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徒然のブログ

つれづれの思いなどを

在るべき姿はそれぞれ

 在るべき姿ってのを今まで、ほとんどの人と共有できなかった。

 それが今日、その在るべき姿ってのは幻想だってことを分かったというか思った。

 だから人が持ってる在るべき姿は、僕の持ってる在るべき姿と違っていても、それは当たり前というか自然なことなんだということ、それを分かるまで長い時間だったね。

 笑い話にならないんだけど、遅くなったけど、それを思えただけ、ありがたい。

 人間はそれぞれ一人ひとり、持ってる在るべき姿は違うのが自然だということ。

 僕の在るべき姿を、僕以外の人に押し付けようとするのは、自然じゃないということ。

 三日間、引きこもって、きょう長湯して、覚悟しました。

 それがわかることできた今日二月三日は、節分だったな。

裸足でゴムサンダルで季節の変わり目感じ

 秋から冬の季節の変わり目を、去年、留置場から裁判所だったか法務省だったかに連れていかれるクルマ(護送車っていうのかな?)に乗ってるときに、はっきり感じたの思い出したよ。
 逮捕された十月二十八日はまだ暖ったかいぐらいの陽気だったのが、四、五日経ったら寒くなってね(スエットのトレーナーとジャージのズボンだけで上着なんかないし、靴下なんか履かせてもらえないから裸足にゴムサンダルをつっかけて外に出るんだ。まあ外を歩くわけじゃなくて、クルマの中と建物の中だけだけどさ)。

 十一月の文化の日を過ぎたあたりから急に気温が低くなりだして、あの日も今日と同じ冷たい雨が降っててさ、護送車の中から久しぶりに街を見たら、西堀通りを歩く人たちが、コートを着てたり襟巻きしてて、…ああ、冬も近いんだな、と思ったよ。
 あの時どうしてか、何週間も外に出なかったように感じたな。

 今まで僕、留置場でのことは、あえて具体的に詳しい事は書かないようにしてた。
 だって警察は警察の中で秘密にしなきゃならん事もあるだろし、それにそれを僕が面白おかしく書くのは不謹慎だと思ってさ。
 それと何だか自慢げなようにも思えてさ(何が自慢なんかね。馬鹿だね、ハハ)。

 一年たったし、留置場の事も何かのひょうしで思い出したときに、ちょっとふんわりした書き方で、書くこともあるかな。

一年たったから、利己主義にならないバランス見つけ

 去年留置場を出てから一年たったよ。
 あれからね、一年間は色々おとなしくしてようと思ってたんだ。
 いや、自分でそういう意識はしてなかったけど、あんまり目立つことはしないようにしようって、なんかいつも心にブレーキかかってたように思うよ。

 この一年、街なかで高校生とかチャラケた奴らが、人様に迷惑かけるの見ても、僕にも迷惑かかっても、あんまり怒らずに過ごしてたなあ(時々は怒ったこともあるけどさ、ハハ)。
 だって留置場から出たばっかりの頃は、怒らずに怒らずにと、自分に言い聞かせてたもん。
 そして高校生がまた、大勢で歩道を自転車で我が物顔でいっぱいに走ってても、怒鳴りつけることはしなかったよ。注意することもしなかったよ(僕もこの一年、あちこち自転車で走ること控えてたからね)。

 でもそういうのに注意しないことって、あるいは無感覚になることって、本当は良い事じゃないと思うけどなあ…、と自分を責めながら過ごしてたけどさ。
 といって、これから前みたいに注意したり怒鳴りつけたりすることはしないと思う。それが良いことか悪いことかは分からないけどね。それこそが、自分さえ良ければいいことだと、利己主義だと、思ってたけど…、まあ、怒って、はたいて、逮捕されるより、いいからね、ハハ。

 一年たって、ちょっと、心が軽くなったような気がする。
 だから、利己主義にならないぐらいのバランスを、ぐらぐらしない良いところを、見つけるよ。

きのうの新潟市嫌いが少し…

 きのう書いた、僕は新潟市民が嫌いで、もう商売を辞めて新潟市から引っ越そうということ、今日あるお得意さんに相談したよ。

 朝、挨拶したあと…、「僕は商売向いてないし、新潟市の人たちを好きになれないから、もう、ハウスクリーニングの仕事辞めて新潟市から引っ越そうかと思ってます」と言ったんだ。

 そうしたら、お客さん、「ダガシさん、話聞くから、そこに座って!」と僕をお宅の居間に座らせて、コーヒー煎れてくれた。
 そして僕は、そのお客さんに、今まであったこと、色々なこと、少しずつ、喋ったよ。

 具体的な事は書かないけど、お客さん、僕の話をじっくり聴いてくれて、そして、自分にも同じようなことあったこと話してくれて、そして僕を励ましてくれた。

 そのお客さんはご自分でも商売しておられて、自分の会社に行かなけりゃならないのに、きょうは僕に付き合ってくれて、しかも午前中のぜんぶ三時間も僕の話に付き合ってくれて、僕の愚痴を聞いてくれて、自分のことも話してくれて、そして励ましてくれて、…ああ、僕は、それで、少し立ち直りました。お陰様で…。

 人生って、色んなことがあるんだという事、それを受け入れなきゃならないってこと、教えられました。

 お客さんに励ましてもらえるダガシは、もしかしたら随分な幸せ者なのだろかと、きのうまでの僕の落ち込みは、でんぐり返ることできそうな気がしてるよ。

 ああ、本当に、ありがとうございます、本当に。
 人が、人を、信じられるかもしれないって、思えるようになりそうです。
 ありがとうございます。…忘れないです。

にいがたってところは駄目なところだよ

 エアコンクリーニングは毎年やった方がいいと色んなエアコンクリーニング屋さんのホームページで言ってるけど、そんなことはないよ。
 自分のエアコンだったら金払って毎年やるか? と訊いてみればいいさよ。
 そして少なくとも僕がエアコンクリーニングやったエアコンだったら、毎年なんかやらなくともいいよ。
 だって汚れは100パーセントとは言わないけど、僕は95パーセントは取ってるからね。

 そういうことからすると、毎年エアコンクリーニングやれという業者の取る汚れは、いいとこ6割くらいだろうかな。
 二年前にエアコンクリーニングさせてもらったお客さんから、また依頼してもらったけど、まだやらなくてもいいですよ、と言ったよ。だってにいがたで家庭で、夏冬エアコン点けてる人ってほとんどいないもんさ。冬はストーブだもんさ。
 だから関東の家庭のエアコンほどには汚れないんだよ(関東のだって関西のだって、僕がクリーニングすれば、普通に使ってれば毎年なんかしなくてもいいよ)。
 エアコンクリーニングは、3年に一遍で充分だよ(僕がクリーニングしたのならね)。
 …それを毎年やれと言う。そういうのは仕事人として失格だと思うよ。ズルイなあと思うよ。クリーニング代も安いんだろな。
 そしてそれをマに受けてるというか、そういうものだと疑問をもたない人。そして手間賃仕事でも人件費でも何でも安けりゃいいと、他人を安く使うのが生き甲斐だと思ってる人間。…そういう人間は、人としての何かが欠けてると思うよ。その何かが欠けてる人は、すなわち人への思いやりの少ないひとだよ。…これ、真実だよ。
 毎年やれとか毎年やらせるとかの方法とらない僕は、だから商売には向いてないんだろうと思うよ。

 もう、今日も、こないだも、ひと月前も、そしていつもこれまでも、ホントは俺は商売には向いてないな、と思いしっているんだよ。
 ああそして、新がた市の人間に応対するのもダガシは、向いてないんだよ。

 商売向いてなくて、新がた市のことも好きになれなくて、ああダガシはもう、新がた市には居たくないと思ってるんだ。…何てこと言ってるのかって? でもホントの事だもんさ。ずっと思ってきたことなんだよ。

 ハッキリ言う。
 いま、新がた市が嫌いなってるんだ。

 ああ、お客さん、減るだろうな。
 でもいいさ…。
 いいさ、と思うくらい新がた市に幻滅してるんだ。

 尊敬できる人、にいがた市では、…ほとんど居ない。
 7年居て、探してきたけど…、新がたし民はコズルイ人が多いと思ってるだよ。
 人間としてのスジミチ無視してる人多いなあと思うよ。
 これに反論できない人間は大勢いるよ。僕の前に出て来れない人間さ。僕の前じゃあコソコソするしかない新がたし民が大勢ね。
 一般市民だけじゃなくて、会社の社長だとか、先生とかでも、医者とかでもさ、人間としてキタナラシイ人が大勢ね。
 そういう人たち、新がた市生まれの人間だけじゃないよ。にい潟市になじむと、というかそういう人間性だから、新がた市になじめるんだろと思うよ。

 さてとっと。暴言めいたこと吐いても…、スッキリしないなあ。そしてこんなこと書いても楽しいわけじゃないんだよ。あーあ…。

 あ、エアコンクリーニングの汚れ落としのことだったね。
 エアコンクリーニングでも行政でも何の商売でも、新がたし民には安かろう悪かろうが似合ってるかもね。
 ダガシに文句があるなら、いつでもブログで相手になるよ。でもそれは、実名で頼みます。

ブログ、経験積ませてもらってるよ

 ブログ書いて、一年たったね。
 毎日毎日、ホントによく続けて書いたなあ、と思うよ。
 去年の秋に、ちょっとアクシデントで、何日か書けなかったけどね、…ハハ。

 なぜ僕、ブログを毎日毎日書き続けたかというと…、僕、ビジネス書っていう、商売を繁盛させるノウハウというか、というより心構えみたいな事が書かれた本を、独立してから300冊は読んだんだけど(これは自慢にならないんだよ。何百冊読んだって結果を出せてなけりゃ単なる自己満足の暇つぶしなんだからさ。そうして去年、高校生と喧嘩して逮捕されて、留置場から出てきたら、不思議なんだけどビジネス書は読みたくなくなったんだけどさ…)、そのビジネス書の中の一冊にね、
「ブログを一年間、どんなに仕事が忙しくても、どんなにその日疲れていても、また休みの日でも、旅行に行っても旅行先からでも、冠婚葬祭でも、そして誰も読んでいないと思ったとしても…、毎日必ず、必ず一年間毎日、書き続けよ。そして、もしコメントがあったならば、そのコメントがどんなに理不尽なものでも、誠心誠意受けとめて、そのコメントに真っ正面から答えよ。それが修業だ」、ということ書いた本を読んでね、それをただ実行しただけなんだよ。
 でもそれは、僕が文書くこと好きだったから、できたんだろけどね(これも自慢じゃないよ。書くこと好きなんていうのは、まあ、あんまり幸せじゃあないってことだからね…ハハ)。
 それにブログ書くことで、僕の、その時々の想いみたいなものを、整理できたと思うよ。
 そしてまた、ブログ書くことで知りあえた人たち、…ぴょ~くさん。和尚さん。そして、いいタイミングを考えてコメントくれるTETSUYAさん。このブログには顔出さないけど、東京のハウスクリーニング屋さんのコヅカさん。そして、こんな生意気な事書いてるブログに、リンクして紹介してくれた沢山の人たち。それから、このブログを読んでくれてる人たち…。
 ありがとうございます。本当に、ありがとうございます。

 実は僕、一年間書いたら、毎日書くことをやめようと思ってたんだ(修行期間満了だと思ってね)。
 だからそれからは、パソコン買って、何日か置きに、一回一回を長めに、深く書こうかなと、思ってたんだけど、うーん…分からない。どうすればいいのかね。
 分かるまで、このペースで書くだろかな。パソコンがインターネットに繋がったら、また考えようかな。

 そういえば、インターネットに繋ぐモデムは未だ、当分来ないみたいです。プロバイダーというインターネットに繋いでくれる会社との詳しい契約、僕間違えてね(料金体系とかモデムのやり取りとか)、繋がるのちょっと遅くなるみたいです(やっぱり僕は、アワテモノだね)。

 そうしてね、ブログ書くことは、自分でいうのも何だけど、これはいい経験だなあ、と思えてるよ。
 母さん、本当に、ありがとう。ありがとうございます。

かたわれを思い出す、求める、探す

留置場に入ったことで分かったのは、僕も、おとこだったんだなということ。

 その空間は、男ばっかりで、空気は、おとこの空気。
 部屋の中も、廊下も。

 僕がいた部屋の厚いコンクリートの壁の向こうに、おんなの人が入っていて、そのおんなの人は、どこか外国の人らしかった。
 外国のおんなの人は独り部屋らしくて、喋り声は聞こえなかった。
 ときどき監守の人がその部屋に行くと、外国語の言葉の合間に、ビンゴーシ、ビンゴーシを呼んでくださーい、と言うのが聞こえた。
 外国の女性の声は低いけど、なぜなのかすぐ、女の人の声だとすぐわかる。わかるのが自分で不思議だった。
 そして二日おきくらいに、おんな監守が来て、外国のおんなの人の世話をしてるようだった。
 外国人とそのおんな監守の会話が遠くでかすかに聞こえる時がある。中身まではわからないけれど、ときどき聞こえる二人の笑い声は、中の空気を、今までとちがう振動をさせた。やわらかく、僕の鼓膜を震わせるんだ。
 二人とも、ぎこちない会話と喋りかただから、なおさら、ふんわりと空気があたたかくなるみたい。

 五日に一回の入浴の日、僕は風呂場に行く廊下で、偶然、そのおんな監守とすれ違った。
 すれちがうとき、おんな監守のまわりの空気は、やわらかい野菜を煮込んだシチューのような、暖かい匂いがした。
 おんなのひとがいて、僕はおとこだということ。

知らない人に話し掛けるチカラ

ホンダのホビオというのが僕のクルマだ。
 軽のワンボックスだよ。
 どうしてか、前輪タイヤの外側だけが削れてしまうんだ。

 きのう行った本屋の駐車場で、僕と同んなじホビオが停まってて、運転してた人、なんだか話し掛けたくなるような人だったから、話し掛けた。
 そうしたら教えてくれたんだ。

 軽自動車の背の高いクルマは、車体が傾きやすくなるから、前側のタイヤの外側に負担がかかるんだって。だから、そこが削れるんだって。…なるほど、と思ったよ。
 逆に後ろのタイヤは、内側が削れるんだって。その理由は聞かなかったけどね。

 母さん、こういう話は退屈らかな。
 僕も実は、あんまりクルマに興味ないから、それ程どっちでもいいんだけどさ。
 僕思ったのは、知らない人に僕、また話し掛けられるようになったんだから、逮捕された事から精神が、回復してきたんだろかな、と思ったことなんだ。
 そのうれしさの事なんだよ。

青春のおわりとは

留置場から出てきて毎日、ストレスが溜まりっぱなしの日が続いてる。

 怒らないこと決めてる、からだろね。

 でもきのうは、怒ってしまったよ。…ああ!

 人を探そうとして久しぶりにハローワークに求人を出したんだけど、いつも求人票出すたびに、ハローワークの職員の対応に腹立ってたんだ。…自分の仕事に対する誠実さのなさ、…簡単に言えばやる気のなさで(…詳しい事は書かないけどさ)。

 その投げ遣りな態度は直接、仕事を頑張ってする人を探してる僕のような人間と、ホントに直接、利害が対立してしまうからさ(…また今回も、するべき事されてなくて…)。

 仕事を全うしようとしない人間は、
 仕事を全うしない人間を呼び込むよ…。

 ハローワークの職員には今まで何十回も注意したし、それでも変わらなかったから。

 今、僕、思ってしまってるけど、今まで思えない、思わなかったけど、
 …人間は違っているんだ、人間は相容れないんだ、人間は本質のところは、通ずることは、ないんだろかな、…ないんだな、ないんだ…とね(ちょっと何言ってるんだろか自分でも…)。

 例えば公務員って、ラクして稼ぎたい、ラクして儲かりたい、って人がなる商売なんだろかな。…そう考えれば、僕の言う事なんて分かろうとするはずないもんね(学校の先生と消防士の人は、そうじゃないと思いたいけど)。

 人間って、通じ合わない人間には通じ合わないんだ…と、そう考えればラクなんだよ、…ホントに。
 でも僕は今まで、そう考えたくなかったんだ。
 通じ合わないって決めて諦めれば、ラクだもん。
 そういうラクを、追い掛けたくなかったんだ。

 そしてもう一つ、通じ合わないって決めるという事それは、人を差別する事につながるんじゃないかと思ってたからさ。
 …今まで僕、ここで、引っ掛かって、苦しんでたんだよ。

 でも僕も限界です。

 菩薩ってさ、世の中の人という人の、すべての人をすくわなければ、菩薩…自分自身も救われるのを拒否するっていう存在なんだって読んだことある(法華経の現代語訳を読むと、いろいろ書いてあるね。もちろん僕は、信仰持ってるわけじゃないよ。抽象としての菩薩に共感、というかカッコイイと思い込んでたんだ)。
 だから僕、人様に、ジブンニ、ハズカシクナイノカ! ベロカンデシネ! なんて言っても、究極はお前を救けるぜ、お前を見捨てないぜ、俺が何とかするぜ! と思って怒鳴ってた。

 でもね、俺の手に負えないなあ…とあきらめてもいるよ、最近。

 これが、オトナになるっていうことかな。
 青春が終わるってことなのかな(おいダガシっ、お前、44だぞ! …ハハ)。
 自己犠牲は…、ああ! 理想のまた理想らかも! これを受け入れると、新しい新鮮な、よい匂いの風が、そよそよと吹いてる広場に、ああ、出るのだろかな(…ヒニクかも)。

 そうして、これこそが、生き方変えるってことだろかな。
 たださ、変えるっていっても、すぐには変えられないろうね。ダイエットだって、リバウンドということあるもんね。…ゆっくりと、少しづつね。
 そして僕も、ちょっとは変わってきているの、自分でも感じているんだよ。

増やして増やして進化形に

人生観が変わる、という言葉あるけど僕は、人生観が変わる、とは思ってないんだ。
 増える、と思ってるんだ。昔からね。

 人間の考え方が、変わるものじゃないだろし、変わるってことは、ココロがオカシクなることだと思ってる。

 変わるんじゃなくて、人生観が増えてゆく。
 自分の人生観が増えてゆくことが、人間としての成長だと思ってる。
 心のチャンネルというか、引き出しというかが、増えてゆくってことだろと思うんだ。

 脳が進化してゆくのって、新しい脳が出来て、それが、古い脳の周りにおおいかぶさっていくかたちなんだよね。
 人間でいえば大脳皮質っていうんでしょ。それが
人間らしさ、出してるんだよね。そうして生物としての古い脳も、大事に持ちながらね。

 …といっても、人生観増やすのも、大変らよね。
 死ぬ思いらよ。
 だっていくらか自分がコワレていくの感じるからさ。壊れて新しくなる…。

 そして新しい人生観見つけるのって、自分から見つけるもんじゃないんだろね。
 必ずといっていいほど、自分以外のまわりから見つけさせられるものだろね。
 強制的にね。
 良い悪いは別としてね。
 それが生き物の進化とも、関係していくんだろな(ちょっと大袈裟?)。

 今まで何十回も何百回も増やしてきたけど、今、僕また、大きく増やしてるところ、です。

丸くなることって敗北じゃないこと

 ちょっと前、藤沢周っていう作家の講演を聴きに行ったよ。
 藤沢周は、新潟市の内野の出なんだ。歳は僕より三つ四つ上だ。
 藤沢周がデビューしたての頃、僕、よく読んだんだ。
 何しろ書いてるもの読むと、俺と同じ匂いする、って感じしたから。
 簡単に言うと、ナマイキ&ワガママ&良い意味のキョウボウとボウリョクとヤサシサ&詩…かな。

 それが実物見ると、なんとまあ腰の低いオジサンだった。でもそれは、けっして悪い意味じゃないよ。
 言っていることの基本的な事はデビュー当時から変わっていないんだけど、というのはそれは、不遜な生意気発言なんだけど(自分の手で文学の世界を変えてやる、みたいなさ)、でもね藤沢、顔つきはニコニコ&サワヤカなんだ。

 聴きに来てる人たちは、初老の男女って人ばかりだった(平日の昼間だから当たり前かな)。講演後の質問で、主婦みたいな人が、
「私、芥川賞の『ブエノスアイレス…』の本しか読んでないんですけど…」と言ったのには、僕も吹きだしそうになったけどさ。
 藤沢周、やる気出ないんじゃないろうかと思ったけど、そういう人たちにも丁寧にしゃべって答えてるんだ。ユーモアを入れてさ。
 役者だ! と思ったよ。まさか作家の営業努力かな?
 それとも元からそういう人なんだろかな。

 藤沢周、こういう講演もしてるし、大学の先生もしてるって(僕、学校のセンセなんて商売するのは、表現者としては、ある意味の敗北なんじゃないろうか、なんて今までは少し思ってたんだけどさ)。
 ナマイキな小説だけ書いてて生活してるわけじゃないんだね。生活できるわけじゃないんだね。
 そうして、尖ってばかりじゃないんだな。
 そういうこと、理屈じゃあ分かってたんだけど、現実に現物を見せられると、実感したよ。

 その講演は、僕が留置場から出た、次の日だった。 

繭に入るということか

外に出るのが恐い。

 生き方変える、なんて事は凄まじいことなんだって実感してるとこ。

 人のきたならしさ見えて、自分のきたならしさわかって。

 そういうのに怒らないで、ただ見るなんてこと、今までしてこなかったから。

 ひきこもり。…このひきこもりは、必要だったと思いたい。

ありがたさ感じて、嬉しさ感じて、

昨夜、TETSUYAさんから夕食ご馳走になったよ。
 ブログに時々コメントしてくれるTETSUYAさんだよ。

 僕の留置場帰りの、お祝いだって言ってくれて誘ってくれたんだ。
 TETSUYAさんの奥さんと子供さん達と、焼肉とビールや九州の焼酎をご馳走になったよ。
 恥ずかしながら、外食するのは何年ぶりだし、焼肉屋さんに行くのは十年ぶりくらいだったよ。美味しかったなあ!

 TETSUYAさんといろいろなこと話して、TETSUYAさんの奥さんともいろいろなこと話して、TETSUYAさんの子供たちのいろんな姿を見て…、
 僕が思ったのは、…家庭をつくるって、クリエイティブなことなんだな、という事だよ。カッコイイことなんだなって事だよ。

 TETSUYAさんもTETSUYAさんの奥さんも、誠実で頭のいい人だから、僕にとって勉強になることばっかりなんだ。
 だから僕も、すなおになれるんだと思うよ。

 TETSUYAさんの家庭を見ると、僕も結婚したいなあと思ったよ。子供が欲しいなあ、と思ったよ。…結婚も子供も、あんまり要らないなあ、なんて思ってた人間がねえ…ハハ。

 母さん、今、僕は、しあわせだよ。
 ありがたいです、本当に、本当に。

 TETSUYAさん、僕のクルマの帰りの運転代行まで手配してくれて…。
 ああ、ありがとうございます。
 僕の人生観に、良いものがまた一つ、増えます。

留置場に居るあいだに仕事の依頼

僕が留置場に入っていたあいだ、ハウスクリーニングの仕事の依頼や問い合わせが、何件か留守番電話に入っていたよ。
 メールもいくつか、いただきました。

 11月8日の夕方、帰った時、留守電聞いて、涙が出たよ。
 ああ、ありがたいなあ! と思ったよ。

 前よりももっと、頑張りたいな、と思ったよ。
 行きすぎの完璧主義にならないようにしながら、頑張るからね。

新潟市長は熱さと初心忘れずに

きのう新潟市長選挙があったね。
 投票率が40、7%だってさ。先回の旧新潟市長選挙よりは、ほんの少し上がったらしいけどね。それでもちょっと低いね。
 といって僕、先回の新潟市長選挙も、僕のそれまで通りに、行かなかったけどさ(だからあんまり人のこと言えないんだ…ハハ)。
 その市長選の後から、選挙の投票ってものに、行きだしたんだ。

 留置場の中で見せてくれた新聞に書いてあったんだけどね、…先の市長(というかまた受かった市長さん)篠田さん、言うこと聞かない職員を怒鳴りつけることもあるって。
 だから市の職員から煙たがられているって。
 市の職員からの評判は良くないって。

 ああ、そういう人に市長を、続けてもらいたい、と思ったよ(彼の政策には僕、反対のものもあるんだけどさ。特に意味の薄い合併にはね。でも新聞に書いてあった市長の態度が本当ならば、彼のその熱いハートに共感するからね)。

 だから、留置場の中で、不在者投票できるって聞いて、すぐさま手続きしたよ(万が一投票日までに出られないかもしれなかったからね)。
 そうして、留置場の中で、不在者投票した。
 投票日前にこれを書くのは、良くないのかなあと思って、今日書きました。

 業界の常識は、社会の非常識って言葉あるね。…この言葉と、市長自身の初心を持ち続けて、頑張ってほしいな。

ツッパリからの遅い卒業、できそう

つっぱり、は僕だと、ずっと思ってた。やせ我慢、とも。
 それが、男だと思ってた。

 人間の本能って壊れてるらしいけど、僕は、本能に基づく行為を、何とか制御したい、意識して押さえ込みたい、とずっと思ってきた。突っ張ってきた。
 それが人間としてカッコイイことだと思ってきた。やせ我慢することが、人間だけが出来る、価値ある事だと思ってきた。

 だけど、喰いたい、眠りたい、他にもう一つ…。
 いくらなんでも、最低この三つは、人間の、本能として、確実に残ってるなあ、と留置場に10日間入って、実感したよ。

 仏教は、この三つの本能を否定しながら生きよと教えてるように思う(もちろん僕の勝手な解釈だけどさ)。
 僕も、ある意味で、仏教の方向で頑張ってきた。
 だけど、僕という人間は、本能を完璧に押さえ込むこと、出来ない人間なんだと、分かったよ。

 刑事さんにも言われたけど、頑張りすぎなくてもいいんだ、とね。
 まあ、今すぐ三つの本能むき出しで生きるのは、それこそ逮捕されてしまうし、本能オール肯定で生きるのは、やっぱり僕の趣味じゃない。
 でも、本能は自分も持ってるんだ、誰でも持ってるんだ、それは善いも悪いもないことなんだ、素晴らしい自然なことなんだ、と素直に思えるようになった気がするよ。

 だから、何にでも、もう少し、いい意味で余裕を持って、生きる生き方、大事らなと、思ったよ。…もう少し、ゆっくりペースでね。
 44歳、突っ張りも痩せ我慢も、そして行きすぎた完璧主義も、卒業できそうらよ。
 遅い卒業だけど、だからこそ、うれしいよ。

留置場での一つ目の感謝の発見

 留置場の部屋に入ったのは、夜中の12時近くだった。
 二人部屋で、三畳で、鉄格子付きの金網の扉だ。オリだね。

 部屋には先に、ひとりの人が寝ていた。どんな人なんだろうと、怖かったよ。
 どんな犯罪を犯して、どんなに凶暴で、意地悪で、ずるくて、…と、その人のことが怖かった。
 夜中に突然、何かされるんじゃないか、なんてことも思った。

 僕は僕にあてがわれた布団を、その人の脇に空いている一帖分のスペースに、音を立てないように敷いて、もぐりこんだよ。

 寝る前に警察の職員から、何かの理由なんだろうけど眼鏡を取り上げられて、よく見えない目で天井を見ていたら、涙がこぼれた。
 さびしい、って思った。ああ、さびしいって心底思った。突然逮捕されて(だって俺は悪いことはしていない、むしろ善い事してると思っていたんだからさ)、そうして生まれてはじめての手錠をかけられて、着ていた服を脱がされて、汚いジャージに着替えさせられて、持っていたものすべてを取り上げられて、外部との連絡をすべて遮断されて、留置場の暗い部屋に入れられて、知らない怖い誰かのとなりに横にされる…。
 自分がばらばらに砕けて無くなってゆくみたいだった。…さびしいっ、さびしいっ、俺は一人なんだ、って思ったよ。

 その時考えたんだ。

 僕は今まで、「人間は一人じゃ生きてゆけない」なんて言葉、心の底からは実感できなかった。
 ただの言葉の遊びというか、生きてゆくことにとって、それほどな意味はないんじゃないろうかと思ってた。

 だけどそのとき、実感したよ。
 僕の隣の布団の中で、その布団をかぶって、本当に眠っているのか眠っている振りしているだけなのか分からない、どんな人相なのか、どんな性格なのか、どんな生き方してきた人間なのか、まるで分からない生き物が、少し腕を伸ばせば触れられる距離に真夜中に暗がりに横になっていることの不思議さ…。
 この人間が、どんな凶悪な事件を起こして留置場にいるのだろか。どうして僕のすぐ隣にいるのだろか。今にも僕に飛び掛ってきて、首でも締められるかもしれない…。怖い、と思ったよ。

 でもね、そのとき、また思ったんだ。もしこれが、僕が一人だけで居て、この狭い鉄格子の部屋で横になっていて、今のこの心細さに耐えられるだろうか、ってね。
 一人でいる事が本当にさびしい…、なんて生まれて初めての感覚かもしれない。

 だから、僕の隣で寝ている人が、どんなに凶暴でも、どんなに意地悪でも、どんなにずるくても、どんな悪いことしてきたとしても、…ここに居てくれているだけで、僕のそばにいてくれるだけで、僕はありがたい、と思ったよ。

 自分以外の誰かが居てほしい。…だったら犬でも猫でもよいのかな、と考えた。へんだけどさ…うん、それでもいいと思ったよ。
 鳥ならどうだろう?…まあ、いいかな。
 トラとかライオンはどうだ? オリの中に入れてくれれば、一緒に居てほしいかな。
 ヘビやトカゲは? …嫌だな。
 馬鹿馬鹿しいかもしれないけど、そんなこと考えた。

 そうして、思ったのは、犬や猫でもいいんだけど、でも、どんな悪い人でも怖い人でも、今この瞬間、そばに居てほしい存在は、やっぱり人間が、いいな、と。

 人間が、人間が、人間がそばに居てくれるありがたさ、おおげさに言えば、この地球上に、人間が生きていてくれるうれしさ、みたいなもの感じたんだよ。…そんなこと思うなんて、僕も馬鹿だねえ。ハハ。

 それが僕にとっての、「人間って、一人じゃ生きてはゆけない」という言葉、実感できた瞬間だった。

 ただ、それだけのことなんだ。それだけのことは、普通だれもが実感していることなんだろうけどさ、僕には44年間で初めて知ったことなんだよ。…遅いね。
 でもね、遅いけど、やっと実感できたんだから、…嬉しいよ。ありがたいよ。これが、幸せっていう感情かな、なんてそのとき思ったよ。
 これがね、ダガシの、留置場での一つ目の感謝なんらよ。おかしいね。

手紙出せなかったのは…

 母さん、手紙出せなかったのは、逮捕されて、留置場に入れられてたんだ。

 10月28日の夕方、態度の良くない男子高校生5、6人とケンカして、その内の3、4人をひっぱたいてしまったんだよ。

 そうしたら、その場で警察官が来て(高校生が携帯電話で110番したんだけどさ。その時に僕も「警察を呼べ!」なんて言ったからね)、それでパトカーで警察署に行ったんだ。

 その夜、留置場に入れられた。

 そうして今日、11月8日の夕方、出られたんだ。
 後で詳しい事は父さんに聞いてください。罰金払ってくれたよ。ありがたかったです。

 高校生も僕も、怪我はしてないから、安心してください。

 生まれて初めての留置場で(当たり前だよね…ハハ)、いろいろ考えたよ。悟りもいくつか、ひらけたぞ(…まあそれは、誰もが悟っている事を遅まきながら僕も実感できたんだけどさ)。
 さあ、今夜は、このくらいで、帰って寝ます。久しぶりのビールかな…。
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