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徒然のブログ

つれづれの思いなどを

『屈折くぅちゃん。』好きな漫画

 インターネットを見ていたら、偶然見つけた漫画に、はまった。
『屈折くぅちゃん。』だ。
まんが「くう」の画像

 日常のよくあるちょっとしたことで人間とは何かを感じさせる考えさせるのだから、『屈折くぅちゃん。』は純文学だ。
 漫画でも大仰な話の漫画は嘘くさくて信じられないから、おもしろくない。そういう漫画がほとんどだから、漫画を好きになれない。いや小説でも映画でも何でも、ことさら面白がらせようとする、あざとさが見えるものは作者の浅はかさが見え透いて、読みたくなくなる。見たくなくなる。
 ブログでもそうだ。面白がらせようという魂胆が見え見えのや、自慢がうっとうしいのや、ハウツーものでいかにも役に立つブログですというのや、そういうのは読みたくない。そして世界には、そういう読みたくないブログがほとんどなのだ。
『屈折くぅちゃん。』はフツウの生活が描いてあって人間とは何かを感じさせてくれるから好きだなのだ。それに、くうは悪ぶっているのに正義感のある人だから、好きなのだ。それを自慢もしないし、正義とは何かなんて考えないでも人のために何かをしてしまうから好きだ。この漫画は金を払っても読みたい。
 作者の他の漫画も見てみた。どの漫画も主人公の顔つきが一緒だ。それがいい。主人公の顔のタッチは作者の追求する一つのテーマを表しているように思う。それに共感してしまう。それが純文学を読んでいるように思える。
 作者はPONというペンネームの人だ。作者のサイトのプロフィールで、愛知県生まれの男だと書いてあった。うそかもしれない。女かもしれない。女の気持ちがとてもわかるように描いてあるから。

『屈折くぅちゃん。』の漫画
もう一つ、おもしろいと思った漫画『よるのがっこ』
作者PONのサイトcomic PON

設計図の自信を持たせてくれた四コマ漫画

 このごろはずうっと、作っているものの設計図をいじくっているだけで、作ろうとしているものを作る段階まで行かないのである。
 だから毎日毎日悩んでいるんである。
 そうしたら昨日、四コマ漫画でひらめかせてくれたのだ。これだ。
『[3-2]ANDOL【3】』 http://mangalifewin.takeshobo.co.jp/rensai/andol/item-133/7731/ これはまったくの忘備録として書いておくものだ。

 だけどこの漫画サイトの中で一番好きなのは、ぶっとんでいる、ちょぼらうにょぽみという人の『あいまいみー』http://mangalifewin.takeshobo.co.jp/rensai/imyme/
 好きなタイプの漫画だ。意味のないところがいい。世間的な意味などぶっ飛ばしているところがいい。この人が世の中に生まれてきてくれたことが嬉しいと思うぐらいの人だ。

 この四コマ漫画のサイトのアドレスは
http://mangalifewin.takeshobo.co.jp/
 このサイトは自分の宝物で誰にも教えたくないサイトだけれど、自分の折り返し点のものだから、ブログに残しておくものなのだ。

青空文庫で縦横OK

 小説を横書きで読むのに慣れてきている。
 青空文庫というのを知って、ときどき読むのだが、それは縦書きで読むならデータをダウンロードして、自分で用意した縦書きソフトで読むことになる。
 でも一つひとつをいちいちダウンロードするのが面倒くさいから、htmlで開いて、そのまま横書きで読む。それでも違和感を感じないのだ。
『青空文庫はこれ』

 このブログを始めるとき、縦書きでできるブログを探したけれど、なかった。それで横書きで始めた。でも横書きでも、というか横書きのほうが書きやすいし読みやすいと思うようになった。
 紙の本は、縦書きでも横書きでも、どっちでもいい。じっさいに読むのは縦書きがほとんどだけれど。
 縦でも横でも自由自在に読めれば、目玉の動きが柔軟になる。

新潟県交通規制情報

 このあいだ旧116号線という昔の北国街道を、オートバイで西にまっすぐ走って、大河津分水に突き当たったら右に曲がって、海っぺたを走って帰ろうと思って、そうして行って、大河津分水から海沿いの道に出ようとした。その信号に看板があって、この先は通行止めだと書いてあった。
 仕方がないから引き返して、今まで馬鹿にしていたニセの五合庵を見て、やっぱり、なあんだと思ってから、同じ道を帰った。

 帰ってネットで調べたら、こんなHPを見つけた。
『新潟県交通規制情報』
 それによると、そのときのシーサイドラインの通行止めの理由は、落石だった。

 しかしこのサイトを見ると、新潟県内でこんなに工事中や通行止めの道路があるとは驚いた。
 でも道っていうのは、アクシデントがあるのが当たり前なのだと、あらためて思い知った。

 ちょっと遠出するときは、見ようと思う。というか、道の通行止めの状況が日々変わるから、毎日ただ見るだけでも面白いのだ。

月柱を見にいったこと

 きのうの夜の九時ごろ、東の窓から見えたのは、丸い月だった。
 ということは、あの月が後ろ側に回っていって、海に沈むのは明日の明け方だ、と瞬間思った。
 あわてて「月没時刻」と入れてググッたら、月が沈む時間を教えてくれるサイトを見つけた。
『国立天文台 天文情報センター 暦計算室 』
 このページの「各地のこよみ(表引版)」というところをクリックして、そこから新潟県のところをクリックすると、月没時刻が分かるページになるのだ。

 そこには、今日2010年8/23の明け方月が沈むのは、3:28と書いてあった。
 あと六時間ちょっとだ。何とか起きられるだろう。
 明日の天気予報は、連日のとおり晴れだ。天気は悪くない。
 海岸まで車で30分、起きて支度するのに15分、目覚めに手間取る時間を15分、海岸に着いて月柱を眺める時間を20分、合計一時間二十分前の、02:08に俺は携帯のアラームをセットした。

 ピッピッ、ピッピッ、と音がして、俺はパッと目を覚まし、どうしてか体もすぐ動いてベッドから起き上がった。
 うがいをして水を飲んで、さらに用意していた缶コーヒーをゴクゴクと飲み干した。
 それから顔を洗って着替えて、車で出た。
 月は俺に早く来いと言うように、空の下側で赤っぽいオレンジ色に丸く輝いていて、俺は月の方角に向かってハンドルをきっていた。

 護国神社のわきを通って海岸に突き当たり、左に曲がってから車を停められる場所がないかと探しながら走った。
 たしか海岸道路に駐車場があったはずだ。ライトを上向きにしてしばらく走ると、あった。
 ハンドルを右に切って入ろうとしたら、入り口にはチェーンが張ってあって入れないのだった。夜中は停めさせないようにしているらしい。

 俺はチェーンすれすれに車を横付けし、ちょうどよく駐車場の入り口に置いてあった反射板付きの三角コーンを車のわきに置いて、海のほうに歩いていった。

 海岸に着いたのは3:00ちょうどだった。
 月はさっきよりもっとオレンジ色を濃くしながら、さっきよりもっと海の近くに降りていた。
 そのとき海面には、月の真下からオレンジ色の光の帯が伸びていて、俺のほうに向かってゆらゆらとゆれているのだった。
 これが月柱か。

 月柱というのは、海に沈む月の、上側に伸びる光のことをいうのだと解説してあるHPもあったが、俺はそういうめったに見られない珍しいものではなく、いつも自然界にあって、でも人間が見過ごしている現象を見たいと思っていた。

 海岸の左側100メートルくらい先から、キャーキャーと叫んでいる声が小さく響いていた。パチパチと何かがはぜる音もする。その方角にときどき火花が見えた。若者のグループが花火をしているらしい。
 これがすぐそばであれをやられたら、俺も気持ちよくいられないだろうが、どうしてかあの声は、うるさく感じないのだった。いやそれよりも、なんだか懐かしい音楽を聴いているような気分になるのだった。

 3:10ころだったろうか、月の下側が見えなくなって、海面の光の帯も見えなくなった。
 月は、水平線の雲に隠れたらしい。
 太陽が海に沈むときも、にくらしいほどに海すれすれの雲が、沈んでいく太陽を隠してしまうことがある。それと同じなのだろう、仕方のないことだ。
 でも短い時間だったが、あのオレンジの揺れる光の帯を見られた。この光景は死ぬまで憶えているだろうと思った。

 月が見えなくなって、俺はやることがないから、真上の空を見上げてみた。
 頭の上にカシオペア座があって、そこから暗い北極星を探していたら、光が流れた。0.5秒ほどの時間には、とっさに願い事はできないものだと思った。

 道の向こうから車のライトが走ってきたのがわかって振り返ったら、パトカーがゆっくりと俺の車の後ろに停まった。
 俺は何も悪いことはしていないのに、あわてて自分の車に走っていった。

 パトカーのドアを開けて警察官が出てきたから、俺は「すいません、ちょっと停めていたんです、月が沈むのを見ているんです。すぐ出ます」と言ったら、二人の警察官は、俺を珍しいものを見るような視線で、でも、とがめるような目つきでもなく、こっちを見るのだった。
「そうですか、ハザードぐらいはつけておいたほうがいいですよ、追突される恐れがありますから」と静かに言った。
 俺は「そうですね」と普段しない素直な返事をしながらドアを開け、ハザードランプのスイッチを押した。

 パトカーが走り去って、俺はまた海岸に戻ったが、雲は切れずに、やはり月は隠れたままだった。
 空を見上げた瞬間、また流れ星が光ったのが見えて、消えた。

 3:28になった。水平線は暗いままで、海面も見えない。
 月柱は、短い時間で消えたが、あの光は俺が見ないだけで、誰も見ないだけで、自然界にはあたりまえにあって、ただ光って、そしてただ消えるのを繰り返すのだ。

 向こうで花火をしていた若者は、いつのまにか静かになっていて、さっきの火花も見えない。
 花火がなくなったのだろう。
 ときどき風にのって、静かに話す声がかすかに聞こえてくる。それは何を話しているのかは聞き取れない。重要なことを話しているようでもあり、たあいないことを喋っているようにも聞こえる。

 俺はまた流れ星を見たいと思って、さっきから探していたけれど、見つけられないのだった。
 だけどこの瞬間でも、俺の視線の外には、俺の後ろ側の空には、星が流れているのかもしれない。それを俺が見ていないだけで、星は俺のことになど関係なく、自分で流れては消えているのかもしれないと思った。

 突然、海がわの空に、点滅している星が見えた。
 右のほうから左に向かって、光ったり消えたりしながら動いている。
 飛行機だろう。こんな真夜中にも飛ぶのだな。
 それは左に向かうように見えたけれど、日本海の向こう側に飛んでいくようだ。海を渡るのだろう。

 光が見えなくなって、そうしてしばらくしたら、また同じ方角から点滅している光が飛んできた。
 さっきより光が弱い。小さい飛行機なのだろうか。雲がフィルターのように隠しているのだろうか。
 飛ぶ方角は同じ海の向こうだ。

 俺は、帰るきっかけを探していたのだと思って、あの光が見えなくなったら帰ろうと思いながら、光ったり消えたりする小さい光を見つめていた。

パソコンでチラシが見られるサイト

 これも偶然見つけて時々見ている。
『新潟市インターネットチラシ netにいがた』

 チラシに載っているから安いというのは少ないようだ。チラシに出している商品でも、チラシ期間でなく毎日その値段だというのが多い。
 日替わりだと、いくらか安くなっているが、そのためにガソリンを燃やして車に乗って買い物に行くのは、全体から考えて割安なのかというと、どうか分からない。

 それでも食品スーパーは一週間おきぐらいにチラシを出しているのだから、お客さんに忘れられないようにしているのだろうか。

 ときどきこのサイトを見て、品物の値段の相場を見ている。

みんなの企画部

『みんなの企画部』
 商売上のちょっとしたネタを毎日更新している。だから毎日読んでいる。
 おもしろいし、ためにもなるし、毎日新鮮な気持ちになれるのだ。
 しかし毎日ネタを探すのは大変だろうに。

嫌いな奴が増えるのは年のせいだったのか

 安倍譲二という小説家が世の中に出たての頃はニ、三作読んだけれど、今ではその中の一行も憶えていない。だけどエッセイはときどき読んでいる。
 そして安倍のホームページはよく開くのだ。
『あんぽんたん日記』

 2009/4/5の、「歳を取ると嫌いな奴、顔も見たくなければ声も聞きたくない奴が増える」というのは、まさしくそうだと思って笑った。
 私が年々気難しくなっているのは、自分が完璧主義者だからと思っていたが、ただ年のせいで、精神のやわらかさがなくなっているのかもしれないと、気付かせてくれた。
 たぶん、そうなのだろうと思う。

おめまだ春らかや

富所正一という見附の人の歌は、中学生の土曜日の午後、NHKFMで何度も聴いた。

 一九七七年に、二十五歳で死んだというのは今日はじめて知った。
 三条大橋から信濃川に飛びこんだって。

 五十も近いのに、春のまま生きている俺を、わらっているのか、応援しているのか。
 ああ俺は、あの頃のまま、生きながらえてしまっている。

宋文洲のブログ、文体、思想

『宋文洲のメルマガの「読者広場』
 メニューの中の、「宋文洲メールマガジン バックナンバー」をクリックすると今までのが全部読める。上質な文学を読んでいるみたいに感動する。

 宋文洲の本は、五年くらい前にビジネス書の『やっぱり変だよ 日本の営業』という題名の本がおもしろくて、中身もとってもおもしろくて、それから、この人の本が出るたびに読んでいる。

 中国から留学生として日本に来て、いっぱいいっぱい疎外感を味わって、その苦いものを噛みしめてきたんだろう。
 そのことで意地悪にもならずに、思いやりを深めながら大人として成長していって、生きるというスジミチを、自分で思想形成していったのだろう。
 そのベースは、宋の幼いころの育ち方が良い影響をおよぼしているんだろう。そういうことがわかる文章だ。
 私より二つ年下だ。そして尊敬している。

部屋の中で富士山見られる

 仕事に行く前に見るホームページは、猫のブログと、この富士山のだよ。
『富士山』
 ページの右下のリンクの、御殿場からのカメラのが、僕は一番好きな姿だ。

 陽が沈むと見られなくなるけど、僕が見るのは朝だけだから見られる。
 だけど天気がよくないと雲にかくれてる。
 ちゃんと天辺がきれいに見ることできるのは、四日に一回ぐらいかな。

 今日の富士山はどんなかな、と毎日見てしまうんだよさ。

オンナからはみ出すものと、男からはみ出すもの

 何ヶ月か前から読んでる
幸か不幸か専業主婦』というブログらよ。
 この人の言うことに、まるっきり、そうだなあと思ってるわけじゃないし、ときどき浅はかな内容も見えるけど、僕と同じ匂い感じるし、僕より硬派で、オトコッぽい女の人かもね、ハハ。

 いちおうことわっておくけど、僕がここで紹介するブログやホームページは、僕が、読みたくなるものばっかりなんだよ。
 そして何故おんなの人のばっかりが、ダガシの気に入りになるのか…。
 どうしてかねえ、分からないよ。

 それはダガシが、ある意味で男っていうものから何かがはみ出してしまう、男なのにおんなっぽい人間というか、女の部分も持ってる人間なんだという事と、
 僕が読みたくなるブログ書く女の人は、どこかでオンナの部分からはみ出すものをいっぱい持ってる、精神的に人間的に、大きな人なんだと、思ってるよ。

新潟ライブカメラふるさとだより…たまに見るとおもしろいな

新潟LIVEカメラふるさとだより
 さっき見たら湯沢とか、上越の妙高とか、下越の阿賀町とかの県ざかいは雪が降ってたね。
 でも夜だと真っ暗のところも多いから、明るい時に眺めてるとちょっと面白いよ。
 こういうの、新潟県だけじゃなくて、他の県のも見てみたいな。

オンナギライが共感する女の人のブログは

 偶然見つけて、ずいぶん前から読んでるブログがこれだよ。
遺言』というブログ。
 読んでると、どんどんビンビン共感するんだ(でもこの女の人もやっぱりオンナだから時々はオンナ臭いこと書くことあって、そういうときは僕、ああまた無神経で自分勝手なこと書いてやがるなあ、と思うんだけどさ、ハハ)。
 でもこの人が何者の人かは知らないけど、あえて知ろうとしないで読んでるけど、僕、その自分勝手さも、この人の自分勝手さなら、何だか可愛らしいような気分で、読めるんだよ(だからここで紹介するんだろけどさ)。

 しかしダガシはオンナギライのくせに、どうしてなのか女の人のブログばかりを読みたがるんだよね。
 これまたどうしてなのか、こういう頭良い女の人の、ものの感じ方に、共感してしまうのさよ。
 ということは僕の中には、普通より女の部分がいっぱいあるんだろうな、と思うよ(でもいつも言うけど、僕はノーマルな人間だからね、ハハ)。
 あ、だから、オンナギライになるのかな。

カエルでワハハのホームページ見つけた

 昭美堂の秋冬用のハウスクリーニングチラシを作ろうとして、チラシの中にカエルの顔を描くために頭の中をカエルの気分いっぱいにしようと思って、カエルに関するホームページがあったら見たいな、と「カエル」で検索したら偶然見つけたホームページだよ。
『カエルマニアのページ』アドレスはhttp://www.pluto.dti.ne.jp/~yombow/frogs/menu.html
 というホームページ(現在このホームページは、なくなっています。残念です。僕にとって、とってもよいホームページでした)。
 カエルグッズがいっぱい紹介してあって、その説明文もとっても面白くて、順番に写真見てるとウフフ、ワハハと笑いっぱなしだったよ。
 母さんも見てみて。

お父さん嫌い? いや、あのブログは救いがあるね

 また面白ろいブログ発見したから教えるね。
くそ父~』というブログ(現在は更新されていないようです。残念です)。
 本当のタイトルは、父という文字に濁点の点点がついてて「くそじじ~」と読ませるんだけど、僕がその文字にすること出来なかったよ。

 お父さんを嫌ってるようで、でもしんそこ嫌ってはいなくて(まあブログにするんだから当たり前だろね)、ちゃんとあちこちに救いがあって、毎日くらいに書いてて、そして僕も毎日読んでるよ。
 絵も、じょうずだね。僕も真似したい。

猫でも犬でも男か女か分かるのは

 前にも出したブログというかホームページ。猫の。
』のブログ。…題名忘れたけどゴメンナサイ。
 もうこれを日々見るのが僕の日課だよ。

 しかし猫って、オスメスが見分けられない、ような見分けられるような。
 人間ならばさ、女は顔かたちとか声とかにおいで女だと分かるし男もさ。
 でも猫も犬も、馬もだな…、雄か雌かは分からないよさ。

 だけど猫も犬も馬も、自分とこの男か女は、きっと分かるんだろな。そうだよね、当たり前だよねえ。

手間賃仕事でない仕事は、見込み事業って言うんだってね

 僕のハウスクリーニングという仕事は、手間賃仕事という範疇になるんだろね。
 知識や技術を元手にして時間を使って、お客さんの困ってることを解決してあげて、オアシをいただく…という商売だね。
 それは比べたらオコガマシイけど、お医者さんも弁護士さんも同んなじだろね。美容師さんも床屋さんも、大工さんも、何とかコンサルタントって人も。
 そして手間賃仕事って、固い言葉で言うと、請負受注仕事という事は知ってたけど、じゃあ、そうでない仕事、たとえば小売業とかメーカーとかは、何て言うのかなと思ってたんだ。

 そしたら、ランチェスターという商売の理論のコンサルタントの人が書いてるブログ読んだら、分かったよ。戦国マーケティング㈱という会社の社長の、福永雅文という人が書いてる。母さんはこういう事にあんまり興味ないだろけどさ、ハハ。
 手間賃仕事である請負受注業でない、物を売ったり作ったりする仕事は、見込み事業と言うんだってね。僕、初めて知った。
 それが書いてあったブログのページがこれです。ページの真ん中くらいに書いてあるよ。

 そして、そのブログのトップページがこれです、『ランチェスターブログ』。
 これ読んで思ったのは、ランチェスターという商売の理論を意識してか無意識にか僕、自分の商売で、やっているように思ったよ。でも商売としては、あんまりうまくいかないけどさ、ハハ。ということは僕のやり方は、ランチェスターとしても、まだまだなんだろね。

 僕、コンサルタントって人は、胡散臭い信用できない人だと思ってたし、今でもそう思ってるところある。だけどこの福永という人は、何だか正直な人だろかなとどうしてか思って、きょう書きました。

ダガシのブログの本棚・4です

 久しぶりに母さんに、僕が読み続けたいブログを見つけたから教えるね。
『ホームヘルパー日記』というブログだよ(※残念ですがこのブログは閉鎖されているようです)。
 今年の6月にホームヘルパーになったばかりの女の人のブログら。
 このブログ読んでると、人に厳しいダガシでも、この人になら、僕も介護してもらいたい…、なんて思える人みたい。
 自分の仕事に、日々、フレッシュな疑問をもち続けて仕事している姿勢に共感するんだ。
 ユーモラスな文体もいいね。中身も具体的な介護の事が書いてあるよ。あんまり具体的すぎるような気もするような、しないような…ハハ。
 この人の、一生懸命で、「どうにかしてあげたい」という気持ちが伝わってくるブログらよ。
2006年3月14日追加で書いてますけど、この人、いそがしくて時間なくて、今日でブログ書くのやめるんだって。潔いなあと思ったよ。そうして、辞めますとわざわざ書くんだから、礼儀正しいなあとも思いました)


 もうひとつ、
ヘルパー休憩室』というホームページ。
 ホームヘルパーや介護職の人たちの、日常的な悩みの掲示板だ。
 読んでいると、幼稚だなあ(失礼…暴言だ!)、と思うところもあるけれど、人様の悩みは、僕にとっても、ある意味参考になると思ったよ。

ブログの本棚・3 今回はホームヘルパーの人のブログ

 僕、ホームヘルパー始めてから、介護や福祉、ホームヘルパーの業界の人が書いてるブログ読むようにしてる。
 何の業界のブログでも同じだと思ったよ、読んで面白いかどうかは。
 やっぱり福祉や介護の業界の人が好きになれない、なんて思っているダガシだから、先入観で「面白くないなあ」と思ってしまうんだろうかねえ。

 で、このブログだけが読みつづけたいな、と思った。
 正義感があるんだ。そしてスジミチ分かっている人みたい。文体に正直さがにじみ出てるし。僕の肌に合うっていうのかな。
『ホームヘルパーとガイドヘルパーに挑戦中!』…関西の女性が書いてるブログだよ。ホームヘルパーの仕事の中の、細かい部分を大事に綴っている。そして正直な気持ちがにじみ出てる。その正直さの中に正義感があるんだ。すがすがしい感じする。
 僕が母さんに今まで紹介したブログ書く人は、ぜんぶ正義感ある人だと思う。だから僕、読み続けたくなったんだろうなと思うんだ。そうじゃなきゃ、姑息な感じが見え透けば、読むのイヤになるもんね。
 そして、介護の業界に関係してない人が読んでも面白いと思うよ。母さんもね。僕にとっては勉強にもなるんです。
 ではね。
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