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徒然のブログ

つれづれの思いなどを

昔の歌、僕も好きな歌、美空ひばり

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ホームヘルパーで行ってた利用者さんに、僕がギター弾いて歌って聴いてもらおうと思って買った、美空ひばりの歌本だよ。
 古本屋さんで、600円くらいで買ったかな。

 僕の好きな歌は、東京キッドとか、港町十三番地とかです。

 この平凡の楽譜の本、今のところ要らなくなったから、母さんのとこに持っていこうかな。
 もらってくれますか?

知らない人に話し掛けるチカラ

ホンダのホビオというのが僕のクルマだ。
 軽のワンボックスだよ。
 どうしてか、前輪タイヤの外側だけが削れてしまうんだ。

 きのう行った本屋の駐車場で、僕と同んなじホビオが停まってて、運転してた人、なんだか話し掛けたくなるような人だったから、話し掛けた。
 そうしたら教えてくれたんだ。

 軽自動車の背の高いクルマは、車体が傾きやすくなるから、前側のタイヤの外側に負担がかかるんだって。だから、そこが削れるんだって。…なるほど、と思ったよ。
 逆に後ろのタイヤは、内側が削れるんだって。その理由は聞かなかったけどね。

 母さん、こういう話は退屈らかな。
 僕も実は、あんまりクルマに興味ないから、それ程どっちでもいいんだけどさ。
 僕思ったのは、知らない人に僕、また話し掛けられるようになったんだから、逮捕された事から精神が、回復してきたんだろかな、と思ったことなんだ。
 そのうれしさの事なんだよ。

からだのために良い金色

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胡麻を手のひらにのせたところらよ。
 前に母さんに、胡麻をいっぱい食べてくださいと書いたね。
 僕、毎日食べてます。
 一日これくらいは食べてるよ。
 手のひらに黄金色が光ってるみたいら。

毎朝のほうき

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このごろ、朝起きると、ホウキで部屋を掃除してるんだ。
 毎日やってても、毎日ごみが出るんだね。髪の毛とか埃とか。
 そんなことにおどろいているところです。

 留置場では毎朝、部屋の畳の掃き掃除と、雑巾がけが日課だったから、なんだか僕も癖になったみたい。
 気持ちいいもんだね。

青春のおわりとは

留置場から出てきて毎日、ストレスが溜まりっぱなしの日が続いてる。

 怒らないこと決めてる、からだろね。

 でもきのうは、怒ってしまったよ。…ああ!

 人を探そうとして久しぶりにハローワークに求人を出したんだけど、いつも求人票出すたびに、ハローワークの職員の対応に腹立ってたんだ。…自分の仕事に対する誠実さのなさ、…簡単に言えばやる気のなさで(…詳しい事は書かないけどさ)。

 その投げ遣りな態度は直接、仕事を頑張ってする人を探してる僕のような人間と、ホントに直接、利害が対立してしまうからさ(…また今回も、するべき事されてなくて…)。

 仕事を全うしようとしない人間は、
 仕事を全うしない人間を呼び込むよ…。

 ハローワークの職員には今まで何十回も注意したし、それでも変わらなかったから。

 今、僕、思ってしまってるけど、今まで思えない、思わなかったけど、
 …人間は違っているんだ、人間は相容れないんだ、人間は本質のところは、通ずることは、ないんだろかな、…ないんだな、ないんだ…とね(ちょっと何言ってるんだろか自分でも…)。

 例えば公務員って、ラクして稼ぎたい、ラクして儲かりたい、って人がなる商売なんだろかな。…そう考えれば、僕の言う事なんて分かろうとするはずないもんね(学校の先生と消防士の人は、そうじゃないと思いたいけど)。

 人間って、通じ合わない人間には通じ合わないんだ…と、そう考えればラクなんだよ、…ホントに。
 でも僕は今まで、そう考えたくなかったんだ。
 通じ合わないって決めて諦めれば、ラクだもん。
 そういうラクを、追い掛けたくなかったんだ。

 そしてもう一つ、通じ合わないって決めるという事それは、人を差別する事につながるんじゃないかと思ってたからさ。
 …今まで僕、ここで、引っ掛かって、苦しんでたんだよ。

 でも僕も限界です。

 菩薩ってさ、世の中の人という人の、すべての人をすくわなければ、菩薩…自分自身も救われるのを拒否するっていう存在なんだって読んだことある(法華経の現代語訳を読むと、いろいろ書いてあるね。もちろん僕は、信仰持ってるわけじゃないよ。抽象としての菩薩に共感、というかカッコイイと思い込んでたんだ)。
 だから僕、人様に、ジブンニ、ハズカシクナイノカ! ベロカンデシネ! なんて言っても、究極はお前を救けるぜ、お前を見捨てないぜ、俺が何とかするぜ! と思って怒鳴ってた。

 でもね、俺の手に負えないなあ…とあきらめてもいるよ、最近。

 これが、オトナになるっていうことかな。
 青春が終わるってことなのかな(おいダガシっ、お前、44だぞ! …ハハ)。
 自己犠牲は…、ああ! 理想のまた理想らかも! これを受け入れると、新しい新鮮な、よい匂いの風が、そよそよと吹いてる広場に、ああ、出るのだろかな(…ヒニクかも)。

 そうして、これこそが、生き方変えるってことだろかな。
 たださ、変えるっていっても、すぐには変えられないろうね。ダイエットだって、リバウンドということあるもんね。…ゆっくりと、少しづつね。
 そして僕も、ちょっとは変わってきているの、自分でも感じているんだよ。

商売っ気は、どうしたら増える?

ハウスクリーニングや店舗清掃の仕事を手伝ってもらおうとして、また、新潟市の掃除屋さんの何軒かと会って喋ったよ。
 僕のやり方とか考え方を話したら、また、うちは出来ないって言われた。

 僕の作業は、細かすぎるみたい。…ああ、困りました。

 ただね、きのう会って話しした、一軒のある掃除屋さんの社長から、僕の行き過ぎた完璧主義を批判された。そして良い意味で商売っ気を出すことについても、言われたよ。

 それをすぐ僕ができるかどうかは、自信ないけどさ。
 いろんな意味で僕は、視野が狭いのかなと考えさせられたよ。
 その社長のやり方、ずるさに見えることは僕の視野の問題だろうか。

 今、自分に聞いて聞いて聞き続けているところです。

タイヤ交換したよ

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交換したタイヤを洗って、壁に立て掛けて干してるところらよ。

 三日くらいすると乾くから、乾いたら部屋の玄関に置きます。

 壁にタイヤの汚れが付かないように、タイヤと壁の間にタオルを折って、はさんで立て掛けておくがあよ。

 生き方変えて、几帳面と完璧主義から、少し脱却しているダガシでもさ、こういう細かい芸は、保って、やるんです、よ。

 僕が憶えてる一番早い新潟県の初雪は、12月1日なんだ。

増やして増やして進化形に

人生観が変わる、という言葉あるけど僕は、人生観が変わる、とは思ってないんだ。
 増える、と思ってるんだ。昔からね。

 人間の考え方が、変わるものじゃないだろし、変わるってことは、ココロがオカシクなることだと思ってる。

 変わるんじゃなくて、人生観が増えてゆく。
 自分の人生観が増えてゆくことが、人間としての成長だと思ってる。
 心のチャンネルというか、引き出しというかが、増えてゆくってことだろと思うんだ。

 脳が進化してゆくのって、新しい脳が出来て、それが、古い脳の周りにおおいかぶさっていくかたちなんだよね。
 人間でいえば大脳皮質っていうんでしょ。それが
人間らしさ、出してるんだよね。そうして生物としての古い脳も、大事に持ちながらね。

 …といっても、人生観増やすのも、大変らよね。
 死ぬ思いらよ。
 だっていくらか自分がコワレていくの感じるからさ。壊れて新しくなる…。

 そして新しい人生観見つけるのって、自分から見つけるもんじゃないんだろね。
 必ずといっていいほど、自分以外のまわりから見つけさせられるものだろね。
 強制的にね。
 良い悪いは別としてね。
 それが生き物の進化とも、関係していくんだろな(ちょっと大袈裟?)。

 今まで何十回も何百回も増やしてきたけど、今、僕また、大きく増やしてるところ、です。

丸くなることって敗北じゃないこと

 ちょっと前、藤沢周っていう作家の講演を聴きに行ったよ。
 藤沢周は、新潟市の内野の出なんだ。歳は僕より三つ四つ上だ。
 藤沢周がデビューしたての頃、僕、よく読んだんだ。
 何しろ書いてるもの読むと、俺と同じ匂いする、って感じしたから。
 簡単に言うと、ナマイキ&ワガママ&良い意味のキョウボウとボウリョクとヤサシサ&詩…かな。

 それが実物見ると、なんとまあ腰の低いオジサンだった。でもそれは、けっして悪い意味じゃないよ。
 言っていることの基本的な事はデビュー当時から変わっていないんだけど、というのはそれは、不遜な生意気発言なんだけど(自分の手で文学の世界を変えてやる、みたいなさ)、でもね藤沢、顔つきはニコニコ&サワヤカなんだ。

 聴きに来てる人たちは、初老の男女って人ばかりだった(平日の昼間だから当たり前かな)。講演後の質問で、主婦みたいな人が、
「私、芥川賞の『ブエノスアイレス…』の本しか読んでないんですけど…」と言ったのには、僕も吹きだしそうになったけどさ。
 藤沢周、やる気出ないんじゃないろうかと思ったけど、そういう人たちにも丁寧にしゃべって答えてるんだ。ユーモアを入れてさ。
 役者だ! と思ったよ。まさか作家の営業努力かな?
 それとも元からそういう人なんだろかな。

 藤沢周、こういう講演もしてるし、大学の先生もしてるって(僕、学校のセンセなんて商売するのは、表現者としては、ある意味の敗北なんじゃないろうか、なんて今までは少し思ってたんだけどさ)。
 ナマイキな小説だけ書いてて生活してるわけじゃないんだね。生活できるわけじゃないんだね。
 そうして、尖ってばかりじゃないんだな。
 そういうこと、理屈じゃあ分かってたんだけど、現実に現物を見せられると、実感したよ。

 その講演は、僕が留置場から出た、次の日だった。 

繭に入るということか

外に出るのが恐い。

 生き方変える、なんて事は凄まじいことなんだって実感してるとこ。

 人のきたならしさ見えて、自分のきたならしさわかって。

 そういうのに怒らないで、ただ見るなんてこと、今までしてこなかったから。

 ひきこもり。…このひきこもりは、必要だったと思いたい。

動きだすまでが、大変

きのう、部屋を片付けて、掃除しました。

 大掃除のつもりで掃除機かけたよ。

 まだ年越しまで、ひと月あるけどさ。

 自分の住むところ、ぜんぜん掃除しなかったからね。

 年末に、また軽く掃除すれば、ちょうどいいだろからね。

 しかし僕の場合、掃除しようと、体を動かしだすまでが、一苦労なんだよね。

 テレビでやってたマラソンを、ずっとつけながら掃除してた。
 高橋尚子が負けたところで、僕の部屋の掃除も終了したよ。

 部屋の中にホコリがなくなったら、呼吸がしやすくなりました。

北杜夫と僕と躁鬱病と11月

中学一年生の時、初めて文学の作家を読んだんだ。といっても小説じゃなくて、エッセイだけどね。
 どくとるマンボウってシリーズだったよ。…北杜夫だ。おもしろくて一発でハマったな。
 そこからだんだん、小説の方にも手が伸びてった。

 北杜夫って、躁鬱病なんだって。
 だから中学生の僕も、ソウウツビョウに憧れてしまってさ、なんとか俺も、躁と鬱の、交互の性格にならないもんかと願って、そういうふうに振る舞ってみたけど、…ならないんだね、ハハ。

 ああ、俺って、面白みのない、単純な人間なんだなあ、と思ったこと憶えているよ。

 でもね、35過ぎたら、冬11月の後半になると、夜早く眠くなるし、朝も起きるの遅くなったなあ。
 それって躁鬱と関係ないんだろうけどさ。むしろ、哺乳類の冬眠と、関係してるんだろかね。
 熊みたいなもんかね。

 北杜夫のおかげで、あれから文学文学純文学なんて本を読みだしてしまったけど、オトナになって自分が熊みたいに、哺乳類ってこと自覚できたんだから、まあ、良しとしようか。…それって、ぜんぜん文学と関係ないけどね。
 しかし冬眠体質なんて、あんまりかっこよくないなあ。

ハカナイモノは、子供の特権かな、大人は…?

シャボン玉を吹きたいな、
 とずっと思ってるんだけどさ、
 吹いてないんだけどさ。

 透明で、
 ふわふわ飛んで、揺れて、
 すぐ壊れて…さ。

 シャボン玉吹くのは、子供の特権かな。
 僕、子供じゃなくなったから、シャボン玉吹かなくなったのかな、母さん。

おもしろ人参でシチュー

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新潟市の農家からもらったニンジンです。おっきいね。
 こういうのとか、二股になってるのとか、出荷できない、面白いかたちのをもらったがあよ。

 これでシチューをつくりました。
 この人参とじゃがいもと玉ねぎを大きめに切って煮込むだけだから、簡単らね。

 僕、寒くなるとシチューをよく作るんだ。おいしいよ。
 栄養たっぷりのシチューで、季節の変わりめ乗りきれるだろな。
 母さんにも食べさせたいなあ。

ありがたさ感じて、嬉しさ感じて、

昨夜、TETSUYAさんから夕食ご馳走になったよ。
 ブログに時々コメントしてくれるTETSUYAさんだよ。

 僕の留置場帰りの、お祝いだって言ってくれて誘ってくれたんだ。
 TETSUYAさんの奥さんと子供さん達と、焼肉とビールや九州の焼酎をご馳走になったよ。
 恥ずかしながら、外食するのは何年ぶりだし、焼肉屋さんに行くのは十年ぶりくらいだったよ。美味しかったなあ!

 TETSUYAさんといろいろなこと話して、TETSUYAさんの奥さんともいろいろなこと話して、TETSUYAさんの子供たちのいろんな姿を見て…、
 僕が思ったのは、…家庭をつくるって、クリエイティブなことなんだな、という事だよ。カッコイイことなんだなって事だよ。

 TETSUYAさんもTETSUYAさんの奥さんも、誠実で頭のいい人だから、僕にとって勉強になることばっかりなんだ。
 だから僕も、すなおになれるんだと思うよ。

 TETSUYAさんの家庭を見ると、僕も結婚したいなあと思ったよ。子供が欲しいなあ、と思ったよ。…結婚も子供も、あんまり要らないなあ、なんて思ってた人間がねえ…ハハ。

 母さん、今、僕は、しあわせだよ。
 ありがたいです、本当に、本当に。

 TETSUYAさん、僕のクルマの帰りの運転代行まで手配してくれて…。
 ああ、ありがとうございます。
 僕の人生観に、良いものがまた一つ、増えます。

留置場に居るあいだに仕事の依頼

僕が留置場に入っていたあいだ、ハウスクリーニングの仕事の依頼や問い合わせが、何件か留守番電話に入っていたよ。
 メールもいくつか、いただきました。

 11月8日の夕方、帰った時、留守電聞いて、涙が出たよ。
 ああ、ありがたいなあ! と思ったよ。

 前よりももっと、頑張りたいな、と思ったよ。
 行きすぎの完璧主義にならないようにしながら、頑張るからね。

階段を登ってゆくと、さらに…

松本城の階段は、とっても急なんだ。

 そうして上の階に行けば行くほど、階段が狭くなるんだ。
上っていけばいくほど、そう思ってしまうのかもしれないけどね。

 きのうの夜、長野県出身の人と話題になった話だよ。

 階段の、段と段の間の高さも幅広くなっていくみたいらよ。

 高いところの上にいけばいくほど、そこから、登るのがむずかしくなってゆくんだね。

新潟市長は熱さと初心忘れずに

きのう新潟市長選挙があったね。
 投票率が40、7%だってさ。先回の旧新潟市長選挙よりは、ほんの少し上がったらしいけどね。それでもちょっと低いね。
 といって僕、先回の新潟市長選挙も、僕のそれまで通りに、行かなかったけどさ(だからあんまり人のこと言えないんだ…ハハ)。
 その市長選の後から、選挙の投票ってものに、行きだしたんだ。

 留置場の中で見せてくれた新聞に書いてあったんだけどね、…先の市長(というかまた受かった市長さん)篠田さん、言うこと聞かない職員を怒鳴りつけることもあるって。
 だから市の職員から煙たがられているって。
 市の職員からの評判は良くないって。

 ああ、そういう人に市長を、続けてもらいたい、と思ったよ(彼の政策には僕、反対のものもあるんだけどさ。特に意味の薄い合併にはね。でも新聞に書いてあった市長の態度が本当ならば、彼のその熱いハートに共感するからね)。

 だから、留置場の中で、不在者投票できるって聞いて、すぐさま手続きしたよ(万が一投票日までに出られないかもしれなかったからね)。
 そうして、留置場の中で、不在者投票した。
 投票日前にこれを書くのは、良くないのかなあと思って、今日書きました。

 業界の常識は、社会の非常識って言葉あるね。…この言葉と、市長自身の初心を持ち続けて、頑張ってほしいな。

タケシがテレビで怒らないのは?

きのう夕方、フジテレビ系列でやってたたけしの番組観たら、世もすえだ、とまた思ったけどさ(教育を扱ってたね)。

 不思議だったのが二つあるよ。
 今までだったら僕、「この馬鹿ども!」とテレビ観ながら怒ってたのが、あんまり怒りが沸かないんだよ(留置場から帰って今のところ僕の生活の中で、不正なもの、卑怯なこと見ても、留置場に入る前に感じてた怒りは、あんまり沸かないんだ)。

 もう一つは、たけしが全然怒らないことだ。
 あの、消火器事件起こした、張本人がさ!

 そういえばたけしが怒ったの、テレビで観たことないんだよね(むしろすべての何かをあきらめてるみたいに見えるけど…)。
 うーん、不思議ら…。

 どうしたらたけしみたいに、あんなふうにできるんだろか、知りたいんだ。…ただそれが、僕が求めてるものかどうかは分からないけど、本当にホントに、知りたいんだよ。

 そういえば北野武、映画監督でもあるね。
それが怒りを見せない理由と関係あるのかな?
 昇華、って言葉もあるからね。
 知りたいよ…。

ツッパリからの遅い卒業、できそう

つっぱり、は僕だと、ずっと思ってた。やせ我慢、とも。
 それが、男だと思ってた。

 人間の本能って壊れてるらしいけど、僕は、本能に基づく行為を、何とか制御したい、意識して押さえ込みたい、とずっと思ってきた。突っ張ってきた。
 それが人間としてカッコイイことだと思ってきた。やせ我慢することが、人間だけが出来る、価値ある事だと思ってきた。

 だけど、喰いたい、眠りたい、他にもう一つ…。
 いくらなんでも、最低この三つは、人間の、本能として、確実に残ってるなあ、と留置場に10日間入って、実感したよ。

 仏教は、この三つの本能を否定しながら生きよと教えてるように思う(もちろん僕の勝手な解釈だけどさ)。
 僕も、ある意味で、仏教の方向で頑張ってきた。
 だけど、僕という人間は、本能を完璧に押さえ込むこと、出来ない人間なんだと、分かったよ。

 刑事さんにも言われたけど、頑張りすぎなくてもいいんだ、とね。
 まあ、今すぐ三つの本能むき出しで生きるのは、それこそ逮捕されてしまうし、本能オール肯定で生きるのは、やっぱり僕の趣味じゃない。
 でも、本能は自分も持ってるんだ、誰でも持ってるんだ、それは善いも悪いもないことなんだ、素晴らしい自然なことなんだ、と素直に思えるようになった気がするよ。

 だから、何にでも、もう少し、いい意味で余裕を持って、生きる生き方、大事らなと、思ったよ。…もう少し、ゆっくりペースでね。
 44歳、突っ張りも痩せ我慢も、そして行きすぎた完璧主義も、卒業できそうらよ。
 遅い卒業だけど、だからこそ、うれしいよ。

介護、直接じゃなくても、少しずつ

今日、ホームヘルパー会社を、辞めることになったよ。
 やっぱり、理由はどうあれ(…もちろん本当に反省してるよ)、人をひっばたいて逮捕されて留置場に入れられたら、あたりまえだもんね。…はあー。
 そうして留置場に入ったことによって、大事な利用者さんのところにお世話に行けなくなって、利用者さんに迷惑かけてしまったんだもんね。
 そのことによって、介護会社にも社長にも迷惑かけてしまったんだもんね。

 でもね、僕を遣ってくれてた介護会社の社長、前にも言ったけど、人間としての大切なもの持っていると思うよ。
 僕のために3時間も時間取ってくれて、今回の事、僕と話し合ってくれたんだ。
 憎むなんてこと、当たり前だけど、できないよ。
 憎むどころか、また尊敬してしまうくらいだよ。

 でもね、福祉や、介護ということ、僕は止めないよ。そうして勉強は続けてゆくつもりだよ。
 僕の出来る範囲でもいいから、僕にしか出来ないことでもいいから、何らかのかたちでもいいから、少しずつやってくよ。…少しずつ、少しずつね。そして、ゆっくりとさ。

留置場での一つ目の感謝の発見

 留置場の部屋に入ったのは、夜中の12時近くだった。
 二人部屋で、三畳で、鉄格子付きの金網の扉だ。オリだね。

 部屋には先に、ひとりの人が寝ていた。どんな人なんだろうと、怖かったよ。
 どんな犯罪を犯して、どんなに凶暴で、意地悪で、ずるくて、…と、その人のことが怖かった。
 夜中に突然、何かされるんじゃないか、なんてことも思った。

 僕は僕にあてがわれた布団を、その人の脇に空いている一帖分のスペースに、音を立てないように敷いて、もぐりこんだよ。

 寝る前に警察の職員から、何かの理由なんだろうけど眼鏡を取り上げられて、よく見えない目で天井を見ていたら、涙がこぼれた。
 さびしい、って思った。ああ、さびしいって心底思った。突然逮捕されて(だって俺は悪いことはしていない、むしろ善い事してると思っていたんだからさ)、そうして生まれてはじめての手錠をかけられて、着ていた服を脱がされて、汚いジャージに着替えさせられて、持っていたものすべてを取り上げられて、外部との連絡をすべて遮断されて、留置場の暗い部屋に入れられて、知らない怖い誰かのとなりに横にされる…。
 自分がばらばらに砕けて無くなってゆくみたいだった。…さびしいっ、さびしいっ、俺は一人なんだ、って思ったよ。

 その時考えたんだ。

 僕は今まで、「人間は一人じゃ生きてゆけない」なんて言葉、心の底からは実感できなかった。
 ただの言葉の遊びというか、生きてゆくことにとって、それほどな意味はないんじゃないろうかと思ってた。

 だけどそのとき、実感したよ。
 僕の隣の布団の中で、その布団をかぶって、本当に眠っているのか眠っている振りしているだけなのか分からない、どんな人相なのか、どんな性格なのか、どんな生き方してきた人間なのか、まるで分からない生き物が、少し腕を伸ばせば触れられる距離に真夜中に暗がりに横になっていることの不思議さ…。
 この人間が、どんな凶悪な事件を起こして留置場にいるのだろか。どうして僕のすぐ隣にいるのだろか。今にも僕に飛び掛ってきて、首でも締められるかもしれない…。怖い、と思ったよ。

 でもね、そのとき、また思ったんだ。もしこれが、僕が一人だけで居て、この狭い鉄格子の部屋で横になっていて、今のこの心細さに耐えられるだろうか、ってね。
 一人でいる事が本当にさびしい…、なんて生まれて初めての感覚かもしれない。

 だから、僕の隣で寝ている人が、どんなに凶暴でも、どんなに意地悪でも、どんなにずるくても、どんな悪いことしてきたとしても、…ここに居てくれているだけで、僕のそばにいてくれるだけで、僕はありがたい、と思ったよ。

 自分以外の誰かが居てほしい。…だったら犬でも猫でもよいのかな、と考えた。へんだけどさ…うん、それでもいいと思ったよ。
 鳥ならどうだろう?…まあ、いいかな。
 トラとかライオンはどうだ? オリの中に入れてくれれば、一緒に居てほしいかな。
 ヘビやトカゲは? …嫌だな。
 馬鹿馬鹿しいかもしれないけど、そんなこと考えた。

 そうして、思ったのは、犬や猫でもいいんだけど、でも、どんな悪い人でも怖い人でも、今この瞬間、そばに居てほしい存在は、やっぱり人間が、いいな、と。

 人間が、人間が、人間がそばに居てくれるありがたさ、おおげさに言えば、この地球上に、人間が生きていてくれるうれしさ、みたいなもの感じたんだよ。…そんなこと思うなんて、僕も馬鹿だねえ。ハハ。

 それが僕にとっての、「人間って、一人じゃ生きてはゆけない」という言葉、実感できた瞬間だった。

 ただ、それだけのことなんだ。それだけのことは、普通だれもが実感していることなんだろうけどさ、僕には44年間で初めて知ったことなんだよ。…遅いね。
 でもね、遅いけど、やっと実感できたんだから、…嬉しいよ。ありがたいよ。これが、幸せっていう感情かな、なんてそのとき思ったよ。
 これがね、ダガシの、留置場での一つ目の感謝なんらよ。おかしいね。

手紙出せなかったのは…

 母さん、手紙出せなかったのは、逮捕されて、留置場に入れられてたんだ。

 10月28日の夕方、態度の良くない男子高校生5、6人とケンカして、その内の3、4人をひっぱたいてしまったんだよ。

 そうしたら、その場で警察官が来て(高校生が携帯電話で110番したんだけどさ。その時に僕も「警察を呼べ!」なんて言ったからね)、それでパトカーで警察署に行ったんだ。

 その夜、留置場に入れられた。

 そうして今日、11月8日の夕方、出られたんだ。
 後で詳しい事は父さんに聞いてください。罰金払ってくれたよ。ありがたかったです。

 高校生も僕も、怪我はしてないから、安心してください。

 生まれて初めての留置場で(当たり前だよね…ハハ)、いろいろ考えたよ。悟りもいくつか、ひらけたぞ(…まあそれは、誰もが悟っている事を遅まきながら僕も実感できたんだけどさ)。
 さあ、今夜は、このくらいで、帰って寝ます。久しぶりのビールかな…。
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