
見えるかな。
むらさき色の細いパイプのあいだに見える小さい黒い穴。
エアコンの熱交換器からしたたり落ちる水がドレンパンの溝を通って、この穴からドレンパイプに入っていって、家の外に排出されるんだ。
この穴のまわりにもドレンパンの溝にもカビ汚れがたっぷり付いてるから、エアコンクリーニングの時は、これくらいにキレイにしないと残ったカビが繁殖して、またすぐカビ臭くなってしまうんだ。
銭取り仕事は細かい場所にこだわらないとね。
だって神様って、細部に宿るって言うもんね。
テレビで介護職の給料が安すぎると言ってたけど、介護業界で働いている人間どもの質の悪い仕事に高給を出すなんて、絶対駄目だよ。
介護の現場で働いている人間の質を一回でも見てみたら、その経営者どもに接してみたら、反吐が出るほどズルくて、怠けたがっていて、年寄りを見下す人間ばっかりだと分かるさね。僕は何べんも何べんも見て接してきたんだから。
だけど介護の仕事への報酬は、もう少しは高くはあるべきだと僕も思うけど、…今いる人間が高い報酬は、受けるべきじゃないよ。これは断言できるよ。
総入れ替えするほど人間的に優秀な人たちが入ってくれば、そういう、客商売としても結果を出せる人が仕事するのならば、そういう人は高い給料をもらえるべきだと思うけど、今やっている人間をクビにしてから、そういう人間がいなくなってから、介護業界にお金入れるべきだよ。
でも、総入れ替えしてから報酬額を上げるなんてことは無理なんだから、だって日々介護という作業を継続しなけりゃならないんだから、大勢を辞めさせて仕事をストップさせることなんて出来ないんだから、それに入ってきた人間に仕事を教える役目は、今いる駄目な人間がやらざるをえないんだから、だから総入れ替えなんてことは出来るわけがないんだから、このままの給料の体系でいかざるをえないのじゃないかな、と思うよ。
駄目な人間を受け入れてしまった業界は、売上も上がらずに、無駄なコストも下がらずに、だから一人ひとりが得る報酬も上がらずに、そして駄目な人間がウジャウジャいるから、その業界の報酬を上げさせてもよいと、世論からも認められない業界になってしまって、だからもうそのまま駄目な業界になってしまうんだな、と僕は介護の業界で働いてみて分かったことだよ。
そうして、介護費用や医療費をジャブジャブ消費しながら呼吸だけしていて(しかも自分の財布からは、その費用をほとんど出さずに)、個人の人生として、お年寄りその人自身の自分の人生に対してさえも、何も生み出すことをしない人生を続けることが、それを肯定できるのかどうかということも考えようとせずに、僕も含めて、先送りさきおくりしている今の世の中の人々が作る世論は、ふだんテレビや新聞や何かで大っぴらに言っている耳障りのいいこととは違って、たぶん本音は、世の中の無意識は、介護業界には(ついでに医療業界にも)お金は行かせないでもいいと、思ってると、思うよ。
そしてコズルイ駄目な人間がウジャウジャいる業界というのは、今の政治にも行政にも、建設とか土地建物業界とか、他にもいろんな業界に当てはまるんだと思うよ。
それはもしかして、日本という国全体自体が、そういう病理みたいなのをかかえてるんじゃないだろか、…そうかもしれないな、と思ってる。
いつもこの頃になると星の本を読むよ。
夜が始まるのが早くなって、星をつい見てしまうからかな。空気が澄んで星の輝きが強くなって、星のまたたきが分かるようになるからかな。夜が長くなって、どうしてか小さいころを思いだして、そうして寒くなると昔読んだギリシャ神話を思い出してしまうからかな。…多分どれもだろうな。
今ちょうど、僕が見て分かる星座の一つのオリオン座が、夜中に頭の上に見える季節だね。
でも今年は雨ばっかりで出てきてくれないな。
来月は、夜の空が輝くかな。
僕のおおむかしの先祖のひとりだろう新潟県の水呑み百姓の暮らしは、今の僕から見たら日々退屈な同じ事の繰り返しだったんだろうなと思うよ。
朝起きて、そのまま田んぼ仕事をやりに行くついでに、近くの小川に水を飲み行って、そこで顔を洗って、田の草取りなんかをしてから、帰ってきて昨日と同じおとといと同じ、毎日同じおかずでご飯をちょっと食べて、そしてすこし休んでからまた田んぼに行って仕事をして、帰りがけに小川でフナなんかを獲ったり、畑や山から菜や山菜を採ったりして帰ってきて、そうして着替えなんかもないだろうから寝て起きて着ていたものを着っぱなしで、そうして何日かおきにしか風呂というものには入らないで、煙草などというものは想像の範囲外で、酒というものは季節の変わり目にちょっと飲むぐらいのもので、毎日毎日、陽が出れば朝起きて、陽が沈めば夜寝るという生活をおくっていたんだろうなと、きっとそうだろうなと、思うんだ。
それにくらべれば今の僕の生活の中には、テレビや雑誌や本やインターネットなどというものもあって、僕の脳を刺激するものがいろんな方向からこれでもかとあって、そして夏暑ければエアコンから冷気が送り出されてくるし、冬寒ければストーブがガンガンと燃えて暖ったかい部屋の中で半袖でも過ごせるようにしてくれてるし、毎晩のように酒が安価に買い求められるようになっていて、おかずも牛豚鶏肉そして魚と、好きな肉類魚介類を摂取することが当たり前になっていて、ベッドなどというマットレスという腰が痛くなるぐらいふかふかの寝床に毎晩寝そべられることできて、好きなときに好きなところにいける自動車を所有してガソリンという石油を燃やして好きな場所に行けるのだし、用事があれば電話だのメールだので何キロも何十キロも何百キロも離れた人と用事が足せるし、なにより、好きなときに清潔な水を飲めるし、好きなときに熱いお湯を用意して、その頃なら世の中にあることさえ知らないだろうお茶やコーヒーなどを楽しめるのだし、大昔なら存在しない石鹸というものがあって、風呂にも毎日入ったり朝もシャワーを浴びて身体を清潔にたもち、健康にも留意できる環境に恵まれているんだなあ、だから死ぬなんていうことは、毎日生きてる中の意識の範囲外なんだな、とときどき思うよ。
昔の人は、生きることも死ぬことも一緒くたに考えて、年に一回か二回のお祭りというものを作って、ふだんみられない芸をする人間をよんで、いや自分でも唄ったり踊ったり仮装したりして生や死をイメージしたり、そしてそのときだけ酒というものを飲んで頭の神経をそのときだけくるわせて、日常の自分をそのときだけ、新しく生まれ変わらせていたのじゃないのかな、と思うんだ。
ということは今の僕らは、毎日石鹸で顔を洗えることでさえ、それで毎日が自分自身を生まれ変わらせてもらえてるのかな、自分自身を新しく見るキッカケを持たせてもらえてるのかな、とありがたいと思わなきゃならんのかな、とふと思ったりするんだな、ときどきさ。
夕方ポスティングしてると新聞配達の人と一緒になることがあるよ。
前にもそうで、バイク乗ってる配達のおじさんが、僕の後をついてくる格好になったんだ。
新潟日報の配達のおじさんだったよ。
それで僕、昔「新潟日報を読む層は客層が悪い」と聞いたことあって、新聞にチラシ折り込むときの知識欲しいと思って前から聞きたかったこと聞いた。
いま日報のシェアはどのくらいですか?
おじさん、すぐ返事しないで、はぐらかすみたいに、そして何だか恥ずかしそうに、いや…まあ…、と言った。
八割くらいですか? 九割くらいですか?
…いや、さいきんは新聞取る家が少ねえてね。インターネットとか見るいうてね。
そういえばおじさんの配る家は、その住宅地の家を、三軒おきとか五軒おきとかにバイク停めて、まばらに配ってたと気が付いた。
僕、バイクにまたがってるおじさんに、勉強になりました、ありがとうございました、と深く頭下げて、またチラシをポスティングつづけたよ。
二年前から新潟県内のホームページのポータルサイトっていう、いろんなHPを紹介するサイトに、うちのホームページを登録してるんだけど、その中に人気ランキングというのがあってね、そのサイトを見た人が、登録してる各ホームページをクリックした回数の多さで順番を決めてる仕組みがあるんだけど、時々それをみると、うちのホームページが上位に出る季節があるんだ。
ちょうど今ごろの年末の大掃除の季節と、梅雨から夏場にかけてのエアコンクリーニングの季節にさね。
でもね、年がら年中、人気ランキングの上の方に出るホームページは決まってるんだ。
それは多分、自分でクリックして、順番を上げてるとしか思えないんだよさ。
だって、…まあ、どういうHPが上位に来ているかは書かないけど、別に見たいとも思えないようなものが、いつも上に来ているんだよさ。
人気ランキングといっても、一番のHPでも、そのクリック数は4とか5とか多くても6くらいのもんだから、自分でクリックすれば、すぐに上にあがるんだろうからね。
それに別にそのランキングで上位に上がっても、クリック数は4、5、6ぐらいなんだから、一般の人が見ているとはとても思えないんだけどな。だから順位が上がろうと下がろうと、大勢に影響はないのにさ。
当たり前だけど、僕は当然、自分でクリックはしない。
だってランキングの順位を正確に把握したいからね。今の世間の求めるのは何だろかなって知りたいからね。
あんなチンケなランキングで上位になりたがろうとする人の根性が、女々しいというか、くだらないというか、…逆効果だと思うんだけどなあ。それが分からないんだから始末におえないなあ。と余計なお世話を思ってるんだよさ。
でも時々でも、そういうランキングを見ている僕も女々しいのかな、と思うときもあるんだよさね、ハハ。
今日スタッドレスタイヤを替えたよ。
前輪だけ外側が片減りしてたから。
こないだインターネットでタイヤ屋さんをいくつか探して、いつものように電話かけまくって、喋りかたの応対にホスピタリティってのがある会社で、替えてもらった。
そこは本社が新発田市のところで、さすが新潟市の人間とちがう応対の仕方だなと思って、ホイールからタイヤを付け替えてもらってる最中、ここの会社は新発田が本社だそうですね、あなたも新発田の人ですか? と聞いたら新潟市でこの近くです、と言われた。
しじゅう笑顔で通して、小走りで通して、ありがとうございますが口癖で、腰が低くて、見習わなけりゃならんな、やっぱりこの人たちは新潟市の人間じゃないな、と見てたんだけど新潟市の生まれだってさ。
そこの店員さんは、新発田市本社の会社からよっぽど鍛えられたのかな、と思ったけど、たまには新潟市にもこういう出来た人も、めずらしくいるだろうなと思ったよ。
でもそこに来ていたお客は、タイヤの値段が安いせいなのか、安物を買うしかない人間のせいなのか、目つきが悪くて横柄なのが多かったけどね。
僕だけが、お客なのに、従業員さんに、ありがとうございます、ありがとうございます! と何回も言ってたせいか、ハハ、ちょっとおまけしてもらったよ。
ちょっと前に銀行に行ったときに窓口で手続きしてから前の長椅子に座って名前呼ばれるのを待ってたら、やせてて足どりのいいおじいさんが来て僕の隣に座ったよ。
横から見ると、僕ぐらいの背格好で、手足は細いけど腰がしゃんとしてるんだ。
おもわず聞いてみた。
おいくつですか?
八十三。笑いながら言った。
へえー!
自動車運転してきた。また笑いながら言うんだ。
若いですねえ。
うん。とまたちょっと笑った。
用事がおわって駐車場からクルマ出そうとしてたら、さっきのおじいさんも自分の自動車に乗ってるのが見えた。僕と同じタイプの軽の白い箱バンだった。もみじマークというのが貼ってあった。
僕の前を通り過ぎようとしたとき、真剣そうな表情でハンドル握ってたおじいさんは僕を気づいて、さっきの笑顔で僕をチラッと見たよ。
僕は、おじいさんが銀行の駐車場からゆっくり左に曲がっていったのを見てたよ。
今年は寒くなるのが早いね、こないだからストーブ出してるよ、去年買ったガスストーブ。
そんなに暖ったかくないんだけど、ガスストーブって灯油を補給する手間がないから、ラクだなと去年思った。
でも赤い火が見えてるから、シャワー浴びるときは消してるし、外に出るときや寝るときは元栓も閉めてる。
だってガスはガスそのものが見えないし、ふわふわして隙間からただよって出てくるみたいな恐っかなさがあるからね。
まだまだ本当の冬というわけじゃないから、点けちゃ消し、点けちゃ消しと、ストーブに慣れないようにしてるよさ。
きのう初雪が降ったね。
十一月に降るのを見たのは初めてかもしれない。
今日お客さんのとこに行く道も帰る道も、渋滞してた。
帰り道は暗くなってるし、みぞれみたいなのも降ってたから僕、車間距離あけ気味に走ってたんだけど、そうすると脇の車線からヒョイヒョイと、どんどん僕の前に入ってくるんだ。
入るのはいいんだけど、僕のクルマの前ギリギリにぶつかりそうになりながら入ってくるんだな。
入るなら入るやり方あるのに、そういうの、割り込みというんだろうし、だいいち危ないし、僕、そういうことされると、天気が良くて昼間だったら、ブログで書けないような仕返しを走りながらするんだけど、今日みたいに運転に気をつけなきゃ事故るかもしれないっていうようなときは、どうしてか俺はおとなしく走るんだな、と自分でも自分が不思議だったよ。
新潟市民に言うけど、転勤で十くらいの街に住んだ経験者から見て、新潟市ほどズルくて自分勝手な人間が多い街は珍しいんだぜ。
ただね、どうしようもない新潟市民のような人間どもに、かかずらわってるヒマは無いんだと、ちょっと思えるコツみたいなものをえとく出来そうな、感じがしたのが新しい発見だったよ。
モップの糸の水気を絞るための道具があるけど、それで絞っても水気はほとんど取れないものだから、モップを手で絞るのは、掃除屋さんなら当たり前のことなんだけど、僕がそれを初めて見たのは二十年も前のスーパーに勤めてたときの、店のトイレの中でだったよ。
背の低い僕よりももっと背の低い中年の女の人が、何か不吉なことをブツブツ言いながら、トイレの奥の大きな流しの、それは清掃の道具を洗うためや汚れ水を流すためのものだと掃除屋さんになった今は分かるんだけど、その流しでモップの長い柄を抱えるようにして両手で絞っていて、それも素手で、どす黒くなった色のモップの糸を、手で巻きつけるように絞っているのを見て、ああ、汚いなあ、手が汚れるのになあ、とそれを見た僕は、そこから後ずさりしながら思った憶えある。
そしてそれをはっきり憶えてるから、僕は、いかにモップを汚さないかということに神経を使ってきたんだ。
その方法として、汚れ落としのためにはモップを使わない、ということだよ。
汚れをこする道具は、スポンジやパッドで擦って、浮かせた汚れは、水も吸い込むバキュームで吸い込んで、最後の仕上げ拭きだけに、モップを使うようにした。
そうすればモップは汚れないから。
だから僕のモップは汚れないんだ。ほとんど白いまんまなんだ。
それに一回使うごとに、何回も下洗いしてから洗濯機で洗ってるからね。
だから僕の顔も拭けるぐらいの清潔さだよ。
だから清潔だと思えるから、僕は素手で、絞れるんだ。
子供のころのテレビのお気に入りの一つは、トムとジェリーだったな。
アニメという言葉なんかも知らないんだけど、面白い画が動くのが楽しくて、そして猫よりネズミがうまくやるという話が面白ろくて、そうして何よりテレビの中の画が動くのがスピード感あって、ワクワクして観てた。
どうして今、トムとジェリーながさないのかな(いま思ったけどジェリーだったかジュリーだったか忘れたよ)。
番組の最初に、Tom&juriーと出てた憶えがあるさね。
ジェリーのスペルももちろん憶えてないけど、たしか英語だったな、と僕の記憶の中にしまってある。
いま、キャラクターさえも、出てないんだね。
出してくれれば、ダガシも買うのにさね。
そうして僕が好きだったのは、失敗ばっかりする猫のトムのほうだったよ。
カセットテープというのは、もうどこでもつかえなくなったね。
ウォークマンがあるんだけど何年か前に壊れているし、ラジカセというのもずっと前に壊れてゴミに出したから、カセットを聴ける機械がないんだ。
好きだった曲のテープも何本もあるんだけど、聴くための機械を買ってまで聴こうとは思わなくなったな。
それは音楽を聴くことに、情熱がなくなっているんだろうなと思うよ。
インターネットでも曲を聴くことができるから、それでラジカセを買おうという気持ちにならないのかもね。
でもパソコンで音楽を聴くのは、なんだかあじけない気持ちもあるんだよさ。どうしてか分からないけどね。
カセットテープはもう聴かないんだから捨てればいいのだろうけど、これもどうしてか、まだ、とっておきたい気持ちなんだな。
僕は二度手間が死ぬほど嫌いだ。
でもものごとをするのは、つい、
遠回りするのをえらんでしまう。
とおまわりしたら見えるものが、
ひかってるから。
でも遠回りは、二度手間とはちがうよ。
掃除屋さんのホームページで、たまに洗剤のことを薬剤と書いてるのがある。
汚れ落としの効果が強いということをアピールしたいんだろうけど、偽装の言い方だよ。
僕が何軒か勤めた清掃会社のうちの、一つの小さな会社の社長がそこのベテラン社員に、「薬剤と言うな! 洗剤と言え」と言ってたな。
そのベテラン社員は、薬剤という言葉を使いたがってた。お客さんの前では特にそうだった。
僕はお客さんの前で、ことさら洗剤のことを薬剤と言うのは何だか嫌だった。
その社長のことを僕は人間として尊敬もしてなかったけど、その「薬剤と言うな」という言葉には共感したよ。
それに薬剤という言葉とは厳密に何ぞや、と問われれば分からないもんね。
何の商売でも、誇大広告する業者は、良い事しか言わない人間は、そしてヘラヘラ作り笑いしてる人間は、信用できないさね。
チラシをポスティングしてて、そこの地域のほとんどの家が犬を飼っているってところがたまにあるんだけど、そういうところは一軒が飼いはじめたら、まわりの家も飼おうかなと思って近所じゅうが飼うのかな。
不思議なんだけどそういう地域の犬は、ほとんどの家の犬が不機嫌なんだ。
人間が、というか僕が家に近づいていくと、五軒ぐらい先なのにもう、ワンワン、ワンワンと吠えまくるんだ。一匹が吠えだすと、まわりの家の犬が次々に吠えだすんだ。うるさいんだ。
人間が来て嬉しくて吠えてるのかなと思ったら、違うみたいなんだな。
僕がその家の門の前に来ると、吠えてた犬の顔は、牙を口の横からむき出してウーとうなってるんだよ。
でもその四本の足は、何だか後ずさりしてるみたいなカッコしてるんだ。
たぶん気が小さいんだろね、吠えてた犬は。
僕がその家のポストに歩いていくと、やっぱり犬は吠えながらうなりながら後ずさりするんだけど、ポストにチラシ入れて帰ろうとして、振り向いたとたん、こっちにおおいかぶさるように急に吠え声が大きくなって、後ろを見たら鎖を振り切らんばかりにして僕に向かってくるんだ。
動物って、後姿を見せたら噛み付くっていうけど、そうみたいだね。
でも、ときどきだけど、よく来たねというふうな顔で、のんびりした顔で、寝そべったまま笑っているような顔つきのおっとりした犬とか、来てくれた来てくれた、ああ来てくれましたねと、尻尾が遠心分離機みたいになって振り回している可愛い顔した犬も、新潟市には、とっても少ないけどいるんだよ。そういうときの犬の顔は、嬉しくて笑ってると分かる顔なんだ。
そういう家は、飼ってる犬と同じ顔つきの人が住んでいるのかな、と思ってみたりするんだよ。
あまというお相撲さんが大関になろうとしてるんだってね(あま、の漢字知らないから、ひらがなで書くよ)。
あまは、すばしっこくて、技のデパートと言われた力士に似てるな。…これも名前出てこないし、モンゴルの人と日本の人と、ごっちゃになってる。
しかし今お相撲の世界で強い人は、モンゴルの人ばっかりみたいだね。
日本人と、からだのつくりが根本的に違うのかな。
それとも日本人と、心のもちようが違うのかな。
どっちもかな。
陽の暮れるのが早くなって、
一番星を見つけられるし、
お月さんも早めに顔だす季節だね。
今夜は透き通るような、
大きくてまん丸の月だね。
きょうはもしかして、
十五夜からの、ひとめぐり、ふためぐりの日かな。
僕の考えてることなんか、
上のほうから、
ぜんぶ知ってるみたいな顔してる、お月さまだよ。
子供のころは豚の小間切れ、たまに食べるのが御馳走。
もつの煮たのも多かったな。
スーパーに勤めて牛肉に目覚めて、ロースとかヒレとかのステーキを食べてみる。
でもそれほどでもない。
焼き鳥屋さんに行くのに凝った時期。毎日のみに行ってた時期。
そして鶏皮の焼いたのばっかりが好きだった時期。
そしてこのごろは鶏肉。
むね、もも、手羽元と食べてきて、ごく最近は手羽先を煮たのがお気に入りだよ。
だんだん先っぽに行ってるね。
骨ばってるから食べにくいけど、皮も沢山あって鶏肉の濃い味がして、おいしいんだな。
安心安全なんて言葉を、広告でよく使ってるね。
テレビでもホームページでも。
安心も、安全も、世の中には、ないものなのにさ。
だって世の中には、百パーセントなんてものは、絶対なんてものは、ないものなんだから、だから安心も安全なんてのも、ないものなのにさ。
それなのに自分のところは安心安全と言いふらしてる。
何年か前のマンションの偽装の建築とか、去年からの食べ物の偽装とか、偽装、偽装が、流行ってたからね。
偽装をした人間は、即、死刑にしてさ、…でもそういう見せしめしても、それでもまあ、人間は百パーセントじゃないから、偽装はなくならないだろうから、それなら偽装はやってもいいかというと、それは駄目だから、話ずれるけど、それでもそれでも、死刑は必要だと、ダガシは思うよ。
そして安心安全と言いふらしてる人間も、それは偽装だということ、分からせたいもんだよ。
そして安心安全なんてのを単純に信じている人間は、だから他人にすぐ責任を押し付けるんだよ。
どっちも、根っこは、同んなじなんだろな。
責任を他人になすりつけることでさね。そのズルさでね。
安心とか安全とかは、僕は幻想だと思ってるけど、幻想だと分かっていながら、求めつづけるものなら、ちょっとは求めてもいいものだとは、思うけどね。
今朝はくしゃみが何回も出た。
毎年この頃になると、朝、四時前に目が覚めるんだ。
寒いからというわけじゃなくて、たぶん、季節が変わるから、それに体をつくりかえようとしてるんだろうかな。
身体がとまどっているって感じかな。
夜も十時過ぎに眠くなるし。
この時期は夢もよく見るなあ。
中身は憶えてないけど。
暖かい時期を忘れるために、寒い季節に合わせるために、眠ってるときも使って、夢も使って、身体を変えてるのかな。
障子紙の貼り替えしたよ。


小さいころ母さんと一緒にしたのを憶えてるから、障子張り替えは家族で、それも子供と一緒にやるのがいいと思うから、うちに依頼されたら、つい、ご家族でしたほうがいいですよ、と言ってしまうんだよさ。
最近コンビニが何軒も店じまいしてるよ。
とくに新潟市の街なかの店がやめてる。
オーナーが年取って、後継者がいなくて閉めるのかな、と思ったけど、違うみたい。
萬代橋のそばに去年できたセブンイレブンも、こないだ見たら窓ガラス全部に白い紙が貼ってあった。
セブレブよりローソンのほうが閉める割合が多いみたいだな。
でもセブレブのほうが絶対数が多いから、店なくなる数は、どっちもそれほど変わらないかな。
新潟市がこうなんだから、よその地方都市もそうだろね。
僕も、コンビニエンスストアに買い物に行ったのは、何年もないもん。
行くのは、コピーかファックスに行くぐらいだから。
それか切手か収入印紙買いに行くかかね。
値段が高いから商品を買わないし、今はもう夜中におきてるわけじゃないし、コンビニエンスストアというものには、用がないんだ。
バブルの時は、コンビニによく行ったな。
コンビニの惣菜もお弁当も美味しくて、よく買って食べてたし、夜中に飲みに行った帰りに、家で飲み直すために、おでんやビールや雑誌買って、そうして酔っ払って、意味もなく店員さんに一人ずつ千円札チップあげたりしてさ。…バカだったね、ハハ。
くりかえすけど、コピーとファックスは、重宝してるんだよさね。
でも、コピーとファックスが、自前で出来るか、コンビニでなくてもできるかすれば、今のダガシには、コンビニは不要のものになるんだけどね。
もしかしたら、世間の人々も、ダガシみたいに思ってるのかな、と思ったよ。
あ! 大事なこと忘れてた。
ガス代、電気代、電話代、携帯代、そういうの払うのにコンビニで払ってる。
そういう支払いのための機関としてのコンビニの用はあるね。
だけどそれも支払いする別のやり方が生まれたら、コンビニは要らなくなるね。
でも、でもさ、夜中でも明るい場所と、その明るい場所に人が居る場所をつくってくれてる有り難さは、ありがたいんだ。
コンビニさん、ありがとうございます。
オバマには言いたいことがあったんだけど、選挙中だと書いちゃいけないかなと思って書かなかったけど、選挙終わったしオバマ当選したから言うよ。
僕、オバマの喋り方が嫌いなんだ。
オバマは演説が上手だと言われてるみたいだけど、僕はぜんぜん思わないんだ。
聞いてると何だか腹が立ってくるんだな、ハハ。
オバマの喋り方は、威張ってる喋り方に聞こえるんだもん。
オタカクとまってるというか、高いところから見ているというか、安全地帯から喋りおろすというか…、さ。
それは喋るときに、あごを上げすぎてるからだよ。その顔から視線を見下ろしながら喋るから、威張ってるなあ、こいつ、と思ってしまうんだ。何様のつもりだ? とね。
アメリカの人たちって、ああいう上から目線で見られることが快感なのかな。そうであればそれって奴隷根性ってもんじゃないのかな、なんて思ってしまうぐらいだよさ。
といってマケインが演説上手だとも思わないけどね。
ダガシは政治家にまるで期待しないし、こういうこと思うのは、政治というものに嫌悪感持ってるからかな。
でもね、ブッシュの演説は、好きだったよ。
何だか可愛げ感じてさ。
ブッシュのあの、一生懸命だけどだけどあんまり頭良くなさそうな感じを、それは演出だとしたら(大統領になる人なんだから自己演出してたんだろうけど)、ブッシュはすごい! といつも思ってたんだ。
(いちおう書いておくと、僕はオバマを好きでも嫌いでもないし、そのオバマの政治がどうのこうのを言ってるわけじゃないよ。オバマの演説へのダガシの個人的な好みのことを言ってるだけらよ。…こんな当たり前のこと書きたくないんだけど、短絡的な人もいるから、まあ、言い訳めいたこと書いておくさね)
前からよく全国のハウスクリーニング業者のホームページを見るんだけど、ほとんどが頼みたいと思えない感じだよ。
僕がいいなあと思う感じは…、
文字が大きいこと。
写真は自分で撮影したのを9割は使ってること。
人まねじゃなくて自分の言葉で書いてること。
横文字より普段の日本語を重視して書いてること。
そして安さで釣ろうとしてないこと。
分かりやすいのはサイトの中のエアコンクリーニングのページを見て、家庭用一台12000円以上でやってること。
それからフローリングワックスがけのページを見て、一畳あたり2500円以上でやってること。
きちんとしたフローリング洗浄ワックスがけならば、一畳あたり40分は掛かるもんさ。
作業にどうしても必要な時間は、丁寧に時間をかけて作業してること。
それはエアコンクリーニングだったら家庭用一台で最低でも二時間以上かけてること。
代表者の写真を何枚も見られるようにしていること。
それは責任を明確にしているからだよ。
日記ブログを書いてるのなら、しかもそのブログにホームページからリンクさせてるのなら、内容はともかく(掃除屋さんにブログの内容は期待しないから)、せめて四日に一回は書いてること。
それは怠け者じゃないという証明になるからね(内容が伴っているのならば飛び飛びに書いててもいいけど、そういうブログはハウスクリーニング業界じゃ二つ三つしかないよ)。
怠けたがる人間に、結果を出そうとしない人間に、誰が仕事を依頼しようばね。
問い合わせメールフォームで、住所や電話番号を書かなきゃ送信できないようにしてるのがほとんどだけど、初めて問い合わせするのに身元を明かさなきゃ聞けないというのもオカシナことだと思うし、個人情報を集めたがっているようで胡散臭く感じるよ。
住んでいる県を書かせて送信させるのも多いけど、違う県の人が自分に依頼するとホントに思っているのか不思議なんだな。それって単にメールフォームの原型を考えなしにそのまま使っているだけのことなんだろううにさ。
隣の市町村の人が依頼してくれるのだって、一年に一回あるかないかぐらいだろうに。
ましてや別の県の人が依頼してくれるのは、東京の外れの業者が、隣の県の人から依頼されるぐらいだろうね。
逆は、ないよ。だって自分より田舎の業者に依頼しようという人は、よっぽどじゃなきゃ、いないだろからね。
それから、住所をグーグルマップで出すなんてことをして、ページを表示させるのにとっても時間かかってしまうのに、それに無頓着なのは駄目だ。
だって僕らの商売は、お客さんに来てもらって品物やサービスを売る商売じゃないんだから。出張してする商売なんだから。基本的に地図は出さなくともいいんだからさ。
あってもなくてもいい地図みたいなものを自己満足で出して、ページが切り替わるのに一分くらいも時間かけている、そういう事に無頓着なのは、頭の悪い無神経さを露呈していることになるもんさ。
頭が悪くて無神経な人間は、何の仕事でもいい仕事は出来ないよ。
僕、そんなところを反面教師として、よそのホームページを見ているんだよさ。…そういうダガシは、意地が悪いのかね、ハハ。
おととしから春と秋にうちのチラシを少しポスティングしてるんだけど、去年ぐらいから思ったんだけど、新しい家の玄関にはほとんどが、小さいカメラが付いてる。
うちのお得意さん方も、やっぱりカメラ付けるようになったけど、防犯のためなんだろうけど、新潟市にはそんなに泥棒が多いのかな。そんなに家の中にお金置いてるのかな。
玄関のそばに行くと、突然パッと明かりが点くようになってる家もある。
まぶしいんだ。
ダガシが育った田んぼの真ん中のような場所は、子供の頃は玄関開けっ放しが当たり前だったし、僕が東京の生活になれて帰省したとき、玄関戸閉めると母さんは開けておけと言ったね。
今もああいうところは玄関に鍵閉める家は、いないのじゃないかな。
だから僕は泥棒なんてのが居ること自体がまだ信じられないし、でも世の中には泥棒は居るんだろうけど、だから泥棒が死ぬほど嫌いなんだ。
もし僕が裁判官になったら、泥棒と詐欺は、有無を言わさず死刑だよ。
大根と人参と白菜と鶏肉の煮物つくったらおいしかったよ。
大根を下湯でしてから、おでんの素で人参と鶏肉と煮たよ。
煮あがったころに白菜切って入れてひと煮立ちさせた。
お汁が透明で、薄口で、いい味だったな。
ちょっと時間かかるけど、単純で簡単な料理だよ。
でもこれだけじゃ淡白だったから、
豚肉のミンチ入りの卵焼きも作って、食べました。
きのう夜、カレンダーめくって破ったら
今年はあと二枚だなと気づいた。
そういうとき母さんは寂しさかんじるのかなと
ふと思った。
でも、それを聴くのが恐いよ。
小学四年生のカンカン照りの夏の日に
ギラギラ太陽に照り付けられてる庭から
真っ暗くみえる家の茶の間を見えた。
真っ暗のなかで、ばあちゃんとじいちゃんが
にこにこして僕を見てた。
その上で柱時計が動いてた。
とつぜん、死を思ったんだ。
どうしてか、恐くて、こわくて、ふるえた。
こんど会ったとき
さびしいか、こわいか、
聴くかもしれないよ。
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