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徒然のブログ

つれづれの思いなどを

AIUに惚れてます(惚レッポイカラカナ?)

仕事で、お客さんのとこの何かを壊した時のために、僕、損害保険に入ってるんだ(新潟で、こういう保険に入ってる掃除屋さん、まだ少ないんだよ)。

 独立して最初、どこの保険会社に入ればいいかと思って、いつものようにタウンページ見ながら、片っ端から電話したんだ。電話応対のいい所を探すためにね。
 でも、入りたいなと思える対応の会社、無かったな。だから1年目は、前に勤めてた掃除屋さんのお客さんで、僕と少し面識あった保険屋さんに、入れてくださいと頼んで、入ったが。
 でも、その保険屋さん、誠実じゃなかったから、結局その年でやめたんだ。

 僕、保険屋さんにも保険会社にも幻滅しかけてたんだけど、万が一何かあった時のために、やっぱり損害保険には入っておきたかったから、良い保険会社探してたんだ。

 次の年にも同じように、タウンページの「保険」のカテゴリーで、やっぱり片っ端から問い合わせた。
 そしてやっぱり、これは、と思える保険会社も保険代理店もなかったんだ(ダガシは人にキビシすぎるからかな)。

 そういえば外資系の会社には、それまで電話かけなかったんだ。たぶん、なぜか僕、外国の会社をイカガワシイと思ってたんだろね。
 だけどそうも言ってられないから、アルファベットの名前の会社に電話してみたら、…
 素晴らしいんだ、電話対応が!
 グズグズしてないし(気短かのダガシにはピッタリ!)、お高くとまってないし、アタマ良さそうだし、正直そうな喋り方だし、…これだ! と思ったよ。
 その後、実際の人間を確かめるために、その会社に行って話をした。
 やっぱり誠実で頭良い感じがしたから、ここだ!
 とピンときたんだ。
 それで今の、AIUに入っれてもらったがあよ。

 入って、正解だったよ。去年の暮れに仕事で事故があって、その時AIUは迅速に対応してくれた。日本の不正直な保険会社とは、全然ちがう対応だったよ。

 AIU保険会社、良いよ。

郵便サービスに効率化と選択肢を求ム

新潟で、郵便の配達をしなくなる郵便局ができるんだってね。
 新潟県は北海道の次にたくさん、配達する局がなくなるらしい(55局だって)。
 ニュースで、集荷や配達しなくなる局の地域の人たちが、不便になる、今まで通りにしてほしい、と言ってた。

 それって、そんなに不便になるがろか?
 二日三日、手紙や葉書が遅れて、何が変わるんだろか? そんなに困る事らろか? 緊急の知らせの郵便が沢山あるろうか?(電報じゃなくて、手紙だよ)
 昔は手紙もハガキももっと日にちがかかってたよ。
 それ、僕にはワガママにしか聞こえないんだ。まるっきり郵便が来なくなるわけじゃないのにさ。

 速く着かせたい郵便なら佐川急便だって同じことやってるし、郵便局と比べてもそんなに料金高くないし、もっとサービスもいいよ。

 今までと同じでいたい、変わるのが何となくイヤだ、…とそんなふうにしか聞こえないんだ。

 郵便局とそのサービス維持してくのに、たくさん経費かかってくのを考えないがろか? そのコストは誰が払うんだろか?
 今まで通りに、と言う人がその経費自分で出すっていうなら、僕はこんなこと言わないよ。でも、そんな事できるわけないんだし、国が何とかするだろ? と無責任に思ってるだけじゃないろうか。

 前にも言ったけど、国って僕ら一人ひとりなんだから、人任せにはできないのにさ。

 続けてほしいって言葉は、自分だけ良けりゃいい、というように聞こえて、…ああ、また僕、暴言が出たよ、ゴメン。

表の手直し

表の手直しできるようになったよ。
ので、書いてみました。
平成18年7月予定表
  1
 
初め
 2 3
午後
休み
 4 5
午前
休み
 6  7 8
 910111213
午後
休み
1415
午後
休み
161718
一日
休み
1920 2122
23
午前
休み
24252627 28
午前
休み
 29
3031
 
末日
      

チャップリンのお陰で信じられるかな

 ちょっと前に、僕という人間をつくったテレビ番組の事、書いたね。
 きのうの夜、NHKの教育見てたら、チャップリンを紹介する番組やってたよ。

 思い出したよ僕、小学校の頃から、チャップリンの映画見てきたって事。

 人っていうの、信じられない存在だって思ってしまいそうになる時、チャップリンの事思い出せば、もう少し待ってみようか、と思い直せるみたいだ。

 そういえば、そうなれば、クルマ運転してて、左側の小路から出てきた自動車を、入れてあげる気持ち、また持てる自信出てきそうらさ。
 信じるって、むずかしくて、苦しくて、でも気持ちいいのかもしれないね。

日経流通新聞が教えてくれた自分

 世の中の経済の情報が、世間に伝わる順番というのを、僕、広告屋さんのとき教わったよ。

 一番初めはね、日経産業新聞で、
 次は日経流通新聞。
 その次が日経新聞。
 そして一般の新聞、雑誌かラジオ、テレビの順なんだって。テレビに出る頃は、そのニュースは大概の人たちに知られてるんだね。

 確かに産業新聞見ると、知らない事ばっかりで、コムズカシくておもしろくない記事ばっかりだったのを憶えてるよ。
 だけど流通新聞は面白かったなあ。
 堅い事を柔らかく書いていて、カラーの写真や色付き文字で紙面を飾ってたからかもしれないね。
 主に小売り業の中のニュースだから、客商売ってのを意識してたのかもね。
 日経新聞本紙になると、これまた堅くなって読みたくなくなるんだけどね。

 もう十年以上、流通新聞読んでないけど、僕ね、流通新聞に助けられた事あったがあよ。

 社会人になって最初に勤めた広告屋さんで営業マンだった時、なかなか広告出してくれないお客さんのとこに営業に行って、たまたまそのとき僕、読みかけの流通新聞を持ちながら、そのお客さんのお店に入っていったんだ。

 そこの社長が、僕の脇の下に挟んでた流通新聞を見て、
「ダガシ君、いつもヘラヘラしてるけど、君、真面目なとこもあるんだなあ」と言って、それからしばらくして広告出してくれた事あったんだ。
 僕、その時の流通新聞は、別に演出してた訳じゃなかったけど、勉強熱心な奴だと思ってくれたんだろな、有り難かったよ。

 だけどね僕、普段は硬派だと自認してるつもりだったのに、人様には僕のこと、ヘラヘラとかチャラチャラとかケイハクだとか(そこまでいってない?)…うーん、思われてたんだなあ、と認識したよ。悲しかったけどさ…ハハ…、ハアー。

 まあ、自分で思う自分と、人様が思う自分は、違うんだなあ、とその時に、勉強になりました。

方向指示器の小ささはレーサーの真似だろな

 この何年か、自動車のウィンカーが小さくなったね。
 人のクルマの方向指示器で、こっちの動きを調節してるのに、ウィンカーが見づらくてワンテンポ時間をロスしてしまうんだ(また相変わらず気短かのダガシだと言われるかな)。

 でもね、何のための方向指示器かといえば、やっぱり人様に、周りに、自分の行き先を前もって知らせるためのものらろ?
 それが不十分だとすれば、やっぱりその物の役に立ってないのじゃないだろか。

 たぶんウィンカーが小さくなったのは、レーサーの真似したいからだろな。レーサーには方向指示器は無いからね。
 でも、公道はサーキットじゃないんだけどな。それにレーサーの真似は所詮、マネだよ。真似っこは、自覚が無い場合は、カッコワルイんだけどなあ。

 オートバイの世界も、ずいぶん前からウィンカーが小さくなっていた。これもやっぱりレーサーの真似なんだけどね。
 レーサーになれるわけないのに、レーサーの真似する…ハア~。

 とにかく、メーカーは、ウィンカーを大きく目立つようにしてほしいよ。特に夜なんかは、ヘッドライトのすぐ横に付いてるウィンカーだと、ウィンカーの光がヘッドライトの光に負けて、直進なのか曲がるのか、分からないこと多いんだもん。

 周りのクルマと、ウィンカーで会話する事も、最近は無くなったなあ。クルマ雑誌やバイク雑誌は、また、そういう特集組んでほしいよ。

コーナリングでの目切り・先へ先へと…

バイク乗ってカーブを曲がる時、ある一点を見つめてしまうと、見つめた所にバイクごと突っ込んでしまうんだ。
 僕も今まで、3回、曲がりながらカーブの途中で突っ込みそうになった。

 どうしてか、つい見つめてしまうんだ、カーブの真ん中当たりを。
 ガードレールとか、その向こうの木とか、花とかさ…。
 それを見つめてしまうとその花に、突っ込んでいってしまうんだ。

 それは、曲がるときは、人間そういうものらしいんだけど、見た所に、その場所に、知らず知らずに行ってしまう、突っ込んでいってしまう…。人間って、見たところに、無意識に動いていくらしいね。

 バイク乗りたちは、そうならないために、目切り、ということをする。
 見つめてしまいそこに突っ込んでいきそうになった瞬間、…意識的に、カーブの更に先に、自分の視線をずらす…。
 それが、目切り、というんだよ。
 僕もさっき言った3回、突っ込みそうになった瞬間、危ない! と思って視線を無理矢理先にずらしたよ。その作業は0、001秒くらいだったと思う。だから今生きてられるんだ。

 コーナリングの鉄則は、進む先へ、その先へ、その先へと、自分の視線を送っていくことなんだ。

 クルマで飛ばす人たちは、その事を何て言ってるか知らないけど、たぶん、カーブを曲がりきれませんでした、と事故の事ニュースで言われる時は、目切りが出来なかったんだろな、といつも思うよ。

 目切り、という事、もっと免許の更新の時とかで、世間に知らせた方がいいと思うんだけどね。
 バイク乗りだったら大概知ってるし、気をつけてるんだよ。
 不用意に、一点だけを見つめちゃいけない、ってね。
 曲がりの先を、想像するってことかな。
 そのことの大切さは、バイクに乗る事だけじゃ、ないだろね。

表を上手に表示させるには…?

表を作るのを覚えたので書いたのですが、ずいぶん下に表示されてしまいます。また勉強します。
平成18年7月予定表






























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夏野菜のピーマン、天ぷらに

 僕、青い野菜は、冬場はほうれん草、夏場はピーマンを主に買ってるよ。
 それぞれの時期に安いし、その旬のときに栄養価も高いって聞いたからさ。

 ピーマンを二つに切って種とスジを取って、細切りにして炒めて卵焼きにすると、おいしいんだ。
 他にも麻婆豆腐にも、カレーにも、炒飯にも、野菜炒めにも、トマトシチューにも…、いろんな料理に使ってるがあよ。

 ピーマンて、苦いとか臭いとか、嫌う子供がいるって聞くけど、僕にとっては丁度いい甘さでシャキシャキして、おいしいんだ。

 野菜って、煮たり炒めたりすると、ほのかに甘いんだよね。
 母さんのお陰で僕、野菜の好き嫌いなく生きてます。そしてカンタンなものだけど作って食べてるよ。

 でも一人暮らししてから、天ぷらだけは作らないなあ。油たくさん使うからね。それに何だか天ぷら作るの、火がおっかないんだ。

 母さんの作るピーマンの天ぷらが、また食べたいなあ。

自分にはとてもできないと思う時、と初心

今朝4時に目覚ましかけておいて、僕もサッカー見たよ。
 ブラジルに負けたねえ。見ている90分間が、とっても短く感じたよ。

 負けたことはしょうがない、力を出し切ったんだから。今度は、次は、勝てばいいさね。初心に帰って、また力を出し切ればいいさね。

 ところでさ、老後初心、という言葉があるそうだね。コウシャクになるけど、前に読んだ事なんだけど、…葛飾北斎が年老いてから(70歳過ぎて名人と言われていた頃)、娘の前で、
「自分には猫一匹を描くこともできない」と涙を流して言ったって。
 娘のお栄はやっぱり画家で、父の北斎に、
「すべて絵のことにかぎらず、自分にはとてもできないと自棄になるときこそ、その道に上達するときです」と答えて励ましたそうだよ。
 北斎は「ほんとうにそのとおりだ」と答えたって。

 75歳で出した『富嶽百景』のあとがきに、
「自分は六歳の頃から絵を描きはじめたけれど、七十歳までに描いた作品は取るに足らないものばっかりで、七十三にしてようやく禽獣虫魚や草花をどうにか描くことができるようになった。これからますます精進して、九十歳でその奥義を極め、百歳にして神妙の域に達したいものだ」と書いてる。

 サッカーは、年取ってもプロの現役でできるわけじゃないだろうけど、僕自身、この北斎の言葉、見習いたいよ。
 もちろん、この葛飾北斎の事、僕が読んだ本の受け売りだよ。ただ、ワールドカップで日本代表が負けた瞬間、どうしてか、この老後初心の事思い出したから書きました。

生まれ故郷と違う賑やかさ淋しさ

いつのまにか新潟市でマンション、すごく沢山建てられたよ。
 夜遅くホームヘルパーの帰りで新潟の街なかをクルマで走ると、あっちにもこっちにも10階建て以上のマンションが、ニョキニョキ、ニョキニョキと建ってたのが分かるがあよ。

 建物一面の窓、だいたいに明かりが点いてて、ああ、あのデッカイ石の固まりの中に、いっぱい人が住んでるんだなあ、って思うよ。
 そしてね、あそこのマンションもまたあそこのマンションも、そうしてまたあそこのマンションも、何だか僕には、いっぱい墓石が並んでいるように見えるんだ。そんなこと考えるのおかしいね。

 おっきなマンション並んでるところを夜見ると、賑やかな感じにも、どうしてかまた淋しい感じにも見えるんだ。

 ただそれだけ感じたから母さんに言おうと思ったが。そっちは田んぼの真ん中だからね、こっちととても違うなあと思っただけんがあさ。

頑張ってくれた相棒、白いハコバン

20060621085412
独立したとき買ったクルマらよ。
 新潟市の古町にあるお店の、床ワックスクリーニングに行く途中で撮ったが。

 このクルマ、いろんなところ故障続きだったけど、18万円のだったからね。
 ときどきエンジンかからなくなる事もあった。クラッチが切れなくなって、ギアチェンジできなくなったこともあった。笹出線で夕方、後ろからブツケられた事もあったなあ。

 その後、結局どうやってもエンジンかからなくなって、今のに買い替えたんだ。
 でもよく頑張ってくれたと感謝してるんだ。ありがとう。

血の巡り良くなるストレッチ体操、大事

今日はキツイ作業だぞというと僕、その日の朝、ストレッチの体操するんだ。
 目的は、身体のそれぞれの、関節の筋を伸ばすこと。

 体操やり始めたキッカケは、長野県に転勤で住んでた時、バイクの大型免許を取りに合宿行った学校で、毎朝体操するのが日課だったことなんだ。
 佐久の自動車学校だったな。その時29の僕は、歳を、意識してか無意識かは別として、いややっぱり意識し始めていた頃だったから、体操する事にハマッタんだろな。
 実際、腰や背中や首まわりが、体操すると、確かにカロヤカになるんだよ。

 それからは、ほとんど毎朝、関節伸ばしの体操するようになったがあさ。
 ただ僕、夏場は早く起きられるから体操する時間を取れるんだけど、寒くなると起きるの辛くなって、仕事出るまでに、体操する時間がなくなるんだよね(単なる不精なだけらけどね)。
 だから本来ストレッチしなけりゃいけない、血の巡り悪い冬場に、あんまり体操しないことになるんだな。良くないね。それだから、肩が痛くなったり、指先が痺れたり、膝が痛くなるんだろな。…まあ、自分の不精のせいだから、文句は言えないけどね。

 しかしね、やっぱり朝に体操するの、その日のカラダのためにいいよ。
 たった15分か20分、首、腰、背中、肩、ひざ、股関節…そういうとこを回して動かして血の巡りよくさせておくと、その日の一日、痛さがやわらげるし、思い切り動けるんだ。

 朝、体操するなんて年寄り臭いかなと内緒にしてたんだけど、結構いいもんだよね。

サッカーの周囲は自己批評足りず

 プラス思考とは、良い結果だけを期待する事じゃないんだよね。いい事ばっかり思う事それって、ただの妄想だと思うんだけど。

 一つひとつの作業工程の具体的な改善点見つけなきゃ、なんにも変わらないろうね。精神論ばっかり言ってれば済むわけないもん。精神論言う事なんて一番カンタンだよ。
 自己を批判して、自分の弱点を見つけて、悪いところ直す…、それがプラス思考につながる事らよね。

 サッカーの周囲の人たち、特に解説者の大部分、アナウンサー、タレント、見てる人たち、…ただ妄想してるみたいに見える。そうじゃないなら、ただのその場しのぎらろかね。自分を騙してるんだろか。自己欺瞞かな。日本人の特徴かな。

 そして、勝てない理由を暑さのせいにするような、自分の中身以外にマイナスの理由をおっかぶせるように聞こえて、それ潔くないね。
 自分の中の作業工程に改善点見つけようとしなけりゃ、いつまでたっても変わらないろうさね。

 きのう、クロアチアに日本代表が勝ってれば、僕の、このナマイキ発言も書かなかったろうけどね…ハハ…俺の八つ当りかなあ、愚痴かなあ(これ自己反省?)。

 諦めないって事と、いいことばっかり期待するって事は、違うと思うがあけどねえ。
 キリカエ、キリカエ、が口癖だけど、切り替える前に、ちゃんと自己総括しなきゃだろ? ばか騒ぎしてれば済むわけじゃないろうさ。
 総括しないで次はうまくいったとしても、それはマグレだよ。マグレ期待する人生じゃハカナイし無責任だよ。

 ああ、今日は、僕の事を棚に上げた発言ばっかりだったね。僕が言うナマイキ言葉、僕自身にもイマシメにするよ。だって、こんなこと言ったって、僕がそう出来てるかというと出来てるわけじゃないからさ、ゴメン…。

プレゼントって、相手がある事だね

花を贈るということ、僕は良い事だと思ってたけど、そうばかりともいえないみたいだね。
 僕が考える良い贈り物の条件というのは、いつか消えて無くなる、って事なんだ。
 プラスティックみたいに、いつまでも腐らず、土に帰らず、成仏しないで、その場に居続けるのは、それは下品だと思ってるから。
 ちょうどいい時分に、相手が忘れた頃に、…あれ、いつのまにか居なくなってる、と思うような、相手に負担をかけないのがいいなあと思ってたんだ。

 だから、花なら、丁度いい頃に枯れてくれるから、贈り物にはピッタリだと思ってたがあさ。

 それがね、ある本を読んだら書いてあったんだけど、…花を贈られたら、贈られた花を枯らしてしまうのが申し訳ない、と思う人がいるがってね。

 僕も今まで数える程だけど、花もらった事あるけど、しおれたら、それほど考えずに捨てていた。

 僕、贈ってもらった花が枯れる事の、申し訳なさを感ずる感性、なかったな。

 自然、自然、自然が一番…なんて思って、カタチあるものはいつか壊れる、なんて思って、…そこから先を考えなかったなあ。花を贈る良さだけじゃなくて、その逆のことをさ。

 プレゼントを贈る、贈られる事、相手を思いやるそのこと、これからもうちょっと深く考えようと思うよ。

なんかいい事あったがあろうか?

20060617101331
 たまにはダガシも機嫌いい時あるがあよ(そんなこと言うと、いっつも怒ってばっかりみたいらけどね)。
 怒る時、悲しむ時、ビックリする時、おもしろがる時、うれしい時、好きになる時、…生きてるからね。

一斉に音を出すメリハリは仕事も

 おおむかしも大昔、まだ僕が何のけがれも知らないころ、バンドを始めたとき知ったことなんだけど、それぞれの楽器の音をバラバラに出すと、その曲、が貧弱な感じに聞こえるんだね。
 バン! って一斉に揃って音出すと、厚みが出るんだ。

 それぞれの楽器の音が揃わなかったり、最初から最後までダラダラとどれかの楽器が音出し続けると、かえって楽曲の音の厚みが薄っぺらくなるんだ。
 音出す時は一どきにガッ! と出す。
 休む時はフッ! とブレイクする。

 そうすると、音が揃って厚みが出て、逆に一瞬音の無い時間とのメリハリで、印象に残るんだ。

 それは仕事でもサッカーでも、同じじゃないろうかな。
 当たり前だけど仕事の休み時間の事じゃないからね。
 サービス業で、休憩時間や休みの日を一斉に取ったら、仕事まわらなくなって、お客さんに迷惑かけてしまうっけね。
 音を揃えるって、あくまで考え方の事らよ。メリハリのことらろうか…。

 これは、サッカーのワールドカップ見てて思い出したんだ。
 僕みたいな、…サッカーというスポーツは好きだけど、サッカーの周囲が好きになれない人間が(…だって高校一年の時だけだけど部活でサッカーやってたんだもんさ。そして、Jリーグが始まった時の、自分の仕事を放り出してサッカーを見に行くなんて事を当たり前みたいに言う、あのばか騒ぎの雰囲気に嫌気がさしてるんだ…)、そういう、サッカーの周囲をイマイチ批判的に見ている人間が、…一斉に音を出す、なんてプロの選手に向かってナマイキ言うのもオコガマシイんだけどさ…。

 サッカーの周囲は好きになれなくても、僕、サッカー自体は好きだから、実際現役でやってる選手たちには、楽しく、そして悔いなく、頑張ってほしいなあ。
 ガンバレー!

窓ガラス掃除はダンス・ダンス・ダンス

20060615080910
 窓ガラス掃除中のダガシらよ。
 この時は黄色のバンダナでキメてます(新潟市のハウスクリーニング屋さんの中で流行だよ…いや、ホントは新潟のダガシだけの流行らけどね)。
 そして半ズボンで軽快にカロヤカにリズミカルにやってます。

 僕が掃除してる窓は、フィックスというんだ。意味はね、えーと…開かない窓、かな(みんなが言うあの言葉は使いたくない)。
 この写真も、このお店の了解もらってブログに出しました。

 僕の作業は、ダンスするようにするのがモットーなんだよ。リズムに乗ってね。だから、パフォーマンスと言ってほしいな。

休憩中のダガシです

20060615080606
 お仕事の途中で一息いれてるダガシです。
 何見てるんだろ?

ハウスクリーニングで脚立の足カバー

20060614080613
 これは脚立の足らよ。
 足の先にカバー被せてるんだ。
 畳やフローリング床で脚立使う時、床を傷つけたくないから。ハウスクリーニングの時でもエアコンクリーニングの時でもね。
 独立した時に考えて、100円ショップで椅子の足にかぶせるカバー買ってきて、使ってるんだ。
 この種類の足カバーつけるのも、僕のオリジナルらよ。僕以外でやってる人、今まで見たことないんだもん(ちょっと自慢…ヘヘヘ)。

 この写真、逆光になったね。下に写ってるのは僕の人差し指だよ。見えるかな。

勝負は捨てたもんじゃないんだな

サッカーってプラス思考だな。
 きのうオーストラリアに負けたけど、試合後の選手のコメントは、これからのことを語ってるね。
 落ち込む時間を一瞬にとどめて明日につなげる生き方やってるね。

 いままでより、これからのこと考えるのが仕事のうちなんだろな。
 サッカーだけじゃなくて、運動選手って大概が、負けても負けても闘志燃やして頑張ろうとしてるんだね。

 見習うよ。勝負は捨てたもんじゃないんだよね。

今ダケ見せてくれる海と太陽のシーン

海に夕日が沈む二、三時間前、凪ぎになって、海面が鏡みたいに真っ平らになるんだよ。
 それがちょうど今頃の季節の、夕方4時か5時くらいにね。
 海岸沿いの高台に立って、海を見ると、いつも寄せてくる波がなくなっていて、海の表面が、ステンレスのでっかい板を横に敷き詰めたように光ってるんだ。
 ステンレスの海の鏡に、ちょっと斜めに下りてきた太陽のカタチと色を、そのまま映したみたいに見えるんだよ。
 その太陽の色、海の向こうに沈む時みたいに真っ赤じゃないし、頭の上で光ってる時のように眩しくて何色か分からないような色でもなくて、なんていうか…ちょうど、ピンクとオレンジの、中間みたいな色かなあ。とってもキレイなんだ。

 初めて見たのは、十年くらい前だったな。新潟に帰ってきて、海岸線をバイクで走っていて、寺泊でタバコ吸いながら一休みしていたら、発見したんだよ(その頃は僕、まだ煙草吸ってたんだね)。

 その海面の鏡に映った太陽は、真夏の8月になったら、もう見られなくなるんだ。たぶん凪ぎの時刻と太陽の高さに関係してるんだろね。
 そしてあの美しさ、日本海側だけで見ることできるんだろな。もしかして新潟だけらろか?(そんなことないろうけどね)

 といってもここ何年も、あの心に忘れられないシーン、海に見に行ってないんだけどさ。
 もしかして僕、いろんな余裕、少なくなっていたのかな。
 そういう、いい意味のいろんな余裕つくって、太陽と海が創ってくれる偶然の美しさ、また見に行こうかな。

「悲の時代」、五木寛之の講演タイトル

きのうの朝テレビ点けたら、五木寛之が、お寺巡りの番組で案内役をしていたね。
 何日か前の手紙に書いた五木寛之という字、漢字が分からなかったから、ひろゆき、と平仮名にしたけど、こないだ大掃除した時に、五木寛之の新潟の講演会のパンフレットが出てきたんだ。それ見て書いてます。

 五木寛之、今、74、5歳なんだね。1932年に福岡県に生まれる、と書いてある。

 僕が初めて五木寛之の小説読んだのは、中学一年の時だった。『青春の門』だったよ。学校の図書館で借りたんだ。その図書カードには、数えきれない人の名前が書いてあった。誰もが、中学生はみんな、これ読んでるんだなあ、と思ったよ。

 五木寛之はそれからずっと読まなかったんだけど、30過ぎて仏教に興味出て、、親鸞とか蓮如とか、宗派は違うけど良寛とかの本を読んでくうちに、五木寛之にもまた行き当たったんだ。

 五木寛之、この何年も、髪型も、体型も、眼鏡も、喋り方も、そして顔つきも、変わってないね。
 あの若さ、どこから来るんだろ?

 あの時の講演で五木寛之、とても悲しい時は我慢せずに、悲しむのが、体にも精神にもよいことなんだ、と言っていた。
 僕もそう思う。でも僕、いろいろ何かをヤセガマンしがちだし、逆にクヨクヨする事も多い。
 だからなのかどうか、五木寛之が言っていた、悲しむっていう事、時々思い出すんだ。

年末より梅雨前の大掃除と、初心

 こないだ僕の部屋の大掃除したよ。
 もうすぐ梅雨だし、梅雨になれば湿ってくるし、カビとかにおいとか出てくるからね。
 それに昭美堂のお知らせブログに、「梅雨の前に大掃除をしましょう」、なんて書いたから、人様に言う事は自分でも実行しておきたいからね。

 アパートの部屋の中の、ほとんど全部のチリ・ホコリを掃除機で吸い込んで、流しとお風呂の排水口をカビ取り剤と詰まり抜き洗剤でキレイにして、もう読まない雑誌をゴミに出して…。
 大掃除、梅雨前にやっといてよかったよ。新潟は、もしかしたら年末の大掃除より、梅雨の前の大掃除の方が意味があるかもしれないな。梅雨の前のエアコンクリーニングもね。
 母さん、僕また、そっちにお掃除に行こうかな。遠慮は、なしだよ。

 それとね。
 きのうの僕のお仕事、ハウスクリーニングもホームヘルパーも、お客さんや利用者さんへの僕の対応を、初心に戻ってやってみた。

 こないだ、ホームヘルパー会社の社長に指摘されたんだ。僕の最初の頃の態度と最近の仕事に対する姿勢の違いを…。

 前に言った、ピンチはチャンス…、初めての時の気持ちになってみたら自分でも、笑顔が自然に出たように思ったよ。そしてホームヘルパーでも、ハウスクリーニングでも、その仕事させてもらえる幸せ噛み締めれば、昨日はそれぞれの仕事の、細かいところの作業にも工夫が出たよ。
 指摘された事、初心に戻れた事、工夫できた事、…それが自分の仕事に惚れ直す、キッカケになったみたい。

 もしかしたら自己満足かもしれないけど、そういう自分へのナグサメでも、勇気がわくように思ったよ。
 また僕、新たな気持ちになれた、うれしいな。

イチローを見ると勇気づけられる

 スランプになっても、しばらく結果が出なくても、腐りそうになっても、先が見えないような気がしても、…イチローはポジティブな気持ち持ち続けてるね。
 そして結局、結果出してるなあ。
 それを見ると、僕も勇気わくよ。

 頑張ってるのに頑張ってること思わせない、それもカッコイイね。

 だけどイチロー、クールに見えて、ホントは気性の激しさを自分で意識しつつ、自分でうまく、その性格活かしてるんだろな。
 だってそうじゃなきゃ、あれだけの運動神経ないだろうし、その運動神経、反射神経持て余してしまうだろうしさ。

 僕より10以上も若いけど、イチローを見習いたいし、イチローが頑張ってくれてるから、頑張ってるイチローを見て、僕も頑張れるところ、あるよ。

 僕もイチローみたいに、頑張りながら、誰かに頑張るチカラあげられる存在になりたいな、と思うよ。

サッカーの監督はオーケストラの指揮者

 日本代表のサッカーの監督って、ワールドカップの間の四年間で、そのチームのカラーを作って、全体をまとめて、目指す能力に持ってって、本番で結果を出す。
 それって、オーケストラの指揮者と、同んなじだろね。

 指揮者の人って、当たり前だけど、ただ棒を振ってりゃ済む役目じゃないもんね。
 演奏するその曲の、自分なりのカラーというか、解釈というか、同じ曲でも他のオーケストラとの違い見せなきゃだし、他の指揮者との違いも見せなきゃだし、自分の目指す色合いを出さなきゃだし、それをそれぞれの演奏家に分からせながら、全体をまとめながら、目指す自分なりの曲調に持ってく…。

 ジーコは四年間で、自分のオーケストラを創り上げてたんだろな。
 ミュージシャン達も必死で毎日毎日鍛錬して、オーケストラの本番…それはドイツの舞台に向けて結果出そうと頑張ってたんだろな。

 そういうこと考えると、あのチーム見てると、オーケストラの演奏聞いてるみたいに思えるよ。それぞれの役目があるし、自分の楽器を精一杯に弾いて、さらに人の楽器と合わせながら、そして一つの全体の曲をつくる…。
 誰が何の楽器なのかは、試合見てると分かるんだろね。

新潟バイパスと疲れること

 新潟バイパスを初めて走ったのは、20年くらい前だったよ。
 バイクで、金木町の太宰治の生家と竜飛岬を見に行った、帰りだったな(でも、ダザイなんて固有名詞、恥ずかしくて死んでも言わね、と今まで生きてきたけど…。僕もズーズーシクなってるがろか?)。

 日本海側の海岸線を青森からずうっと走ってきて、新発田を過ぎたら、急に高速道路みたいな3車線の道になって、周りのクルマがビュンビュン速度上げて走ってるんだ。80キロ以上は出してたよ。
 僕、なさけないけどその時は走り疲れてて、のんびり走りたかったんだけど、周りに合わせようとして、やっぱりスピード上げた覚えある。恐かったあ。
 そのとき自分に驚いたよ。だってスピードが恐い、なんてのは初めてだったからさ。やっぱりカラダもシンケイも疲れてくると、ゆったりしたいと思うんだな、ってことだろかね。

 新潟バイパス(新潟市と新発田市を結んでいるから、新新バイパスとも言うらしいね)、昔よりクルマの速度、ゆっくりになったように思うのは、僕が慣れたせいかな。それとも、ラクしてて、あの時ほど疲れる事してないせいかな。

初めての自分のバイク・ホンダCB50

20060606082712
ホンダCB50JX-1。色もこの写真と同じ黒だったね。
 これに乗ってた頃は、原付はヘルメットかぶるの義務じゃなくて、僕も時々は被らないで走ってた。パトカーとすれ違った時に、
「ヘルメットかぶりなさい」とマイクで注意された事あったな。

 最初のオイル交換自分でやった時、オイルの中に銀色の金属の粉がいっぱい入っててビックリした覚えがあるよ。今のクルマの、初めてのオイル交換で、換えたオイル見せてもらったけど、技術の進歩なのか、オイルには粉っぽいもの入ってなかったな。
 そしてこのCB50、原付じゃ少ない4ストロークっていうエンジンで、いい音してたんだ。

 バイク仲間たちとこれに乗って、よく海に行ったのが懐かしいなあ。

路上駐車は、単なる癖かも

6/1から路上駐車の取り締まりが厳しくなったってね。
 新潟駅前でも、道にクルマ停めてるの見なくなったよ。あれほどウジャウジャいた停めっぱなしの自動車が、一台もいない。損得かかると変わるもんだね(僕もらけどさ)。

 僕、道に停める時は自分のクルマに、「停めていてすみません」という貼り紙をつけてるんだよ。
 捕まるのイヤだから(おもにお金の問題で)、独立してすぐ、クルマのフロントガラスに自分の手書きで、その貼り紙に僕の携帯電話の番号を書いてるんだ。ジャマな時は電話してもらって、すぐ動かそうと思ってさ(今まで掛かってきた事はないけど)。

 でもそういう貼り紙は、それで事が済んだ、という自己満足かもしれないし、姑息なやり方かもしれないな。

 僕がタバコやめられたように、路上駐車する習慣も、ただの癖だと思えば、駐車場に入れる癖に変えられるかもしれないね(だってね、話ズレルけど僕、シートベルトだってするようになったんだもん、オドロキらよ)。
 たぶん僕これからは、道に停めようとする前に、入れられる駐車場探すようになると思うよ。ダガシも、変わるねえ。

テキパキさと丁寧さは両立できる

2年くらい前、新潟市の中心街でチラシを配っていて、小さい仏壇屋さんがあったから、その仏壇屋さんにも僕のチラシもらってもらったが。
 仏壇屋さんからは仕事の依頼はないけど、これからもなさそうだけど、その時その仏壇屋さんから、五木ひろゆき(ひろゆきの字が分からないから、ひらがなで許して)の新潟市での講演会のチケットもらったがあよ。

 五木ひろゆき、親鸞のことや、れんにょ(やっぱり字、分からない)のこと書いていて、僕、それ読んでたんだ。
 そのとき僕、仏壇屋さんの窓ガラスに貼ってあった五木ひろゆきの講演会のポスターを、じいっと見てたら、仏壇屋さんの奥さんが
「興味があるんですか? 券、余ってるから、よかったらあげましょうか? 行ってきてください」と僕に声かけてくれたんだ。

 僕、ありがたくもらって、講演会に行った(本当はチケット、何千円かの売り物なんだよ。東堀通りのO仏壇屋さん、いつか恩返しします)。

 五木ひろゆきを初めて見て、最初に思ったのは、年に似合わず動作がキビキビしてるなあ、ってことだよ。
 歩き方、手足の動かし方、喋り方、そういうのがキビキビというか、テキパキというか、気短かというか(いい意味でね)、見てて気持ちがいいんだ。

 五木ひろゆきを見て、テキパキ、キビキビ、スピードが速いという事と、仕事の丁寧さは、両立できるんだということ再認識したよ。
 むしろ、もったらもったら動いてる人で仕上がりキレイな人、見たことないもん。それは何の仕事でも一緒だろうな(ハウスクリーニングでも介護ホームヘルパーでも営業セールスでも経理の仕事でもさ)。
 ただね、当たり前だけど、人様の身体やモノを扱う時は、ゆっくり動く、時間をかけて扱うこと必要だし、自分だけの動作なら素早く動く、そういうメリハリが大事なんだ。だけど世の中の大部分の人、その逆になってること多いと思うよ。

 仏壇屋さんから五木ひろゆきの講演会行かせてもらって、僕、仕事の丁寧さの事、考えることできたんだ。今でも憶えてるよ。
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