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徒然のブログ

つれづれの思いなどを

仕分け作業などイナカモノには出来ない仕事

 新潟市役所が政府の真似をして事業仕分けをしたらしいが、そしてそれをちょっとテレビで観たが、無神経な馬鹿ぞろいで殴りたくなった。
 相変わらずの泥棒根性の公務員と、目立ちたがりのお祭り気分で参加している仕分け人が映っていた。

 だいたい、あの部屋で、税金で飯を喰っていない人間は、いないのじゃないか?
 なぜなら、公務員は税金泥棒だから当たり前だが、仕分け人は国立大学の教授とか、第三セクターの社長とか、そういうのばっかりじゃないか。
 あそこに座る資格があるのは、税金に近づかないように気をつけて生きている人間だけだよ。

 俺はもう新潟市長を信用していないのだが、この仕分けは、篠田の良い子ぶりっ子のパフォーマンスだろ?
 このイベントに、また多額の税金の銭が使われるのだぜ。

 自分の仕事が仕分けされると怒っているところをテレビに映されていた、どこかの福祉ごっこをしている人間よ、心配するな、これはお前と同じ、ごっこ遊びなのだから。お前と同じで仕事の結果を出そうとする人間は、いないのだから。だから、仕分けなど出来ないのだから。
 新潟市民の泥棒根性、タカリ根性、詐欺根性が映しだされているテレビを観ていて、俺は腹が立って、すぐチャンネルを変えた。
 ただ、こういうことも、やらないよりは、やったほうがいいがな。

 テレビ画面を観ながら、一つ、あいつらの人間として駄目なところが分かった。
 相手が喋っている時に、下を向いているのだ。書類かなにかを読んでいるのだ。
 馬鹿ものが!
 相手が喋る顔つきを、その時の目つきを、真剣に見なければ、向こうの心理が分からないじゃないか。
 だから、あのイベントは形式であって、事務的であって、お遊びのごっこ遊びなのだと分かったのだ。

リフォームHPできた

 リフォームのホームページが、やっとできあがった。
『新潟市のリフォーム 昭美堂』だ。
 職人、という打ち出し方で、素朴な感じに作った。
 どこのリフォーム会社のHPにも似ていない。

 だがリフォームは、HPでは集客は出来ないものだと思う。
 どうすればいいかは、企業秘密だ。
 でもホームページぐらいなけりゃ、信用してもらえないだろう。

 HPは作ったから、次の段階の販促をする。

塩がなくなって買いにいった

 夕飯用に玉子焼きを焼こうとして卵を割って、塩を入れようとしたらほとんどなかった。
 今年の夏は暑くて、仕事に行くときには必ず、水割りレモンジュースに塩を多めに入れていたのだ。
 料理にも、意識しなくても塩を多めに入れていただろう。
 そうしたら塩の減りが早かった。

 醤油があるからいいやと思ったが、明日持っていくジュースに入れる塩がない。
 一瞬明日は、レモンジュースに醤油を入れようかと思ったが、嫌だ、思い直した。
 だから近所のスーパーに塩を買いに行った。

 サラサラタイプで、800グラムで150円ぐらいの値段だった。
 安いものなのだ、塩というものは。
 こんなに安くていいのだろうか。
 水といっしょに、命をつなぐみなもとだぞ。
 みなもとの品物だから、安く作って、安く売ってくれているのだろう。

 卵に塩を多めに入れて焼いた。
 しょっぱい味がうまかった。

 ふだん減塩、減塩と世間でいわれているけれど、この夏はテレビでもラジオでも、水分補給と塩分補給をしましょうと言っている。
 秋になったら、しょっぱい味に慣れないようにしなければ。

エアコンクリーニングは縮小すべき仕事

 暑くなってからのエアコンクリーニングはしないことにしている。
 万が一クリーニング作業で壊れたら、暑いのに使えない、どうしてくれるんだ、と言われるだろうから。
 エアコンクリーニングというものは、エアコンを使いはじめる七月後半までに終わらせておくものだ。
 それをせずに、暑くなってから問い合わせてくるような人間は、危機管理がなっていないし、基本的にワガママだし無神経だから、付き合いたくないのだ。
 ましてやレストランとか医院とかの、仕事で使っている業務用エアコンのクリーニングを、暑いさなかにやるというのは、故障のリスクがあるのに、やるほうもやらせるほうも、馬鹿げている。

 だから俺は、七月二十日過ぎてからのエアコンクリーニングの問い合わせには、
「もうスケジュールが一杯なので、来年の梅雨前にメールください。冬も使うなら秋ごろにメールください」と答えている。

 だが今年の暑い夏は、九月になってもエアコンを使うだろうから、いっぱい使ってカビも生えるだろうから、来年はエアコンクリーニングの需要が増えるかもしれない。
 でもエアコンクリーニングというのは、仕事としては儲からない仕事なのだ。やらなくてもいいと思ってしまう仕事なのだ。
 しっかり汚れを落とそうとすれば、壁掛けエアコンでも三、四時間はかかる。それを13000円から18000円ぐらいの料金でやるのは、暑い中ダラダラと汗を流しながら、エンドユーザーであるお客さんを目の前にしながら気を遣って、エアコンを壊してしまうリスクにも気を遣って、ヘトヘトになって作業するのは、けっこうしんどいのだ。
 俺は来年からは、エアコンクリーニングの仕事は、縮小していこうと思っている。

花火は松浜花火が良いかも

 こないだの二十五日の夜、ドパン、ドパンと聞こえて松浜花火を窓から見たが、ここからは新潟花火より大きく見える。
 距離を考えたら同じくらいだろうか。
 花火のわっかは松浜のほうが大きくて丸い。丸いものばっかりなのだが。
 新潟花火は楕円形とか変化の形があるが、それはあざとくて見たくもないのだ。
 松浜の素朴なのがきもちよいのだ。

 といって松浜の人間の気質は、ワガママだ。
 イナカモノ競争では先頭を走るレベルだ。
 俺は松浜のホームセンターで見たのだが、ラジオを買ったオバサンが、何回か聴いた後で、よく聞こえないから替えてくれと言っている現場に出くわしたことがある。
 松浜橋を渡ると、そういうのが多いのだ。

 だが花火は、素朴で良い。
 始まったかと思ったら、あっというまに終わる。それもよい。
 長岡花火より片貝花火より、よいかもしれない。

コメントのリンクのこと

 ブログのコメントの、自分の身元を示すリンク先はブログにすべきだ。
 たまに商売のホームページへのリンクを付けて、そして読んでも読まなくてもどうでもいいことを書いてくるのがいるが、それはSEOのためにやっている。

 前に何度かそういうのがあって、削除したら次の日も同じように自分のHPにリンクさせてコメントを付けてきやがったから、電話をかけて怒鳴りつけた。
 そうしたら、依頼しているホームページ制作会社が勝手にやったことだと言っていた。
 本当かどうか分かったものじゃないし、もしそれが本当だとしても、そういうところに頼んでいる罪があるぜ。
 ましてや少しだけだとしてもリンク効果があるわけだから、恩恵をこうむっているわけだから、知らなかったなどというのは許されないぜ。
 それはハウスクリーニング屋とリフォーム屋だった。どっちも汚らしい根性の人間ばかりだ。

 こうすればいいんだよ。
 コメントしたかったら、ブログを作って、そこにリンクさせればいいのだ。
 そしてそのブログから自分の身元が分かるHPにリンクさせておけば、最終的にどこの誰がコメントしたか分かるじゃないか。
 そうすればSEOのためにやっているとは思われないじゃないか。
 といって、そういう屑どもはSEOのためだけにコメントしているのだから、別に身元を出すか出さないかは関係ないだろうし、姑息なことをしながら生きているのだから、自分の身元は隠しておきたいだろうがな。

 そのブログはエントリーを作る必要はない。自分の身元を知らせるための中間地点のものだから。
 商売をしていなければ、広告宣伝の目的でないならば、そのブログに身元を出しておけばいい。
 だが一般人が身元を出してブログをするのは普通じゃないだろうがな。

 俺は喧嘩コメントするときほど、身元が分かるようにしているぜ。

独裁者は猫好き

 鹿児島県のあるところの市長が独裁政治をしていると去年だったか一昨年だったかからいっているが、独裁主義者のダガシは応援している。

 独裁者という顔つきは、目が大きくて、体つきはガッシリしているものだというイメージがあるが、あの市長はその反対の風貌だ。
 目は細くて眼鏡をかけていて、ほそおもてで、体は細いように見える。
 だが当たり前だが気性は激しくて気が強いようだ。
 気性は激しいけれど、いつも論理的に考えて、スジミチを通しながら生きているようだ。
 それは俺の好きなタイプだ。

 ああいう人が世の中にいたということが珍しいし、そういう珍しい人を公人である市長に当選させた、そういう自治体があるのが珍しい。

 あの人は詩は読むだろうか。楽器は弾くだろうか。
 たぶん猫は好きだろう。

3×3で9倍の仕事

 今年の八月は、暑くて暑くて、作業時間が三割増しになった。
 休憩を取る回数が増えたのだ。
 暑いから、一回の休みの時間も三割増しになる。
 家から持っていく自分で作った水割り、塩入り、酢入りのレモンジュースを飲む量は倍になった。
 汗も倍にかくのだ

 体のキレも回らなくなった。
 それは暑さのせいか加齢のせいか、たぶん両方なのだろう。

 作業にかかる予定時間は余裕をもって、1.5倍にしてお客さんに伝えている。
 それがこれからの俺の普通にかかる時間になるかもしれない。

 今までは俺は、他の掃除屋の3倍のスピードで動いて、3倍の細かさで仕事するから、3×3で9倍の仕上がりになるのが昭美堂の仕事だと言ってきた。
 だがこれからは、スピードだけは2倍になるかもしれない。そうすると6倍にしかならない。
 6倍でもいいじゃないかと思うのが、これからの俺の課題かもしれない。

月柱を見にいったこと

 きのうの夜の九時ごろ、東の窓から見えたのは、丸い月だった。
 ということは、あの月が後ろ側に回っていって、海に沈むのは明日の明け方だ、と瞬間思った。
 あわてて「月没時刻」と入れてググッたら、月が沈む時間を教えてくれるサイトを見つけた。
『国立天文台 天文情報センター 暦計算室 』
 このページの「各地のこよみ(表引版)」というところをクリックして、そこから新潟県のところをクリックすると、月没時刻が分かるページになるのだ。

 そこには、今日2010年8/23の明け方月が沈むのは、3:28と書いてあった。
 あと六時間ちょっとだ。何とか起きられるだろう。
 明日の天気予報は、連日のとおり晴れだ。天気は悪くない。
 海岸まで車で30分、起きて支度するのに15分、目覚めに手間取る時間を15分、海岸に着いて月柱を眺める時間を20分、合計一時間二十分前の、02:08に俺は携帯のアラームをセットした。

 ピッピッ、ピッピッ、と音がして、俺はパッと目を覚まし、どうしてか体もすぐ動いてベッドから起き上がった。
 うがいをして水を飲んで、さらに用意していた缶コーヒーをゴクゴクと飲み干した。
 それから顔を洗って着替えて、車で出た。
 月は俺に早く来いと言うように、空の下側で赤っぽいオレンジ色に丸く輝いていて、俺は月の方角に向かってハンドルをきっていた。

 護国神社のわきを通って海岸に突き当たり、左に曲がってから車を停められる場所がないかと探しながら走った。
 たしか海岸道路に駐車場があったはずだ。ライトを上向きにしてしばらく走ると、あった。
 ハンドルを右に切って入ろうとしたら、入り口にはチェーンが張ってあって入れないのだった。夜中は停めさせないようにしているらしい。

 俺はチェーンすれすれに車を横付けし、ちょうどよく駐車場の入り口に置いてあった反射板付きの三角コーンを車のわきに置いて、海のほうに歩いていった。

 海岸に着いたのは3:00ちょうどだった。
 月はさっきよりもっとオレンジ色を濃くしながら、さっきよりもっと海の近くに降りていた。
 そのとき海面には、月の真下からオレンジ色の光の帯が伸びていて、俺のほうに向かってゆらゆらとゆれているのだった。
 これが月柱か。

 月柱というのは、海に沈む月の、上側に伸びる光のことをいうのだと解説してあるHPもあったが、俺はそういうめったに見られない珍しいものではなく、いつも自然界にあって、でも人間が見過ごしている現象を見たいと思っていた。

 海岸の左側100メートルくらい先から、キャーキャーと叫んでいる声が小さく響いていた。パチパチと何かがはぜる音もする。その方角にときどき火花が見えた。若者のグループが花火をしているらしい。
 これがすぐそばであれをやられたら、俺も気持ちよくいられないだろうが、どうしてかあの声は、うるさく感じないのだった。いやそれよりも、なんだか懐かしい音楽を聴いているような気分になるのだった。

 3:10ころだったろうか、月の下側が見えなくなって、海面の光の帯も見えなくなった。
 月は、水平線の雲に隠れたらしい。
 太陽が海に沈むときも、にくらしいほどに海すれすれの雲が、沈んでいく太陽を隠してしまうことがある。それと同じなのだろう、仕方のないことだ。
 でも短い時間だったが、あのオレンジの揺れる光の帯を見られた。この光景は死ぬまで憶えているだろうと思った。

 月が見えなくなって、俺はやることがないから、真上の空を見上げてみた。
 頭の上にカシオペア座があって、そこから暗い北極星を探していたら、光が流れた。0.5秒ほどの時間には、とっさに願い事はできないものだと思った。

 道の向こうから車のライトが走ってきたのがわかって振り返ったら、パトカーがゆっくりと俺の車の後ろに停まった。
 俺は何も悪いことはしていないのに、あわてて自分の車に走っていった。

 パトカーのドアを開けて警察官が出てきたから、俺は「すいません、ちょっと停めていたんです、月が沈むのを見ているんです。すぐ出ます」と言ったら、二人の警察官は、俺を珍しいものを見るような視線で、でも、とがめるような目つきでもなく、こっちを見るのだった。
「そうですか、ハザードぐらいはつけておいたほうがいいですよ、追突される恐れがありますから」と静かに言った。
 俺は「そうですね」と普段しない素直な返事をしながらドアを開け、ハザードランプのスイッチを押した。

 パトカーが走り去って、俺はまた海岸に戻ったが、雲は切れずに、やはり月は隠れたままだった。
 空を見上げた瞬間、また流れ星が光ったのが見えて、消えた。

 3:28になった。水平線は暗いままで、海面も見えない。
 月柱は、短い時間で消えたが、あの光は俺が見ないだけで、誰も見ないだけで、自然界にはあたりまえにあって、ただ光って、そしてただ消えるのを繰り返すのだ。

 向こうで花火をしていた若者は、いつのまにか静かになっていて、さっきの火花も見えない。
 花火がなくなったのだろう。
 ときどき風にのって、静かに話す声がかすかに聞こえてくる。それは何を話しているのかは聞き取れない。重要なことを話しているようでもあり、たあいないことを喋っているようにも聞こえる。

 俺はまた流れ星を見たいと思って、さっきから探していたけれど、見つけられないのだった。
 だけどこの瞬間でも、俺の視線の外には、俺の後ろ側の空には、星が流れているのかもしれない。それを俺が見ていないだけで、星は俺のことになど関係なく、自分で流れては消えているのかもしれないと思った。

 突然、海がわの空に、点滅している星が見えた。
 右のほうから左に向かって、光ったり消えたりしながら動いている。
 飛行機だろう。こんな真夜中にも飛ぶのだな。
 それは左に向かうように見えたけれど、日本海の向こう側に飛んでいくようだ。海を渡るのだろう。

 光が見えなくなって、そうしてしばらくしたら、また同じ方角から点滅している光が飛んできた。
 さっきより光が弱い。小さい飛行機なのだろうか。雲がフィルターのように隠しているのだろうか。
 飛ぶ方角は同じ海の向こうだ。

 俺は、帰るきっかけを探していたのだと思って、あの光が見えなくなったら帰ろうと思いながら、光ったり消えたりする小さい光を見つめていた。

晩夏は今か、これからか

 四五日前、盆開けだったが、窓を開けて寝ていたら真夜中に風が入ってきて寒くて、目が覚めた。
 その夜は夏の夜なのに風があって、それも冷たい風が吹いていて、網戸を通して入ってくる風は夏なのに冬みたいな冷たさをあじわったのだった。
 あわてて窓を閉めて、部屋のすみにおいていた薄い布団に手をのばしてかぶったのだ。

 そういう夏の夜の冷たい風は初めてで、あれからもう来ない。
 暑すぎたり寒むすぎたりの夏は、もうすぐ終わる。

ハウスクリーニングとリフォームの料金設定

 ハウスクリーニングは安い料金じゃやらないことにしているが、リフォームは格安で施工することを言いふらす。

 うちのハウスクリーニングが高いわけじゃなくて、他の掃除屋の料金が安すぎるのだ。
 アパート・マンションのワンルームの清掃を、1万円とか8000円とかでやる業者が多いらしいが、これはもう人間のやることではない。
 かかる時間は俺ならば二日半はかかる。ということは二日半の材料費込みの手間賃が八千円ということで、これは笑ってしまう数字だ。
 笑わないようにするためには、ワンルームの清掃を半日で終わらせて、一日二件をこなして、一日の売上げを二万円弱で回していって、それを未来永劫やるらしい。

 ワンルームの掃除が半日で出来るのは神様だけだ。
 でも出来るのだから神様が多いのだ。
 俺は神様にはなりたくない。

 なぜ世間の清掃の料金が安すぎるようになるのかは、俺は分かっているのだが、それを書くと、とてもな暴言になるから俺も書くのがしのびなくて、今日のところは書かない。

 逆に俺がリフォームを格安でやりますというのは、世間のリフォームが高すぎると思うからだ。
 悪徳リフォーム業者がはびこっているから、俺が駆逐してやると思っている。
 といってワンルームの清掃を二日半かけるような俺が、リフォーム工事で手を抜くわけがない。

 リフォーム工事の値段も、普通の人間が支払えて、業者としても、普通の人間が生活できるようなお金をもらえるような料金設定にする。
 安くもなく高くもない、神様じゃないお金のレベルの料金設定だ。
 そのためには、仕事のレベルを神様レベルに上げる必要はあるだろう。
リフォーム新潟市

月柱で起きられたら起きようか

 夕方車に乗りながら窓の外をみたら、東の空の斜め上に、半月が薄い色で浮かんでいた。
 そうだ、あの月が反対側の海に回っていって、海面に沈むときに、月柱が見られるぞ、でもあの月が空の反対側に沈むのはいつだ? あの月の角度は太陽でいえば午前九時ごろだ、夏の太陽が沈むのは七時だとして、午前九時から午後七時まで十時間、今午後五時半だから、十時間たつと午前三時半…、真夜中だ。
 とても起きられない。いや、起きられるか、早く寝れば。
 明日の夜中は、起きられたら海まで車で行く。起きられなかったら、また今度だ。

 しかし太陽は地球が太陽の周りをまわっているが、月は地球の周りをまわっている。ということは月の動きの速さは太陽と同じなのだろうか。わからない。
 前に月柱のことをググッても肝心のことが書いてあるホームページは見つからなかった。

 今午後八時過ぎ。窓の外を探したけれど、東にも西にも月はいなかった。
 空の天井にいるのだろうか。だから窓から見えないのだろうか。
 そうならば太陽の動くスピードと同じくらいだ。
 となれば月が沈むのは明け方の三時過ぎか。

 半月で月柱が見られるかどうかはわからない。
 月が海に沈むところを見てみたい。
 でも起きられないだろうな。

リンクを出すのも必要

 今つくっているホームページのテンプレートはいろいろ探したのだが、前のテンプレート会社のものだ。
 センスが合うのだろう。
 ページごとにその会社へのリンクを貼ることになっている。
 それは別にいやなことだと思わないのだ。

 四、五千円払うとそのリンクをはずしてもいいらしいが、はずさなくともいいと思っている。
 黙ってはずすなどというのは寝覚めが悪いから、もちろんそんなことはしない。
 俺がそのリンクを外さないのは、デザインのセンスが悪くないと思うからだろうし、五千円を振り込むのが惜しいのだろうし、作為的なことをしたくないのかもしれないし、タダでテンプレートを使わせてもらっているからだろうし、そしてそのどれもだろうが、一番はSEOのためだ。

 自分のサイトからの発リンクは少ない方がいいといわれているが、他人のサイトへのリンクが一個もないのも不自然だし、価値あるサイトにはリンクを張った方が見る人にとっては良いことに決まっているし、それに、入り口だけ沢山あって出口がないのも、ものごととしては不自然なことだと思うから、適度な数の発リンクは必要だと思うのだ。

少しの価格アップでも買いたくなくなるニンジン

 暑さで野菜の値段が上がっているらしいが、それほどでもない。でもニンジンだけが高い。ふだん三本入りの袋は130円くらいなのが、夏場になったら198円だ。夏はニンジンが高くなるのかもしれないが、今まで意識したことがないから知らない。
 それでもったいないと思ってニンジンを食べなかったら冷蔵庫の中で腐っていた。
 でも高いから新しいのは買わなかったのだ。

 それが昨日久しぶりに買って、カレーを作った。
 ニンジンは好きなのだが、それでもこんなにうまいものかと思うほどの味だった。

 毎日食べるものでもないのに5、60円の違いで買い惜しみするのは考えが浅いとわかっているのだが、急に値段が上がると買いたくなくなるのだ。
 これからはもっと冷静になって、もっとニンジンを買う。

床と壁と天井の色の考察

 今回のリフォームで、床の色と壁と天井の色の関係で発見したことがある。
 よく言われることだが、床は暗い濃い色がよくて、壁は中間の色がよくて、天井は明るい色がよいと。

 それは俺が考えるに、昼間の自然の景色を反映しているのだと思った。
 地面は土で、濃い暗い色だ。こげ茶色だ。
 自分のまわりの横を見ると、草や木が生えている、あるいは人間や生き物が動いている、水も流れている、遠くに山も見える。それが室内の壁に相当する。
 上のほうを見ると、空が明るく広がっている。陽の光がさしている。曇っていたとしても、雨が降っていても、自分の横よりも地面よりも、天は必ず明るい。それが部屋の天井だ。

 その自然のありさまを、部屋の中に模しているのが、床と壁と天井の色の決め方なのだと思ったのだ。

 だが、部屋の中で生活しているときに、目の中に一番入ってくるのは床だ。
 だから床の色が、部屋の雰囲気を決めるのだと思う。

 ということは、一階の、とくにリビングや玄関の床は、明るい色にしたほうが、活動的に暮らせるのだと思うのだ。

 逆に、二階の、とくに寝起きする部屋は、自然の中の夜の雰囲気にするのがよいと思う。
 自然の外の夜は、上も周りも地面も真っ暗だ。
 その中で一番明るいのは天だろう。
 星が、月が輝いているから。

 だから、寝るための部屋という夜を暮らす部屋は、夜の雰囲気をかもすために、部屋の雰囲気を決める一番の要素の床の色は、暗く濃い色であるべきだと思うのだ。

 この発見は、ダガシオリジナルだ。 

 壁紙クロスは、壁も天井も、俺は同じ色が良いと思っている。
 ふだん天井を見ることは、意識することは、ないから、コストを考えると、壁と天井を同じものにして、経費を抑えたほうがよいと思うからだ。

 トイレの壁と天井は、自分の考え事を干渉しない、うるさくない白が良いと思う。
新潟市の内装リフォーム

窓から風ですずし

 盆を過ぎたら、夜もずいぶん涼しくなった。
 温度計を見たら、エアコンをつけていないのに29度だ。
 だが扇風機は回している。
 そうでないと皮膚が熱をこもらせて、ふくらむようなのだ。
 でも試しに消してみた。
 風がなくても暑くない。
 開けてある窓から、かすかな風が入ってきている。

リフォームホームページを公開した

 今日、リフォームのホームページをインターネットに乗せた。
 といっても、枠だけ作って、内容はないのだ。
 だからここからはリンクしない。
 検索エンジンにできるだけ早くインデックスしてもらいたいから、早めに出したのだ。
 いや本当はもっと早く出したかったのだけれど、データをサーバーにアップロードしても、インターネットに乗らなかったのだ。
 それでサーバー会社に問い合わせのメールを送っておいたら、今日返事が来ていた。
 それを読んで、その通りにやってみたら公開できた。それだけのことなのだ。

 ここからはリンクしないが、他の自分のサテライトHPからはリンクさせておいた。それで検索エンジンがインデックスしてくれればいい。
 ハウスクリーニングのホームページは、グーグルでは三、四日でインデックスされたが、あれはFc2のサーバーだからインデックスされやすかったのだと思う。
 今回は有料サーバーで独自ドメインだから遅いかもしれない。
 まだ完全に作ってないのだからインデックスされるのも良し悪しなのだが。
 一ヶ月くらいをめどに、見られてもいい形に出来上がらせようと思っている。

※追記
 三日後の18日の朝には、グーグルではインデックスされていた。ヤフーではまだだ。ねらっているキーワードの検索ではグーグルでもまだ圏外だ。

水風呂につかり読書

 久しぶりに水風呂に入った。
 涼しくなるのが目的だが、本を読むためにも入った。
 本を読むのをほったらかしていたら、本を読むのを忘れてしまったのだ。

 風呂に入ると読むのだ。
 お湯につかっているとやることがないから、つい本を読みたくなる。
 それで水に少しお湯をたした風呂につかりながら、放っておいた漱石の関連本を読みだした。
 おもしろいものだ。また読みだすだろう。

プロペラの風の前と後ろ

 扇風機を夜から朝まで回しっぱなしだ。
 こわれるのじゃないかと、火が出るのじゃないかと、心配になる。

 モーターで羽を回す電気の機械は、ほかに換気扇がある。
 換気扇は二十四時間回しっぱなしのところもあるから、大丈夫だと自分を勘違いさせている。

 扇風機の前側は風がわかるのだけれど、後ろ側に手をおいても風はない。不思議なのだ。
 ヘリコプターとか、プロペラ飛行機もそうなのだろう。

暑いときは暑いのがいいのだが、ほどほどでなければ

 台風が来たせいか、今日は天気予報より涼しかった。
 予報の雨はほとんど降らなかったし、風も吹かなかった。

 このぐらいの雨と風ならば、暑い夏場にときどきは来てもらいたい。
 でもそれは、ないものねだりというものだろう。
 降るときは降りつづくし、降らなければカンカン照りがつづくだろう。
 だから夏は夏になって、稲もよく育つし、景気も保つのだろう。

 掃除をしなくても死なないし、風呂に入らなくても死なないし、暑くても死なないと思っていたが、今年は、暑いと死ぬのだと再認識した夏だ。

年寄りの親の年金を使い込んだら極刑

 年寄りの年金を使い込んだというニュースが、いつのまにか、年寄りが行方不明になっていて心配で、その責任は政府や自治体だ、ということにすりかわっている。

 行方不明になった年寄りなど放っておけばいいのだ。自分の親が行方知れずになったのに知らん振りしているような子供を育てた親は、そういう目に遭うのは自業自得なのだ。
 自分の親がどこに行ったかをどうでもよく生きている人間のことを問題にするのは時間の無駄だ。それは公共がわざわざ手を出すことではない。

 それに、行き方知れずになる権利は誰にでもある。どこかで野垂れ死ぬ権利も誰にもある。
 人様の持って生まれた権利をとやかく言うことは、誰にもできない。

 考えなければならないのは、親の年金を使い込む、それも行方知れずになっている親の年金を使い込むのは泥棒だぜ。
 もう死んでいるに決まっている人間に、公的な金を振り込ませるのは詐欺だし、それを使い込むのは泥棒だ。二重の犯罪をおかしているのに、誰も問題にしない。そういうのは死刑にしろ。

新潟市のサッカー場のコンサートに集まる人々を湘南の人と間違った

 昼過ぎにサッカー場の道を通ったら、混んでいて進まずに、そして新潟市民じゃないような格好の雰囲気の人たちが歩道をいっぱい歩いていた。
 なにがあるんだと思いながらのろのろと進んでいたら、歩道に交通整理の制服の男が持つ看板に、アルファベットでEXAとかなんとかのコンサートで、車はこのまま進めとか、どこかで曲がれとか、書いてある。
 そういう名前のグループがあったなと思いながら、歩道を歩くホットパンツから突き出た女の足をながめていた。

 それが、その足や腕や胸は、新潟市民の女の、ことさらセックス感をもろだしにする目的意識の醜い感じがしないのだった。
 どうしてか思ったのは、昔住んでいた藤沢辻堂茅ヶ崎のあたりの夏の風景を思い出したのだった。
 俺は間違ったのだ、一瞬俺は今、辻堂のアパートに住んでいて、今日は仕事が休みで辻堂海岸をオートバイで流しているのだと。

 だがすぐに妄想は消え去って、軽のバンを運転している俺は、仕事中なのだと自分を認識していた。

 さっきググッたら、そのアルファベットはEXILEというのであって、片仮名ではエグザイルというのであって、俺は名前は聞いたことはあって、その唄った曲も思い出して、たしかチューチュートレインとかいう世の中に受け入れてくださいお願いしますという軟弱な楽曲だったなと思い出した。もしかしたらその曲は違うのかもしれないが。

 そういえばボーカルの男は普段は髭面なのに、たしか政府主催の催しで唄うとかいうときに、髭を剃ったとかいうどうでもいいニュースを観た憶えがある。卑屈で軟弱な奴だなあと思った憶えがある。そういうときは髭など剃るなよ、いやそもそも政府主催のものなどに出るなよ、と思ったことがあった。
 しかしファンは多いらしいじゃないか。何も考えない大衆のファンが多いから、ああいうでっかいサッカー場に大勢集まるのだろう。

 だがあの催しは、税金から金は出ていないだろう。
 各自の財布から金を出しているのだろう。
 それは、いさぎよくて良い。
 俺には関係ないが、楽しんでくれと、そして新潟市民とは違った明るい素直な雰囲気の人間が集まっていたように見えたことは、俺は嬉しく見ていた。

ヤフーがグーグルになればグーグルは衰退するかも

 ヤフーがグーグルの検索の仕組みを取り入れると発表して、SEO屋たちはそれの噂話でもちきりだが、ユーザーの立場からすれば選択肢が減るのだから良くないことだ。
 SEO業者たちも、飯の種が一つ減るのだから良くないだろう。ホームページを出している側からしても、日本中がほとんど同じ検索結果ならば、下の順位のものは自分の検索順位を上がらせる要素が少なくなって困るだろう。上の順位のほうだって、いつ下がるかビクビクしながら過すことになるだろう。
 だから、ヤフーの検索制度はグーグルに比べて劣っていたけれど、それはそれで存在する意味があったのだ。

 しかしヤフーは、もう検索だのにビジネスモデルを頼らない信念なのだろう。
 今まで俺は、グーグルの検索制度を信頼していたから、俺の調べものはグーグルを使っていた。
 だがこれからヤフーもグーグルもほとんど同じ検索結果になるならば、もしかしてヤフーを使うかもしれない。
 ということは俺みたいな人間が、ヤフーに流れていくことになるかもしれない。
 それをヤフーはねらっているのだろうか。

 パソコンの性能も上がっているから、ごちゃごちゃしたヤフーをスタートページにして、ブラウザが立ち上がるのが遅いなんていうのもなくなるし。
 ということは、グーグルを開く意味がなくなっていく。

 グーグルは下請け会社に徹するのだろか。そういうビジネスモデルでいくのだろうか。
 だが、直接エンドユーザーに接してないと、グーグルでさえも、世間とずれるかもしれない。
 でもそれは日本だけのことであって、アメリカではグーグルの一人勝ちなのだから、俺の心配などグーグルは鼻で笑うだろうな。

上をへこませて下をとがらせてこころ

 ハート型というものがある。
 心臓とか、心とか、愛とかいうのをあらわしているマーク。
 日本のものではないだろう。欧米から入ったものだろう。たぶん明治になって入ったものだろう。

 江戸時代までは、心臓とか愛だとかいうのをあらわすマークというのはあっただろうか。
 そのころまでは、心臓などという臓器も、愛だのというあやふやなものも、ふだん意識しなかっただろう。
 心などという見えないものを、形にして喜ぶこともなかっただろう。

 しかしあの形はヘンな形だ。
 丸いわっかを、上をへこませて下をとがらせている。葉っぱに似ている。
 それだけのかたちなのに、それが心に見えるのだから、そして愛だのに見えるのだから、不思議なのだ。

 ※追記

 あさって八月十日はハートの日だそうじゃないか。今、日付が変わる時間にラジオで言っていた。そんなことは知らずに書いた。日にちに合わせてものを書くなんて馬鹿馬鹿しいことだ。今日ハートのことを書いたのは偶然だという言い訳で、誰に言い訳しているかというと俺自身に言い訳している。

リフォームブログ

 リフォームのブログを書いているが、すでに終わったことを思い出しながら書くのだからはかどらない。
『新潟市のリフォーム屋さんブログ』
 工事している中でデジタルカメラで撮った写真は、デジカメに100枚くらいたまったら、そのつどパソコンに移していた。工事中に全部で600枚くらい撮った。

 その中の250枚くらいを選んでブログにアップロードした。アップロードするだけで一週間かかった。写真一枚一枚に、見分けやすいようにタイトルを付けながらアップロードしたから時間がかかったのだ。

 ブログは、まず写真をそろえて、その写真を見ながら記事を書く段取りにした。

 でもそうすると写真に頼りすぎて、テキストが少なくなる。ということはSEOには不利だろうが、まあ仕方がない。

 まだ何日分しか書いてないが、少しずつ書いていく。

 ブログの記事がたまったら、その中の写真と文を使ってホームページを作る。

暑いときは出歩かないがよいこと

 今年は特に暑いといっているが十年前も三十五度が続いて驚いた憶えがあった。そのときはまだ自転車をこいでハローワークに職を求めに行っていた。そして建物の日陰で俺と同じような怠け者と傷の舐めあいをしながら缶ジュースをちびちび飲んでいた。
 そしてお互いに、自分の目の前の人間を軽蔑しあっていた。そうしてやっと、自分をむりやり立たせていたのだった。

 あれから十年たって同じくらいの暑さなのに体にこたえる。外に出たくない。たぶん生き物としては終わりの頃になっているのだろう。
 炎天下に自転車をこぐのは自殺するのと同じと思う。

 大雪で出歩くのは自分にも社会にも迷惑をかけると思うが、こんな暑さで出歩くのも、社会に迷惑になるだろう。
 こういう暑い日々は、大雪警報が出たと思って、家にこもって、普段読めない本を読めばいいじゃないか。

車はエアコンはかけない

 昨日、西堀の墓掃除から帰ってくるときに、俺みたいに運転しながら窓ガラスを開けている車がいるかと見ていたら、何百台、何千台のうちの四台だけだった。
 窓を開けながら走っているのを見たのは、駅前の東大通と明石通りが交わる信号だった。
 ドアに社名が書いてあったけれど、俺がその名前を知らない運送会社のトラックを運転している若い男のトラックが二台と、酒の配達のトラックが一台と、野球帽のツバを後ろにかぶっている、オンボロの軽自動車を運転しているまだ十代だろう男が運転している車が一台だった。その軽自動車にはエアコンはついていないように見えた。

 俺は車を運転していて窓を閉めていることはほとんどない。窓を閉めるのは雨と雪が降っているときだけだ。
 それ以外は窓を開けて風を入れながら走る。

 オートバイに乗っていれば、あたりまえだが外気に当たりながら走る。
 それが昔から当たり前だと思っているから、車を運転しているときも窓をあける。
 暑いときは暑いし、寒いときは寒いし、雨が降っているときは雨に当たる。
 そのほうが気持ちいいのだ。

 大昔、エアコンをきかせて車を走らせていて、目的地に着いてドアを開けた瞬間、やかんから吹き出る蒸気のようなむわっとした外気が自分の周りにまとわりついて吐き気がした記憶があって、それから車に乗るときは、エアコンをつけずに窓を開けるようになったのだ。

 運転しながら窓ガラスを開けている人たちは、車から降りたらすぐ体を使って働く人たちのようだ。

足の裏にイボイボは大切

 今年は雪が消えて春になって梅雨が過ぎて夏になっても、ずっとサンダルは履かなかった。
 雨が降る日が多かったからだ。
 それと春からリフォームを請け負って、今年は自分の中で季節が変わらなかったのだ。

 リフォームの仕事が終わって、そうしたらまわりの季節は一気に暑くなっていて、今日買い物に行くのにサンダルを履いた。
 健康サンダルはイボイボがあって、それが久しぶりに俺の足の裏を刺激するのだった。
 かゆいような気持ちいいような、初めてこのサンダルを履いた感覚を思い出していた。

 この感触は大切なものだ。健康にも良いだろうが、頭も良くなるような気がする。
 老人ホームに配ったらどうだろう。

アート教育テレビ

 きのう偶然観たのだが夜中の日にちが変わる五分前の教育テレビ。
「2355」というヘンなタイトル。
 すごいものだ。

 そういえば朝もそういうのをやっていたのを思い出していた。
 それが今朝また観た。
「0655」というタイトル。

 中身は夜中のと朝のとだいたい同じだが、朝向けのコーナーもある。
 あの番組はアートと呼べるぞ。

正直でなければ不利になる

 俺は正直さとオリジナルということを人生の二大ポイントで生きているが、なぜ正直が大事かというと、別に正直が良いことだと思っているわけではない。善悪の問題ではない。利害の問題だ。
 俺は嘘吐きをすぐ見分けてしまうのだ。
 人は自分を基準にして生きている。
 ということは俺以外の人間も、俺と同じように嘘を見抜く能力は高いと俺は思ってしまう。
 ということは嘘を見抜く人間たちに嘘をついたら、俺自身が不利になる。
 ということは、正直に生きなくては俺が不利になる、という単純なことだ。

 オリジナルがなぜ大事かというのは考えたことはない。
 単に好き嫌いのことだろう。
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