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徒然のブログ

つれづれの思いなどを

心太の意味知って、また食べてみようか

 ところてんは「心太」と書くんだと、こないだ知ったよ。
 どうりで今までスーパーで売ってたところてんは、心太というラベルが貼ってあったんだね。
 心が太いって、何の意味なんだろ。
 一心太助…、に関係あるのかな? それだとしたら古いな、なんて思ったりして、迷ったりしてさ。

 そのいわれを知ったのは、『大江戸おもしろ商売』という本を読んで、その中に書いてあった。
 どこの時代か分からないけど大昔のおおむかしは、ところてんのことを「こころぶと」と言ってたんだって。
 それが「心太」で、江戸時代に、「ところてん」と言うようになったんだって。
 こころが、ところになって、太の字の点がてんになったんだろかね。
 おもわずさっき、国語辞典で、ところてんを引いてみた。そしたら、ちゃんと「心太」と出てたよ。

 そうして子供の頃、ばあちゃんと母さんが、ところてんの突き出し器で出してくれた、お茶碗に盛った涼しそうな半透明のところてん食べたのを、思い出したな。
 たぶんまだスーパーで売ってはずだから、寒い季節になったけど、心太、買って食べてみようかな、と思ったよ。

オンナギライでも惚れる笑顔涙

 高橋尚子が引退したってねえ。
 ニュースで引退会見見たら、前半は、さすがアスリートで腹筋や全体の筋肉がしっかりしてて、スポーツ選手の持っている性格の激しさも出てるんだろう、カツゼツが良くて聴きやすい喋り方だなあ、と思った。

 でも三十六になってオトナになったのか、どこかの会社のお客様対応係り長みたいな喋り方するなあ、高橋尚子も変わったなあ、とも思ったよ。

 そして昔より妙に整った顔してると思ったら、高橋尚子、たぶん整形してるな、と思った(…これは何の根拠もないしダガシの主観だけの見かただよ。そして別に僕は美容整形を差別してないし、むしろ整形は気分転換に良い事だと思ってるよ。ただふとテレビ見ながら、そう思っただけ。小さく上手に整形してる人を、僕は進歩的な考え持つ人だと尊敬してるぐらいだもん)。

 そしてそうしたら、会見の最後には、やっぱりQちゃんだったね。可愛い目から、キラキラ美しい涙が光ったね。

 めったに女に惚れないダガシが、惚れたよ、ハハ。

光らせるものは光らせない

 光るものを光らせるとキレイに見える、と掃除の業界じゃ言ってるけど、それってただうわべだけキレイに見せておくって発想なんだな。
 蛇口とかステンレスとかだけを念入りに磨けば、そりゃ一見ピカッとしてそうに見えるけどさ。

 でも、ドアと建具の隙間の見えないところに溜まったホコリやカビとか、キッチン収納扉の内側のゴムパッキンのその裏の部分に溜まった汚れとかを取らないと、清潔にはならないし、いつまでも何となく何か臭いがするって状態なんだな。

 僕のハウスクリーニングの目指すところって、そこに住む人が気持ち良くなるためにするものだと思ってるから、その家の汚れのにおいまで、取り除くべきだと思ってるから、普通の掃除屋さんとは逆の方向なんだ。
 蛇口を光らせるのなんかは当たり前であって、見えないところに溜まった汚れやカビやを取ることが、お銭をもらってする仕事だと、思うから。

 なぜ、光らせるものを光らせろ、という発想が生まれたかというと、それは空き部屋清掃の仕事から出た発想だよ。
 空き部屋清掃ってのは、そこに住む人のために掃除するわけじゃなくて、その部屋を貸している大家であったり不動産屋であったりする側の人間に向けて仕事してるから、一見のパッと見だけを重視して仕事する方向なんだ。
 だから見えない場所は触らないし、濯ぎをきちんとしないで掃除した場所に洗剤分が残ってたってお構いなし、ということになりやすいんだな。
 かける時間をいかに短くするかが、一番大事だという発想なんだな。
 
だから空き部屋清掃をしてる清掃業者は、根本的な在宅ハウスクリーニングは出来ないよ。だって普段やってない事を急にやれと言われても、人間、そうそう出来ないもんね。普通の大工さんが、宮大工の仕事を出来ないように…というのは例えが外れてるかな、でもまあそんなものでさ。

 テレビでも雑誌でも、掃除の特集なんか組むと、そこらへんの掃除屋に取材するから、日本中のそこらへんの清掃業者って空き部屋清掃がハウスクリーニングだと思ってるから、だからテレビも雑誌も、光らせるものを光らせましょう、なんて考えなしに言ってて、そこから先を考えないんだな。

 だから僕は、光らせるものを光らせる、という言葉は使いたくないんだ。

冬は来るんだということ思い出させてくれる雨

 きのうから気温がグッと下がってるね。
 パソコンする机のわきに温度計を置いてるんだけど、今見たら16℃だ。
 夏場に背伸びしてたように見えた赤色が、背中をちぢめたみたい。
 冬になったら、腰をかがめるのかな。しゃがむのかな。

 これから一週間か十日か雨が続くみたい。
 布団はいつでも干せるなと思ってたら、十日間先になったよ。

チラシとダガシ

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配ってるチラシと一緒にね。

はじめてのブリ大根、煮た

 初めてブリ大根を作ったけどさ、あんまりおいしくなかった。

 三十分煮込んで三十分置いてて食べたんだけど、まだ味が染みてなかったな。
 大根もちょっと、かたいし。

 大根は米粒十粒入れて十分ゆでて、ブリのアラは沸騰したお湯で三回洗って血抜きしてきれいにして、いっしょに醤油と料理酒とみりんで味付けして煮た。

 でも味は、あんまりなんだよ。

 ブリにも大根にも、まだ味が染みてないんなら、明日になったら、美味しくなってるのかな。
 それなら明日食べようかな。
 だから餃子を炒めて食べました。

 あした味がしみてておいしくなってるか、ここで報告するよさ。

      ※

 次の日の朝あたためて食べてみた。
 味はしみてるけど、ちょっと生臭くなってる。
 むずかしいもんだね。
 やり方かえて、またやってみるよ。

検索順位のための相互リンクなどマイナス

 今日グーグルからもヤフーからも、新しいホームページのほとんどのページがインデックスされてた。
 相互リンクのページもね。
 トップページの検索順位も上がってた。
(それはこのfc2のブログから今まで実験的にリンクしなかったんだけど、きのう初めてリンクしてみたからだろかもね)
 これでやっと引け目なく、相互リンクのお願いが出来るよ。

 でも今のところ、僕の相互リンクのページに載ってる人以外で、日本中に、相互リンクしたい掃除屋さんも便利屋さんもいないんだけどさ。
 あそこに載せる了解もらった人以外で、ああ、この人と仲良くなりたいな、と思える人もいないんだ。
 だから今のところは相互リンクしてもらってる人はホント少ないよ。

 それに僕は、検索順位を上げるためだけの相互リンクは絶対しないと決めてるもん。
 自分の仕事に対するポリシーを捨ててまで、自分の仕事のポリシーに反する人とリンクし合うことは、長い目で見れば自分の首を締めることになると思うから。

 全国の、ハウスクリーニングでも便利屋さんでも、そうだなあ…、十軒くらいの人ならば、僕の仕事への信念みたいなものと共感できる人は居るのかもしれないけど、たぶん二十軒はいないと思うよ、ただの直感だけどね。

 だから人が人に直接仕事をするタイプの仕事の、仕事の細部が個人的な知識と技術の技量で成り立っていて、そしてホスピタリティっていう誰もが持っているわけじゃない客商売の才能が必要な、そういうハウスクリーニングという仕事は、フランチャイズとか大企業とかいう形態には馴染まないと思ってる(介護や医療の人間の、あの、ホスピタルなんていってても、介護ロボットみたいな、看護ロボットみたいな、チンピラ臭い人間が横行している業界を見れば分かると思うもんさね)。
 それを耳障りのいい言葉で飾ってる会社は、信用できないと、思うよ。
 僕は、人が見ていない空き部屋清掃をしているわけじゃないんだからさね。

 そうしてできれば早く、十軒ぐらいのそういう人と、めぐり会いたいなと、思うのだけど、むずかしいのだろうよさね。

黒いくらい暗い夜の秋

 日暮れどきから暗くなっていつも聞こえてた渡り鳥の鳴き声と虫の音が、めっきりしなくなったな。
 ああ今日も陽が沈みそうだ、と思ったらすぐ、この季節はあたりが暗くなるんだね。

 暗くなったら暗くなった夜の暗さはものすごく暗いんだだ。
 黒いくらい暗いんだだ。

遅い厄年はワインディングロード

 ダガシも四十六なんだ。
 若い若いと思ってたし、俺はいつ歳を取るんだろ、と自分でも不思議だったけど、確実に人生の半分は過ぎてるな、と分かってきてる。
 なぜならば、自分の身体の動きが、前の身体と違うこと、分かるから。

 それは、膝が笑うようになったし、股関節の動きが鈍くなったのが自覚できてるし、近眼なのにいつのまにか書類を持つ手を眼から遠ざけて見てる。風呂場の鏡を見ると、額のシワが一本増えてるし、そうして色んな欲望が、薄くなった自覚あるんだ、ハハ。

 厄年っていうのに僕は無縁だったから、今ごろ世間でいう四十二の変わり目を迎えてるのかな、と思ってるよ。

 ダガシさんは厄年に何も病気しなかったんですね、良かったですね、と何人もの人から言われたけど、そのときは傲慢にも俺は特別だ当たり前だと思ってたけど、人生は順番に、来るものが来るんだと、最近の身体の変化で、分かる気がするよ。

 僕は四十三のときから徹夜はしてないな。それはもう夜どうし何かに集中するのは、できなくなってる自覚があるから。
 だからお医者さんが当直というのをして、そのまま日勤になだれ込む仕事の仕方は、最高で四十五ぐらいまでしかやっちゃいけない、仕事の仕方だと思うよ。僕にはもう、そういう仕事振りは、真似できないもん。

 そして、あれだけ運動神経いいと自分でも恐いくらいだったし、身体が動く分だけ、肉体的な争いにも積極的な気持ち持ってて、事に当たってきたけど、最近は、争うことに、一歩引いてる自分を発見することもあるんだな。
 それは善悪とはまた別の次元の、来るものの順番が来たのかな、と思ってるんだ。

 そしてこれは、母さんも父さんも、通ってきた道なんだろなと、そして誰もが、ソクラテスも、丸山健二も、豊臣秀吉も徳川家康も(もしかして織田信長や太宰は、この時期を感じる前に死んだのかもな…と思うけど)、そういう人たちも、自覚して過ぎてきた道なんだろな、と思ってる。

 そしてこれからもうちょっとたったら、この峠を過ぎて、また新しい僕と、僕のまわりの環境の変化を、嬉しく感じる自分を感じることできると、特に根拠もなく、楽天主義のダガシは思ってるよ。

 だって母さんも父さんもソクラテスも丸山健二も秀吉も家康も、そしてたぶん太宰も信長も、みんな通ってきた道程なんだと、思ってるからさね。

 この曲がり道を、いろんな意味で楽しみながら、慎重にコーナリングするよ。

醤油が減るのは新しい味作るから

 煮魚をしはじめてからこの何ヶ月は、醤油の減りが早いよ。
 さんま、さば、きす、いわし…、とやってみた。どれも美味しいんだね。
 今日は初めて鱈を煮付けたよ。
 ずっと鱈を食べたかったけど、どうしてか鱈を煮るのは恐くて手を出さなかったんだ。

 蓮根と、人参と、季節だからマイタケも入れて煮た。
 おいしいんだね。

 きのうの残りの大根の煮物も一緒に食べたら、頬っぺたが落っこちそうな味だったよ。
 でも母さんがつくった鱈の煮付けの味じゃなかったけどさ。

 食べながら考えたけど、自分の母親の味じゃなくても、自分で作った味でも、それはそれで、意味あることなんじゃないだろか、と思ったよ。
 それは、前の世代の味を受け継ぐことの意味よりも、自分の味を創り出すことのほうが、意味あることなんじゃないか、と思ったから。
 母さんは、新しいの作れ、そのほうがお前らしい、と思うのじゃないのかな、と思うから。

時間節約のキャベツ飯をテスト

 部屋に帰ってきたときの昼ご飯のおかずは、ご飯の上にマヨネーズを出して、その上に胡麻をすって乗せて、またその上から醤油をチョビッとたらしたのを、かきこむというのが今の定番だ。
 子供の頃の、塩つけただけのおにぎりよりは進化してるよさ。…でもその塩握り飯は、母さんが握ってくれたからまた別の美味しさと別の栄養があったけどね。
 だって、食べてまたすぐ出なきゃならないから、時間かけてらんないんだもんさ。

 野菜を摂ろうと思うんだけど、そしてキャベツが冷蔵庫にあるのは分かってるんだけど、生のキャベツは、ご飯のおかずにはならないな美味しくないなと思ってて、でも細い千切りキャベツにマヨネーズかけたのだったらおかずになるかな、と思うんだけど、僕はそんなに細くキャベツ切れないから、生キャベツはいまだにご飯のおかずにしていない、というか出来てない。

 でも今度、生キャベツを手で千切ったのをご飯の上に置いて、マヨネーズかけて食べてみようと思ってる。
 美味しいかおいしくないか、まあ、ものはためしだ。

2008秋冬チラシ

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レンジフードらよ。
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ふろ子とトレ夫。
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去年から出したかったQRコード。やっとだした。
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チラシを持ってる人だけのオマケ。
 赤色のチラシは目立ちすぎるかなとドキドキしたけど、そうでもないみたい。
 良い色だよ。

やっぱり競争は必要なんだ&食料危機

 近所で二つあったうちの生き残ったスーパーは、十月に入ってから、いろんなものを値上げしてる。
 98円だった酢が140円近くになってるし、玉子も十個で130円台だったのが180円超えてる。

 競争相手がいなくなったら、これでもう高くしても客は来るだろうって思ってるんだろうけど、あからさますぎてゲンナリするよ。
 それにレジの女の人も、最近だらけてる感じだ。

 もう僕はちょっと遠くてもクルマで買い物行くことが多くなった。遠くても仕事帰りに寄ればいいんだからね。
 でもクルマに乗らないお年寄りなんかは、そこしか行けるところがないんだから、高くなっても、従業員が嫌そうに仕事してても、そこしか行けないんだから、困るよさね。

 やっぱり競争がなければいけないんだな、と思うよ。
 地域に一社だけでやってるのは、腐ってくるんだろうな。
 といって売上の小さい方の店は利益も少ないからやっていけなくなるだろうし、…困るよね、店のほうにも客のほうにもね。

 つぶれた方の店は、空き店舗になってて、あの建物を使って、何か出来ないかな、と僕はその道とおるたびに思うんだよさ。

        ※

 追加で書くけど、ちょうど今NHKのテレビで世界的な食料危機のことやってるね。
 僕思ったんだけど、急に穀物や畜産の生産量が減ったわけじゃないだろうから、やっぱり価格決めのところにいる人々の心持ちが、ソワソワしだしたんだと、思うよ。

 人間の心って、自分以外の誰かから、いろんな人から、違ったこと言われるたびにソワソワするし、いや一人の人が、それも信じていた人が、その場その場で違ったこと言ったら、もっともっと不安になって、ソワソワするもんね。

 だから食べるものっていう、生きてくうえで一番大切なものの値段が、高くなったり低くなったりしたら、不安で不安で、買い占めたくなるだろな。
 世界の人々が買い占めようとしたら、需要と供給のバランスで、食べ物の値段はどんどん高くなるだろね。

 じゃあどうすればいいかというと、うーん…、そんなに食うな、と言おうとしても自分がたらふく食ってるんだから人様に強く言えないんだな。
 …簡単な解決策は、あー、なるようになる、という、あきらめかな。

ガリバン

 僕の小学校の頃はガリ版刷りというのがあって、学校からのお知らせとか、テストとか、みんなガリバン刷りだったね。
 そのガリバン刷りって、サランラップみたいに薄くて、紺色で、方眼用紙みたいに細かい目盛りが打ってある用紙に、先生が、鉄筆という先が尖った太いボールペンみたいなので一文字一文字、カリカリと書いて、そのあと一枚一枚手作業でローラーを塗って印刷してたんだよね。

 四年生だったか五年生だったかの僕も、何かのクラブか委員かの仕事で、何回も、そのガリバン用紙に鉄筆で文字を書いて、何か憶えてないけど、自分で印刷した憶えあるよ。
 まだコピーなんてのがない頃だったからね。いや、青色印刷っていったっけかな、昔のつづらよりもまだ一回りも大きい機械が職員室にあって、一枚が刷られるときに、紫外線みたいな青い光が中を通るのが機械の横から透けて見えて、コピーの機械みたいに、端っこから青い文字で印刷されてる紙が出てきたのを憶えてる。
 その青い光を見ると目がつぶれるんじゃないかと恐くて、光が通った瞬間に、すばやく目を反らしたのも憶えてるよ。

 そうしてあの頃は、やっぱりガリバンの方がキレイに刷られてたし、どうしてかあのインクの匂いが、頭がいいような匂いに思えてたんだよさ、ハハ。

 そういえばガリバンというのは、どうしてガリバンというのかな。
 今チラシを作ってるところだから、ガリバンを思い出したんだ。

ホームページの軌道を、くっきりと遠くまで

 やっと新しいホームページが、ヤフーにインデックスされたよ。
 インターネットに出してから、ちょうど一ヶ月だ。まだまだ検索順位は、ずうっと下の方だけどね。
 グーグルには、ちょっと前から載ってたんだけど、ヤフーは怠慢なのかな、ハハ。

 これはと思ったサイトのいくつかと相互リンクの申し込みをしたんだけど、いくつも無視されてるよ、ハハ。
 いいこと書いてるから、「分かった人」なのかなと思ってメール送ったんだけど、…そうでもないみたいだったな。

 そのうちのひとりの人は、僕のホームページが検索エンジンにインデックスされてないし、人の悪口書いてるから良くない、と言ってきたけど、その人のホームページも人の悪口書いてた。

 だから僕そのとき、僕の別の地が出てしまって、そっちの別の方の地のやり方でメール送ったよ。
「ものごとの『これから』という事を想像できない頭の悪さと、お前の自分のやってることの無自覚さを思え!」とね。
 そうしたらその人、自分のホームページの内容を書き換えますとメールしてきたよ。

 僕も、その人も、別に個人攻撃のこと書いたわけじゃないのにさ。ハウスクリーニング業界の悪い部分のことを明らかにしただけなのにさ。

 僕はいつも、ただ「事実」だけを書いてるんだけどな。…だって僕、誰かから何かで、「オモテに出ろ!」とか、「出る所に出るぞ!」とか言われないように、いや言われてもいいように、いつもいつも、そういう人間には絶対負けねえ! とスジミチでも理屈でも道理でも、自分のやってる事の何にでも、死ぬほど細部に気を遣って生きてるんだもんさね。

 だから若いうちから掃除屋になった人間って、その業界しか知らないっていう人間って(何の業界でもそうだろうけど)視野が狭いんだな、と思うよ。
 ましてや二十歳過ぎぐらいの歳から掃除屋にしか勤められなかったというのも、…ああ、ここから先は暴言になりそうだから言わないけどさ。

 それから、僕の相互リンク申し込みメールを、丸っきり無視する人には、…まあ、係わらないことにするけど、その人たちは、それからも偽善的なことを、もっともらしい事を、得意げに自分のブログで書いてるんだよなあ。…恥ずかしくないのかな、と思うんだけど、恥ずかしくないからそういうこと書けるんだと思うな。

 でもそれもこれも、僕の人を見る目が、まだまだらということんがよね。僕自身の、いろんな意味のオサナサが出てるんだろな、と思うよ。

 だんだん僕の新しいホームページも軌道に乗ってきてるから、自分のそういう事の無自覚な事を自覚できない人とかかわらなくともいいように、もっともっと自分の軌道をくっきりさせて、ダガシの軌道を遠くまで遠くまで思い描きたい気持ち、湧いたよさ。

エコだのロハスだのの偽善

 ハウスクリーニングの業界じゃ、エコ洗剤ってのが流行ってる。
 何にでもエコだエコだと名前付ければよいもんだと思ってるんだろうけど、それって考えなしに、ただの流行りもんに乗っかってるだけのことなのにさね。

 ちょっと前にも、ロハスなんてのが流行ってたけど、最近だれも言わないね。
 ロハスのことは、流行ってたときに僕、ロハスなど大嫌いだとここで書いたけど、ロハスって言葉の意味を調べたけど、今はもう忘れた。…たしか、ものごとを持続させること、らしかったかね。

 そしてロハスだのエコロジーだの、別に地球のことだの環境のことだの、何にも考えてもいないくせに、ただ自分の商売に金をくっ付かせようとしてるだけの目的なのにさ。
 だからこそ、そのための宣伝だけのために、ロハスだエコだと、何とかの一つ覚えで、騒いでるだけのことなのんにさね。

 だから僕は、自分のホームページやチラシには、絶対に、ロハスという言葉も、エコという文句も、使わねえぞ! と決めて使ってこなかった。それに横文字が嫌だから、「植物性の洗剤を使ってます」なんていう言葉にしてさ、ハハ。

 それが今日のコヅカさんのブログには、ちょっと真面目に良い洗剤のこと作ろうかというようなこと書いてたな。
 いいもの出来たら、広めてほしいよ。僕もそういうのだったら使いたいから。
 そういえば今日の夕方は、ピンク色のヘンな色の夕焼けだったなあ。

こんにゃくゼリーは、自己責任を持つという象徴にしておけばいいのに

 こんにゃくゼリーをこれから売らないと、宣伝してるね。
 だから僕、普段食べないのに買ってみたよ。

 食べてみて、そういえば十年くらい前か、何回か食べてみたことあるなあと、思い出した。
 舌の上の感触は、あの時より柔らかくというか、もろくなったね。
 それは口の中で素早くくずれるようにしてるんだろかなと思ったよ。
 こういう味、酒の肴に、たまに食べるのも美味しいものだ。

 今食べながら思い出したけど、そういえば昔のこんにゃくゼリーはもっと硬くてというか、固体がしっかりしてるというか、口の中で形をそのまま維持していようとしてるというか、…だから初めて食べたあの時、丸ごと全部口に入れたら危ないぞ! と思ったんだろう、無意識に前歯で噛み切って噛み切って、小さくしながら口に入れて、よく噛み噛みしてから飲み込んだ憶えがあるよ。

 そんなことは人間、死にたくないと思っていれば当たり前に出来るもんだと思うけどなあ。
 だから販売中止にするのは、安易なやり方だと、思うんだけどねえ。

 日本中が、誰かの責いにすればいいっていう責任放棄というか、大昔読んだ「甘えの…何とか」という構造になってるんだろなあと、またイライラしながら溜め息出るよ、ハハ。

夢の効用

 テレビもラジオも本もCDもカセットも飽きてしまって、何にも観たくないし聴きたくなくなったときは、すべてを消して、静かになると、思い出すのは見た夢だ。
 眠って見た夢。

 といって細部まで憶えているわけじゃないけれど、ところどころの断片が映像になって、僕の頭の中をよぎるんだ。
 そのカケラを頭の後ろ側の自分の中のテレビジョンで観ていると、なんとなくおだやかな気分になるから不思議だよ。

 夢って、自分の人生の、澱みたいなものを洗い流してくれるものかもしれないな。
 夢の中で見たことの、忘れなきゃいけないところを忘れさせてくれるから、それ以上思い出させなくさせてくれるから、いいのかな。
 夢って、動物は、見ないのかな。

立ちゆかなくなったらキャベツともやしの量を増やせばいいのじゃないのかな

 株の値段が下がって日本も世界も大変だってテレビが騒いでるね。
 前から思ってたんだけど、それって、分不相応の贅沢したツケが今出てるだけなんだと思うけどな。

 家を買ったり、高いクルマ買ったり、ピラピラした服着たり、年二回でもいいご馳走をいつもいつも食べたり飲んだり、お金ないのに子供に私立の学校行かせたり、とさ。

 僕は僕のようなハウスクリーニングの商売も、ある意味の贅沢品だと思ってる。
 だって掃除しなくたって、死なないもんね。
 それをお金払って掃除してもらうんだから、これは贅沢なことなんだろな、と依頼される方の仕事する側の僕が、いつもいつも思いながら作業してるんだ。
 だからこそ必死になって、もらう金額以上の価値をお客さんに届けようとしてるんだけどさ。

 株が下がって、回りまわって、僕の商売にも影響が出て、僕の商売が立ちゆかなくなったとしても、僕は、金に金を生ませるだけの汗をかかないような商売をしてる人たちが、ほうがいな報酬得ることにいい気持ちしないから、今みたいな事態は見ててザマアミロって思って気持ちいいんだよさ、ハハ。

 僕の商売が立ち行かなくなっとしたら、僕は、あるものを着て、食べるものはキャベツやもやしを食べてれば、いいんだよさね、ね。
 そうやりながら、本を読んで、ものを考えてれば、お金かからないよ。

鳴き声は鳥の決意のあらわれ

 またこの時期に、鳥の声が聞こえるようになったね。
 近くで鳴く声じゃなくて、空の上で聞こえる鳥の声が。

 旅に出るのか、ここに渡ってきたのか、何羽かで鳴きかわしている声。
 それもどうしてんか夕方にしか聞こえないんだな。

 暮れ方になって旅立つのかな。
 そんなことないよね。
 空を羽ばたく鳥ならば、出発するのは朝だろね。

 鳥は、ダガシみたいにどこかから新潟市に来たのかな。 
 あの鳥にとって新潟市は暮らしやすいかな。

 行く鳥も来る鳥も、これからの自分の暮らしを思いながら、空を羽ばたいてるんだろな。
 鳴き声は、鳥の、決意表明だろうかな。

現金書留の封筒のありがたみ

 お客さんから仕事の料金を、現金書留でお金送ってもらった。
 何年ぶりだろうかな、現金書留の封筒見るのって。
 大学のとき急にお金足りなくなって、父さんに電話して送ってもらったの以来かな。

 現金書留の封筒って、あの頃から変わってないんだね。
 茶封筒で、周りが濃い緑色。
 そしてちょっと大きめなのが、ありがたみが増すんだよね。

 封筒の頭を指で破って、中を開いて、そうすると紙で出来てる封筒の中から、さっき郵便屋さんが持ってきてくれた、まだ生暖っかい封筒から、普段僕らが使っている現金が、ひょいっと顔を見せるのは、どうしてか思いがけないことのように思えて、母さんがたまに送ってくれる手紙の中に、便箋と一緒に入っている一万円札を見つけたときの、驚きの気持ちと嬉しさが混じりあって、ほかほかした気分になったのを、思い出すよ。

 受け取った後すぐ、お客さんには、ありがとうございましたの携帯メールしたよ。

返事が出来ない新潟市民たちへの疎外感

 新潟市の会社に電話で何か問い合わせをすると、いつも不快になるんだけど、その大きな理由は、大概の新潟市の人間は返事をしないからだよ。
 僕が何かを問うと、いつも二秒くらい黙ったままなんだ。
 返事をするっていうことが、日常の中で癖つけられてないみたいなんだ。

 だから僕、「おい、何黙ってんだ? 返事ぐらいできないのか? …………おい! 返事しろって言ってんだよ! …………おい! お前耳が聞こえねえのか? それだったら仕事で電話なんかに出てくるな! すぐ辞めろ! お前んところの社長に代われ! …………おい、どうしたんだ! 返事しろ、返事を!」
 ということがいつもいつもの事なんだけど…、ツカレルよ。

 そんな状況になると、そいつは人生のスジミチへの想像力も仕事に対する責任感もないだろうから、僕に理不尽に嫌がらせされてる気分になっててフテクサレテて、その仕返しにこっちをオチョクッテますます返事しないんだろけど、新潟市の99パーセントの人間がそうだ(新潟市の人間って、車運転してても歩道を歩いてても、その顔つきは、普通の無表情ではないんだよ。ほとんどがフテクサレテるって顔なんだ)。

 そして試しに僕、問い合わせした同じ業種の、僕のふるさとの会社をどこでもいいからインターネットで調べて、そこに同じ内容の電話してみたら、ちゃんと返事するし(当たり前だよね)、その前に、喋りかたの息遣いが新潟市の人間と全然ちがうんだ。
 気持ち良くハキハキしてて、この会話の責任を自分で背負うって心意気を感じる喋り方に聞こえて、生意気ダガシでも、その人に自然と敬意を払ってる僕が分かるんだよ。

 もう普通の新潟市の人間には、まともな会話を期待するのを半分あきらめてるけど、でも僕は怒らなくなるのをしなくなるのは、あきらめない。
 だって怒らなくなるって事は、感覚が麻痺して、一般の新潟市民と同類になるってことだもんさ。
 もし僕がそこらへんの新潟市民と同類になったら、僕が新潟市に居る意味がなくなってしまうからさ。

 ある意味の疎外感を味わいながら、疎外感を意識しながら生きることに、今のところの僕の人生の意味があると思って、それを勉強しているつもりでいるわけだからさ。

 といって、それを分かっちゃいるけど、毎度毎度ツカレて、俺は早死にが待ってるのかなあ、と自分で自分を笑うよ、ハハ。

雁木はあるべきかないべきか

 古町通りが今、雁木がなくなっていてね、、パッと見ると東京みたいに見えるよ。
 通りがすごく明るく見えるんだ。

 それは雁木を新しくする工事をしてて、だから古い雁木を取り払ってるからなんだけど、雁木がないと、すごく開放感あるんだな、とあらためて思ったな。

 もう、雁木は無くしてしまえばいいのに、と思ったよ。
 古町のある建物の大家さんに、そのこと言ったら、陽気のいい今はいいけど、冬の吹雪になったら困るんだ、と言っていた。
 うーん…。新潟市の吹雪なんて、高田や長岡や酒田の吹雪に比べたら、幼稚園レベルなんだけどなあ。…とまあ、それは言わなかったけどね、ハハ。

 でもまあ、新潟市の中で雁木があるのは、今はもう古町通りや他の一部の通りのくらいしかないんだろうから、雁木があるのもいいのかな、と思ったよ。

 冬場になったら、今は忘れてるがんぎのありがたみが、身に染みるんだろうからね。

見積もり無料に反対する

 問い合わせの電話が立て続けに来るときがあるけど、こないだは「一度見に来てほしい、一度見に来てくれ」と、いってんばりの人だった。
 いま電話で詳しいことを説明しますよ、と僕がいくら言っても「一度見てくれ」としか言わないんだ。

 ハウスクリーニングの値段の相場を知らない人のところに行って料金を言うと、高い! と言われてそれっきり、ということが今まで何べんもあったから、電話で正確なところに近い料金を先に言うようにしてるんだけど、それでも見なきゃ分からないだろうなんて、たちの悪い業者みたいなことを、新潟市の人は言うんだな。

 だから僕そのとき、出張見積もりに伺うと三千円いただくことになりますがよろしいですか? と言ったら、それなら要らねえと言われてすぐ電話切られた。

 僕は安さを売り物にして商売をしたくないから、はじめはちょっと高めの値段を言うようにしてるんだけど、それは後になって高くなるより、後になって安くなる方が、お客さんは気持ちいいと思うから。
 でもそういう見積もりの仕方する人間は、世の中にはいないみたいだから、まず「後でまた電話します」と言われて、それっきりなんだけどね、ハハ。

「見積もり無料」という言葉は何の商売でも当たり前のように使われているけど、僕は、見積もりが無料ということはオカシイことだと思ってる。
 だって、見積もりする手間だって、仕事のうちなんだし、その見積もりの手間の分は、受注できなかった見積もりの手間の分は、注文したお客さんの料金の中に混ぜ込ぜになってしまって、結局価格が高くなるもんね。

 それに素朴に、人を動かした手間代を払わずに済まそうってするのは、オカシイことだと思うもんさ。そういうのって、ドロボウ根性とかタカリ根性とか言うのじゃないのかな。

 だから僕は、見積もり無料とは、ホームページにもチラシにも、今までどこにも謳ってなかったし、そしてこないだ作ったHPにはとうとう、「出張見積もりは3000円程度を申し受けます」と書いたよ。

 誰かに手間をかけたら、その手間代を支払う、という素朴なスジミチを通したいと思ってのことだけなんだけどね。

新潟市民よ、捕まるべきことやってるときは姑息なことしないで捕まれ!

 自動車のナンバープレートは、その後ろの方は、ひき逃げされたときに逃げる後ろから見える番号で、あの自動車は誰のクルマか分かるようにする、という意味があるんだってのを三十年前に何かで読んだよ。

 そのとき十六歳の僕はナンバーを隠すのは人間としてカッコワルイことだと思ってさ、俺のナンバープレートは絶対にさらけ出しとおすぞ、と思って実際そうしてきたよ。

 もう一つ、昔からネズミ捕りしてるのを事前に分かる装置をクルマ用品屋さんで売ってるけど、それも卑怯な道具だと思ってたから、絶対に使わなかった。

 僕は五回も免停になってて、そのうちの一回はお客さんの会社の前の道路での駐車違反だけど、あとの四回はスピード違反がかさなって免停になったけど、でもスピード違反してることを分かってやってるのは僕自身なんだから、姑息にヘンな装置付けて逃れようなんてのは嫌だったんだ。

 そのスピード違反は、すべて十キロオーバーぐらいの小間かい違反だったけど、ああ、捕まるときは捕まるのが続くんだな、とそのとき思ったよ。
 それでもネズミ捕りを察知する機械は付けたくなかった。

 そういうダガシが今、道を運転してると時々見るんだけど、後ろのナンバープレートを読み取りにくくする色付きのカバーはめてる自動車や、ナンバー自体を折り曲げて見えないようにしてるバイク…。
 こういうのは走ってる横に走っていって、ナンバーを手でつかみ取って、そいつに放り投げて、
「どういうつもりなんだ泥棒野郎! 捕まるときはいさぎよく捕まれ!」と怒鳴りつけたくなるよ、ハハ。

 人様に迷惑かけるのは、迷惑かけてることを意識しながらやるのなら、まあ、僕はあんまり非難はしない。
 でも悪いことしてるのに、自分は悪いことをしてないんだなんて思い込んでいる想像力のない人間は、自分の悪に気づこうとしない人間は、見てるとこっちが恥ずかしくなるし、そういう人間見てるとツカレルし、そのすぐ後で怒りがパッパッと燃え上がるんだ。

 ただね、どうしてかあれからもう二十年以上スピード違反で捕まってないんだけど、僕がスピード出さなくなったのか、マッポが怠慢になったのか、それはどっちもなんだろうね。

窓掃除中のダガシ

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お客さんとこで撮ったのらよ。
 窓してるときは、後ろからのばっかりになるがよ。

もうすぐ出来上がるホームページ

 作ってるホームページが、あと2ページで出来上がるよ。
 全部で20ページになるな。
 やく一ヶ月かかってるから、一日半で1ページ出来てる勘定だね。

 中身はね、…自画自賛できるよ、ヘヘ。
 やっぱりダガシは何やらせてもスゴイぜ、なーんて思ってしまってスミマセン。

 だけどどうしてか、もうすぐ出来上がるとなると、出来上がらせたくないような気分になってるんだよさ。
 ヘンらよね。
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