FC2ブログ

徒然のブログ

つれづれの思いなどを

母さんと同じ匂いの人

 子供の頃、朝、お便所に、順番のめぐり合わせで母さんの後に行くと、お便所じゅうに、いい匂いがしてたのを憶えてる。
 ハハ、こんなこと母さんにも言わなかったし、誰にも言わなかったけど、いまでもよく憶えてる匂いなんだよ。
 どうして母さんの後にトイレに入ると、気持ちいい匂いなんだろと、小さいダガシは思ってたんだ。

 そしてね、その母さんと同じ匂いのする女の人が、一人だけ、いたんだよ。
 僕、老人ホームに勤めた時、痴呆症の(最近は何だっけ、統合…じゃないな、…分からない、言葉が出てこないけど)そういうお年寄りの棟に勤めてて、一人だけ、そうだよ母さんに似てる人で、母さんと同じくらい美人で、母さんと同じくらい性格の穏やかなおばあさんがいたんだ。

 その人のオムツ交換で僕、体を寄せたり、オムツをはずしたりするときとかに、…母さんの後に入ったお便所の、同じいい匂いがしたんだよ。

 僕と好き合ってくれた女の人でも、その匂いのする人はいなかった。
 その匂いって、どういう匂い? と聞かれても、うまく答えられないけどさ。
 でも、僕が好きになった女の人の匂いは、それぞれがいい匂いだったけどさ。

 たださ、いろんな大勢の人と接してきたダガシでも、母さんと同じ匂いの女の人が、一人しかいないってのも、…人間てそういうもんなんだろうね。そういうもんなんだろうね。
 不思議なんだ。

店の前に長椅子は、よくないなあ

 新潟市の街なかの新しい店って、その店の前の歩道に、長椅子出しておいてる店が多いんだ。
 その長椅子、誰が座ってるかというと、たいがいその店の主人がどっかりと座っていて、あたりを見回しているんだよ。
 そうして客なのか仲間なのか、店主と同じ雰囲気の人間と、いつもガハハガハハと笑い合って、煙草吸ってる風景を僕、クルマ乗ってると、よく見るんだな。
 しかしあんなに暇そうにしてるのは、お客さんから見た感じ、営業上も良くないろうと思うのにさ。

 長椅子に座ってるその店主はね、驚くことに、若いんだよ。
 たぶん二十代か、いってても三十前半だろう風貌なんだ(母さんは知らないろうけど、そういう人たちって、若い人が聴くラップという音楽の雰囲気で、全身キメテる人たちなんだな。ちなみに僕は、ラップは嫌いだよ)。
 そしていつもいつも、店の前の長椅子にどっかりと腰おろして、煙草なんだな。

 そうしてよく見ることあるんだけど、店主と店主の仲間の前を、その歩道をさ、両手に荷物持ってやっとこやっとこで歩いてくるおばあちゃんが、その煙草ふかしてゆったり余裕かまして長椅子で、天下の往来の歩道で、くつろいでる若い店主の前をさ、…おばあちゃんが、両手の荷物重そうに、やっと、やっとで歩いてきて、ガハハガハハと馬鹿笑いしてる店主の前を、下向いて通ろうとしてるのを、これまたよく見るんだよ。

 でも若い店主は、そのおばあちゃんをチラッと見るだけで、別に? という感じでくわえ煙草で足組んで、何も感じない感じで、年寄りがよたよた歩いてる? 別にそれはただの風景だよ、という感じで、また煙草に火を付けて、ゲハハゲハハ…。
 隣に座ってる仲間と、煙草のケムリ吐き出して、またゲハハゲハハ…。

 おばあちゃんは重い荷物持って、下向いて、やっとこやっとこ、とね。

 僕はそれ見て、どうしてか、あそこにダッシュしていって、その長椅子をオリャーッと両手で持ち上げて、座ってる店主を乗せたまま、車道に放り投げたい衝動を覚えるんだけど、…あたりまえだけど、しないけどさ、ハハ。

 いやホントは一回古町で、荒い言葉で言ってしまった事あるんだけどさ。
 そのときの店主はチンピラ風の三人組で、いつもの感じで長椅子に座って煙草吸いながら、ゲハハゲハハとやってて、そいつら自分のクルマを、ちょうど細い路地の交差点の曲がり角に置きっぱなしにしてて、路地から出てくるクルマが何台も出るに出られなくて、困りながら何回かハンドル切り替えしてやっとやっと路地の交差点曲がって通ってたんだよ。
 僕それ見てて、気持ち抑えてたんだけど、やっぱり抑えられなくて、あの三人組のとこ行って、
「お前ら、あのクルマ、どかせろよ! 邪魔なんだよ」と言ってしまったんだな。

 そういうことは僕、良いか悪いか知らないけどダガシは得意だから、相手もコソコソしてすぐクルマ動かしたけど、…でも今から考えるとさ、やっぱり危ないことしたんだろうな、とオッカナイ気もするんだよ。
 だって、何されるか分からんからね。
 もう、そういうことは、しません。

 そしてそういう長椅子だしてる店は、古町に多いんだよ。洋服屋に多いよ。
 そばの古くからやってるお店の人たち、あいつらに何も言わないのかなと、それも不思議なんだけどさ。
 僕が新潟市の普通の人々を好きになれない理由は、これも、あるんだよ。

 でも、そういう店はいつのまにか見なくなってるから、新潟市もまだまだ捨てたもんじゃないかな、と思っては、いるんだけどさ。

ダガシブログが紹介されたがあよ

 こないだ22日分のエントリーに、新潟のブログ紹介するよ、ってコメント欄に書いてきてくれた人がいて、その人のホームページに、このブログを紹介してくれると言ってもらいました。
新潟大作戦』というホームページらよ。

 このダガシブログが載ってるページは「このページ」です。

 そのホームページ、新潟の頑張ってる人が、いっぱい出てるがって。

金儲け、罪悪感

 僕はお金儲けすることに罪悪感もってた。
 金儲けの何が悪いのかと自問自とうしてたけど、こたえは出なかった。

 俺はどこかオカシイのだろと思うけど、それは、治らなかったし、治りたくなかったし、どうしようもなかった。

 だから商売というのも、罪悪感もってしまってさ、金がからむと、金から離れたくなって、金などいらない、金を、どうしたらもらわなくて済むかと考えて、この仕事はついでにやっておきますよ、いやいいんですよ、気にしないでください、などと言って、いかに金をもらわないで仕事できるかと、これまでやってたんだよね、…ダガシは病気だね、ハハ。
 でも、こないだ読んだ本で、ちょっと目が覚めたよ。

 書いてあったのは、商売って、金儲けの方法でなくて、お客さんを増やすことなんだ、それは、自分の思ってることに共感してくれる人を、増やすことなんだ、ってね。

 そう思えばさ、商売って、仕事って、金だけじゃない訳だから、何だかあんしんして、打ちこめる気が、するよ。
 ちょっと、ラクな気持ちに、なりました。
 でも当たり前だけど、そのためにアンイに料金だけ安くしようとは、思わないけどさ。

虫の鳴き声は考えると脈を速める

秋になって陽が沈むと、虫の音が聞こえだすけど、どうして秋だけ虫が鳴くんだろかなあと思ったら、…違うね、夏も鳴くね、蝉がね。

 でもその後で思ったのは、秋は夜鳴く虫だけど、夏は昼間音出すんだね。
 季節で鳴く時間が違うんだなあ。

 そして虫がなぜ鳴くかってそれは、オスがメスにむかって…
 俺はいいおとこだぜ、俺ははたらきものだぜ、俺と一緒になればお前はいいことあるぜ、…と叫んでるんだろね。
 うーん、頑張ってるなあ…、オツカレサマデスと、彼らをねぎらいたいよ。いやホントにさ。

 いま聞こえてくる、あの透き通った清潔な鳴き声。
 きれいな鳴き声だなあと聞いてるあの声は、…
 お前が欲しい! という叫び声なんだなあと思うと、僕の脈が速くなるみたいな、気がするよ、ハハ。

マンションにチラシは、気持ちよくないんだな

 自分のチラシのポスティングというのを僕は時々するんだけど、マンションにチラシを配りに行くと、独立したばっかりの時はいつも、その管理人さんと喧嘩になったよ(一人だけ、仲良くなった管理人さんはいたけどさ。…その人は管理人室の机に座ってることはほとんどなくて、いつもいつもマンション中を掃除したり見回ったりして、働き者の管理人さんだよ)。

 でも普通の管理人は、「うちはチラシはお断りだよ!」と高圧的というか権威的というか、事務的というか通り一遍の形式的というか、そうして彼ら得意の、高みからの物言いで喋るから、いつも僕、ツカレテしまうんだよさ。
 そしてその威張りよう…。だから僕、お前は何様のつもりだ? なんて、僕のついいつもの負けん気と喧嘩っ早さが出てきて、「おたくのマンションを販売するチラシだって、色んなアパートやマンションに無断で配ってるじゃないか」と僕、言ってしまってちょっと言い合いになるんだよ(こっちは正々堂々と「チラシ配らせてもらえませんか?」と御伺いを立ててるんだけどね。でも何でも正々堂々とやれば許されるわけじゃあないけどね、ハハ、ゴメン)。

 そしてまた管理人が言うのは、「うちのマンションには専属の掃除屋がいるんだ。あんたみたいなのは、うちには入れないんだよ」とも言うんだけど、別に住んでる人の部屋の中に、その「マンション専属の掃除屋」が、入居している人から依頼されてハウスクリーニングしてるわけじゃあないのにさ。
 専属掃除屋さんは、ただマンションの玄関とか廊下とかを掃除してるだけなのにさ。

 だって、実際に人が住んでる部屋の中をお掃除する、在宅のハウスクリーニングは仕事として、難しいよ。だって、仕上がりだけ良くてもダメなんだからさ。依頼者というお客さんに、人間として信頼持ってもらえなきゃ、出来ない商売だもんさね。
 だから新潟県じゃ、まだどこの会社もやってないし、日本で一番大きなあの会社だって、新潟県じゃあ、まともにやってないのにさ(ちなみに僕、あの大きな会社は、知識技術を持って無い、ただのモップ交換屋さんだと思ってるけどね。…暴言失礼! でもあの会社のシゴトを、つくづく見たからさ)。

 そうして僕、「俺は、あんたのところの下請けになろうと思ってセールスに来てるわけじゃないんですよ。まちがえないでもらえないかな」と言葉がアラッポくしゃべってしまうこともあったけどさ。
 でも言い合っても、最終的には、この場面のスジミチは向こうにあるわけだから、最後には僕は、いつもオリルんだけどね。

 でもそうしてね、後から、そこのマンションに住んでる人が僕のチラシ見てくれたり、うちのホームページ見てくれたりして、昭美堂に依頼してくれて、僕がそのマンションのお客さんのところに行くと、玄関でそこの管理人と目が合うと、その管理人、ヘンな顔して下向いて、僕の顔まともに見られないんだ。
 あんなに威張ってたのにさ。ハハ(こういう思いは、ちょっとダガシは性格ワルイね。いや性格悪いのは、元からだろかね、ヘヘ。…ただね、それ以来、仲良くなれる管理人さんも、本当は多いんだよ。お客さんに依頼されたという僕に、気を遣ってくれてるのだと、思うよ。だから僕も、その人には気を遣うんだ)

 だから僕、エンドユーザーっていう、実際に自分の財布からお金払って仕事を依頼する人が、世の中では、一番ツヨイんだと、いつも再認識してるよ。
 そのエンドユーザーから、いかに信頼受けるかが、勝負だと、思ってる。

 でもさ僕、管理人さんと喧嘩するのが目的なわけじゃあ、ないんだけどさ。
 ダガシがマンションの管理人さんと仲良くなれるのは、いつの事だろかな。
 まだまだ、先のハナシだろうかね。でもいつかは、なかよくなれると、思うんだ。

プロよりアマチュアでありたいダガシはヘン?

「ダガシさん、さすがプロね」と言われることあるんだけど、僕は自分のこと、プロだとは思ってないし、思いたくないんだよ。
 プロより、いい意味のアマチュアでありたいと、思いつづけてるんだ。
 それがどうしてなのかは、話すと長くなりそうだし、まだうまく言えないみたい。

 プロ、という言葉が何だか美しくないみたいな感じがするんだよ。
 それはもしかして、自分の何かかから逃げてるんだろかな、自分の何かが怖いのかな、…なんて思うんだけど、よく分からないんだけどさ。

 でも、「さすがプロねえ」と言われれば、悪い気はしないんだけどさ。
 言ってくれたお客さん、ありがとう。

チラシ作ったよ。そしていいチラシ屋さん見つけた

 昭美堂の新しいチラシだよ。
 みどり色でA4で、また真ん中にカエルを描きました。
20070920115545

「電話ケロッ」と鳴いてるカエルです。
20070920115538

 ダガシかな。
20070920115514


 そして頼んだチラシ屋さんがここです。
チラシ印刷 集客王』という神奈川県のチラシ印刷屋さん。
 インターネットでチラシ印刷する会社を色々探して、関東から関西、中国地方まで電話かけまくって、会社の対応や雰囲気感じ取って、一番良さそうなところだと思って、頼みました。
 5000枚コピー印刷して2.2円。色つきの紙だとプラス一枚1円。
 このチラシだと、16000円でした。…安い!
 でも安さだけじゃないんだよ。
 この集客王さんより安い会社はいっぱいあったけど、そういう会社は電話で話してみると、ここに頼むとダメだな、とピンと来るんだ。
 でも集客王さんは、メールや電話のやり取りとか、丁寧な対応で、そして何より印刷の仕上がりも上手だし、人に厳しいダガシも、大満足してるよ。
 これから、少しずつ配ります。

職場からサヨナラする潔さと覚悟持てば、そして安いことより質が大事だという価値観持てば、派遣業なんて無くなるというのは、妄想?

 独立してから僕、派遣で2回アルバイトしたことあるけど、どっちも1ヶ月くらいですぐ辞めたよ。
 倉庫会社だったけど、働いてる人、全部の人、死んだサカナの目をしてたから。イヤイヤやってるように見えたから。嬉しそうに仕事してる人、いなかったから。
 派遣先の企業の社員の威張りようも、尋常じゃなかったし。
 派遣会社の社員は、ノラリクラリと嘘ばっかりで信用できなかったしさ。
 ああいうところでも、僕は、周りから浮いてたな、ハハ。
 ああいうところで働かなきゃならん人は、ああいうところで人を働かせる人間は、自分の人生に誠実じゃないのじゃないかと思うよ。
 でももちろん、この御時世だから、派遣で働かなきゃならん人は大勢いるわけだから、ということは派遣で働いている人にも、僕が知らないだけで、優秀な人は沢山いると思うけどさ。

 テレビでさっき、派遣業のあり方の事、番組やってたけど、派遣で働く人も、問題だと思うよ。
 イヤイヤやるなら辞めたらどうだと、言いたいよ。
 辞めたら生活できない、と言うだろうけど、自分の人生殺すような仕事と生活していたら、それは生きてる、とは言わないんじゃないだろか。
 それならホームレスしてたほうが、なんぼか幸せじゃあ、ないのかな。…そういうこと言うのは無責任かな。

 でも一番悪いのは、派遣で人を集めようとする、大元の会社、企業だと思うよ。
 自分の会社の業務を、大切な業務を、身元もよく知らない馬の骨に任せようとする、その根性…。僕には理解できないけど、まあ多分、その仕事は、誰でも出来る事なんだろうな。だから見も知らない人間に、やらせる事できるんだろうな。

 その番組で悪徳らしい派遣業者が言ってたけど、「企業は忙しいうちは派遣で人を集めて仕事させるけど、仕事が暇になったらすぐ切ること出来るから、派遣会社に頼むんだ」と言ってたな。
 でも僕には、企業のそういう気持ちも分かるんだな。コストダウンはし続けなきゃならんからね。でも、ただのコストダウンはカンタンでアタマいらないんだけどね。

 やっぱり派遣業という業種は、世の中から無くした方がいいと、思うよ。
 であれば、どうすればいいかというと、…前から思ってたんだけど…、世間の人々が、同じ一つの会社に勤め続けることが良い事だという価値観を、捨てればいい、と思うんだ。

 同じ会社に勤めつづけるのは、しかも一つの業種の仕事し続けるのは、会社にとっても労働者にとっても、ラクだもんね。
 ラクを求めれば、同じ場所に居つづけるのは、ラクだもんね。
 そのラクを捨てればいいんだよ。

 そうすれば、会社だって、仕事が少なくなったら、「うちから離れてください」と言いやすくなるもんさ。
 もちろん働く期間が短いんだから、払う報酬は割増で高くなるべきと思うよ。
 そして労働者が企業に在籍している間は、きちんと労働者に対して責任持たなきゃならんよ。

 そして勤める方だって、自分の仕事が無くなるリスクを取りながら、それを見越して、普段から勉強しつづけることになる…。

 それをしたくない人はもう、もう単純労働で行くしかないだろうさ。…それを選んだ人は、…キツイ言い方だけど、経済的にも精神的にも、低いレベルの生活をしなきゃならんろうと、思うよ。…だって、ラクを撰んだんだからさ(といって、肉体的に出来ない人を救う仕組みは必要だとは思うけどさ)。

 でもね、もっと根本のハナシは、世の中の人々が、「安ければいい、ヤスイことは良いことだ。商品の質なんか、安いことに比べればどうでもいいぜ」と思ってるからだろうと思うよ。

 企業だって、自分の会社の商品を消費者に、世間の人々に、買ってもらわんきゃならんからね。
 消費者が、商品の質より安さを求めてたら、その商品の作り方も、質を上げることより、いかに安く作ることを考えるだろうからね。

 だから、どっちもどっちなんだよ。

 どっかで、安さより質を大事にする価値観を大事にしなきゃ、この連鎖は止まらんろうさね。
 たださ、世界中に物を売る商売、…例えば自動車会社とか電気製品の会社だとかは、安い人権費の国と競争しなけりゃならんから、その分の人件費を国内で削らなきゃならんから、安く雇わなきゃならんというリクツは分かるんだけどさ。
 でもね、そうなら、もう、もう、あんまり、物を輸出する事に頼るのは、どうかと思うけどさ。
 日本の中で、コストより品質だ、という価値観で商売できないもんだろうかな? できないのかな。

 といって当たり前だけど、ムダなコストアップは絶対ダメだけどね。
 コストは削って削って、極限まで削って…、でも品質は上げるぞ! ヒンシツ命! とコストダウンと品質アップを両立しなきゃ、ならんろうね。
 でもそれが一等、難しいろうね。

 だから、とりあえずのコストダウンがラクだから、人の痛みは分からないから(いや僕もさ)、雇う人間を安く使おう、と思うんだろうね、カンタンだもんね、ハハ。

 もう、派遣業は、すっぱり世の中から無くしたらどうだろうかな。
 大事な自分の仕事を、知らない誰かにやらせる恐ろしさを自覚したらどうだろうかな。

 そのためには、仕事が無くなったら、雇うほうも雇われるほうも、サヨナラする潔さを持ったらどうかな。
 サヨナラするためには、退職金でも日々の給料でも何でもいいから、報酬高くする必要あるよ。
 でも働く方だって、報酬高くなるんだから、仕事の結果出さずに甘えてたら、すぐクビだぜ。その覚悟を持たなきゃならんぜ。

 世間ぜんぶが、その覚悟持てば、もしかしたら、うまく行くのじゃないろうかと、妄想してるんだけど、…まあ、妄想だろうね、ハハ。

 ちなみにダガシは、ハウスクリーニングの問い合わせで、料金のハナシだけ聞いてくる人には(そういう人って安さだけが一番大事と思ってる人多くて、そういう人って業者に利益出させる前から客ヅラして横柄な人多くて)、そういう人には僕、
「僕は、安ければいいと思ってる人と、付き合わないことにしてます。
うちは他所より高いですよ。その分、丁寧な仕事ですから。
安いとこならタウンページにいっぱい載ってますから探してください。
 なんならおたくにピッタリの安いとこ教えましょうか?」と言ってしまうナマイキだよ。ゴメン。

頭にタオル巻くのと、編み笠かぶるのはどっちが…

 作業員といわれる人って大抵、ターバンみたいに頭に白いタオルを巻いてるんだな。
 クルマ運転してると信号待ちとかで、そういうふうな人が乗ってるクルマと、よく並ぶんだ。

 いつも思うんだけど、どうして頭にあんなにきつくタオル巻くのか不思議なんだよ。
 何か仕事に役立つのか、カッコツケテルのか、理由があるんだろね。

 髪の毛が抜けたり、フケが落ちたりして、床や作業した場所を汚すのを防いでるのかな。
 逆に、髪の毛にゴミやペンキや臭いが付くのを防いでるのかな。
 それとも髪の毛すくなくなって、隠すためかな。それならあんまり言っちゃいけないかな。

 でも僕は汗かきだから、あんなふうにタオル巻いてたら、汗と熱が頭にこもってフラフラになると思うよ。
 それに僕だったら、ああいうふうな工事現場作業員風な格好してたら、在宅のお客さんとこに行くのは、躊躇するだろうと思うよ。

 それなのに、色んなハウスクリーニングの会社のホームページ見ると、頭にタオル巻いてる作業風景の写真、堂々と載せてるのが沢山あるんだな。
 見た目は紳士的な感じじゃなくても、仕事振りが丁寧で、笑顔でテキパキしてて、仕上がりが素晴らしくて、お客さんに好感持ってもらえればそれでいいんだろうけど、…そうして、頭にタオル巻くのをどうしようか考えた上で、覚悟した上で、どう行動するか決めてるのなら、好感持ってもらえるかもしれないけどさ。

 でも何も考えないで、頭にタオル巻くのが何だかカッコイイようだ、みんなやってるし、…とその場その場で簡単にやってしまうのは、イノチトリになるかもしれないな、と思うよ。そしてそれは僕もそういう事、してるかもしれないな、オッカナイな、と自分のこと考えてしまうよ。

 僕の場合、雨降りの時の外側のガラス拭きは、編み笠かぶってやってるから、それが自分でカッコイイと思ってやってるから、もしかしたら、お客さんは困ってるかもしれないなと、心配してます。

五年に一回、誰もが国会議員になると

 僕は今まで、国会議員を今の百倍くらいにして、一万人にすればいいと思ってた。報酬は限りなくボランティアでね。
 世の中の誰もが国会議員になる義務と権利があって、…五年に一遍くらい一年間、国会議員になって世の中のこと考える機会を、強制的に生活の中に置くことがフツウになることが理想だと思ってた(議員の数と成り手の数の計算が合ってないと思うけど、それはまた考えればいいと思うよ)。

 あるいは国会議員を今の五分の一以下にして、70人くらいにして、本当に国のため、世の中のため、人々のため、自分を捨てて、仕事に取り組む人を国会議員にすればいいと思ってた。
 と、多くするか少なくするか、どっちかにすればいいと、ね。

 それを今まで三回かな、人に言ってみたけど、鼻で笑われて御仕舞いだったよ、ハハ。

 どっちかというと僕は、代議士を多くして、限りなく直接民主主義制にした方がいいのだと思ってた(といって僕は正直言うと、僕は民主主義者じゃないんだよ。どっちかいうと、ある意味の独裁主義者なんだけど…この本当の意味は話すと長くなるからまた今度ね)。

 でも最近、直接民主制は良くないのかなあ、と思い始めてる。
 といって、僕の憧れのプラトンの言う(でも僕はプラトンとは違う種類のオンナギライだからね、ヘへ)、あのプラトンの言う独裁主義は現実的じゃないだろうし、政治ってのがまた分からなくなっているんだな。
 政治嫌いなくせに最近、政治ってのに興味が出てくるのは、ダガシは堕落してきたんだろかね。

 もっと、政治からも、世の中からも、日々の暮らしからも、離れる時間を持つこと、大事なのだと、改めて反省して思い返すよ。
 また弥彦に登らなきゃならんかな。それとも毎日かな、ハハ。

弥彦山頂上のダガシ

20070914191132

 きのう弥彦山に登って、頂上の神社のわきで撮った僕です。
 夕方で海側の太陽を見ながらシャッター押したから、まぶしくてさ。

 平日の遅い時間だったから、かぞえるほどしか人に会わなかった。
 静かだったな。
 下りながら思ったんだけど、独りで山登りって、座禅に似てるんだろかな、と思ったよ。

カエルでワハハのホームページ見つけた

 昭美堂の秋冬用のハウスクリーニングチラシを作ろうとして、チラシの中にカエルの顔を描くために頭の中をカエルの気分いっぱいにしようと思って、カエルに関するホームページがあったら見たいな、と「カエル」で検索したら偶然見つけたホームページだよ。
『カエルマニアのページ』アドレスはhttp://www.pluto.dti.ne.jp/~yombow/frogs/menu.html
 というホームページ(現在このホームページは、なくなっています。残念です。僕にとって、とってもよいホームページでした)。
 カエルグッズがいっぱい紹介してあって、その説明文もとっても面白くて、順番に写真見てるとウフフ、ワハハと笑いっぱなしだったよ。
 母さんも見てみて。

安倍首相、おつかれさまでした

 安倍さん、総理大臣を辞めるんだってね。
 おつかれさまでした、と言いたいよ。
 今までの総理大臣の中で、いちばん謙虚な人だと、思うよ。

「今ごろ辞めやがって、遅いぜ!」とか、
「中途半端で放り出しやがって」とか言う人多いみたいだけど、僕はそうは思わないんだ。
 安倍さんが、安倍さんの中で一生懸命やって、ぎりぎり、もうここまでだ、と限界思ったから、今日、辞めますと言ったんだと思う。
 それでいいじゃないか、と思う。
 よく頑張ってくれた、と思う。
 ありがとうございました、と思うよ。

 ちょっと話ズレルけど、人々ってすぐ、
「政治家は、国は、俺たち国民のために何をしてくれるんだ?」とすぐ言うけど、じゃあ、自分は国のために何をしているのだ、世の中のために何をしてるんだ、と聞きたいよ。
 権利意識というか、消費者意識というか、してくれ、してくれ、くれ、くれ、とそれだけ。自分は世の中のために何をしようか、という気持ちはないんだからさ。
 たかり、という言葉がよく似合うぜ。
 世の中たかりばっかりだから、たかりが撰んだ政治家は、やっぱりたかりが撰ばれるんだよ。だって自分の代表選ぶのに、自分と本質的に違う人間には投票しないもんね。

 安倍さんは僕、たかりじゃないと、何故か、思ってたんだ。
 でも二世だから、それだけがちょっと、いやだったけど、安倍さんが自分で、二世、三世を撰んで生まれてきたわけじゃないから、しょうがないけどね。
 安倍さん、まだ若いんだから、自分の好きなことで、いろんなところで、頑張りつづけて、十年後ぐらいにもう一度、やってほしいなと、思うよ。

浜辺で、酒飲む贅沢

 夕方ふと、いま一番したいこと何だろ、と思ったのは、そういえば海辺でお酒飲んだことないな、ということだよ。

 今までそういうチャンスは砂浜でキャンプの時だろうけど、海の近くでキャンプって高校のとき、石地と間瀬でしたことあったけど、その頃は酒飲むことにぜんぜん興味なくて、仲間と何か夜通し喋ってたな。

 僕自身はキャンプというのあんまり好きじゃないし(単なるメンドクサガリでさ)、キャンプしなけりゃ夜海辺でビール飲むのはできないだろうし、いや海辺の旅館か民宿に泊まればいいのかと今思ったけど、海までバイクで30分のところに生まれ育った身としては、金払って浜辺に泊まるのももったいないし、といって海から歩いて帰れる近い場所に住んだこともないし、…ということで、砂浜でお酒を飲む経験がないんだろかな。

 新潟市にいる今は海まで、自転車だったら一時間半くらいだけど、酒飲んだ後、自転車一時間三十分こぐのは、いやだな。
 タクシー乗るとすると、海からここまでたぶん6000円くらいだろかな、…贅沢だな。

 でもさ、飲んでみたいな。贅沢してみたいな。
 沈む夕日見ながら、数えきれないリズムの波見ながら、潮の匂いかぎながら、つまみはいらない、いや何か塩豆かなにかでいいよ、ビールか焼酎か何か、3杯くらい飲んで、みたいな、と思うよ。

やじろべえ、でバランスとりとり

 人間って自分の中で、感情のバランスとって生きてる生き物と、ずいぶん昔の大昔、何かの本で読んだ憶えがあるよ。

 普段とってもやさしくておだやかな人は、どこかで、そのやさしさおだやかさを帳消しにするような事やってるんだ、とね。
 生きてて、プラスの事ばっかりじゃあ、高いところに登って登って登ってしまって、どこまで行くかオッカナクなって、気がオカシクなるだろからね。
 人間、どこかでマイナスの事やらなきゃ、オカシクなった気が鎮まらないだろからね。

 僕だってずっと前から、周りからも自分でも、いい人で通ってたけど(今だっていい人で通ってると思うけど、いや分からんけど)、どっかで自分でも知らないどっかで、いい人じゃない瞬間もあったと思うもん。
 誰かをあえて傷つけたり、自分をどうしようもなく傷つけたり、嘘をついたり怠けたりね。

 張ってある糸の上で、ふらふらしながら揺れてる、やじろべえみたいな自分を自分だと思うこと、時々あるんだな。

新潟県の女の顔

 僕は二十代の頃、営業で新潟県のあちこちによく行ってて、ちょっと発見したことがあるんだよ。
 それは女の人の顔のことなんだ。
 新潟県は長いし広いから、新潟県の場所場所で、女の顔の造りに特徴があるんだよ。

 新潟県の女の顔、どういう特徴があるか? …県の南西からいくよ。
 糸魚川方面はね、ほそおもてで目が細くて和風の美人顔。
 高田から新井方面は、目が大きくて鼻も高くて、目鼻立ちがはっきりしている、パッと見てすぐ美人だと分かるタイプ。体格もがっしりしている、というか肉付きのいい、固太りのしっかりしている感じかな。
 十日町は、糸魚川と同じな和風顔。体つきは華奢な感じだね。
 ずっと北に飛んで新潟市は、糸魚川・十日町と同じ、昔ながらの美人の顔が多いね。僕、初めて新潟市に来たとき思ったもん。美人が多いなあ、とね。…でも顔が美人だって、ココロネはまた別だよ、ハハ。
 そしてたぶん、新潟美人という言葉は、新潟市の、それも遊郭の女たちの顔が、そういう目の細い華奢な風情の女が多かっただろうせいで、広まった言葉なんじゃないかと思ってるんだけどね。
 それから新発田の女は、高田新井方面と同じで、がっしり系ハッキリ顔の美人が多いな。
 新発田から北は住んだ事がないし、営業も行かなかったから、あんまり知らない。一人だけ村上生まれの介護士の女がいて、そいつは高田・新発田系統の美人顔だった覚えあるよ。とっても意地悪だったと憶えてるけどね。

 さて、これまで新潟県の中で街の名前を出さなかったところは、美人が少ないと思う場所だよ。柏崎とか長岡とか魚沼とか三条とか新津とかね。それから直江津も。
 直江津といえば高田の隣で高田と一緒になって上越市だけど、僕、あの辺りにも何度も営業に行って思ったのは、高田の方は目鼻立ちのはっきりした顔立ちが多いのに、直江津はそうでもないんだなあ、とね。
 そういう感じ、あくまで僕ダガシの主観の思いだからね。

 だけど僕、いま四十五だけど、三十過ぎたぐらいから女の顔への興味が、美醜だけじゃないことを思ってきたよ。
 二十代後半から僕、イワユル美人、なんてのはもう、どうでもよくなっているもんさ。
 月並みな言葉だけどやっぱり、気立てが一番だよね。
 でも気立てなんて言ってると、気立てが良いって女の人の方が、美人探すより少ないのも発見したことだな、ヘヘ。
 しかし今日は、女性差別だぞと抗議が来るようなこと書いてるろかね。いやいつもかね、ハハ。それに気立てなんていっても気立てって何ぞやとなると、分からんもんね。

 そうして僕も遅まきながら分かってきたのは、人間、顔じゃないのだと。女も、そして男の顔もね。
 今日はダガシの顔を棚に上げての文だね、ゴメン。

ダガシは年取ったから自分のために筋肉増強のために自転車のペダルあえて重くして鍛えようとしてるのかもしれないけど、無灯火はよくないし右側通行も良くないよね

 夜、星が出る時間が早くなってるけど、新潟市の自転車は、灯を点けようとしないんだな。
 新潟市の人々は、スジミチ考えない方向でラクしたい人ばっかりだから(いや世の中全部の人かもしれないけど)、大人も高校生も、ペダルこぐのが重くなるって理由なのだろけど、自転車の灯り点けようとしないんだな。

 僕、さっき八時ちょっと前にスーパーに買い物行こうとして自転車こいでて、前から何かぼんやり黒いものが来るけど、それが思ったより速いスピードで来るけど、ぶつかりそうなんだけど、危ないんだけど、ああ、高校行ってるぐらいの年恰好の男が制服着て、たぶん高校生なんだろけど、こっちに向かって自転車で来るんだな。
 このままいくと、ぶつかるかな。こっちは左側のしかも端っこで灯り点けて走ってるんだけど、まっすぐ行っていいもんだろか、いいんだよね、自転車は左側通行で僕は左側走ってるもんね。でも向こうはこっちに何の神経振り向けていないみたいだけど、しかもケイタイで喋ってるみたいで、昔のトシチャンみたいな声が一人分だけ聞こえてくるんだよ。
 ベル鳴らしてみようかな、チャリチャリチャリ…。
 ああ、聞こえないみたいで状況は何も変わらず。
 こっちが車道の方に膨らんで出て、向こうのトシチャンの声で喋ってる男子高校生に道空けてやらんきゃならんのだろかな。でも自転車は左側通行だったよな、ともう一回自分の中で確認して、スジミチとしてはこっちにスジミチあるよなあ、…でもまあしょうがないか、向こうは未だ発展途上の人間なのだから、こっちが気を遣う立場なんだろとムリヤリに思い直して、右後ろを振り返ってクルマ来ないのを確かめてから車道の方に向きを変えたよ(発展途上はダガシだって発展途上だと思うんだけどさ)。

 何とか無事にすれ違いを完遂できて、ああ良かったと胸を撫でおろして、家に帰ってきて今日はシチュー作って食べてこれを書いてるけど、それほど怒りは感じないんだけど、ブログにこのこと書いてるってことは、知らないうちに怒ってるってことかな、と思ってるんだけど、まあ、どうすればよかったかは分からないけど、こういうもんなんだろ、と思うことにします。
 これは愚痴というものなんだろかな。ブログに書いていいもんだろかな、と。
 たまには、ね。

岸田秀、僕のイケナイこと書いてくれてたと思って、苦しくて苦しくて、でも

 本読んで、自分に、とっても重大に関係あること読んだときは、前ならワープロ、今年からはパソコンに、書いてあること書き写してたんだけど、ここに書き写そうかな、とちょっと気まぐれに思って、書きます。
 書いた人、岸田秀、という精神分析学者で、僕が勝手に思ってる僕の先生の一人だよ。僕のオバケ怖い病を治してくれた人だよ(岸田が言うのは、人間が感じている事、思っている事、全ては幻想なんだ、という事なんだ。…だから、オバケも幻想なんだ、と僕、思って怖くなくなったんだよ、ハハ)。

『古希の雑考』という本の「日本人および日本国家の生き方」というページだよ…。
         ※
 人間は生まれてしばらくは完全に自己中心的であろうが、そのうち他の人たちとの関係に入らざるを得ないので、成長するに従ってだんだんと自己中心性から脱してゆく。
 しかし、この過程は生物学的に決定されているわけではないから、個人差が大きく、なかにはいつまでも幼児的自己中心性の段階に留まっているものもいるし(ダガシだ。…トホホ)、また、どれほど聖人君子であろうが賢者であろうが、完全に自己中心性から脱するものはいない。

 自分にとって有害な事をする人を悪人とし、自分に役立つ人を善人とする初期の天真爛漫な自己中心性、完全な自己中心性はそのうち不可避的に破綻する。
 では、その段階から脱した次の段階はどういう段階であろうか。

 自己中心的な自分の基準が破綻すると、それを捨て、盲目的に他者の基準に服従するという方向もある。
 これで、とにもかくにも一応は完全な自己中心性からは脱することになるが、他者は他者でその人自身の都合で動いているから、他者の基準への服従は、自分を危険に曝すことが多い。これは主体喪失の段階である。
 もちろん、これもそのうち不可避的に破綻する。

 しかしまた、完全に自己中心的な基準でもなく、他者の基準への服従でもなく、何らかの基準を自分で考え出して、その基準で自分および他者の行動の善悪を判断しようとする方向もある。
 この基準に従うならば、自分に有害な他者の行動でも基準に適っていれば容認し、自分に役立つ自分の行動でも基準に反していれば禁止することになり、確かに、最初の自己中心性、いわば一次的自己中心性(…自分の言う事だけ聞いてくれる人を良い人と思い込む?)からは脱しているが
 自分の基準を自分にも他者にも等しく適用しようとする点において別の自己中心性、いわば二次的自己中心性に陥っている(これはまさしくダガシのことだよ。…コマッタねえ)。

 すなわち、一次的自己中心性からは脱して、他者の苦しみを理解するのであるが、自分が苦しむのと同じ状況における他者の苦しみしか理解しない
 自分なら苦しまない状況においても他者は苦しむ事があることを理解しない(…いや僕はそれを理解はするんだよ。理解はするんだけど、でも、俺がやってるんだから、お前だって出来るだろ? 同じ人間じゃないか、やれよ、お前もさ。…と思ってしまうんだよ)。

 この基準は、自分がして欲しいことと人がして欲しいこと、自分が嫌なことと人が嫌いなことが同じであることを前提としている(…だって、僕が小さい頃から散々言われてきた「同じ人間なんだから」というセリフが効いてるんだよ)。

「すべての国がわが国と同じように自由な民主主義国家になれば世界平和が実現する」と思っている国や、「わたしなら同じような状況におかれてもあのようなひどいことはしない」と言って人を非難する者がいるが、これも同じこの段階の考え方である。

 自己中心性から脱した成熟した生き方とは、もちろん、前述の一次的自己中心性からも二次的自己中心性からも脱し、そして、他者の基準に服従するのではなく、自分の基準を持ち、自分の基準に基づいて生きるが、しかし、それを普遍的に正しい基準と見なして他者に押し付けるということをしない生き方であろう(うーん、…ムズカシイなあ)。

 世界の国々を眺めてみるに、この成熟した段階に達している国は一つもないようである。
 未熟な日本としては、同じく未熟な他の諸国を他山の石として、成熟した生き方を探るしかないであろう。
 日本人個人としても、日本国家としても。
(…文の改行や、カッコの中の書き込みは、僕が勝手にした)
         ※

 この文章、僕、簡単に書き写せたわけじゃないんだよ。
 自分の人間としてイケナイこと言われてると思って、読んでると苦しくて苦しくて、また、つっかえつっかえしながら読んだんだ。
 でも、なんとか心の中に入れることできたから、書けました。

 そうして岸田秀を、五、六年ぶりに読んで、ああ、まだ書いててくれたんだ、と思って、嬉しかったよ。

ビタミンやお酢まぜても飲みすぎは

節約しようと思ってビールから焼酎に変えて二年くらいたったけど、でも夏だしビールも時々は飲むんだけど、ビール飲んだ次の日は何だか、体が重たい感じするんだな。
 たぶん焼酎のほうが体にはいいのかね。

 だって僕、焼酎を割るのは、水とCCレモンで、ビタミンCたっぷりだし。
 それと焼酎のグラスの中に、いつもお酢もちょっとたらして飲んでるんだ。だから、お酢の500ml入りのビンが、すぐ空になるんだよ。
 ビタミンCは体にいいし、お酢も体にいいらしいからね。

 でもこれだと、お酒飲むのが健康のためだなんて思って、沢山飲むのが良いことだなんて思って、ハハ、間違わないようにします。
<<