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徒然のブログ

つれづれの思いなどを

風邪が治ると気持ちが軽くなりすぎる心配

 今回ひいた風邪は症状は激しかったが、治るのも速かった。
 20日の夕方に雨にあたって冷えてひいた。それから21、22、23、24と潜伏期間があって、25日の朝に発症した。激しい筋肉痛と下痢がつづいて、25、26、27、28と寝込んだ。
 27日の朝には熱も下がって、筋肉痛は治り、28日は下痢だけになり、昨日の29日の昼には下痢もおさまった。
 今日30日はさわやかに過ごしている。

 潜伏期間の21、22、23と24日はまだ自分は風邪をひいたとはわからなかった。その四日間は今から思えばいろいろなことで自己嫌悪になって、自分を責めて、うつになっていた。
 これは風邪菌のせいで体が弱って、体もだるく、それが心のほうに影響していたのかもしれない。
 だが発症した25日には、うつは治って、というか、うつになるほどヒマじゃなくなって、関節の痛さ、筋肉の痛さ、胃の痛さ、体のだるさが重なって、ベッドの中でうんうんうなるしかなかった。だから何かを考えるヒマはなかった。

 今、風邪が治って、かろやかに爽やかに過ごしているが、爽やかすぎて、ものを考えられなくなっている自分をわかる。
 こういうときは、ふだんはオンナどもが嫌いなのに、嫌いなオンナに、ふいに考えなしに、好きだなどと言ってしまいかねないから、慎重に慎重に、重々しく生きて、そして用がなければ外に出ないようにする。外に出ても、用心する。

風邪治り

 やっと今日、下痢が止まった。
 朝一のものは水みたいだったが、それから九時ころに一回また水のようなのが出たあとは、今日はトイレに行っていない。おしっこも出ていないから体には良くないのだろうが、五日間も水が出っぱなしだったのだから、尿の元になる水分は体の中にはなくなっているだろう。

 下痢が止まったから昼から作業に出た。
 お客さんの目の前でする仕事じゃなかったから、病み上がりには精神的にラクだった。といって難しい作業を難しいまま結果を出そうとして、試行錯誤しながら何べんもやり直して結果を出した。誰も見ていないのに俺はここまでやるのだと思ったら、また全体の自分が自信過剰になりそうになった。
 だが自信過剰になりそうだなどと自覚するのは、気が弱くなっている証拠なのだろう。

 そして寝っぱなしだったから筋肉が減っているのだろう、歩くだけで、腕を振るだけで、その部分の自分の肉が存在を主張しているのがわかる。
 動かして、使って、また早く喧嘩上等の体と精神に戻したい。

 追記
 おでんと餃子を食べて、焼酎のレモン割りを二杯飲んで本を読んでいたら、十時すぎに、濃い目の色のおしっこが300ccくらい出た。安心した。

風邪の最終日にしたい日

 今日も下痢が止まらなかったから仕事に行かなかった。昼過ぎまでトイレ通いがつづいた。でもふしぶしの痛みはなくなったし、体のだるさもなくなっている。熱も下がっている。あとは下痢が止まってくれれば、仕事に行ける。

 昼過ぎになったら、下痢がやわらいだから、図書館に行って、きのうまでに十冊読み終えた作家の本を、別のを七冊借りた。あと三冊は予約してあるから、図書館からメールがきたら借りに行く。

 日月火と、今日の水曜の半分をベッドに横になっていたら、筋肉が減ったと自覚する。今朝、ラーメンを煮た鍋の取っ手を滑らせて落としてしまった。十センチ下の流しの中に落としただけだから、中身はこぼれずにそのまま食べられた。
 その後コーヒーを飲もうと思ってカップを用意したときに、同じように指から滑って流しの中に落とした。これも十五センチ下に落ちただけだから、カップは割れなかった。かるく洗ってからインスタントの粉とお湯を入れて、コーヒーを飲んだ。

 昔読んだ吉本隆明の本に、年をとったら風邪でもひいて何日か寝込むと、それだけで筋肉がおとろえて、元に戻れなくなると書いていた。それを身をもって体験した。といって体じゅうが痛いのに、だるいのに、ベッドのわきで体操をすればいいのだろうか。できない。

 今日は、朝からいつものように体から汗が出ている。汗腺も復活したのだろう。
 明日は、今までどおりに目を覚まして、外に出たい。

病気のベッドの中の読書

 今日も一日ベッドに寝ていた。体のふしぶしの痛みはおさまったが、下痢がつづいた。だるさも、まだある。
 一時間おきに腹が痛くなって、トイレに急いだ。水みたいなのが出るのがつづいた。トイレから出たら、出した水分の量をおぎなおうと思って、コップ一杯の水を飲んだ。こんなに大変な下痢は生まれて初めてのことだ。

 病気になって、よいこともあった。今、ある作家の小説を集中的に読んでいるのだが、一月前に図書館から十冊借りて、いつものように、つっかえつっかえ読んでいて進まなかったのが、ベッドの中で、少し眠っては目を覚ました時間に読んだ。昨日と今日で二冊読んだ。これで借りた十冊を読み終わった。
 明日は人に会わない作業だから、たぶん体も回復しているだろうから、仕事に行くつもりだ。その前に図書館に寄って、もう十冊を借りるつもりだ。一人の作家の本を二十冊も読めば、その人のことはわかるだろう。読み終わったら、ここに書こうと思う。
 この風邪は、かかってよかった。

風邪をひいた理由

 今朝起きても体じゅうがだるかった。一晩じゅう夢ばかり見て、一時間おきに目が覚めたのを憶えている。
 きのうと同じく全部の関節が痛くて、体が思うように動かないから、お客さんに連絡して、作業には行かなかった。一つだけ見積りを郵送する約束をしていて、それならできると思い、シャワーを浴びて出た。
 ふだん自分の健康に過剰な自信を持っていて、それは根拠もない自信なのだが、歩くだけでひざと尻の肉が痛いし、立っても体を真っ直ぐにしていることができない。
 こういうときは、なんと普段の健康とはありがたいものだと思うし、自分の体は特別に強靭な肉体ではないのだと、自分の自信過剰を自覚できる。

 咳は出ない。鼻水も出ない。クシャミも出ない。風邪ではないのかもしれない。だが一日に何回か、誰かにぎゅっと乱暴に握られたように胃が痛むし、下痢が続いて何度もトイレに入る。それほどの熱が出ないだけでインフルエンザの症状に似ている。そしてこの原因は覚えがあるのだ。

 二十日の夕方、雨が降っていた。台風が来ていたのだ。お客さんのところから帰るときにコインパーキングから出ようとしたら、中年の女が白い高級そうな乗用車で入ってきて、私の前に止まった。そこから私の隣のスペースにバックで入れようとするのだが、暗くて後ろが見えないからだろう、何べんやっても入らない。
 私は女の車が邪魔で自分が出られないから、車から出て誘導した。いつものイナカモノの決まりで、窓ガラスを閉めているから私がバックバックという声が聞こえない。やっぱりイナカモノは頭が悪くて無神経だと思ってイライラして、窓ガラスを叩いて、窓を少し開けてください、こっちの声が聞こえないでしょう! と少し怒鳴った。
 新潟市のイナカモノ女はムッとした顔をして、それから私が真っ直ぐ真っ直ぐと言っているのに、バックのときにわざとのようにハンドルを切った。だから駐車の枠に入らない。それを二十回はくり返した。
 十分以上冷たい雨に打たれて声を出しつづけて、私は体が冷え切った。

 そのあと女の夫が駐車場に入ってきた。女は夫を迎えに、このコインパーキングに来たというらしかった。夫もやはり田舎者らしく、こっちに挨拶もお礼も言うでなく、田舎者特有の不機嫌そうな無表情で車に乗り込んでコインパーキングから出ていった。
 ズックの中に雨がたっぷり染みこんで、私の靴下は冷たく濡れていた。

 しかし雨に濡れたのは私のせいなのだ。傘をさして誘導すればよかったのだから。
 しかしあの田舎者夫婦のせいにしたくなるほど、頭にきているのだ。

朝日町の道の駅と山道

 きのう体がだるいと思ったのは風邪を引いたからだった。
 今朝起きたら、いつもより腰が痛いし、肩も痛いし、ひじも痛いし、ひざも痛いし、ひじとひざからの筋肉が痛いし、尻の肉が痛いし、体じゅうの関節と筋肉が、毒素のある金属をねじ入れられたみたいにしびれて重いのだった。
 今日はオートバイに乗ろうと思っていたが、明日の作業ができなくなると思って、一日本を読みながら寝ることにした。横になりながら、九月十一日にぶどう峠を走ったことと、道の駅朝日で休憩したことを思い出した。

 道の駅朝日には、温泉なのか、ただのお湯なのか知らないが、風呂に入ることができるようになっていた。
 私は風呂には興味はないから、そこで餡パンを食べて休んでいたら、大型トラックが駐車場に入ってきて、トラックの運転手が車から降りてきた。運転手はシャンプーと石鹸とバスタオルを洗面器に入れたのを抱えて、鼻歌でもうたうようにしながら、お湯の建物に歩いていった。
 私はなんだか嬉しくなって、「いくらなんですか?」と大声で聞いた。
 運転手は自分が質問されたと思わないようで、返事をしなかった。
 もういちど、「風呂は、いくらで入れるんですか?」と聞いた。
「あ? ああ、ヨーンヒャクナンボかなあ」と私と私のオートバイを、珍しいものを見るように見ながら通り過ぎていった。その大型トラックは、岩手ナンバーだった。

 十五年くらい前に七号線から笹川流れに出る細い峠道を走ったのだが、そこをまた走ってみたいと思った。
 それで道の駅朝日に立て看板の大きな地図があったから、どこで曲がればいいか見当をつけて走り出した。

 いつもの方向音痴が出て迷ってしまい、スキー場に入る道で止まって、その近くの家に聞いた。
 一軒目は八十くらいの年寄りが一人でいて、わからないと言った。
 その隣は七十くらいの老婆が一人でいて、やはりわからないと言った。いや、わからないのは私だった。そもそも言葉が通じないようなのだ。そこはもう山形県の言葉に近づいていて、そのうえ特殊な発声のしかたと言葉遣いのようで、私には聞き取れなかった。
 その向こうに床屋があったから、入ってみた。
 背の低い六十くらいの女主人は、伸び上がるようにして大柄な老人の頭を刈っていた。老人の白髪は硬くてふさふさしていて、切っても切っても刈り終わらないように見えた。
 この二人の言葉は聞き取れた。もう少し行くとトンネルがあるから、トンネルの手前の左に入る道を曲がれば海に出ると教えてくれた。
 そして私が思っていた峠は、ぶどう峠という名前ではないらしかった。だからさっきの老婆と老人と話がかみ合わなかったのだろう。

 その峠は一車線くらいの暗い細い道がつづいて、スピードを出さないでもすむし、深い山の中の道だったから、エンジンの音で聞こえるはずもないのに、耳を澄ますと鳥の声や熊の吠える声が聞こえるような気がした。
 景色を見ながら走っているとあっというまに海が見えてきて、踏み切りを超えて笹川流れにぶつかった。それから左に曲がって新潟市に帰った。

肉嫌いになっている

 おとといから疲れがたまっているようなだるさを感じる。もう十日間肉を食べていないのだ。魚を食べているのだ。魚を食べたいと思うのだ。肉をうまいと思わなくなっている。年のせいなのだろう。

 でも今日は肉を食べておこう。豚肉だ。ビタミンBだ。
 焼肉弁当というのをスーパーで買ってきて、焼肉の肉だけを一切れ、皿に移した。
 他は、これも買ってきた赤魚の煮たのと、穴子ときすの天ぷらを食べる。野菜の天ぷらも多めに食べる。

生まれて死んで生まれるということ

 年をとったら死ぬということは、いつまでも生きていることは地球にとって宇宙にとってよくないことだということなのだろう。
 新しいものに変わるということが宇宙にとってよいことなのだろう。宇宙は新しもの好きなのだろう。

 年をとるとガンで死ぬことが多い。
 ガンは、お前は今まで生きることをよくやった、もうお前は自分の生きる使命をやりとげたから、次のものに交代せよということなのだろう。

 そしていったん分子と原子に帰って、他の原子と一緒に宇宙を飛行して、いろんな宇宙をめぐりめぐって、そして何万年か何億年かして、偶然と奇跡によって集まって、いつかまた生き物に生まれ変わる。それをくり返す。

日本酒飲みはじめ

 涼しくなったから、今夜は今シーズン初めての日本酒を飲んだ。
 cgcの2リットルで980円のだ。
 肴はスーパーで買ってきた、ブリの刺身と、昨日サンマを煮たのの残ったのと、今日焼いた鮭の切り身と、納豆と、ポテトサラダだ。
 野菜が少ないと思ったが、一日ぐらい野菜不足でも大勢に影響はない。

 しかし日本酒はうまいのだが、紙パックの半分ちかく飲んでも酔わない。冷やで飲むからだろうか。ビールと同じ速度で飲むからだろうか。それとも一人で飲むからだろうか。
 日本酒だけだと健康に良くないから、焼酎のレモン割りも一杯追加で飲んでおこう。

テレビはヒマだから台風のニュースを大げさに言う

 台風が近づいてきているそうだが、午後四時三十分に新潟駅近くの建物から車で出て、そのときは風はそれほどでもなかったのに、四時三十二分に駅前の交差点で止まったら、歩道を歩いている人の傘がひっくり返っていたり、向かい風の中を歩いているのだろう必死の形相で腰をかがめて前に進んでいるのが見えた。急に台風が近づいたのだろうか。

 帰ってテレビをつけたら台風のニュースばかりを喋っている。このあいだの三条加茂の大雨より雨の量は少なそうなのに、大雨大雨と叫んでいる。久しぶりに東京に、大風と大雨が来ているからだろう。今夜は日本に大きなニュースはなさそうだ。

 この台風は速あしだから、すぐ静まる。きちんと窓を閉めて、不要な用がなければ外に出なければいいのだ。

※追記
 夜八時のニュースを観ながら書くが、3.11と同じように帰宅困難者がテレビの中で大勢いた。
 同じことをやっていて馬鹿だなあ。日本人というのは馬鹿だなあ。
 馬鹿に同情しないよ。

 会社に泊まればいいじゃないか。なぜ何が何でも家に帰ろうとするのだ。
 大勢が一気に駅に集まれば、駅と電車はパニックになるに決まっているじゃないか。他人と同じことをすればいいと思っている人間がごった煮に集まっている場所、家畜根性の人間が群れている場所、東京。
 東京が自然災害に弱くて、自然の猛威に困っているのを見ると、嬉しくて、もっと困れと思う。

大震災は自分勝手な人間を増やした

 3.11の大地震大津波からこっち、リフォームでもハウスクリーニングでも理不尽な問い合わせがとても増えている。
 いろんな見積りを出させるだけ出させて、やるかやらないか知らんふりして音沙汰なしの人間や、十人二十人の職人を動かして大がかりな見積りを作らせて、今回は依頼しないことにしますと、上から目線の簡単なメール一つで終わらせる人間や、留守番電話に用件だけ入れて携帯電話と間違えているのだろう自分の連絡先を入れないで、返事が来ないぞと文句を言ってくる人間や、私が出したアイディアだけ盗んで、はいサヨナラと逃げる人間、そういう自分勝手なヤカラが本当に増えた。人間不信がさらに強くなった。

 そういう理不尽な問い合わせは、うちにだけ増えているのだろうか。私がそういう人間を引き寄せているのだろうか。そんなふうに思ってしまうほど、ヘンな私よりヘンな人間が近寄ってきているのだ。

 私は3.11の後、いつ死ぬかわからないのだから好きなことをしようと、またオートバイに乗りだした。
 それと同じで、いつ死ぬかわからないから自分勝手に生きようと思った人間が増えたのだろうか。増えたようだ。

すずしくなる味覚かわる

 きのうの最高気温は33度だったのに、今日は雨が降って一気に気温が低くなった。23度だったそうだ。
 おでんを買ってきて食べた。七ヶ月ぶりで忘れていた味だからか、それほど美味いと思わなかった。
 そして急にビールは飲みたくなくなった。

オートバイと稲刈り

 今日、昼からオートバイに乗って下田村の奥の八十里超に行った。
 三十年前に行った八十里超えは開通していなくて、公園みたいなのがあって行き止まりだった。
 年月はたって、もう舗装は済んでいるだろう、福島県に通じているだろうと見に行ったが、まだ道は通っていないようだ。それにこのあいだの大雨で道が崩れたかして工事中で、それで大谷ダムのわきで通行止めだった。

 その行きかえりで、田んぼは稲刈りの真っ最中だった。稲を刈った粉が空気中に充満して、ヘルメットの中にも容赦なく入り込んできて、息苦しかった。でも懐かしい匂いだった。
 稲刈りは田んぼごとに一台といってもいいぐらいに、大型コンバインが使われていた。公園にあるジャングルジムぐらいの大きさの機械に、中年の男が立ち乗りして、稲を刈っている。
 昔は端っこから往復しながら行ったり来たりしていたのに、今は渦巻きを外側から巻き込むように端から中心に向かって刈りこむ。なるほど、そのほうが効率がいいのだろう。

 しかし稲刈りに子供がいないのだ。
 家族で仕事をするでもない。
 中年の男とその息子の二人組か、老年の男と老年の妻の二人組がほとんどだった。一組だけ若夫婦というのがいた。子供のすがたはなかった。
 私は田植えは好きだったが、稲刈りは稲の粉が服の中に入り込むような気がして、痒くなるような気がして、嫌いだった。
 でも子供が稲刈りをしたことがないというのも、国家として弱くなると思う。
 私もバイクなどに乗って遊んでいるなら、ハチマキをして田んぼに入って、稲刈りをすればいいのに。でもしたくない。何かに申し訳ない気もする。

秋になっても暑いから飲む

 まだ暑いから秋の味覚というのを食べたいとは思わない。
 きのこ類とか鮭とか、おでんも。

 一時期すずしくなってからきゅうりの漬物をつくらなくなったけれど、またおとといから三五八漬けをつくるようになった。
 にんじんとピーマンも漬けた。

 夏よりもどうしてかビールを飲むようになった。
 今夜など2リットルも飲んだ。それでも酔わないから、酒としてはもったいない。
 腹がふくれるから、ものを考えれらなくなるし、これもよくない。

 昼間も、作業中に水分を2リットルは摂取しているから、秋の季節にしては体の水の出し入れが多い。

空調設備を使う迷いは、贅沢の迷い

 今年は九月になっても暑いのだが、九月になってのこれくらいの暑さは今までも何度かある。
 一番暑かったのは十五年くらい前の秋だった。
 十月二十三日でもクーラーをつけていたのだから。でもそこは転勤先の前橋のマンションの三階で、風通しは悪かった。

 おとといと昨日の夜にエアコンをつけようかと迷ったが、つけずに扇風機ですませた。
 眠りばなに二時間のタイマーで動かしたら眠れた。

 窓用エアコンだからオフシーズンは部屋の隅にしまうのだが、時間がなくて出しっぱなしで、だからエアコンをつけようかなどと迷うのだ。
 早くしまっていれば、こんなことは迷うことはないのだ。

心身が疲れると高所恐怖症になる

 このあいだの日曜日にオートバイに乗ったとき、70キロ巡航ができるようになった。
 その何日か前に、卑怯な人間を怒鳴りつけることを自分なりに後悔しないぞと悟りを得たのが、70キロで走れるようになった理由だと思う。
 70キロで走れるなど当たり前すぎて恥ずかしいのだが、実際に70キロ出すのが怖かったのだから仕方がない。そしてそれができるようになったのがとても嬉しい。

 しかし走り疲れた帰り道で高所恐怖症がひどくなっていた。
 水面から高い橋を渡るときは、横風で吹き飛ばされて橋から落ちるのじゃないかと怖くて怖くて汗が吹き出て、バイクを止めてその場でしゃがみこみたくなった。

 今日も高い階のマンションで作業していたのだが、夕方になって疲れてきて集中力がなくなると、窓の外を見たり、共用部の廊下を歩いたりしたとき、風が吹いたり、いや空から大男が降りてきてつまみあげられたり、そうして地面に落ちてしまうのじゃないかと怖くなって怖くなって、廊下でしゃがみこもうと思ったけれど、居住者が見ているかもしれないと思って我慢して、作業をしている部屋に飛び込んで、玄関にひざまずいて手をついて、何度も何度も深呼吸をした。

 だから私は高い階の建物で暮らすことができない。
 こういう高所で生活できる人たちは感覚が鈍いのじゃないかと可哀想になるほどだ。
 そのあとエレベータで一階まで下りたら、呼吸がらくになったのが自分でわかった。
 マンションの塀の内側の植栽で、地面の土から植物が生えているのが見えて、安心した。

いまだ封建社会の日本

 さいきん仕事で東北電力に問い合わせることがあるのだが、応対の悪さに何十回も怒鳴りつけても、それでも新潟市民特有の卑怯な強情さで直らないから、ちょっと責任ある立場の人間を呼びつけてぶん殴る代わりに怒鳴りつけた。
 その人間のズルくて卑怯な物言いで本当に殴りたくなったが、こらえた。

 帰り道で車の中で考えたのだが、電力会社は独占企業だから、客商売という意識はないのだなと思った。
 そしてなぜそういうことになるかというと、もっと考えたら、日本というのは本当の民主主義国家にはなっていないからだとわかった。

 民主主義ではないから、特権者が、民衆から銭を巻き上げるという特権を維持しようとしているのだ。それはたとえば税金であり、公金であり、ガス代とか水道代とか電気代とかの公共料金だ。
 だから日本は、無駄な税金や公金や電気代などが高いのだ。
 特権者たちは本当の意味で働かないでラクして儲かりたいと思っている。庶民もその真似をして、ラクして儲かりたいと思っている。日本国民のほとんど全員が泥棒根性なのだ。

 ではなぜ日本は本当の民主主義国家になっていないかというと、内戦を起こして血を流して特権者たちを殺さなかったからだ。
 日本の最後の内戦は西南の役だ。
 あれはイデオロギーの闘いではなかった。維新政府の内ゲバでしかなかった。
 だからその内戦で国民が主権になったわけではない。その後でも主権者は天皇だった。

 太平洋戦争が終わって主権者は国民になったというが、それはまがいものだ。
 なぜなら血を流す内戦で自分が戦って勝ち取った民主主義ではないからだ。アメリカ様から、形だけいただいた民主主義だからだ。

 その証拠に太平洋戦争が終わっても、天皇制は残ったし、官僚制度もそのまま残った。
 これが日本に本当の民主主義が生まれない原因なのだ。
 私は今上天皇個人と皇后様は好きだし、個人として尊敬もしているが、こういうことが天皇制に反対する理由なのだ。

 そして官僚どもは全員をクビにしなければならない。
 よく政治家どもが、官僚を使いこなさなければならないなどと、もっともらしく言っているが、それは間違いだ。
 官僚は全員解雇して、新しい日本を創らなければ、いつまでたっても真っ当な民主主義国家としてのいい日本は出来ないぞ。

 そのために五年くらいは経済が停滞するかもしれないが、仕方がない。
 だって今まで五年どころじゃなく経済は停滞しているのだから。

 民衆も、自分の手を血でまみれさせて勝ち取った民主主義ならば、民主主義を大事にしようとするだろう。
 そうすれば、民主主義を守ろうとして、ズルイことや泥棒根性は控えるだろう。
 自分以外の誰かに押し付けられたものだから、大切にしないのだ。

 だから本当の民主主義を創り上げて、今の電力会社もガス会社も、そして役所でさえも、独占している組織は解体して、特権者たちは殺して、自分の仕事の依頼者を幸せにしたという、ものごとの結果を出した人が恩恵を受けるという、スジミチの通った公正な、住みよい日本を作りたいなあ。

 でも特権者たちを、肉体的に殺せといっているわけではない。
 じゃあどうすればいいかというと、まだわからないのだ。

安易なリンク集めのSEOに喧嘩

 SEOは被リンクの数がものを言うのは変わっていない。いいコンテンツを作れば検索順位は上がると言っている人間もいるが、今の時点ではきれいごとだ。

 何十個の見知らぬ他人のブログにどうでもいいコメントをして、そこに自分の商売用のサイトのURLを貼ることをしている新潟市のリフォーム会社がいる。
 卑怯で醜い行為だ。
 何ヶ月か前にその会社に、そういうことはやめろ! 社長を出せ! と電話をかけたが、社長は出ていますと言われて切られたことがある。その後はその会社に電話をかけていない。面倒臭くなって、文句を言う元気がなくなったからだ。

 他にも、何十個のいろんなブログに提灯記事を書かせて、その記事からリンクを張らせている新潟市のリフォーム会社もある。SEO業者のセールスに乗って、安くはない金を払って、卑怯な細工をしているのだろう。提灯記事とリンクを買う会社も会社だが、そういう小ずるいブログを書く人間も人間だ。
 そのホームページは一時的に検索順位は上がったようだが、この頃は下がりはじめている。卑怯で姑息な手段はグーグルも見抜いて、順位を下げるのだろう。

 だが、知らないブログにその場限りの意味のないコメントを残して、そこからリンクを張るのに比べたら、SEO業者に金を払っていれば、そうやって対価を払ってリンクを買っているのだから、金を払った自作自演は、ある意味で潔い。
 だから凶暴な俺でも、対価を払ってやってる自作自演の会社には喧嘩は吹っかけなかった。

 だからやっぱりSEOは、コンテンツ作りにエネルギーをそそげばいいのだろう。
 しかし良いコンテンツとは何かということは誰にもわからないことだ。グーグルにだって、良いコンテンツとは何ぞやという定義づけをする権利も資格もない。
 それはたぶん、人を幸せにする中身ということだろう。でも幸せのかたちは、人それぞれなのだが。

人間は虫けら以下だと思う悟り

 今日もまたズルイ人間と関係を持って、長い口喧嘩をした。
 仕事で行ったマンションの管理人と、そして東北電力の社員だ。
 帰って、洗濯をして、夕食をつくって、食べて、ビールを飲んでも、気は晴れない。

 今夜は昨日と同じく月を見て飲んだ。
 ビールを二本飲んでみると月は顔つきを変えていて、俺のことなど知らんふりしながら上に上にのぼっていた。

 そうだ! ずるい人間どもなど無視して、上へ上へ行ってしまえばいいのだ。
 上というのは、形而上の上のことだが。

 今まで俺は、ずるい人間どもを虫けらだと思えば、こんなに腹を立てなくてもすむかと思っていたが、そう思っても腹は立って腹は立って、その後の自分のするべきことができなくなって、酒を飲んでもおさまらなくて、そうしていっぱい飲んで寝てしまうということになっていた。

 ああいう人間どもを救おうなどと俺はおこがましいことを思っていたのだ。だけどあいつらは、虫けら以下なのだから、もう無視だ。
 無視して、そうしてたまに気が向いたら、いじめの対象にして、イライラのはけ口にして、あいつらの落ち度を見つけて怒鳴りつければいい、そういう対象にだけすればいい存在なのだ。
 あいつらのことなどおもんばかっていたら、こっちの身が持たない。

 そういえばまた大臣が失言で辞任したが、放射能を移してやるとか言ったらしいが、そういう言葉は勉強ができない小学生のレベルの発言だぞ。
 そういう人間が大臣でございと言っているのは、そういう政治家を出している国は、そういう人間がほとんどだということだ。
 そういう人間をまともに相手にしていたら、こっちの身が持たないのだ。

 だから、無視するしかないという結論に達した。ほとんどの人間は虫けら以下なのだと思って、自分の精神を大事にするつもりだ。
 昨日の日曜日は楽しいこともあったのだが、それを書こうと思っていたのだが、人間のほとんどは虫けら以下だと思うに限るという悟りの方が大事だ。

 これを書いていたあいだに、月はさらに昇っていた。
 首を上に上げて見上げなければ、見られない高さで光っている。
 でも丸い自分の中に暗い影を残しながら。

秋の空にある音楽と文学

 今年の中秋の名月は明日九月十二日だそうだが、今夜の月も丸くて明るい。
 だから部屋の明かりを消して、テレビも消して、月を見ながらビールを一杯飲んで、それから焼酎を飲んでいる。窓の外から聞こえるコオロギの鳴いている音がシンフォニーみたいだ。

 月の明かりが部屋に差し込んで、窓の格子の縦の棒の陰が何本も畳に映っている。
 自分の手の平を見てみたら、感情線と知能線は見えたけれど、生命線はぼんやりしていた。

 酒の肴のトマトは黒くて、玉子焼きは灰色だった。白黒テレビを観ているようだった。
 明かりのない時代の人が見るのは、こういう色だったのだろう。

 月は、雲がかかったり晴れたりして、顔を出したり隠したりしている。
 明るい月の顔の影の形は目鼻に見えて、母親の顔に見えたり、昔好きだった女の顔に見えたり、大昔の自分の知らない先祖の顔に見えたりする。

 暗くなってすぐの月は、夜の空の天井に昇ろうとするスピードが速くて、すぐに見えなくなると思ったけれど、頃合いをはかってくれたのか、斜めに上の角度に上がってからの月は、その場所に丸くとどまっている。
 その場所にいる月は、雲に隠れたり顔を出したりをくりかえして、久しぶりとか、元気だったかとか、明るいねとか、こちらに声をかけているようだ。

 電気というもののない、強い部屋の明かりのない大昔の人は、こういうふうに月の言っていることを聞いていたのだろう。それが小説とか音楽になっていたのだろう。
 月が出て沈むまで約半日。
 そのストーリーは単純だけれど、コオロギのシンフォニーと、雲のかげりの陰影と、月じたいの昇りの速さが混ざり合って、十二時間の壮大な大物語になる。

新潟市は住みよいか住みよくないか

 とうとう新潟市役所がスケート場を作るという。
 これで私は新潟市を見限る。
 泥棒根性の人間ばかりがうじゃうじゃいる新潟市は住みにくいところだ。

 今日、マンションの十三階でハウスクリーニングをしたのだが、そこから見る新潟市は、見える範囲がすべて家でうまっていた。
 ここから見えるすべての土地で、びっしりと人間が住んでいるのだ。

 なぜなら新潟市という場所は、気候がいいのだ。
 冬は雪が降るが積もるほどではないし、梅雨の雨はそれほど降らないし、魚も野菜も食い物は美味いし、県内には米どころが多いからご飯も甘くて旨いし、そして私はそのコズルイ性格が嫌いなのだが、新潟市の女は和風美人が多い。
 これらは事実だ。

 十三階から見た新潟市の空気の色は、東京の同じくらいの高さのビルから見た空気よりも、透明で清潔そうだった。
 卑怯で根性が醜い新潟市民とかかわらないで暮らせるならば、こんなに住みよい場所はないのにと思った。

薬が効く体

 今年の夏に汗をかいたせいか、ももの内側に湿疹ができて、人からもらった韓国製のオイルみたいな薬を一ヶ月つけていたが治らなかったから、近くのドラッグストアでオイラックスPZ軟膏というのを買ってつけてみたら二日で治った。
 薬は小指くらいの大きさのチューブで980円だった。高いと思ったが買ってよかった。

 ふだん薬というものを飲んだりつけたりすることがないから、効くのだろう。
 しかし米粒三個分ぐらいの量しか使わなかったから、ほぼチューブの全量があまった。
 肌に塗った量を金額で換算すると五円くらいだろう。

弁護士資格依存者が増えるか

 ネットニュースで見たのだが、政府は弁護士資格者を年間三千人つくると目指していて、でも去年も今年も試験に受かったのは二千六百人程度だったという。
 人と人の争いの口喧嘩の代理人を増やしたいという意向が理解できないが、弁護士が増えるのも減るのも私にはどっちでもいいから、どうでもいい。

 だが弁護士商売のために裁判を起こさせたいとか、裁判を増やしたいとかいうのであれば、やめてもらいたい。
 弁護士のために裁判があるのではないのだから。

 弁護士資格を持っているだけの人間が増えるのはいっこうに構わない。
 資格を増やすのが趣味の人も大勢いるし。

 しかし、客のニーズが増えてもいないのに資格者だけが増える業界に入ろうとする人間は、頭が悪いどころか、精神がどうかしているぞ。
 資格に依存して生きようとする醜さ。

書くことは山ほどあるのに書けない理由は

 ブログでも何でも書きたいことは山ほどあるのに書けない。
 山ほどあるうちの、どれを書けばいいのか迷うのだ。

 迷っているうちに書く時期を逸してしまう。
 迷っているヒマなどないと思わなければならないのだろう。

 でも迷わないでどれを書けばいいのだ。
 それでまた迷う。
 それでまた書けなくなる。
 サイコロでも振るか。

サッカーを見ない日オーケー

 テレビでこのところ毎日、男子と女子のサッカーを交互に観ている。
 でも今日の男子サッカーはNHKの衛星テレビでしか観られないらしい。だから観ていない。

 中毒になる前に観られなくなるのはいいことだ。

※追記
 翌日に追記するが、試合の生中継は、夜中に地上波で放送したようだ。
 私が、放送する時刻とチャンネルを間違えたようだ。
 でも観なくてもそれほど残念と思わない。
 それはいいことだ。

ひとえまぶたのリーダーシップ

 なでしこジャパンの選手たちは一重まぶたがほとんどだけれど、なぜだろう。
 目が細くて、つり目の人が多い。
 そういう目の人は、運動神経が良いのだろうか。

 そういえば男子サッカーも、一重まぶたのつり目の選手が多いような気がする。
 サッカーだけじゃなくて、野球も、相撲も、ボクシングも、そういう目の選手が多いような気がする。

 一重まぶたは弥生時代に朝鮮半島から来た人なのだと何かで読んだことがあるが、朝鮮半島の人たちは人種の混血が少ないイメージがあるから、運動能力は低いと思うのだが、そうでもないようだ。
 日本は縄文人もいるし、弥生人もいるし、私の祖先のように南方系もいるし、その血が混ざって、いいぐあいにブレンドしていると思う。それはさして根拠もないし、自分勝手に思っているだけなのだが。

 キャプテンの澤の試合中の動きを見ていると、澤という人は、全体を把握する能力があって、世話好きで、自己犠牲の精神があるとわかる。リーダーにふさわしい人だ。それはサッカーの上だけのことかもしれないが。
 そして私は、スポーツ選手としての澤も、澤の顔も、付き合ったこともないが澤という人間を、好きになっているのだ。

放射線は台風でひろがるひろがる

 大型の台風がのろくさと居すわっていたから、フクシマの放射能も拡散されただろう。
 台風の風は左巻きに吹くというから、放射能はおもに岩手県、青森県、山形県、新潟県に広まっただろう。
 きのうまでの台風がいるときは雨は降らなかったが、明日から雨らしい。
 雨で放射能が流されてくれればいい。
 どこに流されるのかわからないが。

検索順位でない買われ方がいい

 今のところ自分のサイトの検索順位は満足している。でも手放しで喜んでいるわけではない。
 SEOというのはグーグルに媚を売るということであって、自分独自の土俵を作ってそこで勝負することではない。だからSEOを一生懸命頑張って上位表示されても、何だかむなしさが残るのだ。
 といって自分の見込み客にホームページを見てもらう手段は、今のところSEOが一番金がかからず確実だから仕方ないのだが。

 ブログやツイッターやフェイスブックやらの、ソーシャルなんとかというものでリンクされて見てもらうというのもありと言われているが、そんなものは内輪受けと楽屋受けでしかなくて、そして自作自演でしかなくて、それこそむなしい。

 一番正々堂々としているのは、利害関係のない見知らぬ誰かのブログやサイトからリンクされて、それで探し物の検索キーワードで順位が上がるか、あるいは検索順位は低くても、見知らぬ誰かのサイトからリンクをたどって見てもらえて、それで内容に共感してもらって、メールや電話でやりとりして信用してもらって、その後のやり取りの中でもっと信用してもらって、それで品物やサービスを買ってもらうというのがいい。難しいのだが。

やるべきことは明日にすると

 台風が近づいているせいか、九月になっても今日は暑い。
 九月なのにエアコンをつけた。
 涼しくて気持ちいい。

 エアコンの風にあたりながら、ビールを飲みながら、サッカーの北朝鮮戦を観ている。
 このだらけた雰囲気で生活していいのだろうかと、おそれる。お前にはやるべきことが山ほどあるのに、と低い声で誰かが言う。誰が言っているのかはわかっている。

 明日だ。明日にする。明日すればいいんだ。
 だがそうやって一生が過ぎていくのか?

震災時の安否確認はするな

 防災の日だから書くが、大震災のときには携帯電話も携帯メールもつながらないが、ツイッターは見たり発信したりできたそうだが、それがどうしたというのだ。
 ビルが倒れたり道が割れたり、ほうぼうで大火事になるほどの大地震で、身内の安否確認など無駄だ。
 生きていれば生きているだろうし、死んでいれば死んでいる、それだけのことだ。
 地震と火事がおさまったら、生きていればいつか会えるのだ。死んでいたら、その場で安否確認をしても意味がないじゃないか。

 地震があるとすぐに電話をかけたりメールをするのはやめてもらいたい。くだらないツイッターもだ。
 その場かぎりの自分の低レベルの不安感をなぐさめるために、社会の大事な設備と電気を使わないでもらいたい。

 そんなことをする暇があったら、そういうときは身内の家族の代わりに、身近にいる人で弱い人を助ければいいのだ。
 身内の弱い家族は、そういう時には、そういう人に助けられているだろう。
 近くにそういう人がいなかったら、自然のことなのだから、あきらめることが肝心だ。
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