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徒然のブログ

つれづれの思いなどを

ゴミ屋敷から抜け出せた

 今朝、たまっていた最後の燃えるゴミを捨てて、部屋の片付けが一段落した。二十年以上前に彼女からもらったマフラーと帽子も捨てた。
 ゴミ屋敷だったアパートの部屋は、物が三分の一になった。床がひろびろ見えるようになった。人をよべるくらいには整理整頓された。
 嫌いだった父親が死んで三年たつが、どうしてか今まで、自分の部屋の掃除ができなかった。いらないものでも、使わないものでも、物を捨てることができなかった。何かに囲まれて隠れるように暮らしていたかったのかもしれない。
 それが去年の秋ごろから、来年あたたかくなったら部屋を片付けようと思いはじめた。根拠はないが来年の春になったら物を捨てられると思った。
 そしてやっと、この四月に、捨てることができた。掃除もできた。トイレの便器も三年ぶりにすみずみまで掃除して、台所のビニール床を洗剤で洗って拭きあげた。清潔になった。部屋も心もさっぱりした。
 あとはガスコンロの掃除だが、連休中にやろうと思う。

電子レンジで非常食米を炊く

 五年前の東日本大震災の後で非常食というのを買った。缶詰めと、アルファ米というのと、温めなくてもいいレトルトカレーだ。それらをダンボール箱につめて一人暮らしの父親に持っていった。
 去年父親が死んで家を片付けていたら、台所の隅に見たおぼえがあるダンボールがあって、ひらいてみたら缶詰めとアルファ米とカレーが入っていた。アルファ米は持っていったそのまま二十食あった。賞味期限はまだ二年くらい先なのだが、どうしてか食べてしまいたいと思って、いま少しずつ食べている。
 だがアルファ米は不味いのだ。ご飯にプラスチックというかビニールの臭いがする。温めなくていいレトルトカレーも粉っぽくて食べたくない。だけれど食べなければ、なくならない。人にあげようとしても不味いと思っているものをあげるのは失礼だろうからあげられない。だから自分で食べてなくすしかない。
 まずはアルファ米をなくそうとして、美味しく食べる方法をググってみたら、電子レンジで五分温めて五分むらしたら、うまいというらしい。試してみたら、不味くはなかった。米に染みついていたビニールの臭いは減っていた。一袋は、いつも食べる朝食の分量よりは少ない。でもうまいと思わないからちょっと少ないくらいのほうがいい。
 アルファ米を電子レンジで炊くのだから非常食の役割はなくなっている。値段も高いのに普段に食べるのはもったいないが仕方がない。

 そうしてアルファ米だけでなくて、生米も電子レンジで炊けるかネットで調べてみたら、炊けるようだった。といだ米を厚でのどんぶりに入れて、ふつうより水を多めにして、十分ちょっと熱して、十分むらす。熱しているうちにたくさん蒸気が出てフタがずれるから、隙間がある皿をフタにして炊いた。うまく炊けた。炊飯器より短い時間でご飯が炊ける。便利だ。だけれど炊飯器で炊くよりは美味くない。だから高い米を電子レンジで炊くのはもったいない。

父あてのダイレクトメール

 新潟市のアパートに父親宛のダイレクトメールがjときどき届く。実家への郵便物を転送するようにしているからだ。
 送り主は、服屋、自動車屋の車検の案内、会津の旅館から旅行に来てくれというもの、健康食品の会社、他にもいろいろある。
 届くたびに送ってくる会社に電話して、「もうダイレクトメールは送らないでもらえますか。その人間は死にましたので。ちなみにわたしは息子です。」と言う。そうすると相手は恐縮して、しどろもどろになるのが少しおもしろい。
 一回電話したらもう送ってこないのだが、そういう会社ばかりではない。自動車屋は電話して父親は死にましたと言ったとき、電話に出た女は、お父さんからはとてもよくしてもらったのです、それでは手続きして、もう送りませんねと愛想よく言っていた。だがその後、二ヶ月おきくらいに何回も送ってくる。
 いい加減な人間には、いつも激しく怒鳴りつける勤勉な私だけれど、このことだけはどうしてか面倒くさくて、怒鳴らない。怒鳴るどころか、また送ってきても電話していない。送られてくるのをあきらめている。勝手にしろと思っている。また送ってくるのだろう。

実家の柿の実を渋抜きして食べたこと

 秋になって、実家の柿の木が枝を張って、車の通り道に何本も枝が伸びてしまった。その枝に実が何十個もついて枝が下にたれた。背がとどくところに生っている実を一つもいで、皮をむいてかじってみたら、口がしびれるほど渋かった。すぐにゴミ箱に捨てた。
 冬の前に葉が落ちるわけだが、それがコンクリートに大量に落ちると、汚いし、タイヤがすべるし、ちょっとやそっとでは腐らないでそのままになっているだろうから始末に困る。
 そして何もしなければ柿の実が熟してコンクリートに何十個も落ちる。腐って、えらいことになる。だから枝を切ることにした。
 その前に、せっかく生ったのだから実を採った。

 二百個採れた。ほとんどが丸まると太って大きな実だった。
 黒い染み色がついて食べたいと思えないのが三十個、採るときにコンクリートに落として傷がついたのが十個、合計四十個捨てた。
 少しだけ黒い染み色があっても食べる気になるのが四十個あった。大きくてまともな実は百二十個だった。
 ネットで柿の渋の抜き方を調べたら、ネオヘースタンという渋抜き剤を見つけたから、ホームセンターで買ってきた。四本入りで200円だった。一本で柿三十個の渋が抜けるそうだ。
 近所の一軒に三十個、もう一軒に四十個を、ネオヘースタンと一緒にあげた。一軒だけ親類に三十個と渋抜き剤を宅急便で送った。

 先月の十月二十一日に実を採って、伸びていた枝を切り払ってから、人間の胴回りくらいの太さになった幹を電気チェーンソーで切った。幹を何回も細かく切った。これで切るのをやめようと思っても、またチェーンソーのスイッチを押して、幹に刃を入れた。チェーンソーで樹を切るのは気持ちがいいものだ。嫌いだった父親が植えた柿の木だから、なおさら切りきざむのが気持ちよかったのかもしれない。家の二階まで枝が伸びていた柿の木は、けっきょく下半身の高さまで切った。切った枝は使ってない畑に並べた。畑が一面、枝でうまった。
 実を新潟市に持ってきて、十月二十三日に三十個をネオヘースタンと一緒にビニール袋に、三段以上重ねないように横に広げるように並べて入れて、口をきつくしばって、ダンボールをかぶせて寝かせておいた。
 十日後の今日、十一月一日に袋をあけて、取り出した。
 包丁で皮をむいて、食べてみた。種のない柿だった。あまり甘くなくて、甘いものが苦手な私にはちょうどいい味だった。口の中で実を噛んでいると、ときどき渋みがかすかに香った。もしかして渋抜きが完全ではないのかもしれない。もう何日か寝かせたほうがいいのかもしれない。だけれどその渋みと甘みが合わさって、なんともいわれぬ秋の恵みの香りが、舌の上に広がっていった。
柿1

 実を一つ食べてから、また二個皮をむいて切って、写真を撮った。そうして食べながらこれを書いている。嫌いで、憎んでいた父親が植えた柿の木の、父親が死んだ年に生った実を食べている。
 そして柿の木は、すべての枝を切ってしまった。来年からは実は生らない。少しだけ後悔している自分を見ている。

このごろは火事を知るホームページを見ている

 実家を一人で管理することになって、一番の怖いことは火事だ。
 都会みたいに隣の家とはくっついてないから、自分の家が燃えたら隣りの家に火が移るかどうかはそれほど心配ないと思うが、それでも火の粉は飛ぶだろうし、風向きによっては火が燃え移るかもしれない。
 火が移らないまでも、火事をおこしたなどとしたら、まともな顔をして地元には帰れない。
 家に火が出たらメールで知らせる機械があると知って、値段を聞いたら十万円だった。とっても手が出ない。それに火が出てしまってメールをもらっても、どうしようもない。昔から言うが、家が火事になっているかどうかを確かめるには、家の固定電話にかけてみて、呼び出し音がすれば何もないという。でも固定電話は解約したから、それもできない。
 その自治体の消防署が出しているホームページの、火災や救急の情報のサイトがある。新潟市にもある。最近はそれを見ている。朝起きたら見て、仕事に出る前に見て、帰ってきてからすぐに見て、寝る前にも見る。
 家から新潟市のアパートに来て次の日までは気をつけて見ているけれど、火の始末が悪ければ当日か次の日には火事になっているだろうから、こっちに来て二日目からそのサイトに出ていなければ安心する。
 新潟市消防のサイトはこれ

父の残した炭水化物

 父親が食べていて、死んで残した、そうめんとか、うどんの乾麺とか、ご飯パックとかが大量にあって、親類たちが持っていけというから、もらってきて食べている。
 炊きたてのご飯に比べたら、まずい。それに、うどんの乾麺は消費期限が三ヶ月過ぎていて、気持ち悪くて食べたくないのだが、捨てるのもしのびないから、ネットで食べられるか調べたら、乾麺は少しぐらい期限を過ぎてもなんとか食べられるらしいから、捨てないで少しずつ食べている。だからちっとも量が減らない。
 うどんの乾麺は、ゆでる時間が十分もかかる。ガスがもったいない。茹であがった麺をあらうための水も大量につかう。水ももったいない。
 はやくぜんぶ食べてしまいたい。ぜんぶ食べたら、私の気持ちも変わるだろう。一段落つくだろう。

人が死ぬと、まわりは地獄になる

 人が死ぬと、人間は興奮して、人が変わる。
 人が変わって、欲のかたまりになる。鬼になる。亡者になる。
 死人は、まなこを閉じて、悟ったような顔つきをして寝ているが、死人のまわりは亡者だらけになって、この世が地獄になる。
 生きている人間は、鬼より怖い。
 月日がたてば、人にもどると、思いたい。

死にたいと思わなくなった不思議

 私は怒りんぼうだが、逆にのほほんと生きてきたし、おっとりしているとも言われてきたが、本当はいつも死にたいと思いながら生きてきた。いつも、自分など死ねばいいと思ってきた。
 それが、父親が死んだら、不思議なことに、死にたいと思わなくなった。
 いつも腹が立ちやすいのは変わらないが、怒った後で怒った自分を責めることはなくなった。
 自己中心的になったのだろうか。鈍感になったのだろうか。ある種のあきらめだろうか。成長したのだろうか。

父の死と落語、とくに片棒

 父が死んで二十日間くらいたったが、落語の片棒を聴いてみたくなってネットで探して聴いた。
 何人かの落語家の片棒を聞いておもしろくて、夢に見たあとのように、父の死を自分の体の血肉にすることができるようになった気がした。
 片棒のほかにも葬式をテーマにした落語を聴いて、私は父の死を咀嚼することにつとめた。
 そういう落語を探してみると、落語とはあんがい死をテーマにしているのが多いのがわかる。死は笑いにつながるのか、死を笑いにして悲しみを減らそうとしているのか、どういうわけなのか知らないが、肉親の死をあつかった落語は、どうしてかおもしろくて何べんも笑った。
 そのおかげなのか、父が死んだことの不安がやわらいだ気がした。

広道

 父が広い道に出た。
そのおかげで僕は父と和解できた。
父は今、ゆったりと広い道を歩いているだろう。
いつか僕も、広い道に出られるのだろう。
それまで、いろんなことを、苦しんだり、楽しんだりするのだろう。
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