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徒然のブログ

つれづれの思いなどを

図書館は本の倉庫でいい

 新しい図書館は、どんどんキレイに、広く、夏は涼しく、冬は暖かく、週刊誌は全部そろっていて、新聞も全紙そろっていて、県内のミニコミ誌も、それに同人誌さえも置いている。
 贅沢に贅沢に贅沢になっていく。

 図書は、週刊誌は要らない。読みたければ個人で買え。
 税金で週刊誌を買って、暇人たちに読ませる必要は、ない。
 ミニコミ誌や同人誌は、金を払って買って図書館に置く必要はない。
 置きたい方は雑誌側なのだから、金を取って置いてやるぐらいのスタンスでいい。どうせ誰も読まないのだから。

 図書館には、従業員が多すぎる。
 カウンターに暇そうにしている人間が多すぎる。特に、中央図書館だ。
 そして奥の事務所には、管理職と名乗って何にも仕事をしない人間が大勢いる。机につかまってお茶をすするのが仕事だと思っている人間ども。
 あれは天下りとか渡りとかいうものと同じ構図だ。
 クビにしろ。

 公立図書館というのは、倉庫でいいのである。
 狭くて、夏は暑苦しくて、冬はこごえるぐらいに寒くて、だから長居したくない環境だから、暇だから新聞や週刊誌でも読みに行くかという人間は来なくなる。
 そこに居ても肉体的には快い感覚ではない場所であって、それでも本を読みたい人間しか行かない場所であるべきなのだ。喫茶店じゃないのだから。

 そうして倉庫番のような係員が、だが図書の知識はふんだんに持っている司書が、わずかの人数だけ働いているやり方にしたい。
 そうすれば経費もかからないだろう。

 そうすれば、喫茶店代わりに来る人間も、本など読みもしないのに、本を読むことが良いことだと思い込んでいる人間も、それから大声で喋ったり走り回ったりするガキも、それを放ったらかしにするイナカモノの親も、何も注意しない家畜根性の職員も、そういう奴らは図書館という場所に居なくなるだろう。

SEOと順位代わりと規制緩和

 SEO屋が言う、YahooのTDPが恐ろしいとか、Yahooは検索精度が低いとか、Yahooは頭の悪い検索エンジンだとかは、当たっているが、それは言っても仕方ないことだ。

 トップダウンペナルティとかいう制裁的順位ダウンがなければ、スパム行為が当たり前になるじゃないか。
 ヤフーにはヤフーのやり方があるのだから、それが嫌ならヤフーを無視すればいいのだ。
 でも今のところヤフーを無視してホームページ運営は出来ない。
 だってほとんどの人がヤフーを使って探し物をしているのだから。
 良くも悪くも、いま日本でHPで宣伝するには、ヤフーに依存しなければ生きていけないのだから。

 だが私は私の探し物はGoogleでする。探したいものが的確にヒットするから。
 そしてインターネットでもガヤガヤしている雰囲気が好きじゃないから。

 SEO業者は、検索順位が入れ替わるのが悪いことだみたいに言っているが、それはとんでもない間違いだ。
 順位が入れ替わらなければ、決まったところが決まった場所に居座り続けるのだぜ。
 それでいいのか、と言いたい。
 検索順位が定期的に入れ替わるから、SEO屋の商売が成り立っているんじゃないか。

 検索順位が適度に変わるから、新しい良いホームページが、ユーザーの目に触れやすくなるのだ。
 それこそが自然なことだ。

 世の中は規制緩和は良いことだとか悪いことだとか、それぞれの立場で無責任にどっちのことも言うが、規制緩和は良いことに決まっている。
 ものごとが早いもの勝ちだけで決まってしまうのは、悪いことだからだ。
 動きのないものは、時間がたつと、腐敗する。
 新しい良いものが生まれることは、素晴らしいことだ。
 選択肢が増えることは、良いことだ。

 象徴的に生まれかわったり、古いものは死んで、新しい価値を持っている命と入れ替わることは、尊い価値があることなのだ。

わさび菜売ってほしい

 ずいぶん前に、わさび菜というのを買って食べた。
 書くことを忘れていて、今日書くのだが、ちょっとピリッと辛みがあって、それがおいしかったのだ。

 生でも食べられるのが、簡単でよかった。
 手で細かくちぎって納豆に混ぜたり、玉子焼きに入れたり、肉を焼いたのと一緒に食べたり、塩を振ってそのまま口に放り込んだりして、それぞれがうまかったのだ。

 茨城県の行方市のJAが売り出している菜っ葉だった。
 ほうれん草と同じくらいの量で98円だった。安いのだった。

 それが一回買ったあれから、売り場で見ないのだ。
 他の店でも売っていないのだ。
 旬が短いのだろうか。

 ビタミンAが豊富だと袋に書いてあったが、それが本当ならば、安いし、料理をするのは簡単だし、また買って食べたいのだ。
 あのとき安く買えたのは、世の中に売り出そうとして大幅に安くしたのかもしれないが、元々それほど高い野菜でもないだろう。
 もっと売り出してほしいよ。
 買うから。

 しかし行方の読みかたは、なめがたというのは、地元民じゃなければ読めないだろうな。
 袋にひらがなでなめがたと書いてあったから俺も読めたのだ。

Jimdoで新しいホームページ作った

 サテライト用にHPを作った。
 Jimdoという、無料で簡単に出来るものだ。
新潟のハウスクリーニング昭美堂 Jimdo
 四日前に、ほんの短いテキストを入れて工事中にしておいたら、昨日の朝グーグルにインデックスされていて、そしてその夜ヤフーにもインデックスされていた。
 そうすると人目に触れる可能性があるから、ゆっくり作ろうかと思っていたのだが、作りかけにしておくわけにはいかないから、少しだが手を入れて、いちおうの完成とした。
 そしてさっきヤフーで確認したら出てこなかったのだが、ヤフーの手違いか、そのうちまた出るだろう。

●追記
 ところでJimdoのホームページは簡単なようで、慣れないと結構難しい。それで作り方を解説しているサイトがないかとググッたら、良いサイトを見つけた。
Jimdo図解操作方法』というサイトだ。
 親切に解説してくれているホームページだ。ここを見れば、一人で作れる。

カビ取りや見えない汚れや臭いを取る在宅ハウスクリーニング

 最近、カビ取りに関する問い合わせが多い。
 家具や天井や壁のカビを取れないかと。
 風呂場のカビは時間をかければ取れるが、木や紙についたカビを取るのは神経を使う。たいがいは染みになっていて、新品同様にはならない。
 それでも取ることが目的だから取る。

 空き部屋掃除なら、そういうカビは、満足に取らずに上からペンキで塗りつぶすことも多い。清掃会社に勤めていたときに実際に見てきた。だがそのやり方は、根本的な解決にはならない。
 在宅ハウスクリーニングの場合は、見た目をキレイにすることよりも、健康に住むために、カビを取ることが第一目的になる。
 空き部屋清掃と在宅清掃は、目的が違うのだ。

 アパートや賃貸マンションや貸家の空き部屋掃除は、入居希望者に初めて見せる時の、第一印象だけのために清掃する。後のことは、他の見えないところは、知らないよ、というやり方だ。
 そこに住む人であるエンドユーザーのための仕事ではないから、不動産屋や大家のための仕事だから、入居したいと思っている人がアパートの下見に来たときに、パッと見た目を驚かせるためだけの仕事だから、見えないところは知ったこっちゃないのである。
 下請け仕事で料金が安いし、入居者から直接受けている仕事ではないから、作業中に最終消費者の顔も浮かばないから、そこまでやってられないという心もある(だから俺は、独立してからは、下請けの空き部屋掃除はしないことにしたのだ)。

 在宅の場合は、そこで何十年も住み続けるために、健康に生活するために、快適に暮らすために、そのためにする清掃だ。エンドユーザーのための仕事だ。
 だから普段の掃除で手がまわらない、ドアの建具に付いているゴムパッキンの裏に入っているホコリや、コンセントとプラグの間のホコリを取ることもある。
 パッと見の見た目や、その場だけ金属のものを光らせることよりも、見えない汚れを取ることに重点をおいている。室内飼いのペットの消臭の相談も多い。
 こういうことを考えて仕事をしている掃除屋は、自分で言うのも何だが日本では俺だけだろう。さすがダガシだ、ハハ。

 エアコンクリーニングも、冬場でも依頼が多くなっている。
 大きめの型だったり、カビ汚れがひどいものだったり、十五年くらいたっているものだったり、クリーニングに手間のかかるものが多い。
 だから、うちのエアコンクリーニングの平均単価は16000円くらいだ。家庭用の壁掛けタイプ一台の値段である。安い業者の倍の料金だ。手間がかかるものは20000円を超える。
 値段も、トータルの仕事の質も、ダスキンを超えている。俺の自慢だ。もちろん料金以上の仕事の質を出しているし、その仕事の質を維持するために、いや少しでも質を上げるために、日々精進している(ああ俺としたことが、精進しているなどと、言わなくてもいい当たり前のことを言ってしまった。格好つけた口先だけの偽善者っぽい。普段の乱暴者キャラを外してしまった。少し自己嫌悪だ)。
 その値段はホームページの料金表に、「昭美堂は他の会社より高いです」と正々堂々と書いて、金額を表示している。お客さんもそれを見て依頼してくれるから、最近は俺も、「うちは他所より高いんですが、よろしいでしょうか」と、わざわざ言わなくて済むようになった。

 カビというものは、目に見えないだけで空中に普通に漂っているものだそうだが、それが集まって増殖して黒く固まっていると、気持ちが悪いし、体に良くないと思うだろう。俺だってそういうエアコンや壁や風呂場だったら、自分で出来なかったら、お金を出して掃除してもらうだろう。
 そしてそこまでになったカビは、実際に体には悪いだろう。
 だから俺は、カビやホコリを取る作業のときは、自分の健康のことも考えて、厳重なマスクをするようにしている。

ゲゲゲで思い出す美人女優の朝ドラ

 十年以上ぶりに朝の連続ドラマを観ている。毎日ではないが、八時から始まるようになったから、観られる日があるのだ。
 いつものように演技は下手なのだが、笑いを取る演出がNHKらしくない珍しさで、それとゲゲゲの鬼太郎が元になっているということの珍しさで、観る。

 吉行淳之介の父親を題材にしていたのは、面白く観ていた。ちょうど精神病院の看護助手で勤めていて、昼休みに患者さんたちと一緒に観た。あれから十二年もたった。

 その前は名前が出てこないが背の高い美人の女優が主人公の、弁護士のストーリーのも観ていた。スーパーの遅番だったときに観ていた。

 そのずっと前は、沢口靖子が主人公のを見ていた。それまで見たこともないあまりにも美人だったから。ずいぶん前すぎていつの頃だったか忘れたが。

 十八歳のときには、これも名前は忘れたが長岡市生まれの美人女優のを観ていた。たしか俺の六つ年上の人だ。いまでも美人だ。

 だが俺は、美人が好きなわけじゃない。というか美人は嫌いなぐらいだ。ほとんどのオンナが嫌いなのだから。

 朝ドラは、普段はテレビドラマを観ることなど時間の無駄だと思っていて、そしてうっかり観るとつまらなくて腹が立つのだが、ゲゲゲはもうすこし、観られるときは観てみようかと思っている。

喧嘩コメントするするぞ

 俺は気にくわないブログへ喧嘩コメントすることを、時々する。
 三年前にネット医者たちから炎上させられて、その仕返しとして、こいつは意地悪で無神経で、きっと俺のブログに嫌がらせをしたと、目をつけていた医者ブログたちへ喧嘩コメントで殴りこむのを、三年間やってきた。
 三年やって、一定の成果が出たと思って、そして気が済んだから、終了することにした。

 ハウスクリーニング屋たちのブログにも、喧嘩コメントをしてきた。
 大袈裟なことを書いたり、ことさらな自慢げなことを書いたり、仕事での卑怯な嘘ごとを書いたりしている掃除屋ブログにも、コメントで殴りこんできた。
 これも一定の成果というか、嘘を書くブログは少なくなったのだが、(だがまだそういうブログはあるのだが、そういうのにかぎってコメントを承認制にしていて、俺が書き込んでも姑息にコメント欄に出さないのだが)、まあ今では喧嘩コメントで殴りこむことは減っている。何を言っても変わらない馬鹿を相手にしたくないと思うようになったのだ。
 だけど何を言っても分からないそういう奴には、いつか別の手段で分からせようと思っている。

 そして今度は、SEO業者に喧嘩コメントをぶつけようかと思っている。
 ほぼ100パーセントのSEO屋のブログが、大袈裟で嘘吐きで信用ならないことを書いている。
 そういうブログに殴りこみをかけようと思っている。

 だがSEO屋ブログは、商売がら、コメントは承認制にしているだろう。
 そういうところに書き込んでも、表示されないで無駄仕事になるのだろうが、やってみようと思っている。
 何ヶ月か前、愛知県のSEO業者に何回も嫌がらせ電話をされ続けたから、SEO業界に仕返しをする。

 もちろん、喧嘩コメントするときは、このブログにリンクさせて、俺の身元を明らかにして、書き込む。

 しかし俺は、喧嘩好きなだけなのかもしれない。
 だけれど、中学生の時に誓ったのだ。
 いくら俺が喧嘩好きでも、乱暴者でも、ただの乱暴者にならないぞと。
 いろんな勉強もして、音楽もやって、詩も読んで、運動もして、体も鍛えて、弱い人がいたらそういう人を助けて、それはいい人ぶるようだが、そういうことをやりながら、卑怯な奴をぶん殴るぞと。
 そして絶対に、スジミチを通すことを大前提にしながら喧嘩するぞと。
 だから俺の方が間違っていたら、素直に謝ることにしているのだ。本当のことだ。

年寄りは元気なうちから集団で住め

 公団住宅の建て替えで家賃が上がって、年金暮らしの年寄りが住めなくなるとテレビでいっていた。
 建て替えなければ家賃は上がらないじゃないかと思ったが、それは地震で建物がつぶれるリスクは年寄り自身の自己責任でということとセットだな。
 それが嫌なら、3LDKとか4LDKとかの世帯用のもので、三人か四人で住めばいいじゃないかと思った。
 年寄りが一人暮らしで、キッチンとかトイレとか風呂とかの水周り一式を専用で使うのは無駄だ。
 昔の大学生の下宿のように、何人かで、十何人かで、一世帯を作る住み方生き方をしたらどうか。
 プライベートはどうなるんだと言うかもしれないが、そのぐらいの年になってプライベートは要らないじゃないか。狭くても個室はあるんだし。昼間はリビングに出てきてさ。
 そうすれば引きこもらなくて、強制的に喋ることにもなるよ。
 元気な老人のうちの老人ホームシステム。それならば孤独死もないよ。
 だけど芸術家は独りが好きだろうから、野垂れ死にを志向してるだろうから、そういう年寄りはあばら家で一人で住めばいい。
 選択肢があるのが良い。

宇宙から、どこよりも遠くからの寂しさがこだまする

 宇宙から女宇宙飛行士が帰ってきたが、それよりも野口という人が、ずうっと宇宙にいることを思っている。
 何ヶ月いるのだろう。
 年をまたいで何年もいるのだろうか。
 家族もいるだろうに、地球の空気の味も忘れたかもしれないだろうに。

 テレビの映像では元気そうに見えた。だけど彼の体は心は、顔つきとは関係なく傷んでいるかもしれない。
 しかし、そうなっていても、それは自分で分かって行っているわけだから、宇宙に滞在することが彼の人生の目的だったのだろうから、幸せなのだろう。

 でも、何かの事故が起きて、もう地球に帰れないのじゃないかという怖れや、ふるさとを思い出す心が湿らせる涙が、何日に一回か、彼の目ににじむだろう。
 それが、宇宙での生活に、ときどきギターのリフのように響くだろう。
 そのメロディが、遠い暗い空から、こだまみたいに私の心にも響くのだ、聞こえるのだ。

携帯電話マナー ダガシ流

 またスジミチ知らずの泥棒根性の人間から問い合わせがあって、怒ってしまった。
 携帯に問い合わせメールで、フローリングワックスのことで、至急電話かけてほしいと書いてあった。
 床掃除のことで至急などということはあるのかな、と思いながら携帯電話でかけたら、何のことはない、通常のフローリングワックス剥離のことで、別に今急いで携帯電話を使って話をする必要などない内容だった。

 それなのに相手は、次から次へと些末なことを、どうでもいいことを、急がないことを、のんびりと喋り続けて、だから俺はわざと早口で結論から答え続けた。
 そうして相手は、俺に聞くこともなくなったようなのに、後から後から、話すことをことさら探すようにしながら、納豆みたいな粘るような喋り方を続けるのだった。
 俺は自分の携帯電話の通話料が、ハイヤーの深夜料金のメーターがぐんぐんはね上がっていくように感じて、そういうことを想像しない無神経な相手の、のっぺりとした喋り方にイライラして、ますます早口になった。
 早口になりながら、俺はこういう無神経な人間に、一生懸命ヘトヘトに仕事はできない、と思った。

 俺はついに、「いま僕が早口で喋っているのは、時間と携帯料金がもったいないからです」と言った。
 そうしたら、「そういう言い方をされると頼みたくなくなります」と言ったから、「それなら頼まない方がいいですね」と返した。こういうことは時々あるのだ。
 そしたら何も言わずにプツンと電話が切れた。

 俺は自分が固定電話で受けたときは、これは携帯っぽいなと思うと、「いま携帯からですか?」と聞いて、そうだと言われたら、「それなら手短かに結論から早口で喋りますね」と言う。
 お得意さんが携帯電話でかけてくれたときでも、「携帯のお金がもったいないから、もう切りましょうよ」と言う。そうすると笑われるのだが。

 さっき俺がかけた携帯電話の通話料は何百円かかっただろう。千円も近いだろう。
 俺は、その無駄の金がもったいないのと、切るぞという挨拶もなしに突然黙って電話を切った相手に対して腹が立って、かけなおして怒鳴った。

「おい、何も言わずに切るとは何だ!」
「そちらが切ったんじゃないですか」
「なにい、嘘を言うのか卑怯者! お前みたいな人間は生きてる価値がないからベロ噛んで明日死ね!」
「この電話は録音しているんですよ」
「おう上等だ! そういうセリフは、自分のやるべきことをやってから言え。イナカモンが!」
「…」
 俺はいくぶん気が済んだから、電話を切るために挨拶した。
「電話切るぞ。……おい、この電話切るぞ。じゃあな!」
 スジミチを通すために、挨拶をしてから、電話を切った。

大和が撤退したのは賢明だったという理由

 大和が撤退するニュースで、老人が大勢買い物に来ていたと言っていて、映像でも写真でも年寄りがたくさん映っていたから、もしかして俺の客層になる人がいるのじゃないかと思って、チラシを配りに行こうかと思って、その前に下見に行った。今年になって、日をおいて、曜日をばらけて五回行った。

 客はたしかに年寄りばかりなのだが、その顔つきは、気が抜けたような、依存心ばかりが心の中に充満しているような、新潟市民特有の、人任せの無責任で、そしてスジミチなど分からずにコズルく生きてきた人間の、覇気がないままに年をとった顔つきの年寄りばかりが大勢いた。
 こりゃ駄目だと思った。

 俺のお客さんたちは、大概の人が、経営者だ。経営者でなくとも、少なくとも進歩的な考えの持ち主の人だ。ものごとのスジミチを大事にして生きている人たちだ。
 大和に買い物に来る人間は、あの顔つきは、雇われ者だ。そして家畜みたいな顔つきで、自分から何か新しいものを生み出そうという表情の人間はいなかった。ということは俺の客層ではない。
 既存の物を、ちまちまとして、質はどうでもいいから安いからという理由で買う、という層だ。
 チラシを配るのは無駄だと分かった。

 店内でチラシを配るのは、大和の店にとっても迷惑なわけだし、人様の店でチラシ配りをしたら、もしかしたら犯罪だろう。
 あそこでは、そういうリスクを犯してまでやる仕事ではない。

 ああいう客しか来ないのだから、大和は、だから、やめた方が良かったのだ。賢明な判断だったのだ。
 大和に通路がつながっている西堀ローサも、家畜根性の人間しか買い物に行かないのだから、利益など上がらないよ。それなのに、おおもとで市民の税金を使ってやっているのなら、その泥棒行為に対して、納税者として怒るからな。

個人情報は他人のものも自分のものも残したくない

 最近は問い合わせメールが多い。
 ありがたいことなのだが、混乱することもある。

 そのメールは俺の携帯に転送になるから、その都度返信する。
 だが手がはなせなくて簡単に下書きだけ打って、後で送信しようとして保存しておくこともある。そういう保存した文が多くなると、それがどの人に送るものなのか分からなくなって、こんがらがるのだ。
 そういうときは、受信アドレスを見て、このアドレスはこの人、これはこの人と手書きでメモして、そうして間違わないようにアドレスを入れて、送信ボタンを押す。

 それでも夜に一遍にそれぞれの人に文を書いて送るより、手間はかからないだろうし、分かりやすいだろうし、何よりその都度メールのやりとりを終わらせることが出来るから、こっちの方がいい。
 携帯の電池がなくなっても、最悪ケイタイが壊れても、携帯電話をなくしても、パソコンからの問い合わせなら相手さんのメールアドレスは、一番最初の問い合わせのメールアドレスなら、メールフォーム会社のログに残っている。

 だけれどその仕事が終われば、メールフォームのログからも、携帯電話の中身からも、お客さんのアドレスも住所も、そういう個人情報というのはどんどん消している。
 仕事を精一杯やって終わらせたら、その形跡は消したい。

 それはログやケイタイを軽くしたいという気持ちがあるし、そして、他人のそういうものを残しておきたくない気持ちもあるのだ。自分のそういうものさえ残しておきたくないのだから。

 俺はお客さんに年賀状も出さないから、お客さんの住所氏名は要らないのだ。プライベートでさえ年賀状は出さないのだから。
 そして仕事が終わったら、こちらからは何のアクションもしないことにしている。だから電話もしないしメールもしない。だから連絡先は要らないのだ。
 お客さんから連絡してくるのは拒まないが、こっちからは絶対にしない、と決めている。それはセールスがましいことはしたくないから。
 よっぽどお客さんが困る状況になっているのが分かったら、何かの連絡をするかもしれないがな。

 そうして次の仕事に向って、その相手に向って、突き進みたい気持ちがあるのだろう。
 そのためには、前のお客さんのことは忘れなければならないと、思っている気持ちもあるのだろう。

自分でゆでたほたるいか美味し

 生のほたるいかをスーパーで見たから、買った。
 刺身用のは食べたことがあるが、うまくなかった。半額シールが貼ってあったから美味しく感じなかったのか。
 ゆでてあるのは二十年以上も前から買って食べているが、その頃は初めて蛍いかを食べたから美味しく感じたけれど、今はもう飽きて何年も食べてない。

 調理用というシールが貼ってあるパックは299円だった。
 帰ってきて、こまかい文字を見ると100グラム127円で、総量236グラムと書いてある。
 生のほたるいかというのは、あんがい安いものなのだな。

 パックからザルにあけて、塩をふって流水でもみ洗いして、沸騰したお湯に入れた。パッと赤くなった。
 どれくらい茹でればいいか分からないから、すこし長めにお湯の中で泳がせた。
 三分ほどたったろうか、ザルにあけて、お湯を切って、一つ指でつまんで口に入れた。
 奥歯で噛むと、これが春の海の味なのだろうと、でもそんな味など知らないのに、そんな気がしたのだった。
 一どきに一パックは食べるのはいやになると思ったが、箸がうごいてパクパクと、みんな食べてしまったのだった。

SEO業者は絶対に信用できない人種

 SEO業者のブログを集めたサイトを定期的に開いて、そこからSEO屋のブログを読んでいるのだが、一つとして、これは読み続けたいというものはない(そういう汚らしいサイトにはリンクしたくないから、ここには出さない)。
 ブログを読むと、SEO業者というのは、頭の悪い、底の浅い人間がやっているのが分かる。

 当たり前のことを、さももっともらしく書いている。
 その恥ずかしげのない無神経さが、読んでいて疲れる。
 文章の誤字脱字は気にしない。
 てにをはもなってない。というか日本語の文法も分からないし、そういうセンスもない。
 一つのエントリーの分量は、ビジネスブログというには、短すぎる。中身もない。
 ものごとの上っ面の浅いところを、なぞっているだけの文を、無神経にずらずら垂れ流している。
 それは、書くこともないくせに、キーワードを入れ込んだページを増やす目的だけのブログだからだ。
 文章を書くという能力もないのに、SEOだ、ホームページ制作だ、ブログだ、などとほざいているのは、こっちの方が恥ずかしくなる。

 何ヶ月か前、愛知県のSEO屋からセールス電話がかかってきて、的外れのことを言いやがって、それにあんまりしつこく喋り続けたから、我慢ならずに怒鳴りつけたら、電話を切った後、三分おきに電話をかけてきた。
 その電話に出ると、ふにゃふにゃとした何を言っているのか分からない言葉だったり、無言電話だったりで、嫌がらせをされ続けた。
 告訴しようと思ったが、相手を特定できないから、どうやったらあいつらを突き止められるか調べている間に、それは一週間くらい続いたが、そのあたりで嫌がらせ電話は止んだ。
 電話をかけ続けられると、お客さんからの問い合わせ電話が通じなくなるから、これは営業妨害だ。どんなことをしても相手を突き止めて、ぶん殴りに行こうと思った。

 それからはもう、SEO業者が大嫌いになった。絶対に信用しないぞ、と誓った。
 その後に偶然、SEO屋のブログ集を見つけて、どんな奴らなのかと思って読んでみたが、建築建設関係や不動産屋の土地建物関係の人種と同様に、金儲けだけが生きる目的で、頭が悪く、性根が腐っている、嘘吐きのズルいイナカモノばかりだと分かった。
 ああいうたぐいの人種に仕事を依頼している人間も、俺は信用しないことにしている。

見たい花も要らない草も一緒に遅くなる

 今年の春は寒いままだから、ストーブをしまえない。
 ニュースで野菜が高くて困っていると言っているが、一人暮らしではキャベツがちょっとぐらい高くなってもそれほど困らない。

 野菜のみのりは、天気で早くなったり遅くなったりするのだな。
 植物は、季節の目覚まし時計で目を覚ますようだ。

 今年は桜も寝坊している。
 今年は人間が待っている花も遅いが、雑草も生えるのも遅いようだ。

日本酒でふつうの日記になる

 さっきスーパーに夕飯を買いに行って、マグロの刺身が半額になっているのを買って、レジのそばの処分品のカゴの中を見たら、吉乃川の180mlが130円で売っていたから、ついそのビンも買った。

 日本酒を飲むのは久しぶりだ。
 だからなのか、マグロと一緒に食べたからか、日本酒のおいしい味を思い出した。

 この量だと十分で呑んでしまった。
 急いで呑めば、いや急いで呑む必要などないのだが、三分で呑み干すだろう。

 これを書いているうちに、胃のあたりが暖かくなってきている。すこし酔ったなという感覚を思い出しながら、今日はあったことをひねりもなくただ書いているふつうの日記だと思っている。

ネット地図は帰納

 インターネットをして良かったことの一つは、お客さんの家にいくための地図を、ネットで見られることだ。
 住宅地図を買わなくてよかった。あの本は高いのだ。

 ネットの地図は、お客さんからのメールや電話で教えられた所番地を入力すれば、そこの家の場所が出る。
 そこから、こっちへの道を探す。
 それは帰納のやり方だ。
 本の地図はネット地図に比べると、演繹っぽい。

 パソコンを買う前は、図書館や交番に行って、住宅地図を見て、お客さんの家の場所を調べた。
 交番では、配達ですか? とよく言われた。
 いつも、はいそうなんです、と答えていた。

 ネット地図は、いつも最新地図が載っている。
 goo地図が一番見やすいから使っている。

ズルくなるキャンペーン

 俺は元々ズルイ人間なのだが、それを自覚していなかった。
 じぶんは、いい人間だなどと思い込んでいた。
 それで人生をやっていたから、本質と外側とで分裂して、疲れていたのだ。

 自分がズルイことを自覚すれば、本当の俺で生きればいいのだから、ラクだ。
 俺は自分の世俗的な幸福のために、自分以外の人間を利用するような人間なのだ。
 それを自覚すればいいのだ。

 だが、今までの俺の、自分がいい人ぶった思い込みは、急には自覚できないだろうし、変われないだろう。
 だからズルくなるキャンペーンを俺自身に課す。
 自覚しながらズルく行動することを自分に強制する。

 それは楽しみなのだが、弱い俺に、できるかどうかも不安なのだが、やるぞ。

障子紙を貼り替えるのは子供と

 年に何回か障子の貼り替えの仕事をするが、問い合わせを受けたときはいつも、ご家族でやった方がいいですよと言う。
 私が子供の頃に、母親と何回か障子紙を貼り替えた思い出があるからだ。楽しかった記憶なのだ。
 あの頃は今みたいに大きな紙じゃなく、障子のさんの一ますの大きさの紙巻きを、障子を立てたまま刷毛で糊をつけて、そこに巻き紙を横に貼っていった。

 問い合わせで家族がいると聞けば、子供さんと一緒にした方がいいですよと言うと、電話の向こうでは、そうですねと、でもちょっと嫌そうな声質になるから、余計なお世話だと思うのだろう。

 引っ越しのためとか、家を売るためとかのときは、私もすんなり受注する。
 だが障子紙貼り替えは、料金の割りに手間がかかるのだ。だからちょっと値上げしようと思っている。

トキは増やすな。トキにかまうな

 トキが卵を産んだとかいうニュースを聞いたが、それがどうした。
 俺にとってトキが絶滅しても何も困らない。トキが増えても困らないが。

 昔はトキという鳥は、多すぎて、作物を食べて害鳥として扱われていたり、だから捕まえて人間が食べたりしていたというじゃないか。だから減ったというらしいじゃないか。
 ということは人間が減らしたのだ。

 今まで何十年とトキはいなかったが、人間は困らなかった。
 どうして今さら繁殖させようとしているのか、不思議なのだ。
 少なくもない税金を使って。

 日本純正のトキは、もう絶滅しているのだろう?
 だから中国から持ってきたトキで産ませて、増やそうとしているのだろう?
 それは日本純産のトキじゃない。
 そこまでする意味は、ない。

 個人の趣味でやるなら、その人の財布から経費を出すのならば、俺は文句は言わないが、世間の人々が助け合うために出し合うものの税金を使って、中国から持ってきた鳥を増やすことは、無駄遣いだ。
 トキをだしにして観光を繁盛させたいという目論見があるのだろうが、費用対効果は大赤字だろう。
 今度の仕分けの対象にさせたい。

新聞で人間が幼稚になっているのが分かる

 新聞は年に何回かしか読まない。オイル交換に行った店で読むぐらいだ。
 そのときに社説も読むが、そして朝日新聞なら天声人語みたいな一面の下にある評論っぽい読み物も読むが、読んでいて程度が低いのだ。

 どうしてなのだろうかと思っていたが、理由の一つがこないだ分かった。
 書いている人間は、もう俺よりも若いのが書いている。
 中身で、子供の頃に観たテレビ番組のことを書いていたが、それで俺より年下だと分かった。
 ああいう記事を書くのは、おじいさんだと思っていたが、俺より若い人間が書いているというのが、人間の経験の浅い奴が書いているなあということと、俺も年取ったのだなと思ったり、そういうことで少しおどろいたのだった。

 だが本当は、個人の人間の本質に、年は関係ない。
 俺は年上だろうが年下だろうが、その人が、人間としてどういう人かということを問題にしているから、若かろうが年くっていようが関係なく、その人が一人の人間としてどうかを見る。
 そうすると、あの記事を読むと、その中身の程度で、それを書いている人間は、人間として浅い奴だな、駄目だな、と分かるのだ。

 新聞記者などその程度だと昔から思っていたが、たまに新聞を読むと、人間の幼稚化が進んでいるのが、よく分かるのだ。

若いものはバイクに乗れ乗れ

 今年の春は、移動中にバイクを見る。といっても少ないのだが。
 今日は400のゼファーを昔のZ2に似せたのを、桜木インターで見た。

 バイクに乗るには金がかかる。
 物も運べないし、人間は一人しか乗せられない。
 まるで非生産的な乗り物だ。趣味の乗り物だ。
 それだから金がかかるのだ。

 このご時世でバイクに乗るのは、本当に贅沢なことだろう。
 それなのに若い人が乗っているのを見ると、案外に景気も悪いばかりじゃないのかもしれないと思うのだ。
 あるいは節約してお金を工面して乗っているのかもしれないが、それをするのは偉いじゃないか。

 若い人間がオートバイに乗るのは、必要だ。

武士の血をひくタイヤ屋さん

 夏タイヤに替えようとしたら、またホイールの内側に錆びが出て固まって、タイヤが取れなくて、タイヤ屋さんに行って替えてもらった。
 新発田市の、タイヤリサイクルセンターという会社だ。

 いま履いているタイヤもその会社から買った。
 喋り方、身のこなし方、ぶっきらぼうなところもあるが、その仕事振りが、見てて気持ちいいのだ。
 新潟市の人間とは別物の仕事を見せてくれる。そしてそう高くもない。

 スジミチを分かって、そうして仕事の結果を出そうとするのは、城下町の人間だからだろう。
 俺はもう、何の仕事を依頼するにも、城下町かその近郊の人にしか頼みたくなくなっている。
 その人たちは、肉体的にか、精神的にか、侍の血液を持っているからだろう。

サイトから携帯で直接かけてもらうリンク作った

 お客さんから言われたのだが、携帯電話で検索して、探したサイトから、直接電話するリンクボタンがあれば便利だと。
 うちの携帯サイトはそれが出来るのだが、PCサイトは出来ない。パソコンで見ることだけを前提にして作っているから。

 そのお客さんは三十代半ば。携帯のパケット定額制に入っている。だから携帯でインターネットし放題だ。
 もうそのぐらいの年代の人は、パソコンより携帯電話で探し物をするのだと知った。世の中は確実に進んでいるのだな。

 そのお客さんは携帯電話で検索して、そうしてうちのサイトを見て、それで電話してくれた。うちの電話番号をペンで紙にメモして、それで電話したのだそうだ。
 電話番号をメモする手間と、電話番号を打つ手間をはぶくリンクがあれば、便利なのだな。

 今の高機能の携帯だと、PCサイトがそのまま見られる。お客さんの携帯画面を見せてもらったが、小さいが、PCそのままのものが見られた。
 ということは携帯専用サイトは、存在の意味がないのだな。サテライトサイト用としてだけなのだな。

 帰ってすぐ、携帯電話から直接かけれらるリンクの作り方を調べて、作った。
 また一つ上の勉強になった。

 だけど、携帯から電話してもらうリンクは、パソコンでクリックすると何もないページに飛ぶ。
 それはもしかしてリンク切れとして扱われるかもしれないからSEO的には良くないだろう。
 だから問い合わせ専用の携帯サイトを作って、そこにリンクさせた。
 携帯から電話するにはクリックを二回しなければならないが、これが今の時点で一番いいやり方だと思う。

仕事でのおしっこは座ってすることにした

 近頃の世の中のトイレは、男用小便器のものがなくなっている。
 大きなお屋敷でも、一階と二階にトイレがある家でも、新しい家は、便器は洋式だけのところが多い。

 洋式トイレで立っておしっこをすると、床におしっこを垂らしてしまうことが百回に一回はある。
 だからそのために俺は、前もってトイレットペーパーを切って持っていて、用を足した後、万が一床に垂れたら、そして洋式便器のふちにも垂れたら、それをペーパーで拭き取るのだ。
 拭き取る順番は、床を拭いてから、便器の縁を拭く。キレイさの順番だ。

 もうずいぶん前から、男でも洋式トイレでは座って用を足す、という人が増えていると聞いたことがある。
 俺はそれは何故かしたくないなと思っていたが、仕事のときは、お客さんの家に行ったときは、床や便器を汚さないように、座ってすべきじゃないかと思うようになってもいた。
 そうして今日のお客さんのところでトイレを借りたとき、あまりにもキレイだったから、座っておしっこしたのだ。

 ズボンとパンツを脱いで、用をすまして、そうしてまたパンツを上げて、シャツをズボンに入れて、ズボンのベルトをしめる。
 時間がかかるもんだなあ、と思ったのだが、それは女の人は毎回やっていることなのだから俺もするのはそれも仕事でするのだから当たり前だと思えばいいのだ、と思ったのだ。

 だからこれからは、お客さんのトイレを借りるときは、座ってしようと決めたのです。

支持率などは嘘だと思わなければ

 内閣支持率とか政党支持率とかいっているが、正確なものなのか疑問だ。
 まず、そういう調査を、本当にやっているのか?

 本当にやっていたとしても、たぶん昼間にやっているのだろうから、昼間家にボーッと居るのは、依存心だけがふくらんでいる、何も考えを持たない女やニートだろう。
 ということは下らないテレビやインターネットを面白ろがって観ている層だろう。
 そういう層に聞いている調査が日本全体を代表しているわけがないじゃないか。

 テレビに出ている、浅ましくて頭が悪い評論家の言いなりになっている層が言っていることが、支持率や世論を成しているのならば、発表されている支持率や世論など馬鹿馬鹿しい。

 そうして支持率調査など俺のところに来たことがないのだから、本当にやっているかどうかは怪しいぞ。
 新聞やテレビがやっていることなど、ああいう無責任なところが発表していることなど、それを本当だと思っていること自体が馬鹿馬鹿しいと思わなければ、本質は見えないぞ。

地震保険は店子は関係ない

 毎年一回アパートの火災保険に入らされる。
 そのときに地震保険もどうですかと言われる。

 入居している人間が、地震保険などに入るわけがないじゃないか。

 地震が原因の火事では保険金がおりないそうだが、アパート暮らしの人間が、そんなに資産を持っているわけがないし、あるいは持っていたとしても、それをアパートに置いておくわけがないじゃないか。考えてもみろよ。

 だから地震保険いかがですかなどと言われると、馬鹿かと、何も考えてないなあ、無神経だなあ、と腹が立つのだ。

 万が一自分が火事を出したときのために火災保険は入っておくべきだが、地震保険に入るべきなのはアパートの大家であって、店子は関係ないのだぜ。
 だから不動産屋は浅ましく儲け主義だけで生きているから、だから土地建物関係の業者は、汚らしくて嫌いなのだ。

草の芽を取るときは自分の腰をいじめる

 この時期にドブ掃除や駐車場掃除をするときは、そこに生えている草の目立つのも取る。
 コンクリートの割れ目から芽吹いたばかりの、五ミリから二センチくらいの若い緑色の葉っぱを、古くなった金ヘラの先でこそぎ取る。
 それが何だか、自分が悪いことをしている気分になって、滅入るのだ。

 といって放っておくと、それが育って草ぼうぼうになる。
 医院とか店舗とかの前に生えている草は、その施設の営業にかかわる。
 だから取るのだ。すいません。

 生まれたばかりの命を俺が殺しているのだと、ごめんよ、ごめんよと、あやまりながら、でもそんな俺のいい人ぶっている自己満足も汚らしいと思いながら、そういう何が何だか分からなくなっている自分に腹が立って、草の芽やちいさい葉っぱをこそげ取った後は、ことさら自分の腰をいじめるように、重いものを運んで、きっちり仕事して、お天道様に恥ずかしくないようにしてから、帰る。

新潟市から脱出をはかる頑張る

 今日車の車検が済んだが、また人間の醜いところを見せられた。

 私が買ったホンダの店は、まあまあ良い店だと思っていたが、駄目だった。
 新潟市民の卑怯さ、駄目さを、あらわしていた。
 車検場の人間も、屑ばかりだった。

 だが、そのホンダの店の人間も、その車検場の人間も、新潟市民の中ではまだましな方なのだが、それでも無神経なイナカモノしかいない。
 人に迷惑をかけても知らん振りで済ましている。自分以外に甘えて、それが当然だと思い込んでいる。一生懸命やってますなどとヒステリックに言って、ものごとの目的と手段をはきちがえている。スジミチなどは知らぬ存ぜぬで、嘘をついても自分が良ければいいという人間しかいない。公と私を卑怯にも混同している。新潟市民の典型だ。

 だから俺はもう、ほとんどの大概の新潟市民には、ほとほと愛想が尽きている。
 いつ新潟市から脱出できるのか。俺しだいだな。頑張ろうっと!

洗濯が後回しになる

 作業でバタバタして、それと天気が雨だったりして、着るものを洗濯できない。
 洗濯物がたまっているが、できない。

 ジーパンは二ヶ月同じものをはいている。といってジーパンはその間、十回ぐらいしかはいてないから、洗濯はついつい後回しになる。
 においを嗅いでも、臭くない。ような気がする。自分では分からない。たぶん臭くないと思っている。
 そういえば十年か二十年か前、ビンテージのジーパンを洗濯しないではき続けるやり方があった。
 もちろん私の場合はそれとは違う。ただ不精なだけだ。

 だけどそういう私でも、作業で使ったタオルやモップは、何度も下洗いして洗濯機で洗う。
 作業で着たポロシャツやトレパンは、そのつど洗濯する。
 仕事でないことは、つい後回しあとまわしになってしまう。
 ブログを書くひまがあれば洗濯すればいいのだろうが、やりたくないのだな。
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