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徒然のブログ

つれづれの思いなどを

回りながら出るすすむまわる

 時計の針というのは右回りだ。
 世界中の針が右回りだ。

 北半球だから右回りなのだろうか。
 水にできるうずみたいに北半球と南半球で回る方向は違うだろうか。
 そうでもない。

 人間の目や体が右回りになりたいのだろう。
 植物のつるはどっち回りだろう。
 赤ん坊は回りながら出てくるそうだ。
 おしっこも回りながら出る。うんこもそうだろう。

日曜の夜はテレビから離れられるか

 おととい大河ドラマが最終回だったが、やっと終わってくれた。
 観たくないけれど観てしまうことで日曜の夜を送っていた。

 なぜ観てしまったかというと、戦国時代をやっていたからだ。
 信長や秀吉を見たかったのだ。

 本能寺の変で信長が死ぬところや、大阪夏の陣で豊臣秀頼が死ぬところを見たかったのだ。
 今まで何回かテレビでやったそれらを、新しい役者が演じるところを見たいというのもあった。

 来年は平清盛だそうだから、興味はないから、観ないだろう。
 日曜美術館を観るかもしれないが、日曜美術館はここ何年かおもしろくないから、観ないだろう。
 ということは日曜の夜は、別のことができる時間になればいい。

新潟市にも橋下ほしい

 きのう橋下前知事が大阪市長に受かったが、ニュースでは接戦だといっていたから心配していたのだ。
 それが大差で勝ったから、大阪の人たちも、まともな心は持っていたのだと思った。

 これで思う存分改革をしてくれ。頼むぞ!

 私は何年も前から、新潟市の市役所の窓口で、新潟市の税務署の窓口で、新潟市の労働基準監督署の窓口で、新潟市の図書館の窓口で、怠けているし嘘を言って卑怯にずるく立ち回っている職員どもと口げんかをした後、「お前ら! 今そういうふうにいい気になって税金を泥棒しているが、何年かしたら、お前らクズども全員をクビにしてやる運動を起こすからな。覚悟しろ!」と何べんも何べんも怒鳴ってきた、ハハ。

 新潟市にも橋下市長と橋下知事が来てくれないかな。
 そうでなければ自前で見つけるしかないな。

死に真似

 誰かの真似をして書いてみると、
 泣きまねをしても死に真似をしても、ひとり。

イカかんたんゆで

 この頃はイカを煮たのをよく食べる。
 イカは一杯だけ買ってきて、チャチャッとわたを取って、足の吸盤を爪でこそげ取って、包丁で無造作に切れ目を入れる。一口大に手でちぎることもある。
 それをやっているうちに鍋にお湯をわかしておく。
 下ごしらえがすむ頃にお湯がわく。
 泡だっている湯に塩を一つまみ振ってから、イカを放り込む。
 イカの色素で湯は赤くなり、一分くらいするとまた泡が立つ。
 火を止めて、湯を捨て、手塩皿にのせる。
 わさび醤油だったりマヨネーズだったりで、味付けはそのときの気分だ。
 左手には日本酒だ。
 それにしてもイカはなぜ一杯と数えるのだ。

携帯電話の修理で怒鳴らなかったこと

 しばらく前から携帯電話の画面に横に細い線が入るようになった。
 一センチくらいのものだったから見るのに支障はないし、二月くらいほったらかしにしていたのだが、少しずつ伸びてきて、その上や下にも線が出てきたから、どういうことかとググってみた。
 よくあることらしくて、そのままにしておくと、急に画面が真っ暗になるという書き込みがあったから、仕事で使っているのだからそれはまずいと思って、ドコモに電話してみた。

 いつものように、ものごとを誤魔化して、そして無神経な対応で、また怒鳴ってしまった。
 電話ではわからないのかもしれないと思って行ってみた。それでも同じことでまた怒鳴った。
 何軒かドコモの店を渡り歩いたら、駅南のドンキホーテの一階の店がまあまあ良かった。
 ドコモには珍しく人妻らしい女が俺の相手をしてくれた。頭はそれほど良くなさそうだったが、新潟市民にしては客に対して気を遣っているのがわかって、怒鳴らずにすんだ。だからそこで修理に出した。

 一週間して、代車みたいに貸してくれた携帯電話に、直ったから来てくれという電話が入った。
 いくらかかったかを聞いたら無料ですと言ったから、そんなわけもないだろうにと腑に落ちなかったが、会話をすると相手の無神経な物言いにカチンときてまた怒鳴ってしまうことになるかもしれないと思い、そうですかと電話を切った。
 次の日に受け取りに行ったら修理代金は4980円ですと言われ、昨日の連絡でタダと言われたんですがねえ、と言ってみたら、シレッとして、いえ4980円ですと事務的に答えた。
 修理に出したときの女と別の女だった。新潟市民特有の、物を机の上に投げるように置く人間だった。新潟市民というのは躾がなっていないのだが、こいつもそうだった。
 その所作を見ていると気持ちが悪くなってまた怒鳴りつけてしまいたくなるから、そうですかわかりましたと金を払って出た。

 別に怒鳴らなかったことが良いことだと思っているわけではない。いつも大いに怒鳴るべきだと思っているのだが、そのときは、もう怒鳴るにも値しない人間ばかりだから、怒鳴ることがもったいないと思っただけなのだ。

競馬に学ぶバイク片手立ち乗り

 テレビの競馬番組で騎手が馬に乗っているのを見たら、騎手のひざは馬の背中に八の字型にぴったりと当てられていて、そうか私のオートバイの細いタンクのニーグリップは、ひざを極限までしめればいいのだと思った。
 昨日の勤労感謝の日の午後、天気がよかったから二時間くらい乗ったのだが、立ち乗りのとき意識してひざで細いタンクをはさんでみた。そうしたら立って乗ってもニーグリップができた。足先を開かないで内側に向けるようにしたら、もっとひざをしめることができた。
 そういえば競馬は、レース中はすべて立ち乗りなのだ。尻をついていることはないのだ。そして最初から最後まで内股にしてひざをしめて、馬の背をニーグリップしているのだ。

 最終コーナーを回った直線は、騎手は右手でムチを持って馬の尻を叩く。ということは左手だけでたずなを持って立ち乗りしている。立ちながら片手だけで馬が走る大きな振動の中で乗っているのだ。ひざと腰とひじと、肩も首も全部の関節をやわらかく動かしながら片手立ち乗りで馬をあやつっているのだ。
 それを真似してオートバイの立ち乗りで片手離しをしようとしたが、怖くてやめた。今度練習してみようと思う。

人は死ぬことを教えてくれる何人目かの談志

 立川談志が死んだそうだが、談志でも死ぬのだなと勉強になった。
 落語は大の大好きなのだが、落語家というので好きな人はいない。
 落語は無名性の芸能だと思っている。テキストが主だと思うのだ。テキストの内容で、人間の本当のことを教えてくれる芸能だと思うのだ。
 だから落語はテキストが主であり、話者は従だと思うのだ。
 落語を好きになったのは、落語を聴いたのではなく、落語の本を読んだのがきっかけだったからだ。
 中学校に入ったばかりのころ、いとこの落語の文庫本を借りて読んで、落語とはおもしろいものだと思ったのだ。
 それから古本屋で落語の文庫本を何冊も買った。そして毎日眠る前に布団の中で読んだ(だから目が悪くなった)。

 談志は好きでも嫌いでもなかったが、どうしてか死なない人のような気がしていた。
 ガンになって長年たっていて、ときどきテレビに出て好き勝手なことを言って、そしてガンでも死なないのだから、談志は死ぬことはないような気がしていたのだ。

 それでも死んだから、談志も人間だったかと思った。
 ということは俺でもそのうち必ず死ぬのだと再認識させてくれた。
 ありがとう。

ぶり大根をつくりたい

 このあいだ豊栄で買った大根が美味いので、半分残った大根をつかってぶり大根をつくろうと思った。
 スーパーにぶりを買いにいったら、ぶり大根用というシールが貼ってあるA4くらいの大きさのパックに、切り身が四切れ入って、切り身の下にがらはあるのだが、がらが少なくてよく見えないパックが売っていた。598円だった。

 そんなに大量のものをつくろうと思っているわけではない。
 それに切り身は要らないのだ。
 がらというか、ぶりのあらでぶり大根をつくって食べたいのだ。
 ぶりは切り身より、あらの方がうまいのだ。

 だからぶりは買わずに、秋鮭のあらを買ってきて、ぶり大根と同じようにつくってみた。
 それほどうまいものではなかった。
 またつくりたいとは思わない味だった。

 だけれど一緒に買った秋鮭の切り身を炒めて食べたのはうまかった。
 秋鮭のあらはもういいから、ぶりのあらだけを入れたパックで、150円くらいで、無造作に売られているのを買ってきて、ぶり大根をつくりたい。そういうのを食べたい。

ブータンに行ってみたくなる

 私はいつも言っているように公務員というのは、業務で死ぬ可能性があるという自衛隊と警察と火消しの消防隊とそして司法関係者と国際外交関係者だけであるべきだと思っているから、自分の命を張っていないのに税金・公金で飯を喰っている泥棒根性の人間たちを軽蔑しているし、それを許している制度を憎んでいるが、お国の税金で暮らしていてもブータン国王は人間個人として尊敬できると思った。
 国のセールスマンとして見れば、そのパフォーマンスは素晴らしかった。あの国王の顔つき目つき、言葉、立ち居振る舞いで、日本人は幸せな気分にしてもらえたのだから。

 これで私をふくめて日本人は、ブータンに何かあったら助けたいと思うし、ブータンの人と仲良くなりたいと思うし、いつか旅行に行きたいと思うだろう。
 それはこれからの日本にとっても将来のブータンにとっても幸せなことだ。
 彼は、それこそ自分の国に国益をもたらした。

 国王は自分の仕事の結果を出したのだ。
 そのことでも私は尊敬してしまう。堂々と王様であっていてほしいと思う。

地元野菜を買う売り場

 このあいだ仕事で豊栄方面に行ったときに入った大きな八百屋はよかった。とよさか元気村というところだ。
 大根やニンジンや里芋やらが安くて新鮮だった。でも安いといっても一袋で二十円くらい安いだけだが、安い。そのくらいの値段ちがいでも安いと思いこむのは、私がケチなのだろう。
 野菜の新鮮さは、新鮮なようだ。食べてみたら水分の量が多いようだ。

 一番は、売り方が買いたくなる売り方なのだ。
 その野菜のカゴに、生産者の顔写真が貼ってあって、名前もちゃんと書かれている。誰が作った野菜だというのがわかる。責任が明確になっているということが安心感につながっているのだろう。
 大根とニンジンをおでんに煮て食べた。気持ちの問題なのか、みずみずしく甘かった。

 だが遠いところにある店だから、毎日行くわけにはいかない。
 少し安いといっても、ガソリン代と時間をかけて買いにいけば高いものにつく。
 だからあっちに行ったときに買ってくると、いい買い物になると思う。

サッカーは国際試合だけは観たい

 Jリーグをテレビでやっていたが観たくはなかった。それなのに国際試合は見たいのだ。
 国と国との戦争の代わりにやっているから、戦いへの意気込みが、やる方も見る方も違うのだろう。

 Jリーグの選手の動きは醜いのだ。遅いし、結果を出そうとする意気込みも低い。
 国際試合の選手の動きは死に物狂いという言葉どおりに見える。
 それは非日常の感覚にひたらせてくれる。
 だから観たいのだ。

寒いときはバイクに乗らないようにしてしまう弱い

 昨日は晴れたからバイクで打ち合わせに行った。でも寒かった。バイクのわきでお客さんに携帯メールしていたら、寒くてふるえた。
 今日も降らなかったからバイクで出ようと思ったけれど、外は寒いから車で出た。
 肉体も精神も弱っちくなっている。
 でも風邪をひくよりいいと思っている。でもそれは言い訳だろう。でも言い訳でも風邪をひいたらお客さんたちにも職人さんたちにも仕事で迷惑をかけるから、寒いときはバイクに乗らないようにしている。さみしい。

ぶり寒さ

 さっきスーパーで半額になったぶりの切り身三切れを買ってきて炒めた。そして一切れ食べた。
 ぶりは臭くなりやすいから買ったらすぐに炒めておく。
 三切れいっぺんには食べたくないから、ラップをして冷蔵庫に入れておく。

 子供の頃はぶりなどは正月にしか食べたことがなかった。
 正月に鮭の焼いたのと、ぶりの刺身はおいしくて、ご馳走だとおもっていた。
 普段の日は、ぶりなど食卓には出なかった。
 食べる習慣がなかったのもあるが、値段も高いものだったのだろう。

 さば、いわし、にしん、いか、そういう魚をよく食べた。
 その頃は、ぶりという名詞も知らなかった。

 それが今は、ぶりなどは安いものだと思っている。
 でも、ことさら美味しいものだとも思っていないのである。
 ぶりの値打ちが落ちた。こちらの舌の感度も落ちたのかもしれない。
 だけれど冬が近くなって寒くなると、ぶりを食べたくなるのだ。

今年の空気が冬になりそう

 昨夜からあんかを入れた。
 足先がほかほかする。
 そうすると体もほかほかだ。
 布団をめくると空気はトゲトゲだ。
 今年の季節は、もう冬になる。

相手の国を憎めば国際試合はおもしろくなるのだろう

 サッカーの北朝鮮戦を途中から見たが、日本が最後まで差し込まれた試合を久しぶりに見た。負け試合も、一番近いそれはいつだったか忘れたぐらいだ。そしてそういう試合もおもしろいものだと思った。
 しかし北朝鮮という国に直接触れることがないから、憎むという感情がおきない。一回も北朝鮮の人と会ったことがないのだし。

 むしろ韓国人には何回か嫌な思いをさせられたことがあって、嫌な感情がある。
 北朝鮮の人たちに接したことがないから、嫌いだとか好きだとかいう感情が起きないのだ。顔かたちは似ていても、遠い遠い国の人に思うのだ。
 キムジョンイルやらの国の上層部にしいたげられている庶民の人々は可哀想だと思ってしまうし、北朝鮮の庶民の人々を憎むという感情はない。
 でも北朝鮮の人と接してみれば、たぶん嫌な思いもして、北朝鮮を嫌いになるのだろう。
 そうするとサッカーの国際試合も、もっと熱を入れて見てしまうのだろう。

災害がおこった時の情報は全部を速やかに出せ

 さっきのニュースで、大地震や大津波がおきた時のテレビやラジオの情報は全部は出さないほうがいいなどと言っていた。情報が多すぎると人々が混乱するからだそうだ。
 馬鹿か!
 混乱などしないぞ。たとえ混乱して誤った方に動いたとしても、それは自己責任だ。
 本来の情報を得られず間違って死ぬよりよっぽどいい。それは自分で考えて選んで死ぬのだから。

「情報は絞って出した方がいいと思います」などと東工大とかいうところの馬鹿教授が言っていた。
 そんなことはお前ごときが決めることではない!
 お前は何様のつもりだ?

 こういうふうに、自分は頭がいいと、自分は特権者だと、勘違いしている人間がウヨウヨうごめいて、うごめきながら税金と公金を食い物にしているのだから、疲れる。
 そういうことを勘違いしていることで頭が悪いと知れるし、税金公金から報酬を取っていることで泥棒根性と知れる。たかが記憶力競争がちょっと上手だっただけで、組織の中で足の引っ張り合いが上手だっただけの人間が生意気を言いやがるから腹が立つのだ。

一階なら高層マンションでも暮らしやすいかも

 このあいだマンションの一階の部屋にエアコンクリーニングに行った。
 そういえばマンションの一階の部屋に入ったのは初めてだ。
 ベランダから向こうは芝生のちょっとした庭があって、その前に道路が見えて、視界に自然な広がりがある。
 だからそこは一戸建てだと思って、いや勘違いして、低くて安心したのだった。

 そのすこし前に高い階の部屋にハウスクリーニングに行って、その部屋に行くための廊下から見える外や、ベランダから見える外が、高くて高くて足がすくんで歩けなくなったのだ。
 その高層階に住むお客さんは、「眺めはいいですよ」と言っていた。
 しかし高所恐怖症という精神的欠陥がある私は、もう高層マンションには行きたくなくなっている。

 背の高いマンションでも、一階の部屋なら安心して外をながめられた。
「一階は高くなくて怖くないし、庭もあるし、いいもんですねえ」と言ったら、
「道を通る人と目が合うのが困るんですけどね」とお客さんは笑った。

円高でも円安でもどっちでもいい

 今、歴史的な円高といっているが、日本が円高メリットで世界に対して何かしたかというと何もしていないようだ。
 国内をみると円高だからガソリンが安くなったわけでもないし、電気代やガス代が安くなってもいない。肉類も安くなってもいない。輸入魚も値段は据え置きだ。
 ということはどこかで誰かが不当に儲けているのだ。
 マスコミはそういうことは言わない。

 ということはマスコミや政府は円高では困ると言っているが、円高だろうが円安だろうが、どっちでもいいということだ。
 円高がずっと続くわけでもない。
 国債がこれだけあって、既得権益者が不当に金儲けをしていて、社会全体に無駄なコストが重なって、だから何年かすると日本経済は破綻するだろうから、そのときは大幅な円安になるだろう。
 そのときは日本ぜんたいが破綻しているだろうから、今みたいな贅沢はできなくなるだろう。税金と公金を使って無駄な延命もできなくなるだろう。自由診療になったとしても、そういうことに金を払える層はほとんどいなくなるだろう。
 自分が生きて死ぬことを、今よりもっと考えることになるだろう。

自分を表現しているSaori Yuki

 ネットニュースで知ったが、由紀さおりが外国のバンドに見初められて(?)一緒にやった楽曲のアルバムがアメリカやヨーロッパで売れているそうだ。
 YouTubeで聴いてみたら、すばらしい。
 私が子供の頃にテレビでよく聞いていた歌謡曲のもよかったが、これはもっといい。
 童謡を唄っていたのは、やらされているように聞こえていたが、これは自分で自分を表現している。聴いていて尊敬するくらいだ。もちろんボーカルも聴いていて気持ちいい、Mas Que Nada。

しらすはレンジで

 しらす干しはちょっと煮て食べていたのだが、電子レンジでチンしたら簡単だった。
 しらすが入ったパックに、さかずき一杯ぐらいの水をたらしてからチンした。
 食べたら思ったより塩っぱいけれど、いつもよりしらすの味が濃い。
 酒の肴によい。

人はちがう 人がちがう ちがうは人

 イタリアの遊び人みたいな首相が辞任するそうだが、他国の首相ならああいう人間でもいいというか、見ていて面白いからもっとやれと思ってしまう。
 自分の国の政治家があれだったらぶん殴りたいと思ってしまうから、イタリア人がああいうのを首相にしていたというのはイタリア人というのは俺とは違う人種なのだと改めて思う。
 ということは国がちがえば人もちがうのだ。
 国だけじゃない。同じ国でも海をへだてれば人も違うし、川をへだてただけでも違う。
 地理的なことじゃなく時間をへだてても人は違うようになる。
 ということは隣にいる人間も、まるっきり俺とは違う生き物の考えをしているかもしれない。鼠みたいかもしれない。蛇みたいかもしれない。生き物でさえなく、機械みたいかもしれない。

新潟市というのは海の底か新潟県では一番辺鄙な場所だった

 ネットで、平安時代の寛治三年の新潟平野地図というのを偶然見つけた。
平安時代の新潟県の古地図・湾になっていた上の全体図の右側が切れているから、西側の部分を下に載せる。
平安時代の新潟県の古地図の右側・西側
 これを見ると、三条、白根、亀田、新潟市は、海の底だったのだ。
 南とか西とか東とか、蒲原郡といわれるところは、海か沼だったのだ。

 今の三条市から加茂市、田上、新津への道、403号線が通っているところが海岸線だとわかる。そういえばあの道は片側がすぐ山で、その反対側は一面平たい田んぼだ。
 これでなぜ新津や古津が海から離れているのに津という字が使われているのかわかる。沼という字もある。潟という字もある。

 弥彦山や角田山のような海ぞいの山や、その高いつらなりが、長い半島のように突き出していたのだ。その先っぽが新潟という潟や沼だったのだ。新潟市というのは半島の先っぽであり辺鄙な場所だったのだ。
 この大昔の地図には著作権はないだろうから、画像を載せさせてもらう。この地図をときどき見たいのだ。

哲学などという言葉を使うな

 野田総理が外国で、日本の消費税を上げると演説したそうだが、これは財務官僚の差し金だ。
 頭が悪くて浅はかで卑怯な官僚どもの言いなりになっている時点で、野田はダメだ。
 自分でものを考えないのだから。

 それは哲学がないということだ。
 哲学とは、自分自身で、死ぬほどものを考え抜くということだ。
 とくに、人間とは何か、自分が生きて死ぬということはどういうことか、という答えが出ない問いを、血の小便が出るほど考えぬくということだ。
 だから古今東西、女の哲学者はいないのだが。

 野田も、他の政治屋と同じく女の腐ったような人間なのだ。駄洒落を連発して得意がっている人間なのだ。
 せめて恥ずかしげがあったら、自分の言動で、「哲学」などという言葉を使うなよ。

TPP・国益より優先する人間としてのラディカル

 TPPに反対しているのはどういう人間かというと、税金や公金でメシを喰っている人間だ。
 農業関係者、とくに農協の関係者。農協には税金がジャブジャブと流れている。そして農民は農協におどらされている。
 医療関係者。医療の業界には、たっぷり税金と公金がそそぎこまれている。世の中の人間は他人の金で無駄に医者がかりして、医者の方も、コスト意識などなく、他人の金で、出した結果以上の報酬をむさぼっている。病院を造る金もほとんどが税金だぞ。
 教育関係者。大学には国立公立だけでなく、私立大学にも税金がおくられている。ここに巣食う人間どもも、仕事の結果を出すなど考えたこともなく、日々他人の金にたかって生きている。
 建設、土木業界関係者。これはほぼ百パーセントが税金でメシを食っている。だからその体制を続けようと、もっと税金をむさぼろうと、昔から地方議員から国会議員まで、業界ぐるみで土建屋上がりを送り込んでいる。議員を見てみろ。頭の悪い損得勘定しかしない土建屋の成れの果てがほとんどだから。
 これら社会の寄生虫たちが住んでいる業界関係者どもが、TPPを反対だと言っているのだ。今の、自分が社会にたかることができる体制を続けたいというもくろみなのだ。

 寄生虫がいなくなれば世の中は住みやすくなるし、真っ当なスジミチで世の中は回っていく。
 そうすれば、寄生虫どもが食いつぶすコストの分だけ、世の中の人の暮らしは良くなる。
 そのためにも、TPPは突破口の一つのきっかけとしてやらなければならない。
 これは国益がどうのこうのという損得勘定の話ではないのだ。人間としての根源的な真っ当なスジミチの話なのだ。

バイクのうしろ姿

 きのうの十一月四日と今日の五日、晴れてあたたかかった。
 週間天気予報でもそういっていたから、久しぶりにオートバイに乗ろうと思っていたのだ。
2011.11.4バイク後ろから
 これは昨日、村松から49号に出る道、290号線。左に290の標識がある。
 田んぼに向かっておしっこをしてから、持ってきた酢入りの水割りジュースを飲んだ。

アルゴリズムでSEO業者つぶし

 グーグルのアルゴリズムに新しい要素が追加されたそうだ。
 ホームページの鮮度を重要視するらしい。
 自分のサイトに手を入れて、頻繁に更新しているかが大事だということなのだろう。
 被リンク重視から、コンテンツ重視へ移行するための、ひとつの方法なのだろう。
 良いことだ。
 これで、自作自演で作った何十個、何百個のサイトからのリンクも意味をなさなくなるだろうし、チンピラSEO業者から安くもないリンクを買う行為も意味がなくなるだろうし、日本中の下劣で卑怯なSEO業者どもがつぶれていくのを見たい。
 あいつらは、悪徳リフォーム業者や、悪徳ハウスクリーニング業者と同じように潰さなければならない。

 だけれど、うちのホームページを更新しないでおこう。
 そうしたら順位が落ちるかどうかを試してみたい。
 今まで一月に一回はトップページを更新してきたが、二ヶ月は何もせずにそのままおいてみる。

いといがわ美しいひびき

 糸魚川に住みたいという気持ちが消えない。
 糸魚川は神秘的なところだと思うのだ。
 ヒスイがとれるところだからか。
 新潟県で一番暖かいところだからか。

 何十回も行ったところだけれど、泊まったことはない。
 糸魚川という文字も響きもいい。

祖先は猫

 猫には模様のちがいがいっぱいある。
 黒、白、三毛、トラ、茶、グレー、サビ。
 顔つきもよく見ると、それぞれちがう。
 つり眼、丸目、長顔、丸顔。

 猫は、自分の顔つきや毛の模様は知らないだろう。
 でも他の猫の模様の違いはわかっているだろう。
 目の形や色の違いを見分けているだろう。
 見た目の模様で、もてたりふられたりすることはあるだろう。

 見た目だけでなく、性格も一匹一匹ちがう。
 性格でも、もてるのとそうでない猫がいるだろう。
 人間に似ている。
 人間は猫から進化したのだ。

夜のバイパスのスピード

 一年ぶりか二年ぶりに夜のバイパスを走った。
 夜九時ころの新新バイパスは車も少ない。
 制限速度が七十キロになったが、とくにスピードを上げて走ることもない。いつもどおり六十五キロから七十キロで走る。
 だけれど私を追い越していく車は多い。それは夜で道がすいているからか、十キロよけいに出せるようになったからか。

 いつもならもう飲んでいる時間なのに、自分の体が前へ前へと移動しているのだと、頭ではわかる。
 夜だからスピード感はない。前に進んでいる感覚はないのだ。シートという椅子にもたれてすわっているからか。
 だけどまわりのビルの光が次から次へと後ろに飛んでいくと、ああ、自分の時間は、前へ前へ流れているんだと、わかる。

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