FC2ブログ

徒然のブログ

つれづれの思いなどを

安い心の人間と付き合わない方法

 この時期は問い合わせが多くなるし、留守電に入っている無言電話も多くなる。
「チラシ見たんだけど、おたくはエアコンクリーニングいくら? 2台だといくら引いてくれるの?」値段のことしか言わない人間にかぎって、偉そうに喋る。新潟市民特有の高慢さがプンプン臭う喋り方。
 そしてそういう人間は金の話しかしないから、もう俺は疲れて喋りたくなくなって、「僕は安ければいいという人は相手にしてませんから。電話帳で探すと、おたくに合いそうな安い業者がいっぱいありますから、そっちに頼んだほうがいいですよ。じゃ、電話切りますね、さよなら!」と送話器を叩きつけるのだ。

 去年まではそういう電話がめったやたらとかかってきて、そのたんびに腹が立ってたから、うちは高いのだよということを示すために、今年のチラシには、
「値段の安い業者もありますが、新潟で一番丁寧な●●がおすすめ!」と、「1台12500円から」と大きく書いてるのに、まだ、「1台いくらだ?」とチラシの中身を見てないのかと思うような電話が来たり、そしてそれも料金だけの話しかしない電話で、いいかげん腹わたが煮えくりかえっているのである。
 そういう人間は、いつも金だけの話で、肝心の仕事の中身の話はしないのだ。

 こないだの電話は、「おたくは12500円だけど安いですね」と言われたから、うちが安いと言う人は珍しいな、ダスキンしか頼んだことがないのかな、と思って「いや、うちは安くはないですよ。むしろ高いほうですよ。うちより安い業者はいっぱいありますよ」と言ったら、「そうですか? 天井扇で12500円は安いから電話したんです」と言いやがった。
「12500円は家庭用の壁掛けの値段ですよ」「え、天井付きのはいくらですか」「35000円からです」「たくさんあるんですけど安くなりますか?」「5台以上あって、いっぺんに作業できれば一割ぐらいなら引きますが」…一瞬の間があって、ガチャン! と電話が切れる音が電話機で殴られたように耳の中で響く。

 天井付けのエアコンクリーニングは二人で三時間以上はかかる。
 その問い合わせをしてきた人間は、天井付けエアコンクリーニングの相場がいくらぐらいで、どのくらいの時間がかかるかは知っているようだった。それなのに大の男が二人、三時間みっちり働いて、12500円で済むと思うその根性…。その根性は、泥棒の根性だ。
 そしてそういう無神経な問い合わせをしてくるのは、たいがい女なのだ。
 だから俺は、新潟市の田舎者の泥棒根性の無神経人間が嫌いで、そしてオンナギライなのである。

 なぜ私が安い料金設定にしないのか?
 簡単に言えば、無神経な人間と付き合いたくないからだ。
 安い値段を出すと、安い心の人間が集まってくるからだ。
 安い心の人間と付き合うと、精神的に疲れて疲れて、死にたくなるのである。
 仕事の結果を出したときには、その結果相応の対価を払うべきだと、せめてそう思うことができる人と付きあうことが、つまらないことで自殺しなくて済むことだと思っているからだ。
 安い心の人間には、安い業者が対応すればいい。
 それでうちの売上があがらなくとも、それで俺が儲からなくても、人生はそれでいいのだと思っている。
 もちろん、安くない値段設定をしてるのだから、お客さんに満足してもらうという結果では、死んでもしょっぱい結果は出さないぜ、と自分に誓っている。

俺の好きな女優顔

 今日、土曜の九時からNHKのドラマで吹石一恵が出ていた。
 吹石一恵は俺の好きな顔なのである。
 だから観ていたのだが、他の出演者が下手で、吹石一恵も下手で、チャンネルを替えながら、パソコンも見ながら、観た。

 テレビ朝日系でこれまた俺の好きな沢口靖子が出ていたが、沢口靖子の顔も昔の顔でなくなって、彼女にとっての年相応の深みの輝きというのも生まれてないから、チャンネル戻した。

 しかし俺の好きな女優の顔は決まっているらしい。
 吹石一恵と沢口靖子。
 どっちも目が丸くて大きい。そしてまん丸顔でなく適度なうりざね型で、適度な鼻の高さで、化粧の仕方もあるのだろうけど、目がおどろいた時ぐらいの大きさの目。

 ドラマを観ていたら、どっちの女優のドラマのストーリーも、ほとんど同じだった。
 若いOLが、年のはなれた上司と恋愛関係になって、結婚するパターン。
 沢口靖子が若かった頃のドラマのストーリーも、そういう筋書きが多かった。
 たぶん、あのてのロリコンぎみの顔は、そういうストーリーに当てはめられてしまうのだろう。

 ストーリーが先にあって吹石一恵や沢口靖子が起用されるのか、女優が先に決まっていて後からドラマが決まるのか、俺の直感だが、女優が先だと思う。その理由は、シナリオが陳腐なのに、その陳腐なストーリーをそのまま放送しているのだから、放送局はドラマストーリーはどうでもいいと思っていて、話題の女優や売り出し中の女優を出して視聴率を稼ぎたい、ということなのだろう。

 しかし若い沢口靖子の時は、裸はなかったはずだが、今夜の吹石一恵は後ろ上半身脱いだし、男に抱きつく場面が何回もあったし、キスシーンもベッドシーンもあった。
 それはテレビドラマが進歩したのか、つくりが投げ遣りになったのか。

 だが沢口靖子も吹石一恵も、そういうシーンでも、ぜんぜん色っぽくないところが、いいと思っているのだ。
 そして俺が好きになる女優は、どうしてか俺と同じで結婚していないのだ。そういう顔は結婚しないのだろうか。

クルマを傷つけられたから分かったコーティングの良さ

 四年ぶりにクルマにワックス、というかコーティングをかけた。
 昼過ぎに帰ってきたとき左側のドアから道具を出そうとしてクルマを見たら、助手席のドアに白い汚れが縦に並んで付いていて、指でこすり落とそうとしても落ちないから、洗剤付けて洗ったけれど落ちない。
 触ってみたら、かすかにへこんでいるから、これは傷だ! と思って、お客さんの玄関前に乗りつける車なのだから、傷が付いていたり汚れていたりするのは絶対駄目だから、すぐクルマ屋さんに行った。

 コンパウンドを付けた布で擦ってもらったら傷が消えていって、ホンダのディーラーの人が、これは隣の車がドアを開けたときにぶつけられたんでしょうねと言われて、新潟市民がますます嫌いになった。

 コンパウンドで表面のクリアーが薄くなったわけだから、クルマ屋さんから帰って、脚立に上りながら念入りに天板から洗って、買ったときに一回かけたシリコン系のコーティング剤を、四年ぶりにまた塗った。
 ニ回塗り重ねた。
 そうしたら、ふつうのワックスよりもギラギラしないで、深い感じの色合いになった。

 クルマは商売道具でもあるから、汚れが溜まらないように一ヶ月に一回は洗車するようにしているが、汚れは落としても、ワックスとかコーティングは何故か塗りたくなかったのだ。
 定期的にクルマにワックスとかコーティングを塗るというのは、精神的にヒマな人がやる行為だと、クルマに依存している人がやる行為だと、そう思い込んでいるから、だから今までしなかった。
 でも、してみたら良いものだな、と思った。

十日町生まれのシルバーさん

 お得意さんにお掃除に行ったら、庭の草取りでシルバー人材センターの人が来ていた。
 シルバー人材センターは私も今までニ十人くらい頼んでみたが、仕事の結果を出そうとした人は二人だけで、他の老人たちは仕事をしてやっているという気持ちがありありとわかる傲慢さで、こういう人間とは話もしたくない、と思った。
 シルバーたちは、仕事を遊び半分でやる老人ばかりで、それは新潟市民の老人だからなのか、どこの土地の人でも、年を取ると自然とそうなるのか、それはたぶんどっちもなのだろう。
 シルバー人材センターの事務局の人間も、やる気のない公務員体質で、話しているとやっぱり同じ気持ちになった。そういえばあの組織も公的な金で運営しているのだから、無責任な公務員体質の人間が集まるのだろう。
 だから私はもう、シルバー人材センターには、絶対に仕事を頼まないぞ、と誓っている。

 ところが今日見たシルバーの人は、違っていたのだ。
 チラッとみたら、植木や草花の陰にうずくまるようにして、もくもくと草を抜いている。
 その前傾姿勢は、作業での結果を出すぞという意欲にあふれている。
 私は、何故かこの人は新潟市生まれじゃないな、とピンときて、あとで少し話し掛けてみよう、と思ったのだった。

 今日は玄関ホールのフローリングを洗浄してワックスをかける作業だったから、洗剤を塗り始めたらもう誰も入れなくなる。だからシルバーさんに、よかったらトイレ、おしっこ、行かれませんか? ワックスがけするので、これから午前中いっぱいは家の中に入れなくなりますから、と呼びかけた。
 シルバーさんは、ご親切にどうもありがとうございます、と私に頭を下げて玄関に入ろうとした。
 私の前を通ったシルバーさんをふと見たら、黄色い小さな花びらが背中一面にびっしりとついているのだった。
 草花のあいだの狭い場所を、うずくまって草取りをしていたから、背中に花びらがくっついたのだろう。
 床にその花びらが落ちたら、せっかくさっき掃除機かけたのが二度手間になるし、だいいち背中一面に花びらをくっつけている人を見るのが初めてだったから、ちょっと待ってください、背中に花びらがいっぱいついてます、ほうきで払い落としてあげます、と側溝のほうに行って網のフタの上に立ってもらい、背中と腕についた花びらを払い落とした。
 また、どうもご親切に、と礼儀正しく私にお礼を言う。

 洗浄が終わって、フローリングを乾かしているあいだに、玄関の窓ガラスをスクイージィで拭いて、玄関ドアを洗いながら、草取りをしているシルバーさんに聞いてみた。
 あのお、シルバーさんは新潟市の生まれですか?

 私は十日町ですよ。十日町には、十日町高校の十八までいました。

 やっぱりだ。
 この人は新潟市の生まれ育ちではなかった。
 どうりで、もくもくと仕事に打ち込んで、仕事の結果を出そうとする姿勢の人だ。
 それに、十日町高校という地域一番の勉強ができる高校に行ったということは、頭もいい人なのだろう。その頭の良さも、人柄も、話し方でわかった。

 二十年前に、転勤で十日町に半年ほど暮らしたことがある。
 十日町は、やさしい人が多い町だった。十日町には良い思い出がたくさんあるのだ。
 そういう街で生まれ育った人に、偶然仕事で会えたことが嬉しかった。

 その十日町生まれのシルバーさんが帰ったあと、庭を見たら、草は一本もなく、土も、歩く場所のコンクリートも、掃き清められていて、さすが十日町生まれのひとだと思った。

 私の作業も終わって、玄関わきの水道で道具を洗おうとしたら、セメントの上にシルバーさんの背中についていた黄色い花びらがいくつか落ちていた。
 このシルバーさんが、またこちらの家から頼んでもらえるように、またいつか会えるように、私は落ちていた花びらを一つひとつ指でつまんで、ゴミ袋にそっと入れた。よく見たら取り残しなのだろうか、セメントの間から何本か生えている細く小さい草も抜いた。
 たぶんまた会えると思う。

薬嫌いだからセロテープを使う

 家には救急箱というのがあった。救急箱の中には、体温計や、飲み薬や貼り薬、塗り薬が、ぎっしり入っていた。
 仏壇の脇には富山の薬の箱もあった。こっちのほうには、トンプクとかいう名前の薄っぺらな紙袋に入っている風邪や頭痛の飲み薬が詰まっていた。
 半年か一年に一回、紙風船を持ってくる、濃い色の背広を着た愛想の良すぎる男が、仏壇のわきの箱を開いて、ばあちゃんと何か喋りながら、薬を数えたり入れたり出したり、お金を数えたりしていたのを憶えている。
 同じシステムなのか、農協の薬箱というのもあった。

 ところで私は、薬というものを置かない。
 十八で家を出てから、部屋に置いている薬というものは、傷バンソウコウだけだ。
 体温計さえも持ってないから、昔、女から体温計ぐらいは置いておけと言われ、持たされた。
 それもいつのまにかどこかにいった。

 今は、指を切ったときでも、水で洗って、そのまま、なめて治している。バンソウコウさえ貼らない。
 傷が深いときは、なめた後セロテープをぎゅっと貼っておくと、半日くらいで傷はふさがっている。

 そういえば筋肉痛というか肩こりや膝、ひじ、腰が痛いときのサロンパスみたいな塗り薬は、よく使う。
 私の薬といえば、それぐらいだ。

烏賊づくし

 今日スーパーに行ったらイカの新鮮な安いのがあった。
 中くらいのが六杯で198円。
 久しぶりにイカをさばく。
 右手の指でイカの十本の足をからめるようににぎって、胴体から引っこ抜く。
 左手の人差し指と中指を足と胴体の隙間に入れながら、胴体と足の連結部を切るようにして、右手で慎重に引っ張る。
 何かと何かが切り離された手応えを両手の指先で感じた瞬間、スッと指に絡めた足が動く。
 黄金色の肝と黒っぽい内臓が、足を追っかけるように現れる。

 胴体から分かれた足の根元で、二つの目玉が不気味に睨んでいる。
 目玉を、親指と人差し指でくりぬく。
 そのとき目玉を押しつぶしてしまうと、目玉の中の黒い汁が、パッと飛び散る。

 足の内側の真ん中に硬いくちばしがある。
 両手の親指で力をこめて押し出すと、クルンと出てくるから、つまんで捨てる。

 刺身用というシールが貼ってあったから、ニ杯の薄皮をむき、細切りにして皿にもる。
 二杯は、げそを多めに醤油味で煮る。
 二杯は、荒切りにしてフライパンで炒める。

 付け合せの野菜は、煮たのには芋と人参と大根菜。
 炒めたのには、皿に盛ったあとに、細くスライスした生の玉ねぎ。
 刺身には、みじん切りの生姜。
 生姜は煮たのにも入れた。

 今、食べている。
 旨いのである。
 納豆も一緒に食べているが、これもまたうまい。

 焼酎をゴクリと飲み込んだら、高校生の夏休みに佐渡に米の乾燥機の組み立てのアルバイトで行ったとき、宿で夕食にでた烏賊づくしを思い出した。

フローリング階段の剥離作業

 今日、初めて一般住宅の階段の剥離をした。
 ビル階段の剥離は数えきれないほどしてるし、フローリング床の剥離も何十回もやっている。
 だけどフローリング階段というか木の床の階段の剥離作業は、考えてみれば初めてだな、と剥離剤を塗りながら思った。
 写真撮ろうかな、と思ったけど、いざ始めると、木に強アルカリ剤を塗っているのだから、ひたいから汗が吹き出るほど神経と手を早く動かして手が離せなくなっているから、携帯でセルフタイマーというような悠長なことはしていられなかった。

 夕方仕上がりを見直してみたら、一段だけ汚れがかすかに取りきれていなかった。
 汚れの上にワックスは塗れないから、明日時間作って手直しするつもりだ。

 一般家庭の階段は狭い。狭い中で強い洗剤類や沢山の道具や重いバキュームを持って、登ったり下ったり。
 膝と腰と肩と背中と、とにかく全身にキた。
 救いは、階段の壁に手すりがあったことだ。
 無意識に俺の手は手すりをつかんで登ったり下ったり。
 手すりというものは、ありがたいものだなあ、と思った。

 しかしとにかく、木の階段剥離初体験は、緊張したのであった。
 でも経験できた。

早くかかってみたい新型インフルエンザ

新インフルエンザだからマスクしろと騒いでるし、テレビニュースに映ってる人間は、ほとんど顔下半分に白い布をくっつけている。
 日本人の家畜根性というか、横並び意識というかは、世界一かもしれない。
 健康が命より大事だと思ってるのも世界一だろう。

 そういう俺もマスクをしている。
 今のところ新潟市じゃ、俺のほかにマスクしている人間はいない。
 俺を見る人間は、動物園に行ったらサカナを見せられたようなヘンな顔をしている。

 だけど逆に新潟市でも新インフルが流行りだしたら、マスクをはずそうかな。
 あれに罹っても死ななそうだし、新しもの好きなダガシは、早くかかりたいよ。

 だけど本当に罹ったら、人様にうつさないように、またマスクするだろうな。

夜の窓と睡蓮

 通っていた小学校には、花壇の中に一畳ほどのセメントで作った四角い池があって、その水はあまり循環していないらしく、いつもみずも一面に、ぼってりとした緑色の粉みたいなのが、どろりと厚く浮かんでいるのだった。
 だから池の底は、いったいどのくらい深いのか、暗い緑色の水でわからず、小学校中学年の頃だったろうか、どうしてかそれを想像すると怖くなった憶えがある。

 春だったか夏だったか秋だったろうか、汚れた緑色の水面に、こぶし大の白い花がいくつか咲いて浮かんでいて、そのまわりから浮き立ったような色の花を、私は池のふちにしゃがんで、そこから離れられなくなって、いつまでも見ていたのを憶えている。

 花が咲くと、まわりが黒ずんでいるからだろうか、ピンクがかった白い花弁が光っているように見えて、大人になってあれは睡蓮という花なのだと知って、それであの花の記憶に整理がついて、春になるとときどき思い出すようになったのだった。

 さっき雨がやんで、夜の窓をすこし見ていたら、あの花のことを思い出したから書いた。

民主党は国民を信用していない

 今日が代表選挙だとは知らずに、きのう民主党のことを書いたら、昼過ぎのラジオで鳩山議員が代表になったと言っていた。
 鳩山代表は、小沢一郎に近いらしい。
 ということは、民主党は、小沢一郎の選挙のテレンテクダがないと選挙できないと思っているのだろう。
 それは、国民を信用していないということだ。
 俺ダガシを信用していないということだ。
 テレンテクダをもちいないと選挙できないということは、日本国民はテレンテクダでしか動かないと思っているということだ。

 俺は小沢一郎は好きでも嫌いでもない。いや、自分を見ているようで好きになれない。ホントは好きなのに嫌いだといってるのかもしれない。
 つべこべ言うな! 俺を分からない奴はついてこないでいい! と思っていそうなところは俺そっくりだと思うから、ハハ。
 でも金集めが上手で、個人資産を築きたがるところは俺とは違うみたいだな。

 それから代表選挙の前の演説の司会者が、俺の嫌いな三流大学の教授だったか助教授だったかの何かの評論家で、そいつが妙にはしゃいで馬鹿馬鹿しいことを言っていて、頭の悪さと無神経さを露呈していたが、それを聴いていたら、あんなのが仲間なのかと思ったら、こんりんざい民主党には票を入れたくなくなった。
 そうしていたら、いつのまにか選挙が済んでいて、アタマは鳩山ということになりました、と言っていた。

 別に岡田議員を応援していたわけじゃない。だがこういう時は、もっと若い新しい人が出てくるべきだと思っただけだ。岡田議員よりもっと若い、知らない人が颯爽と現れて、俺を驚かせてくれることを期待したのだ。
 それなのにまた古い頭陀袋に戻されたような気分になる。
 また選挙に行きたくなくなった。

金集めしなくてすむからクリーン

 さっき民主党のアタマの選挙のことをニュースでチラッと見たが、思ったのは、鳩山議員は、党のことを考えて、自分は捨て馬というか当て馬になろうとしているのだな、と思った。
 代表選挙をしなけりゃ密室で決めているなどと言われかねないし、党首選挙でお祭りをしたほうが、国民にアピールできるだろうし、だから自分はアタマになる気はないが、多分なれないだろうが、お祭りの盛り上げ役になろうとしているような、顔つきに見えた。

 岡田議員はクリーンなイメージがあると言っていたけど、あるにきまってるだろうさ。だって親がジャスコのアタマなんだから、働かなくてもいい身分なんだから、自分の政治資金で金集めしなくともいい身分なんだから。民主党の中で出世しているのは実家からのカネがモノを言っているからだろうさ。

 だけどトップになったら、いくらジャスコの社長会長の息子でも、実家からの金だけじゃやっていけないだろうから、金集めの苦悩ってのを経験するだろうな。
 それでもクリーンでやっていったなら、俺も見直すけどな。

 こういう評論家めいたことは書きたくなかったけれど、思ったから書いた。
 もう一人かもう二人、アタマ選びの選挙に出てくれて、本気の顔で戦ってくれたなら、お祭りももっと盛り上がったろうな。

マスクしていると、かかっているのじゃないかと思われる心配

 もうほとんどくしゃみも鼻水も出なくなったから、今年の花粉症は終わる時期なのだろうと思うが、念のためにマスクはしている。
 だけれどお客さんのところに行くのには、マスク顔だと失礼かなと思うから、マスクはしない。
 エアコンクリーニングや風呂掃除の時はマスクするが、とうぜん最初の挨拶のときは素顔を見てもらう。

 だがこの頃はマスクしながらスーパーに買い物に行ったりすると、まわりからジロジロ見られているような気がするのだ。
 あいつは、まだ日本には蔓延してもいない新型インフルエンザが怖いのか、よっぽど神経質な人間なのか、頭がおかしいのか、と思われ見られているのじゃないかと心配してしまうのだ。
 マスクをしているのは、まだ時々くしゃみが出て、鼻水が垂れることがあるから、している。
 マスクをしていると、鼻から吸う空気が暖かくなって、呼吸がらくになるのである。
 だけれどもしかして、無意識にインフルエンザが怖いから、マスクしているのかもしれないというのも、否定できない。

 そしてこの時期にマスクなどしているのは、あいつはもしかして新型インフルエンザに罹っているのかもしれないぞ、と思われているかもしれない。
 それは、もっといい気持ちはしない。だから足取りを軽く、一つひとつの動作をキビキビさせて、健康そうな雰囲気を出そうと普段より意識してみる。

 この頃じゃもう、新潟市で、花粉症のためのマスクをしている人は見なくなっているけれど、今年は花粉症は重症だったから、風が強い日にマスクするのは、癖になっているのかもしれない。
 それでも松本にいたときは、七月後半まで花粉症でくしゃみ連発に悩まされていたのだから。

死んでよかった清志郎

 忌野清志郎 が死んだが、パンクロッカーと名乗っている者ならば早くはない、むしろ遅すぎる死だろう。

 テレビでは、反骨精神だとかとあがめられているようだが、断言するが、あんなものは反骨ではない。世間に迎合していたからこそ、化粧をし、分かりやすい歌詞とメロディで、最大公約数に分かりやすい売り方をしていたのだ。
 だから、あれほど売れるはずのない楽曲が、売れたのだ。

 葬式をテレビでやっていたが、その歌の本当の芯を理解して、心のずいまで淫した人間はいなかったはずなのに、四万人だかの暇人が集まったといっていた。その映像もくどくど流していた。
 あれどもは、化粧をしだしてテレビに出だしたときに、ちょっと流行りものとして聴きだして、そうしてニュースのハザカイキに清志郎が死んだ死んだとテレビで流されて、また流行りものを見ようとして群れるように集まった、ミーハー人間たちだろう。

 しかもスピーチで喋っていた竹中直人の物言いは、吐きたくなるほどのわざとらしさだった。他にもチラッと映されていた似非ロック歌手たちや売れんかな俳優たちのわざとらしい悲しそうな顔つきには、すぐにテレビの電源を消した。本当なんだ、ニュースであの映像が流れ出すと、汚いものを見たくないと思って、すぐスイッチを消したんだ。

 忌野清志郎は、それほどの楽曲メイカーではない。
 むしろパフォーマンスの名人だろう。
 だけれど、それまでいなかったパフォーマンスの名人だろう。

 私も三十年くらい前は、RCサクセションのカセットテープを手放せない時期があった。
 バイクに乗りながらウォークマンで大音量で聴きながら踊りながら、国道の二車線を走っているクルマとクルマの細い隙間に、ヘルメットの中で大声で唄いながらアクセルを開けながら突っ込んでいった。これぞパンクだ! と淫しながら、思いっきりバイクのタンクを膝ではさみこんでいた。そういうときのBGMは、RCを聴いていることも多かった。

 でも、静かな曲の、僕の好きな先生だったか、僕の好きなおじさんだったかの曲は、好きだったな。もちろん、RCのうるさい曲も、好きだったな。

 キヨシロー、ホント、死んでよかったよ。

鳥を助けられなかったこと

 おとといの夜、あたたかくて窓をあけていたら、部屋に鳥が飛びこんできた。
 掌で小さく握れるぐらいの大きさの鳥は、天井をぐるぐる十回も飛び回っていたが、そのうち出ていくだろうと思って放っておいたけれど、出ていかない。

 鳥インフルエンザというのが騒がれてから、鳥に触るのも嫌だし、バタバタ羽音がうるさいし、鳥も疲れるだろうしと思ったら、ああそういえば去年の四月にもアパートの階段に鳩が紛れ込んできて、その鳩を捕まえた網があったと、網を下駄箱の脇の隙間から引っ張りだしてきて、振り回して鳥を入れようとしたけれど、酒飲んでいて眠いし、手元がうまくいかない。
 鳥は思ったよりもシュンビンで網に入らない。

 面倒臭くなって、いったん座って、焼酎を、ぐびりと一口飲んだみた。
 そうしたら鳥は、私が酒を飲んだ瞬間に何かの合図のように、部屋の隅に押し込むように重ねるように置いてある、使ってないファンヒーターとか、読み終わって重ねた本とか雑誌とか、聴かなくなった大量のカセットテープとか、着なくなったポロシャツとか、使わないけれど捨てられない包装紙や紙袋とかを、何重にも積み重ねた山みたいなところに入り込んでしまった。

 困ったなと思いながらまた一口焼酎を飲んでみたけれど、当然解決しないわけで、またまた一口飲んでみたが、そのまま同じことのくりかえし。

 そのうちかすかな音で、カサカサ、カサカサ、と聞こえるのは鳥が狭いところで、もがいて羽ばたいているのだろう。その音が、私の焼酎を飲むのを邪魔する。
 そうしたら、鳥特有のあの臭いが部屋にしだしてきて、酒を飲むのに適さない環境になってきた。

 しかたがないから決心するように、焼酎をまた一口ぐびりと飲み干して立ち上がり、山の頂上から、包装紙と紙袋を下ろしてみたが、鳥はいない。
 何枚も重ねたポロシャツをのけてみたが、いない。
 カセットテープをどけてみるが、気配もない。
 何冊もの本と雑誌を、よいしょ、よいしょ、と畳の上に降ろしたが、ホコリが舞うばかり。
 そうしていたら、もう畳の上は山から下ろした物で占領され、足の踏み場もなくなっている。
 ファンヒーターの箱をちょっとずらして、壁の隙間を覗き込んでみるが、暗くて何も見えない。
 鳥は別の場所にいるのだろうか。

 そうしていたらどうしてか急に眠くなって、もう何もする気がなくなって、手を伸ばして紐を引っ張って明かりを消して、そのままベッドに倒れるように横になった。

 暗い中で横になって静かになったら、部屋の隅の、山があった方向から、また、カサカサ、カサカサ、と聞こえるのだが、もう眠くて、どうでもいいやと思って、動けないのだ。

 何分たっただろうか、それは何十分かもしれないが、カサカサ、カサカサ、という音はやまないから、私に似ているような顔の誰かに命令されたように、急にベッドから起きだして、もう一度山を崩そうとして部屋の隅に歩いた。

 明かりをつけて、畳の上に置いた雑誌と本を、力を込めて他のものと一緒にずらして場所をつくって、ファンヒーターが入っている大きな箱を三十センチくらい引っ張った。
 そうしたら部屋の角に、あの鳥が、うずくまるように首を下に曲げて、いたのだった。

 目をとじている。
 嫌な予感がしたが、去年の鳩は、三日三晩飲まず喰わずでも元気だったから、鳥というものは生命力があるのだろうと勝手に決めて、右の人差し指で突っついてみたら薄目を開けた。
 ああ、生きていた! とありがたくて、そうして、水だ水だ、となぜか思って発砲スチロールの容器に水をくんで、まだ何か足りないような気がしたから、水の中に栄養を入れようと思って胡麻をすって、鳥の前に置いた。
 だが鳥はぐったりしていて、さっき開けた目を閉じてしまっている。

 鳥と、水が入った容器を、一緒にベランダに置いておいたら、鳥は水を飲んで、元気になったら飛び立っていってくれるかなと思って、ベランダに広告紙を敷いて、水の容器と鳥を、そっとその上に置いた。
 あらためて見る鳥の足は、針のように細くて、針の先と同じ細さの足先は、動く気配もなかった。
 水を飲ませたら元気が出るのじゃないのかと、柔らかくつまむようにして鳥のくちばしを水につけたけれど、鳥は薄目を開けたけれど、水を飲もうとはしなかった。

 時間がたって、元気になったら空に飛んでいってくれるだろうと思って、そのまま一晩、ベランダにそのまま置いておいてみようと思って、そのまま窓を閉めた。

 夜中何時か分からないが、猫が春にオスとメスで鳴き交わすあの鳴き声で、暗い中で目が覚めた。
 一瞬、もしかして猫があの鳥を狙うのじゃないのかと怖くなったが、眠気に負けて、私はベランダを確認しようとはしなかった。

 朝、目が覚めて一番にベランダに出た。鳥はいた。
 ベランダに、猫は上がらなかったようだ。
 鳥は目を閉じていた。
 動かなかった。

 私が鳥の命を奪ったのかと、後悔のような自己嫌悪のような、気持ちがわいてきて、朝なのに日暮れみたいな感じがした。
 またまた消化しきれていない文章を書いている。

商売と遊郭の街への疲れ

 お城を見るのが好きなのは城下町が嫌いだったのと矛盾するのだろうが、しょうがない。
 城のない新潟市から、城というか城跡を見にいくと一番近いのは、五泉の向こうの村松か。
 県北の村上と長岡だったら村上のほうが近いが、それよりも鶴岡のほうが城下町らしい気がするし、反対側の高田のほうがもっとお城の街だと思う。
 峠をまたげは松本には実際のお城があって昔登ったが、階段が細くて急で、中は案外に狭くて、芝居の大道具のようだなと思った。
 バイクで紀伊半島を回ったときの、和歌山城に入る石畳も忘れられない。

 城下町の封建的なところが大嫌いだったが、封建的なものは置いておいて、商売と、テレンテクダのようなかけひきを第一としている街に住んでいると、その身勝手なコズルイ雰囲気に疲れてしまうことが往々にある。

 大阪には大阪城がある。そして大阪に住んだことはないが、新潟市よりもっと商売商売で生きるのが当たり前の気風の土地だろう。大阪の人にとっては、新潟市が嫌だなどと言っているのは、甘ったるい子供の言い草なのだろう。それに大阪は遊郭の街というのは聞かないが、そうなのかもしれないしそうでないのかもしれない。

 それでも、かけひきの街よりも、城の街の雰囲気を思い出して懐かしんでしまうのだ。
 ああ、ときどきは、どっしりとした、お城を見に行きたいと思うのだ。

母が死んだおかげか女嫌いが

 自分の母親と比べると、世の中の女どもは、女としても人間としても、どうしようもないのばっかりだ、と思っていた。
 僕の母は我慢強い人だった。弱音をはかない人だった。嘘を言わない人だった。正直な人だった。我儘じゃない人だった。不貞腐れたところなど、見たことはなかった。人をいじめることも、しない人だった。それは世の中の女と、正反対の人だった。
 だからなのか僕は、そこらへんでのほほんと生きている女どもが嫌いで、好きになれなかった。意地悪そうな顔つきが、気持ち悪かった。母に似てない女は、死に絶えろ、と思っていたぐらいだった。

 それが、母親が死んだら、女嫌いが薄まった気がするのだ。
 どんな女にも、女としての優しい魅力があるのだ、と思いはじめている。
 それは、不思議なのだ。

 花を見るといい気持ちになるのは人間だけだろうか。
 花は人間に見せようとして咲いているわけじゃない。
 なのに花を見たいし、さわりたいし、匂いをかぎたい。

 犬や猫は花を見たがるだろうか。
 犬は花を見たいとは思わないだろう。
 猫は咲いてる花より、草の葉のほうが大事だろう。

 猿は花を好きだろうか。
 猿は花よりも実のほうが好きだろう。
 哺乳類でも、花を好きなのは人間だけかもしれない。

 鳥たちは、目がいいから花が好きだろう。
 花に鳥は合う。
 それは人間が決めたのだろうか。そうでもないだろう。

 爬虫類は、花にも草にも興味はないだろう。
 虫は、花を好きかもしれない。
 いや虫は花の中の蜜が好きなのだな。

 男より女のほうが花が好きだというが、本当だろうか。
 そうならばそれは何故なのだろうか。
 僕は花も女も、嫌いで好きだ。

自分のホームページの検索のこと

 これまでグーグルでは、htmlで作った本当のホームページより、ホームページ代わりのシーサーブログの方が検索順位は上になっている。
 ヤフーでは、全般としてブログの検索の順番を落としているらしいから、シーサーのは見えないところまで落ちてくれている。
 ホームページとしては、ブログで作ったものより、自分でhtmlでこしらえたのの方を見てもらいたいから、検索順位も上になってほしいのだが、それがままならないのである。

 シーサーのはページ数が沢山あるし、ブログ型HPと表しているから今も定期的に更新しているし、リンクは、私にブログをやれブログやれと言ってくれたコヅカ美掃さんに、リンクしてほしいと頼んだぐらいで、あの頃はまだ掃除のことを書いているブログも少なかったせいなのか、それからは知らないうちにあちこちのサイトからリンクしてもらって、被リンクの数もhtmlのホームページの何倍もあるから、被リンク数を順位決定の大きな要素としているらしいグーグルで、順番が上に来てしまうのは仕方がないのだろう(私と趣旨の合わない、私の好みでないサイトからリンクされているときは、喧嘩を売るように、やめてくれとメールや電話してしまうのだけれど、ハハ)。

 今、グーグルで検索してシーサーのブログ型HPを見た人には、htmlのホームページに誘導するために、見た人がすぐ分かってクリックしてくれるような、htmlへのリンクを張っている。
 それでおおむね用は足りているのだが、一ヶ月以上かけて自分で作ったホームページの方が、ブログより順番が下なのは、くやしい気持ちもするのだ。

 ただ、私のホームページが、ページの中でh1を何回も使っているとか、独自ドメインでないとか、ホームページとして標準的なセオリーに反しているのも分かっているのだが、それが検索順位が上がらない理由なのかもしれないというのも、今のところ実験としてそのままにしている。

 しかしシーサーの方も、私は、別な意味で愛着があるのである。無料ブログでホームページをやっているのは、今でも少ないし、あれを作ったあの頃は、ハウスクリーニング業界では私しかいなかったと思うから、そのブログにも愛着があって、消せないし、すぐにも更新したくなるのである(だが検索順位が上がりすぎないように控えている)。

 本来はシーサーブログよりhtmlのホームページの順位の方を上げるのがスジミチだろうが、それをするためには、今のところ考えられるのは、独自ドメインを取って、htmlを見直して、もっとページ数を増やして、被リンクを増やさねばならない。
 独自ドメインは取ってもいいのだが、費用は年間何百円なのに、なぜか理由はわからないが取りたくない。
 htmlを見直すのは、パソコンをにらみ続けて長い時間過ごすのに苦痛を感じるから、やりたくない。
 ページ数を増やすのは、無駄なことを書くことになると思うから、それは見る人に意味がないことになると思うから、やりたくない。
 被リンクを増やすのは、自分のポリシーに反する人間に頭下げたくないし、そういう人間に関係したくないから、したくない。
 こういうことで、今のところ今のままでいこうとしているのである。

 そうしてこのfc2のブログも、ときどき間違ったように検索で上位に来てしまうのだが、このブログは商売として書いてないから、検索してもらいたくない。
 だって商売としては宣伝に反することばっかり書いているから。
 考えなしに読まれると、私の人間性を疑われるだろうから。

 だからこのfc2のの検索の順位を落とそうとして、タイトルやメニューの中で、「ハウスクリーニング」と「新潟」という文字をおおはばに減らしたのだが、あまり効果はなかった。
 といって、商売用のホームページへのリンクの効果を落とさないために、「ハウスクリーニング」という文字をある程度は残さなければならないのだから、そのさじ加減は苦労するところなのである。

 でもまあ、正直なのがいいことなのだと、新潟市の悪口や、世間の人間の悪口や、自分の偽悪的なことをいっぱい書いて、一見さんには私の人間性を誤解されるかもしれない、だから読まれたくない、と思っても、私の人間性などはじめからそれだけのものだろうから、ねじまげて飾ろうとしたら、またそれはそれで人からも軽蔑され、自分自身でも自分を軽蔑してしまい落ち込むだろうから、だから自然にまかせるほうがいいのだろうと腹をくくって、いつもそのままに書こう、と決めてもいるのである。

もうすぐ花粉症も終わりそうだと体がわかる

 五月になって、だいぶ花粉症が軽くなっている。
 今年は、この五、六年の中で、一番重かった。
 四月の初旬から中頃までが最高に重かった。
 まだ朝昼夕方と、くしゃみは出るから、花粉は舞っているのだろう。
 今夜はあたたかくて、だから窓を開けはなっていたくて、そうしてもくしゃみが出ない。
 さっき、外の暖かそうな黒っぽい広がりを感じながら、ガスストーブをビニールにくるんで、部屋のすみにかたづけた。

タレで食うのは味の半分

 肉を焼いたときの美味しさの言葉でよく言うのは「やわらかい」というのと、「タレがおいしい」ということだが、どっちも肉そのものの旨さを言ってない。

 昔なにかで読んだのは、味覚が発達している人間は素材そのもののを味わうし、味が分からない人間たちはタレで喰う、ということだった。
 素材がやわらかいというのも、味が分からないから、柔らかいか硬いかで旨みをすりかえているのだろう。
 それを読んでから、わさびとかからしとか胡椒とか、そしてカレーの辛いのも、味の濃いのは避けるようになった。

 だがその本で言っていたのは、素材の味そのものを分かって味わうことができるということは、新鮮な素材を手に入れられるという、経済的な余裕があるということにつながっているらしい。

 しかし焼いた肉の場合は、柔らかさは味覚の重要なポイントだと思う。
 硬くていつまでも噛んでいなきゃならないのは、噛んでいるうちにそれが旨いのかどうか忘れてしまうから。
<<