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徒然のブログ

つれづれの思いなどを

なぜ仕事、という答えはまだ見つけてないのだけど

 世の中で、名ばかり管理職ってのを批判してる風潮だけど、身体が持たないと感じたら、その仕事を辞めるべきだろうにさ。
 辞めない理由は結局のところは究極のところは、自分が可愛いからだろうにさ。
 だってテレビでコンビニの店長で名ばかり管理職だった人が言ってたもん。この正社員の職を辞めたら、またフリーターに戻ることになってしまうって。それが嫌だったと。
 正社員なんてものにこだわるから、その面子というか幻想の安定性というかにこだわるから、自分の身体と心の健康管理も何も見えなくなってしまうのにさ。
 それって、思考停止だよさ。

 去年の春、小児科のお医者さんが仕事が忙しいっていう理由で自殺したことで僕、嫌なら辞めるべきだ、辞める権利はあるし、辞める義務もあるんだということ書いて、お医者さんたちからのコメントでこのブログが炎上したけど、そのときあるお医者さんから教えられたのは、そういう辛い環境で鬱病になってしまったら、辞めることにも思いが及ばなくなるってことだったな。

 ただね、鬱病になりやすい人は、その人自身の体質が大きいと思うよ。あるいはその人のものの考え方が、鬱になりやすいのだと思うよ。
 なぜダガシがそう思うかというと、それは僕自身がクヨクヨしがちな人間だからさ。僕自身が、鬱になりやすいという自覚があるからさ、ハハ。
 だから、今俺は鬱になりかけてるかな、と思ったら、すぐさま気分転換しようとするし、身体を休めようとする。
 もちろん仕事の中では手が離せないこともあるけど、時間と気持ちをやりくりして、必ず、今とは別の考え方というか視点を、取り入れようとするよ。

 そういう、今と別の視点からの想いを、名ばかり管理職になっている人々も、持つべきじゃないのかな、と思うんだけどね。
 そのためには、自分の今までの何かと、自分の現在の何かと、自分のこれからの何かの、その中のあるいくつかを、良い意味で、諦めることが、大事だと思うんだよ。

 それと、名ばかり管理職として、人を安く働かせようとする人は、昔から大勢いただろうし、これからも減らないと思う。なぜなら、人間はほとんどの人間は、自分だけが可愛いから。

 それを批判できる人間は、自分が経営者になったとしても、絶対に人を安く使おうとはしないと、自分に誓っている人に限られるだろうさね。
 だけど当たり前だけど、人件費を沢山使っても、経営を成り立たさなけりゃならないんだから、その矛盾するような事をやらなきゃならないんだから、口ばっかりじゃ駄目なんだよ。
 人には給料を高く払いたい、と自分が言った事の結果を出さなきゃならんのだよさ。少なくとも結果を出そうとしなけりゃならんのだよさね。

 だけど、そういう珍しい事ができる人は、世の中の…そうだなあ、十万人に一人ぐらいの割合だろうなあ。旧新潟市の人口が五十万人だから、そのうちの五人だね、ハハ。
 そうしてダガシも、その五人の中の一人だよ。

 だって僕、独立したばっかりの頃、お客さんから受けた仕事で手が足りない時に、他の掃除屋さんに手伝い頼んだんだけど、三十人ぐらいは頼んだんだけど、そういう時は、僕の取り分よりも、手伝いに来てくれた人へ支払う金額の方が多かったもんさ。
 なぜなら、安い金額でしか仕事できない人間って、やっぱりそれなりの仕事しか出来ないと思ってるから。出すものは高く出して、そして仕事で出すべき結果を出してもらおうと、思ってたから。
 でもさ、僕よりお金を高く払ってる人でも、仕事の結果を出してくれた人は居なかったし、結果を出そうとしてくれた、一生懸命さが見えた人も、今まで二人しか居なかったんだけどさ(その二人のひとは掃除屋さんじゃなくて、大学四年生と主婦のひとだった。ということは、掃除屋さんって人間のレベルは…? ハハ、愚痴だね、馬鹿だね)。

 だから、自分が安く使われていると思ったら、そうしてそれが少しでもチラッとでも思った時点で、これは自分という人間に、今の自分の能力に、いや自分が出した結果に、見合ってる仕事なんだろうか、と疑ってみることが大事だろうさねえ。
 でもたぶん世の中の人にとって、その大概の人の仕事は、その人にとって給料もらいすぎの仕事だと、思うけどねえ、ハハ。

 そうして、なぜ仕事するのかな、と考えてみることも大事だろうねえ…。多分それが一番大事なことじゃないろかな。
 そしてその答えは僕も、まだ見つけてないのだけどさ。

人間って、やっぱりバブルが好きなんだなあ。…ダガシも?

 食べる物買おうと思って、去年近くに出来たスーパーのでっかいの、ショッピングセンターっていうのに初めて行ったよ。
 そこは僕、人が多すぎるだろうから普段は近づかないようにしてて行きたくなかったんだけど、さっきは帰り道だったし、この時間帯(夜の八時だった)は空いてるだろうと思ったから、入ってみたんだ。

 そしたらね、人でウジャウジャしてた!
 まあ給料日後の土曜日の夜だから、そうなんだろかもしれないけどさ。
 まず駐車場がほとんど満杯だった。
 そして建物に入ってみたら昼間みたいな照明の強さで、その下を、僕が十八の時に原宿の歩行者天国を初めて歩いたのを思い出したぐらいな、「今日はここは祭りなんだろうか?」と思ったぐらいに人間であふれていたよ。
 新潟市の、どこからこの人間たちが湧いてきたんだろうかと思うぐらい、ウジャウジャ居たよ。
 専門店街のレストランも、全部の店が満員に、お客が入っていたよ。
 そしてそのどの顔も、どの顔も、嬉しそうだったなあ。

 どうしてここは、こんなに嬉しく感じてる人々が、集まってるんだろか、と思ったよ。
 今は、不景気じゃあ、ないんだろうか、と疑ってしまったよ。
 そうして僕は、その人たちの顔つきを見て、バブルってのを、思い出してしまったよ。
 人の多さで、人の多さで、その顔、顔は、バブルの頃の、あの頃の人間の顔つきに、似てたと思ったよ。

 僕もその雰囲気に釣られたのかね、つい牛肉のロースステーキとヒレステーキを買ってしまって、焼いて今、食べてるとこ。
 これは、良い事なんだろか。それともいけないことなんだろか。
 そしてこの肉は、久しぶりの味だったからかな、忘れた味だったからかな、…そんなに美味しいとは、思わなかったよ。

 そうしてね、このバブル気分を創りだしているスーパーの会社の頭の良い人は、ホント頭いいなあ、と思ってしまいました。といって僕は、その頭の良さに共感してるわけじゃ、ないんだけどさ。

ポリッシャーのブラシ台を替えてるとこ

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写真じゃ分かりずらいけど、この床、エンボス加工っていうものでね、細かい凸凹がある床なんだ。
 その凹みに汚れが入りこんで、その汚れが溜まってしまって、ちょっとやそっとじゃ取れなくなってしまうこと多くてね、今までも、そういう床の汚れ落しには僕、すごく苦戦してきたんだよさ。
 へこみの中の汚れが落ちなくてさ、汚れてる部分だけ剥離剤とか色んな洗剤使って、落ちるまで何編も、洗い直ししてきたんだよ。でも剥離剤を使うと床材を傷めやすくなるから本当は、こういう剥離剤とか強い洗剤は使いたくないんだ。

 それで今では、自分で調合したオリジナルの濃いめの洗剤で、ブラシで洗って汚れをふやかした後、一回汚れ分を吸い取って、その後ポリッシャーをスポンジパットに付け替えてから、細かい汚れ落しと濯ぎを兼ねて、もう一度たっぷりの、お湯洗いをしてるんだ。
 それでも落ちない汚れは這いつくばって、金ヘラで、ワックスと一緒に削り落とすしかないんだけどね。
 そうして、それぞれの細かいやり方は、昭美堂の企業秘密だから書きません、ハハ。

 だけどエンボスってのはクッション性があるし滑りにくいから、足に優しいから、このお店の社長さんの、お客さんへの優しさが、床にも内装にも、表れてるんだよさ。

ユーザー車検の理由…メリット、デメリットきちんと伝える誠実

 きのう、クルマの車検をしたよ。
 ユーザー車検というのをね。
 もうユーザー車検は僕、バイクも入れて七、八回めなんだけど、今回はまた初めてのこと多かったな。
 まずにいがたしで車検受けたのが初めてだったんだけど、事前の電話での問い合わせで、にいがたしの(いつものことだけど)人間たちの受け答えが無神経で、また腹立ったから電話で喧嘩になったことと、その反対に、軽自動車の車検って、あっさり簡単に済んだことだったよ。

 なぜダガシがユーザー車検をしているかというとさ、お金の節約ってのもあるけど、それよりんも大事なことはね、昔二十年も前に、まずバイクの車検を、あるバイク屋さんに頼んだらさ、頼んでもいない例えばガソリンタンクのサビ止め塗装とか他いろいろを事前の連絡なしにやって、十五万円以上の請求をして来やがったから。…それって詐欺だろうと思ったことと、もう一つ二十年前にクルマの車検を頼んだディーラーが、やっぱり頼んでいない下回りの塗装とか何かいっぱいしてきて、請求二十万円弱で…。だからもうバイク屋も自動車会社も、僕は信用しなくなったからなんだ。

 だってさ、お客に請求するのためには、依頼された仕事しか、請求しちゃいけないはずだろ?
 そうして仕事をするためには、お客から注文されて初めて、するべきだろ?

 お客さんから頼まれない事するのは、それはボランティアですべきことだろ?

 請求する金額は、事前にお客さんから、了解を得ている仕事に、限られる仕事だけのはずだろ?

 だから、それ以外の請求は、詐欺だよ。悪徳リフォーム会社と、同んなじ体質だよ。

 今こういう状況で、お客さんが願う事になるためには、これとこれをしなけりゃならないけど、それをするためには、いくらぐらいかかるけど、良いですか?

 そして、それをした時のメリットとデメリット…。
 それをしなかった時のメリットとデメリット…。
 これをお客さんに、きちんと提示しなけりゃ、…それは仕事とは言えないはずだと、思うけどねえ。

 ぼくだって、ハウスクリーニングで頼まれない事やることは、いっぱいあるけど、それは、僕が勝手にやってる事なんだから、請求するべき事じゃないと思ってる。
 それを勝手に、相手の同意を得ないで、勝手にやっておいて、それを勝手に請求するその根性…。
 それはクルマ屋もバイク屋も、倫理観なんてものは無いんだなと、そのとき思ったんだ。

 だからもう、その後はダガシは、ユーザー車検しかしてないんだよさ。

 しかしね、事前に喧嘩した新潟市の軽自動車の車検場は、実際に行ったら、どうしてか気配り行き届いていたよ。にいがたしの人間と会話したり応対したりする雰囲気じゃないぐらいの気持ち良さだった。
 それはもしかしてさ、ダガシってウルサイ奴が来るから、そいつだけでも怒らせないようにしようとしてたのかな、とさえ思ってしまったよ、ハハ。

 でもさ、それでもそれが何かのキッカケになったんならいいのかな、なんて自己満足を思ってみたり、しました、…ハハ。ごうまんな、じこまんぞくかも、しれないけどね。

引っ越し回数の多さが人間のこまやかさ創るけど、もっと本質的なものは、三つ子の時までの可愛がられかただろと思うダガシ

 今朝思ったんだけど、にいがたしがきらいだ嫌いだと言いふらしててさ、いったいどこの街が好きなんだと言われると、いっとう好きなのは藤沢市だよ。
 それも辻堂だ。
 茅ヶ崎も好きだ。
 それと会津も好き。
 ああ、そして酒田も好きだ。

 でもね、十五年ぐらい前、転勤でにいがたしに一年くらい住んだことがあってね、その時思ったのは、にいがたしって封建的でなくて開放的で明るくて好きだなあ、なんて思ったこともあるんだよさ。
 それがどうして今は、こうも反対を思うんだろかな、なんていつも思ってるんだけど、今朝分かったよ。
 それは十五年前のにいがたしで、僕が親しく付き合ってもらって好きだと思ってた人たちは、みんなにいがたし生まれじゃなかったよ、ハハ。
 北海道とか東京とか他いろいろ転勤してきて、にいがたしにたまたま住んでいる人と、付き合ってたんだ。
 そしてやっぱり、その頃もダガシは、にいがたし生まれの人間とはウマが合わなかったよ。
 それは学歴がどうのとか、お勉強ができるとか、いい企業に勤めてるとかは、まったく関係なかったよ。
 だって新潟大学出てたって無神経な奴は大勢いたし(といって僕は新潟大学って、単なるイナカの一大学だと思ってるから)、そして第四銀行の同年輩の若い行員と話したときも、その無神経な官僚的な考えと、汚らしい差別意識に、辟易した覚えあるもんさ(第四銀行の人間って、イナカモンが多いんだなあと、そのとき思った憶えがあるよ)。

 そうしてね、僕の好きな藤沢の人たちだって、あのころ僕が付き合ってもらってた人々は、よく思い出したら、藤沢生まれじゃなかったもんさ。
 その人たちは、山形とか山梨とか長野とかに、仕事で転勤したとか、親の転勤で引っ越しした経験がある人だけが、僕とウマが合って、親しく付き合ってもらった覚えがあるもんさ(でも酒田市に居た時に僕によくしてくれた人たちは、地元の酒田生まれの人だったな。ただ、その人たちはの材木屋さんとか、昔からのお金持ちで、おっとりしていてかつスジミチ知ってる人たちだったなあ…。今思い出すとね)。

 ということは、いろんな土地に住んだ経験が、いやいろんな土地に住むことによって、その土地その土地で、よそ者扱いをされて、疎外感を味わったことがある人が、本当に優しくなれるのじゃないのかな、思いやりってのを持つことできるのじゃないのかな、と今朝、思ったんだよ。

 でも本当は、引っ越し回数の多さより、やっぱりさ、ダガシが本当に思ってるのは、…三つ子の魂の…、三つぐらいまでの、その人の身体と心への、可愛がられかたが、その人の心のこまやかさと優しさを、はぐくむんだろうと、思うんだ。

芽が出てた

 陽が沈むのが遅くなってる。
 暖ったかくなってる。

 じゃがいもの皮むこうとしてさ、
 買い置きの袋から取り出したらさ、
 全部のじゃがいもから芽が出ていたよ。

 春なんだね。
 春になったんだねえ。

文章で表す難し夜のひこうき雲

 さっき空を偶然見たら、満月だったし、そのまん丸いお月さんのすぐわきに、飛行機雲が、天の川みたいに、ずうっと横にのびてたよ。
 夜中にも飛行機って飛ぶのかな。
 そして東から西へと雲は横たわっていたけど、その方向は新潟空港とは違う方角だけど、あれは本当に飛行機がつくった雲なんだろかな。
 いろいろ思った。

 満月がとっても強く光ってて、その近くにのびてる長い雲も、白くよく見えてたんだ。
 生まれてはじめて見た夜の飛行機雲で僕、ちょっと興奮してさ、携帯電話で写真撮ってみたんだけど、撮った画面を見たら黒い画面にポツンと線香の燃えてる先みたいな小さいものが一つ光ってるだけで、雲も星も見えない、何にも見えない、真っ黒い暗い写真だったよ。

 風景を、写真でなくて文で表すのは、むずかしいなと思ってる、夜中のパソコン。

花粉症は山国より海ぐにが良いのだろ

 今年は去年よりくしゃみが多く出る。
 ということは花粉が去年より沢山飛んでるんだろうな。
 でもまあ、二十代の頃よりよっぽどくしゃみも鼻水も減ってるけどさ。

 いまふと思ったんだけど、新潟市って平野だから、周りに山がなくて、ということは杉もなくて、花粉が飛ぶ量も少ないのかな。
 だから花粉症のダガシも、咳もくしゃみも鼻水も、あんまり出ないのだろかな、と思ったよ。

 いちばんくしゃみと鼻水が出て困ったのは、松本市に転勤で住んでた時だったな。
 あの頃は七月までくしゃみと鼻水が出てて、勤めてた店の棚卸しが七月にあって、長野県の県本部から偉い部長たちが応援に来てて、その前で、ハクション、ハクションとティッシュで鼻かみながら、涙流しながら、棚卸しした憶えあるよ。
 部長たちは僕のことを、何だか珍しいもの見るように見てた、これまた憶えが、あるよ、ハハ。

 海のそばのほうが、花粉症には良いのかな、と思いました。

左利きの甲斐バンドがカッコイイし、天才

 ダガシの一番すきな歌を教えるよ。
 甲斐バンドの『吟遊詩人の唄』って楽曲。それは陽水の歌よりも、達郎の歌よりも、好きな歌なんだ。
 そしてね、甲斐バンドは、ラジオやカセットテープで聴くのが、いいんだよさ。
 だってテレビやライブじゃ、甲斐の表情や、唄う時のしぐさの、わざとらしさやクササが、鼻に付いてしまうからなんだ。
 でもね、甲斐バンドの実物を見ないで、歌だけ聴いてると、これが、いい曲だなあ…と心にジーンときちゃうんだよさね。はあー…。

 でも僕がジーンと来るのは、甲斐バンドの、初期の歌だけなんだ。「きんぽうげ」とか「ポップコーンをほおばって」とか「観覧車」とか「最後の夜汽車」とか「裏切りの街角」とか「バス通り」とか(いくつも出てくるね、ハハ)、その頃のいろいろね。
 だけどヒットしてしまった『安奈』とか『ヒーロー』とかは、楽曲自体にもクササが染み付いてる感じしてしまって、あんまり聴きたくないんだ。
 でも、さっき書いた初期の甲斐バンドの歌は、特に詞は、歌つくりの天才が創ったのだろうと思うほど、感動する歌なんだよさ。
 この「吟遊詩人の唄」は、僕、特に好きなんだよ。

 そうしてこの甲斐よしひろという人は左利きなんだけど、YouTube観ると、その左利きの人がギター弾いてるのを見ると、カッコイイなあと思ってしまうんだ。
 どうしてか左利きがカッコイイと思ってしまう、ダガシだからね。

フィギアスケートって、みずうみで遊んでいる小鳥…

 今ちょうどテレビつけたらフィギアスケートやってて浅田真央が演技してるとこ観たよ。

 そのとき思ったんだけど、フィギアスケートって、山深いみずうみで、誰もいない、誰も来ない、誰もみていないみずうみで、
 湖面の上を、子供の鳥が、きれいな色の羽の小鳥が、泳ぎながら、飛びながら、一人で機嫌良く遊んでいるみたいな、そんな感じ思ったよ。
 そうして偶然とおりかかった僕だけが、その小鳥の遊びを見られた幸せ、みたいなもの感じたよ。

 もしかしたらそういう比喩は、もう大昔から言われてることなのかもしれないな。そうならば今ごろダガシが、感じたんだろな。
 でも誰からも教えられてないことをふと思ったんだから、僕自身を誉めたいな、なんて思いました。

世の中のハウスクリーニングの資格などマヤカシでしかないよ。本当に必要なものは、エンターテイメントでありホスピタルの気持ちだろさ

 最近ハウスクリーニング業界で、日本のあちこちで、「ハウスクリーニング何とか協会」ってのが出来てるんだけど、それみんなインチキだよ。本当だよ。
 だってさ、自分勝手に検定試験とかハウスクリーニングの資格を、これまた自分勝手に作ってやってたりして、それで儲けようとしている…ある意味詐欺みたいなもんだよ。

 資格を与える立場になれば、受験料と、そして権威を得ること出来ると思って。
 その次にその権威で商売が出来ると思ってるんだろうけど、何の根拠もないくせに、協会を名乗ったり、空々しい資格を作ったりして、汚らしいなと思うよ。
 ただの資格商売ってのをやってるんだろと思うよ。悪徳リフォームとか悪質フランチャイズと、同じもんだろと、思うよ。それなのに、そういう悪徳商売にハマル人々が、そして清掃業者がハウスクリーニングの資格を持っていれば安心だと思って依頼するお客さんが、世の中にはいっぱいいるんだろうかねえ。

 それからね、ハウスクリーニングってのは、世の中の人は、いや世の中の人だけじゃなくて、特にハウスクリーニング業界では、ハウスクリーニングの事を今だにアパートマンションの空き部屋清掃のことを言ってるんだから困るんだけどさ。そういう人が言うハウスクリーニングってのは、お客さんから直に仕事受ける仕事ではないのにさ。
 ということは、作業する場面を誰にも見てもらってないかたちで作業するんだから、…それはどうしても手抜きが生じるだろうしさね(普通の人が仕事やってれば、やっぱり誰も見てないなら、ラクしようとするもんだろうしさね。そうして掃除屋さんたちって言っちゃ悪いけど、普通以下の倫理観の人しか僕、見たことないからさ。それにね、僕がお掃除屋さんに勤めてた時、やっぱりアパートマンションの空き部屋清掃をいっぱいしてたけど、やっぱり手抜きが横行してたよ。…簡単に言えば「見える所だけやればいい。安く受けてる仕事なんだから」と言われてたな。だからそれ以上キレイにしようとしたら、逆に上司に、「そんなに手間をかけるな!」と怒られたんだからさ、ハハ)。

 その反対のね、お客さんが実際住んでいるお宅に伺って、お客さんから見てもらいながら、お客さんを楽しませながら、お掃除する在宅ハウスクリーニングってのは、職人としての知識技術を持ってるのはもちろん、僕が思う本来のハウスクリーニングってのは、エンターテイメント業であり、ホスピタル業であると、ダガシは思っているんだけどさ。
 だからハウスクリーニング業ってのは、このエンターテイメントとホスピタルってのが、キモだと、僕は思うんだよ。

 ということは、空き部屋掃除をやってる掃除屋さんが、在宅ハウスクリーニングが出来るわけがないと、僕は思ってるんだ(だって空き部屋清掃は不動産屋の下請けであり、誰にも見られない現場で作業することだからね。ということは客商売という意識で仕事してない業種だからさ)。
 それに、僕が自分の部屋のおそうじを頼むとしたら、おのれの仕事は客商売という事を意識している人じゃなきゃ、頼みたくないからね。

 僕は、そういう、相手を楽しませる事で、相手を幸せにするって事で、仕事している自分も楽しむ喜ぶっていう、そういう意味の客商売ってのを意識してるってことが、それこそが、ハウスクリーニングの資格に当てはまるだろうと、思うんだよ。
 それは、…誰もが出来ることじゃ、ないよね。
 それは、…それまでの経験とか知識とかじゃ、おっつかないものだよね。
 それは、…ある意味、生まれつきなのか、小さい頃の育ち方というようなものなのか、…そういう才能が、必要なものだろと、思うよ。
 その才能を、もっと自分に欲しいなと、ダガシは、願うよ。

ガス代から、行政の競争を願う

 もうすぐストーブもしまう季節だということで、ガスストーブにしたガス代がいくら掛かったかというと、ひと月四千円弱だったよ。
 灯油だったら今まで、安い時期なら月2000円ぐらいで、去年ぐらいからの灯油が高い時期なら4000円くらいだろうかね。
 ということはガスも灯油も同じぐらいの、お金かかりぐあいだろうかね。
 ただガスはね、灯油を買いに行く手間がないし、ストーブのタンクに、灯油を足す手間もないんだな。
 それは、今から思えば、ラクだったなと思うよ。

 ただね、北陸ガスという会社に僕、接客の応対とかいろいろ、いやだなと思ってるから、ガスを出来るだけ使いたくないと、思ってるよ。
 それは、その業界を独占してるから、その会社が調子こいてるんだろうと、思うよ。
 何の業界でも、独占は、だから、良くないのが、分かるよ。
 独占は、…役所も、独占してるから、良くないんだと、思うよ。
 役所も行政も、一つの地域に別の役所や行政を作ってさ、そうして競争させれば良いのじゃないかと思ってる。
 そうして、ほかの役所や他の行政と、そいういう何かと競争すれば、今よりずっと、良くなるのにさ。

ちゃんと自分自身の死に方を、ちゃんと考える人を好きだよ

75歳より生きたら医者にかかるのは、患者本人にいっぱい金かかるよという制度に、政治家たちが特に野党の政治家たちが、そしてテレビ関係者たちが、面白半分に批判してるけど、
 じゃあ、誰が金出すの? と問われたら、誰も返答できないだろうにさね。

 それよりもさ、
 年取ってさ、まだ医療費ジャブジャブ使って、からだじゅうにパイプつながれて、人工呼吸器つながれて、半分意識ないのに、世の中に貢献してないのに、世間に自分の知識技術伝えてないのに、そうして伝えるべき技術知識も、伝えるべき生きるための哲学も、そしてまた、伝えるべき死ぬための哲学も、ないのにさ…。

 まわりの人間も、自分も、いつまでこのままこの状態のまま呼吸しつづけるのか分からないまま呼吸しつづけて、若い者が怪我や治る病気で医者にかかろうとしても掛かる医者病院がないのに、ベッド占領している、この事実…。

 僕は、地球上の生き物の、健康的な地球の生き物の生き方は、今の日本の人々の生き方じゃあないと、思ってるよ。
 年取ったらさ、自分の死に方を想う、いつかは死ぬ生き物としての、自分の生き方を想う、そういう生き方が…、真っ当な地球の生き物としての、行き方だと、思うんだけどさ。

 なのに、75歳過ぎても、まだ、たっぷりと医療を使いたがる、医者に掛かりたがる、自分の生き物としての死に方を考えずに、いつまでも生きたい生きたいと、死にたくない死にたくないと、浅はかな生き方続けたがる、そういう生き方続けたがる日本の人々には分からないだろうなあ(…それはきちんと、ちゃんと、それまで生きてこなかったんだろうな、自分自身にふさわしい死に方を、自分自身で考えて生きてこなかったんだろうな、と思うよ)。

 でももちろん僕は、健康なお年寄りに、あえて早く死ねと言ってるわけじゃないよ。
 そして事務的に75という数字で区切ることは、ナンセンスだとも思ってる。

 だからこの法律は、75じゃあなくて、この法律は60でもいいと、ダガシは思ってしまうんだけど、そう言うと、またかえって叩かれるんだろうなあ。

腹の底から心の底からシャウトする歌聴きたい

 僕の好きな歌手の唄うのを聴けるホームページがあるんだ。
 YouTubeってのだ。

 こないだ世良公則のこと書いたけど、インターネットが繋がらなくなって、それがYouTubuにリンクした責いかもしれないと思ってさ、あのエントリーを削除してしまったんだけど、ただプロバイダーの方の責いだったからシマッタと思ったけどさ。
 そして僕の好きな、僕がイカレテル歌手たちの唄うのが聴くことできるんだから、それもタダで聴く事できるんだから、…凄いことだよねえ!

 ダガシが中学生から高校にかけてイカレテた、『かぐや姫』。
 他にもね、僕がイカレテて、僕が必死になって唄ってた、アンルイス、オフコース、山下達郎、都はるみ、北島三郎…とダガシがイカレテた歌唄いの歌聴けるんだから、インターネットって、お得だなと、思いました。
 そうして、僕がイカレテる歌唄いの人って、みんな腹の底から、心の底から、シャウトする人なんだな、だから僕は好きなんだなと、思いました。

日本の真ん中に湖いっぱいはどうして?

 ツーリングでバイクで走ってると、ちょうど分水嶺を越えるところに綺麗なみずうみを見ることが多いけど、だから僕、日本の真ん中には、縦にずうっと、大きな湖が並んでるなあ、と前から思ってたんだよ。

 北からだと、十和田湖、田沢湖、猪苗代湖、中禅寺湖、諏訪湖、そして日本一大きな琵琶湖と。
 他にも、これほど大きくはないけど、本州の真ん中をバイクで走ると、いっぱい湖があってね、その水は青色だけじゃなくて、緑や紫や赤っぽい色や、白い色のみずうみにも、出会うことがあったな。
 水の色の違いは、水に溶けてる鉄分や硫黄なんかの、金属の溶け具合の違いとか、温度とか、朝昼夕方でも太陽の光の当たり方でも、色が変わって見えるんだろうね(福島県の米沢から会津に抜ける山の中の有料道路沿いにある、いくつかの湖は、いろんな色で、そして標高が高い場所から見下ろせて、綺麗だったなあ。今でも憶えてる景色だよ)。

 そして今まで、本州の真ん中に縦に沢山みずうみがあるのはどうしてかな、と思ってたんだけど、それって地面が両側から引っ張られて亀裂が入るのかな、それとも反対に両側から押し付けられて皺が寄って、小さなシワが寄せ集まって大きなシワになって、そこに水が溜まるのかな、なんてこと考えてた。
 だけどそういうことはもう、地学の学問で解明されてるんだろね。

 ときどきこれを思い出すたびに、はっきりしたこと知りたいと思うけど、実際の生活に関係ないから、調べようとしなくて、答えが分からないんだけどさ。
 でもいつか偶然に、知ること出来るんだろうな。

医療業界ってば分裂病的で

 病院に看護助手で勤めて思ったのは、看護婦さんってチンピラみたいな人間が多いなあ、ということだったよ。
 患者をイジメることで、そして自分の後輩や下の立場の人を虐めることで、自分の何かのコンプレックスをすりかえてなぐさめてるように、思えたな。
 だからダガシは看護婦嫌いになったし、オンナギライが加速したんだけどさ、ハハ。

 そしてその時はお医者さんとはあんまり接しなかったけど思ったのは、お医者と、かすかに喋ったり顔つきや仕事ぶりを見たかぎりでは、医者って、チンピラもいるし、逆に(愛すべき)ハクチ的な一生懸命さ持ってる聖人君子のような人もいるなあ、と思ったよ。…それは岸田秀的に言えば、個人の統合失調症(分裂病)的な感じを、医療の業界全体として、そういう分裂病的なものを持ってるなあ、と思った。

 そういうこと、お医者さんたちは、自覚してるんだろうかとも、思った。
 まあ、自覚してると、期待したいよ。
 でもさ、そういう普通じゃない精神持ってるから、人の生き死にに関わる苦しい現場でも、結果出しやるぞ、俺は、やってやるぞ、と良い結果出そうとするんだろな、と思うんだけどね。

 そして看護婦さんの中でも、チンピラだけじゃなくて、聖人君子の女性もいたから、看護婦さん全体としても分裂病的な感じ持ってると僕は思ったけど、それはお医者さん達と同じで、いや、ある意味で世の中の、仕事に打ち込んでる人々は全ての人が、分裂病的なものを持ってるんだろかもしれないな、と思ったよ(ダガシも含めてね)。

 そうしてね、分裂病的なものを持ってるのは、いわゆる聖職、といわれるショクギョウの人に多いように見えるよ。お医者さん、看護婦さん、学校の先生、警察官、介護福祉の業界の人たち…。

 それはそういう人は、仕事してて、幸せかどうかというと…。まあ、幸せの定義は、そういう人にとっては、幸せの中に、いろんな苦しみが含まれてないと、幸せと感じないんだろな、と思うね、ダガシと同んなじでね。
 それは、ある意味でマゾだかららろうからね。
 そういう人は可哀相だね。
 でも僕は、そういう人に、共感してしまうんだけどねえ、ハハ。

お客さんをことわると売上アップ?

 きのう確定申告したんだけど、そのために売上を計算したらさ、去年の平成19年度はそれほど忙しくなかったから売上は低かっただろうなあと思ってたら、領収証をめくりながら足し算したらね、その前の年18年度より、たくさん売上あったよ。

 おととしの平成18年は、それまで少しずつでも毎年売上がアップしてたのに、その年だけガクンと下がったんだ。
 というのは、定期的に仕事仕させてもらってたお客さんの中の、作業量の割りに安い仕事の取引先に、「もうこの値段ではお仕事出来ません」と話しして、そういう僕が安いと思う仕事をぜんぶ切らせてもらったから。
 だから18年度は作業する日がとっても少なくなったし、売上もとっても下がったんだ(お客さんから「何故やらないんだ」と強く言われて、そのとき僕も機嫌悪い時は、「人を安く動かそうとするようなお前みたいなコズルイ奴とは付き合いたくないんだよ、それって人様の知識と技術と時間を泥棒してることだぜ! お前は泥棒だ!」なんて言ったりして、お客さんと喧嘩になったこともあったなあ…ハハ)。

 そのために売上が下がってお金も無くなったけど、でも、自分の仕事の出した結果に対して、安いなあ安いなあと、クヨクヨ、グチグチ思いながら作業やってるより、なんぼか精神的に健全だったよ、生活はとっても苦しかったけどね(正確にはいつも苦しいけどさ、ハハ)。
 それにね、人に安く仕事をさせようとする人間って百パーセントの人間が、威張るんだ。そしてミミッチク人を安く使うことだけが生き甲斐で、出す金が減ったよ、ああモウカッタ儲かった、なんて思ってるだろう人間は、総じてやっぱり威張るし、そして総じて無神経なんだ。だからそういう意味でも、付き合ってると疲れるんだけどさ。
 ただ、そういう人間と付き合える度量みたいなものを持つことも大人なのかもしれないけど、僕はそういう大人には今はまだ成らなくともいいと思ってる。いやこれからも成らないだろうと思ってる。

 そして去年の19年度もまた二軒ぐらい、定期的にワックスクリーニングさせてもらってた病院や美容院で、色んな意味で、というかさっき言った意味で仕事を断ったところもあったから、また去年も売上は悪いだろうなあと思いながら、こないだ領収証を一枚一枚めくりながら計算したら、そしたらば、18年度よりいっぱい多いんだよ。
 俺、計算間違ったな、と思って検算したら、同じ数字だったから、まさかと思ってもう一度足し算したけど同じ数字だった。

 やった! と思いました。
 稼働日というか作業する日数は少なかったけど、昨年対比で大幅に売上良くなったのは、単価の高いお客さんが多かったからだよ。5万円以上の領収書もいっぱいあったから。そんなのこれまでなかったからね。

 どうしてかな、と思うんだけど、まだ理由は分からない。これから検証するつもり。
 でも、これがマグレにならないように、またもっと色んな精進したくなりました。

二十年前のエイズニュースで、危ないことはしない世代か

 きょう偶然、エイズのことをあるホームページで読んだんだけど、日本でエイズ患者が初めて発見されたのは、たしか僕が二十五のときだったと思う。それは長野県で。もう二十年も前だね。
 その三年後に松本市に転勤になった僕は、仕事が終わって女の子のいる酒飲む店に、松本のそういう色んな種類の店にいっぱい行ったけど、その中で自分に言い聞かせたのは、たしかエイズは長野県で見つけられたんだよ、だから危ないことは、危険な一線は、超えないようにしようぜダガシ、と自分に言い聞かせて、その頃ただ店の中で酒飲むだけで、女の子と喋るだけで、色んな欲望をとどめてた憶えが、あるよ。
 いろんな危ないことを、したい年頃だったのにさ、ハハ。

 たぶん今も僕は、エイズには罹ってない自信はあるけど(…だってヘンな場所でヘンなことはしてないから。…それはヘンなことしないのが幸せなのかどうかというのは置いておいてさ。…ヘンなことしないことは寂しいのじゃないのかという気持ちもあるんだけど。うーん…)そういう意味でダガシは幸せなのかといえば、分からないけどさ、ハハ。

 あの頃テレビで、エイズで日本中が、世界中が、滅びるんじゃないかなんてニュースがいっぱい流れてたけど、二十年経った今も、エイズに罹ってる人を、僕は身近に見たことないんだから、実感としてエイズは、それほど恐い病気じゃなかったのかな、と思ってもいるよ。

 でもね、僕、これからまだまだやりたいこといっぱいあるから、エイズになんか罹るようなことは、しないつもりだけどね。

 今ふと思ったんだけど、僕ぐらいの四十半ばの人間って、あの頃のいろんなエイズのニュースでエイズが怖くなって、強制的にエイズ恐怖症に罹ってしまって、だから精神的に自分の心にストップをかけるようになって、色んな危ないことはしない世代なのかな、なんて思いました。
 それ以降の世代の人々は、もしかしたらあんまり、エイズやそういう病気には無頓着になってるのかな、と思ってみたりもしてるけど…。
 だけどでも、今の二十代三十代の人って、別の違う理由で、危ないTPOで、危ない行為はしないように見えても、いる。
 その別の理由ってのは、うまく言えないし言えたとしても長くなるから、今は書かないけどさ。

相撲を憎かった幼い頃は

 さっき夜帰ってきて今、夜中のテレビで相撲の再放送を観ているよ。
 やっぱり、おもしろいねえ。
 どうしておもしろいのかなといえば、真剣勝負だからだろなあ、と思うよ。

 なかには八百長勝負もあるんだというのは、随分前の、僕が子供の頃から言われてたけど、それでも観てしまうのは、さっきふと思ったんだけど、裸で、やってるから、卑怯なことできないと、思うから、真剣勝負だと思うのかな、と思いました。

 でもね、子供の頃、いつもテレビでアニメをやってる時間に、相撲があって、それをじいちゃんが、相撲にチャンネル変えて、相撲でアニメを観られないから、その頃は相撲が大嫌いだったなあ、ハハ。
 じいちゃんがときどき言ってた「今日で相撲は終わるから、明日から、、漫画みられるろ」という言葉も、意味が分からなかったし、あの頃はどうしてか、年中相撲をやってるんだと、思っていたよ。
 だって、あの頃は、時間の感覚もなかったから、いつのまにか相撲があって、いつのまにか相撲がなくなってって、…そんな感じで、時が、過ぎていたような気がするからね。

 相撲を憎かったのは、あの頃、小学校に入るか入らないかの、頃だったな。
 それが今では、相撲を観られるのが、嬉しくてねえ。

合併しても、こころざし失わずにいてほしい

 クルマ屋さんが合併すると手紙が来た。
 僕、今のクルマ買うとき、にいがたしのホンダを扱ってる店全部に電話したり直接行ったりして、その全部の会社の対応に幻滅したんだけど、今のクルマ買ったディーラーの店だけが、唯一、にいがたしで応対が素晴らしかったから、そこで買ったんだけど、その会社が他の会社と合併するって手紙読んで、あのやる気ない、人へのおもてなしの心も持ってない、ホスピタリティなんて言葉も知らないだろう、今だけ自分の刹那だけ良けりゃあいいなんていう、下越地方、特ににいがたしの一般の普通の市民特有の、コズルイ根性むき出しの会社が、僕の贔屓にしてる会社と合併したと言われると、…ああ、困るなあ、嫌だなあ、と思うよ。

 僕が買ったクルマ屋さんは、人に厳しいダガシが、にいがたしで唯一、ここで買いたいなと思わせてくれた店だったんだけど、…これからどうなるか、心配なんだ。
 ほかの会社のヘンな怠け心に染まらずに、いてほしいなあと、思うよ。

 怠けたがる人たちを身近に見ると、自分の心が腐ることもあるだろうけどさ、できればさ、今までのこころざしと、今までの心意気、失わずに変わらずに、仕事しつづけてほしいと、思うよ。
 もっと僕が、その会社を儲けさせてやれば、よかったんだろうけど…、できなかったから、ゴメンナサイと、言いたいよ。ごめんなさい。

今年はじめての洗車、春になったから

 今日というか、もう時間的にきのうになったけど、今年になって初めてクルマを洗ったよ。
 陽がすこし強くなったから、クルマの汚れが目立って、お客さんのとこに、そういう汚れたクルマで行くのは失礼だろなと思ってね。
 そして雪はもう、いくらなんでも降らないだろから、クルマも汚れなくなるだろからね。
 暖ったかくて陽気がよくなったから、水仕事もしやすくなったからね。
 
 それと、春になるなあ、というだけでどうしてか、何だかクルマも、キレイにしたくなるんだよね。

よくしてくれた女の人は、みな美人に見える不思議さ

 このあいだからちょっと時々、ネクタイしめてする仕事を頼まれてしてるんだけど、ネクタイもワイシャツもスラックスも、もう十五年ぐらい身に付けてなくて、十五年ぶりにワイシャツを押入れから出してみたら全体に黄色くなっていたり、スラックスは僕の腹回りが大きくなっていて前が締まらなくなっていて(十五年前のズボンには腰周り73のタグが貼ってあって、こないだ買ったのは79だったけど、それでもキツイんだけどさ、ハハ)、そしてネクタイもところどころ擦り切れていたしさ。

 だから新潟市の安い服を売ってる店を探して、買いに行ったよ。
 安い店は安いなりの対応で、また僕怒ってしまったけど、安いんだからそれもしょうがないなと思って諦めたんだけど、一つ譲れなかったのがスラックスの裾上げに四日もかかるということだった。
 次の日から使わなけりゃならなかったから、その店の外の公衆電話でにいがた市の裾上げ屋さんを電話帳で探して掛けまくって、早くて丁寧な対応してくれそうなところを撰んで裾上げだけ頼んだんだ。

 700円だと言われて、ちょっと高いけどすぐしてくれると言ってくれたし、気持ちの良さそうな声の対応してくれた会社があったから、そこに頼んだよ。
 そのとき「靴ずり」というものを付けてくれたんだ。
 その「靴ずり」というの、僕は初めて聞いてね(清掃業界では靴ずりという言葉は、ドアの下の、木や金属で出来た床から盛り上がった部分とか、階段の足を踏む面の端っこで滑らないようにゴムやプラスティックで出来てるギザギザの滑り止めの部分を言うんだけど)、そしたらズボンの「靴ずり」ってね、裾の内側のかかと側に当て布を縫い付けて、靴で擦り切れるのを防ぐものだと僕、初めて知りました。

 そして僕に、「靴ずりを付けときますね」と言ってくれた女の人が、そのとき僕にはとっても美人に見えたんだよ。
 それを言いたくてね、今日は、これを書いたんだ実は、ハハ。

 よくしてくれた人が美人だと思ってしまう僕は、馬鹿なのか、人間そういうものなのか、まあ、実際そうなんだから、しょうがないよねえ。

遠くを見据えてばっかりじゃ苦しいから

 段取りを組む、ということは道具を揃えることだったり、腹ごしらえだったり、水分補給だったり、筋肉や関節をほぐす柔軟体操だったり、自分の身のまわりを見回して、敵や味方や障害物を把握することだったり、そういうことが実際の作業より重要で難しくて大切だったりすること、多いよね。
 そういうことに思いが行かない人が、世の中多いなあ、と思うよ。
 急がば回れ、と言うもんね。
 想像力って言葉もあるもんね。

 目先のことに、すぐ手をつけてしまうこと、そのことで安心してしまうこと、そのことで仕事をしたんだ結果を出したんだという自己満足と誤解。
 それって近視眼的っていうのかな。
 新潟市にも、そういう人が沢山いるよ。
 組織のトップにいる人でも、沢山いるなあ。
 というか世の中そういう人のほうが、多いんだと思うよ。

 精神病院に看護助手で勤めてたときに思ったんだけど、精神科の患者さんは特に、目先のことにこだわって、あせりながら生きてるように見えたのを憶えてる。
 病棟の月一回の日帰りバス旅行で、バスが来る時刻の三十分も前から、日帰りなのに大きなカバン持って、ソファの周りを行ったり来たりしながら、バスはまだかなバスはまだかなと、何人もの患者さんが、そわそわしながら歩き回ってたのを憶えてる(でもそれは看護婦たちが、早く早く、準備は出来てますか、と何べんもしつこく叱るように、患者さんに言う責いだとも思うけどさ。だから僕、看護されるほうも看護するほうも、そういう意味じゃあそんなには変わらないんだなあ、なんて思ったのも憶えてるよ。…また暴言だハハ)。

 それ見て僕、気が短いのと気が早いのは、違うことなんだなと思ったのも、また憶えてる。
 僕、俺は気が短いんだというのを自覚してるのに、人からよく「ダガシさんは気が長いですねえ」と言われてたのがどうしてかなと思ってたのの、それが疑問が解けた瞬間だったよ。
 といって僕だってさ、何かであせったりしたときは、近いものしか見えなくなるようになるんだけどさ。

 そうしてというか、でもというか、今までダガシは、遠くを見すぎていたのだろうと、思ってもいるんだよ。そういう意味で世間の大半の人々と変わってるわけだから、そういう人たちに合わせること苦しいんだけどさ。
 だからもっと近場のことにもこだわれば、もっとラクになるんだろうに、と今日おもったから書きました。

窓が春の花いろ

 三月になったら、やっぱり暖ったかくなったね。
 シャワー浴びた後でも、あわててストーブ点けなくてもよくなった。

 いま日曜日の朝九時過ぎで、窓の外を見たら、
 陽射しの色が春の花の色に、見えるよ。

 その陽の色を見たら、どうしてか体が軽くなるみたい。
 気持ちも軽くなる気が、するみたい。

 もうすぐひらひら舞いながら飛んでくる蝶々も、
 僕と同んなじような気持ちなのかな。

 その蝶々は、いま、さなぎなのかな。それとも卵かな。
 もしかしたらまだ、土の中で眠っているかな。

 新潟じゃもうすぐ、梅が咲いて、
 そのあと桜も咲くね、もうすぐね。

やっぱり僕の好きな会津、什の掟

 きのう夕方テレビでやってた番組で、「什の掟(じゅうのおきて)」っていう会津藩で伝わる、武士の子供の躾みたいな言い伝えを見たよ。
 それ聞いてたら僕、知らず知らずに、涙が出た。

 その中で、
 一、人をいたわりましょう。
 一、卑怯なふるまいはしないように。
 ならぬことはならぬものです。

 人をいたわりましょうということと、卑怯なことしないように、ということ聴いたら涙、出たよ。

 そうして、ならぬことって、何だろかな、と思った。
 それは多分、してはいけないことは、しちゃいけないんだよ、理屈じゃなくて、やっちゃ駄目なんだよ、ということなのかな、と思いました。
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