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徒然のブログ

つれづれの思いなどを

春の初めのバイク

 また久しぶりにオートバイに乗った。
 銀行へ支払いに行ったり、買い物に行ったりで乗った。

 曇っていたけど、小粒の雨も降ったけど、気温が18度になるとネットの天気予報で言っていた。
 エンジンはセル一発で目覚めた。

 おつかいで乗るから、準備運動の8の字走行はしなかった。体の柔軟体操もしないで乗った。
 でも暖かいから、バイクのシートの上で手足も背骨もよく動いた。

 帰りに海沿いの道を走った。
 波が静かだった。
 海の空気は甘くて苦い味で、若い女の髪の匂いがした。
 匂いは鼻の奥で湿って、むずがゆくなった。
 春になったのだと思った。

ガレキはその場所で何とかしろ

 震災地のガレキを日本のいろいろなところに運ぶことが、それがいいことなのかどうかを考えてきたが、よくないことだと思う。
 放射能が怖いということではない。ガレキに少しぐらい放射能があったとしても、それは一時的なことだから、時間がたてば薄まる。福島以外の瓦礫なら放射能は気にしなくてもいい。フクシマのように原発からいつまでもジュクジュクと出ているわけじゃないのだから。
 広島だって長崎だって、一発の原爆の放射能は、もう人体への影響はない。

 問題は、ガレキを運ぶ手間が無駄なのだ。
 税金でやるわけだから、誰も直接痛みを感じないところが危ない。誰かが手間賃を負担してくれると思っているのだろうが、回りまわって自分のふところから出すことになるぜ。

 被災した地元で処理していると何年もかかるというが、政府の言うことは信用できないのだから、地元で処理しても、思ったほど時間はかからないだろう。

 むしろ早すぎる復旧は、よくない。
 どういうふうに復興するかを、よく考えながら、仕事をするほうがいい。
 といって大掛かりに、税金を使った、無駄な復興は、やめろよ。
 五年から八年ぐらいをかけて、どういうかたちに、戻して、つくるか、考えながら、やるほうがいい。
 だって千年に一度ぐらいの大きな災害なんだから、千年に一度のことが、二、三年で元に戻るはずがないじゃないか。

 それからガレキ処理を日本じゅうでやれば、日本人のキズナとやらがしっかりできるなどというが、それもそうだな、それも大事かな、と思ったが、絆とはそんなことでしっかりするものではない。
 別に無駄なことをすることが絆作りをすることにはならない。

 だから、ガレキは地元で処理するほうがいいのである。

 そしてガレキ処分をすれば政府から金が出るから、よその自治体はこっちに持って来いというのだろうが、それはオオヤケの金を欲しがる泥棒根性だし、政府から金が出なければ持って来いとは言わないだろう。
 公金を出すほうも、もらおうとするほうも、田舎者根性で、泥棒根性で、下品だぜ。

春の彼岸に雪が降った

 目が覚めてカーテンを開けたら、春分の日なのに雪で真っ白だった。
 十センチも積もっていた。
 こんな年は初めてだ。

 出る前にネットで新潟県のあちこちの道路の映像を見た。
 新潟市と新発田市だけが雪が降っていた。

 昼過ぎまで降っていた。
 タイヤを替えなくてよかった。
 天気予報は明日も降るといっている。

黒人を思ったこと

 新潟市でもときどき黒人を見ることがある。そのときどうしてか気持ちがざわつく。
 黒人が一人か二人でいるのを見たときは、正直汚いと思ってしまう。
 三人以上かたまっていると、怖いと思う。
 それが、一人でも何人のときも、半ズボンとタンクトップでいると、腕や太ももがあらわになっていると、そしてとくに、夏で太陽がカッと照りつけている場所で見ると、カッコイイと思うのだ。

 色は暗いから、どうしても排泄物を思ってしまう。でも手足の長さと、身のこなしと、筋肉の発達した肌の光を見ると、自分の肉体で負けていると思って、怖さと一緒のあこがれを思う。
 とくに夏の突き刺すような日差しの下の黒人は、光にはえて、強く見える。それが美しく見える。
 暗い部屋にいる黒人は、セクシーなのだろう。
 黒人と握手もしたことはないけれど、黒人の女とキスしてみたい。

吉本隆明死んだ

 今朝、吉本隆明が死んだそうだが、もういい年だったから、ああそうなのか、と思った。
 高校生のときに、タイトルも中身も難しそうだから、そういう本を読む俺はカッコイイだろうと思って、吉本の文庫本を二冊買ってみたら、ほんとうに難しくて最後まで読みきれなかった。
 吉本の詩も、小むずかしい言葉が並んでいるだけのお経みたいなもので、これも読みつづけたくないと思った。だからそれらの本の背表紙は、俺の本棚の飾りになった。
 それで俺はミーハーな人間なのだと、自分で自分を発見したし、俺はもともと頭のいい人間ではないのだとわかった。
 でも吉本も、その本を読むとミーハーだとわかるし、それほどカミソリみたいに頭脳明晰じゃないとわかる。読めばわかる。

 吉本の書くことがわかるようになったと思ったのは、この十五年ぐらいだ。
 それは吉本が海でおぼれて死にかけたか、自分で老いぼれたと自覚したかして、書く言葉が簡単な語彙を使うようになったからだろうし、自分の身体から発する、自分の身体が思ったことを、わかる言葉で書くようになったからだと思う。何かをあきらめたのだろうとも思う。
 そしてその頃から、俺の理解力もすこしは上がったのだろうと思う。

 吉本隆明の書くもので一番学んだのは、自分独りから考え発して、自分独りの精神で、立って生きることだ。それが人間が生きることで一番尊いことだということだ。これも読めばわかる。

嫌なことを思い出すためには、別人格になるか、共感してくれる人に伝えるか

 作っているものの制作ができない。本体を作ろうとすると、作ろうとしても手が動かない、頭がはたらかなくなるのだ。だけれど設計図だけは作れる。だから毎日、設計図だけに手を入れている。設計図だけが緻密になっていく。
 どうしてなのかと悩んでいて今日思ったのは、嫌なことは思い出したくないということだ。
 今つくっている本体を作るためには、自分の嫌なことを思い出さなければならないのだが、嫌な思い出にひたらなければ作れないのだが、でも嫌なことを思い出したくないから、嫌な思い出に浸れないから、本体を作る段階まで行けないのだ。

 試しに自分の人生の中で嫌なことを思い出そうとすると、ブレーキがかかる。おれの場合の今まで一番嫌な思い出は、二浪した大学受験の浪人のことだが、それを思い出そうとすると、頭の中にグレー色の雲がかかる。それで映像が途切れる。思い出す作業はそこで止まる。だから本体を作れないのだ。

 嫌なことを思い出すためにはどうすればいいかと考え続けていて一つわかったのは、自分のことだと思わなければいいと思った。人格を変えて、別の人間になりきって思い出せばいいと。人称を変えればいいのだと。

 それか、夢なら思い出せると思った。
 夢を見ることは、嫌なことを受け入れるための癒しだと何かで読んだことがある。だから嫌な思い出の夢を繰り返し見るのだと。それは何べんも嫌な夢を見て、嫌なことを自分なりに消化して、形をかえて、うまいぐあいに自分の心の引き出しに納めていくのだろう。大学受験に落ちたシーンと、また今年も浪人生活を始める情けなさを、数え切れないほど夢に見た(その夢は三十半ばまで見ていたが、それ以降はどうしてか見なくなった)。

 でも現実問題、夢だと思うようにしても、やっぱり自分の嫌な体験は思い出したくない。実際に夢を見ているわけじゃないのだから。起きていて夢を見る訓練はしていない。目が覚めながら、嘘の夢で、嫌なことを思い出して、嫌な思い出に浸りきったら、そんなことをしたら精神が持たない。

 夢が嫌なことを受け入れる装置なら、愚痴を言うこともそうだろう。
 誰かに愚痴を喋るのは、気持ちが晴れる。そうすれば嫌なことを、自分なりのあきらめと一緒に受け入れられるだろう。

 でも愚痴を聞いてくれる相手は、誰でもいいわけではないだろう。
 自分の嫌な体験を聞いてくれて、よくわかってくれて、共感してくれる、そういう人に話すのなら癒しになるだろう。
 そういう人は誰だろう。
 それは母親だろう。

 このブログは最初は、「新潟のハウスクリーニング屋さんが出す母への手紙」というタイトルだった。
 本名ではないダガシという名前で書いている。
 もしかしておれは、自分の嫌な体験を、自分の不幸を、ブログに書こうとしていたのだろうか。

 愚痴を言うというときに、理解もしない、共感もしない、そのふりをするだけの人間に言ってもむなしいだけだ。
 大地震や大津波で肉親が死んだ人は、いろんなものを失った人は、その不幸を伝えるのは、誰でもいいわけではないだろう。自分の不幸をわかってくれて、自分のことのように思ってくれる人に喋ってこそ、癒しになって、自分の不幸を乗り越えられるだろう。

 世間のホームページで、大震災にお見舞い申し上げますなどという言葉をのせているのがよくあるが、そういう口先だけの偽善の臭いがプンプンするものは、人様の不幸を、本当に理解も共感もしないだろう。

設計図の自信を持たせてくれた四コマ漫画

 このごろはずうっと、作っているものの設計図をいじくっているだけで、作ろうとしているものを作る段階まで行かないのである。
 だから毎日毎日悩んでいるんである。
 そうしたら昨日、四コマ漫画でひらめかせてくれたのだ。これだ。
『[3-2]ANDOL【3】』 http://mangalifewin.takeshobo.co.jp/rensai/andol/item-133/7731/ これはまったくの忘備録として書いておくものだ。

 だけどこの漫画サイトの中で一番好きなのは、ぶっとんでいる、ちょぼらうにょぽみという人の『あいまいみー』http://mangalifewin.takeshobo.co.jp/rensai/imyme/
 好きなタイプの漫画だ。意味のないところがいい。世間的な意味などぶっ飛ばしているところがいい。この人が世の中に生まれてきてくれたことが嬉しいと思うぐらいの人だ。

 この四コマ漫画のサイトのアドレスは
http://mangalifewin.takeshobo.co.jp/
 このサイトは自分の宝物で誰にも教えたくないサイトだけれど、自分の折り返し点のものだから、ブログに残しておくものなのだ。

新潟市の軽自動車協会の人間がよくなった

 きのう車の車検をとった。いつものように軽自動車協会で、ユーザー車検だ。
 二年前は何人も怒鳴りつけたが、今回はこちらが頭を下げたくなるほどまともな対応だった。新潟市ではなく東京にいるような気がするほどだった。
 職員のほとんどが、顔つき目つきがにこやかだったのだ。にこやかさが自然だったのだ。
 これはおかしいと思った。人間はそんなに変われないものだ。でもそうなのだった。根拠はおれが怒らなかったことと、おれのほうがにこやかに過ごせたことだ。
 気短かで喧嘩っ早くて、そうなったら手がつけられないほど凶暴になって、人格を変えてしまうおれだが、普段はおっとり屋で、相手がまともな社会人としてというか、相手が卑怯な言動をしなければ、むしろおれは相手より下手に出る人間なのだ。

 きのうはとくに外で駐車場整理をしている男職員二人には、仕事に対する一生懸命さを感じた。新潟市民の仕事ぶりで一生懸命さなど感じることがほとんどないのだが、感じたのだ。細かい心遣いの車の誘導や、ゴミ拾いまでやっていた。そんなことをする新潟市民はまれにしかいないのに。税金で暮らしている人間では存在しないはずなのに。でも存在したのだった。
 誰かが捨てた紙切れを拾った職員に、おれが「ありがとうございます」と言ったら、その人は「いえ」と自然な笑顔でわらったのだ。
 この人は新潟市民ではないのだろう、下越生まれではないのだろう、と思ったが、聞くのはやめておいた。新潟市生まれではないですと言われたら、ああやっぱりと思って、またもっと新潟市民を軽蔑してしまうから。
 おれが前に書いた軽自動車協会の悪口を、そこの責任者が読んだかして、変革したのかなと思ったが、そんなこともないだろう。でも変わったのだから、おれはいい夢を見ているような気持ちで車検を受ける時間を過ごしていた。これをずっと続けてほしいんである。

冬越しのオートバイに乗る

 今日、バイクに乗った。
 ブログを見たら、先回は一月二十日に乗ったと書いていたから、ひと月半ぶりにエンジンをかけたことになる。
 しばっていた紐をほどいて、カバーをはぐって、一番先にキャブを見た。ガソリンはたれていない。タンクのキャップを開けて、顔を近づけた。腐った臭いはしない。
 道まで押しながら、何回かブレーキをかけてみる。引きずりもないようだ。

 また押しがけをする。チョークを引いて、ハンドルを押して走りだした。バスの停留所にいた若い女に見せつけるように走った。四回走ったけれどかからない。一回走るたびにバイクにもたれかかるようにして、休む。三十秒は呼吸が苦しい。ひざがくずれそうだ。
 五回目にやっとかかった。女はおれの方を見ていると思う。
 エンジンの回転にアクセルを合わせながらチョークを戻す。エンジン音を聞く。排気音を聞く。いつもの音だ。うまく吹け上がっている。死んでいる気筒はないようだ。プラグもまだまだ使えるようだ。
 ライト、ウィンカーは暗いけれど、光る。ホーンは女のおならのようにブッと鳴る。バッテリーは走れば充電するだろう。冬越しはうまくいったようだ。

 いつものように駐車場で8の字をたっぷり走った。フロントの接地感が軽いと思った。このバイクがそういうものなのだろう。冬場乗らないあいだに、このバイクのハンドリングを忘れていたようだ。
 道に出た。海まで行こうと思ったけれど、寒いから弁天線を新潟駅まで走って、すぐ帰った。それでも一時間くらいはエンジンをかけていた。

人間を描いている「アーロン収容所」

 中島義道の本で紹介されていたから読んだ。
アーロン収容所 会田雄次
 最初は退屈なのだが、捕虜生活に入った頃から俄然おもしろくなった。
 イギリス人の女兵舎のシーンは、人間とは人種が違ってもそういうものだろうし、とくに珍しいことでもないと思う。ましてやオンナというものは意地悪で無神経なのだから、この本の中に書いてあるようにふるまうだろう。このぐらいのことで衝撃を受ける人は、すれてないというか、世間知らずというか、ある意味で私とは違う種類のワガママな性格だろう。

 それよりも、人種の違いを、家畜を飼うことや、その家畜を殺して食うことから考えたり、弱者が強者に対するときの媚や、弱者がもっと弱者に振舞う横暴さのこと、組織の中で指導する人物の移り変わりのことなど、著者が収容所生活の中で考えた、いろんな考察に興味を持った。
 その考察がシーンの描写を差し置いて、ながなが続く構成は、いっけん読みにくいようだけれど、でも逆に、新鮮な切り口の考察が、シーンの描写の土台になっていた。いや著者は、この考察こそを書きたいと思っていて、出来事の描写などは二の次だったのかもしれない。著者は学者だから、そうなのかもしれない。でも私は、彼の描写力も楽しんだ。

 文体は、おさないというか、つたないというか、凝ってないというか、飾り気のないもので、それは斬新な文体の純文学を読んでいるようなおもしろさもあった。
 著者の会田雄次という人は、意識して書いているのかどうか、いや無意識らしいのだが、ユーモアのある表現がよく出てきて、読んでいるあいだ、何回も笑わせてくれた。
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