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徒然のブログ

つれづれの思いなどを

海から生まれる光

 僕、海からあがる初日の出、見たことあるんだよ。
 神奈川の藤沢市にいた時、バイクのツーリングクラブに入ってたんだけど、そのクラブ、毎年元旦の朝に、オートバイで初日の出を見に行く事してたんだ。
 場所は伊豆の真鶴って海岸だった。まなづる。

 大晦日の夜中二時くらいにみんなで出発して、途中、混雑している西湘バイパスという海沿いの道で、地元の暴走族たちを追い抜いたり、寒くて寒くてカッパ着たりしながら、走ったなあ。

 海岸に着いたら、誰かが持ってきてくれてた小さいバーベキューセットでお湯沸かして、カップラーメン食べながら、太陽出るの待ったよ。腕時計見ながら、まだかまだかとね。

 海の向こうがだんだん明るくなってきて、水平線が少しずつ見えてきて、そうして太陽の頭の先、テッペンが見えたのが、6時45分頃だったの憶えてるよ。

 僕、そのとき、太陽が海から上がってくるの初めて見たよ。だって僕、日本海側で生まれ育って、それまで、海に沈む太陽しか知らなかったからね。

 海から生まれる太陽ってさ、オレンジ色じゃなくてピンク色なんだよ。
 沈む太陽って、熱くなってドロドロに溶けてゆく色に見えるんだけど、海から生まれてくる太陽は、冷たくて硬くて、何だかパキパキしてて、ピンク色に体がシマッテいる、そんな感じに見えたよ。

 海から誕生する陽の光、それ一回しか見てないんだけどさ、今でも忘れてないんだ。
 ただ、夜中にバイクで走るわけだから、あんまり寒くてね、そのとき大人になって初めて、モモヒキはいたんだよ。
 内緒だけどあれ以来、寒いときは、時々はいてるんだ。

明かり掃除で得する年越し気分

 子供の頃、正月の部屋、というか大掃除した後の部屋で、夜、ご飯食べてる時いつも感じたのは、この部屋こんなに明るかったかなあ、ということだったよ。
 これが年越しって気分なんだろうな、と思ったこと憶えてる。
 なんでかなといつも不思議だったけど、それ、お掃除した事の精神的なものだったんだろなと思ってたけど、違うかもね。

 ハウスクリーニング屋さんになって思ったのは、それは蛍光灯の傘の、虫の死骸やゴミや汚れを取って、光がよく通るようになったからだろなと、思ったよ。
 障子紙を貼り替えたり、蛍光灯のタマを取り替えたりすれば、もっとピカッとした感じするだろうけどね。

 そして僕の部屋の蛍光灯のカバー、ところどころ黒い染みみたいなのがあった。
 だから僕、部屋の照明器具のカバーはずして、掃除したよ。
 やっぱりハエなのか蚊なのか、小さな虫が何匹か、入っていました。
 キレイにして元通りカバーつけて、電気付けて下から見上げたら、ああ、ちょっと得した気持ちになったよ。
 でも、僕の年末の大掃除は、明かり掃除だけなんだけどさ。…ヘヘ。

戒語は良寛さんに叱られてる気分

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 この本、読むのに三ヵ月くらいかかったよ。良寛の戒語のこと書いてある。
 一冊の本を三ヵ月もかけて読むなんて初めてだけど、だって、書いてあることはね…、早口はダメ、とか相手を理解しなさい、とか他にもいろいろ…僕の出来ない難しい事ばっかり書いてあるんだから。

 ことばのおほき
 ことばのたがう
 ものいいのことごとしき
 くちのはやき
 かしましく物いふ
 とはずがたり
 さしでぐち

 ぜんぶ僕のことだよ。…はーあ。ハハ。
 だから読んでいると、良寛さんに叱られているような気になって、読み進むこと出来なくなるんだよ。
 それでも最後まで全部読もうと思って、つっかえつっかえしながら、終わりまでたどりつきました。

 だけどね、全部読んだからといって、僕が良寛から誉められるような人間になったかというと、そんなことないんだけどさ。
 たぶんこれからも、ときどき戒語読んで、良寛さんに叱られながら、生きていくんだろな、と思うよ。

飛び出し、自動車の運転、気を付け

 今まで車を運転してきて、人をひきそうになったこと2回ある。
 そのどっちも、歳のいったお婆さんだったよ。
 一人の人の場所は病院の前だった。もう一人は、よく憶えてないけど、住宅街だったかな。

 そしてそのどっちの人もたぶん、認知症のお年寄りだろうと思う。そういう感じだった。僕の前の仕事柄、その人の目を見れば、分かるよ。

 どちらのお婆さんも、僕の車の前に飛び出してきたんだ。
 自分がどこを歩いているのか分からない気持ちで、というか、そんなことそれどころじゃないって感じだった。

 ひとりのお婆さんは、自転車に乗ったお爺さんを追い掛けて車道に飛び出してきたんだ。
 最初、お爺さんの自転車が飛び出してきて、そのすぐ後で、空中を睨みながら脇目も振らずに、お爺さんの自転車追い掛けてきたお婆さん。
 そのお爺さんも、クルマになどお構いなしで飛び出してきたから、僕は急ブレーキかけてやりすごした。お爺さんをひかないですんだ、やれやれと思って発進したら、またすぐお婆さんが出てきたんだ。また慌てて急ブレーキ踏んだよ。
 二人目のお婆さんもたしか、そんなふうだったと思う。

 最近、というか昔から、痴呆症の老人が徘徊したりでや、精神のやまいの人が自殺の気持ちでやで、クルマや電車に飛び込みするのあったよね。きのうも、そういうニュースあった。

 僕、精神病院に勤めていた時、死にたいからクルマに飛び込もうと思ってるんだと、患者さんからよく相談された。
 死なないでほしい、と言う事と同時に、クルマを運転してる人に、迷惑かけることにもなるんじゃないろうかと、そういう事も言った覚えあるよ。

 そして、それだからといって僕、飛び出しや飛び込みに、何をどうすればいいのか分からないんだけどさ。アイデアあるわけじゃないんだけどさ。…ごめん。
 ただね、そういう事故の時の、運転してる人は、かわいそうだなあと思う。運転してる人の責任を追求するの、ちょっとしたくない、と思う。といって、ひかれた方が悪い、とも声を強くして言うこともできないし…。

 んー、分からない。でも、その事あってから僕、クルマ運転するの、もっと気を付けるようにはなった。
 今のところ僕には、そのくらいしか、できないんだ…。

拾われ子

 僕が生まれたところ
 橋の下
 その橋の下にひっそり生えてる
 一輪のタンポポの
 花びらの上
 その朝つゆの中から生まれたと
 誰かが言っていた

 ゴメン。馬鹿な事を…考えて。ワハハ。

たまには真夜中に書きます

 いま真夜中だけどさ。
 TETSUYAさんの会社の忘年会に呼んでもらって、さっき帰ってきたところです(ホントは随分前に帰つてきてたんだけど、夜中に、仕事の問い合わせのメールあって、どうしてか目がさえてたから、その返事書いてたら遅くなったんだ)。

 TETSUYAさんのところの忘年会、二次会にまで連れていってもらって、本当に、ありがたいです。
 その二次会のお店、久しぶりに飲み屋さんといわれるお店に行ったけど、えーと、高みからもの言うようなカタチになるかもしれないけど、新潟市でも、客商売をつらぬいてるお店があったんだということ知って、安心したというか、嬉しかった(飲み屋さんなのだから当たり前なのかな)。
 でもさ、さすがTETSUYAさんが贔屓にしてる店だなあと思ったよ。そしてこれまた当たり前なんだろうけど、仕事熱心なスタッフさんばかりがいる店で、僕、とても勉強になった。
 自分の仕事のことにふりかえってみて、自分の持ち場持ち場で仕事を貫こうとする、その人たちの姿勢、間近に接して、感激したくらいだったよ。

 そういう事を見せてもらって、感じさせてもらって、やっぱりTETSUYAさんは、さすがだと思ったよ。

 だから僕も、問い合わせのメールに、すぐ返事書こうと思って、書いたんだ。
 そうしたら、朝方になってたね。これから、寝ます。

クリスマスは毎年、僕自身を見つめる日

 子供の時は、クリスマスのケーキは毎年二つだったね。
 僕の誕生日がクリスマスのちょっと前だから、二十四日の夜のケーキと、僕の誕生日のケーキと、同んなじケーキ出てきた覚えある。
 その頃はもう、それを不思議だとは思わなくて、クリスマスも、誕生日も、ケーキを食べるものだと思ってた覚え、あるよ。

 そして誕生日がきて、僕も45に、なったんだねえ。
 まるでそういう自覚ないんだけど、自覚がないことがいいことかどうかも分からないんだけどさ。
 いま自分がいくつのつもりで生きてるかというの、言うと怒られそうだから言わない。呆きれられそうだからね、…ハハ。

 クリスマスって、イエスキリストが生まれた日なんだよね。
 イエスだってもあの人、いくつなのかどうか、分からない人だしさ。
 たぶんいつも、突っ走ってた人なんだろなと、勝手に想像します。
 僕自身はね、イエスほど走ろうとは思ってないよ。
 むしろ今は、走るのゆっくりで、周りの景色楽しみながら、噛みしめながら、歩こうかなと思ってる、ところらよ。
 そしていつの日か、歳相応って僕に、なれればいいのかな、と思うんだ。

ダガシさんと言ってくれた

 僕のことをお客さん方は、
「ダガシさん」
 と呼んでくれる。(もちろんホントはダガシじゃなくて、僕の本当の苗字だけどさ。ホントの名前は、ここからリンクしてある昭美堂のお知らせブログに出してあるね)

 でも、お客さんの中には、僕を、「昭美堂さん」、と僕の仕事の屋号で呼ぶ人もいたんだ。

 独立したばっかりの頃は僕、屋号を広めようと思ってなのか、建物のクリーニングでお客さんのとこ行くと、お掃除の昭美堂のダガシですって言ってたんだ(今でも言ってるけどさ)。
 でも、独立して一週間くらいしたらね、やっぱり自分の名前呼んでもらった方が嬉しいな、と思ったよ。
 お客さん方も、どうしてなのか、僕のほうが、この人と付き合いたいな、と思うお客さんは僕のことを、「ダガシさん」と呼んでくれるんだ。
 逆に、この人とはチョット…と僕が思ってる人は、僕のことショウビドウさん、と呼んでたな。

 呼んでた、と過去形で書いたのは、ショウビドウサンと言う人とはもう、付き合ってないんだ。
 どうしてかというと、僕を屋号で呼ぶ人、えーと…、簡単に言うと、威張るんだ。
 威張るうえに、というか威張る人に限って、正規の料金を出したがらないし、自分の言った約束守らないんだよ(組織のトップがね。社長とか先生とか言われる人がね。僕、一時期、新潟市の人が嫌いになったよ)。
 だから、今は、そのお客さんたちの仕事はしてない。
 あの頃は僕、今よりもっと、ナマイキ上等! で生きてたから、そういうお客さんたちと随分、口喧嘩したなあ、…ハハ
 ただ、ダガシさんと言ってくれるお客さんでもね、そこのトップの社長さんたちはダガシさんと言っても、スタッフさんたちは僕を昭美堂さんと言う人多いよ。たぶん僕に名前呼ぶの遠慮してるんだろなと思うんだけどね。そういう遠慮は無用だけどね。

 それがでもね、中に一人だけ、ずっと僕のこと、昭美堂さんと呼ぶ人がいるんだよ。
 その人、新潟市のあるお医者さんの奥さんで、めずらしい人で僕よりテキパキしてる人で、その医院を切り盛りしてるんだ。
 お客さん、というか患者さんへの対応、すごく親身で、同時にテキパキしてて、いつもハツラツとしてて、その奥さんが動くと、奥さんの周りに何か光るオーラが一緒に動いてるみたいな、そんな人なんだよ。
 だからそのせいもあるんだろけど、いつもその病院、患者さんで混んでるんだ。

 その奥さんが、というかその奥さんは、僕のこと、昭美堂さんと呼んでたんだよ。
 威張るなんて微塵もない人だし、いつも笑ってて元気で、そして丁寧な人だし、よく仕事の依頼で声かけてくれるし、病院に行くと、お客さんへの応対を僕が勉強できるし、…僕は尊敬してる人なんだ。
 それなのに、ダガシと呼んでくれない…。あーあ、と思ってたんだよ。

 それがね、こないだ、そこの自宅の定期ハウスクリーニングで伺って、やっと初めて僕を、ダガシさん、と呼んでくれたんだ。
 どうしてかは、たぶん僕の仕事の中身に、共感してもらえたからだと思う(具体的な事は、また僕の仕事の自慢になるから、書かないけどさ)。
 その日は実は僕、奥さんに、そろそろ僕をダガシと呼んでもらえませんか? と言おうと思ってたんだ。
 そうしたら、帰り掛けに僕に、ダガシさん、と言ってくれた。僕、奥さんと握手したいくらいだったよ。しなかったけどさ、…ハハ。

 やっぱり人って、その人の名前で呼んでもらうと、嬉しいのかなあと思うね。
 ただね、告白すると、僕、人の名前憶えるの苦手なんだ。ああ、これって俺が、たんにゴウマンでワガママなんだろかと、いつも自己嫌悪になるんだけどさ。
 だから人様の名前とか、お客さんちの犬の名前とかでも、忘れないように手帳にメモして憶えることもあるんだ。

 実はそのお宅の犬の名前、ちょっと忘れてしまったから、次回、それとなく奥さんに聞こうかと思ってるんだ。…恐い。ああ、僕は間抜けです。

クルマの運転、楽しいと思えるギア

 僕、三年前まではクルマ運転するのが嫌いだったんだ。
 そのとき乗ってたのはギアがオートマチックのだった。もちろん好きなクルマだったし、まあまあ自慢のクルマだったけど、一時間も走ると、どっと疲れてたんだ。

 バイク乗ってたから、バイクと比べて、屋根があることとか、クルマのような図体の大きなモノ動かす感覚のこととか、バイク操るのと比べると運転中、じっとしててカラダ動かさないこととかで、ツカレルのかなと思ってたんだ。

 それが仕事に使うためのクルマにしたら、運転すること自体が面白いんだな。
 何が違うんだろと思ったけど、…乗用車と違って背の高いクルマだから、上から見下ろす快感かなあ。
 バイク乗らなくなって、それしか乗り物に乗ることないから、楽しいのかな。
 仕事で運転するわけだから、気が張ってるからだろかな。

 他にも色々理由あるだろけど、一番の理由は、ギアを変えながら走る楽しさじゃないのかなと、思うよ。
 走りながら、何速のギアを使えばいいかなと、簡単なことだし当たり前のことなんだけど、かすかに考えながら運転するから、退屈しないんじゃないだろか。
 そう、退屈しないってことが、疲れないことかもしれないね。
 バイクほどじゃないけど、ギアを入れ替えたり、手足四本全部使って走るのは、乗り物を運転してるという満足感、楽しめてるのかな。オートマの車は、極端にいえば使うのは右半身だけだからね。
 世の中いま、オートマの車ばっかり流行ってるけど、マニュアルのギアも、いいもんだなと思うよ。

コミカルな美人は結婚拒否症候群?

 僕の好きな女(ヒト)二人…(顔のことだけのことだけどさ)
 阿川佐和子と沢口靖子、
 両方、美人、と初めて見たとき思った。母さんには負けるけどさ、…ハハ。

 さっき思ったんだけどね、両方、結婚してないんだ。
 僕の好きになるヒト、結婚したがらない人なんだろかって。
 そして僕もだし。カヅ子もだし。

 でもね、たぶん、いい人と誰かと一緒にいたい、と思ってると思うよ。
 たぶん、ね。
 そして、自信家でもあり小心者でもあるんだと思う。
 そうして、いい人なんだと、思うよ。
 少なくともコミカルな部分もってる人だろな。だから僕、好きなんだ。本当は、顔じゃなくてね。見た目じゃなくてね。

 実はそんなこと、阿川佐和子のエッセイ読んでたら、思ったんだ。

クラクション鳴らすのも鳴らされるのも

 師走になると気が立つ人ふえるのかね。
 クルマ運転して交差点で聞くのは、パパーとかパーパパパーパーとかクラクションの音が響いてるよ。
 イライラしてるんだなあ。夕方すぐ陽が落ちるし、暗い中で道はクルマで混んでるからね。

 僕の方は今、あんまりイライラはしないんだけど、それはもしかして感受性の力落ちてるのかもって不安あるけどさ、まあ今はそれも仕方ないのかなと肯定してる。
 でもホントは、クラクション鳴らす人の気持ちも分からなくもないんだけどね。運転でも、無神経な人、多いからね。…僕も実は、人にムシンケイなこと言ってる事もあると思うよ。そしてそのすぐ後にいつも、反省のつもりなのかどうか、落ち込むんだけどさ。

 そうしてさ、運転の事だけじゃなくて、人様に迷惑かけないように、もし掛けてしまったら、素直にすぐ謝るように、やわらかく生きたいな。

ものを丁寧に扱う事父さんに感謝

 僕の扇風機は、もう25年以上使ってるものだよ。
 その扇風機につなげてるテントウムシ型タイマーも、同じ時期に買ったの。
 洗濯機は15年、テレビは8年と、電気製品は、もつね。

 それたぶん、丈夫ないいものに当たったんだろけど、もうひとつ僕が小さい頃から、道具やものを乱暴に扱うと、すぐ父さんから叱られたから、知らず知らずに丁寧に使ってるんだろな。
 僕としては、それほど丁寧に扱ってるつもりないんだけど、何かものを、ガチャンと放り投げて置くのは抵抗あるし、何かのボタン押すのも、無意識に壊さないようにって、押したり引っ張ったりしてるのかもね。

 たださ、壊れないのはいい事なんだろけど、新しい機能ある電気製品の事、知ること出来ないかもね。
 いや、そんなことは知りたかったら自分で調べればいいのだし、それよりやっぱり、ものが長持ちするのはいいことだよね。
 そして、ものを丁寧に扱うのは、カッコイイことだと自己満足してるよ。
 僕いつも、自己満足は醜いことだと思ってるけど、丁寧に扱うっていう、この自己満足は、自己嫌悪にならないんだ。
 これは、父さんに感謝かな。

漂白剤ってワックス溶かす

床のノロウィルスを消毒するには、塩素系の漂白剤で拭くのだそうだね。
 だけど、床のワックスは漂白剤で溶けるから(漂白剤はペンキも溶かすんだよね)、沢山の漂白剤で拭いたところは、乾かないうちは、いつまでもヌルヌルしたままだろうな。カビ取り剤でも同じだけどね。本当は真水でも、半日くらい湿らせておいただけで、ワックスって溶けてしまうんだけどね。
 それにワックスが溶けたところは、ワックスが剥げるわけだから、色やツヤがマダラになるね。消毒のためには仕方ないんだろけどね。

 大事な事は、ヌルヌルしたままだと歩くのに危ないから、漂白剤で拭いてそれから水拭きした後(ワックスを拭いた布は、すぐ水洗いしないとワックスで固まるよ)、ワックスが溶けてぬるぬるしてる場所を、エアコンや扇風機で風おくってすぐ乾かすか、目印し置いて、乾くまでそこを通らないようにした方いいだろね。
 それと、溶けたワックスの上を歩くと、靴の裏に溶けたワックスが付いて、そのまま他の場所を歩くと、その付いたワックスが、他の床の上に付いてしまって、足跡型に汚れるんだ。それってすぐ拭き取らないと取れないんだよ。

 知らない人いるかもしれないから、いちおう書いときます。

体は、会いたがってるのか

ノロウィルスが流行ってるっていうけど、まだ僕には実感ないんだ。
 可笑しいほど胃腸が丈夫なせいかなと思ってたけど、新潟市にはノロ…が来てないみたい。
 いや、お客さん方たちは、お腹の風邪ひいたという人も何人かいるから、新潟市にも、ウィルスいっぱい、やってきてるんだろね。

 ノロに効くのは塩素系の洗剤なんだってね。塩素系というのは、つまり、えーと、次亜塩素酸なんとかっていうんだけど…、忘れた。
 母さんも知ってるろうけど、まあ簡単にいえばカビキラーとかパイプ貫通剤とか漂白剤のことだよね。殺菌作用があるからさ。菌であるカビを殺すんだからね。僕、掃除屋さんだから知ってるんだ。

 ということで…ということででもないんだけど、新潟にノロが来てるかどうか僕、牡蠣を食べることにしたよ、…ハハ。
 新し物好きのダガシなのに、ノロってのに出会わないのは、なんかオクレテルみたいな気がするんだな。
 といって小心者でもあるダガシとしては、生、ナマは勘弁してもらって、きのう独り鍋に入れて、食べた(ちょっと矛盾してるかな)。

 さあ、ノロ…に出会うか会わないか。
 会いたい気もあり、さりとて会いたくもなし…。
 でも、ノロと牡蠣は、あんまり直接は、関係ないらしいけどね。

百薬の長は良いいみの呑気さ作る

 世間の人の大半は、ビールを2本飲んだぐらいの気持ちで生きてるようだ、なんて意味のこと書いてたのは太宰治だったな。
 僕、十七、八のとき読んで、生意気に納得した覚えあるよ。
 今、四十四の、酒に弱くなった自分を思うと、昔に比べたら、ビール2本分だと相当いろんな事に、どうでもよくなってるかもしれないな。だって太宰治って言葉というか名前、自分から出せるようになったんだから。
 それに僕、太宰が死んだ歳を、とっくに追い越してるんだもんね。

 でも、ビール2本で、完璧主義というか自分への意識ちょっと脱いでさ、らくーに、少しだけらくーに物事考えられるんなら、呑むのもたまには、こころのためにはくすりかなあ。

もったいながり…輪ゴム、白い紙

 輪ゴムを捨てられないで、入れ物にためてる。
 裏が白い紙も捨てられないで、メモ用紙にとっておいてる。

 でも、輪ゴムでトめるもの、そんなにないし、メモ紙もそんなには使わないんだ。

 だから輪ゴムも白い紙も、たまる一方なんだよね。

 古くなった輪ゴムは切れやすくなるから、あっても困るんだけどね。

 でもさ、そのままポイポイと捨ててしまうよりは、いいのじゃないかなと、思うんだけどさ。

 なぜ僕がそういうのを捨てられないのかは、母さんも、ばあちゃんも、やっぱりいろんな箱や袋や紙なんかを大事にして、とっといたのを見てきたからだろな。
 まあ、そういうのがあることで気持ちが落ち着くんなら(僕も含めてね)、いいのじゃないかなあ、と思うんだ。

怒らなくなって疲れるんだけどさ

 さいきん僕、実際に変わってきている実感、あるよ。
 人のきれいじゃないとこ見ても、そしてそれが自分に直接降り掛かっても、怒らなくなってきてる。
 正確には、怒らないというんじゃなくて、怒るのを、一旦やめてるって感じ。制御してるって感じ。
 いや、制御じゃないな。
 怒ろうとすると、…うーん正直言うと、一瞬怒りを感じる人のこと、僕にとってどうでもいい存在だと思い込もうとして、怒るエネルギー使わないようにする…、そういうふうに制御する、って感じ…かな。

 そういうの、ずっと卑怯だと思ってたけど、ズルイと思ってたけど、許してください。菩薩とは、正反対の行為だろかな。だろね。…勘弁してほしい。

 そしてそういうふうに行動するの、かえって疲れるんだけど、今、スポーツの練習だと思ってやってる。
 練習は試合のつもりでヘトヘトにならなきゃだし、試合は練習のつもりで、らくな気持ちでね。
 しかし…、この場合の本番の試合って、何だろかな。

ダンスしてる字…リズムに乗って?

20061215081637
お客さんとの打ち合せに、こういうの書いて、セブンイレブンから、お客さんのとこにFAXすることもあるんだ。
 そういう時は普段へたな字の僕も、丁寧に書くんだよ。
 でもいくら丁寧に書いても、これくらいなんだけどね、…ハハ。

今迄の人生で注意された事と転機

 いちおう、と言うこと。
 では、じゃなくて、じゃあ、と言うこと。
 上司の椅子に、無断で無闇に座ること。
 結論から報告せずに、理由から喋りだすこと(うまくいった時はその逆なのに)。
 両手を後ろに結んで、呑気に待ってる姿。
 頭というか首だけちょこんと下げて挨拶する態度。
 早口。
 速く字を書くこと(丁寧にゆっくり書きなさいと)。
 早飯(周りの人との会話を楽しみなさいと)。
 猫背。

 僕、いろんな人にいろんなことを、注意されてきたなあ。
 まだ他にもいろいろ…、いっぱいあるけど忘れてる。
 直ってるのもあるし、続いてるのもある。
 でもさ、注意してもらえるってことは、幸せなことだと思います。ありがたいよ。僕、注意されたこと、頑張るよ。

 母さん、この注意のことと関係ないんだけどね、きのう仕事で、今までより更に頑張りたいと思える事ありました。
 人のありがたさ、感じています。
 K先生、どうもありがとうございます。ダガシは、もっと頑張りますよ。これからも、宜しくお願いします。

来年も再来年もそのまたずっと…

カレンダーが、あと一枚になったね。

 その一枚ももう、半分すぎてるのかな。

 でもね、来年のカレンダーは、あるんだ。
 2007年。平成十九年、二十年、百年…

 またカレンダー、めくってくんだ。一緒に。ずっとだよ…

ボタン押し間違えると消えて

だいたい夜、今頃の時間に母さんへの手紙書いてるんだ。
 携帯電話のメールでね。
 思いついたこと書いていくんだ。
 でもね、携帯だとボタン押し間違えて、それまで書いてた文章、ぜんぶ消してしまうこと、いっぱいあったよ。
 実はさっきもあったんだ。
 そういうときはね、ぜんぜん別の話を書き始めるんだ。
 いままで書いてたの、どうしてか忘れてしまうからさ。
 そのこと今、書いたよ。…ハハ。

誰にでも、誰かを助ける事はできるし、それは尊いこと

 最近、障害者自立支援法に関係したニュース多いし、ブログにもいろんな人が書いてるね。
 障害者がいる施設が、支援法で利益が少なくなって、やってゆけなくなりそうだから、閉めなきゃならなくなるかもしれない、なんて言っている。
 職員の給料を減らせばいいのじゃないろうか?
 人を減らせ、とまでは言わないけど、高い給料の人から、少しずつ減らしてゆけばいいのじゃないろうか?

 そして、障害者の人が施設に仕事をやりに行くのに、節約のために自分で弁当を持ってくるようになった、とテレビで言ってたけど、それ、当たり前だろ。…どうも僕からすると、トンチンカンなこと言ってるように聞こえるんだ。わがままに、聞こえるんだ。

 テレビ画面で見る施設の建物は、新品でピカピカだった。それを建てる必要、あったろうか? 税金から、建設屋さんの売上に貢献しただけでないろうか?
 ハウスクリーニング屋が言うのも何だけど、住むところなんて、ホコリやゴミがあったって、死なないもん。ちょっとぐらい汚れていたって、生きてくのには大丈夫だから。ちなみに何日か風呂に入らなくても死なないよね。
 といって、掃除しなくてもいいと言ってるわけじゃないよ。清潔は大切だよ。…僕の言いたいのは、一見ピカピカしてるように見えても不潔なことって多いし、ピカピカした新築の場所でなけりゃ障害者の人がいられないなんて事はないろう、ということなんだ。
 少なくとも、建物が新築で、備品も新品でなければならないなんて、チガウと思う。だって、そこで何かを営業してるわけじゃないし、誰か不特定多数の人に来てもらって、サービスを提供してるわけじゃないもん。そういう場所なら、ピカピカに、それこそ非日常的なキレイさに、させる必要あるだろうけどね。

 節約しようとしないのは、昔のバブル気分だし、浪費している政治家たちと、根っこは同んなじらろうな。
 だって、既得権益は離さないっていうんだから。既得権益は、給料の額もだよ。人の数もだよ。
 買ってしまったものはショウガナイから(捨てるのももったいないから)、光熱費とか水道代とか、節約してほしい。民間企業は、そうしてるよ。
 ワーキング・シェアって言葉あったけど、一人一人の給料減らせば、いろんなところで節約すれば、施設はやってゆけるだろうと思うんだ。
 いや、やってゆかなければ、ならないよ。
 金がないから、できませんから、やめますじゃあ、それこそ、官僚や政治家と同じだろうな。

 大体、施設に金をかけすぎてると思うよ。小学校や中学校や、そこらへんのアパートや、空いてる民家でも、使えばいいのに。
 福祉の世界の人たち、もっと必死さが欲しいんだよ。スましてる場合じゃあ、ないぜ。ヘトヘトになってくれ、心も体も頭も。肉体的にはラクな仕事なんだから、少なくとも、頭と心はヘトヘトになるくらい、使うべきだろうと思うよ。
 ヘトヘトになってやってます! というんなら、ダガシを見てから言って欲しいと思うよ。

 こんな僕だっても、福祉のことで出来る事やろうと思ってるんだもんさ。掃除の事なら、新潟県で、僕の右に出る人いないから(自慢が出た、ゴメン)、施設の掃除やらせてもらいたいとも思ってるんだよ。もちろんボランティアでだよ。そういういろんなボランティアやりたいという人、探せば、たぶんいるよ。
 でもね、障害者の人たちが、少しでも、やってもらうの当たり前だ、と思った瞬間、僕は、やるのやめるだろうな。やらせてやってやろう、なんて態度見せたら、やらないだろうな。…だって、同じ人間なんだからさ。これ言うと、福祉業界の人達から、また別の意味で批判されるんだけどさ。感謝できない心があったとしても、それも障害のうちなんだ、と。
 でもね、良くしてもらって、ありがとうと感謝示さない人は、障害者も健常者も同じで、人間のKUZUらろうな。同じ人間なんだからさ。
 そして、困っている人いたら、自分のエネルギー少し差し出す人は、健常者でも障害者でも、尊いたましい持っている人だろうね。同じ人間なんだからさ。
 だから障害者の人も、自分と別な事で困っている人に(人の沢山のカタマリが、国らろ)、少しでいいから、手を差し伸べてほしいんだよ。同じ人間としてさ。人間としては、一緒で、同じ人間なんだからさ。

 ああ、またこんなこと書いてしまったけど、一人でいいから、こういう趣旨のこと書いてる人、知りたい。思っている人、知りたい。できれば、自分でも福祉の世界でやっている人で。
 その人と、話してみたい。福祉のことだけじゃなくて、いろんなことを。

旅は、生きると死ぬの、おさらい

旅っていうのはすべて、死出のたびなんだろうな。

 きのう、日曜日の大河ドラマ、終わったね。

 旅に出ることは、生きること、おさらいしてるんだろうな。

 といって母さん、僕は、ただ悲しんでるわけじゃないよ。

 わくわくしてるんだよ。

 朝から晩まで、旅してるから、
 死を意識するから、
 一生懸命生きるってこと、一生懸命生きながら、
 死を、死を、
 母さんも僕も、いつかいなくなる存在だから、
 一生懸命生きようと、生きる…、
 生きることを…

かたわれを思い出す、求める、探す

留置場に入ったことで分かったのは、僕も、おとこだったんだなということ。

 その空間は、男ばっかりで、空気は、おとこの空気。
 部屋の中も、廊下も。

 僕がいた部屋の厚いコンクリートの壁の向こうに、おんなの人が入っていて、そのおんなの人は、どこか外国の人らしかった。
 外国のおんなの人は独り部屋らしくて、喋り声は聞こえなかった。
 ときどき監守の人がその部屋に行くと、外国語の言葉の合間に、ビンゴーシ、ビンゴーシを呼んでくださーい、と言うのが聞こえた。
 外国の女性の声は低いけど、なぜなのかすぐ、女の人の声だとすぐわかる。わかるのが自分で不思議だった。
 そして二日おきくらいに、おんな監守が来て、外国のおんなの人の世話をしてるようだった。
 外国人とそのおんな監守の会話が遠くでかすかに聞こえる時がある。中身まではわからないけれど、ときどき聞こえる二人の笑い声は、中の空気を、今までとちがう振動をさせた。やわらかく、僕の鼓膜を震わせるんだ。
 二人とも、ぎこちない会話と喋りかただから、なおさら、ふんわりと空気があたたかくなるみたい。

 五日に一回の入浴の日、僕は風呂場に行く廊下で、偶然、そのおんな監守とすれ違った。
 すれちがうとき、おんな監守のまわりの空気は、やわらかい野菜を煮込んだシチューのような、暖かい匂いがした。
 おんなのひとがいて、僕はおとこだということ。

生姜は、からだにいい甘さあり

やっと風邪が治りかけてきたよ。

 今年は僕、風邪ひくの早かったし、熱はあんまり出なくて、咳だけがコンコン続いて、普段の風邪じゃないみたいだった。
 街の中でも咳してる人やマスクしてる人、見なかったからね。

 そうしたら、この四、五日、咳してる人見るようになった。
 ああ、僕のこの咳も、普通の風邪だったな、と安心したよ(ヘンだね)。

 僕、にんにく沢山食べてたけど、テレビだったかで、しょうがが体に風邪にいい、と言ってたから食べてみた。
 卵焼きに混ぜたり野菜炒めに混ぜたり。
 おいしいもんだね。生姜って、ほんのり甘味が、あるの知ったよ。
 そうして、からだがあったまるの、分かる。たしかに風邪に、効きそうらね。

フールオンザヒル、丘から降りて勉強中

逮捕されて留置場に入ってから僕、お節介めいた事は、もうやめようと思って、そうしてきたけど、
 でも僕、お節介やめること出来ないみたいら。

 こないだ、僕のお客さんの、あるお医者さんのところに打ち合せに伺った時、待合室で待ってたら、僕が座ってる隣の椅子で、腕がよく動かないお婆ちゃんがいて、コートがうまく脱げないの見て、つい脱ぐの手伝った。

 そういうの止めようやめようとしてたけど、やめらんないみたい。

 そのあと思ったんだけど、お節介する相手選べばいいんだろかなって事なんだ。
 お節介して、その事によって僕が不利益こうむる事になるんなら、そのお節介はしない、という事ら(そういうの、打算的で嫌だったけどさ)。

 今までは、損得考えて行動するなんて、カッコワルイと思ってたし、損か得かなら、損の方に行くのが男だ、なんて思ってたからね。…馬鹿だけどね。
 その馬鹿が、馬鹿をやめようと思ってるがあさ。

 利口になれるろか?
 でも僕、利口、って言葉、嫌いだったんだけど。
 ああ、利口までいかなくとも、馬鹿になることやめられるように、なりたいと思うよ。
 僕の中の馬鹿はちょっと、一休みさせよう。

仕事って、人を幸せにする。福祉も

テレビでも新聞でも、障害者自立支援法反対、だと叫んでるけど…。
 障害があるから大概の事が許されると思ってるみたい。

 世の中、障害者だけで成り立ってるわけじゃないよ。
 世の中いま、ヘトヘトになって働いても、満足に暮らしていけない人がおおぜいいるのに。
 ホームレスの人だって大勢いるよ。

 障害者の人達、福祉業界の人達、いつまでバブル気分で生きてるつもりなんだろか?
 俺たちは被害者だ、だからお前らの持ってるものを寄越せ、と言うんだろか?

 今、持ってる人ってのは、人生掛けて特殊技能を必死になって習得して、寝ないで頑張ってヘトヘトになって仕事して、結果を出した人だよ(だから人生掛けて頑張った事ない人が、格差社会が問題だなんて言うのは、悪平等でないろうか)。
 持ってる人…他には、障害者の人達が好きな税金から(直接か売上げにしてか)、ご飯食べてる人なんかが、多いよ。

 誰が税金払ってるんだろか? ちょっとでもいいから、考えてみてほしい。
 金は、天から降ってくるわけじゃないよ。
 困ってる人だって大勢いるのに。

 …寄越せ、寄越せ、まだ足りないぞ、俺たちは生きてやってるんだぞ、俺たちはもっともっとラクに生きたいんだぞ……。

 でもね、今、世間は苦しいんだよ。障害ある人達だけじゃないんだよ。
 ちょっと、お互い様って意識、持つべきじゃないろうか。
 国や市の財政は、今、節約するべきじゃないろうか。もったいながろうよ。(もちろん、節約すべき分野は福祉だけじゃないよ。そしていろんなところでメリハリつけて、アクセルとブレーキ使い分けなきゃならんろね)。

 それからね、仕事ってね、やった時間で賃金が決まるわけじゃないよ。
 仕事って本当は、お客様をどれだけ幸せにしたかによって、報酬が決まるんだよ。
 だから障害者の人達が施設でやってる事は、仕事じゃないんだよ。だって、お客様が見えてないろ?
 お遊びか暇つぶしと言われたって仕方ないろう。
 賃金が低すぎるからもっとくれと言いたいのかもしれないけど、それはお客様をいっぱい幸せな気分にしてから、言う資格があるろ?

 施設での作業を、仕事に昇華したかったら、お客様を幸せにする事じゃないろうか?
 その場合のお客様って誰だ? って言われても、僕には分からないよ(…ホントは言いたいんだけど言わない)。
 仕事って、…お客様を探すこと自体が、根本の一つだもん。
 それは、芸術といわれるものだって、一緒だろうね。

 こういうこと誰も言わないけど、心ある障害者の人、いること信じてる。
 僕、同じ人間として、心ある障害者の人に、相談するつもりで書いたよ。

どうしましたかと聞ける成長

こないだの留守番電話に、若い、というか
 おさない感じの
 女の人の声が入っていた。
 後で掛けてほしいと指示された電話番号に掛けて、用件を聞くと、
 自分の彼氏の尾行をしてほしい、
 ということなんだ。
 僕また、上手に喋ること、出来なかったよ。…

 僕のお客さんで、ある動物病院さんがいてね、月一回お休みの日に、病院のクリーニングをさせてもらってるんだけど、その新潟市の動物病院は、僕が清掃してる
 休診日でも、
 具合が悪くなったペットを連れた人が
 引っきりなしに何人もやって来るんだよ。

 それだけ先生の腕が良くて、
 スタッフさんたちの応対が良くて、
 評判がいいんだけど、
 休みで先生がいないから、診れないんだ。
 そういう時、動物看護師さんたちが言うのは、
「どうされましたか?」
 という言葉なんだ。

 僕、それ初めて聞いた時、
 ちょっと無責任じゃないろかな、と実は思ったよ。
 結局診てあげられないんだから、どうしましたかと聞くのは、意味ないし、相手に失礼なんじゃないろかと。
 そして最終的には、来た人に、別の動物病院を教えてあげる事もあるんだ。
 だから尚更、自分の手をくだせないわけだから、
 どうしましたかと聞くのは、来た人に失礼になるのじゃないかって。

 でもね、考えたら、僕が、具合悪くなった愛する犬や猫を病院に連れていったとしたら、
 何も言われないで
 今日はお休みなんです、とだけ言われて、
 はいそうですかと帰るのは、
 淋しいというか、やるせない感じするだろかな、と思った。

 ということは、その動物病院さんの対応は、
 意味あることなんだな、と思い直したんだ。
 やっぱり評判のいい動物病院だけあるなあ、と思ったよ。
 電話応対でも、お客さまへの実際の応対でも、僕の知ってる新潟市の店舗、会社、病院の中で
 三本指に入るからね。
 人に厳しいダガシが、さすが! と尊敬してる動物病院さんらよ。

 だから僕もそこの真似して、自分が出来ない仕事でも、お客さんの困っている気持ちを、
 少しでも軽くしてあげられないか、
 何か解決のヒントが見い出だせないか、と思って、
 どうしましたか、という意味のこと、聞こうと決めてたんだ。…

 そうして掛かってきた電話が、
 尾行の依頼だったんだけどさ。
 どうさ、れまし、た、か…なんてやっぱり僕、うまく聞けなかったよ。
 その後、何しゃべればいいか、言葉が出てこないんだ。

 内容が内容だし、立ち入った事聞くの失礼だと思ったし、結果出せない僕が(…だって、うちのホームページで
 探偵業務は承っていません、
 と書いてるからね。僕、そういう仕事したことないし、得意じゃないからさ。それにブログやホームページで、僕の顔写真、何枚も出してるもんね)、
 …だから、お客さんの期待する結果を出せない僕が、
 根掘り葉掘りプライベートに関わること聞くのは、スジミチ違うのだろと思ってたからね。

 だからやっぱり、上手に喋れなかったよ。
 結局、
「お役に立てずにごめんなさい、ごめんなさい、本当にごめんなさい…」
 と何遍も謝って、電話を切った。

 でもさ母さん、今度、問い合わせの電話あったらさ、
 お客さんの気持ちやわらげる事できるように、喋りたいなと思うよ。
 そのためには、僕が、どう成長すればいいのか、もっと必死になって、考えるよ。

僕だけ変わるの不公平? それとも

またきのう怒ってしまったよ、僕。
 二人のひとに。
 この一年くらいずっと僕に迷惑かけ続けて(詳しい事は言わないけど)…、
 あやまらない、
 会話をはぐらかす、
 自分のその謝らないはぐらかす姿勢を絶対に変えようとしない…。
 そのズルさというか卑怯さというか、頑固さというかに、…怒鳴ってしまった。

 今まで僕、怒らない怒らないと気を張ってた分が、決壊したみたい。

 しかしさ、僕は変わろうとしてるのに、世間のほとんどの人は、自分自身が変わろうとか変わるべきだろうかなんてこと、考えようともしないように見える。
 それって、不公平じゃないろうかと思ってしまうんだよ。
 俺の方だけが変わらなきゃならないなんて、ってさ。

 でもさそれって、僕のワガママなんだろなとも理解はしてるんだ。
 僕アキラメてるのは、世の中って、しょせん多数決主義で動いてるんだろなと、最近アキラメてるから。
 多数決主義の世の中ならば、僕みたいな人間は、マイノリティーの中のそのまた少数派だからね。
 いつも変わるべきなのは、多数派ではなくて、少ない方だろからね。

 ああ、少数派を気取ってきた代償としては、生きづらさ感じとおすか、生き方変えてゆくか、どっちかなんだろな。

 怒ったのは、前に書いた揺り戻しのリバウンドなのか、それとも僕の知らない僕が僕の中にいて、僕が変わるのを拒否してるんだろか。
 たぶん、両方なんだろな。
 でも、少しは、変わりたいんだよ、僕も。

 ちょっと話ずれるけど、いじめ問題で、政府の機関が言いだしたね。ひとのいじめを見て、みてみぬ振りをするのも罪なんだと。
 ああ、今頃そんなこと言われても、僕にとっちゃ…。

きょう、雪の匂いがします

20061204083859
初雪、ふりました。
 新潟市に。

 流行ってもないのに僕、風邪ひいて、
 おとといと昨日、おとなしく寝てました。

 起きて外を見たら、積もっていたよ。

 僕の咳も、少し、治まりました。

 そうして、初雪の匂いを嗅ぐと、どうしてか気持ちが、ワクワクするんだよ。
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