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徒然のブログ

つれづれの思いなどを

障害者がつくる笑い

 昨日の一月二十二日土曜日の夜中、テレビで障害者のお笑い番組を観た。
 ネットで面白かったといわれていた番組だった。
 そろそろ寝ようかと思ってテレビを消そうとしたら始まって、そうして二時間観つづけたのだ。
 これは笑った。
 人が一生懸命になっている姿は、気持ちのいい笑いを生まれさせる。
 だが、解説者というかゲストの人間たちは、同情なのか偽善なのか、面白くないところも面白いとお世辞を言っていたのが鼻に付いた。かわいそうだとか、同情だとかは、かえって対象に失礼なのに。
 それは障害者本人たちも同じで、面白くない場面でも、頑張っていることで許されたい、面白いと思い込みたい、と思っているところがあって、世間にも自分自身にも、甘えているなあと思った。そういうところで甘えている限り、心のバリアフリーなど生まれないぜ。

 障害者に笑わせてもらうことは、健全なことだ。少なくとも、人間として自然なことだ。
 人は、自分と違うものに違和感を覚える。違和感が、笑いを生みだす。自分との共通点と違和感のバランスが、自然な笑いを生み出す。

 番組に出ていた障害者は、全員が身体障害者だった。知能の障害者も、精神の障害者もいなかった。
 知能障害と精神障害の人も、健全で自然な笑いを創るのは、ある。
 精神病院に勤めていたときに、それを知った。
 むしろ計算が少ない分だけ、生き物としての自然な笑いを生み出すことはある。

介護は税金でやってやるんだから質が低くてもしょうがないというスジミチはダガシ、お前が言ってきたことなんだから悲しむな! でも…

 派遣切られた人たちのためにという名目で、介護資格を取る費用を税金で出すっていってるね。
 ああ、学校商売と資格商売が潤うだけのことになるのにさ。

 そして派遣でお気楽にやってた人間が、介護の現場に入ることになると、ああ、また今よりもっと介護業界の人間の質が、下がる!

 でもね、書きながら思ったけど、介護のお金の原資は税金なんだから、もともと介護の質が良くなるわけもないし、税金で高い質のサービスが受けられるというのも矛盾してるんだから、と思い直したよ。

 もうすぐ死ぬジジババの世話は、税金でやってやってるんだから、ありがたいと思え! だからそのかわりに、投げ遣りなやり方でやることは、スジミチにのっとっているんだ! と覚醒したよ。悟ったよ。
 だって税金だもんね、節約しなきゃならんもんね。いつもダガシ自身が言ってることだもんね、ハハ。

 質の高いサービス受けたかったら、税金じゃなくて、自分の財布から出したお金で雇った人間に、自分の介護の仕事させるべきだろうからね。

 ああ、といって今よりもっとひどい人間たちが現場にどんどん入ってくることを覚悟するのなら、僕はもう、自分は介護サービスを受けたくないと、思い始めてるし、なんだか何かが違うと思ってるけど、うまく言えない。

 最低限の救いは、今の福祉の業界の無神経な福祉バカどもが、業界外部の人間たちが大勢入ってくることで、変わる可能性があるのかな、とふと思ってみたけど、…僕も含めて馬鹿は死ななきゃ変わらないだろうな。

倒れてた人を助けた…ことになったんだろか、疑問

 人が倒れてるのに出くわしたこと二回あるよ。
 一回目は夜。新発田市に転勤で住んでたとき、飲んだ帰りに街を歩いてたら、通りにあるスナックの玄関前のコンクリートに寝転んでる男を見てね、どうしたんだろと思って近寄ったら、目をつぶってて寝てるようにも見えたけど、もしもし、どうしたんですか、大丈夫ですか? と問い掛けたら、薄目を開けて僕を見て、「だいじょうぶ、だいじょうぶ…」と小声で言ったけど、掛けてた眼鏡のレンズが割れてて、…どうしたんだろ、転んだ拍子に壊れたのかな、と思ったんだけど僕もニブイね、後から考えたらあれは喧嘩でノサレたんだなと思ったけどその時は思いつきもしなくて、救急車呼びましょうか? と聴いたけど、その人は「いらない、いらない」とつぶやいて手を振ったから、それほどの事はないのだろかな血も出てなさそうだし大丈夫そうだなと思って、そのまま通り過ぎたけど…、あれで俺のやったことは良かったんだろうかな、と時々思い返すことあるんだよ。

 もう一つは、ホームヘルパーの資格取るために新潟市に汽車(今は電車と言うんだろけど)で通ってたときに、朝、新潟駅の通路に寝転んでいる人がいて、大勢がその男の人を遠巻きに囲んでいたんだよ。
 僕、なんだろかなと最初思って近づきながら見てても、大勢の中で誰もその男の人をどうにかしようとしないで、ただ見てるだけなんだけど…、ならば俺がやらなきゃ、とまたいつもの悪い癖が出てね、寝転んでるその男の人に、僕の歩きの向きを変えて、歩いて行ったよ。
 目の前に見る男の人、初老って感じだったけど、詳しいことは忘れた。着てるものはその人、背広じゃなかったのは憶えてる。ジャージみたいなの着てた。憶えてるのはそのくらいだよ(これはフィクションや小説じゃないから面白ろかしい脚色は付けないよさ)。
 で僕、痛いところありますか? 私が見えますか? …とか聴いたけど、小声でも返事はちゃんとしてたから、死にそうなことはないな大したことなさそうだな大丈夫そうだな、と思ってちょっと安心して後は駅員さんに任そうと思って、そこから駅員さんの居るとこに走っていって、通路に倒れている人が居ます、お願いします、と頼んで来てもらって、…後は任せてホームヘルパーの教室に向かったよ。

 でもさ、その時は思わなかったけど、あの男の人は、もしかしてただの酔っ払いだったのかな、それともその頃は居なかったホームレスってのだったのかな、…なんてずいぶん後から思ったよ。
 もちろん酔っ払いでもホームレスの人でも、倒れてたなら僕は助けてたけど、あの時はそういうことまで思いが及ばなかったなと、後で思い返すこと時々あるんだ。

 そしてそれは、きょう書いた事はもう、十五年前、十年前の、ことだよ。それ以来は、倒れてる人を見てない。…そこらへんの道ばたに倒れてる人が居ないことって、…多分、いいことだよね。…そうだよね。

誰かをしあわせにしたいしたい目標、でも障害いっぱい

 この人が困ってたら役に立ちたいな、と思える人がいることって幸せなんだな。
 と思えるしあわせ。

 その幸せかみしめる瞬間ある、そのしあわせ。
 僕を作ってる大部分は人間ぎらいかもしれないけど、その幸せ感じさせてくれる人も、新潟市に、何人か、いたよ。

 この年末年始、あらたな目標が出来た。
 その目標を達成させようと今、動き出してるよ僕(何をしてるかは今は内緒。軌道に乗り出したかなと思えたら、報告します)。

 それは誰かを幸せにしたいと思ってて、それによってさ、僕自身もしあわせ感じられる目標だよ。
 今のところ目標やり遂げるのは、ホント思いもしなかった障害いっぱいだけどさ、それを乗り越えるのも、また楽しいよ、母さん。

正月に死を思う不思議、それは精一杯生きようとする積極さだよ

 正月だから、死のことを思ってみようかな。
 僕は一休さんも好きなんだもん。

 いつか必ず死ぬということ、
 小学校の六年生だったかに、
 思って、怖くなったな。

 夏のカンカン照りの日に、家の外から茶の間を見たら、
 部屋の中が妙に暗くてさ、
 その暗がりに、じいちゃんとばあちゃんが座っててね、
 僕を見て、にこにこ笑ってるんだ。

 そうしたら僕、このじいちゃんばあちゃんは、いつか必ず、それも近いうちに、
 死ぬんだ、居なくなってしまうんだ、とどうしてか分かってしまって、
 怖くなって怖くなって、独りで震えてたな。
 夏の暑い日なのにさ、ハハ。

 それを今、
 新年の冬に、思い出してる、不思議。

 それから十年後と十五年後に、じいちゃんとばあちゃんは、逝ったね。
 自然に、逝ったね。
 正月に思いだしたよ。

売上って、給料って、報酬って、お客さんを幸せにした分

 仕事って、
 お客さんを幸せにするってことが、
 仕事だよね。
 (この言葉も、僕のオリジナルらよ、ヘヘ)。

 お客さんを幸せにした分が、お客さんが幸せだと感じた分が、
 お金に換わって、
 それが売上になって、給料になるんだもんさ。

 だから何時間作業をしたって、
 何百時間働いたって、
 それがお客さんを幸せにしてないなら、
 仕事という事になってないんだから、
 売上もないし、
 報酬はもらえないよ。

 お客さんを、相手を、幸せにした分の総量が、
 売上になって、報酬に、なるんだもんね。

 だから、お金を得るためにもさ、それ以外の理由ももちろんあるしさ、
 相手を幸せに、したいよ。したいよ。

仕事中は人格変えれ

 税金や公的な金で売上を得ていると、客を呼び捨てにしたり、怒鳴ったり、無表情に「タオルたたませせておけ」と言ったりすることになるのかな。
 違うだろうな。
 そもそも、そういう人間が、そういう場所に勤めるようになるんだろうな。
 いや、それも違うかもしれない。
 人間って、みな、僕も、母さんも、そういう汚いもの持ってるものが、人間なのかな。

 ああ、人間やめたくなるよ。
 ああ、死にたくなるよ。

 だったら仕事中は、人格を変えてほしい。
 僕はいつも、そうやって、僕自身の人格を変換して仕事してるんだよ。
 なぜならば僕は、メンドクサガリだし、サボリタガリだし、人をどうしてかイジメタクなる時あるし、嘘もつきたくなる時もあるし…さ。
 それを自覚してるもん。

 だからそういう人々も、自分の人格を変換するか、少なくとも仕事中は、地を、出さないで、ほしいよ。
 だめだろかな。だめだろなあ。

家事代行さしすせそ色々

 さいきん家事代行、というサービスを考えていて、家事代行の仕事の中には、裁縫、躾、炊事、洗濯、掃除、と僕が子供のころ習ったというか、聞いたことある女の人の仕事の、さしすせそ、なんだな、と思ったよ。

 そしてその中で、僕が出来ることは、…えーとまず、掃除だろ?
 そして洗濯か。(…でも僕が女の人の着たもの洗うのは、お客さんがいやがるだろね)。
 でも裁縫は、僕には出来ないなあ(だけどボタンつけくらいなら自分のはやってるし、家庭の中で裁縫というのも、今はもうボタンつけくらいしかないのじゃないのかな。それにミシンというのもあるから、普通の人の裁縫の技術も無くなってるかもね)。
 あ、炊事というのも僕にはできないな。野菜炒めやインスタントの粉使ったカレーぐらいしか出来ないしさ。

 それから何だっけ…、躾か。子供いないダガシにはこれも無理だろと思うし、それに僕みたいなのが人様に躾をする、なんて思うとオコガマシクて、笑いそうだしさ。
 でも、叔父さんっていう立場での付き合いなら、できるかもしれないなあ…なんて思ったりするけどね。世の中には叔父さんが不足してるみたいだから、俺の出番もあるかな、なんて勝手なこと思ったりするけどさ、ハハ。

 まあ、やっぱり家事代行の仕事は、昭美堂の場合、お掃除代行で行くのが、いいのかな、と思ってます。僕がお客さんだとしたら、やってほしいと思う家事代行サービスも、やっぱりお掃除だと思うしさ。

 さて、ところで、全然関係ないけど話ズレルけど、介護保険での介護サービスで、料理つくりがあるよね。
 僕はそれ、無駄の固まりだと思ってるんだ。
 一人暮らしの介護サービス利用者さんのところに行って、料理を作るのには(通常のやり方で)二食分作って後片付けして、大体一時間弱くらいかな。それだと今、約4000円弱ぐらいだろかな(保険から介護サービス会社に支払われる料金がね。すなわち介護会社の売上だ)。
 ということは一食分の材料費抜きの手間賃が、2000円弱だよ。
 これは高すぎるよ。
 弁当にしたら、一食分600円くらいで出来るんだからさ。

 そりゃ利用者さんも毎日毎食弁当じゃ、飽きるしイヤだろけど、毎日毎食、スーパーの惣菜だったり、コンビニ弁当だったり、宅配弁当だったりする人だって多いんだから。
 毎食弁当が厭なら、週に一回か二回、特別料理を配食して、その料理を自宅のお皿に移し替えて食べるのは、どうだろかな。

 だから僕改めて思ったのは、料理って、とってもコストがかかるもんなんだな、贅沢なもんなんだな、ということだよ。
 特定の誰かのために、献立を考えて、材料を調達して、それを作る道具を揃えて、そしてその料理を作る知識技術を持ってなきゃならんもんね。
 何十人分の料理を一度きに作るのなら、流れ作業で作れるだろからコストダウンできるろうけど、一人か二人のためだけに、手をかけて料理を作るというのは、これは贅沢なことなんだなあ、と思ったよ。
 だから、家庭料理というのが、ダガシにとっての、ある意味の憧れなんだろな、と思うんだ。

 だからこれは、公共のお金を使ってやるべきことじゃ、ないのじゃないのかな、とね。

 そして、さしすせそ、の中で大量に流れ作業で出来ないサービスは何だろかな…と考えたら。
 躾と、掃除かな、と思ったよ。
 それ以外の、着るもの作ったり直したり繕ったりするのは外注で流れ作業でもできるし、食べる物も家の外で大量に一度きに作ったのを持ってくればいいわけだし、洗濯も世の中にはもう、宅配クリーニングというのがあるもんね。

 さて、じゃあ、公的サービスの中で、掃除はと言えば、掃除だけをするサービスは介護保険に入ってない。
 そして僕は、掃除を介護保険には入れるべきじゃないと思うんだ。
 間違ってもらうと困るから、もう一度言うけど、僕は、掃除を介護保険でやっちゃいけない、と思うんだ。
 理由は簡単なことだよ。掃除しなくたっても、人は死なないからね。それに今のホームヘルプ業務の中に、日常の簡単な掃除は含まれてるからね(世の中のハウスクリーニング会社は、自分の業務が保険適用になれば、仕事が拡大するし儲かると思ってるし、実際そう言ってる人だらけだけどさ)
 でもそれは公共のお金を喰い物にすることだよ。

 介護保険という公的なお金は、本当に本当に、最低限最低限必要なサービスに限ってやらないと、そこには不正がまかり通ることになりやすいしさ。
 それに介護サービス受けてなくて、保険料だけ出す方は、やっぱり素朴に、最低限必要なものだけに使ってくれ、そうして保険料を節約してくれ、と思うだろさね。…これは何の公的なお金でも同じだろさね。税金でも医療保険でもね。
 家事代行サービスという事をいろいろ考えてたら、そういう風なことにも思いが行ったんだ。

 ちなみに僕が今、家事代行(お掃除代行)で伺っているお客さんは、すべての人が自分の財布からお金を出して、僕に支払ってくれるひとだけだよ(正確に言うと、個人の財布でなくて、会社の経費で落としてる場合もあるよ。でもね、その場合は、個人商店や会社の、そこの社長さんや奥さんが、ヘトヘトになって、クタクタになって、切り盛りしてる会社ばっかりだよ。だから僕も、その人たちを、それ以上ヘトヘトにならせないための僕の仕事、に対するお金だと思ってるんだ)。
 そういう、僕が受け取るそのお金は、そのお客さんが、必死に(精神的にも)汗水流して稼いだお金ばっかりだから、だから僕も、あだやおろそかには受け取れないし、その人を喜ばそうと必死に一生懸命になるがあさ。

 はなし戻って、さしすせその話だけど、さしすせその二番目の、躾、というものも、これは本物の躾ということになると、さしすせその中でも、一番贅沢なことなんだな、と思うよ。

母さんと同じ匂いの人

 子供の頃、朝、お便所に、順番のめぐり合わせで母さんの後に行くと、お便所じゅうに、いい匂いがしてたのを憶えてる。
 ハハ、こんなこと母さんにも言わなかったし、誰にも言わなかったけど、いまでもよく憶えてる匂いなんだよ。
 どうして母さんの後にトイレに入ると、気持ちいい匂いなんだろと、小さいダガシは思ってたんだ。

 そしてね、その母さんと同じ匂いのする女の人が、一人だけ、いたんだよ。
 僕、老人ホームに勤めた時、痴呆症の(最近は何だっけ、統合…じゃないな、…分からない、言葉が出てこないけど)そういうお年寄りの棟に勤めてて、一人だけ、そうだよ母さんに似てる人で、母さんと同じくらい美人で、母さんと同じくらい性格の穏やかなおばあさんがいたんだ。

 その人のオムツ交換で僕、体を寄せたり、オムツをはずしたりするときとかに、…母さんの後に入ったお便所の、同じいい匂いがしたんだよ。

 僕と好き合ってくれた女の人でも、その匂いのする人はいなかった。
 その匂いって、どういう匂い? と聞かれても、うまく答えられないけどさ。
 でも、僕が好きになった女の人の匂いは、それぞれがいい匂いだったけどさ。

 たださ、いろんな大勢の人と接してきたダガシでも、母さんと同じ匂いの女の人が、一人しかいないってのも、…人間てそういうもんなんだろうね。そういうもんなんだろうね。
 不思議なんだ。

最後の最後って結局、自分の脳味噌の中で創り出せて、それを楽しめるかどうかじゃないかな

 最近また、介護とか福祉とかで騒いでるけど、新しい鉄筋コンクリートの建物要らないのじゃないのかな。
 空調設備、そんなに要らないのじゃないのかな。
 事務員そんなに要らないのじゃないのかな。
 書類、そんなに要らないのじゃないのかな。
 会議する時間、そんなに要らないのじゃないのかな。
 能書きも、コウシャクも、そんなに要らないのじゃないのかな。

 古くても、壊れてても、清掃整理整頓されている清潔な建物を使って、実際に手と心をいっぱい動かそうとしない人を排除して、無駄な時間を排除して、口ばっかりの人を排除して、…そうすれば、それ相応の報酬を支払いながら、サービスの遣り取り出来ると思うんだけど。

 自宅で生活、自宅で最期、というのは僕、ある意味贅沢と思うようになってるんだ。
 自宅でなけりゃならない、自宅でなけりゃならない訳じゃないろうと、思うんだ(でも病院ではないよ。病院はコストがかかり過ぎるから。どっかの中古の建物に集まってさ…)。

 衣食住でなくて結局、最後の最後は、自分の脳の中で、自分の楽しみを見つけられるかどうか、だと思うんだ。
 自分の楽しみは生きがいは、衣食住じゃなくて、自分の体で出来るものでもなくて、相手があるのもでもなくて、…自分の脳味噌の中で完結できるかどうかのモノゴト…(認知症の人はどうするんだよ? と言われれば、それはまた別問題だよ。別に考える必要あるよ)。

 脳味噌の中だけで生きがい見出すって難しいだろけどね。…極論すぎるかな。極論すぎるね。

誰にでも、誰かを助ける事はできるし、それは尊いこと

 最近、障害者自立支援法に関係したニュース多いし、ブログにもいろんな人が書いてるね。
 障害者がいる施設が、支援法で利益が少なくなって、やってゆけなくなりそうだから、閉めなきゃならなくなるかもしれない、なんて言っている。
 職員の給料を減らせばいいのじゃないろうか?
 人を減らせ、とまでは言わないけど、高い給料の人から、少しずつ減らしてゆけばいいのじゃないろうか?

 そして、障害者の人が施設に仕事をやりに行くのに、節約のために自分で弁当を持ってくるようになった、とテレビで言ってたけど、それ、当たり前だろ。…どうも僕からすると、トンチンカンなこと言ってるように聞こえるんだ。わがままに、聞こえるんだ。

 テレビ画面で見る施設の建物は、新品でピカピカだった。それを建てる必要、あったろうか? 税金から、建設屋さんの売上に貢献しただけでないろうか?
 ハウスクリーニング屋が言うのも何だけど、住むところなんて、ホコリやゴミがあったって、死なないもん。ちょっとぐらい汚れていたって、生きてくのには大丈夫だから。ちなみに何日か風呂に入らなくても死なないよね。
 といって、掃除しなくてもいいと言ってるわけじゃないよ。清潔は大切だよ。…僕の言いたいのは、一見ピカピカしてるように見えても不潔なことって多いし、ピカピカした新築の場所でなけりゃ障害者の人がいられないなんて事はないろう、ということなんだ。
 少なくとも、建物が新築で、備品も新品でなければならないなんて、チガウと思う。だって、そこで何かを営業してるわけじゃないし、誰か不特定多数の人に来てもらって、サービスを提供してるわけじゃないもん。そういう場所なら、ピカピカに、それこそ非日常的なキレイさに、させる必要あるだろうけどね。

 節約しようとしないのは、昔のバブル気分だし、浪費している政治家たちと、根っこは同んなじらろうな。
 だって、既得権益は離さないっていうんだから。既得権益は、給料の額もだよ。人の数もだよ。
 買ってしまったものはショウガナイから(捨てるのももったいないから)、光熱費とか水道代とか、節約してほしい。民間企業は、そうしてるよ。
 ワーキング・シェアって言葉あったけど、一人一人の給料減らせば、いろんなところで節約すれば、施設はやってゆけるだろうと思うんだ。
 いや、やってゆかなければ、ならないよ。
 金がないから、できませんから、やめますじゃあ、それこそ、官僚や政治家と同じだろうな。

 大体、施設に金をかけすぎてると思うよ。小学校や中学校や、そこらへんのアパートや、空いてる民家でも、使えばいいのに。
 福祉の世界の人たち、もっと必死さが欲しいんだよ。スましてる場合じゃあ、ないぜ。ヘトヘトになってくれ、心も体も頭も。肉体的にはラクな仕事なんだから、少なくとも、頭と心はヘトヘトになるくらい、使うべきだろうと思うよ。
 ヘトヘトになってやってます! というんなら、ダガシを見てから言って欲しいと思うよ。

 こんな僕だっても、福祉のことで出来る事やろうと思ってるんだもんさ。掃除の事なら、新潟県で、僕の右に出る人いないから(自慢が出た、ゴメン)、施設の掃除やらせてもらいたいとも思ってるんだよ。もちろんボランティアでだよ。そういういろんなボランティアやりたいという人、探せば、たぶんいるよ。
 でもね、障害者の人たちが、少しでも、やってもらうの当たり前だ、と思った瞬間、僕は、やるのやめるだろうな。やらせてやってやろう、なんて態度見せたら、やらないだろうな。…だって、同じ人間なんだからさ。これ言うと、福祉業界の人達から、また別の意味で批判されるんだけどさ。感謝できない心があったとしても、それも障害のうちなんだ、と。
 でもね、良くしてもらって、ありがとうと感謝示さない人は、障害者も健常者も同じで、人間のKUZUらろうな。同じ人間なんだからさ。
 そして、困っている人いたら、自分のエネルギー少し差し出す人は、健常者でも障害者でも、尊いたましい持っている人だろうね。同じ人間なんだからさ。
 だから障害者の人も、自分と別な事で困っている人に(人の沢山のカタマリが、国らろ)、少しでいいから、手を差し伸べてほしいんだよ。同じ人間としてさ。人間としては、一緒で、同じ人間なんだからさ。

 ああ、またこんなこと書いてしまったけど、一人でいいから、こういう趣旨のこと書いてる人、知りたい。思っている人、知りたい。できれば、自分でも福祉の世界でやっている人で。
 その人と、話してみたい。福祉のことだけじゃなくて、いろんなことを。

フールオンザヒル、丘から降りて勉強中

逮捕されて留置場に入ってから僕、お節介めいた事は、もうやめようと思って、そうしてきたけど、
 でも僕、お節介やめること出来ないみたいら。

 こないだ、僕のお客さんの、あるお医者さんのところに打ち合せに伺った時、待合室で待ってたら、僕が座ってる隣の椅子で、腕がよく動かないお婆ちゃんがいて、コートがうまく脱げないの見て、つい脱ぐの手伝った。

 そういうの止めようやめようとしてたけど、やめらんないみたい。

 そのあと思ったんだけど、お節介する相手選べばいいんだろかなって事なんだ。
 お節介して、その事によって僕が不利益こうむる事になるんなら、そのお節介はしない、という事ら(そういうの、打算的で嫌だったけどさ)。

 今までは、損得考えて行動するなんて、カッコワルイと思ってたし、損か得かなら、損の方に行くのが男だ、なんて思ってたからね。…馬鹿だけどね。
 その馬鹿が、馬鹿をやめようと思ってるがあさ。

 利口になれるろか?
 でも僕、利口、って言葉、嫌いだったんだけど。
 ああ、利口までいかなくとも、馬鹿になることやめられるように、なりたいと思うよ。
 僕の中の馬鹿はちょっと、一休みさせよう。

仕事って、人を幸せにする。福祉も

テレビでも新聞でも、障害者自立支援法反対、だと叫んでるけど…。
 障害があるから大概の事が許されると思ってるみたい。

 世の中、障害者だけで成り立ってるわけじゃないよ。
 世の中いま、ヘトヘトになって働いても、満足に暮らしていけない人がおおぜいいるのに。
 ホームレスの人だって大勢いるよ。

 障害者の人達、福祉業界の人達、いつまでバブル気分で生きてるつもりなんだろか?
 俺たちは被害者だ、だからお前らの持ってるものを寄越せ、と言うんだろか?

 今、持ってる人ってのは、人生掛けて特殊技能を必死になって習得して、寝ないで頑張ってヘトヘトになって仕事して、結果を出した人だよ(だから人生掛けて頑張った事ない人が、格差社会が問題だなんて言うのは、悪平等でないろうか)。
 持ってる人…他には、障害者の人達が好きな税金から(直接か売上げにしてか)、ご飯食べてる人なんかが、多いよ。

 誰が税金払ってるんだろか? ちょっとでもいいから、考えてみてほしい。
 金は、天から降ってくるわけじゃないよ。
 困ってる人だって大勢いるのに。

 …寄越せ、寄越せ、まだ足りないぞ、俺たちは生きてやってるんだぞ、俺たちはもっともっとラクに生きたいんだぞ……。

 でもね、今、世間は苦しいんだよ。障害ある人達だけじゃないんだよ。
 ちょっと、お互い様って意識、持つべきじゃないろうか。
 国や市の財政は、今、節約するべきじゃないろうか。もったいながろうよ。(もちろん、節約すべき分野は福祉だけじゃないよ。そしていろんなところでメリハリつけて、アクセルとブレーキ使い分けなきゃならんろね)。

 それからね、仕事ってね、やった時間で賃金が決まるわけじゃないよ。
 仕事って本当は、お客様をどれだけ幸せにしたかによって、報酬が決まるんだよ。
 だから障害者の人達が施設でやってる事は、仕事じゃないんだよ。だって、お客様が見えてないろ?
 お遊びか暇つぶしと言われたって仕方ないろう。
 賃金が低すぎるからもっとくれと言いたいのかもしれないけど、それはお客様をいっぱい幸せな気分にしてから、言う資格があるろ?

 施設での作業を、仕事に昇華したかったら、お客様を幸せにする事じゃないろうか?
 その場合のお客様って誰だ? って言われても、僕には分からないよ(…ホントは言いたいんだけど言わない)。
 仕事って、…お客様を探すこと自体が、根本の一つだもん。
 それは、芸術といわれるものだって、一緒だろうね。

 こういうこと誰も言わないけど、心ある障害者の人、いること信じてる。
 僕、同じ人間として、心ある障害者の人に、相談するつもりで書いたよ。

昔の歌、僕も好きな歌、美空ひばり

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ホームヘルパーで行ってた利用者さんに、僕がギター弾いて歌って聴いてもらおうと思って買った、美空ひばりの歌本だよ。
 古本屋さんで、600円くらいで買ったかな。

 僕の好きな歌は、東京キッドとか、港町十三番地とかです。

 この平凡の楽譜の本、今のところ要らなくなったから、母さんのとこに持っていこうかな。
 もらってくれますか?

介護、直接じゃなくても、少しずつ

今日、ホームヘルパー会社を、辞めることになったよ。
 やっぱり、理由はどうあれ(…もちろん本当に反省してるよ)、人をひっばたいて逮捕されて留置場に入れられたら、あたりまえだもんね。…はあー。
 そうして留置場に入ったことによって、大事な利用者さんのところにお世話に行けなくなって、利用者さんに迷惑かけてしまったんだもんね。
 そのことによって、介護会社にも社長にも迷惑かけてしまったんだもんね。

 でもね、僕を遣ってくれてた介護会社の社長、前にも言ったけど、人間としての大切なもの持っていると思うよ。
 僕のために3時間も時間取ってくれて、今回の事、僕と話し合ってくれたんだ。
 憎むなんてこと、当たり前だけど、できないよ。
 憎むどころか、また尊敬してしまうくらいだよ。

 でもね、福祉や、介護ということ、僕は止めないよ。そうして勉強は続けてゆくつもりだよ。
 僕の出来る範囲でもいいから、僕にしか出来ないことでもいいから、何らかのかたちでもいいから、少しずつやってくよ。…少しずつ、少しずつね。そして、ゆっくりとさ。

福祉で金儲けは、ダメ、ダメの理由

昔、瀬戸内寂聴が、
「宗教と教育で金儲けをしちゃいけない」って意味のことを書いてたのを読んだ。よく憶えてるよ。
 僕も、ホントそうだと思った。そして、そのほかにも、福祉、で金儲けするのもチガウんじゃないかと思ってる。

 ただね、それは福祉だから、金をからませたくないというわけじゃないよ。
 理由は、福祉って、税金でまかなわれているわけだから、そこから金儲けするのはスジチガイだろというんだ。

 日本の場合、個人で、個人の資産で、福祉をやってるって、あんまり聞かないもんね。
 個人のお金で、その人の財産で、大勢の誰かを助けたりするのであれば、そしてその中でお互いが了解済みならば、そこで儲ける人がいてもいいんだろけどさ、でも、税金という公共のお金使う場所の中で、特定の業者が儲けるのは善くないろうと思うんだ。

 ただ、その人しか出来ない、その企業しか出来ないって、特殊技能持ってれば別らけどね。そういう才能あって、仕事の結果出す人は、税金の中でも大いに儲ければいいと思うよ。

 でも、福祉業界で、そういう特殊技能あるってハナシ、聞かないからね。それに福祉って、技術的な事は、特殊にしておくべきじゃないと思うんだ。
 新しいいいやり方考えたら、素早く広めるべきと思うよ。…だって、福祉だもん。

 福祉って、自分が生きるためのエネルギーを、少し自分以外の人に別けて、生きるチカラあげるってことだと思うから、儲けるチカラみたいなものも、分散するのが本当なんだろな。
 それだから僕、税金の事と別に、本質的なところで、福祉で儲けちゃダメら、と思うんだよ。

 文学っていう特殊技能持ってる瀬戸内寂聴は、福祉なんてこと言わないね。だから瀬戸内寂聴、元気でカッコイイんだ。

オムツ交換のゴム手袋、はずすタイミング

ホームヘルパーで利用者さんのところに行って、おむつ交換の時は、薄いゴム製のピッタリした手袋してやるんだけど、お尻のまわりを拭きおわってキレイにして、新しいおむつ付ける前に、僕、手袋ぬぐんだ。

 肌に触わりながらする仕事だから、利用者さん、ゴムの感触がいやかなあ、と思って。
 もちろん便や尿には、素手では触らないようにしてるよ。
 万が一の感染症があるかもしれないからね。もし僕が何かの菌に感染してしまったら、それを今度はまた、他の利用者さんの方に染つしてしまうかもしれないからね。
 やっぱり、自分自身が健康じゃなきゃ、人様の健康を増やすなんては、できないろうからね。

 ただ、必要のないところにまで手袋して介護するのは、これはただの怠慢だろね。
 よくいるんだ。ハウスクリーニングの業界でも、スーパーの食品売場でも、手袋しなきゃならない時にしないで、はずさなけりゃならん時にはめたまんま、って人たちが。
 理由を聞くと、付けたりはずしたりするのが面倒臭いと。

 まあ、ハウスクリーニングも介護ホームヘルパーも、サービス業だから、相手を気持ち良くさせてナンボだからね。不必要にゴム手袋はめたまま身体に触れるのは、何だかチガウと思ってるだけなんだ。
 そうして、必要な時は必ず、手袋するようにしてるよ。

サービス業は、仕事は、相手を幸せに

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犬のおもちゃ、ちわわだよ。
 これも、ホームヘルプの利用者さんのとこに昼間行った時、見せようと思って買ったんだ。

 そしてこれ、すごいんだよ。…可愛い声で鳴くし、それになんといっても、トコトコ歩いていって、途中でジャンプして、宙返りするんだ!

 プロペラ飛行機買ったおもちゃ屋さんというか模型屋さんで、売ってたんだよ。女池の、ホビーロードというお店。2000円だった。
 これも利用者さんに笑ってもらえたよ。だからこの値段は、安いもんだね。

 僕らホームヘルパーは、そしてハウスクリーニング屋さんは、いや、サービス業の職業人は、…すべてエンターテイナーでなければならないがあさ。間違っても、作業員(身体を扱う作業マンや職人)になってたら、サービス業では、やってけないろうな。
 だって仕事って、相手を楽しませてナンボだし、相手を幸せにしてこそが、仕事なんだしさ。
 といって、介護職なら、もちろん身体と生活の健康を、増やす事してからのハナシらけどね。

たっぷり眠れる有り難さ

僕と交替で夜中に入るホームヘルパーが復帰したから、僕、半月ぶりで、自分のアパートに帰って寝た。

 よく、寝たよ。

 自分の布団で眠る幸せ、あるもんだね。

ペットの鳴き声がセラピー

小鳥を飼うにはどうすればいいのかと思って、本屋で立ち読みしたよ。
 インコの場合は手軽みたいだね。お金はいくら位かかるかというと、一羽2000円くらいだって。それに鳥かごと、エサや水を入れるウツワとか小物をそろえればいいみたい。

 ただ、毎日カゴの下に溜まった糞を、掃除してあげなきゃいけないみたいらな。
 けど、ピーケラ、ピーケラと機嫌良く、可愛く鳴いてくれるなら、飼って世話してみたい気もあるんだけど、…まあ、現実問題無理らけどさ。僕、昼間いないし、誰も居ない部屋で、インコだけがピーピーと鳴いてるのは、ちょっとインコにも幸せかどうか分からんもんね。

 生き物飼いたいなんて思うとは、僕、もしかしてよっぽど淋しく生きてるがあろかな。…なんていうのはホントは、介護サービス使ってる利用者さんや、昼間一人になる母さんとかが、こういう小鳥飼ったらどうかと思ったんだ。
 ああ、母さんのとこには、猫のチロが居たね。

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