FC2ブログ

徒然のブログ

つれづれの思いなどを

その人の好みが自分の好みに合う人に近づきたい

 インターネットに出ている画像を自分のパソコンの中に取り込んで、その取り込んだ画像を自分のホームページやブログに載せるってやり方を、やっと最近知ったよ。

 スポンジブログで写真がないとさびしいなと思って、でも手持ちの画像も、ブログに送ったらすぐ消してるから手元に残ってないし、もう最近はお掃除中に写真撮ることもしなくなってるから、ケイタイの中には送れる写真ないんだな。

 それで今までこのブログに載せてた写真やらを載せ替えること出来ないかなと、インターネットでいろいろ調べてたら分かった。
 簡単だったんだね。

 だから世の中の掃除屋さんは、いや掃除屋さんに限らず、人様の写真を、自分のホームページで使うんだろな。そうして人様が書いた文章を、いやダガシが書いた文の固まりさえも、そっくりそのまま自分のブログやホームページで使ってる掃除屋さんだかのブログがいくつもあるけど、インターネットってのは簡単に泥棒できるシステムなんだなあ、と思ったよ、ハハ。

 それで僕、スポンジの方には、自分の今まで送った写真を使いまわしてるけど、人様の撮った写真を取り込むわけにはいかないから、フリー画像ってので使わせてもらえそうなのないかな、と思って見てみたら、…まるでなかったよ。
 タダで使ってもいいよというので、僕の好みの写真はなかった。
 でもそれは考えてみれば、いいことだよね。
 だってそこらへんに置いてあるものがダガシの好みに合ってたら、ダガシの好みは、そこらへんの好みだってことらもんさね。
 だから今のところは、僕がケイタイで撮った写真しか、自分のブログには使ってないんだ。

 でも、好みが合う人がもしいたら、その人の画像を使わせてもらいたいな、という気持ちも、あるんだな。
 それは自分の好みに近い好み持ってる人に、どうしてか近づきたいって気持ちだと、思うんだな。

マンションのベランダで線香花火できる発明品は

 夏の終わりになると、どうしてか線香花火をしたいな、と思うよ。
 それでこないだ思いついたんだけど、マンションのベランダでも線香花火すること出来ないかな、とね。
 最近のマンションのベランダの床って、ビニールのクッションフロアが貼ってあるのが多いんだ。
 ということは火が点いたら、溶けるからね。

 それで僕、思いついたのは、鉄、じゃ重いからアルミで、1メートル四方くらいの大きさの、焼肉用の鉄板みたいな、フライパンみたいな形のに、水入れておいて、そこに線香花火や、あんまり飛ばない小さい花火が、できるのじゃないかな、とね。
 そして水がもし熱くなってもいいように、細い角材を足代わりに置いておいて、ベランダの床に直接熱が伝わらないようにしておいてさ。

 花火だけしか使えないのはもったいないから、その鉄板に七輪を置けるようにして、サンマを焼いたり、バーベキューしたりするようにも使ってさね。

 でも今思ったんだけど、もしかしてマンションのベランダって、危ないから火を使っちゃいけないのかな、どうなんだろ、知らないけど、案外そうだろかな。
 であれば僕の発明品は、売れませんね、ハハ。

法華経から見る自己を投げ出すことと謝ること

 崖の下の腹が減ってしょうがなくなった虎に自分の身を投げだして、食わせて、虎をなぐさめたという人が釈迦の前世だって、法華経に書いてあるね。
 自分を投げだして、自分の名前も経歴もさらけ出して、何かのために、誰かのために、自分というものを使ってもらう心。

 もしかして自分の功名心のためだったとしても、それが結果的に世間のためになるのだったら、法華経の精神にも沿ってる。
 といってダガシは、法華経の中身を、全面的に肯定してるわけじゃ、ないんだよさ。…これははっきり言っておかなきゃね。
 そしていちおう言っておくと法華経ってのは、宗教の法華教とは違うってのは前にも書いたけど、信仰はまるで持ってないダガシは、これは何べんでも書かなきゃからまた書くし、何べんでも書く。

 僕はもう、自分を投げ出すようなことはしないと最近決めてるけど、でもそういうことは尊いことだと、思ってる。

 それから権威の真ん中に居たとしても、いやそんな所にいるだからこそ、自分が間違ったことしたら、人が大勢あるいている往来に出てきてさ、
 ごめんなさい、私が間違ってました、許してください、これからはもう間違えません(…人間は間違えるものだなんてセリフは、間違えた本人はエラソウニ言えるセリフじゃないんだよ。だから、これからは間違えません! という表明が必要なんだよさ…)、だから私が今やってることを続けることを、許してください、お願いします、それとも私は辞めるべきでしょうか、できれば辞めたくありません、一生懸命頑張ります、だから続けさせてください、お願いします…、と謝ってお願いするのがスジミチだろな、と思うな。たとえそれが、許されても許されなくてもね(それで許されなかったら、いさぎよくその場から離れること大事だよ)、そしてそれはダガシも含めてね。

オリジナルなパソコン熱対策

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 残暑がきついこの時期は、パソコンの画面表示が、いつもの三倍くらい遅くなるんだよ。
 性能が低いタイプの僕のパソコンだからなんだろうけど、パソコンって、熱に、とっても弱いんだね。

 でもまあそうだよねえ、あれだけ遠いアメリカとかのホームページだってメールだって、イナカの新潟のこの場所に届けてくれるのは、テレビでもラジオでも出来ないことだからね。
 インターネットだから出来ることするパソコンだから、これだけの仕事してるんだから、やっぱり熱も、いっぱい出るだろねえ。
 だからパソコンも夏バテって、あるんだなと思ったよ。

 それだから僕、パソコンの下の四隅に四つ、チラシ紙を丸めて輪ゴムで留めて作った土台を置いてさ、パソコンの下側に空気がスースー通るようにしてるんだ。
 あんまりにも貧乏臭いかなと思って文だけにとどめておこうとしたけど、写真撮ったよ、ハハ。

 そして去年なんかね、豆腐のプラスチックの入れ物に水入れて、その中に畳んだおしぼり入れて、それをビニール袋にくるんだのをパソコンの下に置いてパソコンの裏側にくっつけておいて、パソコンの熱を取ってたんだよ。
 30分くらいもするとね、おしぼりに触ると、熱っつくなってるんだ。そうすると熱くなった水を替えて、おしぼりを絞って、豆腐の容器を入れ替えてたんだ。
 そしてこれはみんな、ダガシのオリジナルらよ。…といってあんまり簡単すぎて、自慢できるもんじゃないけどね、ヘヘ。

 今年はそれほど陽気が暑くないから、おしぼりまでは使わないけど、やっぱりパソコンの動きは鈍くなってるな。
 でもまあ、九月に入ったらば、パソコンも涼しさ思いだしてさ、シャキシャキ動いてくれると、思うよ。

七十過ぎの人が売ってるトマトの味で思った世代のこと

 新潟島のお客さんとこの近くに小さな昔ながらの八百屋さんがあってさ、行き帰りにいつも見ながら通るんだけど、二間の間口いっぱいに、ザルに盛ったトマトとかキュウリとかナスとか、台にのせてあるスイカとか桃とかトウモロコシとかが、季節の色にぎわせながら、だからなのかその店がめだってめだって目に入って見えるから、いつも首曲げて入り口見ながら通るんだ。

 それで僕きのう初めて買ってみた。
 トマト四個で200円のザルを。

 そのとき店にいたのは、たぶん母さんより五つ六つ上の七十半ば過ぎぐらいのおじいさんだったよ。
 おじいさん、「いらっしゃい」、とはっきり分かるけどそれほど押し付けがましくない声質で僕に言って、僕が「これください」とザルを出したら、「はいありがとう」とこれまたはっきり分かる声で言うんだな。

 僕は新潟市の人間が嫌いだ嫌いだと新潟市の人に言いふらしてるけど、いつも思うんだけど、新潟市の人でも、七十半ば以上の世代の人とは、どうしてかダガシはうまくやれてるんだよ。
 その世代以上の新潟市の人は、尊敬できる人が多いんだよ。

 なぜかな、と思うけど分からない。
 その人たちがものごころ付いたくらいの時分に、まだ戦争があって、ものは大事に使うとか、困ってる人がいたら出来る範囲で助けるとか、人には迷惑かけずに、まずは自分で何とかやってみるとか、そういう雰囲気を、からだに染み込まされて育ってきて、その心をずっと持ちつづけてきたからかな、なんてふと思ったりするけど、分からない。

 戦争終わって、何でもアリ! …それって何て言うんだっけ? アプレゲールだっけ? そういう価値観でんぐり返しの、人の迷惑関係なしの、ただ生き延びればいいという生き方は、善悪は別として、今のダガシには、合わないような気がする。
 といって、その場になってみれば僕が一番アプレに合ってる人間かもしれないけどね、ハハ。

 四個200円のトマトは、きのう二個食べて、さっき二個食べた。
 それほど美味しくもなし、不味くもなしだけど、世代論が嫌いなダガシに、世代の違いのことを思わせてくれた、赤いトマトの味だったよ。

仕事の結果は払う対価に比例の法則

 エアコンクリーニング依頼して、してもらったら故障したからどうしてくれるって事よく聞くんだけど、安いところに頼んだんじゃないのかな、と思うよ。

 下手だから、注意深くないから、作業のこと良く知らないから、壊すんだろうけど、そういう業者に依頼した自分の目を、精神的なミミッチサを、まずは思わんきゃならんろうなと、思うよ。

 たぶん依頼者は、安けりゃいい、エアコンクリーニングなんて、掃除なんて、誰でも出来る、だから安くやらせりゃいい、何でも安い方がいい、という主義だったんだろうからさ。

 相場より安く受けてる業者は、上手に出来る自信がないから、きちんと最高の結果を出すつもりがないから、お客さんを自分の仕事で幸せにするコストを考えてないから、だから安くしてるんであって、ことさら貧乏になりたくて自分のお金の取り分を削りたいという変態的な考えから安くしてるわけじゃ、ないのにさね。

 何にでも安い金しか出したくない人間は、その人のために出る結果もそれなりなんだし、あれこれ文句言う資格は、出したお金分しかないのにさ。

 シナモノを買ってるんじゃなくて、手間とその結果を買ってるんだということ、いい年して分かってないんだな。
 手間ってのは、一人一人、手間する人間によって、まるっきり違うのにさ。

 その当たり前な事を分かろうとしないから、安けりゃいいと思ってるから、依頼した仕事の結果が、出ないんだよさ。

 何の仕事の結果でも、払う対価に比例するっていう、簡単な理屈なのにさね(もちろん高けりゃ全部いいわけでもないけどさ)。

 そしてね、優秀な人に良い仕事を、安くやってもらう、スジミチ通したお願いの仕方はあるし、僕もそうやって安くしてもらうこともあるし、僕もそうされたら安くても精一杯する、そういう頼み方はあるんだけど、…でもこれはダガシにとっての人生の企業秘密みたいなもんだから、まあ、気が向いたらいつか書くよ、ハハ。

入道雲

 昼間熱くなってるフライパンの中に入ったみたいな日だと、夕方どこから来るのか白い雲が見えてきて、それが上の方に上の方にとモクモクモクモク増えてってさ、その雲は大きなお寺の山門の中にいる怒った顔の仏さま思い出させるみたいな、デコボコした形に変わってく。

 それからいっときだけコラーッてドラム缶蹴っ飛ばすみたいな音させて、一気に大量の水地面に落とす。

 どうしてかさっきまでの暑さ、忘れてる。

星からみたら長さかわらない

 ときどき寝入りばなに、ふと思うのは、僕のようなおっちょこちょいの男が、僕みたいに物ごととらえることしかできない男が、顔も背格好もどうしてか僕にそっくりの男が、江戸時代のどこかにか、戦国時代のどこかにか、奈良時代にもか、もっと昔の縄文時代にもか、日本のどこかには、時代時代の隅っこには、一人ずつは、いたんだろうなあと思うんだ。

 その時その時のダガシも僕と同んなじで、人に迷惑かけたり、人と喧嘩したり、ときには人から助けられたり、人を助けたり、あるいは人から誤解されたり、人ってものが分からなくなったり、したんだろうなと、思うんだ。

 そういうときのダガシも、今の僕の顔かたちと同んなじ表情で、困ったり、威張ったり、嬉しがったり、涙ながしたりしながら、しながら生きて、そうして頃の良いところで、死んでいったんだろうなあと、思うんだ。

 うまれて、生きて、そして死んでゆくのは、
 夜空の星がまわってて、いつのまにか場所がかわってるの見れば、
 うまれてそれからしぬのも、あっというまの一瞬なんだと、ああ、分かるよ。

 長いとか短いとか、星からみたら、見えないもんね。

 だから、ふだんの精一杯を、したくなるんだろうかな。

 でも精一杯したくないときのほうが多いのは、
 なぜなんだろうなあ、ハハ。

 江戸時代のダガシも、鎌倉時代のダガシも、石器時代のダガシも、
 ときどき、そんなこと、ふと思ったんだと、思うよ。

新しいブログ始めたよ

 ちょっと前から、昭美堂の新しいブログを作って、書いてるよ。
『新潟市ハウスクリーニングのスポンジ』っていうんだ。

 このFC2のブログは商売から離れて書いてきたし、シーサーのは広告宣伝の意味で出してて、お掃除の細かいノウハウの事は書かないようにしてきたから、だから、一般の人にとっての普段のお掃除の方法とか、世の中の清掃業者が書いていない掃除のコツや、大事なところを書こうかな、と思って始めたが。ちょっとは宣伝ぽいことも書いてるけどね。

 あと、「スポンジブログ」からシーサーの方にリンクさせて、インターネットで検索してもらうときの、昭美堂の検索順位を保っておきたい、というオモワクというかシタゴコロも、あります、ヘヘ。
 それと、「スポンジ」のタイトルは梅雨どきになったら、エアコンクリーニング用に『新潟市エアコンクリーニングのブラシ』というのに変えようかなと思ってる。あるいは、そのタイトルのブログをもう一つ作ろうかな、とも思ってるよ。

 だけどこういうブログ作ろう作ろうと思っててさ、やっと始めたから、嬉しいよ。

今回はもらいすぎだけど、次はお客さんに、いっぱい得させるぞ!

 今年の八月は、あんまり暑くなかったし、お盆は雨が多かったね。
 そしてこないだから、庭の草花へ水やりの仕事というのを受けたんだ。
 お客さん、泊りがけで出かけるから、六日間、庭に植わってる樹や、鉢植えの木や花に毎日水をやれ、との依頼だったよ。

 子供の頃、夏になると父さんが陽の暮れ方に植木に水撒きしてて、暗くなってもまだホース引っ張りながらやってるから、毎日夕ご飯が遅くなったのを憶えてる。

 そのとき教えられたのは、草木に水やるのは、太陽が沈んでからやらないと、まいた水が温かくなって、それが草花や樹をお湯に入れてゆでるようなことになって、そうすると樹の葉っぱや根っこが暖ったまって茹でられて、枯れてしまうんだということらしいね。

 それぐらいは知ってたから、お客さんの最初の問い合わせの電話でそれを言ったら、そうです、だから遅い時間にしてくださいね、と言われたよ。
 もしかして、それが、ダガシに頼んでくれた決め手になったのかな、と思ってる。

 でもね、今年はお盆をはさんで雨が続いたから、頼まれた日数の中で、雨で二日も水撒きできなかった。
 雨が降ったら水やりはしませんね、すみませんがそれでも料金は変わりませんので宜しくお願いします、と最初にお互い納得済みだったんだけど、でも仕事しないでお金もらうのは、気持ちが悪いよ。

 それで今日が最後の日で、今日は晴れてるから水撒けるな、嬉しいな、と思いながらお客さんのところに行ったら、お客さん、もう家に帰ってきてて、もう自分で植木に水まいてたよ。

 雨の日の二日間と今日で三日間仕事しなかったのに、規定の料金気持ち良く払ってくれて、僕、申し訳なくなって、何かしてあげたくなって、窓ガラスでも拭きましょうか、玄関ドアの掃除でもしましょうか、と言ったけど、奥さんは「いいわよ、また今度何かで頼みますから」と笑顔で言ってくれました(見積もりで提示した値段は、六日間では安いかなあ、でもまあいいや、簡単な仕事だから今回は安く受けよう、と思いながら電話で言ったけど、三日分だともらいすぎの金額だよ)。

 僕はいつも、俺は絶対に料金以上の仕事をするぞ! と自分で決めてるけど、今回だけは出来なかったな、くやしいな。

 奥さん、ダガシは今回は借りておきますからね、また頼んでくれた時は、今度こそ何かでお返ししますからね。

吉田選手の真っ直ぐこっちを向いてハキハキした受け答えに感動

 北京オリンピックの開会式を観たときは、わざとらしい底の浅い何かの例え話で見てていやだなと書いたけど、さっき偶然女子レスリングをテレビで観たら、オリンピックのレスリングの試合というものを生まれて初めて見て、日本選手の体つきと動きの素早さは、運動神経良さそうな全身バネって感じだなあ、と見てて気持ちよかったよ。
 そしてもっと気持ちいいと思ったのは、金メダル取った後のインタビューの、選手のハキハキした受け答えだ。

 世間の大勢の人の仕事での受け答えの、やる気なさそうな、ふてくされてる感じの、嫌々やってるのがマル分かりの、そんな受け答えばっかり日々聞かされてるから、そしてついそういう人間に怒鳴りつけてしまって、後で嫌な気持ちになってしまうから…、吉田選手の、まっすぐこっちを向いて、こちらに視線を反らさずに、カツゼツ良くハキハキした喋り方に、感動したよ。

 意地悪さとか、カネや物欲とか、しがらみとか、嫉妬とか、怠けごころとか、そういう汚れたようなところが何にもない、爽やかな顔つきだったな。キレイだな、と思いました。

 そうしてもしかしたら、口の中のベロの使い方を素早くする、相手に良く伝わるように喋る、というのも筋肉の使い方とか神経の回り方とか、息を出す腹筋の強さとか、そういうのは運動神経に関係してるのかな。そしてスポーツ勝負の世界に生きる人のルールを守ることや、その潔さが、ハキハキさに出るのかな、と思ったよ。

 しかしレスリングって、一試合、二、三分で終わってしまうんだね。そして決勝が終わるとすぐ表彰式やるんだね。
 あっけないけど、それがまた、いさぎよい感じしたよ。

検索順位で1番。結果を出す。

「ハウスクリーニング 新潟市」とか「エアコンクリーニング 新潟市」とか「レンジフードクリーニング 新潟市」とか、他のキーワードでも、うちのHPのインターネットの検索順位は、だいたい一番か二番だよ。
 しかも無料ブログで商売のホームページをしてて、それで検索順位で上位をキープしてるということは、あんまり世の中で無いことだから、それも自慢なんだ。自慢しすぎかな、ゴメン。

 そういう順番を上げることってSEOというらしいんだけど、…………ヘヘヘ、僕はSEOのこと知らないふりしてるけど、ホントは死ぬほど調べて勉強したんだよ。
 でも勉強したことを大っぴらに言うのはカッコワルイと思ってるし、商売上の秘密だとも思ってるから今まで言わなかったんだ(今言ってるけどさ、ハハ)。

 何でも1番じゃなきゃ気がすまないダガシだから、検索の順番でも1番を目指して、そうして結果を出した。
 といっても、この順番は何日かおきに変動するし、日々の努力を怠ってると、テキメンに落っこちるんだよ。恐いんだよさ。
 そしてズルイやり方すると、いっぺんで消されるんだ。これも恐いんだよさ。

 僕にホームページを作れと、ブログをやれと、言ってくれた人たちには、ホント感謝してる。
 僕に新しい世界を切り開けと背中押してくれたんだからね。

 といってね、僕はインターネットは本当のこというと嫌いだし、パソコンするのも、ホントはイヤなんだ。
 目が疲れるし、背ぼんこになるし、動かないから運動不足になるしさね(どうしてか本読むのより目も体も疲れるんだな)。

 でもまあ、何事も結果を出すことが、いっとう大事だと思ってるから(だけど人生というものは、プロセスが大事だと思ってるけどね)、インターネットのことでも結果を出しつづけて、新潟で1番をつらぬく所存で、ございます、ヘヘ。

ところてんの涼しさ毎日

 夏になると、ところてんを毎日食べてるよ。
 酒の肴にピッタリだし、すっぱいもの好きのダガシにピッタリだ。

 スーパーで二個パック100円で売ってて、そのパック一個を夜、おいしく食べてます。
 この暑くなるこの時期に、売り場に色んな種類がいっぱい並んでる。
 全部で百個くらいは並んでるよ。

 ところでところてんって海草から作るんだよね。
 それなのにスーパーに並んでる数をざっとかぞえて考えてみると、世の中にはかぞえきれない数のところてんが、毎日毎日製造されているように思えるなあ。

 ということは日本人の天ぐさの消費量は、海の中をスカスカにさせるぐらいの勢いなのかと心配してしまうんだけど、テレビでも新聞でもインターネットでも、海草が絶滅しそうだとも言ってないから、僕らがところ天食べるぐらいの天草は毎年産まれてくれてるんだろな、と安心しています。

 それとももしかしてスーパーで売ってるところてんって、本当の天ぐさ使ってるところてんじゃないのかな、とふと不安に思ってしまうけどさ。

 でもまあ、明日もまた、ところてん食べられるから、幸せね。

刈りこみすぎ

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これはなにかというと、後ろ頭。

オボッチャン菩薩にはなれないと悟った四十六

 とても個人的なことを書くけど、といってこれは母さんに僕のことを報告するものでもあるんだけど、きのう夕方、自転車で買い物いく時また、道の左端のこっち側で、向こうから自転車のオンナが勢いよく走って来て、オンナがこっちに走ってくるとこのままじゃ僕とぶつかるから、相手は女だ、俺は男だ、ということは僕のほうが車道側に出るべきだろな、と思って右後ろを振り向いてクルマが来てないのを確かめてから、舵を右に切ったよ。

 こっちにむかって来る自転車の女はどうしてなのか何も表情を変えずに、そのままスピードも落とさずに、さも当然って顔で真っ直ぐ正面を向いたまま、そしてどうしてなのか機嫌悪そうに、チラッとも僕のほうを見ないで僕の脇をギリギリに走っていったよ。

 新潟市の人間って、いつもいつも不機嫌そうな顔してるのが多いんだけど、そのオンナも、実にそうだったなあ。

 その時思ったんだ。
 このオンナは、こういう人間は、俺とは違う種類の人間なんだ。とそのとき体の真ん中の奥の、湿ったようなところで、どうしてか分かったよ。

 それで僕、悟った。
 もう、そういう人間に、あえてそういう人間のために何かする、優しくする、そんなことはしなくていいんだ、と。
 こんな今までの僕のことを、「オボッチャン」だと呼ぶ人も何人もいたけど、僕は自分の性格というか気質というか、そういうオボッチャンという浮世離れした僕を、ああ、自己嫌悪してたんだよ、クソッ!

 そんな人間のために何かする、優しくするなんてことも、優しいってことのそのレッドゾーンになったときの、思いっきり怒るってことも、今まで俺の自己満足だって分かってたくせに僕は、やってたんだから、それは僕の自己満足で、その反作用の苦しみは、因果応報なんだけどさ、ハハ。

 だからなのかそのとき、そのオンナには、怒る気持ちさえも起こらなかったよ。
 それが、世間一般の、世間知ってやつなのかな。
 僕の嫌いな●●(…僕が書こうとしてる言葉が、ああ、頭の奥から出ないんだよさ。
    十五年くらい前までは軽蔑しながらよく使ってた言葉だけど、
    世間? 俗? …と近そうな言葉思い浮かべるけど、
    …ハッキリした語彙が、どうしてか思い出せない。
    だから、思い出すためにパソコンの電源消して、二時間、
    別のことしてみたけど、
    のどの奥のベロの、喉元のまぎわまで出かかってるのに、
    まだ出ないから、
    あきらめて今、●●と書いておきます。
    …思いついたら、書き足すつもりら)。

 次の日の朝、読み返したら、ふいっと、思いついたよ。「処世術」だ。
 思いっきり怒ることがなくなるってことは、僕の大っ嫌いな処世術ってのが上手になるってことなんだろかな。さびしいな。

               ※

 そのあと自転車こぎながら思ったのは、僕は積極的にそのオンナが、そういう人間たちが、早く死ねばいいとまでは思わないけれど、だけどそういう人間が幸せになることを、僕は積極的に願わない。
 それをハッキリ、体の奥底で、自分の肉の奥の奥のところで、自覚できた、気がしたよ。

 そういう人間とは、僕は、ぜんぜん違う生き物なんだと、キッパリあきらめること、できた。
 だから僕と同じような行動すること自体を、期待することはできないんだよね。
 ぜんぜん違う行動しても、僕とはぜんぜん違う生き物なんだから、だから怒るっていうことも、意味がないんだと、思えた瞬間だったよ。

 四十六の夏に、遅まきながら悟った、暑い日だったな。

北京も暑いんだろう

 今くだらないテレビの意味ありげっぽく振舞う世界的なわざとらしいパフォーマンスを横目で観ながら、ひょいとぐうぜん温度計に目が行ったら赤い棒の先端は、丁度30℃だ。

 底の浅い何かのたとえ話みたいなのを、何十億円か何百億円か、それとももっと膨大な手間隙かけて、それを何万人か何十万人か、もっともっとの何百万人かで、えんえん似非芝居みたいなのをやっている。
 それをこの瞬間、底の浅い人間が、何億人か何十億人か、テレビで観てるんだな。

 いやになって別のこと考えようとして、ふいっと思ったのは、人間ってどれだけ暑い中で生きていけるんだろって。
 サウナの中は60℃くらいあるんだろかな。
 そして寒さはどれだけ耐えられるんだろか。
 スーパーの倉庫の冷凍庫はたしか、マイナス20℃くらいだったか。
 そのどっちも30分くらいなら居られるなあ。
 猫や犬はどうだろかな。金魚は? 死ぬのかな。

 肉体と精神の限界を目指してヘトヘトになる瞬間は、テレビでも観てみてみたいと思うけどさ。
 つまらないこと考えながら、もう一度温度計見たら赤い先っぽは、さっきとまったく同じ場所にいたよ。

網戸張り替え

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網を替える前と替えた後。

 久しぶりに張替えたから最初ちょっと手間取ったけど、楽しい作業らよ。
 特殊な留めゴムのが一つあって、それ、お客さんに押さえるの手伝ってもらいながら、替えました。

地面を強く蹴るズドン、ズドンという爆発力、感じたい

 さっき北京オリンピックの100メートル走の番組観てたら、今の世界記録保持者の走り方は、足の回転数より、足を地面に付ける時間を多くして、地面を蹴る力を強める時間を多くして、地面を蹴り飛ばす爆発力みたいなのを多くして、そうして一歩一歩の歩幅を伸ばすことで速く走ってるんだってね。
 それ観て僕、バイクのエンジンのこと思ったよ。
 四気筒とニ気筒のエンジンの違いをさ。

 四気筒は小刻みに足を回す回転数を多くするスムーズさを目指す。そして最高速度出すことを、目指す。
 だけど同じ排気量なら二気筒のエンジンは、回る速度は遅いけど、気筒あたりの肺活量が大きいから、燃える一発一発の爆発力を大きくする、エンジンの爆発力を伝わらせたタイヤのミゾが、地面を蹴り飛ばす瞬発力が、一発一発、ズドン、ズドンと地面を強く蹴って蹴って、それで結果的に加速が速く走れるんだ、ということがね。

 僕はバイクは最高速度よりも、加速力を楽しむものだと思ってた。
 だけどどうしてか、四気筒しか乗らなかったな。
 それはツーリングで、スムーズになめらかに走れることを、どっちかというと選んでたんだろな(普段信号ダッシュで周りのバイクに絶対勝つ! といつでも意気込んでたくせにさ、ハハ)。
 でもさっきの番組観て、二気筒のズドン、ズドンという加速感を、味わってみたいなあと、チラッと思ったよ。

 だけどダガシにとってはオートバイ乗ることは、ダガシにとっては今のところは、ダガシにとっては安易なタノシミだと思ってるから、封印してる。
 から時々思い出して、思い出した思い出をなめるように楽しむことが、今のところのタノシミかな。昼に食べた、歯にはさまった鶏肉のスジとかネギとかを、スースーして味を思い出すみたいな、感じかも。
 久しぶりにバイクのこと思い出したから、ちょっと書きました。

暑くて暑いのは、一年の中でも激しく季節が変わる季節

 これだけ暑くて暑いと、肉も切った玉ねぎも他の食べ物も腐りやすくて、冷蔵庫の中の入れ替えを早めなければならないね。
 あきらかにパック肉は消費期限より前に良くない臭いがし出すし、冷蔵庫の棚の隅々に茶色いような黒いような赤いような、汚れが見えだすよ。ハハ、困ります。

 畳も何だか足の裏にベタベタしてるようだし、ベッドのシーツも枕カバーも体にまつわりつくみたいだし、キッチンのクッションフロアーは土踏まずにも吸い付くように、汚れが溜まってるみたいだし。

 冷蔵庫の中で残ってる物も、早く早く、もう素早く食べなきゃ。入れ替えなきゃ。

 だから暑くて暑い夏は、とっても生活の中の変化が、激しくある季節みたいに、感じる。
 ということは夏が終わるというのは、一年の何かが変わる、というか何かが終わる、みたいに感じるんだ。

 昔の日本は、そしてアメリカは、九月から新学期だったんだって聞いたことあるなあ。
 だからそれも何だか、夏の真っ盛りになると、分かる気が、するよ。

知らないまま死ぬことはある

 今年はこのアパートにも夜中に蚊が出るよ。
 昔から蚊の寿命ってどのくらいなんだろと思うけど、知らないな。
 それは夜中にブーンと音させて、いつのまにか足の甲とか、ひじのわきなんかを刺されてて、かゆくてかきながら目が覚めて、目が覚めて耳元でブーンと音がしてるのを聞いてしまうと、…この! と蚊に対して思うから、なんだろかな。

 セミが生きるのは一週間だと、子供の頃に読んだけど、バッタとかコウロギとか蜘蛛とか、他の虫たちの生きる時間は、そういえば知らないなあ。

 ググればインターネットでどこかで誰かが書いてるのかもしれないけど、どうしてか知りたくもない気持ちもするよ。
 死ぬまぎわまで、知らなくてもいいや、と思う。
 でもそういうことは、死ぬまぎわにも知ることできないんだろな。
 そういうことは、知らないまま、死んでゆくことなんだろな。

 そしてどうしてかそれは、残念な気持ちじゃ、ないんだな。

値段じゃないと思ってくれる人にヘトヘトになる幸せ

「うちは高いですから、余所の掃除屋さんにも料金訊いてみてから、また電話してみてくれますか」と、エアコンクリーニングのときには特に言ってるよ。

 昭美堂の単価は、新潟県の他のハウスクリーニングやエアコンクリーニングの値段より高いから、後で、「お宅は高かったのね」、と他所のやり方見ないで言われても嫌だから、最初から言ってる(まあ今までそう言われた事はないけどさ)。

 それで頼んでくれない人は沢山いるけど、そういう人は僕のお客さんではない人だと、仕分けしてるつもりだから、あえてそうしてるんだ。

 それでもダガシに頼んでくれる人っていうのはね、値段のタカヒクじゃなくて、仕事はきちんとしたことをせよ、という人だから、僕もそういう人には、自然に敬う気持ちが出てくるから、一生懸命にならざるをえないんだよさ。
 絶対、この人の思う結果を出すぞ! とね。

 そういう人に付き合ってもらえる幸せ感じながら、ヘトヘトになる幸せ、かみしめるひと時、だよ。
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