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徒然のブログ

つれづれの思いなどを

新しいラジオで聴く気持ちいいアナウンサー

 今月ハウスクリーニングとリフォームに行っていた家で作業しながら聞いていたラジオが壊れた。スイッチが動かなくなったのだ。電源が入らなくなって聴けなくなった。
 だからこの間ヤフオクでCDラジカセを落札した。品物代が1700円で、配送料が1000円、品物代の振込み料が420円、全部で3120円だった。
 このラジオはチューニングがデジタルだから、周波数を合わせるのがとても楽だ。合わせた周波数を機械に覚えさせておけるから、放送局がボタン一発で変えられる。電波の入りもよくて、音も聞きやすい。お買い得だった。

 BSNは嫌いだから普段は聞かないのだが、昨夜たまたまボタンを押したら、カムバック歌謡曲という番組をやっていて、これは良い番組なのだが、年に何回かしかやらない番組で、チャーリー高坂という人が出ている。チャーリー高坂という人は元BSNのアナウンサーらしいが、新潟県のアナウンサーには珍しく、その喋り方は落ち着いていて、声質もしっとりしていて、馬鹿馬鹿しくはしゃぐこともなく、謙虚な物言いで、嫌味もなく、聞いていて気持ちよく聴ける。気持ちよく聴けるのは、何より客観的に喋るからだ。そういう人はめずらしい。チャーリー高坂という人は新潟県の中では、いや日本のラジオのアナウンサーの中でもトップクラスの人だと思う。

 そして今日の夕方、いつも聴いているNHKの地球ラジオという番組で、後藤繁榮というアナウンサーが、その番組が今日で最後の出演だった。この番組は外国に住んでいる日本人向けの番組というもので、そういう人からのメッセージがたくさん読まれる。それは日本にいる私が聴いてもおもしろくて、つい引き込まれる番組なのだ。
 だけど私はこの番組がものすごく好きで聞いていたわけではない。仕事をしながらのラジオでかかっていたとか、帰るときの車の中でかかっていたから、いつも耳に入っていただけだった。
 でも日本人が外国に住んでいるさびしい気持ちや、日本を恋しく思い出す気持ちや、一人で外国を旅行して、外国人とやりとりするときの気持ちを聴いていると、自分も頑張らなければならないと思わせてくれた。たまに外国で育っている日本人の子供の、すなおな心で書いた手紙を紹介するのを聞くと、どうしてか涙が出ることもあった。
 後藤繁榮というアナウンサーの喋り方も嫌味がなく、謙虚で、それでいてユーモアがあって、好きなアナウンサーなのだ。この人も客観的にものを言う。だから気持ちよく聴けるのだ。
 十年くらい前、よく見ていた教育テレビの夜の料理番組に後藤繁榮アナウンサーが出ていて、一緒に出ていた図体の大きな意地の悪そうな女アナウンサーにいじめられながら番組をやっていたのを見て、その女アナウンサーが憎かった。それでもニコニコと頑張っている後藤アナウンサーを可哀想と思って、頑張れと思いながら、見ていた。今はその意地悪な女アナウンサーは、どこかの田舎の局に飛ばされているのだろう、見ないし聞かない。ざまを見ろ。
 地球ラジオという番組は、世界の外国で暮らしていて、それで日本のラジオを聴きたいという人から、とても愛されている番組だということがわかった。そして後藤繁榮アナウンサーへの、世界中の何十人もの日本人からの「今までありがとう。これからも他の番組で頑張ってください」というメッセージを聞いていて、後藤繁榮という人は、番組を聴いている人からとても好かれている人だということがわかった。後藤繁榮という人が好きだという感情は、私も世界にいる日本人も同じだったというのがわかって、なんだかうれしいと思った。

人間が増えすぎている地球

 地球上の人口は、この五十年くらいで二十五億人から六十一億人に増えたそうだ。私が小学校のときの四十年くらい前に、小学生向けの雑誌で読んだときは、四十五億人だった。
 エネルギー保存の法則というものがあるけれど、地球系の中のエネルギーが一定かどうかはわからないが、たぶんほとんど一定だろう。ということは、人間が使うエネルギーが増えれば、他に回せるエネルギーは減るだろう。
 そして地球系の中の原子の数が一定かどうかは知らないが、人間が増えると、地球の系の分子、原子は、人間の身体を作ることに使われてしまって、水や、空気や、土やに原子がまわらないのではないかと心配する。
 でもまた少し考えたら、人間が七十億人でも百億人になっても、地球の全部の分子、原子の量から比べたら、微々たるものだろうから、ということは人間がいくら増えても、水が減ったり、空気が減ったり、土が減ったりすることはないだろうと少し安心した。

 それより恐ろしいのは、人間が増えすぎて、増えすぎた人間が、自分勝手に地球の今までの分子、原子の配列の比率を変えることだろうと思った。
 石油を掘って、燃やす。植物を切り倒して、燃やす。
 何かを燃やせば、酸素が減って、二酸化炭素が増える。
 その分子、原子の増減も、原子どうしの数の比率の変化も、地球系の中では誤差の範囲だと思ってきたけれど、もしかしたら誤差で済まされない増減かもしれない。
 だから人間が増えることは地球にとって良くないことかもしれない。いやたぶん良くないことだろう。地球に良くないことなら、そこにいる人間にも良くないことだろう。
 ということは、人間は自分たち人間が増えすぎないように、何かの手立てをすべきだろう。

 どうして人間が増えたのだろうと考えると、死ななくなったからだろう。とくに乳幼児が死ななくなったからだろう。
 赤ん坊が死ななくなったのは、それは医療が発達して、その医療を地球のはしばしに行き渡らせているせいだろう。生き物としては弱くて死ぬべき個体が、そのまま生きながらえてしまうことになったからだろう。それは人間にとってよいことなのかどうかは、知らない。
 年取ってもなかなか死なないようになったのも人口が増えている原因だ。それも食糧と医療が、いろんな人に手に入りやすくなったからだろう。
 年取って、生き物として種に貢献できなくなっても、そのまま生きながらえてしまうのは、人間という種にとって、幸せなことなのかどうかは、知らない。本人にとっても。

 だから日本だけでも世界に率先して人口を減らすべきだろう。いや新潟県だけでも、いや新潟市だけでも、世界の人々に率先して、不健康な老人の死亡率を増やして、死にそうな乳幼児の死亡率を増やして、世界中の人々の模範にならねばならないだろう。

タイヤ交換で神経の細かさがなくなっていくあきらめ

 車のタイヤ交換をしにいつも行く新発田市のタイヤリサイクルセンターに行こう行こうと思っているけれど、時間が取れなくて行ってない。
 それは新発田まで行くのが時間を無駄にしていると思うから行かないようにしている気持ちもあって、新潟市のイエローハットで替えればいいじゃないかという気持ちと揺れ動いて迷って、どっちに行けばいいか迷っているから、行ってない。自分で替えればいいじゃないかという気持ちも混じって、なおさらこんがらがっている。
 だけれど、ホイールがブレーキまわりに固着しているから大きなハンマーで叩かないとタイヤがはずれないから、その大きなハンマーと頑丈なジャッキを持っていないから、自分ではできなくて、自動車屋さんに頼まなければならない。それらの道具を買うよりも依頼しつづける方が安いから。
 そうするとイエローハットに頼むか新発田のタイヤ屋さんに頼むかになるのだが、それも少しだけ迷って、それで結局、遠いけれど毎回新発田に行っていた。新発田のそのタイヤ屋さんの、その仕事人としての姿勢が好きだから。新潟市民には真似のできない仕事ぶりを見せてくれるから。タイヤ交換の職人としての仕事振りも、接客業の仕事人としての仕事振りも、新潟市では見ることができないものを見せてくれるのだ。それは小ずるい新潟市民たちへの軽蔑の感情を確認させてくれて気持ちよくなるからというのもある。

 それから、替えたタイヤを毎回洗ってしまっていたけれど、もう洗うのが面倒になっているから、洗わずに、仕事につかう大きいマスキングシートをかぶせておけば、汚れも移らないだろうし、ゴムの臭いもおさえられるだろうと、自分の神経の細かさがなくなっていくことにあきらめている。

母親に似ていれば女を許せる

 男は女のすべてを許せない(それは女も同じだろう)。
 女を許せるのは、自分の母親だけだろう。
 母親に似ていれば許せて、近づいて暮らせるかもしれないと、まちがってしまう。

ブログを毎日書くのは下品

 昨日も書いたけれどまた書くけれど、毎日ブログを書くのは下品だ。
 それをわかって書くのはまだ救いようがあるけれど、ブログなどというものを毎日ガツガツと書くのは駄目な生き方だ。
 SNSなどを得意がって毎日やっているのは人生の最低級な生き方だ。地獄の餓鬼が、こぞってSNSをやっているぞ。

 ニンジンとかLANとかタイヤとかギターや天気のことを考えているほうが、ブログなんて書くよりいい。
 でも商売から離れて毎日ブログをかくのなら、許されるかもしれない。むしろ自分の心からほめられるかもしれない。

仕事の孤独とルーチンワークは記帳

 定期的にお客さんのところに行くハウスクリーニングや清掃は去年でやめた。リフォームを始めてから、そしておととしの大震災があってから、意識的に減らしていっていたのだ。同じようなことをやって暮らしていくのは、おもしろい人生ではないと思っていたから。
 そうしたらルーティンワークというのがなくなった。
 それはおもしろいといえばおもしろいのだが、ラクなことじゃなかった。とくに精神的につらい。一回一回が別のことをやっての勝負なのだから。
 とくにリフォームの仕事は、初めてするやり方を考え出して編み出しながらやる。これもおもしろいことなのだけれど、とても疲れる。施工が一段落すると、ヘトヘトになる。

 業者さんとのやりとりも疲れる。おれに仕事を頼んでくれるお客さんは、おれに自分の大事なことを頼むだけあっておれと近い人種だけれど、おれが作業を頼む業者さんは、明らかにおれとは違う人種だ。コミュニケーションを取るのは、お客さんとのそれより疲れる。
 お客さんと業者さんは、もっとまるっきり違う人種だ。その全然違う人種どうしのコミュニケーションをうまく通してやるのが、おれの役割だ。業者さんの喋る言葉をお客さんに分かる言葉に翻訳するのが苦労する。だけどその苦労は業者さんたちは知ろうとはしない。お客さんたちも知ろうとする人は少ない。おれの孤独だ。
 だからあまりにおれと違う人種の人とは、お客さんであろうと、おれが仕事を依頼する職人さんであろうと、おれは付き合わないことにしている。自分の孤独が、孤独の無間地獄になって、おれを壊してしまうから。

 お客さんとの最初からのやりとりも気を遣う。気を遣わなければ仕事を取れないから。仕事を取るまでのお客さんとのやりとりが一番疲れるかもしれない。仕事になるかどうか、徒労に終わるのじゃないかという不安と、初めて接する人とのやりとりの、心の使いようで。でもそれが一番大切で必要なことなのだ。
 ときどきルーティンワークが懐かしいと思うこともある。ルーティンワークは、パソコンで経理の記帳をするぐらいだ。それで心をやすめている。

ニンジンのゆでたのを食べる2013

 この頃はニンジンを輪切りにしてゆでて食べている。
 ピーラーで皮をむいたのを左手で持っていて、小さな鍋を置いておいた上で、空中で右手の包丁で輪切りにして鍋の中に落としていき、全部切ったら塩を振って水を入れて、まだこの季節はガスストーブをつけているから、ニンジンを入れた鍋をストーブにかけておく。
 三十分ぐらい待っていると、堅くもなくやわらかすぎもなく、ちょうどいい歯ごたえのニンジンのゆでたのができあがる。
 ニンジンがことさら好きなのではない。ビタミンAを取るためだ。赤い色の食べ物がおもしろいからでもある。

中田有紀は好きなアナウンサー

 一つ仕事が一段落したから体を休めようと思って、今日は一日ベッドで、寝たり、ラジオを聴いたり、本を読んだりしていた。
 NHKは春分の日の祝日の特別な番組をしていた。俺の好きな中田有紀が喋っていた。いつも午前中のラジオに出るNHKの馬鹿な女アナウンサーとちがって、中田有紀は聴いていて気持ちがいい。活舌がなめらかで、息遣いが気持ちよく、声室が上品で、喋る語彙に教養が感じられて、頭がよくて、そして声に艶があって色っぽくて、ずっと聴いていたいと思う女の声なのだ。
 中田有紀はSで売っているらしいが、おれは中田有紀の本質はMだと思っている。それがまたセクシーさを思わせる女だ。

春の雨の音をきく夜中

 雨が降っているから窓を開けて空気を入れ替えている。
 雨降りのときは花粉が飛ばないから。
 今年は三月八日にくしゃみが出はじめた。だけどそれほど連発していない。
 雨の日は呼吸がらくだ。とくに夜は。
 春の雨だから、雨の音も暖かい。窓をあけたくなる。

死ぬ覚悟をした後の執着心

 ブログを書いていないが、ぎっくり首になった夜中の頭の痛みで死ぬのを覚悟してからは、何がどうでも、それでいいのだと思うようになって、何かに執着することが馬鹿馬鹿しくなって、とうぜんブログも書かねばならぬなどと思わなくなり、書かないようになっている。
 死ぬと覚悟したら、あんなに怖かったお化けも怖くなくなった。自分が死人になるのに、お化けが怖いわけがない。夜中にふと目が覚めて、部屋のすみの暗がりを見ても、怖くない。
 だからもしかして、オートバイで橋を走るのも怖くなくなっているかな、70キロ出すのも怖くなくなっているかな、トンネルを走るのも怖くなくなっているかな、と期待しているけれど、たぶん駄目で怖いままだろう。今も仕事の作業で高いところに上るのは、やっぱり怖いから。
 ものごとに執着することがもうほとんどなくなってしまったけれど、仕事の成果と作業の仕上がりには執着している。スジミチを白黒つけることにも執着している。それらの執着心は死ぬ覚悟をした前よりどうしてか増えた。
 そして部屋はまたゴミ屋敷になっている。

三月十四日の綿みたいな雪が降るときところ

 今日、新潟駅近くの作業先で、昼に外でご飯を食べていたら、小指の先ぐらいの小さい綿みたいなものがふわふわと、いくつもいくつも舞いながら落ちてきた。それは二十年ぐらい前に七号線を北に走ったツーリングで、鼠ヶ関の海岸線道路で見た波の花に似ていた。
 その白い綿のようなものを見ていたら、それはどこかの服を作る工場から出てきたのだろかと思ったけれど、新潟駅の近くで工場などないから、何の綿なのか、いや綿ではなくて、中国から飛んできた汚染物質じゃないのかと思ったりして怖くなって、食べていた弁当を持って家の中に入った。
 でも玄関の中から、舞い落ちる白いものを見ていると、どうしてか舞い落ちる白いものに誘われれてしまって、その白いものを確かめたくなって、自分が知らないうちにまた外に出てしまった。そして恐る恐る舞い落ちてくる白いものを手のひらで受けたら、ひやっとして、すぐ溶けて水になった。
 雪だ、と思った。

 でも寒くはないのだ。暖かいほどだったのだ。たぶん気温は十五度はあっただろう。それなのに雪が降っているのだ。不思議だった。
 それから五分くらい落ちてくる白いものを見ていたら、急に私に見せつけるように白いものがたくさん降ってきて、いつも見る雪が降る景色になって、ああ、やっぱりこれは雪だったのだなと思った。そういえば自分ではわからなかったのに、肌寒いと思っていたのか、いつのまにか唇が乾いているのがわかった。でも三月の半ばなのに雪が降るわけがないと、意識の表面ではまだ、雪だとは信じられなかった。

 帰ってネットで今日の新潟市の昼頃の天気を調べたら、十二時の天気は、曇り、気温は四度、風速は五メートルだった。
 だけどあのとき、空を見上げたら青空だったのだ。暖かかったのだ。小さい綿みたいな雪は、ふわりふわりと降りてきたのだ。だから風は吹いていなかったのだ。私が弁当を食べていたときところだけ、天気が狂っていたのだろうか。
 狐の嫁入りという天気があるけれど、あのとき私は狐にだまされて、舞い落ちる綿みたいな雪を見ているうちに、どこか知らないところか、どこか知らないときかに、連れていかれるのだったのかもしれない。
 自分の知らない場所か、自分が知らない時刻に行ったら、私は私でいていられるのだろうか、知らない、それは知らない、だれも知らない。

首が少し動くようになった

 三月八日には首が右には70度、左には50度回るようになった。
 右肩の痛みと、右腕のかすかな痺れは続いている。
 まさか五十肩にもなっていたのかもしれない。
 右足のアキレス腱は今のところ完全には曲がりきらない。

 焼酎を四日間飲んでいたら、うんこが元のように焦げ茶色になって、やわらかくなった。
 それでもたくさん飲んでないし、おそるおそる飲んでいる。
 酒を飲めるようになったのは体に悪いようでも、精神にはありがたいし、やっぱりおいしい。

ラジオのあるべきラジオ局

 このごろ新潟駅の近くの家のリフォームとハウスクリーニングをしているのだが、ラジオを聴きながら作業をしていて、周波数のダイヤルを回したら偶然山形と秋田のラジオ局の電波が入った。
 新潟県のラジオ局の頭の悪い喋りにうんざりしているから、山形と秋田のラジオ局(それは民間ラジオ)の喋りに新鮮を感じて聴いていた。
 でも三四日聴いていたら、やっぱり頭の悪さ、無神経さが出て、聴きたくなくなった。でも新潟県の民法局とNHKよりはよっぽど気持ちよく聴けるが。

 藤沢周のデビューした頃の小説に、FM局のラジオを聴いていて女アナウンサーにイライラする、というような描写があったが、そこにとても共感したおぼえがある。FM局の甘えた自分勝手な傲慢な物言いに殴りたくなっていた頃だったから。それが今はAM局もそうなったし、テレビもとっくにそうなった。聴く価値も観る価値もなくなっている。
 たんたんと、音楽やニュースや天気予報だけをたんたんと流して、頭の悪いお喋りをしない番組のラジオ局があったら、ダイヤルを合わせるのに。

五十日ぶりに冬越しのバイクのエンジンをかけた

 天気予報で今日は晴れて暖かくなるといっていたから、夕方時間を作ってオートバイのエンジンをかけた。
 一月二十一日に乗ってから、二月はぎっくり首になって体が動かなかったし、三月になっても寒くて、バイクカバーをはぐる気がおきなかった。やっと今日三月七日にエンジンをかけた。

 いつものように押しがけをする。その前に点検をする。
 タイヤの空気は入っている。ブレーキは前後とも、きく。ハンドルや車体を揺さぶって、へんな音や動きのしぶいところがないか、目と耳と手のひらと体ぜんたいで確認する。大丈夫のようだ。
 ガソリンコックを横向きにして、キャブにガソリンを落としてやる。バイクを押して道路に出る。ギアを二速に入れてから、クラッチを握って走り出す。
 十メートルくらい走る。スピードに乗ってから、クラッチを離すと同時にシートに腰を押し当てる。一発でエンジンがかかった。
 チョークを引くのを忘れていた。だけど一発でかかったのは暖かいからだろう。今日の新潟市の最高気温は十七度だったそうだ。

 まだ首が治らないから、ヘルメットを被るのはやめておく。重いものを頭に乗せたくないのだ。だから乗らないでエンジンだけかけておいた。エンジン音が迷惑にならない場所の歩道に停めて、十五分くらいアイドリングをしてから、三四回空ぶかしをしてエンジンを止めて、またカバーをかけた。

飲もうかどうしようか迷う

 ぎっくり首になってから今日で一ヶ月だ。二月二十八日に書くつもりの顛末はまだ書いてない。
 今日の作業で、ずっとうつむいていたら首が痛かった。でも一ヶ月でだいぶよくなったのは、自分でも早い回復だと思う。

 酒も一ヶ月飲んでない。
 今日は帰ってきてから事務仕事をしていて、まだ夕飯は食べてない。夕飯用のご飯が少ないから、一杯だけ飲んでみようか迷っている。

 ※

 翌日の朝に追記。
 迷ったけれど、きのうは夕飯の前に薄い焼酎のレモン水割りを一杯だけ飲んだ。
 そのせいか、この一ヶ月間夜中に二回も三回もおしっこに目が覚めていたのが、昨夜はおしっこをしなかった。二回目がさめたのはおぼえているが、枕元の目覚まし時計を見るひまもなく、すぐまた眠りに入ることができた。朝までぐっすり眠れた。
 少しだけ酒を飲んだことがよかったのかもしれない。

戒律が多い宗教のわけ

 中国人と朝鮮半島の人間の自分勝手さ、白人のずるさ、中東の人間とインド人の男尊女卑と行動の激しさ。これらの地域で生まれた宗教は、儒教、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教、仏教と、それらの宗教は、あれをするな、これをしろと、堅苦しい決まりがたくさんあるのはどうしてだろうと思っていた。
 ふと気づいた。自分勝手な人間が多いから、厳格な決まりを作って守らせたのだと。
 日本人は他人を思いやる人が多いから、日本古来の神道はそれほど決まりはないと思う。ユーモアのある神様たちがいっぱいいるのは、日本人がおおらかだからだろう。
 それは日本の気候風土が人間が生きるのにちょうどよかったからだろう。ガツガツと他人を蹴落とさなくてもすんだのだろう。
 日本には、同じような顔かたちと、黒い目と黒い髪の毛の人たちしかいなかったから、他人をそれほど恐れずにすんで、だから怖い神様が少ないのだろう。
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