新潟のハウスクリーニング屋さんが出す母への手紙

新潟市のハウスクリーニング屋さんが、ちょっと遠くに住む母親に送る近況報告と、つれづれの思いなど

墓場でたたずむダガシは迷惑?…2

 きのうの続きです。…
 
 じいちゃんの骨を墓の下に入れてから僕、墓場に行くといつも思い出してしまうんだ。自分の手で骨をつかんで墓の中に入れたことを。
 じいちゃんの骨、貝殻が砕けたみたいなかたちだったね。ばあちゃんの骨もこまかかったな。あんまり人間人間したかたちだと、それも何だかおっかないけどね。
 
 ツーリングで日本のいろんなお寺に行って(僕、ツーリングは寺巡りが好きだったから)、そこの墓場の中を歩いてると、考えるんだ。このいっぱい並んでる墓の下には、あの時僕が手づかみで入れたじいちゃんとばあちゃんの骨と同じような骨が、入ってるんだと。
 この墓にも、この墓にも、墓の下には骨があること、はっきり僕の手が憶えてるんだもん。
 
 だから墓のそばで僕、じいちゃんに対しても、ばあちゃんに対しても、それから僕自身に対しても、恥ずかしい事できないさね。
 もちろんおのそばにいる時だけじゃないよ。掃除の仕事の時も、生きてるいろんな事でもいつも、あのじいちゃんの骨を触った時、ばあちゃんの骨さわった時のこと、思い出せばさ…。
 
 時々自転車で、近くの新潟のお寺に散歩に行って、いろんな墓見ながら墓場の中で休憩してても、今ではあんまり骨の生々しい感じはしなくなったなあ。慣れたんだろか。それとも僕の感受性が衰えたんだろかね。
 それにしても時季はずれの墓参りじゃあるまいし、墓場でたたずんでる男ってのも、人迷惑らろなあ。気を付けよっと。

骨入れは墓参りさせ墓掃除させ・1

 じいちゃんが死んだ時、墓への骨入れは素手で、手づかみで入れたんだよね。
 僕、本とかで骨入れって、墓の中にきちんとした部屋があって、そこに死んだ順番に骨壺を並べていくのだと思ってた。
 じいちゃん焼いて骨拾いした後、墓場にみんなで来て、僕骨壺抱きながら、墓ってどうやってフタ開くんだろと見てたが。
 
 お寺様のお経終わって、父さんが墓の前に付いてる小さな石のフタを開けると、骨壺に手を突っ込んで、じいちゃんの骨をつかみ出して墓に空いた窓みたいな穴の中に入れてった。
 骨、白かったね。焼き場で見た時はちょっと茶色っぽかったけど。
 
 なんだか無造作な感じでじいちゃんの骨、墓の中に放り込んでいく。二日前にあんなにみんな泣いてたのに、今、どうしてなのかサバサバしてるみたいに見える不思議…。父さんが僕に、お前もやれと目で言って、じいちゃんの骨壺渡したね。
 
 じいちゃんの骨、軽かったなあ。そしてやわらかかったよ。
 おばさん達はじいちゃんの骨、泣きながら食べてる人もいたね。
 僕もちょっと口に含んでみた。今、どんな味したかは憶えてないな。
 
 じいちゃんの骨、墓の下の土に混ざりあって、後から行ったばあちゃんの骨も、じいちゃんの骨とベトと混じりあって、いるんだろね。…ツヅク
<< !--タグ ここまで-->/