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徒然のブログ

つれづれの思いなどを

枯れそうな樹に蕾

 鳥屋野潟の桜の木は、今が一番枯れたように見える。
 木肌は疲れていて栄養がなくて艶がなくて、今にも枯れそうに見える。
 葉っぱもないし、花もないし、冷えた空気の中で、ただ樹だけが、やっとこさ立っている。

 今日は自転車で走りながらそう見えたのだが、ふと止まって枝に顔を近づけてよく見たら、全部の枝に、五ミリくらいの、つぼみのちいさい丸い玉がくっついていた。
 何万も何十万も、数えきれないつぼみが生まれていたのだ。
 これから一週間もしたら、あの蕾がふくらんで、桜の花を咲かせるのだ。

コンシェルジュなどと言っているのは馬鹿

 コンシュルジュなどという横文字が流行っているようだが、馬鹿げている。
 まず、横文字を使いたがることが頭が悪い。
 それに流行り物に乗っかろうというのが浅はかでセコイ。
 それから、コンシュルジュなどという仕事ができる本当に神経の行き届いた人は、十万人に一人ぐらいのものなのに、コンシュルジュなどという横文字と流行り物の言葉を使いたがる時点で、無神経だ。
 ということは、コンシュルジュなどと言っているのは、ニセモノで、そういう会社はすぐつぶれるだろう。

 今日、留守番電話にいつものように無神経に、「この電話番号にかけてださい」などとイナカモノがお高く留まってる声質で入っていて、それは東京の電話番号なのだが、かけてみたら会社の電話番号で、「その件は要らなくなりました」とすまして言う。
 要らなくなったら、その時点で要らなくなったと電話しろよ!
 その無責任な物言いに腹が立ったから、社長を出せ! と怒鳴りつけたら、今いませんと言った。
 都合が悪くなると逃げる、そういう人間がやっている会社なのだろう。

 おい、俺は下請け仕事はしていないとホームページでも書いているぞ。
 間違えるな!

 その会社は、東京でコンシェルジュなどと名乗っている会社だ。
 低脳どもが調子こいてやっているのだろう。
 ピンハネ商売でブローカー会社だろう。
 断言するが、そういう会社は、続かないよ。

今年のなごり雪

 けさ八時すぎにちょっと雪がふった。昼過ぎも降った。そして夕方もふった。
 そうしたら昼間、ラジオで「なごり雪」がかかった。

 この時期はいつもかかって、あんいだなあと思うけれど、好きな歌だからラジオと一緒に唄うのだ。
 それどころか、毎日でももっと聴きたいと思うのだ。

 夜もふっているかなと窓を開けたら降ってなくて、空を見あげたら、丸い月が、ちいさい月が、浮かんでいた。

今度の参院選で民主党が勝つためには

 民主党が次の参議院選挙で勝つ方法は、亀井を切ることだ。
 そうしないと負けるだろう。
 小沢が辞めるカードは、下っ端議員どもが「辞めろ辞めろ」とさえずったおかげで、サプライズの効果がなくなってしまった。だから浅はかな人間が議員になると困るのだ。

 小沢が辞めることより、鳩山総理が辞めれば民主党は大勝するだろうが、鳩山はまだ辞めなくともいい。まだ楽しませてほしい。

 選挙前に国民新党と別れれば、国民に根性見せれば、小沢も鳩山も辞めずに民主党は勝てるぞ。
 といって俺は民主党に勝たせたいわけでもないが。

フィギアは馬鹿が勝つ

 帰ってきたらちょうどフィギアの番組をやっていて、真央の演技の途中から観た。
 ショートプログラムの点数と順位はネットで知っていたから興味も減っていたのだが、服を脱ぎながら観ていた。

 真央は満足そうな顔つきで演技を終えたが、オリンピックと同じ衣装と髪型と化粧の仕方で、飽きたような気もした。
 数字で表せない競争種目は、飽きられたら終わりだろう。

 俺は前に浅田真央は、回転と、頭が悪いくらいの人の良さで勝負しろ、と書いたが、オリンピックでは回転では勝負したが、計算しない人の良さみたいなものを表現しなかった。頭が悪いくせに、むしろ逆の方向で自分を打ち出したから、キムヨナに負けたのだと思う。

 もう真央の下の世代が育ってきている。
 そっちの方がしたたかな感じがする(俺はそういうのは好きになれないが)。

 真央、俺の言うとおり、お前は頭はそんなに良くないんだから、重々しさは捨てろ。
 そうしてお前は人間として思いやりを持っているのだろうから、その辺を表現して、馬鹿に徹して笑いながら、それから後半には泣き顔も見せながら、そうしてジャンプで、回転で、勝負しろ。
 でも四回転は要らないよ。それほど上を目指さなくてもいいんだよ。今の技術で充分だよ。

ラジオでアナウンサーの本気の泣き声が聴ける季節

 今日のラジオは番組の司会者とか天気予報を喋る担当の人とかの交代をする案内が続いた。
 そういえば三月の最後の金曜日だ。明日明後日の土日をはさんで、今度の月曜日から新しい年度の番組が始まるのだな。

 今日で番組を最後の女アナウンサーが、泣いている声で聴取者に挨拶をした。その仕事に、よっぽど打ち込んでいたのだろう。
 NHKでも、アナウンサーのそういう本気の泣き声をたまに聴くのはいいもんだ。

郵便局は田舎の良さを減らしている

 郵便局がまた太るとニュースで言っていたが、あの亀井という奴は、よっぽど国で何でもやりたがるのだな。馬鹿が。
 それは、上からやってやるという差し出がましい気持ちと、オレは親切なんだぞという恩着せがましい気持ちと、他にも名誉欲とかいろんな汚いものが混じった気持ちでやっているのだろうな。

 子供手当ては政府しか出来ないことだから、善いことなのか悪いことなのか、俺は個人的には好きではないが、社会が良くなるか悪くなるか見ているのだが、郵便局が貯金業務を増やすのは、民間でも出来るのに、それを政府がやりたがるのは、結局税金を増やすことになるのだから、それをやらせているのは汚い気持ちだ。

 僻地の人のためだなどと言っているのだろうが、そういう地域に住んでいるのだから、そういうところに住んでいる責任は個人で取るのがスジミチだろうに。
 全部のことを東京並みに生活しようというのは、泥棒根性だ。

 田舎は田舎の不便さがあるかわりに、田舎は田舎の良さがあるのだから。

雨が降るとやっと窓を開ける季節

 こないだの朝は朝焼けみたいに空が黄色かった。
 それは黄砂が降りていたのだと後で知った。

 そうしたら車が黄砂でどろどろに汚れた。
 やっと今日、洗った。十分ぐらいしか時間をかけないで、チャチャッと洗った。
 それだけでもキレイになるものだ。

 車が濃い色で汚れが目立つから、春先きは洗車の頻度が高くなる。
 鹿児島の人は火山灰で、そういう車掃除で疲れるだろうな。車だけじゃなくて、窓ガラス掃除とか、それから布団干しが出来なくなるとか、大変なのだろうな。
 黄砂と花粉で、雨が降らないと窓が開けられない。

裁判員になったら死刑と叫ぶか刑を軽くするか

 新潟県で初めて裁判員の裁判があったそうだが、私もやりたい。
 今回のは、ロシア人が麻薬を運んだことのだそうで、裁判の中でもはっきりした証拠がないものだったらしくて、そういうのを外国人が本当のことを言っているのかを見抜くのは、難しいな。
 俺はできるかな、と思う。
 自信がない。
 でもやりたい気持ちはある。

 私みたいな一人で商売をやっている人間は、裁判員になるのを免除されるのかもしれないが、免除してもらわなくてもいい。
 いつからいつまで裁判所に行かなくてはならないかを、一月前ぐらいに知らせてくれれば、お客さんに「裁判員をすることになりましたから、すみません作業を延期してもらえませんか」と頼める。
 それとも他人に裁判員になったのを知らせては駄目なのだったかな。まあ、私が裁判員になったことを知らせても、それが誰にも迷惑にはならないだろうから、言うだろう。

 私が裁判員になって一番心配なのは、私は気短かで怒りっぽいし、悪い奴だと思ったら、いつも「お前みたいな奴はベロ噛んで明日死ね!」と怒鳴るから、裁判でも、「こいつは死刑!」と叫ぶのじゃないかな、というのが心配なのだ。
 だけど本当は、こういう私みたいに普段は怒ってばかりいる人間は、裁判員になったらば、どうしてか逆に、有罪人の刑を軽くしてしまうのじゃないかと、そっちの方が心配なのだ。

季節で変わる欲しがる味

 またぶり大根を作ったが、うまくない。
 三日前に作ったのだが、うまくないから減らないのだ。
 だから三日ももっていて、食べつづけている。

 四、五日前から風邪ぎみで、それで味がわからなくなっているのかもしれない。
 だけど、もう春だから、ぶりの味も大根の味も変わっているだろう。
 私の体も季節で変わって、ぶり大根の味をうまいと思わなくなっているのだろう。

 体が、新しい季節だから、新しい味を欲しがっているのだろう。
 風邪ももう治りかけている。
 ぶり大根は、また冬になったらだ。

問い合わせの俺流

 この時期は引っ越しにまつわる問い合わせというか相談が多くなる。
 引っ越しする前の掃除のこととか、ゴミ処分のこととか、柱や床に傷を付けてしまったけれどどうしたらいいかとか、引っ越しした時の荷物を下ろすのを手伝ってほしいとか、不動産屋さんとの交渉をどうしたらいいかとか。

 だがそのうち、仕事になるものは、ほとんどないのだ。
 仕事に結びつかなくとも、話を聞いて、問い合わせしてきた人の益になるような手段を考えて、教える。
 その場で思いつかなくても、十分後にひらめくこともあるから、こっちから電話して教える。

 そのとき、たいがい東京へかけることになったり、携帯電話にかけることになったりするから、電話代がもったいないから、早口で結論から喋る。
 向こうが有り難がって俺を褒めるような言葉を言っても、こっちの時間と電話代がもったいないから、それをさえぎって大事なことだけパッパッと伝える。

 メールならば、それほど金はかからないからいいのだが、電話での問い合わせで、留守電に「このケイタイの番号にかけてほしい」というのは、正直いやだ。ほとんどが売り上げにならないのに携帯電話にかけさせられるのは、腹が立つ。だけど、人助けだと思って、かけて、アドバイスしてしまうのだ。

 それと、問い合わせしてきた人の名前などは、こちらから絶対に聞かない。
 俺が問い合わせする立場だったら、詮索がましいことをされたくないから。

作業では一時間に一回は寝転ぶ

 この三月の初めから、肩と首の後ろが痛くなって、それが続いている。
 いよいよ俺も五十肩というのになったのだろうか。

 腰が痛いのは元からだし、柔軟体操をすると、左の股関節がときどき自分の体の中でキシキシ鳴るのが聞こえるのだ。

 作業が忙しくならないようにいつも気をつけているのだが、この季節は引っ越し清掃とか床洗浄ワックスとかの仕事で、体を休める日が少なくなる。

 お客さんのところで作業中でも、一時間に一回はソファや床に寝転がって、腰を伸ばすのだ。
 俺のお得意さんたちは、それを見ると、ダガシがまた寝転んでると笑うのだ。

パソコンでチラシが見られるサイト

 これも偶然見つけて時々見ている。
『新潟市インターネットチラシ netにいがた』

 チラシに載っているから安いというのは少ないようだ。チラシに出している商品でも、チラシ期間でなく毎日その値段だというのが多い。
 日替わりだと、いくらか安くなっているが、そのためにガソリンを燃やして車に乗って買い物に行くのは、全体から考えて割安なのかというと、どうか分からない。

 それでも食品スーパーは一週間おきぐらいにチラシを出しているのだから、お客さんに忘れられないようにしているのだろうか。

 ときどきこのサイトを見て、品物の値段の相場を見ている。

寒くなく眠れた今年の肉

 この冬は、電気毛布は使わなかった。雪が降る前に天日に干して、湿気を取ってから電気を通して準備していたのだけれど。

 布団の下に毛布も入れなかった。布団の上に毛布をかぶせていた。だからかぶることであたたまろうとはしなかった。
 別に厚い布団や毛布をかぶるのがわるいことじゃないのだが、何だか薄いかぶりもので寝てみたかったのだ。

 今年は雪が何日も降ったのに、部屋の中はそれほど寒くなかったのは、もしかしてアパートという集合住宅だからかもしれない。
 俺は集合住宅が好きなのだ。アパートというものにあこがれているのかもしれない。パリを思わせるのだ。馬鹿だな、モルタルの安普請なのに。

 しかしこの冬、寒くなく眠れたのは、贅肉がただ増えて、あたたかく過ごせただけだろう。

クロックシューズよし

 雨のときに履く靴の底が抜けて水が入るようになったから、買い換えた。
 クロックシューズというものだ。クロックサンダルともいうらしい。
 スリッパみたいなかたちのだ。

 お客さんの玄関で、すぐ脱ぎ履きできるように、かかとのないスリッパの形のがいいのである。
 夏場はサンダル。冬場と雨降りの日はクロックシューズだ。

 どうしてクロックというのか考えてみたが、絵を描くときにクロッキーというのがあるが、あの簡単に描くことをクロッキーというのならば、簡単に脱いだり履いたりできる履き物ということで、クロックというのじゃないのかなと思っている。本当のところは知らない。

 かかとがないと、慣れないとすぐ脱げてしまうから、履いて歩くのにもコツがあるのだ。
 それは足の指の動きに関係がある。

スーパーは安売りなのに日本人は無意識に贅沢

 近所のフジミスーパーの値段が一時期高かったのが、また安くなっている。
 川の向こうに新しいスーパーのキューピットが出来たからだろう。
 そこもまあまあ安いし、できたばかりだから店はキレイだし、車ならばそっちに行くかもしれない。
 それに、安さが売りのチャレンジャーも五キロくらい先にあるし、ムサシの一階の食品スーパーも安いし、原信もあるし、そしてそれほど安くはないけれどジャスコもあるしで、しかしスーパーとは、安さを売りの勝負にしなければならないとは、厳しい業界だと思う。

 フジミは安さで清水フードセンターをつぶして、そうして値段を上げたけれど、それがまた他の店から安さで撃たれている。
 毎日料理する食材は、やっぱり安さで選んでしまうのだ。だから安さを売り物にしなければ成り立たない業界なんだな。

 そしてその安さを維持するためには、仕入れ値を安くしなければならない。
 ということは問屋を叩くことになり、それはメーカーを叩くことになり、それは回りまわって世間の人件費を下げることになり、それはデフレということになるのだな。

 でもまだ日本はデフレだデフレだといっても、遠い海で捕って運んできたマグロの刺身を食べているのだし、意識があるのかないのか分からないでベッドで寝たきりの年寄りや、無理やり生まれさせて何年も生きられないと分かっている赤ちゃんが、高い機械と薬の力と貴重な医療者の手間で呼吸を続けていられるのだから、世界の人からみれば、大変な贅沢をしているのだろうな。
 そういう考えなしに贅沢をしていると、行く先は、どうなるのだろうな。

相撲はもういいや

 朝青龍がいなくなった相撲が始まっていたが、まるで興味がなくなっている。
 ラジオをつけていても、NHKから民放に替える。でもBSNは頭が悪くて馬鹿馬鹿しくてつまらないから聴きたくもないし、FMにしてみるが、民放のFMはアナウンサーの喋りを聴くと、責任感のなさと家畜根性で疲れるから元々聴かないようにしているし、NHKFMはゆっくりした楽曲のクラシックがかかることがあって、それは眠くなるから昼間は聴きたくないし、そうするとあの時間帯のラジオは何を聴けばいいのか、困る。

 CDラジカセでも買わなきゃいけないか。
 だけどお客さんのところで、作業中にラジオを聴くのは許されても、自分の好みのCDを聴きながら掃除するのは、遊びみたいで許されないのじゃないかと、思うのだ。困るのだ。

 朝青龍がモンゴルに帰って記者会見で、「殴ってなかった」と言ったらしいが、それだけは嘘になるかもしれないが、まあ、久しぶりに自分の国に帰って、気持ちが舞い上がって口が滑ったのだろうから許してやる。

 それにしても日本のテレビは、朝青龍に付きまといすぎなんだよ。
 だから朝青龍が怒るのは当たり前だ。嫌われるのも当たり前だ。

 俺が朝青龍だったら、ああいうふうに空港でくだらない質問されたら、腹が立って怒鳴りつけるだろうな。
 朝青龍は、よく我慢したよ。

 相撲はもう観なくてもいい。
 だって貴乃花と若乃花の兄弟横綱の頃だって、俺は別に相撲に興味はなかったのだから。
 朝青龍がいたからこそ、相撲を観たりラジオで聴いたりしだしたのだから。
 だからもう相撲はいいや。

今年のくしゃみは早いような

 おとといの十二日から、ときどき思い出したようにハクションが出る。
 風邪でもないのに。

 そういえばこの季節のクシャミは、花粉症だった。
 でもちょっと早い気がする。
 だけど高校生の頃は、この時期はひどかったのだ。
 それが四月に東京に行ったらクシャミは出なくなったのだ。

 この何年か花粉症は軽かったのに、まさか今年は。
 覚悟しなきゃならないのか。

腰痛体操つづいている

 去年の大雪のときにアパートで雪かきをして、そのとき腰を痛がっていた俺に、下の階の人が教えてくれた腰痛体操を毎日続けている。
 朝、ベッドから起き上がる前にするのである。

 仰向けで、両脚を腰のところから上げる。そして下げる。それを十回繰り返す。

 次に、腰だけを浮かせたり下ろしたり。それも十回。

 それからうつぶせになって、腰を上げ下げする。それも十回だ。

 ゆっくり上げ下げして、途中で止めて、二秒ぐらいそのままにしておくと、もっと効果があるような気がする。

 横になったまま、腰をねじる体操も五、六回する。

 かかる時間は二分くらいのものだから、飽きっぽいダガシでも、三ヶ月続いている。だからこのまま続くだろう。
 それは体にも、心にも、いいのだろうと思っている。

初めての料理のごぼう

 ごぼうを生まれて初めて買って、料理した。
 まずニンジンと炒めて、きんぴらを作ろうとしたが、それだけじゃ何だからちょうど鶏肉があったから、一緒にフライパンに入れてみたら、おいしいものだった。

 いかと一緒に煮てみたら、これもうまかった。

 ごぼうだけを輪切りにして醤油味で煮たら、これもうまい。

 ごぼうの旬をググッてみた。冬なのだった。ごぼうが冬に採れる野菜というのは、何だか似合っている。
 しかしそうなると夏場のごぼうは、どこのごぼうなのだろうか。

仏像に笑われる新潟市

 新潟市にある美術館に、その美術館の管理体制がずさんだから国宝の仏像が来なくなったとニュースで言っていたが、あたりまえだ。
 ほとんどの新潟市民の怠け者が、そういう人間が美術館なんぞをやっているのだから、良い仕事など出来るはずはないのだから。

 美術館の館長を辞めさせたと言っていたが、その人は常駐だったのだろうか。東京の人なのだから、いつもいるわけじゃないのだから、館長として名前だけ借りていた人だったのだろうから、その人に責任はないだろうに。
 そういう有名人だからということで館長にしているのは、新潟市役所の人間の精神は、本当にセコイなあ。

 それにその人も金のために名前だけ貸しているなんて、セコイ奴だなあ。そういうのは芸術家じゃないよ。
 それに芸術家が税金から報酬を得ようとするのは芸術家の心じゃないよ。恥を知れ。
 そこらへんの芸術家がもらっていい税金からの報酬は、死ぬ間際にもらう文化勲章のようなものだけだろう。

 そうしてその人に責任を負っかぶせるやり方で事を済まそうとするのは、だから大概の新潟市民のやり方は卑怯なのだ。
 あの篠田という市長は、コズルイ人間だなあ。いい死に方はしないぜ。

 だいたい美術品を見たかったら、自分でそれがある場所に行けばいいじゃないか。
 税金を使ってわざわざ持ってくるのは無駄なんだよ。
 だって、それを見たいと思う人間は少数だよ。見たいとも思わない人の方が圧倒的に多いんだよ。
 それを、他人の金を使って見ようなんてのは、泥棒だぜ。
 見たかったら、自分の金で行って見ろ。それこそが経済が回ることにもなる。
 なんでもかんでも税金でやろうなんて、さすが泥棒根性の人間が多い新潟市だ。

検索順位は低くても、選ばれるようになりたい

 ホームページで頼んでくれたお客さんたちの多くは、「ダガシさんのはヤフーで一番でしたね」と言う。
 検索順位で一番にいるということだ。
 キーワードによっては一番だったり二番めだったり三番めだったりする。だけど、想定しているどのキーワードでも、ヤフーでもグーグルでも1ページめに出ている。これは自慢ではなく事実だ。
 新潟県内で上位にいるようにするぐらいは、SEOの手間をかければ誰でもできる。日本一になっているわけでもないのだ。

 だが検索の順位というのは、不動のものではない。
 検索エンジンの都合で、そして自分の方の頑張りかたで、落ちたり上がったり、消えたりするものだ。
 それでも、真っ当な作り方をしていれば、ユーザーに嘘を言わないで役立つホームページになっていれば、順位はおのずと上がっているだろうと思う。
 それだけ検索エンジンも真っ当だと信じたい。

 でも本当は、順位は少し低くたっても、4ページめにやっと出ているぐらいであっても、うちのホームページを見て、その内容を読んで興味を持って問い合わせてくれて、そして私とのやり取りで納得してくれて、そうしてうちを選んでもらえるようにすべきなのだろう。そうして実際に仕事ぶりと仕事の結果で、お客さんを幸せにする。この方がカッコイイと思う。
 検索順位が高いかどうかということと、お客さんを幸せにする能力とは、直接は関係ないのだから。
 それと受注の窓口は、インターネットだけじゃなくて、他の何かからでも頼んでもらえるように、しておきたいのだ。

ひさしぶりの雪は白い

 三月になって雪が降った。どおりで寒かった。
 タイヤを替えなくてよかった。たしか去年も同じ頃に降って、やっぱりタイヤを替えずによかったと憶えている。

 前に、ウィンドウガラスのワイパーを立てておくのは、雪が積もることへの対処には意味がなくて、あれは長野みたいに、雪はそれほどでもないけれど、ガラスが凍ってワイパーのゴムがガラスにくっつくのを防ぐためのものだと書いた。
 だがワイパーを立てるのは、新潟市でも必要かもしれない。
 こないだワイパーのゴムが切れた。
 それは、今年は寒くて、何度もガラスに凍り付いてくっついたゴムを引っ張って剥がしていたから、弱っていたのだろう。

 明日の朝凍るぞという寒い晩には、ワイパーを立てておくか、ワイパーとガラスの間にビニールか何かをはさんでおくかすればいいのだろう。面倒くさいが。

 しかし、このあいだまであった、塀のわきや歩道の隅に溶けずに残っていた黒く汚れた雪を憶えているから、今日の雪は、すきとおるような白さに見えた。

ムーンライトサーファーのキーを下げると

 車のラジオで流れてきて、なつかしくて曲の中に声の中に入り込んだ。

 帰ってきて、YouTubeで検索して何回も聴きながら、ギターでコードを探して、石川セリと一緒に唄った。
 歌の途中で涙がこぼれる詞だ。そしてメロディだ。
 キーがEで高くて、高音部が出ないんだけど、気持ち良かった。

 これをパソコンで自動的にキーをCぐらいに落としてくれるとカラオケになるのに、と思った。
 それは、パソコンカラオケだ。YouTubeカラオケかな。
 そういうソフトは世の中にないのかな。
 あったら売れるだろうに。

春のまえになぜ死ぬ人

 自殺は三月が一番多いと、ラジオで言っていた。
 どうして三月が多いのだろう。これから春がくるというのに。
 桜を見たくないんだろうか。

 それとも、二月の冬で心が凍って、凍っていたのが三月になって急にとけて、春が来るのが、怖くなるのだろうか。
 それとも、冬に凍りついた心は、たしかに春が来るのを、信じられなくなったのだろうか。

図書館で見つけた新潟市には珍しい気持ちいい男

 この頃は図書館から本を借りるのは、行かずに、市立図書館のホームページから本を予約して、そうして借りるようにしている。
 中央図書館の職員どもの怠けているのを見ると腹が立って、文句を言ってしまうからだ。
 それで時間を食って、何をしても変わらない馬鹿な人間に怒鳴って、それで俺自身が嫌な思いをするからだ。
 ちなみに怠けている職員どもが嫌な思いをするのは、俺はあいつらに嫌な思いをさせようとして、あえて怒鳴りつけているのだから、それについてはちっとも嫌な気持ちにならないし、ぜんぜん構わないのだが。

 それが今日、ある図書館に予約していた本を取りに行って、珍しく職業人として出来た人を見つけた。
 どこの図書館かは書かないが、ほんぽーとではなく、小さな市立図書館だ。
 本当は前から新潟市では珍しく見た、仕事が出来る男がいるなあ、と目を付けていたのだ。

 若い男はそのときは手があいていたらしく棚の本を整理していた。いや手があいていれば他の何かの作業をするという人を何年かぶりに見て感動したのだが、本を借りる人間が来て、それで男がカウンターに入ったのを見はからって、俺はカードを出して歩いていった。
 若い男は、これまた新潟市の仕事をしている男には珍しく、腰を低くしながら、にこやかにテキパキと手を動かしながら、俺のカードを受け取った。
 俺はすかさず聞いた。
「あなたは、会社でいえば正社員の人ですか」
「は、いや、あ、う…」
「あなたは、旧新潟市生まれですか」
「はい」
「二十代ですか」
「はい」
 と背の低い腰の低い笑顔の若い男は言うのだった。「はい」と発声の仕方も、気持ちよくきびきびしているのだった。

 正職員でないならば、何かの人生の目的があって、当座の生活費を稼ぐために、図書館に勤めている人なのだろうか。
 だが本当は正職員なのだけれど、この御時世だから公務員という立場を出さないようにしているのかもしれないで、正職員と言わないようにしたのかもしれない。

 どっちでもいいが、あの頭の良い腰の低いテキパキした若い男は、将来偉くなるだろう。
 自分に甘くて他人に厳しいダガシが言うのだから間違いない。
 顔は、俺に似て、カエルに似ていた。

バス広告、道路広告、地域広告が減っている

 いつのまにかバスの横っ腹の広告がなくなっている。
 広告板をつけていた枠だけが、むなしく残っている。

 新潟交通の銀バスは本当は灰色だから、大きなネズミがヨタヨタ歩いているみたいに見える。
 車内広告も減っているのかどうか、私はバスに乗らないから分からないが、外から見える窓に貼ってある広告シールは、まだまだ数があるようだ。

 バス会社は、どこも苦しいだろうな。東京のバスはどうなのか知らないが、地方都市のバスは、バス広告がなくなっている分だけでも、どこも売り上げが減っているだろう。
 だけどバス広告を出せなくなっている地元の店舗や会社も、苦しいんだろうな。

 道を運転していて思ったのは、だったらバス広告のほかの、道路にある広告はどうだろうかと思った。
 電柱広告は、減ってもいないが増えてもいない。そもそも電信柱じたいが減っているが。

 消火栓に付いている広告があるのを思い出して、探して見てみたが、新潟駅や古町あたりの消火栓は全部に広告がぶら下がっている。
 そして街なかの消火栓というのは、五十メートルおきぐらいに立っているのだ。あれだけ消火栓が要るのかな、もしかしてほとんどはダミーで、あれは広告を取るスペースのために立たせている棒なのじゃないのかな、と思った。
 それが住宅街の消火栓の数はまばらになって、その広告も半分ぐらいしか付いていない。
 だが消火栓広告など誰も見ていないだろう。私だってそもそも消火栓というものを視界の中に入れていないのだから。

 あれは広告が付いている高さが高すぎるのだ。
 もっと人間の目線に近くすればいいのに。
 でもそうすると、歩いている人の頭にぶつかるのかな。

 今目立つ広告は、バス停の小さな透明な小屋みたいなものに設置してある、動く広告だ。ジャスコの店の入り口にも置いてある。
 大きくて動くというのが、そしてそれが人間の目の高さにあるというのが、目立つのだろう。

 でも、そういうのは金がかかるだろうな。
 だから大手の、メーカーとかの会社しか出していないのだろうな。

 しかしあのバスの車体広告があったスペースは、何かで使わないともったいない。
 子供の絵でもサランラップかビニールで包んで、あそこに貼り付けたらどうだろう。
 習字でもいい。
 習字は黒白だから、コピーして、汚れたらまたコピーして、そして何台ものバスで使いまわせばいい。

弁護士浅まし広告

 ちょっと前から弁護士のテレビ広告が目につく。
 サラ金から借金した人間を救済するみたいなことを言っている。
 その広告を出している弁護士が胡散臭い。

 まず、借りたものは返すというのは、基本中の基本だ。
 それをチャラにさせようとするみたいなのが胡散臭い。
 たとえ高利だったとしても、その利率を分かって借りているのだから。必ず返しますと言って借りているのだから。
 一生かけて死ぬまでには全部返します、というのがスジミチだぜ。甘えんな!

 それからジャンジャンとテレビ広告を出す金があるということは、儲かっているということだ。
 借金を減らさせる商売で金儲けをしていることで胡散臭い。
 客の借金はそれほど減らなかったけど、弁護士だけは儲かった、というのが大半の事例だろう。

 弁護士というものは、正義ということとセットになっている仕事だと思いがちだが、高利の金貸しを懲らしめるという正義を振りかざして、その実態は金儲けだったというのが、あの弁護士どもの本当のところだろう。

 まあ、サラ金会社も、今までグレーゾーンという高利で儲けた分を吐き出させられているのだろうから、ざま見ろとも思うが、金を貸した後で利率を上げたわけじゃなし、貸す前にちゃんと利率を公表していたんだから、商売のスジミチは通していたと思うから、可哀想にとも思うが。

 しかしあの弁護士どもの浅ましいやり方の広告は、新潟県内の弁護士さんたちは出していないのが、せめてもの救いだ。それとも何かで関係して、あのやり方で儲けているのかな。

 俺が清掃の仕事をさせてもらった、あの引退した短気な弁護士先生は、絶対にそんなことはしなかっただろうな。そういう同業者の浅ましい弁護士どもを、怒鳴りつけただろうな。

仲良い人形

 お客さんのところに行くと、お雛さまがかざってある。
 五段とか七段とかの大掛かりなものじゃなくて、お内裏様とおひな様の二人のだ。
 二人だけのがいい。
 仲良い。

 どうして三月の時期に夫婦の人形を飾るようになったのだろう。
 調べれば分かるのだろうが、調べなくてもいい。
 これから暖かくなる頃に、花を思い出すのだろうかな。
 そうすると男は女を、女は男を思い出すのだろうかな。

面接には詰襟で行け

 初めて背広を買ってもらったのは大学に入ったときだ。入学式に着るために。
 といって入学式には出なかった。入学式など馬鹿馬鹿しいと思って。

 初めてその背広を着たのは、大学をやめて就職したときだった。
 たしか面接にも背広は着なかったと思う。
 ジーパンにトレーナーかなにかを着ていったと思う。
 営業職だったから、それからは毎日スーツだったが。

 この時期のテレビはスーツの量販店の宣伝が多いが、高校生なら面接にはぜひ、詰襟りの黒い学生服で行ってもらいたい。
 真面目な感じがかもし出される気がするから。

 私が面接官なら、高校生が、きりっとした顔で学生服を着ていて、受け答えがしっかりしていて、ふと何かの場面で弱い人を助けるようなことをしたら、その場で合格だ。
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