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徒然のブログ

つれづれの思いなどを

漫画やテレビドラマの初回を思い出すこと

 思いおこせば漫画とテレビドラマの初回を見たことを思い出す。
 子供の頃に母の実家でいとこが買ってもらったマンガ本で見たドラえもん。
 同じころだったと思うが、母の実家で偶然見たテレビの太陽にほえろ。
 それがどうしたと思われるだろうし、自分でもそんなことは自分の人生に何の影響も受けていない。
 ただときどきそのときの頭の中での思い出の映像を思い出すのだが、それは漫画やテレビドラマが大事なのじゃなく、自分の生きている中のひとコマを思い出す、とくに小さい頃のことを思い出せるきっかけになることが大事なのだと思う。

大根が、りんごの味だったこと。初春

 生の大根に酢をたらして、塩をぱらっと降って食べたら、りんごだった。
 二年前に食べすぎたときに胃がもたれたときに、胃腸には大根がいいということだから大根を買ってきて浅漬けの素で漬けて食べた。胃のもたれは一時的なものだったからすぐに治ったのだけれど、それは大根のおかげだと思いこんでしまい、それに大根の浅漬けは美味しかったから、それから大根の浅漬けを自分で作って食べ続けている。
 今日、大根の浅漬けを作ろうと思って、大根を切って、タッパに入れていたのだが、タッパより大根の量が多かったから、生の大根を食べた。
 生の大根に酢を少したらして、塩をちょっと降って、食べたら、りんごの味だったのだ。
 別にりんごが好きなわけじゃない。りんごは食べないほうだ。何年も食べてない。果物は食べないのだ。果物の酸っぱさが好きではないのだ。
 でも大根がりんごの味で食べられたのは珍しくておどろいた。りんごほど甘くはないが、でも甘みもあった。
 1センチくらいに切って、食べたから、りんごの味がしたのだろうか、それとも、この三月になろうとしている季節の大根が、苦味が少ないのかもしれなくて、りんごの味がしたのか、どうしてりんごの味になったのかはわからない。
 歯で噛む食感も、シャキシャキとして、りんごと同じだった。いや、りんごより水分が多かった。りんごより甘みも少なかった。だからりんごより美味しかった。
 大根がりんごの味がすることに価値があるのかはわからない。でもまずくはなかったし、酒の肴に、さっぱりした味で、ちょうどよかった。

浄土真宗は本当は大乗仏教ではないこと

 親鸞全集を読んで親鸞のエピソードを知ったら、親鸞の言うことは、お前たちは自分のことは自分でやれ、浄土に行く方法を教えるから、浄土に行くのは自分でやれ、ということだと思った。
 浄土真宗は一見大乗仏教のように見えるけれど、自分が思い立たなければ、自分で行動をおこさなければ、浄土には行けないよ、イコール安心して生きられないよ、安心して死ねないよと、親鸞は言っている。

 たとえば、親鸞が歩いているときに道ばたで死んだ人を見て、かわいそうに思ったのだろう、しかばねに向かって念仏を読んだ。親鸞はそのことを後で後悔している。それは死んで骨になっている人は、死ぬ前に念仏を読んで、阿弥陀仏にすべてをゆだねることを決意したか、しなかったか。仏にすべてをゆだねていたなら、道ばたで骨になって転がっていても幸せに成仏できているのだし、仏に自分の全部をゆだねなかったら浄土に行けていないのだ。それは、親鸞が自分が念仏を読んだとしても、どうしようもないのだ。終わったことなのだ。だから、その屍に念仏を唱える必要はないのだ。ということは、しかばねに念仏を唱えることは、それは自分の自己満足なのだと、悟ったのだろう。父母のために念仏をしたことはないと言い切った親鸞だもの。

 しかし現代の人が思うのは、仏とか、浄土とか、成仏とかということは架空のことだ。親鸞の思いは、精神分析で説明できる。どれだけ安心できて生きていかれるかということで。
 親鸞はもしかして、他人が嫌いで、仏も嫌いで、自分しか信じられないで、でも自分も嫌いで、自分も信じられないで、その葛藤をあたためつづけて生きて、その思いを醗酵させて、それが浄土真宗というものになったのかもしれない。
 あるいは、自分でも信じていない架空のものを作り上げて、それで世の中を騙してだまして生きて、死んだ、稀代のペテン師だったのかもしれない。

 科学の時代に生きている俺は、仏とか浄土とかはとても信じれらない。オカルトも嫌いだ。だから俺の仏は、宇宙だと思っている。
 ときどき眠る前に、宇宙をイメージしながら眠る。そうすると、自分も、母親も、好きだった人も、嫌いだった人も、宇宙にただよっているチリアクタになって、それが細かくなって、原子になって、飛び回って、それが近づいたり、離れたり、くっついたりしながら、そのくっついた原子が命になって、また生まれ変わるというイメージを、想像しながら眠る。そうすると、何だか安心できるのだ。安心しながら眠りにつけるのだ。

 だけれど宇宙のことだって、実際に宇宙に行ったことはないし、宇宙に触ったこともない。人から聞いたり本で見たり読んだりして、宇宙はあるのだと思っているだけだ。原子も分子も見たこともないし、触ったこともない。
 ということは、俺が宇宙を科学的に知っていると思っているのは、親鸞が浄土とか成仏とかを想像していたことと変わらないのかもしれない。
 親鸞も眠る前に、自分が阿弥陀仏にみちびかれながら、浄土にふわりと降り立つイメージを持ちながら、いい気持ちで眠りに入っていたのかもしれない。
 そのイメージこそが、死ぬときのイメージでありたいと思うのだが、地獄は一定すみかぞかしと言う親鸞も、そして俺も、だけど苦しんで死ぬのかもしれない。いや、苦しんで苦しんで死ぬのだろう。けれど、苦しんで死ぬとしても、その後は原子に生まれ変わって宇宙を飛び回るのだ。
 何でも産みの苦しみはあるのだから、大いなることの前には、大きな産みの苦しみはあるのだから、そのいっときの苦しみはあたりまえなのだ、誰にもあるのだと思えば、苦しみのあとは原子になって、自由自在に飛び回る気持ちの良さが待っている。その死ぬ前の安心感が、そういうことが、成仏なのかなあ、と思っている。

 そうして、その境地に達するのは、阿弥陀如来とか浄土とか成仏とか、自分以外の架空のものに頼るのは、小乗仏教も大乗仏教も同じだけれど、その境地に行けるかどうかは、自分で苦しんで苦しんで考えて、ある一瞬のところで悟れるか悟れないか、それは自分自身の心のひねり方だよと、親鸞は言いたかったのだろう。それが、善人なおもて往生をとぐ 、いわんや悪人をや……、ということなのだろう。それが、浄土真宗なのだろう。
 そしてそのことは、何かに救われたいと思って、ときどき仏教の本を読んでいた若いときから、うすうす思っていたのだが、この年になって、この世の人間どもはバカでクズばかりなのだ、救われない存在なのだと悟って、確信になった。

56歳でまた生まれ変わって悟ったことは自分ができることしかやらないということ

 昨日2018年9月24日(月)秋分の日の次の日、私は生まれ変わった。
 人と争って、また人間の醜さを思い知った。
 そうして人を変わらせることはできないのだと思い知った。人は変わらないのだ。なぜなら人は頭が悪いから、そのまま変わらずに生きていくしかないのだ。変われる人は、一千万人に一人くらいなのだ。変わらせようとしても無駄なのだ。無駄なことをしていたら、自分がつぶれてしまう。
 人を変わらせようと思っていた私が、変わらなければ私がつぶれてしまうのだ。
 だから私が変わろうと思った。
 変わるためには、自分の考えを変えなければならない。
 自分の考えを変えるためには、自分が生まれ変わらなければならない。
 生まれ変わるためには、いったん死んで、新しい人間にならなければならない。
 だからいったん死のうと思った。
 死んだことがないから、死ぬことを稽古しながら精神的に死ぬことをくり返した。
 苦しかった。心が苦しかった。何もかもいやだった。
 自分の周りなどなくなってしまえばいいと思った。でもそれも自分の自分勝手な思いだと思って、さらに何もかもいやになった。
 いやになって、いやになって、何が何だかわからなくなって、目をつぶって震えていた。
 そうしていたら、運よく死ねたようだった。
 その後は産まれることだ。
 産まれることも時間がかかって、苦しいだろう。

 産みの苦しみというが、心の苦しみが体に回って、頭の後ろ側の両脇が痛くて痛くて、四時間も七転八倒した。
 本を読んでも、インターネットをしてもおもしろくなくて、一分ももたずに本を閉じて、ブラウザーを閉じた。そしてそれをくり返した。
 苦しんでいるあいだに、自分は新しい自分になるために、いったん死んで、生まれるんだ、と思いながら苦しんだ。

 そのときラジオで聞いていたテレフォン人生相談で、いいアドバイスがあった。
 無責任な人間のズルイ人間のために何かをすると、自分がつぶされてしまう。ズルイ人間は一番弱い人に責任をかぶせるから、あなたがつぶされてしまう。あなたがつぶされてしまうと、仲間のためにもよくないから、あなたは自分ができることだけやればいい、というか自分ができることだけやらなければ自分がつぶされてしまうから、自分ができることだけやらなければならない。

 社会のために自分を投げ出すことをしていたら、自分がつぶされてしまう。昨日、自分がつぶされてしまいそうなことになったから、そういう生き方をやめたいと思ったのだ。
 社会は、無責任でズルイ人間ばかりだと思い知った。長いものに巻かれる人間ばかりだ。それは権力側の人間も、その腰ぎんちゃくも、ズルイ人間ばかりだった。いや、ふつうにそこらへんに生きている人たちもそうだった。それを思い知った。
 私の見方はいなかった。私は一ぼっちで責任を負わせられた。

 もう私は私ができることしかやらない。
 そう決めたら、気が楽になったのだ。今朝、気持ちよく目覚められた。いつも死にたいと思っていたけれど、そう思うことがすくなくなった。自分が勝手に背負っていた責任が減ったからだろう。

 そうして今日、外で初めて会った人との会話は気持ちよくできた。
 今日、一人で、自分の葬式と、自分の誕生祝いをした。
 これから一週間くらいで、私に新しい名前をつけようと思う。

場所を超越した夢を見るために、見る練習をしながら眠る

 このごろ見る夢は実家が舞台のものばかりだが、眠る前にこれから見る夢はもっと家から離れているところの夢を見たいなと思って、今までそういう夢はあったかなと思い出したら、いっぱいあった。

 新聞奨学生のときの狭いアパートの夢。新聞を配るときのエレベーターに乗るときとか、エレベーターが横に動いて地上に降りてくるとかという夢。大きいマンションアパートに自分が住んでいて、エレベーターから降りて部屋に入るとか入れないとかという夢。

 去年も大学に受からなくて、今年も同じ教科書を勉強するkとになる夢。でもその夢は場所に関係がないのだが、四十代までは良く見てうなされていた。

 バスに乗って、中沢を通り、悠久山方面に乗っていき、山をバスで登って、またバスで山を降りてきて、勾配が怖かった夢は何度も見た。

 長岡から見附を通って栃尾に行くバスに間違って乗ってしまって困った夢。
 バスに乗って嫌な思いの夢は高校生になってバスに乗るようになった思い出を夢に見るのだと思う。

 今町から見附に行く町並みを行く夢。

 新潟県から東京に行くときに、峠を何かの乗り物で乗っていく夢。それは確かではないけれどバイクに乗っていくのだと思う。

 なぜか江戸時代に乗り物に乗って(たぶんバイクだろうと思うが)、東北地方の港をめぐって青森の港を通って右周りで東北地の海岸線の道路を(たぶんバイクで)走って、関東の港について目が覚める夢。

 どこかの盆地に降りていき、そしてまた盆地から高台に登る道で、その坂道を心に残そうと思う夢。そこから高台の平野の道を車で走る夢。
 そういうところの峠で、三叉路の道で、また道をどうしてか心に残ってしまう夢。

 盆地で夜空を見ると、夜空一面にわかりやすく星座が散らばって、流れ星もいくつか落ちている夢。
 ここまでくると地球から宇宙に関係する夢になっている。

 社会人になったばかりの頃の夢だと思うが、秩父みたいな行き止まりの奥地に行く道を行って、また戻って、また行くという夢。

 小学生中学年の頃の夢だが、新聞のラジオテレビ欄の中に入り込んで、この世の次元の奥の次元に入り込んで、テレビ番組の中に入ったり、また出たりした夢。
 この夢が、場所という次元を一番超越した夢だった。

 時間を超越した夢も見るが、思い出せない。

 今の場所をはるかに越えた夢を見るのは、責任をおわなくていいような気がして楽な気持ちになるから、眠る前にそういう夢を見ようと思うようにして、昔見たそういう夢を思い出しながら眠る。

 場所には関係ないが、上にも書いたが、大学浪人の夢とか、スーパーに勤めていて何年たっても昇進しない夢、介護医療の仕事に就いていて、夜勤に出勤するのを忘れてしまう夢。そういう大事なことに失敗したり忘れてしまったりする夢もよく見る。
 そういう夢はクライマックスでハッと目が覚める。

2018年の三月、雪がなくなった

 今日は天気が良くて、気温が19度になった。四月下旬から五月上旬の気温だそうだ。
 新潟県で三月初めで19度になったのは初めての記憶だ。
 今日は一日中窓を開けて風を入れた。
 今年は大雪だったのに、新潟市の今は雪がたまっていた細い道にも雪はない。
 2011年の大震災の年の三月は雪があった。父親が死んだ2015年の三月も雪はあった。
 明日は少し気温が下がるらしいが、これから下がったり、上がったりして、春になる。
 朝と夕方に、日が伸びているのがわかる。これから虫や草の芽が土から出る。
 そういえばおととい、スーパーでふきのとうの天麩羅を買ってきて食べた。

音楽もバイクも麻雀も人間と接するのも、何かの手段

 ギターを弾いて歌うのは声が出るようになったから、毎日歌わなくなっている。自分で言うのも何だが、まあまあ聴かせられる歌がうたえるようになった気がしている。だから目的を果たしたという達成感とそして脱力感みたいな気持ちだから歌わなくなったのだろう。

 去年の秋から健康麻雀というのに行っていた。月に二、三回行った。それもおもしろくなくなったから、今年になって行かなくなった。そこの雀荘の雰囲気は勝ち負けだけを問題にしているから、つまらないのだ。それはどこの健康麻雀やフリー雀荘も同じだろうが。
 高校生から二十代真ん中くらいまでは麻雀に狂っていた。大学生のときはフリー雀荘に通って何万円も負けていた。それも何かの勉強だと思っていた。たしかに狂っていた。
 いま私が麻雀をしたいのは、麻雀をしながら世間話をすることだ。それもできれば芸術とか人間心理とかを、その場が単に麻雀であり、麻雀をしながら、お互いに攻撃にならないように節度を持って、意見を言い合うことが私の麻雀をする目的なのだが、麻雀が上手な人は頭がいいと思っていたのだが、違った。
 麻雀が強い人は、単に麻雀が上手なだけで、世知辛く計算高い人間なのだとわかったということなのだが、先に書いた私の好きな世間話ができる雰囲気は健康麻雀にはあるだろうと勝手に思っていたのだが、それは私の思い違いだった。金をかけるフリー雀荘と同じ雰囲気だった。あるいは競技麻雀の雰囲気だった。勝つことだけを目指すだけの、底の浅い、おもしろみのない場だった。

 バイクに乗るのは、今は、いや、昔も、バイクに乗ることだけが目的で乗っているのではない。
 バイクに乗りながら、風景を見たり、この峠の道のわきに立っている太くて背の高い樹は、もしかして江戸時代から生えている木だろうかとか、大昔の人が何十万人この峠を越えて歩いていたのだろう、農業の人はそれほど移動しないだろうから、この峠を越える人は商人だろうか、武士だろうか、乞食だろうか、歩いて疲れたときは、あそこの大きな樹の下で持ってきた水を飲みながら休んだのだろうか、とか考えながらバイクで走るのが楽しいのだ。
 四、五年くらい前からは、大昔の戦国時代ころからあると思う部落の中の細い道を、ゆっくりバイクで走るのが楽しくなっている。地形や、川の流れや、田んぼと家が建っている配置の関係や、集落とその墓場の位置関係や、墓場に寄って墓を一つひとつ見るのも楽しい。だからバイクに乗るのは、そういうところに行くことと、そこの場所をゆっくりめぐるための手段になっている。

 ギターを弾いて歌うのも、麻雀をするのも、バイクに乗るのも、何かのための手段なのだと思う。
 それらが単に目的になっているのは、視野が狭いと思うし、そういう狭い世界で視線が沈んで、高くて広いところを見ようとしないのはおもしろくない。
 それはもしかして、人間と関係するのも、何かのための手段なのだろうかもしれない。

地軸の傾きと冬の靴下

 先週から新潟市も日本中も寒波の中に入って大雪で埋まってしまった。毎日最高気温が氷点下なのだから冷蔵庫の中にいるどころか氷室に閉じこめられているようだ。コンクリートみたいな厚い氷のおおいにかぶせられて、ガンガン冷やされているように感じる。
 しかし夏はあれだけ暑くなるのに、冬になるとこんなに寒くなるなんて、太陽は何をやっているんだと腹が立つ。おい太陽、お前はちゃんと働いているのかと叱りつけたくなる。
 地球の地軸が傾いているから日本には春夏秋冬があるわけだが、たかがちょっと斜めになっているくらいで、こんなに暑かったり寒かったりするものなのか、地球にも、お前はどういうつもりで斜めになっているのだと問いただしたくなる。
 冬の季節になっても、地球は丸いのだから、太陽のエネルギーは地球のまわりを回って、裏側に熱を運んでくれたっていいじゃないか、こんなに夏と冬の差をつけなくたっていいじゃないか、もっと平均してエネルギーをよこせよと、太陽と地球に抗議したくなる。
 だけど太陽はそんなことは知ったことではない、お前ら地球が勝手に斜めになっているからだ、おれは自分が燃えていることで精一杯だと言うだろうし、地球は自分がバランスよく傾いているからお前らの命が生まれたんだぞ、それは宇宙の中でも奇跡的なことなんだぞと言うかもしれない。
 私は部屋の中では冬でも靴下ははかないのだが、昨日から夏用の短い靴下をはいている。来月になったらもっと寒くなるかもしれないから、太陽と地球に喧嘩しても勝てないから、今日より寒くなるだろうし、そうしたら冬用の靴下をはく。

雪が積もって夜でも明るい外

 今朝は降っていなかったのに昼頃から雪が降り、そして積もった。
 いま窓を開けてみたら雪はやんでいる。夜の九時ころなのに外は夕方の前みたいに明るい。
 空は曇っている。けれど空ぜんたいが白くて薄明るい。積もった雪も白く光っている。まわりの家もよく見える。
 今夜は満月なのかもしれないが、見えない。ネットで調べられるけれど、面倒だから調べない。
 今夜は静かだ。音がしない。雪がいろんな音を吸っているのだ。
 ここ新潟市は三十センチくらい雪が積もっている。実家のほうはもっと積もっているだろう。でもどうしようもない。
 そして今夜は向こうも、雪で明るいだろう。そして静かなんだろう。

 追記
 翌日の朝までに80センチ積もった。
 前夜の変な明るい夜空だったのが大雪の前触れだったのかもしれない。
 大雪のせいで三条の先の東光寺駅と帯織駅の間で、列車が乗客ごと一晩止まったそうで、全国ニュースになっていた。
 前にも書いたが、大雪のときは警察と医療関係以外は仕事はストップしてもいいのじゃないかと思う。

一つは一つ、二つは二つ

 一つは一つ。二つは二つだ!

 焼酎を飲んでいるときに、焼酎の買い置きを探して、見つけて、すこし安心して、トイレにはいって、おしっこをしはじめたときに、どうしてか口から出た言葉だ。
 2017.4.18

季節の変わり目は心もかわりめ

 暑いのも寒いのも彼岸までという言葉があるが、今年は春分の日を過ぎても寒い日がつづいている。でも真冬のころから比べれば、夜中におしっこに起きたときに羽織るカーディガンは冬は二枚はおっていたけれど、このごろは一枚で済むし、前のボタンも冬場は三つ閉めていたのが春になってからは二つでいいまでにあたたかくなっている。

 冬場は欝ぎみで生きていたのが、不思議なのだが彼岸が過ぎたら、死にたいという気持ちは減った。暮らしている中で楽しいことや良いことがあったわけではない。それどころか嘘をつかれることばかりで嫌な気持ちで生きているのだが、気温が上がったこのごろは、どうしてか二晩寝れば嫌な気持ちは薄まって、心の中に、根拠のない希望がわいている。若い頃は一晩寝れば嫌なことは忘れたのだが、今は一晩では嫌な気持ちはなくならない。二晩かかる。それでも季節の変わり目になったら、気持ちも変わり目になっているようだ。
 なりたかった躁鬱病になっているのかもしれないが、本当になっているのなら、困る。半年ごとに、夏場は躁で、冬場は鬱になっているのだろうか。でもそれも人生だ。おもしろいと思おう。おもしろいと思えるほど、今は躁になりかけているのだろうか。

 そうして真冬に嫌なことがあって死にたいと思っている自分に、春になったときの明るい気持ちを持つことができる自分を教えてやりたい。そのためにも書き残しておく。その死にたいというお前の気持ちは、気温の差による単なる生物学的というか生理学的な気持ちの変化なのだよと。暖かくなれば自然と楽しくなるぜと。

あとどれくらい眠れるかを知りたいのは、あとどれくらい生きられるのかを知りたいということ

 夜中に目が覚めて、真っ暗の中で、今何時なんだろうと不安になる。むしょうに現在時刻を知りたくなる。それは五年くらい前からだった。
 だからベッドの両脇に電気で動くデジタルの時計を置いている。横向きに寝ることが多いから、ふと目が覚めたときにすぐ時間がわかるようにしている。それで安心してまた眠りに落ちる。
 昨夜目が覚めたときに思ったのだが、夜中の暗闇の中で時刻が知りたいのは、あと何時間眠れるだろうか知りたいのだろう。眠るのは気持ちがいいから。
 そしてそれは、あとどれくらい生きられるかを知りたがっているのかもしれない。

2016年の初めての日本酒を飲んだ

 今夜、今年初めての日本酒を飲んでいる。
 でも暑いから裸で飲んでいる。
 とうぜん冷やで飲んでいる。
 一昨日と昨日の夜は、眠るときにタイマーで扇風機を回して寝たくらい、この何日か暑い。
 だけれど彼岸を過ぎて寝汗をかかなくなったから、かくじつに涼しくなったのだ。
 だから日本酒を飲みたくなったのだ。
 つまみは戻りかつおの刺身を買ってきた。
 かつおのたたきも買ってきた。かつおのたたきは解凍品だ。
 戻りかつおのほうが美味いような気がする。
 だが自分の舌が感じる美味い不味いはそれほど信用できない。
 ただ戻りかつおを肴に、今年初めての日本酒を飲みたかっただけなのだ。
 酒はいつも買うCGCの純米酒の2リットルパック、798円だ。
 この紙パックは空になったら、リフォーム作業の養生シートや、実家の防草シートの、重しに使う。

夜空の月は次元の先の出口

 きょうは今年の中秋の名月だと今朝のラジオで言っていたから、さっき窓の外の夜空を見たら白くて丸い大きな月がうかんでいた。
 長いトンネルの出口みたいに遠くで丸く光っている月は、宇宙の向こうに出る穴かもしれない。

私が笑うのは本当に珍しいことになる

 落語をほとんど聴かなくなった。
 笑わせようというあざとさが嫌なのだ。だからお笑いというのも嫌だ。ユーモア小説というのも読みたくない。
 突然知らないうちに笑っていたというのがいい。
 前に書いたが、笑うのは、驚きと共感だ。それはマルシーダガシだ。
 驚きは突然に起こることだ。共感は自分と同じ価値観ということだ。
 私と同じ価値観の人は一万人に一人ぐらいだから、そして突然なことは珍しいことなのだから、私が笑うのはほんとうに珍しいことだ。
 だから私は私が笑ったら嬉しいのだ。

人生最高の気持ちいい趣味

 嘘を言わないで、すじみちをとおしきって、いい人になることをつらぬきながら卑怯者を怒鳴りちらして、それを趣味にして生きるのは、誰にも文句を言われないし、自己満足の極みを感じられて、気持ちいい。
 世間に迷惑をかけない範囲でやっている人様の趣味を批判することは誰もできないのだから、いい人になることは世間のためにもなるのだから誰にも批判されない。こんな気持ちいい趣味はない。それはおれの趣味。
 すこし罪の意識は、ある。

生き物からの脱却

 新潟市の建築職人はクズがほとんどだ。99.99999999999999999999999999999999999%
 と限りなく全部がクズだ。
 いや建築職人に限らず新潟市の人間のほとんどがクズだ。
 いや新潟市だけに限らず日本中の人間がクズだ。
 いや日本人だけじゃないだろう、世界中の人間がクズだろう。
 ということは人間というものは自分勝手で卑怯で嘘吐きなのだろう。
 それは生き物というのが自分の生存と自分の種の保存を第一優先にしているからだろう。
 他者を押しのけて、他者をだまして、自分を第一に考えて生きているからだろう。

 おれは生き物ではないのだろうか。
 生き物でなくてもいいや。
 自分のなりたいものになればいい。

春の芽で

 台所の買い置きのジャガイモが、いっせいに芽をだした。
 アパートの裏の土のところの草も、抜いても抜いても生えてくる。
 だって春なんだ。
 僕も生えてくるものがある。

春になるから粉をだそう・花粉症

 風邪もひいてないのに、今日の夕方から大きなくしゃみが出た。
 花粉症の始まりだろう。
 今年はずいぶん早いようだ。

 木も草も春になったと思ったから、自分の中の粉を出したのだ。
 自分の中の粉を出して、自分を変えようとしているのだ。
 おれも自分の中の粉を出そう。
 2015年2月末。

春、もうすぐ新潟市の春

 このたびの冬になりがけの、天気の長期予報は暖冬だといっていたのに、十二月になったばかりで大雪が二回降って、予報ははずれたと思ったけれど、そのあと雪はかたまって降らないで、そのまま二月の下旬にきたのだから、長期予報はあたっていたのだろう。
 今日二月二十二日の新潟市の最高気温は十四度だったから、もう春になるのだと思わせるのだけれど、インターネットの天気予報は後三四日したらまた雪マークが出ているのは、雪の国の陽気の三寒四温というべきものだ。
 きょうの、日が暮れごろから降ってきた小雨は頬に、手の指に、つぶつぶとあたってもあたたかい水けで、これから春になるのだろうと明日もあさっても、そのずっと先の日を思う期待が自分のなかに一つ、二つと、ふくらまっていくのがわかるのである。
 このごろ読んでいる、はまっている、石牟礼道子という作家の文体にえいきょうされて書いた。
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