐骨神経痛にはかえられない、酒もジュースもすこしぐらい温まっても仕方がない、ヒーターを一番熱くして温風を足元に出しながら走った。
 そうしたら二時間車で走って実家に行っても、尻は痛くならなかった。やっぱり冷えと尻の圧迫が悪かったのだ。その前に、列車に乗って眠るときに使う首まわりに巻く枕を百円ショップで買って、シートに置いて、その上にクッションを置いて座って運転した。U字型の枕のUの上の切れ目を尾てい骨の下にするようにして、尾てい骨に圧迫しないようにして運転した。それも良かったのだろう。クッションは低反発のだが、低反発は皮膚を圧迫すると思うから血行には良くないと思うが根拠はない。
 それから毎日朝起きたら昨日の使い捨てカイロは冷えているから、新しい使い捨てカイロを腰に二つ貼って過ごしている。そうしたら尻はあまり痛くなくなった。右の尻だけときどき少しだけ痛いときもあるが、我慢できる痛みだ。
 このまま養生していけば、春になったらオートバイに乗れると思う。安心した。
 今日、お客さんに尻の痛みのことを言って、尻に貼ったカイロに手を触らせた。おばあさんのお客は笑った。

 追記。二月二日に書いている。
 一月二十九日(日)には右の尻の痛みもなくなった。一日座っていても尻は痛くなくなっている。坐骨神経痛も治ったらしい。このまま養生していけば、春になったらオートバイに乗れるだろう。安心している。
 それでもずっと尻と腰の間くらいの位置に使い捨てカイロを貼って過ごしている。春になる暖かくなるまで念のためにカイロは毎日貼りつづける。いや春を過ぎてもカイロは貼りつづけたほうがいいと思っている。だから使い捨てカイロを買っておこうと思っている。

煙草のみは自己責任で吸ってくれ

 政府が飲食店の喫煙を禁止する法律を作ろうとしているそうだが、どっちでもいい。私は煙草を憎んでいるし煙草を吸う人間も大嫌いだが、そもそも外食をしないから、飲食店には行かないのだから、飲食店での煙草の害は関係ない。
 毎日の仕事や日々の人間関係で、私は他人を信用できないようになっているから、飲食店で出される食品など汚くて危なくて食べられないと思っているから、外でものを食べたくないのだ。だから飲食店で煙草を吸おうが麻薬を吸おうが、私には関係ない。勝手にやってくれと思っている。
 コンビニの入り口の外れに置いてある灰皿にも近づきたくないから、いつもそこから離れて車を停める。煙草など世の中からなくなってほしいと思っている。
 煙草吸いの父親が脳溢血でコロッと死んだから、煙草のみはゆるやかな自殺の手段だろう。だが伏流煙で自分以外を道連れにするのは自分勝手なことだ。人様に迷惑をかけないように、窓を閉めきって換気をしない部屋で、思う存分煙を吸って死ねばいい。

FC2Ad

<<