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徒然のブログ

つれづれの思いなどを

親孝行親不孝、親孝行

母の日プレゼントにハウスクリーニングはいかが、というのは僕、独立してすぐ思いついて新潟市の手配りチラシに書いたが。
 母の日って、どうして5月の第二日曜日なんだろ。アメリカから始まったらしいけど、それしか分からんなあ。

 あんまり母の日母の日っていうの、何だか気恥ずかしいがあけどさ。親不孝者のダガシが…なんて思うから。
 親不孝の数々は、今ここでは言いません。
 母さん、母さん、僕が一生懸命よく生きる事が、母さんへの親孝行だと思ってるんだけど、母さん…

ありんす

 いろんな会社に問い合わせの電話かけると、機械で合成して作った声と間違えるほど、機械的な喋り方する人が多いね。
 まるで、機械が喋るように喋る事を、目指してるみたいな気がする。まさか、と最初は思ったけど本当みたい。
 機械の真似してるようだ。

 自分の素を出すの、恐い、というかもったいない、というかメンドクサイ、というか…、そんなところなんだろうけど…
 聞いててムカムカしてしまうんだ。卑怯な感じするんだ。正々堂々と自分の本当のところで勝負しない、その後ろめたさが、機械の音声を真似させてるんじゃないのかな。

 むかし本で読んだことらけど(コウシャクになってしまうけど)、江戸時代のおいらんの言葉遣い「ありんす」は、東北地方から売られてきた女の人の、東北訛りを隠す、というか喋らせないようにしたのが始まりだってね。
 遊廓に遊びに行った男は、その言葉聞いてどう思ったか知らないけど、僕だったら、うーん、分からないな(話ズレルけど僕、大昔から女の人がいる飲み屋さんに行って、煙草に火をつけてもらうの嫌いだった。自分で自分のライターでつけてた。つける方もつけられる方もバカッぽく見えてイヤだったよ。僕、飲みに行って、別に召使いが欲しいわけじゃないんだもん。煙草に火をつけてもらう事より、会話の中味で楽しみたいと思ってた)。

 電話の喋り方の話が、ぜんぜん別の方向に行ったね。…たださ、相手を楽しませる、というかお客さんが望んでる事を、必死になって探そうとする姿勢が、望まれてる事の本質が、大事なのじゃないのかなと思うんだ。そしてこの事、もちろん僕自身にも言い聞かせているつもりらよ。

ダガシのブログの本棚・2

またまた僕だけのブログの本棚を見せるね。
「ブログの本棚」という言葉、本の紹介をするブログというふうに使われること多いらしいけど、僕の場合は、僕が読んでるブログそのものを母さんに教えることらっけ。
 僕の興味の持ち具合です。
 また順番には意味はないよ。僕が知った順です。

『手巻きの腕時計』 ぴょ~くさんという、この人の写真のセンスがとってもいいなあと思ってる。文章もね。見て、読んでると、僕の理屈屋が直る気するよ。でもね、僕だって仕事から離れればね、「おっとりしてるね」なんて言われることもあるがあよ。母さんだって僕がおっとり屋だということ知ってるろ?

『だから東京が好き! 街のねこたち』 ブログを紹介する本に書いてあったブログ。ブログ界ではとっても有名みたい。時々見たくなるし、写真に付いてる説明文が僕にとってはいいな。◆ブログからフェイスブックに移行されたようなのでリンクは外しました。でも読んでいます。

 4つのブログ、女の人ばっかりだけど(『だから東京が…』も多分女性だと思んだけど。…読んでいて分かったけど、この人は男だね)、前の時も言ったけど僕、この人たちのブログに全部共感してるわけじゃない。ホント言うとね、女の人のイヤな部分も見える時ある(俺、言いたいこと言ってるな。女性の皆様、ごめんなさい)。
 けどね、女の人の素敵なところを改めて教えてくれたところの方がずっとずっと沢山あるんだ(オンナギライのダガシの目が開いたな)。
 それを母さんに言いたくて、載せさせてもらいました。ありがとうございます。そして、勝手に載せてごめんなさいね。

流行のへこみ穴

 去年、いやおととしから、世間のお店の床に、細かい穴が沢山目立つようになったんだ。
 若い女の人のハイヒールのかかとでできたヘコミだよ。
 新潟駅前のコンビニなんか、雑誌コーナーの前の通路に、一面細かく凹んだ穴だらけで可哀相なくらいだ。
 コンビニだけじゃなくて、ぼくのお客さんのとこの床もやっぱり穴あいてる。
 汚れを取ってワックス塗っても、凹凸があれば、ちゃんと光を反射してくれないから、鏡みたいなピカピカなツヤが出なくなるんだ。これはお店にとったらすごく迷惑だろね。非日常って空間を演出できなくなるんだから。売り上げにひびいてくるかもしれないんだから。それと僕にとっても、凹んだ穴を一つ一つ汚れ取るのは手間なんだけど(ゴメン、グチになった)。

 僕個人は、ああいうカタチの靴に全然魅力感じない。…まあ、好みの違いだろかね。
 履かないでください、とも言えないし困ったね。

 床を貼り替えるなんて事オオゴトだから、お店の人はできるだけ傷まないようにと考えるだろうけど、あんまり、このへこみ穴のこと誰も何も言わないんだ。
 といって僕に、よい対策のアイデアがあるわけじゃないんだけどさ(スミマセン)。
 あの靴の流行り、ずっと続くんだろかねえ。

弱気と我儘…分かってるんだけど

ハウスクリーニング業界に、たくさんたくさん、どんどんどんどん参入してほしいと思う。
 もっともっとハウスクリーニングの仕事をやろうという人が増えると、ハウスクリーニングの世界というか、ハウスクリーニングそのものが、もうちょっとは広がるのじゃないかなと思うから。

 別のこと言えば本当は、ハウスクリーニングを真剣に取り組む人と、語り合いたいなあ、と思うからなんだ。
 僕、たださびしがってるがろか…

 今までは、本当に一般家庭のハウスクリーニングを商売にしようとする人は、新潟にはほとんどいなかった。
 だから僕、俺の商売敵はいないぜ、なんてある意味ラクをしていたんだけど、たまには切磋琢磨をしたいなあ、なんて思うんだよ(ラクったって、儲かってるわけじゃないけどね)。
 儲からない業界だから、志ある人が入ってこないのかなとも思うんだけどさ(ただね、志っていうと、儲けるとか、人の上に立つとかって意味にとられがちだけど、僕の言う志は違うよ)。

 話ちょっとズレルけど、ハウスクリーニングの業界も、介護の業界も、いろんな事いっぱいやって、人間とは? と常に考えてる人に働いてもらいたい仕事らよ(僕がお客さんの立場なら特にそう思うよ)。
 大げさに言えば、僕の仕事って、人様の生活というか、人生の中に入っていって、仕事させてもらうものだからね。
 仕事する人間が、人間として人間らしくなけりゃ、できない仕事らもん。

 だからなおさら、志ある人と時々は、話をしながら、仕事に取り組みたいなと思うのは、僕の弱気なのかな、我儘なのかな。

 それとも、何かを切り拓こうとする人間は、弱気吹き飛ばすぐらいじゃなきゃ、自分のワガママ組み伏せるぐらいじゃなきゃ、ならんのかな、…うーん…、強くない僕。

政治嫌いだから見えるのかもね

 国って僕だよ。
 市って僕だ。
 
 国が悪いのだ、とか言うのをよく聞くし、国はどう考えているのか、とも聞く。
 まるで、国っていう誰かがいるみたいに言ってるけど、国っていうのは役所なんだと思ってるみたいだけど、国っていうのは国会議員や総理大臣なんだといってるみたいだけど、…チガウんだよね。
 
 国は、僕自身だし母さん自身なんだよね。
 
 誰かが、ナニモノカが、国をやってくれてるわけじゃないんだよね。
 だから、すぐ国に頼ったり、すぐ国に責任おっ被せるとかは、チガウのじゃないろうか。
 国って自分なんだから。
 
 市も同んなじらよ。市長が自分の事、市とよく言うけど、それはオコガマシイ言い方だと思う。
 ましてや市役所勤めの人が、自分達の事を、考え無しにいつも市と言うけど、それこそ、おこがましい事分かってないろうね。
 
 本当の国や市は、僕たちなんだからさ。
 僕たちがいなきゃ、国も市もないんだもんさ。
 
 行政って、僕たちのために、僕たちが使っている、ただの仕組みらもん(仕組みは、いつでも変える事できるんだもん)。
 だけど僕、今の首相も、新潟の市長も、個人的にはまあまあいいなあと思ってるよ。でも、というか、だからこそというか、これを言いたかったんだ。
 
 言うだけじゃ、いけないんだろうね。陰で言うだけじゃ、カッコ悪いろうね。だからこそ、僕たちに、責任てのがあるんだろうね。
 
 しかしこういうこと、政治とか選挙とか大嫌いで、42で初めて選挙というものに行ったダガシが言ってもいいんだろか?

春だからじゃなく、ネンガラネンジュウ…

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 自分で髪の毛切るようになってから十年だね。
 サラリーマンやめてから、節約しようと思ってやり始めたんだけど、そういう事より、自分で好きなカタチつくれるのがいいなと思ってる。
 後ろ頭を手探りで、電気バリカン当てて刈ってくんだよ。けっこう上手でしょ。
 老人ホーム勤めてた時は僕、入居してる人の頭も刈ったがあよ。でも、みんな僕と同んなじようなカタチになってしまうがあけどさ。
 僕、このヘアスタイルなら上手なんだよ。だって自分の頭で百回以上も刈り上げてるんだもん。
 
 刈ったばっかりの頭、見せたかったんだ。
 さわるとね、チクチクするんだよ。

広告塔のつもりで頑張るよ

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 去年の年末に、いろんなとこに置いてもらったカードです。春になったから、また置いてもらうように頼んだがあよ。
 年末の時は、すごく沢山のお店や病院に置いてもらったけど、この春は、その何分の一の数のとこだけに頼んだが。あんまり手を広げすぎるの、いい事ないみたいらね。
 
 僕、お掃除の営業セールスに行った時、そこのお店の人に、僕という人間を気に入ってもらえるだろうか、と心配するけど、気に入ってもらえるかどうかのわかれめは、僕がこのお店のお客さんになりたいと思うかどうかみたい。
 それは、お店だけじゃなくて、病院や、弁護士さんの事務所もそうだよ。…俺は、この人に、俺自身の事を依頼したいなあ、と思えた時は大抵仕事させてもらえるみたいら。
 そうしてね、僕のお客さんは、全部の人が、優秀な仕事人だよ。これは僕、自信持って言える。だって、自分にアマクて人にキビシイ生意気ダガシが、いいなあと思う人たちらもん。
 
 今、新潟市でカエルのカード置いてもらってるところは、全部が全部僕のお掃除のお客さんじゃあないけれど、僕自身がそこで買い物したい、ここに依頼したい、と思うところばっかりだよ。
 そして僕みたいなものを嫌がらずに、僕の広告のカードを置いてやろうと思ってくれる、とっても心の広い人のとこのがあよ。
 僕、本当に、有り難いです。
 
 僕、僕のカード置いてもらってる人に、今、何んにも恩返しできないけど、僕がその方たちにできる事があると思ってるのは、…
 それは、このカードを見て僕に仕事を依頼してくれたお客さんがいたら、僕、絶対に料金以上の満足してもらうように頑張って頑張る。
 そうして、お客さんが、カード置いてくれたお店の、さらにファンになってくれるように、…
 あの店に置いてあったカードのハウスクリーニング屋さんに頼んでよかった、…
 さすが、やっぱりあそこは信用できる、…
 と僕、カード置いてくれたところの後押しするつもりで頑張るつもりんがあよ。
 それが、今のダガシにできる精一杯のことだと思ってる。頑張るよ。

猫写真ブログ見つけた。だから撤回

 おととい、本で紹介されてるブログでおもしろいのはないと言ったけど、一つあったよ。
 猫の写真たくさん載せてるブログ見たら、おもしろかったあ。
 そのブログ、ものすごく有名みたい。だから僕みたいなのが名前出しません。母さん、検索してみて。東京の猫いっぱいのブログらよ。
 写真もいいんだけど、たぶん写真に付ける文が、僕にとってはもっといいんだと思う。だって猫とか犬とかのブログいっぱいあるけど、僕にとってはイマイチなんだよね。活字中毒者のダガシにとっては、キャプションに共感できるかどうからかもね。
 だからおとといの僕の言い草は撤回します。申し訳ありませんでした。
 
 もちろん僕が言う、いいとか、おもしろくないとかは、僕だけの価値観であり僕の偏見だからね。
 日が変わらないうちに母さんに言わんきゃならんと思って、ソッコウで出します、ダガシより。

チェンジ

桜が散るのを見ると悲しくなるというのは生きてる時間の終わりを意識しだしたんだろかね。
 
 桜だけじゃないんだ。
 
 陽が沈むのでも泣けてくるなんて。
 
 新しくなるさびしさとうれしさが混ざっているんだろか。
 
 もしかして赤ちゃんが生まれること知ったときの感情は混ざった混ざった思いなのらろか。
 
…僕が産まれた時どう思った?

一人よがりのブログが読みたいな

ブログの本読んでも、ブログのこと人に聞いても、100パーセント皆言うことは、一人よがりなものを書いてはいけないって事だ。
 
 でも僕、一人よがりな文章読みたいんだよ。
 人と同んなじようなこと書いてるブログ、読んでおもしろいかね。
 
 こんなの初めて見た! というのを読みたいよ。
 どっかで見たことあるのは詰まらんよ(といっても何でもありがいいわけじゃないけどさ)。
 
 ブログを紹介してる本のブログ何本も見てみたけど、全部おもしろいと思わんかった(ブログ読もうと予定してた時間、大幅に余ったよ。そして期待しすぎたのかもしれないけどさ…)。きのうも書いたけど、通俗の臭いがプンプンしてるふうに見えた。
 ブログ紹介の本、素人が素人を褒めてる感じしたよ(これ、人が聞いたら暴言かもしれないけど、ぜんぜん暴言じゃないぜ)。
 やっぱり、僕が探したブログ書いてる人のんの方を読みたいと思ったよ。
 
 ただね、独りよがりって言葉の意味の捉え方が、さっきの人たちと僕と、違うだけんがかもしれないけどね。
 僕、もっともっと一人よがりの人を探すよ。

ノライサマ思い出して法華経

 十年くらい前、お経を集中的に読んだんだ。
 といっても、現代語に訳したものだけどね。
 感想は、お経って、SF小説なんだなあと思ったよ。
 
 地底から巨大な塔が出てきたり、他にもちょっと忘れたけど、現実じゃ起こりえない事がどんどん出てくるんだ。
 馬鹿馬鹿しくなって、読むのやめようと何度も思ったけど、読んでしまった。
 
 いろんなお経読んだけど、何度も読み返したのは法華経だったな。
 理由はよく分からない。
 一つあげれば、おもいやりがあるような感じがしたからかな。
 思いやり少ない僕だから、思いやり欲しいと思ったり、思いやりをしたい(変な言い方)と思ったがあかも。
 お経の中じゃ、法華経が一番ストーリーがあると思ったからかな。でも僕、小説で、ストーリーなど軽蔑してたんだけどね。
 そして法華経が、お経の中で一番通俗的な感じしたよ。でも僕、僕の嫌いな通俗的な物語を、何回も読み返したんだよね、不思議…。
 あ、一応言っておくけど法華経といったって、仏教の宗派のことじゃないからね。沢山あるお経の中の一つだからね。母さんだって知ってるよね。ごめん。
 なんでこんな事書いたがあろうか分からん。分からんけど、ずっと言いたかったがあろうね。
 
 僕、信仰持ってるわけじゃないけど、仏教は小っちゃい頃から興味あった、というかばあちゃんが、ノライサマ、ノライサマ、のらいさまに…という言葉を何遍も聞いたからかもね。
 フト思い出したから書きました。

本気の顔、美しい

新庄バンザイ! 本気顔に感動して僕も泣きそうになった。
 きのう帰り道でカーラジオから、「新庄選手が引退する…」
 くどいくらいに何回も言っていたよ。
 家に帰ってテレビつけたら、新庄の顔がアップで出てた。
 
 本気の本気の顔だったね。
 こっちはもうすでに、知らないうちに涙が出ていたよ。

44の丸さ、遅いけど(ブログのこと)

えーと、今日は書く事がないです。
 ので、ちょっとどうでもいいことを…。この間、朝5時すぎに携帯からブログにメール送ったら、届いてなかったんだ。
 たまたま新潟駅の近くの、パソコン使える所に行って、ブログ見たら分かったが。このFC2で、メール送って載らなかったのは初めてらよ。
 僕そのとき、もう一つのブログの手直しするのに手間取ってて、理由あんまり考えずに、もう一回携帯から送った。その時はすぐ載ったよ。
 
 後で考えたら、たぶんブログ会社が、コンピュータのメンテナンスか何かをしていたんだろうかな、と思ったよ。
 朝5時くらいは、ブログする人一番少ないろうからね。もし修理というか調整をするんなら、その時間でメンテナンスするろうね。
 だから僕それからは、もう少し陽が昇ってからの時間に送ることにしてるが。
 僕ね、ブログに投稿できなかったのをぜんぜん頭に来なかったよ(母さんは当たり前らろと笑うろうけどさ)。だってタダで使わせてもらってるんだし、それに時々は機械のメンテナンスも必要だろうからね。
 
 今日は、それだけの事んがあけどさ。…44にして、お陰さまで俺もマルくなってるなあ(誰のお陰らろか)、というかスジミチ分かってきたかなあ(とっても遅いけど)、と思えた事、書きたかったんだ。それではね。

メールフォームができました

 ずっと前、美容院の先生からアドバイスされた事、母さん憶えてるかな。ホームページの中で、お客さんから僕宛てにメールしてもらえるようにする事。
 やっとできるようになったよ。
 
「ハウスクリーニング 昭美堂からの時々小さなお知らせ」に、メールフォームっていうのを付けたんだ。
 
 これもインターネットの知識ない僕は、やっとこさ付けられました。ブログ会社に問い合わせたり、メールフォームの会社に問い合わせたり、そうしても、教えられた通りに何回やっても、出来なかったが。
 
 でもちょっと工夫したら、できました。それは僕のアイディアのがあよ。
 
 やっぱり誰もが言う事らけど、アキラメナイって大事らねえ。

染みや癖だから、輝くんだよ

NHKのカラ出張ってのが、ブログのキーワードで多いんだってさ。ちょっとそれ借りて書き始めるよ。
 
 NHK、謝り方というか、ものの言い方がチガウのじゃないろうか。
 一人や二人の人間を悪物にしておいて、自分たちはその影にかくれて、個人がシデカシタ不祥事だからとか、決まりが不十分だったからだとか、…
 自分は悪くないんです、悪いのはアイツなのです、などと立ち回って…
 
 おとといも言ったけど、まずコストを下げることから始めるのが本当じゃないろうか。…番組の数は、今の10分の1でいいよ。
 それは個人でいえば、着る物、食う物、住むとこ、使う物を…って事らよ。
 自分の体にバブルが染み付いてるってこと、自覚すること大事じゃないろうか。
 それが、組織の体質につながっていくんだろ?
 不祥事は、組織の体質が生むもんだろ?
 
 まず、今のコストを10分の1にしてからじゃなきゃ、ものを言えないのじゃないろうか。
 半分にしました、3分の1にしました、じゃ足りないろう。
 出来なきゃ、おとといも言ったけど、自分の生きるコストは、自分で調達してくれ、と言われても文句言えないさね。だって、頼んでないんだもん、NHKにこそ放送してください、ってさ。
 
 汗水流せよ。
 泥水に手、突っ込めよ。(…これ、父さんの昔から口癖だったね)
 
 出来なきゃ、結果出せなきゃ、…解散するのがスジでしょ。
 コストを無視しても許されるって人は、特殊技能をもって大勢を幸せにしてる人だけだよ。中原中也ぐらいじゃなきゃらろ?
 中也は、凄まじいコストかけて、詩を書いたと思う。そしてそのコストは、中也自身が、自分の人生で調達したもんだろ? だって詩を書く前に誰かが、中也に「ぜひお前は詩を書け」、とは頼んでないろうしさ。
 自分が書きたいから書いた。だから書くために生まれる不利益は、自分で受けとめたろうさね。当たり前だよね(もちろん中也だけじゃないよ)。
 
 ああ、神様、私だけは正しいんだ、悪いのはアイツなのです…なんてのは神様はどう思うかな。
 自分個人自身に、悪い染みや、汚い癖が凝り固まってるって事、自覚してから、何事も始まるんじゃないだろか?
 その染みや癖は、死ぬまで取れないんだぜ。
 だからこそ、その染みや癖が、美しい色見せる時があるんだよ。輝く時があるんだよ。
 
 またダガシの生意気が出たね。ごめん。

シャワーとちがう…シャワーとちがうね

きのうの夜、お風呂に入りました、久しぶりに。
 じいっと浸かっていると、ぬるくなったから、追い焚きをして湯をあたためました。
 またじいっと浸かっていると、ぬるくなって、追い焚きした。
 手のゆび先にしわしわがきていたよ。
 風呂からあがったら日にちがかわっていました。

もの言う時は、汗水流してから

NHK、悪い輩が会社の金クスネたと今騒がれてるね。
 何千人も何万人もいれば、組織の中にはそういう人間は何人かは、いるろうさ。でもね、テレビでも新聞でも言われてない事があるよ。
 NHK、コストかけすぎだという事だ。手を広げすぎだという事だよ。
 自分で好きな事やりたいならば、自分で稼いだ金でやるのがスジだろ? それならば誰も何も言わないよ(稼ぐっていうのは僕、税金みたいに強制的に徴収するって事の反対を言ってるんだよ)。
 そして、誰も頼んでないんだぜ、NHKが放送するのを。
 
 もちろんNHKの番組は良いもの沢山あるよ。僕も積極的に見ようというのもあるし、母さんに伝えた番組もあったね。
 でも、それとこれとは別問題だよ。
 
 例えばさ、…
 衛星放送があんなに要るろだうか。
 深夜もNHKがテレビの放送する必要あるだろうか。
 放送以外で沢山いろんな事やる必要あるだろうか。
 
 たぶんNHKはバブルの頃の考え方を引きずってるんだと思う。
 そして、競争や選択肢のないところは、流れがよどんでサラサラな清潔さがなくなるよ。
 
 極端なこと言えば、NHKが存在しないと生きてられない人っているだろか?(NHKの人はそうかもしれないけどね)
 それは、昭美堂が存在しなくても、急に困る人は…まあ、いるかもしれないけど、たぶんそういう人たちも、いろいろ何とかするだろう…と同んなじ事らよ。
 生きてるって、おまんま喰わせてもらえてるって(僕のことらけどさ)、そういう事も考えんきゃあならんのじゃないろうか。お客さんを喜ばすには、何すればいいろうかっていうようにさね。
 
 何遍も言うけど、自分のやりたい事があるならば、自分で働いた金でやれ! 汗水流してから、ものを言え!(…恥ずかしながら実はこれ、母さんからも父さんからも僕が言われ続けた言葉らね。…もしかして今も?)。
 
 今日は、誰も何も言わないみたいだから僕が言ったよ(またダガシのお節介が出たね)。

今しか、できない事って?

 僕、いつも今しかできない事しようと思って生きている。だけど、今しかできない事っていうのは、特別な事じゃないんだ、と思うようになったよ。
 今しかできないなんていう事って、本当は無いんだ、というか人生の全ての事が、今しか出来ない事なんだ、と思うようになったよ。
 眠ってる時でも…
 怒ってる時でも…
 愉しんでる時でも…
 何かに一心不乱な時でも…
 ボーッとしてる時でもさ、…
 
 前から無意識には思ってたと思うんだけど、年とともに、生きてる今全部が、今しかできない事だと思えるんだよ。不思議らね。
 
 きのう、桜さいたよ。
 そうして桜、すぐ散るんだね。

七時集合じゃなく、七時出発って

20060412122410
辻堂に居た時入ってたツーリングクラブは、集合時刻じゃなくて、出発時刻が決まってた。
 僕、そのクラブで一番最初に行ったツーリングは、出発時刻の朝7時に間に合わなくて、ギリギリ2分遅れになったんだ。
 集合場所のスーパーの駐車場に急いでアクセル開けてたよ。
 そしたら途中の大庭のトンネル出た瞬間に、クラブの人たちとすれ違ったんだ。そのトンネルは反対車線が見えない構造になってたから、トンネルの中ですれ違ってたらみんなとは会えなかったな。
 
 クラブの人たち、すれ違う時僕の方チラッと見たように思ったよ。
 それでその先の交差点であわててUターンして、彼らを追い掛けたんだ。
 しかしねえ、出発時刻の7時ピッタリに出発するんだから几帳面というか○○正直というか、…潔いんだろうね。
 
 その日の行き先は確か足柄山だった。山の頂上への道、ちょうど舗装の工事中で、夏蜜柑くらいの大きさの石がゴロゴロしてた。そのガレキ道を、ナナハンニンジャというバイクで、タイヤのバネをゴトンゴトンさせながら走ったよ。
 クラブの人たちの、その日のバイクは山道走るための型がほとんどで、僕みたいに舗装した道とばす用のバイクは僕だけだったが。
 僕のバイク、振動でタイヤのバネが壊れるんじゃないかと思った。だけどクラブの人たちに、俺という人間認めてもらおうと思って、そのまま走ったよ。
 
 やっと転ばずに、なんとかその道走り終えて休憩の時、みんなから、まあまあ褒められたよ。
 それから僕、そのクラブで、もの言えるようになったと思う。
 しかしカワサキのバイクが丈夫でよかったよ。あそこでサスペンション壊れてたら、今の僕の性格も変わってたと思うもん。
 
 でもね、今日言いたかった事はバイクの性能のことじゃなくて、大事なのは、集合時刻じゃなくて、出発時刻だということらよ。
 あのクラブにいたことで、仕事に対する時間の事、学べたと思うんだ。その事を実感させてもらえたのが、有り難いなと思ってるがあさ。

顔晴る、で頑張る。いいね、いいね

顔晴る、という言葉覚えたよ。
 千葉県の便利屋さんワン・ツー・ワンの和尚さんからきのう教えてもらったが。このブログの左下のリンクに出てる和尚さんだよ。
 僕おととい、頑張るという言葉の事書いたから、そのことで和尚さん、メールで教えてくれたがあよ。
 
 和尚さん、時々メールで僕にいろいろためになる事教えてくれるんだ。本当にありがたいです。
 
 顔が晴れる、と書いて、がんばる。
 いいね。いいね。
 
 もう一つ教えられたのは、がんばれと言われたら素直に、ありがとうと言う、って事だったよ。
 僕、頑張れと言ってもらえること、ありがたいと思えるようになったつもりだけど、言ってくれた相手に「ありがとう」と言うことまでは、思わなかった。
 
 頑張れ、と言われること、うまく言えないけど、ありがたい、と思えるかもしれない、と思えるようになったよ。…いや、正直まだ思えないけど、思えるかもしれない、と思えたよ。本当だよ、母さん。

ジャンケン、ポン…だよ

200604100648062
20060410064806
手の写真送ろうと思って撮りました。
 意味ないんです。ゴメン。
 
 前から、僕の手の写真見てもらおうと思ってたが。
 それで最初、開いた手だけ送ろうとしたんだけど、何だかバカにしてるみたいだろかと思って、チョキも撮りました。
 石川啄木の、じっと手を見る…、になるのも困るしさ。
 
 そうしてね、グーも撮ったんだけど、これまた暴力的なイメージがするのもイヤだから、送りません。
 
 二つじゃ、ジャンケンにならんね。
 手って、そして、さわるって、おもしろくて、何か新しいこと分かるかもしれないね。

頑張れ、と言われる苦しさ嬉しさ

「頑張れ」とか、
「頑張ってください」とか、
 僕、今まで生きてきて何回も何回もその言葉、言われ続けてきたよ。
 だけどね、言われた時いつも、あんまりいい気持ちはしなかったんだ。
 
 自分じゃいつもいつも頑張ってるつもりなのに、まださらに頑張らんければならないがあろか…。
 俺の頑張りは、まだまだ足りないがあろか…。
 俺の出したこの結果では、これでも不十分のがあろか…。
 と、自分を責めてしまう…、僕の悪い癖だけど。
 
 鬱病の人にはあんまり「頑張れ」とは言っちゃいけない、負担になるから、とよくいわれるね。
 僕みたいにすぐ「頑張れ頑張れ」と自分自身に言ってしまう人間も、頑張れと言われると、やっぱりさらに頑張らんば、と自分を追い込んでしまうよ。
 
 だから僕、あんまり人様には、「頑張れ」とか「頑張ってください」と言わないようにしてる。
 そういえば母さんも父さんも、僕やカヅ子に「頑張れ」って言葉は言わなかったね。どうしてらろかな。
 
 でもね、僕、「頑張れ」って言ってもらいやすい事って、ありがたいというか、生きてくのに大事なのじゃないろかな、と思うようにもなったがあよ。

今、テレビ面白いかも…僕テレビッ子?

きのう夜、迷宮美術館というテレビ見てたよ。絵の物語りと、絵描きの人生を聞かせてくれる番組だったな。思わず見入ってしまったよ。
 最近テレビがおもしろくなったね。
 見させる演出、というかコンセプト…、というか番組作る考え方が変わったと思うよ。
 
 今までは、世の中不景気だ不景気だといっても、テレビの番組作りはバブルの臭いがかすかにしてた。ジャラジャラした感じがしてたよ。
 そんなに人間、すぐには変わらないもんね。
 それにテレビ業界は、お金が集まりやすい業界だろうからね。お金が集まってれば、バブル弾けたっていう意識も、世の中変わったという意識も、世界は進化しているんだ、という認識も持ちにくいさね(…政治も?)。
 
 自分の周りが変わって初めて、自分が変われるんだろね。…これは僕自身に言い聞かせる言葉らよ。
 そうして、自分が変わると、周りも変わるんだろかね。
 
 今年、テレビおもしろいかも…。ただ僕、ジャラジャラしたウルサイだけの番組は嫌いだけどね。
 
 僕、音楽っ子であり読書っ子だと思ってたけど、テレビっ子でもあったこと、思い出させてくれたよ。ますますバソコンしようなんて思わんなったかも…困った!

禁煙は偶然しょうがなくやった事

煙草を喫まなくなって僕、四年だよ。
 お風呂のカビ取り剤を吸い込みすぎて、肺をこわして寝込んだのがキッカケだったなあ。
 ちょうど、前のサッカーのワールドカップの時だった。
 新潟のビッグスワンの試合、布団にくるまってテレビ見てたの憶えてる。
 
 立て続けに咳が出て、そのたびに灰色の痰が出たよ。…測ってないけど一日で丼鉢一杯くらいは出てたと思う(大げさ? いやホントらよ)。
 僕、そんなの初めてだったからオッカナカッタケド、血が混じってなかったから死ぬほどの事はないだろ、とまあちょっとは安心してた。
 
 一週間くらいおとなしく寝てたら、咳もおさまって治ったよ。
 その時、タバコ吸えなかったんだ。
 
 咳してる最中にタバコ吸おうとして、一息吸うと、呼吸が出来なくなって息が止まるんだもん。息ができないって、恐いんだね。
 三秒くらいだけど、息が止まるというか、肺を膨らます筋肉が動かなくなるというか、空気が肺に入ってかないというか、…
 呼吸が出来なくなるんだからタバコ吸うの、あきらめるしかないもんね。
 
 僕それまで、俺は絶対に煙草やめないぞ、と思ってた。嫌煙権、なんて言葉が流行始めてたけど、僕、ハヤリスタリが嫌いだから、そんな世間への対抗意識もあって、タバコは吸い続けてやる、もちろんマナーは守ってだ、と思ってた。
 
 でも呼吸が出来なくなるんだから、それこそ、タバコやめマスカ? 生きるのヤメマスカ? だね。
 そうなりゃ僕だって生きるのヤメタクないから、タバコの方をやめますよ。
 
 体が治ってから、吸おうとしてタバコに火をつけた時思ったんだ。
 待てよ? このままタバコやめたらやめられるんじゃないろうか? なんてね。…打算的らろか?
 
 タバコ吸わなくなって良かった事、たくさんあるがあよ。
 まず、息切れが少なくなったよ。
 お客さんの前でタバコ吸わなくても済むしさ。ましてや隠れて吸う、なんてこともしなくていいしね。
 お金もまあまあ節約できるしさ。月7000円くらいだったけどね。
 そして一番大きな事は、外に出るとき、いちいち煙草とライターを持つ心配しなくていいとこかな。ポケットも膨らまないしね。
 部屋の壁も茶色くならなくなったよ。
 
 僕、タバコやめて良いことずくめなんだけど、時々思うんだ。俺、こんなにケンコウテキになって、ホントにいいんだろか、なんてね。
 でも僕、タバコやめてやっぱり良かったよ。エライデショ、母さん。

漫画、新境地も変わらない嬉しさモ

マンガで昔の思い出を描いてくれるテレビ番組、きのうから始まったね。
 第一回目は『750ライダー』の石井いさみだった。
 
 石井いさみ、昔と絵のタッチ全然変わらないね。
 少し全体的に、まあるくなった感じする。でも人物の表情なんかも、ほとんど変わってないんだ。
 
 変わらない事嬉しかったけど、新しい石井の境地も見たかった気がする。読者はワガママだからね。僕が特別ワガママなんだろけどね。
 微妙に女のこの表情のニュアンスが深くなってたようにも思ったけどさ。
 
 でも石井いさみが元気で頑張ってるとこ見せてくれたのは、NHKもたまにはいいことしてくれたとお礼言いたいよ。

ブログなど別に人間を磨かない

ブログなどやらなくたって自分をみがく人は磨くだろうし、そうでない人は何をやっても、磨くなど思いもしないだろう。
 
 最近ブログのこと書いた本、片っ端から読んでて、そのなかに、「ブログを書くことは人間を磨く」なんてことも書いてあったから。
 
 僕、ブログ始める前、ブログなど嫌いだったんだ。今でも基本的に好きじゃないよ。
 
 他人様から共感を得られるってこと、本当は、凄まじく大変な事だと思う。
 それなのにブログって、自分の好きなこと気ままに書いて、書いて世の中にブログとして出せば、気が済んだ、事が済んだ、なんて思ってしまうんじゃないろうか。
 自分の思いを世の中に出す、吐き出すって事、それは大げさに言えば、自分の人生くらいに重いもんじゃないろうか。
 
 書いたら、言ったら、ブログというものに載せたら、もうそれで共感得られたと思う簡単さ…。安易さ…。
 いや、共感など得ようとも思わないのかも…(それはそれで問題だろ)。
 
 ブログの本は、すべて、
 ゆったりゆるゆると、…
 好きなときにマイペースで、…
 好きなことを好きなように、…
 と書いてある。
 
 うがった見方をすれば、そのブログ会社のブログを書く人が増えれば、広告収入とかで、そのブログ会社の売上げ増えるだろうし、単純にブログやる人増えれば、ブログのノウハウ教える商売は繁盛するろうさね。ブログの本も売れるろうしさ。
 今、国じゅうで創業ブームあおりたてて、起業コンサルタント商売が繁盛してるのと同んなじように。
 
 ブログでブログに批判的な事書くとは僕…、こんなこと書かんけばよかったかなあ。でも、ずっと思ってて、書こうと思ってた事なんだ。
 そういえば、最近、商売の本読んでないなあ。

鳶に命助けられた工事仕上げ

毎週月曜日、見られる時は見るようにしてるテレビがある。「若者仕事図鑑」。きのうは鳶の事をやってたよ。
 
 僕、去年の今頃、新潟市のマンション建設の、仕上げクリーニングの仕事に声掛けてもらって、何日かさせてもらってた。
 そのマンション、十階建て以上の高さで、建設中の建物の周りに足場が張り巡らせてある。
 その足場で外壁に、左官屋さんがタイルを貼ってゆく。
 その後掃除屋さんが、余分なセメントモルタル分を取り除く清掃クリーニングをするんだ。。部屋の中から手が届かない窓ガラスも、その足場で清掃するんだよ。
 
 足場の外側には、緑色の網が張ってある。母さんも建設中のビルで見たことあるろ?
 11階の高さでも12階の高さでも、あの網があれば、足場に登っても外側がよく見えないから、自分がそんなに高い場所に居ること意識しなくてすむんだ(でもあの網ホントは、モノが落ちても大丈夫なようにするためだろけどね)。
 
 そうして、クリーニングが終わるとその階の足場が要らなくなるから、トビの人が上から段々足場を外していく。その外す作業の初めに、網をとってゆくんだ。
 網がなくなった、むき出しの足場は、恐いよ…。
 
 僕、11階だったかの部屋の中のクリーニングが終わって、下の階に行こうとしたら、どうしてかたまたまその時、エレベータが動かなくなっていたんだ。
 しょうがないから僕、窓の外から足場を使って降りたんだ。
 
 トビの人たちが足場を解体してるところだった。あの外側の視界をさえぎってくれる網もない、11階の高さのスカスカの空間に、金属の細い棒が交差してるだけの場所に、窓から出て、降りてかなきゃならない…。
 
 覚悟を決めて足場に足を乗せたよ。風が強い日だったな。左手に水の入ったバケツを持ってたから、足場の棒をつかむのは右手だけ。細い階段の片側は何もない空間。見ないようにしても下がよくみえるんだ。ずーっとはるか下の豆つぶくらいにしか見えないクルマも人も、僕の事なんか誰も気に留めないし知らん顔だよ、当たり前らけどさ…。
 僕、急に足が動かなくなって、そばにいたトビの人に助けを求めた。恥ずかしいとか何とか言ってられなかった。
 鳶の人、空中を泳ぐようにして、さあっと僕のとこに来て、
「両手でつかまってけば降りられるろ」、と僕の手からバケツを取ってくれて、一緒に階段降りてくれた。
 
 あの人のお陰で今、僕生きてられるよ。大げさでなくさ…。
 その後のお昼休みに、助けてくれたトビの人にお礼の挨拶に行ったよ。最敬礼した。
 鳶の人、「イイカライイカラ…」なんて言って、爽やかでカッコ良かったよ。
 
 僕正直言うと、建設、建築、建物関係の人には今まで、あんまりいいイメージなかったんだけど(ナゲヤリな仕事しかできない人が多いような気がしてた)、でもトビさんだけはチガウかな、なんて思うようになったよ。そのどっちも、僕の勝手なオモイコミなんだろうけどさ。
 
 
 きのうの番組の主人公の二十歳の青年、一つ不思議だったのは、彼、何かを真剣に見つめる時、その物を、睨まないんだ。
 テレビの方でそう編集したのか、彼がもともとそういう人なのか、まさかそういう世代なのかな…、なんて思ったのが自分でも不思議だったよ。

一心不乱さと勝ち負けがある潔さ

フィギアスケートのエキシビションで見た、バイオリンと一緒の演技を今でも時々思い出すが。
 あのバイオリニストの情熱込めた演奏と、その時の目つき顔つきが忘れられないんだ。
 その音楽に合わせて滑ったロシアの選手の、これまた情熱の演技もだよ。
 
 スポーツと音楽が一緒になったものって他にあるかなと考えるんだけど思いつかない。
 サーカスかなあ。でもサーカスは勝ち負けがないからスポーツじゃないよね。
 勝ち負けがあることのいさぎよさってのが僕、僕にとっては感動する理由になってると思う。
 
 プールで踊るように泳ぐ、…あれ、なんて言ったっけ名前出てこないけど、あのスポーツは、音楽との融合らかもね。
 新体操も、音楽つけたらそうなるかな。それとも新体操は音楽あったっけ。
 
 それってみんな、演技する、スポーツらね。
 だから音楽と合うのかな。
 ただ、僕が感動したのはあのバイオリニストの、一心不乱さにだ。それとあのバイオリン特有の物悲しい音色にだと思う。もしかしたらスルツカヤが可愛そうだと思ったから、その感情が感動に変わったのかもしれないけれど…。
 
 僕、あのバイオリンとスケートの演技が忘れられないのはどうしてなんだろ、とずっと考えてたが。
 もしかして、一心不乱に打ち込むってことと、そして、勝つのは嬉しいだろけど負けることにも臆することなく頑張るそれが、潔くて美しいからかな、と思ったよ。

桜、見なかッた方が記憶に残るフシギ

桜って、見た記憶も大事で大切なんだけど、見なかった記憶も僕、大切にしてるがあよ。
 
 見なかった桜、…介護の仕事の業界に幻滅して辞めて、部屋に閉じこもって朝から晩までワープロのキーボード叩いてたら、いつのまにか春が過ぎてて、桜の花びらも散ってたなあ。
 
 あれが桜の思い出で僕、一番らよ。
 
 見た桜は…
 高校の入学式の時の、桜。
 好き合った女とその下を歩いた、夜の、けぶってるように見えた、桜。
 スーパーの藤沢店で、転勤の時、仕事場のパートさんたちから招待された、花見を兼ねた、僕だけの特別の送別会での、桜。
 五月初めに行ったツーリングで見た、新潟よりひと月も遅く咲いて、日本て広いんだと実感させてくれた弘前の、桜。…
 
 そういう見た桜よりも、くっきり憶えている桜は、家に閉じこもって自分に挑戦してて、見なかった桜なんだから、おかしいさね。
 見ない方が記憶に残るなんて…。
 
 母さん、今あなたは、桜はどう見えてますか…

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