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徒然のブログ

つれづれの思いなどを

あの人が死ぬのなら怖くない…と思うから尚更死んでほしくないと、思う気持ちは矛盾?

 吉行さんが死んだら、俺も死ぬのが怖くなくなった、という意味のこと言ったというのを読んで納得して共感して、そうかなるほどそういう想いもあるかもなあ、と思わせてくれたその言葉言った作家が村松友み(ともみという本当の漢字がパソコンで出ないからひらがなで書くけど)だけど、村松ともみという作家の小説読んだことないけど、僕の神様の一人の…ええと…、ああ、こういう時に限って名前が出てこないけど『富士日記』書いた人…ああそうだ思い出した武田百合子だ、僕にとっては武田百合子のこと書いてくれただけの作家なんだけど(ゴメンナサイ、村松ともみ…)。
 そしてね、吉行というのは吉行淳之介だよ。

 それでさ、さいきん僕、吉行に関すること書いてある本、どうしてかまた読んでるんだ。
 そうしてね、吉行の文章を最後に読んでから十年ぶりぐらいに読み返してみたらね(でも本気になって読んでたのは二十歳くらいの時だったな)、そして久しぶりに読んで、なあんだこれ、何てことない文章だな、何の飾りもない何の変哲もない、ごくごく本当にノーマルな、すなおな、文章だなあ、…でもそれだからこそなのかな、僕にとっては、すっ、すっ、と自分のからだの中に入ってくるような、文章なんだなあ、だからなんだろな、あの頃のひねくれダガシにも、すっ、すっ、とダガシの体に、すんなり入ってこられた文章だったんだなあ、と思える文体なんだよね、吉行淳之介の文体ってのはさ。

 それからそしてね、村松ともみの、「吉行さんが死んだら、自分も死ぬのが怖くなくなった」という言葉…。
 僕のばあいは、父さんが死んだなら、僕も死ぬのが、怖くなくなるだろかな…、と思う。

 そうして、でも、良いのか悪いのか、生き物としての自然さとか善悪とかは置いといて、父さんにはずっと生きててほしいと、思ってしまう…。これは同性というか同じ男としてだからだと思うんだけど、そして善悪超えてるのかどうか分からないけど、ずっと生きててほしいと思うのは、僕の身勝手なのだろうな、わがままなんだろうな、僕が生き物として人間として未だ、未熟な証拠なんだろうな、とも思うんだけどさ。

読書好きは本好きじゃないし図書館好きでもない

 きょう夕方クルマ運転しててラジオ聴いてたら、新潟市長が中学生と語るって催しで、新潟市のある区に(あえて何区だかは書かないけど)図書館をつくってほしい、なんて言ってる人間がいる、と聴いて、…ああ、またか、建物つくれ箱モノつくれ(道路もバンバンつくれ)、という人が、大勢いるんだなあ、と思いながら聴いてたよ。

 言っとくけど、図書館なんて、新潟市に腐るほど建ってるよ。いったいいくつあるのか、数えるのに困るくらいだよ。
 そしてその図書館に集まる人間ってのは、図書館を喫茶店がわりに使おうって連中ばかりだよ。

 僕、新潟県に帰ってきて驚いたは、新潟県の図書館の、職員も、図書館に来る人も、…別に本を読むことが好きな人間が集まるわけじゃないんだな、と思ったこと思い出すよ。

 初めて新潟県の図書館に行った時、受付にどうしてなのか(新潟県の公共の施設には大概)、女が、ほとんどが中年の女が、二人、カウンターに居るんだよ。
 その二人ぐみの女が、いつもいつも、べちゃくちゃべちゃくちゃ無駄ばなし無駄ばなし、をしてるんだ!
 それはホントに僕、新潟県に来て驚いたことの一つだよ。

 なぜ常時、意味なくカウンターに二人も貼り付かせるんだ?
 それ見て僕、税金で飯喰ってる人間は、どうしようもねえな…、と呆れたをまた思い出すけどさ。

 それとね、図書館をつくれば、読書する人間が増えるのじゃないか、なんて思うのは、大きな間違いだよ。
 それはダガシを見れば分かるじゃないか。
 僕は図書館があろうがなかろうが、本を読まなきゃ生きていられない人間だもん。
 そういう人間は、図書館なんて建物があろうがなかろうが、本を探して、自分が読みたい本を探して探して、探し回るだろうさ。

 本を読みたい人間は、立派な建物なんてものも、新しい建物なんてものも、書籍というブッタイ自体なんてものも、…どうでもいいんだよ。
 そういう、モノなんてものは、どうでもいいんだよ。
 何に書いてあろうが、どこに置いてあろうが、活字で、良い文章、感動する文章を、読めれば、それで、いいのだからさ。

 それを、図書館をつくれ…、だなんてこと言って、良いこと言ったつもりなんだろうけど…、溜め息出そうな気持ちするんだな。

 でもさ、今の新潟市長、しのだサン、そういう詰まらないこと言った人間に、ここの近くにある施設に入ってる図書館を使ってくれ、という意味のこと言ってくれてたみたいだから、…ちょっと安心したよ。

 もっと言えば僕、小学校や中学校や高校の図書館を、夜に、一般市民に開放したっていいんだのに、とダガシは思うよ。それが節約であり、もったいない精神であり、だと思うんだけどさ。

家電製品が少ない生活、電気製品が長持ちする生活

 こないだ偶然見たブログに書いてあったんだけど、僕が使ってるようなフタを開けて使うパソコン(ノートブックタイプというらしいけどさ)の画面の中のカーソルってのを動かすためのパットというのをね、指でポンッと軽くたたくと、クリックするボタンをクリックしたと同じことになるんだと、書いてあったんだ。…母さんには何言ってるか分からんだろし、こんなことどうでもいいかもだろけどね。

 なんでこの、パットを軽く触るようにたたくことが良いと思うかというとね、クリックボタンを押すという動作が、そのボタンを何回も押すことによって、ボタンやボタンと内部をつなぐ回路を傷めてしまうのじゃないのかなと、ちょっと心配してたんだ。

 パットを軽くたたく…、こんなことはパソコンに詳しい人には当たり前に知ってることなんだろけど、僕はパソコンを好きになりたくないと思ってる人間だからね、だからパソコンに詳しくなりたくないって無意識もってるだろから、…でもさ、パソコンを含めて、電気製品は、モノは、長持ちしてほしいと思ってる人間だから、嬉しいんだろな、と思うよ。

 なんてったって、僕の使う電気製品は、今まで全部のものが、長持ちしてるもんねえ。
 テレビはもうすぐ十年で、まだまだキレイに映る。洗濯機はもう二十年、それも全自動で、二十年だ。石油ファンヒーターは今のは中古で、たぶん十年くらい前のもの。あとは、このパソコンが、やっぱり中古で七年前のもの。ああもう一つ、ベッドの枕元の手作りのライト。このライトはもう、二十年以上たつなあ。

 しかし、コンセントから電気を取るっていう家電製品が、これだけしかないってのは、ちょっと少ないねえ。
 まあ、要らないんだから、持ってないんだよね、ハハ。

イワシ缶の楕円形は美しさと美味しさ

 缶切り、というものを使うのは僕は、一ヶ月にいっぺんあるかないかだよ。
 だって今は缶切りがなくても開けることできる、あれ何て言うのかな、パッカンとか何とか言うらしいけど、そういう缶詰めばっかりだからね。

 そうして僕が好きでよく食べる鯖の缶詰はもう、スーパーで売ってるのは全部、缶切りなしで開けられる缶詰だよ。
 だから鯖缶食べるのにはもう、缶切りは使わないんだな。

 でもね、ときどき鰯の缶詰も食べたくなることあってね、そのイワシ缶にも缶切り要らずの缶詰めもあるんだけど、その缶切り不要のイワシ缶は、小さくて食べごたえないし、なんだか味もあんまり美味いと思えなくてね、昔ながらの鰯の缶詰の、あのちょっと大きめの楕円形の、あの缶詰めを食べたくなること、あるんだ。

 その楕円形の鰯缶は、楕円形だから缶切りの要領がちょっと違うけど、でもまあ簡単だけど、フタを缶切りで切って開けると、鰯のからだが四匹入っていてね、醤油味の汁に浸かっていてさ…、美味しそうなんだ。もちろん実際も、美味しいんだ。
 しかしあの鰯の缶詰って、どうして楕円形なんだろと、ときどき思うんだよさ。

 そういえば楕円形のこと、後で思って今、書き足すんだけどさ、イワシの細長い身をそのまま入れるんだから、缶も楕円形なんだろな、そういう簡単なことだろな、と思いました、ハハ。

マンダラの三次元を、見てみたいな。感じてみたい

 マンダラに三次元があるって初めて知ったよ。
 いま、源氏物語のこと書いてある本読んでて、そこに書いてあった。
 曼荼羅ってそういえば、x軸とy軸のグラフみたいなもんかもしれないからね。
 その本にも、マンダラを、二次元グラフになぞらえて、解説してたところもあったよさ。

 僕にとって新しいこと書いてある本だから、またつっかえつっかえしながら読んでるから、読み終えるの遅くなるけど、それでもつっかえながら、心の中に入れてるよ。
 著者はあの河合隼雄だよ。『紫マンダラ』って、本だよ。
 読み終えたら、また感想、書くよ。

キムチ味おでんの大根、うまし

 大根を麻婆豆腐の素で煮たら美味しいんじゃないかとずっと思ってたんだけど、それをはじめて煮てつくってみたら、おいしかったよ。
 いままでも大根を薄切りスライスして麻婆豆腐に入れて食べてて、これはおいしいな、と思いながら食べてたんだけど、僕が思ってたのは、おでんみたいな、あの大きく切っただいこんの、キムチ味の大きな大根を、食べたらもしかしたら美味しいんじゃないだろか、と思ってたんだ。
 それでつくってみた。
 食べてみた。

 美味かったよ。
 ピリッとした味が大根に染みててね、ちょっとかたかったから、二日くらい煮込めば、もっとやわらかくなって歯ざわりと旨みが増すんだと思ったよ。
 それに汁は薄あじで、ちょっと飲んでもうまかったよ。

 大根のほかに、にんじんと玉ねぎとワカメを入れた。それもいい味出してくれたみたい。
 キムチ味おでんも、いいね、と思いました。

産まれた数が少ない世代の頑張ってる人がいて

 僕と同じ年頃の俳優やミュージシャンは少ないんだけど、少ないながらその仕事振りに共感して好きだった人は、とっても少ないけど、いたよ。
 たとえば三上っていったけかな、…俳優。
 そして名前も忘れたけど『そして僕は途方にくれた』といったかな、そのタイトルの楽曲つくって歌ってたアーティスト。
 小説業界では(小説業界も競争激しいからその人は残ってないし、名前も忘れたけど)、女の人がいたな。
 そのどの人ももう今、業界では活躍していないし、その業界の中でほとんど世の中に出てないようだ。

 僕が生まれた昭和三十六年は、子供が産まれた数が、とっても少なかったらしいね。その前後一、二年も、やっぱり産まれる数は、少なかったらしいね(あの日本の、人口構成比の棒グラフ見ると、分かるよ)。
 全体の絶対数が少なけりゃ、秀でる絶対数も、少なくなるんだろね。優秀さの率は同じだろからね。

 僕は転勤づとめだったから、日本のあちこちに、僕と同じぐらいの歳の、思い出す人が、いる。
 それは表現活動してる人だけじゃなくて、普通の仕事の人でもさ、数少ないけどそういう人たちの、僕が仕事ぶりに共感して尊敬してる人たちが、いる。
 そうして僕は、その人たちの一人ひとりを、一人ずつ、ときどき思い出すんだ。 

 僕が好きだったあのアーティストたちも、そして普通の仕事してる人たちも、僕の好きだった人たちは、いまもその人たちは、それぞれのところで、頑張ってるんだろな、と思ってるんだ。

じゃがいも、は今、メークインを食べてるよ

 じゃがいもは僕、ずーっと男爵いもを買ってたけど、去年からメークインにした。
 男爵のほうが、ほくほくしてて甘くて、日本の芋だ、って感じの味だと思ってたからさ。

 でも男爵、芽が出るあのくぼんだところの皮をむくのが、ちょっと大変かな、と思いだしてしまってね、そのくぼみから実際、芽が出ること多くてさ(それは早く食べればいいのだろけど、僕が、いも料理しないで放っておくから、芽が出てしまうんだけどさ)。

 そうしてずっとずっと昔に母さんに教えられたね、あのじゃがいもの芽は毒なんだという事。
 それ知ってからは、あの青い芽を見るのが怖くなってね(でも僕、あの芽は芋の中から出たてで新鮮なんだから、チャーハンかなんかに入れて炒めて食べたら美味しいんじゃないか、ラーメンの具に入れても美味いんじゃないか、と本気で思ってたぐらいなんだよね、ハハ)。

 それでさ、芽の出にくいのはメークインのほうだろな、だって芽の出るくぼんだ場所がないんだから、と思ってそれで、メークインを食べだした、という理由なんだよ。

 そしてでもさ、皮はむきやすいけどさ、あの毒の芽はメークインでもね、食べないで放っておくとね、メークインの少ないくぼみからでも、あの毒の青い芽が、出てくるんだよね。

 そうしてさ、メークインはちょっと、味、水っぽいんだな。
 でも今は僕、メークインを食べてます。
 なれればね、美味しいよさ。

倒れてた人を助けた…ことになったんだろか、疑問

 人が倒れてるのに出くわしたこと二回あるよ。
 一回目は夜。新発田市に転勤で住んでたとき、飲んだ帰りに街を歩いてたら、通りにあるスナックの玄関前のコンクリートに寝転んでる男を見てね、どうしたんだろと思って近寄ったら、目をつぶってて寝てるようにも見えたけど、もしもし、どうしたんですか、大丈夫ですか? と問い掛けたら、薄目を開けて僕を見て、「だいじょうぶ、だいじょうぶ…」と小声で言ったけど、掛けてた眼鏡のレンズが割れてて、…どうしたんだろ、転んだ拍子に壊れたのかな、と思ったんだけど僕もニブイね、後から考えたらあれは喧嘩でノサレたんだなと思ったけどその時は思いつきもしなくて、救急車呼びましょうか? と聴いたけど、その人は「いらない、いらない」とつぶやいて手を振ったから、それほどの事はないのだろかな血も出てなさそうだし大丈夫そうだなと思って、そのまま通り過ぎたけど…、あれで俺のやったことは良かったんだろうかな、と時々思い返すことあるんだよ。

 もう一つは、ホームヘルパーの資格取るために新潟市に汽車(今は電車と言うんだろけど)で通ってたときに、朝、新潟駅の通路に寝転んでいる人がいて、大勢がその男の人を遠巻きに囲んでいたんだよ。
 僕、なんだろかなと最初思って近づきながら見てても、大勢の中で誰もその男の人をどうにかしようとしないで、ただ見てるだけなんだけど…、ならば俺がやらなきゃ、とまたいつもの悪い癖が出てね、寝転んでるその男の人に、僕の歩きの向きを変えて、歩いて行ったよ。
 目の前に見る男の人、初老って感じだったけど、詳しいことは忘れた。着てるものはその人、背広じゃなかったのは憶えてる。ジャージみたいなの着てた。憶えてるのはそのくらいだよ(これはフィクションや小説じゃないから面白ろかしい脚色は付けないよさ)。
 で僕、痛いところありますか? 私が見えますか? …とか聴いたけど、小声でも返事はちゃんとしてたから、死にそうなことはないな大したことなさそうだな大丈夫そうだな、と思ってちょっと安心して後は駅員さんに任そうと思って、そこから駅員さんの居るとこに走っていって、通路に倒れている人が居ます、お願いします、と頼んで来てもらって、…後は任せてホームヘルパーの教室に向かったよ。

 でもさ、その時は思わなかったけど、あの男の人は、もしかしてただの酔っ払いだったのかな、それともその頃は居なかったホームレスってのだったのかな、…なんてずいぶん後から思ったよ。
 もちろん酔っ払いでもホームレスの人でも、倒れてたなら僕は助けてたけど、あの時はそういうことまで思いが及ばなかったなと、後で思い返すこと時々あるんだ。

 そしてそれは、きょう書いた事はもう、十五年前、十年前の、ことだよ。それ以来は、倒れてる人を見てない。…そこらへんの道ばたに倒れてる人が居ないことって、…多分、いいことだよね。…そうだよね。

冬の気構え持たせる

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新潟市に今朝、雪が降ったよ。
 10センチくらい積もった。
 今まで暖ったかかったから、やっと冬になったんだという気構え、するよ。

死ぬ時期は誰も分からないの、吉行淳之介に教えられたな

 吉行淳之介の文章を、偶然久しぶりに読んで懐かしかったから、書くよ。
 ひさしぶりの吉行の文章は、あんまりどうってことないなあ、と思ったな。
 野坂昭如が編集した、『けむりの居場所』っていう煙草にかんすること書いたエッセイ集の本を読んだら、吉行のエッセイが、その中に一つ入ってたんだ。

 そういえば、吉行が生きてるうちは、あれだけ誰からもチヤホヤされてたのに、死んだとたんに誰も吉行のことに何か言ったり書いたりする人少なくなったというか、いなくなった気がする。
 というか吉行のこと考える人も思い出す人も、いなくなった気がするな。
 そういう僕も、その一人だけどさ。

 安岡章太郎という作家がどこかで書いてたんだけど、…
 ふだんカッコツケてて、そしたまた友達付き合いのいい吉行淳之介でも、誰もいない自分の部屋で自分の書いた小説を推敲するときは、すみからすみまで、まるで舐めるように原稿用紙を読み返しては、自分の小説を何べんも何べんも書き直しているのだろう…という意味のこと、安岡が書いてたなあ(僕は実は、吉行淳之介よりも、安岡章太郎が好きなんだ。そして僕は安岡が、いま生きてる小説家で一番好きな作家だよ。その安岡章太郎も、もう歳だし何にも書かないけどね…。そしてその安岡が言うんだから、吉行はそういう人なんだろうな、と思ってる。そうして純文学を書くってのは、そういうふうに、隅から隅まで細かいところをこだわることなんだろな、と思ってる。「神は細部に宿る」って言葉あるもんね)。

 ところでさ、僕が盆も正月も気にしないで生きてるのは、吉行の影響なんだよ。
 むかし吉行がどこかで書いてたんだ。…私は正月をするのが嫌いだ…とね。
 でもね、吉行にまつわる人たちの本を何冊も読んだら、吉行は愛人のところで正月をするから、…あの何て言ったっけ昔女優してて福祉をやってる女の人、その人にバレないように、正月は家にいないし、大っぴらに正月を楽しんでないふうにヨソオッテたんだな、と。

 でもさ、盆や正月を、人並みに、というか月並みに、楽しまないことって、何だかカッコイイと思ってるのは、ダガシだけじゃなくて吉行だってやっぱり本当は、そう思ってたと思うけどね。

 そうしてね、吉行は七十歳まで生きたんだって(さっき吉行淳之介のことインターネットで調べたら書いてあったよ)。
 あれだけ病気して、そしてまた不摂生の生活してたんだから、もっと若くして死んだと思ってたけどさ。
 酒の量やタバコの量や、摂る栄養とか休養とか、そういう生活の仕方だけで、人間の死ぬ時期って決められないんだな、ということも吉行淳之介に教えられたな。

困難は分解すべし、という言葉に勇気もらった!

 きょう知った言葉。
「困難は分解すべし」
 新津のある人から教えられた言葉だよ。

 いまいま、困難だらけだけどさ、困難を楽しみながら、そしてその困難を分解して分解して、ちょっとずつちょっとずつ、クリアーしてゆくと、いっぱいの困難を、乗り越えられる気持ちしてきました。
 ホント、してきたよ。

液体が噴き出しの原理知りたい

 噴き出すという原理は、いったいどうなってるんだろと、いつも疑問に思ってるんだ。
 スプレーというものがあるよね、霧吹きというもの。
 その霧が噴出す原理を知りたいなあ、といつも思ってたんだよ。

 ところでおしっこが出る出方は、ねじれて出る。出てるとこを出方をよく見ると、分かるよ、ハハ。
 小学校で習ったこと。鉄砲の弾が飛び出る筒の中は螺旋状に溝が掘ってあって、それに沿って弾は回転しながら飛び出るんだって。それだから弾は捩れながら回転しながら、だからまっすぐ飛んでゆくんだってね。
 おしっこを見ると、鉄砲からが飛び出る出方と同じだと分かるね。ねじれながら飛んでくもんね。

 でも霧吹きとかスプレーから出る霧は、捩れて出てないように見えるんだよさ。
 丸い輪っかのかたちで、吹き出るんだよね。
 それはどうなってるんだろかな、どういう理屈なんだろかな、と思ってさ、その原理を知りたいなあ、といつも思ってるんだよさ。

 ああ、誰か教えてくれないか、その原理を。
 奥歯にものがはさまったような感じでいつも、気持ちわるいんだもん。

兵隊に行かずにすんで生きてきたダガシは

 子供の頃ばあちゃんとよくお風呂に入ったね。
 そうするといつもばあちゃんは戦争の話をしてくれたな。

 アメリカの飛行機が高い空から降りてきたと思ったら、鉄砲撃ちながら、わざとのように頭すれすれに低く飛んできて、またわざとのように逃げてるおれたちを遊ぶようにさ、ぎりぎりのところを飛行機から鉄砲の弾撃ちながら飛んでった、と。
 おっかねかった。と。

「なあも大っきなったら、…兵隊に行くがあろうなあ」
 といつも溜め息といっしょに、言ったよ。
 木の湯ぶねの中で、僕と一緒のお湯の中でね。

 それが僕は兵隊にもならずに、ぬくぬくとこの歳まで生きてきたな。
 こればっかりは、ばあちゃんの予言は、当らなかったねえ。

誰かをしあわせにしたいしたい目標、でも障害いっぱい

 この人が困ってたら役に立ちたいな、と思える人がいることって幸せなんだな。
 と思えるしあわせ。

 その幸せかみしめる瞬間ある、そのしあわせ。
 僕を作ってる大部分は人間ぎらいかもしれないけど、その幸せ感じさせてくれる人も、新潟市に、何人か、いたよ。

 この年末年始、あらたな目標が出来た。
 その目標を達成させようと今、動き出してるよ僕(何をしてるかは今は内緒。軌道に乗り出したかなと思えたら、報告します)。

 それは誰かを幸せにしたいと思ってて、それによってさ、僕自身もしあわせ感じられる目標だよ。
 今のところ目標やり遂げるのは、ホント思いもしなかった障害いっぱいだけどさ、それを乗り越えるのも、また楽しいよ、母さん。

オッパッピーは好きだけど、関係ネエ、は好きになれないダガシさ

 清掃会社に勤めてたとき、現場で使ったタオルを洗濯機で洗って、待機所に細いロープ張って干すんだけど、その干すときにタオルを、青、ピンク、黄色、白とあってさ、その色ごとに干すと、乾いた後たたんで色ごとに棚に仕舞うから、取り込むときに簡単で時間かからないし後が楽だから僕、干すときもいつも、色ごとに仕分けしながらロープに掛けてたんだ。

 あるときに僕のニ、三歳上のものすごく太った女の人と一緒にタオルを洗濯することになってね、その人と二人でタオル干してたんだ。
 その女の人、脱水が終わってカゴに入ったタオルを無造作に取り上げると、面倒くさそうに、やる気なさそうに、ロープに掛けてった。
 とうぜん彼女はタオルの端を引っぱって伸ばす、なんてこともしないでね、ハハ。

 僕、自分の干したタオルの端っこを合わせて両手で引っぱりながら、
「こうしてタオルの隅っこを合わせて引っぱって、そうして色を合わせて掛けてゆくと、後で取り込むときにラクですよ」と言ったらね、
「そんなの関係ない」と僕の目を見ないで、僕から顔をそむけるように、言ったよ。
 ハハ、そんなのカンケイねえ! ってか? いま流行りのね。

 だからからかな僕、あのオッパッピーっていう「そんなのカンケイねえ」というセリフが好きになれないんだよ。そうしてそれは、ダガシがオンナギライになるキッカケの、小さな一つだったな、ハハ。
 しかし、あの小島とかいうコメディアンのにんげん自体は僕、覚悟ある生き方自体は僕、まあ好きな気持ちもあるんだけどさ。

 そしてね、ものごとには関係ないという事は、ないよ。全ての事はカンケイあるよ。関係しあって、この世のものごとが在るんだもんさね。
 といって、物事ごとには、それぞれ別問題、という事は、あるけどね。
(ここに書き足すけど、給料を取ってる仕事である以上、それは効率を考える義務があるよ。効率を無視するのならそれは、趣味というものになるもんさ、お遊びじゃないんだからさ、ゴッコ遊びじゃないんだからさ。そしてだから、タオル干しという作業だってもそれは、銭取り仕事なんだからね。それだから効率を追求する義務があるんだよ。だって、仕事でのその効率がおろそかになった結果、その人が安易にラクした結果、どこかの誰かがその後始末をしてるんだからさ、タダ働きしてるんだからさ。…そのスジミチ分からない、分かろうとしない人間が、自分勝手な人間が、世間にいっぱいいるから、疲れるんだな)
 だからカンケイねえ、という言葉をテレビで聴いても、笑えねえんだなあ、ダガシは。

ブログ読みに行くのを控えれば、本を読めるかな

 ご飯を食べた後やお酒を飲んでるときは僕、ついパソコンを開いてインターネットを見てしまうんだ。
 インターネットで何を見るかというと、いろんなブログをたくさん読むんだけど、それほど読みたくてたまらないブログなんて少ないのに、面白くてたまらないなんてブログも少ないのに、ついついいくつもブログを開いて読んでしまうんだ(40個ぐらい読んでるよ。馬鹿みたいだね。自分で思うよ、ハハ)。

 その中で毎日書いてるブログはあんまりないから、読みに行くと新しいの書いてなくて、それも一週間も書いてないのがあって、この怠け者! なんて毒づくんだけど、まあ、人が勝手に書いてるもんで僕が強制することできないんだから、しょうがないんだけどさ(だから本当に読みたいブログは、RSSリーダーっていう仕組みを使ってね、その人が新しい記事を書いたということ分かるようにしておいてるよ。それで新しいの書いてある時だけ読みに行ってるんだ)。

 だけどその中で自分の商売の宣伝で書いてるのに、それも自分の身元明かして書いてるのに、定期的に書かない人が多いけど、これはやっぱり怠け者ということ晒してることだろなあと思うよ。
 僕だったら怠け者には、仕事を依頼しないけどねえ。書いてる内容中身の質は置いといて、少なくとも定期的に書きつづける勤勉さをウリにしなけりゃ、職業人としては駄目だろなあ(ただ、このブログからリンクして僕が紹介してるブログは、中身の質が良いから別格というか、間が空いても、いいんだよさ。それにRSSリーダーに登録してるからね…フォローかなハハ)。
 誰でもそうだろと思うんだけど、宣伝でブログ書いてる人は、間が空いてしまうと自分が怠け者と思われるということ想像しないのかな、不思議なんだな。
 これもまあ、余計なお世話なんだろな、ハハ。

 さいきんはインターネットばかり見てるから、人の下手なブログばかり読んでるから(暴言だ)、時間がなくて、最近めっきり本を読まなくなったよ。
 人のどうでもいいブログを読みまわるなんて、ただの癖なんだろうけど、その癖をちょっと改めようかと、思ってるところ。
 しかし僕も、きのうは三つも書いて、そしていま真夜中にまた書いてる。書きすぎだね。それはもしかして、淋しいからなのかねえ。
 いやもう本当に毎日続けて書きません、ホント。その言い訳かな?

正月だからいっぱい書いてみたけどこれからあんまり書かないように

 正月だから今日、昼間から飲んでるよ、ヘヘ。
 だあからブログも今日これで三つめだ。
 調子にのってるかな、ハハハ。

 あ、書こうと思ってたこと、忘れた。
 ちょっと酔ってるからかな。
 年々と頭がだんだん悪くなってるよ。それを自覚してるよ。
 自覚してるのが、まあまあ救いかな、と思ってるよ、ヘハ。

 ああ思い出した。午前中クルマで外に出たら、近くに出来た大きなスーパーのショッピングセンターに通じる道が渋滞で、それはいつものことで、その道を過ぎようとしたらさショッピングセンターから車が飛び出して僕のクルマにぶつかりそうになってさ、それも今まで時々あったんだけどさ、正月から人込みに、それもスーパーなんかに行くのを嬉しがってる人々の神経が知れないなあ、と疲れてしまってさ。

 お前らやることないのか? 本読んだりギター弾いたり詩を書いたり絵を描いたり、空を見たり、どうして自分は生きてるのかなと思ったり、…そういうこと思う時間持つことしないのか? しないみたいだなあ。だから無闇に人込みに入りたがるんだろうなあ、不安なんだろうなあ…。

 ブログを書くこと、僕は安易にいっぱい書かないようにしてたけど、正月だから、ちょっと気分をかえて、一日たくさん書いてみようと書いて、みた、よ。

 これからちょっと昼寝します。
 それは罪悪感ある昼寝だ。

正月に思う自分やブログや雪のこと

 爆笑問題という漫才師の二人組みが嫌いだ。
 どうして嫌いかを言うと長くなるから書かないけど、嫌いだよ。

 嫌いさの一つは、自分を見るようだから、かな。

 別のことだけど、今年からは僕、
 毎日はブログを書かないようにしようかな。
 ラクしたい、ハハ。

 いつも時々、毎日は書きませんと言うんだけど、
 つづけて書いてしまうんだよねえ。
 あらためて言うよ。
 毎日は書かない、と。

 ところで今年も丸っきり、雪がない正月だねえ。
 嬉しいような、そうでないような…。
 いやうれしいよ。

正月に死を思う不思議、それは精一杯生きようとする積極さだよ

 正月だから、死のことを思ってみようかな。
 僕は一休さんも好きなんだもん。

 いつか必ず死ぬということ、
 小学校の六年生だったかに、
 思って、怖くなったな。

 夏のカンカン照りの日に、家の外から茶の間を見たら、
 部屋の中が妙に暗くてさ、
 その暗がりに、じいちゃんとばあちゃんが座っててね、
 僕を見て、にこにこ笑ってるんだ。

 そうしたら僕、このじいちゃんばあちゃんは、いつか必ず、それも近いうちに、
 死ぬんだ、居なくなってしまうんだ、とどうしてか分かってしまって、
 怖くなって怖くなって、独りで震えてたな。
 夏の暑い日なのにさ、ハハ。

 それを今、
 新年の冬に、思い出してる、不思議。

 それから十年後と十五年後に、じいちゃんとばあちゃんは、逝ったね。
 自然に、逝ったね。
 正月に思いだしたよ。

新年は冬がいいの?

 どうして一年の始まりは冬なんだろとずっと思ってきたけど、答えが出ないよ。
 まあ、調べればそれなりの根拠があるんだろけど、僕は春が始まりのような気がするんだけどね。
 だって、雪が解けて地面が出て草花の芽が出てきて虫が土から出てくるんだよ。
 そうして暖ったかくなってきてなんだかウキウキする気分になるんだのにさ。
 だから春が、一年の始まりにはふさわしい気するんだけどね。

 世界の中では冬じゃなくて他の季節が、始まりだとしてるところもあるだろな。
 そういえば日本だっても、新春て言うじゃないかねえ。
 もしかして旧暦は、春が始まりだったのかな、どうなのかな。

 といっても、新年、という言葉聞けばさ、冬でも何だか意味もなくも、気が改まる気持ちも、するんだけどね、ハハ。
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