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徒然のブログ

つれづれの思いなどを

オートバイのタイヤパンクのことのメモ

 メモ
 四月二十九日日曜日、オートバイで笹川流れを走って山形県境の道の駅に行って、帰ってくるという走りに出た。
 笹川流れの道の、神社の登り口とバスの停留所をかねたところにピンクの濃い色の桜が咲いている場所があったから、止まって休んだ。
 体操をしていると、老年の女が歩いてきた。おれを見て、「いいですねー」とニコニコしながら言った。
「おとうさんもバイクに乗っていたんですよ。大型にも」と嬉しそうに言う。
「ほう」と返す。
「でも、去年の桜の時期に亡くなったんです」
「ほーう」……としか言えなくなって、そう返事を返す。
「待つほうは心配でしょうがないんですけどね」
「はい」
「気をつけて行って来てください」
「ありがとうございます」
 会釈を返した。
 バイクに乗るおれを見て、ひととき夫を思い出したのならおれも嬉しい。

 県境の近くのトンネルを出たところで福島ナンバーの大型バイクの二人組みのうちの、先頭の一人に抜かれた。トンネルが怖かったからゆっくり走ったから。
 抜かれたのが悔しくて、後ろのバイクは抜かさないぞと思う。トンネルを出たから、暗さも狭さも怖くなくなって、スピードを上げた。そして立ち乗りや片手乗りをして、そして音楽に合わせて踊りながら乗って、後ろのバイクを驚かす。前を走っているバイクも驚いたと思う。

 前のバイクを追いかけて、80キロでカーブを走ると、後ろのサスペンションが伸びたり縮んだりして落ち着かず、リアタイヤが暴れて怖い。だからしばらく走って左に寄って、大型バイクの後ろの人間にも追い抜かせた。
 小さなスペースの駐車場に入って、持ってきたジュースを飲んで、おしっこをして、体操をして、引き返す。

 帰り道の笹川流れは疲れて、集中力がなくなって、どこかで休もうと思いながら走る。
 休もうと思いながら走るのは危ないと思いながら、それでも休む場所を見つけられないで走る。こういう走り方は危ないと思いながら走る。やっと道の路側帯が広がっているところがあったから、ブレーキをかける。止まる。
 残りのジュースを飲み、すこしはなれた草むらでおしっこをする。水分をとっていないせいか、ちょろちょろと少ししか出ない。

 バイクに戻ってリアタイヤを点検したら、釘が刺さっていた。タイヤに釘が刺さるなんて、生まれて初めてのことだ。
 抜いたほうがいいのか、そのまま走ったほうがいいのか一瞬迷ったが、そのまま走ったらチューブはダメになるし、ホイールも傷つくだろうと思い、車載工具のペンチを取り出して、釘を抜いた。くの字型に曲がった3センチくらいの細い釘だった。
 この一本の細い釘が、この世の地球上で、おれの走るバイクのリアタイヤに刺さる確率は何パーセントなんだろうと思いながら、恨みながら、草むらに投げるように捨てた。
釘が刺さったリアタイヤ2012.4.29釘が刺さったリアタイヤ

 どうやって帰るか考えた。列車で帰るしかないだろうと思った。ゴールデンウィークで、泊まれる旅館や民宿もないだろうし、だいいち高い金を使うことになる。列車で帰ろうと決めた。
 タイヤを蹴っ飛ばすとまだ硬い。
 近くの駅まで、走れるだけ走ろうと思って、すぐに走り出した。

 道の左端をゆっくり走って、後ろに車が来たら、右手を外側に向けてひらひらさせて、追い越せと合図しながら走った。
 2キロくらい走ったら、広い駐車場がある釣具屋があったから、そこに入った。
 オートバイから降りてリアタイヤを見たら、空気は抜けていた。
つぶれたリアタイヤ

 店の中に入って、聞いた。
 駅まで何キロくらいありますか。
 店員の男と、その母親らしい女の返事は、もごもごとした喋り方で聞きづらい。何を言っているのかわからない。
 新潟市民みたいに、曖昧なことを言って責任を取らないように聞こえる。
 でも駅までは1キロくらいだと言っているのは聞き取れた。うれしかった。

 電話帳を借りて、その町のオートバイ屋の何件かに電話してみる。同じようにあやふやなことを言う。この町の人間は無責任体質のようだ。
 いつものように腹が立ってくる。
 釣具店の人間は、おれが腹が立っているのがわかったらしく、ますます曖昧なことを言いながら、おれから離れていく。

 店の隣は、瀬波農協の倉庫だった。今日はオートバイを農協の広い駐車場の隅に停めて、駅まで歩くことにする。
 明日かあさって、車にパンク修理の道具を載せて来て、ここで修理して、いったん車で帰って、それから列車で来て、そうしてバイクに乗って帰ることにする。
 タイヤがぺしゃんこになると、サイドスタンドが立ちすぎて、サイドスタンドと逆側に倒れそうで、あえて坂になっている場所を選んで、坂の低い方にサイドスタンドを出して停めた。

 駅まで歩く途中で、老年の男がいたから、駅までの道を聞いたら、はきはきとした物言いで、的確に教えてくれた。ちゃんとしている人もいた。

 駅の案内では、客がだらだらと駅員に質問していて、結論が出ない。何分もかかっていて、後ろで待っているおれはまた腹が立ってくる。
 すみませんが三秒だけ時間をください。割り込まさせてください。と怒鳴るように言って、往復切符はあるのか、あればいくらになるのか、日にちの制限はあるのか、新潟駅までの直通列車はあるのかを聞いた。
 往復切符は安いのだが、当日だけが有効期限だそうだ。往復切符を使うのはあきらめた。

 列車に乗った。おれと一緒に、女子高校生が二人、そして若い男や若い女が乗った。
 みんな、携帯かスマホというのをいじっている。頭が悪そうに見える。じっさい頭は悪いのだろう。
 一人だけ、高校一年生なのだろう、やせて小さい体つきの美少女が、自分の胴回りより大きいスポーツバッグの中から、靴下やシャツやタオルを取り出して、座席の上でたたんでいる。几帳面に折り目を合わせてたたむ。キレイな横顔で真面目な顔つきで、たたんでいる。今日は日曜日だ。少女は何かの体操着を着ている。運動の部活動で学校に行った帰りなのだろう。
 何分かして少女を見たら、ノートを出して、何か書いている。勉強をしてるようだ。やっぱり美少女は頭がいいのだろう。ほれそうになった。
 また何分かして見たら、横になって寝ていた。運動もし、勉強もし、疲れているのだろう。

 三つ目か四つ目の駅でその美少女は降りた。田んぼの周りにある駅だった。こういう田舎だからこそ、本当の美少女は育つのだろうと思った。

 乗り換えの駅で、チンピラ風の大男が乗ってきた。大男もスマホを取り出していじっている。大男の前の座席には、進学校の生徒風の高校生が参考書を出してそこに何か書き込んだり、それに飽きると携帯をいじったりしていた。
 その隣のボックス席では、四人組の若い女のグループが、キャピキャピと喋っている。
 チンピラ風の大男は、勉強する高校生からも若い女のグループからも逃げるように、スマホに逃げるように、スマホをいじっている。

 ふいにおれは、おれが坐っているのが優先シートだとわかる。列車に優先シートがあるとは知らなかった。
 ガラガラにすいているから、優先シートに坐り続けることにする。
 そういえばさっき、若い男がチラッとおれをとがめるように見たのは、これが理由だったのだろう。
 チンピラ風の大男は優先シートには坐っていない。間違ったことをしているのはおれだけだ。

 新潟駅に着く。とっくに陽は落ちて、真っ暗になっている。
 ドアが開いてホームに下りようとしたら、客が、わあっと乗り込んでくる。降りるほうが先だということを新潟市の人間は知らないらしい。田舎者どもめ!
 おれは「降りるほうが先だ!」と怒鳴りつけながらホームに下りた。
 おれがそれを知ったのは、東京の大学に行って、東京の電車に乗り出したからだ。
 その合理的で整然とした人間の動きに驚いた覚えがある。それからそういうふうに行動しているだけなのだが。
 おれが高校生のときは、その乗り降りの仕方を知らなかった。その頃はどういうふうにしていたか。おれが乗る駅は、田舎の駅だったから降りる人はいなかった。降りる駅は田舎の終点駅だったから降りる人間だけだった。だからその乗り降りの仕方をする必要はなかった。

 駅を出てバスの停留所に歩く。
 三つの停留所があって、どの停留所で待てばいいのかわからない。老年の女に聞く。
 自分もそのバスに乗るからここで一緒に待てと教えられる。おれは歩き疲れて、椅子にどっと坐る。
 老女を見ると、椅子に坐らないから、なぜ坐らないのか聞いた。
 両膝が人工関節になっていて、立ち上がったり坐ったりするのが辛いから、立っているのだそうだ。
 よりかかるのは、まだましだそうだ。腰より少し低い椅子があれば、寄りかかれるだろうから、そういうのを付けるように、運動しようかと思った。

 老女の後についてバスに乗る。
 今のバスは、信号で止まると、運転手が止まりますと言うし、発進すると、動きますとか、うるさいくらいに喋りながら運転するようになった。でも運転手はいらだっているように聞こえる。

 バスにも優先シートというのがあった。
 夫婦ものと、中年の女が優先シートに坐っていた。どちらも五体満足のようだった。
 バスの中はすいていたから、これでいいのだと思った。これが健全な座り方だろうと思った。

 バスは赤信号で止まると、アイドリングストップというのだろう、エンジンが止まる。
 音がしなくなる。
 夫婦ものは小声で何か喋っている。
 エンジンが止まってバスの中が静かになると、夫婦の小声だけが目立って聞こえてくる。何かの噂話をしているようだ。いやらしい不快な声質に聞こえる。でも何を喋っているのか、はっきりわからない。

 降りるときに後ろを振り返って、老女に、六年ぶりに乗ったら料金は三、四十円上がりました、と笑いながら言ってみた。それから、ありがとうございましたと挨拶して降りた。

 その後ホームセンターに車で行って、バイクのタイヤに使える空気入れを買った。
 以上、メモ。
 ※
 4月30日に追記。
 隣の釣具店のオヤジの物言いで腹が立ってぶん殴ってやりたくなる。チンピラの物言いだ。
 チラチラこっちを見ている。走っていって横っ面を殴りたくなるが、我慢する。

 タイヤは交換した。去年買っていた新品のリアタイヤとチューブに替えた。
 最後のタイヤレバーを入れるのができなかったから、途中までやったタイヤとホイールを、車で中条町のバイク屋に持っていってやってもらった。そこでそのバイク屋の親父の良いことも悪いことも書きたいことはあるのだが、また今度書く。
バイクリアタイヤ交換中。右が新品

 タイヤを車体に組むのが、スイングアームの幅に入らない。リアのメンテナンススタンドの出っ張りが邪魔しているようだ。もう日が暮れるから、今日は帰ろう。また明日やってみる。

 笹川流れに通じている道を、何十台何百台とバイクが走り通る。
 止まったバイクに「すみません、五分だけ手伝ってもらえませんか」と頼んでみた。
 一組は手伝ってくれたが、事務的形式的な手の動かし方で結果を出すつもりはない。
 もう一組は「仲間を待っているので……」と半笑いで拒絶される。
 どちらも新潟ナンバーだった。
 ※
 5月1日の追記
 また午前中に車で行った。
 ホイールを車体に組み込むだけだから時間はかからないだろう。
 だがスイングアームの幅が狭くなったように、ホイールが入らない。
 何十回も試したがだめだ。
 村上市のバイク屋に電話して、乗っていって組み込んでもらうのと、来てもらって組み込んでもらうのの料金と時間を聞いた。
「来るのなら2、3千円。出張するなら5、6千円。でも出張できるのは連休明けになります」
 連休明けに来られても困る。話をしているうちに、バイク屋は、それなら他でやってもらってくださいと言いやがった。
 おれも自分の商売でその台詞をときどき言うが、問い合わせている方の困り具合は、掃除とかリフォームの客と、遠方への出先のバイク乗りの客とは、まるで違う。そのバイク屋の口ぶりは、困っている人間をもっと困らせてやりたいとでも思っているようだった。
 それで、もう自分一人で何とかやらなければならないと、肝が据わった。
バイク・リアスプロケットのアップ

 入らない原因は、メンテナンススタンドではなく、リアホイールの中のゴムダンパーが膨らんで、フタがぴったり閉まらないのが原因だった。プラスティックハンマーでコツコツと叩いてフタを閉める。でも動かすとふたが浮いてくる。
 フタを手で押さえながら、何とか試行錯誤して、右側のカラーを最後にねじ込むように押し込んだら入った。すかさずシャフト棒を押し入れた。
交換したリアタイヤの溝2012.5.1

 あとはリアのドラムブレーキのロッドを組んで、終わりだ。
 組み上げて、道具を片付けて、駐車場で8の字走行と急制動を何回かして走りを確かめた。大丈夫のようだ。

 駅に乗っていって、駐車場の邪魔にならない隅の場所にバイクカバーをかけて、停めた。
村上駅の駐車場にシートをかけて一晩停めた

 作業した場所まで1キロくらいを歩いた。だけどいつもの方向音痴で間違った方へ歩いて、1キロ余計に歩いた。額から汗がだらだら落ちる。道の脇にある大きなデジタルの温度計は、29度と表示していた。
 そのまま自動車で帰ってきた。
 ※
 5月2日に追記
 新潟駅までバスに乗って行き、新潟駅から村上駅まで列車で行った。終点が村上の直通列車だった。
 待合室で持っていった弁当を食べてから、コーヒーを飲んで食休みをする。
 おれは村上市が大嫌いになっていたが、お金を下ろそうと思って、駅の売店で、ここから一番近い第四銀行の場所を聞いたら、売店の売り子の女が、テキパキと結論から言う物言いで、かつ親身になって教えてくれた。新潟市民では見ない人柄だ。
 もしかしたら村上の中のある一部の人間というのは、おせっかいで、そのおせっかいが過ぎて、人にかまってしまうのだろうかと思った。売店の売り子が、すこし美人だったからそう思ったのかもしれない。いや、女の結論からてきぱき説明する頭のよさと、おれに親身になってくれたから美人に見えたのかもしれない。

 バイクは、駅の駐車場の隅に昨日と同じ格好であった。一瞬、おれの知らない誰かが、おれの知らないうちに、おれをからかうために、65キロ離れたここに置いておいたみたいに思った。でもそれは自分が昨日、ここに停めたのだと、むりやり思い出すように、自分に納得させた。
 それを確かめるようにひととおりバイクの点検をして、昨日と同じだと思い出してから、おれはバイクのそばで念入りに体操をして、出発した。

 7号線を走った。横風が強くてスピードが出せない。山の方から海の方へ吹いている。今夜から大雨が降ると天気予報で言っていた。大雨の前の風なのだろう。
 ゆっくりと走った。無事に帰りついた。
 この春にリアタイヤを交換するつもりだったから予定どおりなのだが、それがツーリング先の村上ですることになるとは。これもいい経験だと思って、そしてこのトラブルを楽しんだ。

好きなことはだいじなこと

 年取ってでも病気になってでもで、あと何年かあと何ヶ月かで、もうすぐ死ぬとわかったら、好きなことをすればいい。
 好きなことがなかったら、死ぬに死にきれないだろう。
 好きなことというのは、だいじなんだ。

政治家とは公務員とは、屑どもが選んだ屑

 小沢に無罪の判決が出たそうだが、あいつは法律上の罪はなくても、無実ではないぞ。やっていることは真っ黒だぞ。根拠はないが、あいつの顔を見ればわかる。
 去年まで見ていたテレビに出ていたあいつの顔つき、言動は、自分勝手でワガママで、人間としては屑だとわかる。

 だけどあいつは人間としてはダメな屑だとしても、政治家という職業人としては、世の中をよくしてくれるという、成果を出してくれるという、淡い期待を勝手に思い込んでいた。でも、ダメだった。
 国会で自分のことを説明すると言っていたのに実行しなかった、嘘を言った。
 自分が言ったことは死んでもやりとげろよ。少なくとも死んでもやり遂げようとしろよ。おれはそうしてるぜ。

 そして大震災のときも、自分の選挙の地元なのに引きこもっていたし、逃げ回って、隠れていた。
 ということは、人間としては屑だし、政治家という仕事人としても屑ということだ。公金を泥棒したがる屑なのだ。
 でもクズは、小沢だけではないのが哀しいところだ。

 この裁判の争点は、意図的にかどうか知らないが、本質からずらされている。本当に調べなければならないことは、小沢が公金を泥棒したかどうかだ。でも検察も裁判官も、そしてマスコミも、大事なそのことから目をそらしている。
 ということは、小沢にとっても、反小沢の人間にとっても、自分たちは公金泥棒、税金泥棒は当然よいのだ、ということで生きているのだろう。
 屑ばかりだ。

インスタントラーメンとの別れ

 今年に入って、インスタントラーメンを食べると、舌がバカになるようになった。
 舌の粘膜全体に、膜がかかったようになるのだ。だから食べたものの味もわからなくなるし、舌の表面が苦いようになって、食べ物の味がまずくなるのだ。舌の表面がビリビリしびれるような感触にもなるし、舌じたいの動きも悪くなる。
 ふだん生きているときは、舌なんていう存在を意識しないのに、インスタントラーメンを食べた後は、口の中には舌があるのだと、それも自分の口の中の舌が、自分の意思で動かなくなって、知らない他人の肉の固まりみたいに感じられて、自分自身と乖離している感触なのである。

 インスタントラーメンの何が悪いのか、麺が悪いのか、スープの元が悪いのか、検証しようと思って、まず麺だけをゆでて食べてみた。しょうゆを少し振りかけて、すすってみた。
 やっぱり舌がビリビリとしびれた。ぜんぶ食べた後は、同じように他人の舌が、口の中でごろっと転がっているように、思うように動かなくなった。

 スープの元も確かめようと思って、朝の残りご飯を、水分多めのおかゆにして、ふりかけて混ぜて、食べてみた。
 やっぱり舌がしびれて、食べた後三時間は自分の口の中に冷たいゴムの固まりが入っているみたいな感触だった。

 ラーメン類という麺ぜんぶが悪いのか、念のために、スーパーでラーメンの生麺を買ってきて、ゆでて食べてみた。
 舌がしびれるようなことはなかった。

 ということは、私にとってインスタントラーメンが、毒だということだとわかった。
 私にとってのインスタントラーメンは、大ご馳走だったのに。

 これまた念のために、他の麺類は良くないのか確かめるために、そうめんと冷麦を買ってきて、同じようにして食べてみた。
 普通に食べられた。舌の感触が悪くなることはなかった。
 ということは、やっぱりインスタントラーメンだけが、私の体に合わなくなったのだとわかった。

 その二、三日後、牛肉、豚肉、鶏肉と、順番に食べた。
 インスタントラーメンを食べた後のように舌がしびれたのである。
 ということは、動物の脂が原因なのだろう。インスタントラーメンにも、動物性の脂がたっぷり使われているだろう。それも古くなった安い油も使っているだろう。
 ということは私の体が、年のせいで、動物性の脂を、そして古びた油も、受けつけなくなってきたのが原因なのだろう。

 しかたがない。これからは、もっと魚を主体の食生活で生きることを、そして油は新鮮なものを使うことを、それを受け入れることにしようと、あきらめと、それと決意みたいなものを思った。

車のブレーキパッド交換

 四、五日前からブレーキをかけると、右の前のところから、キーとかシャーとかいう音がしだした。ネットで調べたら、パッドが減ったら音を出して知らせるようになっているらしい。
 前にホンダのディーラーの不誠実な対応で喧嘩してから、連絡もしないし行かないようにしているから、イエローハットで替えようと思って問い合わせた。13000円くらいで前二輪分を交換してくれるそうだ。だがホンダディーラーにも行きたいと思っていたのだ。喧嘩しっぱなしなのは気分はよくないからだ。

 おそるおそるホンダに電話をかけた。作業の責任者の男が出て、喋った。この男だけは新潟市民には珍しく素直な性格で、おれも嫌ってはいない。
 その男に、音がするのがどうして右側だけからするのかを聞いたら、運転手が乗っているのが右で、ふだん運転する人間の分だけ右の方が重いから、右のパッドが早く減る。だから右側から先に音がするのだそうだ。なるほどと思った。
 説明もまあまあ誠実な感じがしたから、ホンダに頼むことにした。

 作業を横で見させてもらったが、バイクに比べれば簡単なものだった。それぞれの部品が大きいだけで、はずすのもつけるのも、ネジの数も少なくて、全体に繊細さが必要なものではなかった。
 車という大きくて重いものを持ち上げるための機械装置と、大きな図体を置くための広い設備が必要で、その分もあって自動車修理はバイクを修理するのに比べて高いのだろうか。いや、バイクの場合は趣味性が強いから、かえって高いかもしれない。

 ブレーキパッドの寿命はネットでも載っていなかった。おれのホビオの場合だが、5万キロくらいだった。パッドが二輪分の四枚で7500円くらい、工賃が5500円くらいで、全部で税込み14000円くらいを払った。

テレビだけじゃなく、ラジオも劣化している

 NHKの午前中のラジオが、この春から番組が変わって、ひどくなっている。
 今までも偽善的でいい子ちゃんぶった内容だったが、まだ押し付けがましさはなかった。だから聴いていた。
 それが四月からの番組は、女の司会のアナウンサーの喋り方が、活舌は悪いし、声質はガラガラ声で気持ちが悪いし、ものの言い方が、そいつの頭の悪い自分のレベルで押し通すやり方で腹が立つ。
 それは日替わりで出るレギュラーの芸能人も同じなのだ。小説家もいるのだが、名前は書かないが、小説家のくせに客観的になれない人間で、聴いているとやっぱり腹が立つ。ちなみにその小説家の小説は純文学としておもしろくなくて読めない。

 たまの国会中継は、頭の悪い野田の、スジミチなど捨て去ってしらばっくれている卑怯な新潟市民みたいな物言いを聞いていると、総理大臣をぶん殴りたくなってくるから自分が怖くなる。
 ならばと思って第二放送を聴けば、嫌いな中国や朝鮮半島の言葉が聞こえてきてこれまた腹が立つ。
 もうNHKは聴けない。
 テレビはとっくに観なくなっている。テレビごときにうつつを抜かしているヒマはないと思って、テレビは捨てた。

 といってBSNラジオを聴いても、もとからやっぱり恩着せがましい押し付けがましい田舎者丸出しの低脳な物言いで、腹が立ってラジオを蹴っ飛ばしたくなるから聴かない。
 FMならいいかというと、民放のFMのアナウンサーは、もっと押し付けがましいし、馬鹿を売り物にしているから反吐が出る。放送局に殴りこみに行きたくなる。

 NHKのFMだけが、頭の悪い喋りをせずに、音楽だけを流しているから、少なくとも腹は立たない。だからこれからはNHKのFMを聴くことになるのか。
 でも普通のまともな、人間の喋りというか、客観的な意識をもった語りを静かに聴きたいのだが、日本ではダメなようだ。
 それからFMはマンションだと電波が入らないことが多くて、お客さんのところで聞こえにくいのだ。

四月になって雪が降る2012

 昨日の昼過ぎにちらちらと舞うように雪が降った。
 バイクでお客さんのところに打ち合わせに行って、外に出たら、綿のような白い大きな雪が舞っていた。
 四月なのに寒かった。二本のタイヤが滑らないように、ゆっくり走って帰った。

 けさも雪が降った。車のフロントガラスに五センチくらい積もっていた。
 やわらかい雪だったから、ワイパーを動かすと、はね飛んだ。

 今年は春分の日にも降ったし、それからも降ったし、今日も降って、初めてみる年だ。
 だから車のタイヤを替えるのがのびのびになっている。

 でももう降らないだろうから、そろそろ替えよう。
 春のタイヤは三月下旬から廊下に出して準備してあるんだ。

甘えは泥棒の始まり

  甘えることが大嫌いで、泥棒が大嫌いで、そんな俺がさっきふと悟ったのが、甘えは泥棒の始まりということだ。
 嘘吐きは泥棒の始まりは世間で言われているが、嘘吐きは甘えから始まる。だから泥棒とは、甘えが生むものなのである。
 甘えたがるのは人間の、持って生まれたものだ。いや人間だけじゃない、生き物全部が生きているかぎり、自分以外に甘えたがる。それは泥棒したがる。それは自分以外を喰うことで生きている。俺もそうだ。
 だから人間をふくめた生き物ぜんぶが、甘えたがるのだから、泥棒根性を持っているのである。もちろん俺もそうだ。
 泥棒根性から救われるたった一つの手段は、自分が泥棒根性を持っていると自覚しつづけることだ。そして餓死しない程度に泥棒することから離れつづけることだ。

おお風を吹かした地球は生きていた

 きのうと今日と、見たこともない大風が吹いた。
 とくに夜中の風はアパートをゆらして、地震なのか風なのかわからないぐらいだった。
 震度でいえば夜じゅう震度1がつづいて、ときどき震度2、瞬間的に震度3の揺れが、何回も蒲団の中の体で感じた。
 ゆれと風の音で、夜中に何度も目が覚めた。風の音で目が覚めるなんて、初めてのことだった。
 地球が気が狂って、叫ぶように息を吸ったり吐いたりして、怒って叫んでいるみたいだった。地球が病気になって高熱を出しているようだった。地球は生きているんだと思った。地球は今、おれと同じく、怒って、生きているんだと思った。

 四時ごろ、叫ぶようなおお風は止んだ。でもそのあとも朝まで眠ったり起きたりした。夢ばかりつづけて見た。おかげでよく眠れないでお客さんのところに行った。

 地球は、熱を出したり、怒ったりするのだとわかった。人間と同じなんだ。
 地球がときどき叫んだり怒ったりするのは、地球にとっては自然なことだし、地球で生きているおれにとっても、これが自然なんだと思った。
 今日の夕方には、地球は熱をさましたように、病気が治ったように、風は止んでいた。

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