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徒然のブログ

つれづれの思いなどを

泥棒虫を駆除すると人口が減ってしまう

 さいきんまた害虫駆除に精を出している。
 中学生のころは、いじめをしている奴らをやっつけた。
 大人になってからは、政治にかかわっているいい気になっている人間たちを害虫として駆除していた。
 その後は、介護と医療関係の奴らを駆除することにエネルギーを出した。自分勝手な医者と看護婦だ。
 それから土地建物建築関係、清掃関係の奴らを駆除した。
 最近はインターネット関係の業界にはびこっている害虫どもを駆除することに力をそそいでいる。

 その害虫のどれもが、口先だけを働かせて、嘘をつくことを当たり前と思っている、スジミチを通そうとしない泥棒根性の人間たちで、そいつらをやっつける。

 そういう害虫を駆除していると、駆除に成功すると、人間がいなくなってしまうおそれがある。

ことの発端はアメリカ兵がレイプを続けたこと

 橋下がアメリカから責められているということらしいが、ことの発端はアメリカの方だぜ。
 アメリカ兵が日本人の女をレイプしたから、それが続いているから、「風俗に行け」と皮肉まじりに言ったまでのことだ。
 そう言ったことがアメリカ軍隊を侮辱していると言うのなら、今までのレイプはどうしてくれるんだ? どう落とし前をつけてくれるんだ? ああ? お前たちは日本人の女性を、いや日本人全体を、侮辱しているんだぞ! とつめよれ。

 それから、風俗に行くことが女の人権を踏みにじることになるなら、風俗嬢にもそう言え。
 今の日本国では、首根っこを押さえつけられて、殺すぞと脅されて、何かをさせられることなどできないのだから、風俗嬢たちは、自分の意思で、自分の性を商売に使っているだけだ。それは自由意志のことで、誰かに迷惑をかけているわけでもないのだから、誰からも蔑まされることでもない。

 だから、橋下を責めている人間たちは、自分の立場を有利にしようとしたいだけの、功利的な泥棒根性の偽善者だ。
 そしてまともに生活しているアメリカ人たちは、橋下が言ったことも、そして橋下のことも、知らないだろうし、知ったとしても、遠いところに住む日本人がそんなことを言ったかぐらいのことで、小さい国の小さい日本人が何を言おうと、蚊にさされたぐらいにもならず、どうでもいいと思っているだろう。
 ましてや自分の国の兵隊が、出張か転勤か知らないが、行っている国の女たちを婦女暴行しているのを知ったら、心あるアメリカ人たちは、自己嫌悪して、このことで日本人に文句は言えなくなるだろう。

マイナンバーは泥棒根性

 きのうマイナンバーの法律が可決されたそうだが、それは日本には依存症の人間たちが大多数を占めたということだ。自分以外の存在に依存して寄生して泥棒して生きる奴らだ。
 それは国家という仕組みに依存して、公共というものに寄生して生きようとする奴らだ。それは宗教だの政治だの組織だのにはまっている人間にも通ずる頭の悪さだ。頭が悪いということは、客観性を持とうとしない自分勝手なわがままであるということだ。
 ようは、自分自身という存在を律して、自分自身を磨いて、自分自身をもとにして生きていこうとすることをせず、自分以外のものを利用しながら生きていく寄生虫のようなものだ。泥棒根性だ。醜いものだ。

予備で中古の携帯電話を買った

 まったく私は仕事を携帯電話に依存している。
 お客さんとの連絡は携帯メールでしているし、リフォームの業者さんとの連絡は携帯電話の通話だ。仕事のスケジュールは携帯電話のスケジュール管理に頼りきっている。だから携帯電話が壊れるのが恐怖だ。
 でもスマホにするのは料金が無駄だ。だから今と同じ電話機を使いつづけられるようにしたかった。

 今使っている携帯電話が突然壊れても、そのまま使いつづけられるように、同じ機種の中古品をヤフオクで買った。配送料をいれて5500円くらいだった。
 それが今日着いて、フォーマカードを移して電話をかけようとしたら、電話番号のデータが移らなかった。お客さんたちのメールアドレスも移っていなかった。
 ドコモに問い合わせたら、データというのは、カードではなく電話本体に記憶させているもので、カードを移してもデータは移せないらしい。

 ドコモの店に行って、今使っている電話機から、買った電話機にデータをコピーした。ドコピーという専用の機械があった。
 赤外線でデータを移すこともできるそうだ。SDカードという千円くらいの記憶媒体を買って、それにデータをコピーして移すこともできるらしい。
 その作業を一ヶ月に一回くらいすれば、使っている携帯電話がいつ壊れても、そのまま使いつづけられるだろう。

 だけど携帯電話で喋ることが嬉しいというふうにはなりたくない。そしてそういうリフォームの職人が多いように感じる。そういう職人は、無駄口を動かすことにはエネルギーを使うが、手は動かしたがらない。

白アンパンのこと

 さっきふと、白アンパンのことを思い出した。
 子供のころから白餡パンしか食べられなかったのだ。
 ふつうの餡子を口の中に入れると、その甘味に舌がしびれる感覚が走って食べられなかったのだ。
 だからアンパンも、白アンパンしか食べられなかった。

 今ではどうしてか、ふつうの黒い餡子が入ったアンパンを食べていて、好きになっている。アンパンを二つに割って、餡子に胡麻をすったのをかけて食べると、これがうまい。

 そしてこのごろ、白アンパンをどこでも売っていない。
 ひさしぶりに、食べたい気持ちだ。
 だけどもしかしたら、白餡子が、嫌いになっているかもしれない。

 ※追記

 次の日の五月十七日、リフォームの仕事先で昼食のときにコンビニにパンを買いに行ったら、白アンパンが売っていた。
 白アンパンのことを書いた次の日の、何という偶然かと思って、買って食べた。

 美味くなかった。
 餡子の味があっさりしすぎていた。餡の食感が鶏肉の胸肉みたいにパサパサしていた。
 自分の甘味にたいする味覚が変わっていたことを知ったと思った。

夕方の暗くなる瞬間は死ぬ瞬間を教える瞬間

 五月の半ばになると夜の七時すぎても空は黒くならない。
 窓をあけていても寒くはない。
 カーテンがやわらかく揺れている。
 風というか、空気が、そよそよと窓から入ってきているのがわかる。
 その空気は寒くもなく暑くもない。
 だから窓をあけていられる。

 紫色の空をながめながら焼酎を飲む。
 この窓からの映像は、音楽よりも詩よりも文学よりも哲学よりも宗教よりも、輝く。

 あ、紫色が濃くなっていく。
 この瞬間を見られる幸せ。
 この瞬間はもしかして、死ぬ瞬間を、やさしく教えてくれているのかもしれない。

 空が真っ暗になったら、次は星がかがやく。

オフコースが嫌いで山下達郎は好き

 昨夜の深夜三時すぎにふと目が覚めて、ひさしぶりに枕元のラジオをつけた。そうしたらオフコースの曲が鳴った。
 NHKのラジオ深夜便なのにオフコースが聞こえるのも、真夜中のラジオでオフコースがかかるのも、とても場違いな気がした。
 何秒か聞いていたけれど、聞きたくないと思った。
 歌詞が偽善的で腹が立つのだ。小田和正の声も高すぎて気持ちが悪い。声の高いのはまだ我慢できるが、歌詞の内容が、キレイゴトで、無責任で、殴りたくなるのだ。まあ歌謡曲などはすべて無責任な中身だから仕方ないのだろうが、そういう無責任な言葉を、無神経に世間に出せる傲慢さに、腹が立つのである。

 おれは高校生の頃、ギターを弾きながらオフコースの曲をよく歌っていた。おれも高い声が出たから、うまく歌えたし、恥ずかしながらその愛だの恋だのの歌詞の中身に酔っていた。
 そんなことを思い出しながら、枕の横で恥知らずに歌っている歌詞を、眠気や眠気以外の自分のいろんな気持ち悪さを我慢して聞いていたら、高校生のときのおれが入れ込んでいたオフコースが、こんな糞みたいな歌を歌っていたのか、おれはこんな偽善の歌詞を気持ちよがって歌っていたのかと思って、自分自身にも腹が立ってしまって、眠気が覚めて、頭が変にはたらきだした。

 歌詞というものは、意味がない方がいいのだ。曲の歌詞の意味など、すべて浅はかな意味でしかないのだから。その見え透いた言葉を聞かされていると、その浅はかで自分を飾ろうとする魂胆に腹が立って、その見え透いた魂胆というのは、世の中のホームページやブログや広告や個人人間のすべてに感じるのだが、自分を嘘で飾って手前がいい目を見ようとする泥棒根性にまた腹が立って、せっかくの曲を聞く快感が、メロディの上に気持ちよく乗っていかないのだ。
 いつのころからかそう思うようになってしまったおれは、だからオフコースの楽曲を聞くと、腹が立ってしまうのだ。日本の楽曲のほとんどがそうだ。だからもう流行り歌は、ほとんど聞かなくなっている。

 そのてん山下達郎の歌詞は、意味がほとんどない。
 爽やかなイメージだけの、どうでもいい言葉をあえて選んで歌っているのだろう、曲を聞いていて言葉の意味を考えなくてすむ。一曲一曲を腹が立たなくて聞きおわれる。
 だから山下達郎だけは、昔からずうっと好きで、聞き続けているのだろう。

新津に抜ける道と墓参りのゴールデンウィーク

 オートバイでちょっと走りに行くのが、新津から五泉を抜けて村松に入って、それから49号線に出て、そのまま49号を戻ってくるのがパターンになっている。
 でも一ヶ月くらい前から新津に行く道が、亀田の先で工事中で通行止めになっている。何度か通行止めの場所まで行くのだけれど、何度行っても解除されていないからそのまま戻ってくる。

 昨日は絶対新津に行こうと思って、通行止めの近くの店で新津に抜ける道を教えてもらおうと聞いた。
 床屋で聞いたら中年の女三人が世間話をしていて、女のいつもの頭の悪い話し方でわからず、あきらめた。次はクリーニング屋で聞いたが同じことだった。その隣のよろず屋でも聞いたがまたしても同じだった。それから割烹食堂で聞いたら男が出て、もったいぶった喋り方だったが同じだった。
 亀田や新潟市の人間は人に道を教えることさえできないのだ。伝達力と理解力がないのだろう。頭が悪い。そしていつもの、「どこから来たんですか」という野次馬質問をされて腹が立った。馬鹿なくせに(そして馬鹿だから)、他人の詮索だけは一丁前なのだ。だからまた余計に腹が立つ。

 通行止め地点から1キロくらい戻ったところにあった別のよろず屋に入って聞いた。店に入ったが誰もいないから、道を教えてもらえませんかーと大声で言ったら、頭の上に白髪がたっぷりあるじいさんが出てきた。このじいさんは体はよぼよぼしていたが、亀田の人間らしくなく、なかなかまともな伝達力があった。じいさんが言ったことをメモとして書いておく。
 通行止めのところからバイパスに乗る道を右に曲がってすぐを左に入る道がある。そこを入ってしばらく行ったら止まれの標識があるから、そこを左に曲がる。ずーっと走ったら大きい道に突き当たるから左に曲がる。そうすると、またこの道に出る。
 お礼を言ってオートバイにまたがって走りだした。じいさんの言ったとおりに、道は続いていた。

 五泉から村松を抜けて、49号線を津川に向けて走っていった。途中から赤谷の道を走ろうと思ったけれど、左に曲がる道が見つからなかった。三川駅前のコンビニで赤谷に行く道を聞いた。旧道のような道を教えられた。阿賀野川と同じ高さで走る道だった。
 いつも49号線の高い道や長いトンネルが怖いから、低くてトンネルがない古い道を走りたかったから丁度よかった。赤谷から新発田に抜けて、帰った。
 帰って、地図で49号の旧道を調べた。昔からの集落を走る道が何本もあった。今度探しながら走ろう。

 今日はまた新津に行き、新津から湯田上に行って、そこから五泉に抜ける細い峠道を走って、村松から大沢峠でまた戻って、加茂市に入った。加茂川の上で、鯉のぼりが、何百本も吹き流されていた。いつも思うのだが、加茂市というところは新潟県の中では洗練されているし、女も美人が多いと思う。
 それから三条から分水の道を走り、海沿いをゆっくり走って、帰った。

 途中で寄り道して、季節はずれの墓参りをした。
 墓場で昼食の餡パンを食べて、缶コーヒーを飲んで休んだ。誰もいなくて、静かだった。
 帰る前に、墓石をぺたぺた何度もさわってやったり、さすってやったりしたら、墓もうれしそうな顔をしたように見えた。

 今日、新津に行く道を忘れないように、また同じ道を走ろうと思ったのだ。昨日教えてくれたお礼をしようとじいさんの店で何か買おうと思ったら、店は閉まっていた。
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