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徒然のブログ

つれづれの思いなどを

フェイスブックの読んでいる本のコーナーを見るとげんなりする。

 何年か前、ブログを書きつづけることで、一生の自分の考え方や生き方を書き残すことができるなどと誰かが書いているのを読んだことがある。
 今だったらそれはフェイスブックでも代用できるというのだろう。
 でもそれは、どっちもばかげたことなのである。書き残すことなどない奴らが、自分のくだらない日常や浅はかな考えを自己満足で書いているだけなのだから。
 とくにフェイスブックの、自分が読んでいる本を紹介するコーナーを見ると、ハウツー物かビジネス書か大衆小説しか出していないのは笑える。
 純文学や詩や哲学書を読めよとまでは言わないけれど、いや、男だったら純文学も詩も哲学書も読めよ。
 好きな音楽のコーナーでも、通り一遍の楽曲やグループしか紹介していない。そしてそいつらは、音楽は受身だけの生き方らしい。男だったらせめて楽器の一つも弾きこなせよ。
 そういう上っつらのことしか載せていないのがフェイスブックなのである。浅はかな連中がつるんでいるのがフェイスブックなのである。

 そういうものに乗っかって宣伝して儲けようとしているヤカラも多い。コンサルタントなどと自称している連中だ。そういう馬鹿どものフェイスブックを見ると、やっぱり読んでいる本には純文学も詩も哲学書もない。音楽もない。美術もない。哲学も思想もない。そいつらの興味は、近場のセックスと目先の金儲けだけだ。近寄りたくない人種だ。新潟市にもひじょうに多い。今夜もまた喧嘩した。
 喧嘩の相手が警察を呼ぶときに、携帯電話で警察と喋っていて、喧嘩相手が俺のことを警察に伝えるときに、三十がらみと言ったとき、俺は心底怒っていたが、そのときだけすこし嬉しかった。

暑さの中のオートバイの寒気としびれ

 きょう、五十キロくらい先のお客さんのところに仕事の下見に行くからバイクで行った。
 きのうまでは作業は家の中だったから、暑いといってもそれほどではなかった。塩入りのレモン水をがぶがぶ飲めば乗り切れた。
 でも今日オートバイで走っていて見た道路わきのデジタルの温度計は、38度だった。見間違いかと思ってもう一度視線を走らせたけれど、38の数字は38だった。
 午前十時過ぎに出たが、走り出して十五分で頭がくらくらしだして、暑いのに寒気がしてきた。これが熱中症というものかと怖くなった。そういえば大昔も八月にバイクに乗って走ったときの、あのしびれるような寒気は熱中症だったのかもしれない。でも若いから体が強いから、寒気としびれは快感と勘違いして走ったのだろう。

 いま年をとった私は、暑さの中の寒気としびれは体の不調だと認識した。だから30分おきにオートバイを停めて、持ってきた塩と酢入りのレモン水を飲んだ。
 飲むと体はずいぶん元に戻った。寒いような痺れはなくなって、何だか道路上の視野も広がったような気がした。
 でもそれは淋しいようにも感じた。寒気のようなしびれ感を、怖がるのは。楽しめないのは。
 夕方帰ってきたときのシャツはもちろんグッショリだった。部屋でジーパンを脱いだら、通り雨に打たれたように汗で染みていて、重くなって大型犬を持ったみたいだった。

国の内と外の卑怯者をやっつけろ

 いま日本は、韓国とか中国とかと島をめぐっての争いに騒いでいるけれど、自民党の卑怯者どもと民主党の卑怯な馬鹿どもと公明党の馬鹿どもが、国会で小ずるいことをしていることから目をそらしている。

 韓国だのシナだのの卑怯者どもは、日本の武力でグウのねの出なくなるほどやっつければいいのだけれど、そういう時は、日本の内側の方の問題に目を向けられなる。だから日本の中にいる卑怯者をやっつけることも忘れてしまうことになるから困るのだ。
 どっちの卑怯者どもも、やっつけなければならない。

水風呂ビールでぎっくり腰

 きのうの朝起きたら、久しぶりにぎっくり腰になっていた。
 原因はわかっていた。おとといの夜、水風呂に入ってビールを飲んだのが悪かった。
 水風呂に浸かりながら本を読むのは、いつもやっていることだ。この夏も十回はやっている。二時間くらい浸かっていると水はぬるくなってきて、体温に近くなって、涼むための意味がなくなる。そのころに水風呂から上がる。そして本は二時間くらい読むのがちょうどいい。

 だけどおとといの夜は、水風呂に浸かりながらビールを飲んだのだ。昔からやってみたかったことなのだ。
 エアコンのきりきりした冷えた空気じゃなくて、涼しくてやわらかい水の中で半分浮いているような感覚の中で、ビールを飲んだ。生まれて初めての味だった。シャンパンなど飲んだことはないが、そういう夢みたいな味に感じた。鶏の唐揚げも、特別な味付けの料理みたいだった。三五八漬けのきゅうりは、メロンみたいな味わいだった。
 本を読みながらビールを一リットル飲んだら、風呂場の入口に置いておいた目覚まし時計は二時間たっていた。水風呂から上がって、また焼酎のレモン水割りを一杯飲んでから、寝た。

 そして昨日目覚めて起き上がろうとしたら、腰に力が入らなかった。その瞬間、誰かに腰にアイスピックを突き刺されたような痛みが走った。
 しばらく傷みを我慢していた。自分の顔が歪んでいるのが自分でもわかった。一、二分して、傷みが引いたころ、そろそろと自分の体を起こした。知らない他人の重たい体を無理やり持ち上げているみたいだった。
 ベッドから中腰になって斜めを向いた変な格好で、足を引きずりながら、トイレに歩いた。
 便座の上で、手を後ろに回して腰に触わってみた。パンパンに張っていて鉄板のように硬かった。
 トイレから出て、簡単なものでもいいから何か腹に入れておいたほうがいいだろうと思い、ご飯に卵をかけて、漬物と一緒にかきこんだ。水分もいっぱいとった方がいいと思って、水をがぶがぶ飲んだ。そうしてまたベッドに倒れこんだ。寝転ぶときにまた感じた痛みは、腰に熱いヤスリ棒をねじ込まれたのと同じだった。

 その日もその前日も、激しく体を動かしたわけではない。だからぎっくり腰の原因は、筋肉や骨に疲れがたまったのではない。ということは神経系がおかしくなったのだろう。
 夏場は体の動きがよくなる。暑いのは好きなのだ。筋肉の動きも関節の動きも、滑らかになる。だから腰が痛いのを夏は忘れる。血の流れが活発になるからだろう。温度が上がれば、肉が柔らかくなって、動きやすくなるのだろう。
 その日は水風呂に浸かりながら二時間同じ姿勢で本を読んで、そうしてアルコールを摂取して、血のめぐりが悪くなるような良くなるような、自分の血液の流れをどうすればいいのか、自分の体がわからなくなったのだろう。腰に悪い血がたまって、神経痛のようになったのだろう。

 朝飯を食べた後、血流をよくするために腰を温めようと思って、冬に使う使い捨てカイロをあててみた。長ズボンと長袖のシャツを着た。
 夏の昼間の暑さの中で、エアコンもつけずに、扇風機もつけずに、カイロをあてて、毛布をかぶってじっとベッドで横になっていると、体じゅうから汗が流れ出た。肌着と枕カバーはグショグショになった。
 汗で重くなった肌着を着替えてから、することもないから、ノートパソコンを枕元に持ってきて、雑誌を流し読みするみたいに横になりながらインターネットを見た。ネットに飽きると本を読んだ。腰が痛くて頭に入らない。
 横になりながらお客さんに携帯メールで連絡したり、仕事の問い合わせのメールがあったり、それに返信したりした。

 昼過ぎまでベッドに寝そべっていたら、すこし痛みは引いた。
 おしっこに行ったら、立っているとまだ痛いから、またベッドに寝転んだ。
 夕方になった。傷みはだいぶなくなっていた。
 血のめぐりをよくしようと思って、血をサラサラにするのは玉ねぎだというから、玉ねぎを一個入れてカレーを作った。辛い食べ物も血の流れをよくするだろうと思った。
 そしてその夜は、熱い風呂に入ってみた。腰をあたためようと思ったのだ。また水をがぶがぶ飲んでから、熱めのお湯に一時間浸かった。本を読む元気はなかった。ただ、後悔しながら、マッサージするように熱いお湯の中で少しずつ腰を動かしていた。
 風呂から上がって腰を触ってみたら、やわらかくなっていた。
 熱い体のままカレーを食べながら、焼酎のレモン水割りを二杯飲んだ。その後またベッドに横になって、ラジオを聴きながらネットを見ていたら、いつのまにか眠っていた。

 今朝起きたら、かすかに傷みはあったけれど、まあまあ腰はよくなっていた。もう一日安静にしていようと思い、昨晩の残りのカレーを食べてから、またベッドに寝転んだ。
 今日は一日何をしていたのか思い出せない。朝からいつのまにか夜になっていた。
 また玉ねぎを一個切ってカレーに入れて、煮て食べた。焼酎のレモン水割りを二杯飲んで、これを書いている。
 明日はお客さんのところに作業に行く。お客さんには申し訳ないけれど、いつもより少しだけペースをゆっくりで体を動かそうと思う。
 ※
 翌日の8月22日に追記する。午前中の作業は、まだ腰が痛かった。お客さんの前で座り込んだりした。お客さんに事情を話したら、無理しないでくれと言われ、甘えた。
 午後になったら腰もだいぶよくなった。午後のお客さんにも事情を話したら、無理するなと言われて、まだすこし痛かったから、そしてリフォームの仕事だったから、職人さんに作業の大半をまかせた。
 夜になるとほとんど腰の痛みはなくなった。
 明日は作業はない予定だから、腰を休めて過ごす。

戦国武将脳、必死になると記憶できるということ

 図書館で偶然見つけた本に書いてあったのは、死に物狂いで頑張ると、学習できるということだった。その部分を書き写す。いつものように、太字にしたり改行したのは私が勝手にやった。ひらがなを漢字にひらいたり、読点を増やしたり、読点を句点に変えたりした。

『戦国武将の脳』津本陽・板倉徹
東洋経済新報社2009年9月17日発行

162p 第四章「家康に学ぶ・大軍を指揮する器量」
津本 戦国時代の大名は、野戦の場数をどれだけ踏んだかという評価みたいなのが本当はあったはずです。やっぱり強運の持ち主でないと生き残れないですしね。百回以上野戦をしていたら、なかなか生き残れないです。
板倉 当然、野戦が下手な人は淘汰されていなくなっていたわけですね。
津本 そうです。関ヶ原のころは二代目、三代目大名ばかりになっていて、本格的な野戦の経験があるのが、西軍では薩摩の島津義弘くらいになっていたということです。
板倉 二代目、三代目の大名は本当の合戦をやっていないわけですね。
 ここ一番で平常心を保っていられるというのも、場数を踏んで脳が鍛えられているからということでしょうね。二代目、三代目も遺伝的には野戦に強い素質は持っていたと考えられます。それでもやはり実践の経験がないと駄目なんですね。自分自身の脳の中-扁桃核に実践に即した記憶がしっかり残っていて、それをもとに学習していかないと、野戦に強い武将にはなれないということです。

 これは現代社会でも同じことかもしれません。
 二代目、三代目の社長は、先代が持っていた能力が自分に備わっていると考えないほうがいい。家康のように死ぬような思いの戦いをして、強烈な記憶を自分の脳のなかに記憶として強くとどめ、そこからさまざまなことを学習していく必要があるのでしょう。戦国武将も死ぬ思いで学習をしていたということですね。
津本 そうでないと、やっぱり命を捨てます。武道と同じですね。武道も死を覚悟するとか、相打ちを覚悟するようなことが求められます。
板倉 死地においても冷静に平常心で動けるというんですか、そうした脳を鍛えるのは、まず日ごろの戦い方が必死でないといけない。
 必死の戦いは多くのことを脳に刻み込ませます。この作業のない人には次の学習というステップが効果的にはなりません。そのなかでどんな窮地に立っても平常心を保つ努力が要ります。簡単にできることではなく、私たち人間にとって最も困難な作業といえます。


板倉 なぜ二代目、三代目が駄目であったかは脳の面から見るとよく理解できます。
 創業者と二代目の脳の違いというか、心構えの違いというのは、何といっても自分自身が汗水流して歯を食いしばって行動したかどうかが最も異なるところです。
 汗水流して死に物狂いで頑張った事実は、脳に強く記憶され、それをもとに多くの学習がおこなわれます。二代目、三代目にはこの強い記憶が脳には残っていません。ただ何とか親のあとをうまくやらないと、という思いだけです。
 商売のノウハウに関する脳での記憶でも、大きな差がありますね。やはり脳に強烈な記憶として創業時の記憶が残り、数々の失敗や成功を学んで、学習するというプロセスがないと、ただ単に「はい、これであとをよろしく」というのでは、脳のはたらき方が全く異なってきます。
 要は自分で多くの失敗をかさねて、学習することです。そういった脳の神経回路があるとないとでは、決断の内容に大きな差がでます。このへんが信玄と勝頼の違いかもしれませんね。

 ではどうすればいいか。
 光秀のところでもいいましたが、要するに充分に準備をして自信を持つこと。
 そしていったん決断したことを後悔しないように日ごろから心がけることでしょう。
 もうやるべきことはすべてやった。決断もした。後はどうとでもなれ、という心境が平常心のもとになると思っています。


 ※

 他にはこの本には、日本人は小さい方が運動神経が良いということが書いてあった。これは背の低い私にはうれしいと思った。
201p 第五章「信玄に学ぶ・武田軍の強さの秘密」
板倉 この瞬発性と運動の巧みさは、骨や筋肉の強さより、もっと高度な脳のはたらきによるものです。運動に関する脳としては小脳と基底核というところがその役割を担っています。いわば「運動神経」という脳に担当します。
 あの人は運動神経が発達しているというときは、小脳や基底核の脳のはたらきがすぐれていることを意味します。手足をただ動かすだけではなく、速く強くうまく動かすのが、これらの脳のはたらきです
 その意味では武田の軍勢は身体能力も高かったが、小脳や基底核のはたらきも良かったといえるかもしれませんね。日ごろから周囲に高い山が多く、常に高い山での訓練が可能であったために、運動の脳が鍛えられて発達していたのかもしれません。
津本 日本人の本質は、大男よりも小男のほうがいいんだそうですね。
 合気柔術をやるのも、大きな人はあまりよくない。いま第一人者である木村達雄さんでも、百七十センチくらいでしょう。私も習った先述の佐川先生は百六十三センチですよ。それで九十歳を超えても、だれも寄せつけませんでした。
 その佐川先生の師匠に当たる武田惣角先生は、百四十七センチくらいです。それで力士のような大男を自由自在に投げ飛ばしていたのですからね。合気道の開祖の植芝盛平もすごく小さかったですね。柔道の三船久蔵とか、伝説的な連中もみんな小さいです

お盆の月は顔を見せない

 星のことが好きで昔そういうことを少しかじっていたときに読んだ本で、月の初めは新月で、中旬に満月になる、だから夏祭りの花火は月の光が邪魔だから、新月になる八月の初めが多いのだと書いてあった。
 でも今年の八月二日と三日に窓から見えた月は大きくて丸かった。それは今年だけのはずはなくて毎年のことだから、八月の初旬は満月の時期なのだろう。ということはあの本は嘘を書いていた、騙された。
 暦と実際の月は周期が違うから月の満ち欠けはずれるのはわかっていたけれど、人間が夏祭りの花火の時期を自然の法則に合わせていたということに、歴史性というか、人間の英知のロマンを感じていたのに、だまされた。

 諏訪湖の花火は八月十五日だ。だけど花火はもともと興味はなかった。だから諏訪に住んでいたときも花火は見もしなかった。そして八月中旬は月明かりが邪魔だろうに馬鹿だなと思っていたが、そうでもないかもしれない。
 さっきググッたら、八月十五日のお月さんは、満月か細いのかわからないけれど、朝方に空に出て、昼間天を廻って、夕方沈むらしい。ということは夜は月は顔を見せないのだった。
 どうりで今夜の夜空は暗い。雲っているのかもしれないが。

八月にオートバイに乗れる今年

 今年の八月は、けっこうバイクに乗っている。久しぶりに暑くない夏だからだ。といって遠出をしているわけではない。お客さんと職人さんとの打ち合わせに乗っていく。そして夕方時間ができたときに海まで走る。
 それぐらいだけれど、夏にオートバイに乗れるのは、自分の本当の夏だと思える。

 今年は暑くない夏で、エアコンも七月後半に一回つけただけだ。あとは扇風機でのりきれている。でも今日は雨が降って窓を閉めているから、暑くて、蒸し暑くて、エアコンをつけている。
 お盆に雨が降るのは記憶にない。
 エアコンのおかげで今、湿度のない冷えた風にあたっている。

夏の旬の魚はいわしか

 先週の八月に入った頃は、買い置きのニンジンもピーマンも茄子も、玉子でさえも暑さで腐った。だから今週は野菜を買わないで、スーパーの惣菜を食べて過ごした。
 昨日、キュウリやピーマンやニンジンやオクラや茄子やスイカの夏野菜を沢山買ってきた。暑いのは同じだからまた腐るかもしれないが、腐ったら腐ったでいいと思っている。それよりも夏が旬の野菜を食べることで体を暑さから守れるのだと思っている。
 きゅうりなどは、おしっこを出すぐらいしか能のない、栄養はないものだと習ったおぼえがあるけれど、食べていると、外側は緑色で中身は白くてサクサクしている棒は、何だか体によいものだと思えてくるから不思議だ。スイカもキュウリの親戚だと思うが、スイカは水がたっぷりあって甘くて、だから根拠はないけれど栄養がある食べ物だと思えてくる。とくに、中身が真っ赤なのが栄養満点だと思わせる。

 魚は野菜ほど夏の旬はないらしいが、ネットで調べたら、鰯は夏の旬だそうだ。
 今ごろの鰯は臭いのだ。臭いのが栄養があるのかもしれない。
 旬のものはうまいのだから、そして栄養があるのだから、明日はいわしを買ってこようかと思う。

喧嘩で警察と、税金のこと

 前にも書いたことがあるが、税金とは国が一方的に民衆から取ることができる金じゃないのだ。
 税金とは、世の中の人々が、助け合うために、世の中を良くするために、お互いに出し合っているお金なのだ
 だから、独り占めしたり無駄遣いしてはいけないのだ。
 そして税金とは民衆が自分から出しているお金だということが根拠で、確定申告とは自己申告なのだ。税率は時の政府が決めているけれど、収める金額は、払う方が、法律にもとづいて自分の責任において決めて払う。
 なぜなら、それが民主主義だからだ。自分たち一人ひとりの責任で、自分の納める税金の額を決めているのだ。それによって、自分の責任で世の中の役に立っていることが、民主主義の根拠の一つだからだ。
 これらはダガシのオリジナル丸シーだがな。

 今夜、おれが住んでいるアパートの管理会社の社長と口喧嘩をして警察を呼ばれて、また警察官に説教して、この税金のことを教えてやったから、書いておく。
 その警察官とアパートの管理会社の人間たちは、嘘吐きの卑怯者の田舎者だから、税金とは何ぞやもわからないし、今まで怒鳴っていたのが、警察が来ると途端にきれいごとを喋っていい子ぶって、それまでと逆の嘘を言い出して、長いものに巻かれたがる怠け者で、下手に出ればつけあがる田舎者の馬鹿で、だからおれと喧嘩になる。

エアコンをつけないと米の心配をする

 今年は7月16日にエアコンのスイッチを入れてから、それからつけていない。
 今まで暑いといえば暑かったのだが、扇風機で済ませられた。
 8月7日の今日なんて、というか夜中の零時をまわる今の部屋の気温は26度だ。ちょうどいいのだ。
 もしかしたら今年は、エアコンをつけない夏になるのかもしれない。
 でも作動確認のために、二、三度はスイッチを入れてみようと思う。
 そして心配なのは、米のでき具合だ。

サッカーは戦争を連想させる

 オリンピックには興味がないのだけれど、今回のサッカーはおもしろいと思っている。とくに男子サッカーだ。
 新しいスターが出たらしい。永井というそうだが、とても足が速い。夜中のスペイン戦をうとうとしながらラジオで聴いていて、「ながい、ながい」とアナウンサーが叫んでいたのをおぼろげにおぼえている。
 どんなやつか見たいと思って、ネットの録画配信を見たり、YouTubeでJリーグでのプレイを観たりした。愛嬌のある顔つきで、そしてどうしてか彼のこころねは優しい人だと思った。
 自分だけが持っている特殊能力で、自分の業界に、自分で自分の居場所をつくったのだから、クリエイティブな人間だ。

 サッカーはスポーツの中で、とくに戦争を思わせる。
 特別に広いコートを使って、それぞれのプレイヤーの役割を決めて、でも状況に応じて縦横無尽に入り乱れて闘う。
 敵に体をぶつけて、どこか格闘技をおもわせるところも戦争だ。プレイ以外の場所での情報戦も、戦争をイメージさせる。
 十一人という大所帯のチームで闘うことも、国家間の戦いを連想させる。
 実際の戦争はしてほしくないから、サッカーで相手国に勝って、擬似的にでも嬉しがらせてほしい。
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