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徒然のブログ

つれづれの思いなどを

歩道で広がって通る人達の親の顔

 iポッドというウォークマンみたいなのが売れていて、新潟市の高校生、それ聞きながら道歩いてるんだ。
 危なくてしょうがないよ。
 サカナの腐ったような目で、周りを全然気にしないでボーッと歩いてる。
 ダルそうにフラフラ自転車こいでるのもいる。歩道の真ん中を無神経にふらふらふらふら乗ってる。
 僕、自転車でよく新潟駅前に行くんだけど、前から来るのにはぶつけられそうになるし、僕が後ろから追い越す時ぶつかりそうになるよ(僕いつも、人の2倍のスピードで自転車こいでるから、他の自転車乗りを追い越すことになるんだ)。
 ベルを(どけどけっていう意味で)ヂャリンヂャリン鳴らすけど、聞こえてないのか、聞こえないふりしてるのか、もったらもったら乗ってるんだよ。
 僕、ついいつもの地が出て彼らにかける声が荒くなってしまう(何て言ったかはここでは書かないけどさ)。

 いったい何を聞いてるんだろか? 音楽のこと分かるような感性持ってるような顔に見えないし、あいつら絶対に音楽理論なんかは知らないろうな。
 他にも3人ぐらい横に広がって自転車乗ってるし、広がって歩いてる。

 人様に迷惑だとか、世間様に申し訳ないとか、思わんがろか。思わんがあろうね。…親の顔が見たいぜ! なんて言葉を思い浮べるよ。

 僕もバイク乗ってた時には、ウォークマン聞きながら飛ばしてたけど、周囲がどういう状況なのかは必ず把握してたけど。
 だって当たり前だよね。バイクなんだから、もし事故になったら、僕自身が死ぬか、死ななくとも半身不随になる事覚悟して乗ってたから、周りが分からないなんてのは即、自分の死に直結してたんだもんさ。
 覚悟が違う、といえばそれまでだけど、どうも、ああいうの見るとツカレてしまうよ。実際僕にジャマになってるんだし。

 暴言を言うけどね、世間で格差社会が問題だなんてナマッチョロイこと言ってるけど、ああいう輩が世間並みの暮らしができるほど、世間は甘くないろうと思うよ。
 少なくとも僕は、そういう人間を雇いたくないし、そういう人間と一緒に働きたくないからさ。

 しかし、どうすればいいがあろうか、分からんねえ。僕が怒鳴りつけても、ヘンなオヤジに言い掛かりつけられたぐらいにしか感じないろうし…。

 願いは、親たちがもっと、子に怒鳴る事、実行してほしいと思うよ。

看護婦さん保母さんの優しい響き

 何でもそうだけど、役人が決めた言葉を、考えなしに使うのは僕、それチガウと思うんだ。
 看護婦さんや保母さんの他にも、寮母さんとか、そして女優という言葉もあるね。
 女性だけを表わす、女性のいいとこを生かせる、仕事の名前らよね。
 そうしてその仕事の名前の響き、美しいよ。

 何のために看護師(…師という字、これでよかったかな? 今辞書引いたけど、かんごしで出てないんだ、昔のだから)とか、保育士(…この士の字も自信なし)とかいう名前作ったんだろか。
 もしかして、女性差別をなくそう、なんて事でわざわざ作ったがろか。
 まさかね。でも本当にそうならオオバカらな。
 世の中には、女の方が向いてる仕事もあるし、逆の仕事もある。

 おおむかしから女が力を発揮してきた職業に、こざかしく別の名前つけて、仕事の名前の響きも、仕事の中身さえも、仕事への取り組み方だっても、へんなふうに変えてしまうことになるんじゃないろうか。
 名前をつけて、それですんだ、考えることやめてしまう、そんなことにならんきゃいいけどね。

 言葉の優しい響きをとっときたいし、優しい心、忘れないでほしいと思うから。
 少なくとも僕は、かんごふさん、ほぼさん、と言いたいな。
 オンナギライのダガシでも、女のいいとこは知ってるし、尊敬もしてるんだよ。
 でもそれは僕が勝手に、女を僕の理想のカタチに押し固めて、ただ崇め奉って済ませてるだけなのかもしれないな…
 だけどね、僕は女性を軽蔑したくないよ。そして基本的には、尊敬したい、好きでいたい、と思ってるんだよ。ホントだよ。

頑張れって言われる嬉しさあるね

前に、頑張れと言われる事の苦しさを書いたけど、僕、頑張れ、と親しい人から言ってもらえると、やっぱり嬉しいな。そういう時は、励まされる嬉しさ、感じる事できるんだ。
 親しい人に言われるのは、その人のこと信じてるから、何言ってもらっても嬉しいんだろね。僕のこと思ってくれてると思ってるから。
 逆に僕も、親しい人になら、頑張れと言う嬉しさも感じる事分かるよ。。
 頑張れー、ってね。

昭美堂のブログ

昭美堂のブログと言われるブログが、この、新潟のハウスクリーニング屋さんが出す母への手紙、だよ(自分で言ってるだけらけどさ)。
 僕、今まであんまり、ブログ書いてる事、人に言わないようにしてたんだ。
 ナマイキ書いてるってのもあるし、親しくなった人に、宣伝臭くなるような話もしたくないな、と思ってさ。

 それとまだまだインターネットは新潟辺りじゃ、使うというか見るというか、ブログ読む人も少ないみたいだからね。そういう中で、ホームページやブログを見てくださいって言っても、ちょっとムナシイ思いもあるんだけどさ(弱気らろかね)。
 だから僕、本当に親しくなった人にしか、ブログ書いてます、とは言ってない。

 あ、だけどお店や病院に置いてもらってる昭美堂クリーン&メンテナンスサービスの広告カードの見本には、「ホームページ、ブログも見てね」と書いてるけどね(細かいスペースに僕のヘタな字で書いたから、よく見えないんだけどさ)。
 もしかしたら単純に、口で言うのが気恥ずかしいだけんがあろかな。面と向かって言うのがハズカシイがあろうね。
 たぶんこれからも、あんまりブログの事は言わないようにしてくだろうと思うよ。母さんとか、ごく親しい人だけにね。

 それとね、話変わるけど、ブログの一番新しい記事の場所のページに戻る時は、ブログのタイトルをクリックすると、トップページに行くんだよ。
 このブログの場合だと、一番上のタイトル、『新潟のハウスクリーニング屋さんが出す母への手紙』の文字をクリックするとね。でもそうならないブログもたまにあるけどさ。ではね。

ブログの本棚・3 今回はホームヘルパーの人のブログ

 僕、ホームヘルパー始めてから、介護や福祉、ホームヘルパーの業界の人が書いてるブログ読むようにしてる。
 何の業界のブログでも同じだと思ったよ、読んで面白いかどうかは。
 やっぱり福祉や介護の業界の人が好きになれない、なんて思っているダガシだから、先入観で「面白くないなあ」と思ってしまうんだろうかねえ。

 で、このブログだけが読みつづけたいな、と思った。
 正義感があるんだ。そしてスジミチ分かっている人みたい。文体に正直さがにじみ出てるし。僕の肌に合うっていうのかな。
『ホームヘルパーとガイドヘルパーに挑戦中!』…関西の女性が書いてるブログだよ。ホームヘルパーの仕事の中の、細かい部分を大事に綴っている。そして正直な気持ちがにじみ出てる。その正直さの中に正義感があるんだ。すがすがしい感じする。
 僕が母さんに今まで紹介したブログ書く人は、ぜんぶ正義感ある人だと思う。だから僕、読み続けたくなったんだろうなと思うんだ。そうじゃなきゃ、姑息な感じが見え透けば、読むのイヤになるもんね。
 そして、介護の業界に関係してない人が読んでも面白いと思うよ。母さんもね。僕にとっては勉強にもなるんです。
 ではね。

少数派の自覚は不器用さ、純粋さ

ホームヘルパーしてると、精神を病んでいる人と、最近、話す事よくあるんだけど、僕いつも思うのは、ワガママだけど純粋な人が多いなあと思うんだよ。
 生真面目…と言ってもいい。不器用…と言ってもいい。
 ウソを言えないんだな。

 そういう人たち、皆、いい人なんだ。だけどほんの時々なにかの拍子で、人を信じられなくなるのかな、ちょっとヒネクレルみたいな感じになる時あるけどさ。
 僕、精神病院に勤めてた時もそうだったけど、そういう人たちに、なんだか共感するんだ。

 僕、女の患者さんにはモテたんだよ、ちょっと自慢らよ。
 そして男の患者さん達には、「ダガシさん、よく働くねえ、頑張るねえ」と褒められてたよ、スゴイでしょ。ヘヘ…

 やっぱり僕が自分自身で、人と変わってると思ってたから、精神病んでる患者さん達と仲良くなれたんだと思うよ。
 僕、自覚してるもん、俺は変人だって…、ハハハ…

 僕、多数派の傲慢さと、長いものに巻かれようとする安易さが、好きになれないところある。
 やっぱり自分自身をある意味で、少数派に置いておくことで見えてくる事、あるんじゃないかと思ってるよ。
 僕、そういうのも大事にしたいと思ってるんだ。

大草原の小さな家…僕を作った

NHKの昔の番組に、「大草原の小さな家」っていうのがあったね。
 何回も再放送されて、僕その度に見た覚えがあるよ。
 たしか僕が小学校から中学校、そして30過ぎてからも再放送あったと思う。

 僕、再放送見る度に泣いてたな。そして涙流したシーン、忘れられないよ。

 あの番組があって、あの番組を見ることできて、僕という人間の良いところのある部分が作られていったんだと思うよ(そんなにないけどさ)。僕は運がよかったと思う。…ローラだっけ、主人公の少女。…彼女が大人になってからの物語も放送してたね。それもおもしろかったな。

 他にも涙流しながら見てた番組はね、「フルハウス」とか、「おしん」とか、「水戸黄門」とかさ…。
 その番組が、僕の一部分を作ったんだと思うよ。

 あの番組、今だって再放送すればいいのに、と思うがあけどね。

店舗の床ワックスクリーニング中のダガシ・1

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新潟市古町のお店で、お仕事中のダガシです。
 僕、在宅の一般家庭のハウスクリーニングだけじゃなくて、お店や病院の建物クリーニングもしてるんだ。
 写真に写ってるけど、作業の時はいつも、バンダナで鉢巻きだよ。
 ひたいからの汗がメガネに落ちて、視界がぼやけて仕事できなくなるからさ。

 そしてね、お店の外を通る人たちにもね、僕のテキパキさ、サワヤカさ、ニコヤカさをアピールして、ここのお店は、真面目で良い掃除屋さん使っている良い店だという事アピールしてるんだよ。
 だからお掃除中は、カーテンを開けて、窓を開けて、できるだけ僕の仕事を見てもらえるようにしてるんだ。真面目にやってるとこをね。
 僕、仕事中は、そこのお店が自分のお店のつもりで、お掃除してるんだよ。
 お店が繁盛して初めて、僕がお仕事させてもらえるんだもんね。

 この写真はね、自分を鏡に写して撮りました。

店舗の床清掃中のダガシ・2

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 僕が動かしてるのは、ポリッシャーという床洗いの洗浄機械です。
 ちなみに、足に履いてるのは、風呂掃除用の、青いビニールのブーツだよ。床を傷付けないように、僕、独立した時から使ってるんだ。このブーツ履くの、僕のオリジナルなんだよ。

 この写真、ブログに載せるの、お店の社長さんに了解もらって出しました。

 このお店ね、お客さんへの対応がとても丁寧で爽やかなんだよ。僕もお店にいると、心がやすらぐんだ。
 電話の応対も、すごく丁寧で分かりやすいんだ。勉強になるんだ。
 だからだろうね、このお店、新潟市での繁盛店だよ。お店に来るお客さんたちも、センスよくて、いいお客さんばっかりなんだ。

 社長さんにもスタッフさんたちにも、僕、いつもよくしてもらってます。ありがたいです。
 そして僕、お店の人たちを見て、職業人として尊敬してるんだ。

 僕、僕のお客さんを、全部の人を、尊敬できるから、尊敬できる人に付き合ってもらってるから、ダガシは幸せもんだよ。うれしいな。

誰でもできない事は、芸術とセールス

 タイトルどおりのことなんだ。
 この言葉、僕のオリジナルらよ。もう二十年も前から思ってる言葉ら。
 そしてそのどっちにも地道あげてたダガシだから言えるセリフだと、自負してる。

 芸術とセールス以外は、自分が頑張れば済むハナシなんだから。相手がある事じゃないんだから。だから、出来ませんでした、などとカンタンに言う奴は、僕、今のところ許さないんだ。

 もう一つ、「努力してるんですが…」と、すぐカンタンに言う奴も、許されないな。
 努力するもしないも、その人間の勝手なんだからさ。
 結果出すためには、努力しなけりゃ出せないろうぜ。
 努力、は当たり前なんだよ。
 当たり前の事を、いかにもやってますなんて言う事、図々しいんだなあ(だから僕、頑張るという言葉、好きになれなかったんだ)。

 言い訳のオンパレードだ。イサギヨサがない。
 努力は手段であって、目的じゃないんだけどね(だけど人生は、人生ぜんぶから見れば、結果求めることだけじゃないし、何かを努力し頑張り続けることだと思うよ。人生ぜんたいから見たら、人生は、結果求めるもんじゃなくて、…プロセスを一生懸命に頑張り続けるものだと思うけどさ…)。

 ダガシさんは厳しすぎる! と、散々言われてきたけど(スーパーに勤めてた時は、部下に嫌われて、僕のロッカーに、ここで書けないような言葉、落書きされたこともあったなあ)。

 さて、それがね。ダガシは、厳しい事は優しい事に通ずることだと思ってきたけど、…この頃は一旦、ダガシはもう、優しいこと目指さないことに決めたから、厳しくなるのもヤメヨウと思ってるよ。自分を損な役回りにさせるの、自分でツカレるし、時間もモッタイナイしさ。もう優しくなくても、いいろ?

 正義感、なんて言葉、ちょっとの間、封印だ。ズルく、怒らず、自分をトクな方にさばきながら持ってゆく…、これだぜ!

 ……なんてこと、ホントはダガシに出来るわけがなかったよ。ハハ…
 こないだ、あるところで、あまりにもスジミチ分からず自分勝手な奴と一緒になったから、怒ったよ(そういう時に言われるセリフ…「ダガシさん、冷静になってください」…? あいにくだけどダガシは、冷静なまま怒鳴ること出来る特技があるんだよ。大概の奴ら、怒る時は、怒鳴る時は、冷静さを無くしてると思ってるけど、…それ、アサハカだぜ。俺、舞台人でもあるんだから…)。そして僕、そういう奴に、怒鳴ってしまう…。

 …やっぱり性格、そんなにすぐは変わらないね。
 おかしな話らけど、怒ったこと、自分でも安心してるんだ。
 この性格、死ぬまで付き合っていくんだろかねえ。

 でもさ、だんだんだんだんいろんな体験積んで、それを噛み締めると、自分にも自分以外の人にも、幸せ運べることできる人間になれるかな。

 芸術とセールス以外に、僕の打ち込める事、見つけられるかな。いや、芸術とセールス土台にして、見つけられるろうか?

 ……見つけるそれまでは、やっぱり…努力は当たり前、人様を幸せにする結果を出す、…この方向で生きてくんだろうかなあ。自分勝手だろうか? 自分勝手かもしれないけど…死ぬまでらろかね。

ハウスクリーニングの制服のホントの理由は?

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 急に暑くなったり涼しくなったりするこの時期に調法する上着が、ヨットパーカーだね。
 かぶる服だと脱ぎ着が大変だから、前が開いててスポーツ着みたいなのは、パーカーになるよね。

 そしてその下はいつも、僕、白いポロシャツなんだ。

 それが僕のハウスクリーニングの時の、制服だよ。
 Tシャツじゃ駄目なんだ。襟がないと遊びの雰囲気みたいになってしまうような気がして。僕の真面目さも、アピールしたいからね。
 そして色は、白でないとね。
 清潔感と爽やかさ示したいから。
 夏場の暑いときの作業の時は、Tシャツ着ることもあるけど、基本的に僕、白い半袖ポロシャツに青系の色のエプロンで仕事してるんだ。

 白いポロシャツと、エプロンと、ジャージの体操ズボンが、僕のハウスクリーニングの制服です。
 お客さんに、サワヤカで真面目なイメージ持ってもらいたいからね(ダガシの中身も真面目で爽やからよね。そのこと母さんも知ってるでしょ。…でも、ちょこっとたけヒネクレテルとこは内緒だよ)。

 この、ポロシャツと体操ズボンとエプロン着るのは、実は、ハウスクリーニングの仕事する前にやっていた、介護の仕事、ホームヘルパーの仕事の時の格好を取り入れたんだ。

 でもね、エプロンするもう一つの理由はね、僕のハラが主張してるの、いくらか押さえられるのにも使えてるんだ。母さん、このことも内緒にしててね、頼んだよ。

ホームヘルパー聖職者達の欺瞞・オンナギライ

ホームヘルパーや介護の仕事、医療の仕事も、その仕事に就いてる人たち、95%くらいの人が、作業になってるように見えるよ。

 きのうも書いたけど、人間相手の商売なのに、一期一会の仕事でなくて、ルーチン・ワークの作業になってるみたい(母さん、コウシャクになって悪いけど、ルーティンワークって、毎回きまった事を同じようにやる作業の事らよ。きのう言わなかったね、ゴメン)。
 相手がモノならルーチンワークでもいいし、その方が効率的な事もあるけど、ホームヘルパー、介護福祉士、看護婦さん、…そういう人の仕事、たいがい慣れきった作業になってるみたい。仕事の対象をモノだと思っているみたい(救急病院の仕事は、僕のいう事には当てはまらないのかもしれないけどさ)。

 そしてモノじゃなくても、対象を子供だと思ってるみたい。少なくとも、自分よりアタマ悪くて、自分より性格ゆがんでて、自分より体力なくて(…これは事実らね)、自分よりいろんな意味で弱くて、自分より劣った存在だと思い込んでるみたい。

 もっと悪いのは、仕事の対象が、自分より劣った存在でなけりゃ仕事したくないって考えになってる事だ。
 さらに悪いのは、自分が自分より劣った存在を欲しがっている事を、自覚してないって事らよ。始末が悪いぜ!

 世間で聖職者って言われる仕事…、学校の先生、警察、医者、看護婦、介護福祉士、ホームヘルパー…というような一般に、優しい人ってイメージの仕事に就いてる人の95%の人が、さっきの事を自覚してないし、考えたこともないらしいから始末が悪いんだよ(消防士だけは何となく、イサギヨイ感じはするんだけどさ)。
 そしてその自覚のない人は、オンナが多いんだ(…また始まったって、母さん言うかな)。ダガシのオンナギライは、これが原因の一つらよ。

 ついでに言うと、自分のオンナの部分を出す事でしか、男性と関われないような女は、僕、気持ち悪いんだ(最近多いし、流行ってるね。エロカワイイ?…笑わせるぜ)。それ、汚らしいとさえ思ってしまうんだよ。

 ホームヘルパーの中にも、いる。…卑怯だし、安易だし、姑息だぜ!
 それは、男性を(…異性を)、尊敬できなくなってる事だし、いや、尊敬してないどころか、男を憎んでいる、父親を憎んでいる裏返しだよ。その事を無意識に持ってるように見えるんだ。
 だから、男なんてセクシャルな事で関心誘えば済む、と思ってるんだろうけど、ダガシはそんなオトコじゃないからな!

 僕だってセクシャルな事は好きだよ。でも僕、セクシャルな事を大切に思ってるから、めったやたらに四六時中、その事ばかり考えるのもったいないんだよ。
 その事はその事の時に集中的に楽しみたいんだよ。…大切で大事だからさ。
 あ、今思ったけど、セクシャルな雰囲気出したがる人って、その事ホントは好きじゃないのかな(外見と逆に、下手そうだな)。
 …まあ、認められたくてウズウズしてるんだろけど、認めさせる手段がセクシャルな事しかないんだろな。…手っ取り早いからね。安易だぜ。
 そしてそういう人って、自分を大事にしてないんだと思う。だから人も大切にできないし、簡単で安易なやり方に走るんだと思うよ。
 僕自身にも自戒を込めて書く。気をつけるよ。

 今日は聖職者といわれる人の仕事のこと書こうとしたら、ダガシのオンナギライの話になったね。
 でも僕にも、何人かは、少ないながら好き合った女もいるし、尊敬できた女性もいた(数えるほどしかいなかったけどね)。
 そうしてね今、僕のお客さんの女の人は、全部の人が進歩的な考え持ってて、スジミチ分かってて、尊敬できる女性だけだよ(だって尊敬できなきゃ僕、仕事を請けないもん。…待てよ? こんな事書くとダガシは相当ワガママだと思われるなあ。お客さんがこれ読んだら困るぞ? …でもいいや、ワガママはホントの事らもん)。

 今日書いた事は、ずっとずっと思ってきたことなんだ。だから長くなった、ごめん。今日のこと、母さんには初めて言ったね。そうして僕は、母さんのこと好きだし、尊敬してるよ。

仕事と作業、ルーティン・ワークと一期一会

 仕事と作業は、違うものだっていうのを、スーパーに勤めてた時教わったよ。
 仕事っていうの、僕の言葉で簡単に言うと、出そうとする結果が、出せるかどうか分からないけど、工夫してやり遂げようとするっていう事で、
 そして作業というのは、それが終了した時の姿が、たいがい分かってて、誰がやってもほとんど同じ結果になるって仕事のことらよ。
 芸術やスポーツ、ビジネスなんかは、結果が達成できるかどうか分からないんだから、…だからそういうのがうまくゆくと、「いい仕事した」、と言うのらね。

 そして当然、作業より仕事の方が難しいし、だから作業より仕事の方が、得る報酬は多いさね。

 ハウスクリーニングでもエアコンクリーニングでも、便利屋さんでも、介護の仕事でも、それはやっぱり同じだろうね。
 ハウスクリーニングでいえば、実際の現場で汚れ落としする事は、どんなに体力使おうが、知識を使おうが、高価な道具や特殊な洗剤使おうが、落ちると分かっている汚れを落とす事は、作業なんだよね(自分が落ちるやり方を知らないだけで、世の中の誰かが、その汚れを落ちる事分かっていれば、それは作業だろうさね。だけど汚れ落としの、まるっきり新しい次元のやり方考案したら、それは、仕事かもしれないけどね)。

 作業と違って仕事は、お客さんが何を求めてるのかとか、お客さんに信頼されるには、好感持ってもらうにはどうすればいいかとかは、結果が出るかどうかは分からないし、仕事する人によっても違うからね。
「相手のある事…」っていう言葉もあるからね。

 だけど、モノ相手の仕事は、自分が頑張れば済む話なんだから、自分が寝ないで工夫し続ければ、大概結果が出る話なんだからさ。

 だから人間相手の仕事は作業にならないし、作業にしちゃいけないんだろうね。
 人間相手、お客様商売は、ルーティン・ワークじゃ出来ないし、そして人間相手は、一期一会なんだろね。
 母さん、僕、ちゃんと出来てるろうかな?

ハウスクリーニング屋さん増えた

 タウンページ(昔で言う職業別電話帳らね)、新しいのが配達されて来たよ。
 そして新潟市のタウンページも、関東の方の都会と同じように、ビジネス用のと一般の人が見る用のと、2冊になったね。

 ハウスクリーニングの欄も、便利屋さんの欄も、数増えたよ。
 前に僕、一般家庭の家のハウスクリーニングやる人が増えてほしいと書いたけど、ホントに増えたね(ただ、実際にやっているのかどうかは、聞いてみなきゃ分かんないけどさ)。

 ハウスクリーニング屋さんも便利屋さんも、ここでもっともっと沢山新しい人が参入して、活気のある、お互い切磋琢磨しあえる、そしてお客さんに役立てられる業界にしたいな。
 そのためには、ハウスクリーニング業でも便利屋さん業でも、僕ももっともっとしっかり、知識と技術と心とを、磨かんばならんね。
 よし、ダガシもますます頑張るぞ!

ハウスクリーニング・エアコンクリーニング・1

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ハウスクリーニングもエアコンクリーニングも新潟で商売できるように、ナマイキにならないように、不良っぽくならないように、と作ってクルマに貼ってるよ。

ハウスクリーニングはスマイルで・2

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 マジックで顔描いたがあよ。
 きのうの看板と一緒にマグネットシートで作ったんだ。
…ちょっとオバカかなあ。
 それに、ホームヘルパーもスマイルが、笑顔が、大事らよね。

ハウスクリーニングはコミカル&フレンドリー&サワヤカ!

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 この丸いのは、僕のクルマ、軽のワンボックスのドアに一年前から貼ってある、大っきな看板です。
 なぜこういうの作ったかというと、クルマ買う時、車の色選ぶの間違って頼んだんだよ。色選びする時、カタログしかなくて、実際の色の車が展示してなかったが。
 明るい青がいいな、と思ってカタログ見てたら、僕のイメージにピッタリの色があったんだ。僕、これくださいって頼んだがあよ。

 だけど実物が来たら、濃い紺色だったんだ。
 しまった! と思ったよ。華がないというか暗いというか目立たないというか…。
 そして一番困ると思ったのは、この濃い紺色、不良っぽい感じに見えたんだ。
 ただでさえナマイキなダガシな上に、非行少年不良少年からやっと更生しているつもりのダガシにとっては、商売には、不良っぽさは致命的だからね(でも、そんなにワルイ事もしてないよね)。
 それに僕、中途半端が嫌いだし、中途半端の不良はもっと嫌いだからさ(といっても不良を極めるべきということじゃないよ。…僕、チョイワルなんて言葉、笑わせるぜと思ってるがあけどね)。
 だもんで、お店や病院のお掃除で、この色のクルマで乗り付けたら営業妨害で追い返されるんでは、と恐れたが(僕なんかね、運転してる時は絶対にひじを窓枠に乗せない、ってのを自分に誓ってるんだよ。ナマイキそうに見えるし、チンピラふうに見えるから。運転中の目付き顔つきだって気をつけてるがあよ。ましてや、よく見るけど助手席で足をダッシュボードに乗せるなんて、倒産か廃業の前触れだと思ってる。しかし、あの格好、かえって苦しいと思うんだけどねえ…)

 だからドアに、この黄色くてデッカイ看板を付けて、いくらかでもコミカルで親しみやすい雰囲気醸し出そうとしてるんだ。

 これ、僕がワープロで作ったのを拡大カラーコピーして、チラシ屋さんにラミネート加工してもらったが。それを小さい黄色い磁石でくっつけてます。
 作る時、いろいろ考えるのに一ヵ月くらいかかったんだよ。車体や窓ガラスに吸盤でくっつけようかとか、大きい磁石のシートで作ろうかとかさ。
 そして、これを考え付いて、作ったんだ。全部で磁石入れて5000円位かかったかな。
 この看板、自己満足でなく満足してます。
 …それに最近、紺色のクルマが流行ってるもんね。
 明日はクルマに貼っつけてある、もう一つのを見せるね、またね。

新潟ホームヘルパースピード対応

 僕にホームヘルパーをさせてくれてる介護会社の社長、とても利用者さんに人気があるんだ。
 きのう僕が入浴介助した人も、Nさん、Nさん、と社長の話するがあよ(社長も実際の現場に出て介護してるから)。
 たしかに僕が利用者さんからの要望を社長に伝えると、社長、すぐ利用者さんのとこに飛んでって改善するんだよ。
 そうすると、僕も利用者さんから誉められたんだ。そして僕も現場のホームヘルパーの仕事がしやすくなる。…また一人、優秀な職業人を見たよ。

 僕、今まで福祉業界の人たちを嫌いだったけど、新しい発見してる…。

 母さんも、知り合いの人が訪問介護要る時は、僕に相談しなよね。人にきびしいダガシが、これは! と思える人らよ。

お地蔵さんに手を合わせて

 小さい小さい頃、母さんと道歩いてて、道ばたにお地蔵さんがあると、手を合わせたね。
 家の近くに、なんにんか、お地蔵さんが立ってられたね。
 お地蔵さんのまえ通ると、いつも母さん、お参りしていこう、と言って手を合わせたね。
 僕も一緒に手、あわせた。
 理由は知らない。そうするものだと思って…。
 気持ちよかったよ。
 今でも時々、お地蔵さん見ると、手、あわせたくなるがあよ。

現役選手の尊さを持ち続けたいな

 何の業界でも、実際に現場の最前線で働いている人が、その業界では尊いのだと思う。
 これ、福祉や介護の事を言うのじゃないよ。すべてのものごとに共通することだと思うよ。僕、このことホームヘルパーになる前から書こうと考えてたんだ。

 たとえばスポーツの世界なんかは、特にそうだよね。そのスポーツの世界で、いちばん華があって、輝いてて、お客さんに直接うったえかけるもの持ってるのは、現役選手だよね。野球でもサッカーでも相撲でもさ。
 そして、いちばん自分自身を、体も、頭も、心も、律している人は、現役選手だろうね。
 だから現役選手は尊敬されるのだろうし、目標にされるのだろうし、愛されるんだろ?

 反対に、評論家とか解説者とかいう人には僕、魅力を感じないんだ。
 それが現役として完全燃焼したOBの人なら、まだコウシャクしても許されるかしらんけど、最初から評論家ぶって高みからモノ言う人がいろいろ多いね。

 ハウスクリーニング業界にもいっぱいいるよ。口が先で、手もアタマも動かそうしない人とか、周りの大勢がこう言ってるからとか、今までこういうふうにやってきたんだからそういうものだとか、とあんまり自分自身で考えようとしない人がね。

 そういう人、僕に利害関係ない人なら、ハタから見てるとコッケイでオモシロインダけど、もしそういう人と付き合っていかんきゃならんくなると、ツカレてしまうろうね。

 ブログとかインターネットって、そういうコウシャクが充満してるふうに見えるんだ。そういう意味で僕、ブログもインターネットも、完全には好きになれないんだ。
 まあ、100パーセント僕と利害関係ない人ばっかりだから、反面教師として見ればいいわけなんだけどさ。

 絵の世界なら、絵描きがやっぱり偉いだろ。美術の先生だって、絵の批評家だって、極端に言えば絵描きになれなかった人なんだよね。
 それと同んなじように僕も、実際に絵を描き続ける人でありたいと思うし、そのために勉強し続けんけばならんなと思うよ。そして、たとえ何かの理由で(手が利かなくなるとかで)絵筆を持つこと出来なくなったとしても、絵の事で自分を律し続ける人ならば、その人は現役なんだ、と思うよ。
 今日はまた暴言っぽくなったかな、ゴメン。

僕の白髪は無駄に生えてるんじゃなかったな

 若い障害のある人と接する事、きのう書いたけど、やっぱり普通に接すればいいと思ったよ。
 障害があろうとなかろうと、人間としては人間だもん。僕も人間、利用者さんも人間だ。
 ゆっくりゆっくりと親しくなろうとすればいいのであるな、と思ったよ。そういうの、社会では当たり前だもんね。
 へんなお世辞や取り繕いや自慢や余計なお節介やウソは、社会人として嫌われる。それと同んなじらもんね。
 僕、最初に介助した人と別の人とも仲良くなれそうだよ。ビクビク考えてたけど、やっと安心した。
 そのビクビクが自分ではよかったのかなと思うけどね。

 僕もだてにトシ喰ってこなかったなあと思ってる。増えた白髪は無駄じゃなかったなあと思ってるよ。

 そうしてね、僕が伺う利用者さんは、尊敬できる人が多いよ。僕、ビックリした。詳しい事は言わないけど、ホームヘルプの仕事でも、人間としてお客さんから教わる事、いっぱいいっぱいあるよ。とってもありがたいです。
 ひとつ自慢言います…、僕、白髪がいっぱい増えたからこそ、人の尊敬できるところが見えるようになったのかなあ、と自画自賛してるところらよ。へへへ…

ホームヘルプでハウスクリーニングに発見

 今ごろ言うのも何だけど、ホームヘルパーというの、お年寄りだけをお世話するんじゃないんだよね。
 5年前に介護の仕事から離れて、ブランクがあって、身体だけの障害での若い人へのホームヘルプもあること忘れてたんだ。
 介護といったら老人介護というニュースばっかり聞いていて、僕いつのまにか、介護=老人介護であり、介護=痴呆のお年寄りの介護だという思い込みができてたよ(今は痴呆という言葉じゃなくて認知症というんだったね)。
 身体障害の人には、当たり前だけど若い人もいるし、お年寄りもいる。そしてカラダだけじゃなくて、こころにも、知能的なことにも、障害ある人がいる。
 僕、それうっかり忘れてたよ(精神病院にも勤めてたのにね)。
 そして、すごく難しいよ、若くて障害のある人に対応するの。
 僕が勤めてたあの頃は、訪問入浴ならば何人かで行ったし、施設ならば何人かで対応したりで、僕一人でその人の家に伺ってお世話する事はなかったからね。
 一人で行くのは、夜中にオムツ交換に伺うくらいだったからさ。何人か居れば、その場の雰囲気に流されて、物事ふかく考えなくてすむから、作業に追われて話す量も少なくなるから、言葉や、場の感じにも、一人一人がそれほど気を遣わなくてすむんだな、良いか悪いかは別としてさ。

 アタマと意識がしっかりしてる人に、僕一人でそういう人をお世話するの、本当に難しいと思ったよ。
 何が難しいというと、からだに対する介護のテクニックじゃなくて、その人と喋る、その話題を選ぶのが難しいんだよ。

 僕、スーパーに勤めてた時、買い物に来る車椅子に乗った若い人とは、普通に喋ってたつもりだけど、その時はその人の障害の事など、僕は忘れてるほど気にしなかったな。
 たぶん、僕のナマイキがそうさせたんだろうし、当然その人の生活にまで入り込んでゆくわけじゃないから、気楽だったんだね。利害関係ないからね。

 でも、その人から信頼を得ようと思うと、その人の思いを共感したいと思うと、そうすると何を喋ればいいかすごく迷うんだ。
 機械にはなりたくないし、介護マシーンにはなりたくないし、かといって最初から立ち入った事にも触れらんないし…、いろいろ考えるよ。ゆっくりゆっくり、親しくなってもらうこと、目指すのらろうね。
 やつぱり、人様のお宅に伺って仕事をする難しさ、改めて僕、実感してるところだよ。
 僕の商売のハウスクリーニングにも勉強になってると思うし、今、とってもありがたいと思ってる。
 僕、また新しい発見できるみたいだよ。

胡麻の栄誉、いや栄養

 ごま…。
 僕、もう何年も胡麻を食べてるよ。それも毎食だ。
 胡麻すり器にゴマ入れておいて、ご飯に直接すりながらふりかけみたいにかけて食べるんだ。
 最初はおいしくなかったけど、だんだんそのうちにあの味に慣れてきて、今ではうんまいなあと思うようになった。

 胡麻ってテレビで言ってたけど、すらなきゃ栄養が取りにくいんだってね。あの固い皮が消化しにくて、中身を吸収しづらいんだって。それにあの皮が胃や腸の壁を傷つけることもあるとか確か言ってたようにも思う。
 だから胡麻すり器が要るんだ、僕には。

 ゴマの味、何に一番合うかというと、豆腐だ。次は納豆。それとアンパンだよ。
 考えてみたらみんな豆だね。ゴマの味、豆に合うんだなと思ったよ。
 冷奴に胡麻をすってかけて食べるとおいしい…あれ? 今書きながら思ったけど、豆腐には胡麻豆腐というのがあるもんね。胡麻と豆腐の味が合うのは僕の発見じゃなかったね。そういや永平寺に行ったとき山門の周りに胡麻豆腐屋さんがいっぱい並んでたなあ。
 納豆にもすり胡麻かけて食べるのおいしいんだよ、今度試してみて。
 アンパンはね、横から平べったく半分に割って、あんこの上に胡麻をすったのをかけて、パンをまた上からかぶせて直してかぶりつくと、胡麻の味と餡子の味がミックスしてこれまたうんまいんだあ。
 あ、アンパンにはゴマかかってたね。もしかして日本人は豆と胡麻が合う事、昔から知ってたんだろかな。知ってたんだろうね。ダガシがコウシャクする事は、誰かがもうやってることだね。…おそれいりました。

ウィンカー出すの遅い人達へのイキドオリ

 世の中のクルマ運転する人、方向指示器出すの遅いんだ。
 前のクルマ、真っすぐ行くんだろうと思って僕も走ってくと、急に曲がったり急に車線変えたり。
 そういう人たちって、曲がるほんの0.5秒位前にウィンカー出すがあさ。自分は曲がる前にウィンカー出してるよ、文句ないだろっていうふうにさ。…
 文句あるぜ! 曲がるなら曲がる事、キチンと表明してから曲がれよ! 遅いんだよ。そして曲がるほんの直前に申し訳程度にウィンカー出して、出したつもりになってるんだろうけど、それは出したことにはならないんだよ。姑息だぜ。
 キマリを声高に言うつもりはないけど、曲がる3秒前に方向指示器出すことになってるだろ。
 こっちは周り見ながら走ってるっていうのに、車間距離も人より多めにとってるけど、やっぱり急にスピード落とされたら危ないんだよなあ。
 ウィンカー出す事って、人間の生活で言えば、挨拶なんだよ。仕事で言えば報告であり連絡なんだ。

 そういうギリギリまでウィンカー出さない人たちって、ウインカーの電気代というかバッテリーが消耗するのをケチケチしてるのかと僕思ってたけど、もしかしたらまさか、人が困ることが楽しい、なんて事を無意識に思ってるのかなあとも思ってしまうよ。ああ、俺もイヤなこと考えるなあ。

 昔から土日にはヘタクソなドライバーが道に出てくるとか、サンデードライバーとかいう言葉もあったけど、僕が思うに、運転のテクニックというより、周りを意識しない、周りに気を遣わない人たちが土日にドッと出てくるっていうことなんだろな(ホントは土日に限らないんだけどさ)。

 最近は僕もオトナになったみたいで、そういう人たちには近づかないようにしてるし、そういう人たちは俺とはちがう生き物なんだと思うようにしてもいる。だから無闇に怒らずにすむようにはなったけど、怒らない自分自身ではホントにそれでいいのかと、ほんの少し思うんだけどさ。…バランスかねえ。ああ、むずかしい…。

這って生活のためと、エアコンクリーニング

トイレ、寝床、流し、煮炊きのコンロ、風呂、それから段差をなくして…、家の中のそういうのを、這って生活できる高さにしたらどうらろうか? とずうっと思ってたが。
 足だけがわるい人がいたとして、歩けないだけで、他のことは大概自分で出来るならば、這うことで移動できるのならば、生活の中のものを、低く低くしたら使いやすいし、自分でできることが増えるんじゃないだろかと思ったんだ。

 もしそれができるのならそういう時は、床が、清潔になっててほしいけどね。
 床で料理する…、なんてイメージしてみたら、独創的だと思うんだけど…、それとも世の中広いから、もう、そうやって生活してる人もいるんだろうかな。僕が知らないだけで、いるんだろね。

 あと、これも前から思ってたんだけど、お年寄りや障害のある人は、新潟でも暖房をエアコンでする人多いよね。火を使うと危ないっていうことからさ。
 そういう人の家のエアコン、そうとう汚れてるよ。フィルターも掃除も洗ってもいないしね。
 エアコンの中もカビだらけだろうな。タバコ吸う人ならヤニだらけだろうし…。
 健康のためにもエアコンクリーニングした方がいいと思うんだけど…。
 だけど、現実問題、そういう人たちのエアコンクリーニング、いやエアコンクリーニングに限らず家の中のハウスクリーニングも、掃除屋さんに頼むお金の出どころがないんだよ。安いから頼もうかとしても、清掃は手間賃仕事だから、安ければいいってわけじゃないからね(安かろう悪かろうってのをさんざん見てきたから)。
 それと、年取ってくるとにおい嗅ぐチカラも弱ってくるからね。精神的に弱っている時だって嗅覚(だけじゃなくて感覚ぜんぱんも)が弱くなるから、エアコンからの風が少し臭いな、なんて分からんくなるし、どうでもよくなるしさ。母さんもそうらろ?
 どうしたらいいのかなあ…。

 足がわるい人の生活の事書こうと思ったら脱線したね。これも僕、ずっと思ってたことなんだ。では、またね。

目覚めるきっかけ

 母さん、さっきはありがとう。今、新潟に着きました。
 さっき母さんから言われた言葉で、僕は助かったよ。生まれ変わった。
 44年間かかっていた催眠術がとけたんだな。
 僕、いい意味で、もっと自分勝手になるよ。

 しかしこれ、ブログに書くことじゃないね。母さん以外に分からないもんね。でも四十四歳で生まれ変われるきっかけ持てたから書き残します。
 それじゃ今度はおみやげ持っていきます。からだ、だいじにね、ダガシ。

ホームヘルパーも、し始めました

 母さん、黙ってたけど僕、介護のアルバイトを始めたよ。ホームヘルパーだ。
 どうして言わなかったかというと、このホームヘルパーをやってゆけるかどうか、自信なかったんだ。
 俺は利用者さん(お客さん)には、気に入られるだろう、なんて思っていたけど、最初に伺った人で、僕のその自信が、ガラガラと崩れたよ。
 僕が最初に介助した人、すごく気難しい感じの人で、ああ、俺より気難しい人間がいる! と思ったぐらいなんだもん。
 でもね、やっぱり気難しさでは僕の方が勝ってたかもね。へへへ…
 だからなのか、その気難しさで、お互いの共通の理解が出来たみたいで(そんなことあるのか知らんけど)、その利用者さんと仲良くなれそうなんだ。本当に僕、本当にホッとしたよ。
 利用者さんとは、お客さんとは、やってゆけそうな気がしたから、母さんにも伝えようと思って、今日、ブログに書いたんだ。

 でもね、介護業界で働く人たちに僕、いいイメージ持ってなかったから(介護の仕事してた時、業界の人たちと結局仲良くなれずに辞めることになったから)また、同僚とうまくやってゆけるか、まだ自信ないんだ。
 僕をパートで雇ってくれたホームヘルパー会社の社長には、僕が福祉や介護の業界に幻滅している事も、業界の人たちとうまくやっていけなかった事も、全部話した上で、そして僕の言う事にも少しは共感してくれたみたいで僕を雇ってくれたから、これも本当にありがたいと思っています。

 でも僕も40過ぎたし、あれから変わっているだろうし、丸くもなってるだろうし、ゆるくもなってるだろうし、いい意味でも悪い意味でもオトナになってるだろうから、同僚とも一緒にやってゆけると思うんだ(だけど、訪問介護だから、施設と違って、利用者さんのところには一人で行く事がほとんどだから、あんまりホームヘルパーどうしで共同作業というのはないんだけどね)。

 そしてもちろん僕の仕事はハウスクリーニングの仕事がメインだよ。
 ただね、ホームヘルパーの仕事をすることで、ハウスクリーニングの仕事にもいい影響が出るだろうと思うし、ハウスクリーニングをしていることで、ホームヘルパーの仕事にもいいものが出るんじゃなかろうかと期待してるんだ。それに僕は一応、個人事業主だから、勤めてる人と違った視点で物事を見られるとも思うしさ。
 あと、当たり前だけど、ホームヘルパー業の事は守秘義務があるから、そのままは書かないけどね。宜しくお願いします。
 やりたい仕事が出来てるということでは、ダガシは幸せです。ありがとうございます。

痛!

20060508081803
切り傷に薬塗ったらシミタんです。

バイク乗る時の秘密の楽しみ

 バイクでツーリングする時、いやツーリングだけじゃなくて日帰りで遠乗りする時は、必ずウォークマン聴きながらバイク乗ったなあ。
 二十歳のときクルマの免許取りに、合宿免許で宇都宮に泊まり込みで行った時、一緒に合宿にいた人が、自分が使ってたウォークマンを五千円で売ってくれたんだ。
 それからバイク乗る時は、いつもウォークマン聴きながら乗ったよ。井上陽水や山下達郎とか、外国のロックとか、それと民謡、あとモーツァルトもね…。

 両耳イヤホンでふさぐのは本当は違反なんだろうけど、周りの音が聞こえなくなることはなかったよ。白バイからスピードとかで停められたときも、イヤホンの事で注意された事はなかったな。たぶん外側から見えないし、ヘルメットの中でヘッドホンステレオを聴いてる奴なんかいなかったからね。白バイもそんなこと思いもしなかったんだろね。
 それと僕、バイク乗るのに、もう歌聴きながらじゃないと、唄いながらじゃないと、乗れなくなってた。
 オートバイのハンドルにただつかまっていて、真っすぐ前向いてると、クラくなってきて、楽しくなくなってたんだ。
 それにもう一つ、母さんには、アブナイと言われるだろうと思って内緒だったけど僕、夏場はランニングシャツと短パンで、腕と足むき出しで高速道路突っ走ってたんだ(涼しかったよ、ゴメン)。それもイヤホンで大音量で歌聴きながら、大声で唄いながら、そうして走りながらシートの上で踊りながら、アクセル開けてた。…困ったもんだね。すみません。ですが今まで大きな事故もなく、怪我もなく生きてますので、ご勘弁ください。ごめんなさい。
 今、新潟市の街なかにも、ゴールデンウィークで県外ナンバーのバイクいっぱい走ってるから、思い出して書きました。

蜂が待っててくれた

20060506182114
 さきおととい行った海のそばのお宅に、また呼んでもらったんだ。伺う前に、あのときのタンポポを見たら、あのときと同んなじ花の上に、同んなじ小さい蜂がいたよ。
 あのときの蜂だろか。まさかね。いや、もしかして…
 ずっと、ここにいたんだろか。
 僕、うれしくなってまた写真撮りました。
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