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徒然のブログ

つれづれの思いなどを

笹川流れにリベンジ

 今日四月二十九日、オートバイで笹川流れに走りに行った。去年のこの日、笹川流れの道で後ろタイヤがパンクして、二日間かけて自分でタイヤ交換してから、同じ日に笹川流れに復讐するぞと決めていたのだ。

 去年タイヤを替えた農協の駐車場を通り過ぎた。路側帯で釘が刺さってパンクしたカーブを、にらみつけながら通り過ぎた。去年、濃いピンクの八重桜が狂ったように咲いていた神社の駐車場に、バイクを停めた。今年の八重桜は、もう半分散っていた。花びらの色はどうしてか薄かった。おしっこをして、ジュースを飲んで、また走りだした。

 そうして何ごともなく、勝木の7号線にまじわる交差点のセブンイレブンの駐車場で折り返して、帰ってきた。
 しかし笹川流れの道は、長すぎる。ひたすら海を見ながら走るのだから。

地球ラジオの女の子の将来

 昨夜のラジオ深夜便の直前のニュースを読んだのは後藤繁榮アナウンサーだった。久しぶりの声を聞いて嬉しかった。後藤アナウンサーの声はときどきラジオで聞くのだけれど、そのたびになつかしく思う。
 そして今朝もラジオのニュースを読んでいた。ということは私は眠っていたからわからないけれど、泊りがけの勤務で深夜便の合間合間のニュースを読んでいたのかなと思った。
 もう少ししたら深夜便の担当になってくれるかもしれない。そうしたら私は、中学生の頃のように夜中のラジオを待ち遠しく思うかもしれない。

 今日の夕方も、いつものように地球ラジオを聞いていた。もう後藤アナウンサーは喋らないけれど、ラジオはつけているのだ。
 後藤アナウンサーの相棒だった倉益悠希という女の子は、頭が良い。聞いていてわかる。彼女の声は、聞いていて気持ちが良いのだ。
 外国育ちだというらしいから、疎外感を感じながら育って、それが元々が頭がよいから周りに気を遣うことを覚えて、それだけれど卑屈にならずに、意地悪にならずに育って、人間として気持ちの良い人になったのだろう。
 こういう人は相手から好かれる人だから、将来は国家を背負った外交官になってほしい。けれど、ふつうのお嫁さんの姿も見てみたい。

今年はまだストーブをつけている。そして客観

 今年2013年は今日四月二十三日も朝、ガスストーブをつけた。今日の最低気温は4度だった。この春は、このぐらいの気温が続いているのだ。だから四月の下旬でもストーブをつけている。そんな年は初めてだと思う。

 だけれど明日から春らしく暖かくなるらしい。朝の気温は9度、8度、7度でいくらしい。
 だからもうストーブも掃除して片付けられる。

 これはまったくのメモを残そうとして書いている。
 そういえばこのブログはほとんどメモとして書いている。
 それは自分でもいさぎよいと思っている。

 でもいつも、客観からのひねりも入れて書いているつもりで、メモとしている。
 そうでなければ、世間に公表して書く意味がないと思っている。

ブレーキフルードを交換した

 オートバイに今シーズン乗りはじめたら、前ブレーキのききが悪くなっていた。レバーを握っても、ワンテンポ遅れて速度が落ちる感じなのだ。危ないなと怖かった。
 バッドが減っているのだと思って、ヤフオクでブレーキパッドを買った。送料込みで1400円くらいだった。
 それからブレーキフルードも減っているし汚れているから替えようと思って、それも替える道具をヤフオクで買った。シャンプーのポンプ式容器と同じ形ので、送料込みで840円だった。
 それとブレーキフルードを500mlが1400円のを、バイク用品店で買った。ホームセンターでもブレーキフルードは売っていて、500mlで980円で安かったからそれを買おうと思っていたのだが、よく考えたらそのフルードは自動車用でグレードが低いものだった。だから嫌いなバイク用品店に行って買うしかなかった。

 ブレーキキャリパーをばらして洗った。パッドはぜんぜん減っていなかった。おととし洗ったときに見たのと変わらなかった。1ミリも減っていなかった。あれから8000キロくらい走ったが、減らないものだなあと、自分と自分のバイクに、変なふうに感心した。
 だからパッドは洗ってから元に戻して付けた。買ったパッドは無駄になったけれど、いつか交換しようと思う。

 マスターシリンダーに新しいブレーキフルードをつぎ足して、キャリパーのネジにホームセンターで買ってきた、内径5ミリ、長さ1メートルで70円の透明ホースをはめた。
 ホースをはめる前に8ミリのメガネレンチをフルードが出るネジ(ブリーダーバルブ)につけた。

 ホースの片方の先を空のペットボトルに差し込んで、そうしてからネジを四分の一緩めて、ブレーキレバーを握ぎ握ぎした。シャンプー容器に似たフルード交換用の道具も、使わなかった。

 強くレバーを握ったら、マスターシリンダーの底の穴から勢いよく空気の玉が飛び出て、フルードが飛び散った。周りにもタンクにもタオルをかぶせていたから大丈夫だった。

 フルードをつぎ足しながら二十回くらい握っては戻しをくり返していたら、レバーを握る感触がぐっと確かな感じになった。最後にレバーを握ったままキャリパー側のボルトを閉めた。
 レバーを握り離しをしていたのは、フルードをつぎ足しながら恐る恐るやっても、時間にして五分くらいのものだった。下準備と後片付けを入れても二十分くらいの作業だった。思っていたより時間はかからなかった。

 キャリパー側から出たフルードの量は100ccくらいで、マスターシリンダーにつぎ足した量は150ccくらいだった。フルードはたくさん余ったし、作業は簡単で時間もかからないものだから、また替えよう。

 二十年前にも一回、ブレーキフルードの交換というか、エア抜きをしたことがある。ニンジャのナナハンに乗っていたときだ。
 そのときもブレーキがきかなくなったと思ったから、バイク屋のおやじに言ったら、それならブレーキオイルを替えようと言われ、二人でやったのだ。
 私がブレーキレバーを握ぎ握ぎする係で、おやじはタイヤの方で何かしていた。そのころはブレーキフルードを替えるとかエア抜きなどということは、そういえば聞いたことがあるなあぐらいの知識しか持っていなかったから、おやじが何を作業していたかはわからなかった。
「はい握って、離して、握って、離して、……」おやじからかけ声をかけられながらやった。強く握って離してを四五十回はくり返して、そのとき一時的に右手の握力がなくなった憶えがある。今から考えると、ダブルディスクだから回数がかかったのだろう。
 今はやり方をインターネットで調べることができる。画像も見て方法がわかるのだから、インターネットはありがたい。

 ブレーキの具合をたしかめるために、広い駐車場に行って8の字を走って、それから急ブレーキを何度も何度も気が済むまでかけた。
 大丈夫、ブレーキのききが戻った。フルード交換もエア抜きも、一人でやってもうまくできたようだった。それから海まで走った。
 42400km。

サッカーとF1と戦争の強さ。イタリア人、ブラジル人、日本人

 日本人のサッカー選手が、イタリアやドイツやイギリスで何人も活躍している。ということはサッカーというスポーツは、体格や筋力ではなくて、瞬発力と頭脳でも勝負できる運動種目ということだ。

 でも黄色人種の中では、サッカーでは今のところ日本人だけが突出している。
 ということは日本の経済力がものをいっているのかもしれない。少なくとも日本のお金の力が、日本の子供がサッカーをすることの後押しをしているだろう。それはテレビがたくさんサッカーを報道するのもふくめて、お金をかけているから、子供がサッカーを好きになるのだろう。だから小さいうちにサッカーをしはじめて、サッカーをする人の数が多くなって、だからサッカーが上手な選手が生まれるのだろう。

 だけれど瞬発力ということは、やっぱり日本は世界と比べると劣る。瞬発力が一番発揮されるのはモータースポーツだろう。ぶつけたり転んだりしたら、そく死ぬのだから。死ぬのをかけて、命をかけて、やっているのだから、動体視力、筋力、バランス感覚、瞬発力、それらを含めた運動神経、そして勇敢な性格、もともとの頭の良さ、それからレースチームの組織の人たちに好かれる人徳、そういうもろもろを人間としてのトータルの能力をかねそなえた人が、F1やオートバイのGPレースのレーサーになるのだろう。
 そしてF1やバイクのグランプリレースで、日本人が優勝したという話は聞かない。たいがい優勝するのは、イタリア人かブラジル人だ。
 それはイタリア人とブラジル人の、人種としての気性の激しさ、速い身のこなしが、車やオートバイを操る一瞬のひらめきみたいなものをいっぱい持っているのだろう。
 そういえばサッカーの世界も、イタリアとブラジルは強い。サッカーとモータスポーツにおける能力は似ているのかもしれない。

 でもイタリアとブラジルは、殺し合いという、戦争は弱いようだ。
 それはどうしてかわからない。
 イタリア人とブラジル人は、気性ははげしいけれど、おおらかな感じがする。殺し合いが弱いのは、そのせいかもしれない。
 日本人は戦争は強いのだろうか。強いようで弱い、弱いようで強い。わからない。

親を嫌いになると自分を嫌いになる

 親を嫌いになると、尊敬できなくなると、嫌な気持ちになるのは、
 自分を創った製造者だから。

 製造者が劣っていれば、
 自分はさらに出来の悪いものだと思うから。

 神様があがめられるのは、自分を嫌いになりたくないから。

 親を嫌いになって、自分を嫌いになったら、
 神様も壊したくなる。

XPを使い続けたい

 来年の春にウィンドウズXPのサポートが切れるとかで、XPを使うことが実質的にできなくなるそうだが、そうなると私のパソコンも使えなくなる。どこも壊れてなくても使えなくなるというのは理不尽だ。
 私がパソコンを何に使っているかというと、商売の宣伝用ホームページとブログを作って更新することが第一の目的だ。
 他には、ホームページとブログを更新するためにデジカメで撮った写真を加工してサーバーにアップロードすること。仕事の調べものでインターネットを使うこと。仕事に使うリフォームの図面を作ること。見積書と契約書を作ること。お客さんとメールのやり取りをすること。仕事の経理の数字を会計ソフトに入力すること。それと、自分の日記みたいなものを書いてパソコンに保存することだ。
 ホームページやブログ用にデジカメから取り込んだ画像は、アップロードが済んだらどんどん削除している。パソコンを軽くしておきたいからである。
 写真撮影の趣味もないから、パソコンの中に画像ファイルがたまることもない。表計算のファイルとテキストファイルが少しずつたまっていくだけだ。
 動画の編集はしないし、楽曲を作ったり編集したりもしない。コンピュータゲームなど時間の無駄だからしない。ということはパソコンの性能はそれほど高くなくてもいい。だからOSもXPのままで満足しているのだ。
 それなのにある日を境に、性能機能に満足していて壊れてもいないパソコンが使えなくなるのは腹が立つ。使えなくなれば捨てることになる。
 壊れてもいないものを捨てるのは、いかにももったいない。地球にも良くない。それは人間にも良くないことだ。

 マイクロソフト社は、何とかXPを使い続けられるようにしてほしい。
 政府や公的機関が使っているパソコンだってXPのままのものが多いらしいじゃないか。
 公共の組織から大量のパソコンを買ってもらって利益を上げていたのに、壊れてもいない公的機関の機械を使えなくさせるのは、大げさに言えば自分の儲けのために公的な組織を敵に回すことになるぞ。
 公的な組織とは社会を代表している組織なのだから、それはその国民を代表している組織なのだから、国民とは人類ということでもあるわけだから、マイクロソフト社は人類を敵に回すことになるぞ。

天災を待つ八つ当たり

 おとといときのうに大風が吹くというから父親に電話して、風で吹き飛ばされるものを置いてないかと電話した。
 それを父に電話する口実にしたのだ。
 父親は、子供の頃から大人になってもの俺からいつも金をむしりとられているのに、俺から心配されて電話されたことに嬉しがって俺と喋った。
 ああ、俺は親を騙していると俺は俺をぶん殴りたくなって、昨日今日と自分を殺したくなっている。
 だから仕事の問い合わせをしてきた、自分勝手で泥棒根性のわがままな人間に対して、怒鳴りつけてしまう。それは八つ当たりかもしれないと自分を責めてしまう。

 愚痴を言いたくなって、何か天災が起きると知ったとき、親に電話する口実にする(ブログも愚痴だろう)。
 だから、死ぬほどじゃないほどの天災が、たまには起きればいいと思ってしまう。

テレビだけじゃなくラジオも聴いていると腹が立つ

 いよいよラジオが駄目になった。聴きたい番組がないのだ。

 BSNラジオは馬鹿を売り物にしている卑怯さに反吐が出るし(実際馬鹿なのだろうから、そういうふうに喋るのだろう)、最近は税金をむさぼって建てた信濃川沿いの新潟日報のビルに番組が引越しするとかどうとかと嬉しがって喋っているのが田舎者根性丸出しで、疲れてツカレテ、殴りたくなる。しかし新聞という斜陽産業が新しく大きなビルを建てるということは、新潟市というところは何か不正義なことをしているようだ。

 NHKラジオは去年午前中の番組が変わってますます駄目になった。屑ばかりが番組に出て自己満足で嬉しがっている。これまた聴いていて殴りたくなってくる。俺はテレビを観ていないから受信料を払っていないから殴る権利はないかもしれないから我慢している。でも税金が投入されているのだろうから殴る権利はあるかもしれない。
 この春から午前中だけでなく午後からも、屑の女タレントがメインの番組を作りやがった。午後も聴いてられなくなった。だから一日聴いていることができなくなった。

 民法のFM局のアナウンサーは元から頭が悪くて客観性がないから聴かない。周波数を合わせるのも汚らわしい。

 NHKの第二放送は、何とか腹が立たないで聴くことはできる。だけど俺には語学の番組や株式の番組や気象の番組は用がない。それに朝鮮語と中国語を聞くと腹が立つ。

 NHKFMは電波の入りが悪い。だから聴けないのだ。そして聴いていても昔の民謡や昔のクラシックは聞きたくない。それにやっぱりたまに客観性のない喋りをしやがるから腹が立つ。

 そうすると、もうラジオは聞く必要はないのかと思う。
 地震があったときの速報を聞くためにラジオをつけているのだけれど、地震を知らせるのは携帯電話の知らせメールに頼って、聞くのは、ラジオじゃなくて、自分の好きな音楽のテープかCDをかけていればいいのかもしれない。

 でも人間の喋る声が聞きたいのだ。
 頭のいい客観性を持った喋りを聞いていたいのだ。

2013年、今年は花粉症が強くでる

 今年は花粉症がひどい。今日は午前中雨が降ったからまだましだが、昨日は暖かかったから、そして晴れてオートバイに乗ったから、マスクもしないで外で呼吸を荒くしつづけたから、昨日の夜はくしゃみが三十秒おきに出続けた。鼻水もずるずる出っぱなしだった。
 今日の午前中も、くしゃみと鼻水が続いた。昨夜からの雨のせいか、昼頃から少しおさまった。

 花粉症というのは自分の体のアレルギーをやっつける力が強くて、自分の体に入った異物を排除することが、すなわち、くしゃみや鼻水で、その力が強いと花粉症になるらしい。だから、まだ自分の体は若いのだと自己満足して、花粉症の苦しみをまぎらわそうと思う。

 ※追記

 今年は花粉の飛ぶ量が多いそうだ。平年の二倍くらいだそうだ。ニュースで言っていた。
 去年の夏が暑かったせいだという。でも、この四五年、毎年夏は暑い。いや十五年くらい暑い夏がつづいている。
 タバコをやめて十年くらいたった。ちょうど十年くらい前から花粉症がおさまったのだ。タバコを吸わなくなったからだと思っていたけれど、飛ぶ花粉の量が少なかったのだろう。体は変わっていなかった。

 ※さらに追記※

 四月二十日頃に、くしゃみがおさまってきた。
 今年は花粉の量が多かったらしいが、それでも鼻血も少なかったし、夜中に鼻がつまって眠れないこともなかった。夜中に何回かくしゃみで目が覚めたことはあったけれど。
 ゴールデンウィークには、くしゃみはなくなっている。二十年前の関東に住んでいた頃とは違う。住んでいる場所のせいなのか、体が変わったせいなのか。両方なのだろう。

車のタイヤ交換と今シーズン初めてオートバイに乗る

 今日四月二日、車のタイヤを替えた。新発田市のタイヤリサイクルセンターだ。
 遠いけれど、行ってよかった。良質な仕事人の仕事の仕方の気持ちよさを感じられた。

 それからオートバイのエンジンをかけた。押しがけで二回目でかかった。エンジンをあたためていたら、今日は乗らないつもりだったのに、ヘルメットを出してかぶって、乗ってしまった。8の字を20回くらいして体をならしてから、海まで走った。
 ヘルメットをかぶっても首は痛くなかったから、ぎっくり首は99パーセントくらい治っているようだ。
 今日は暖かかった。あとでネットの天気予報を見たら、今日の新潟市の最高気温は19度だった。
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