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徒然のブログ

つれづれの思いなどを

手段と目的 わからなくてもいい

 オートバイに乗るのは音楽を楽しむためでもある。
 何のことでも何かの手段なのだ。
 手段のことにこだわるのは滑稽だ。
 生きることも何かの手段なのだろう。
 死ぬことも何かの手段なのだろう。
 すべてのことがそれ以外の手段なのだ。
 そこまで行ったら、目的はわかってもいいしわからなくてもいい。

今年の鈴虫の鳴きはじめ

 さっき七時ころ日が暮れたころから、蝉が鳴きだしたなと思って聞いていた。そういえば、しばらく蝉は鳴いていなかったなと思いながら焼酎を飲んでいた。
 ふと蝉の鳴き声が鮮明に聞こえたと思ったら、それはりんりんと鳴いているのだった。ああ鈴虫なのだなとわかった。

 この一週間は夜中や朝方に強い雨が降って、そのたびにベッドから飛び起きて窓を閉めた。
 そうしたら、しだいしだいにいつのまにか気温がさがって、ビールを飲みたいと思わなくなって、焼酎にもどった。

 網戸のむこうから鈴虫の声が聞こえている。ラジオのFMで知らないクラシックの曲を流している。いっしょに聞こえておもしろい。
 暑ければ蝉の声が聞こえて、涼しくなれば鈴虫の合唱を聞くことができるのは、しあわせなことだと思える。

介護リフォームで再認識したこと

 今年の夏に初めて介護リフォームというものをやった。
 したいしたいと思っていたのだが、介護業界にいたせいで、その方面のリフォームに、俺の方から積極的に進むのがどうしてか卑怯な感じがして躊躇していたのだ。
 だけれどお客さんから、どうしてもダガシにしてほしいと言われたから、した。
 どうしてどうしても俺にさせたいと思ったのかは知らない。聞くのは恥ずかしくて聞いてない。

 手すり取り付けと、コンクリート階段を作ることと、他の細かい工事なのだが、新しい大工と左官屋に頼んだ。その大工というのは新潟市の株式会社の工務店の社長で、断れないつてがあって頼んだのだ。
 だが土地建物建築関係の人間らしく、頭が悪くて無神経だった。約束も守らないし、平気で嘘をつく。仕事の連絡をよこさないから、こちらのスケジュールがくるう。俺が、「お金を支払います」とメールを出したときだけ素早く返信をよこしたから、ますます軽蔑した。
 頼んだ左官屋はその工務店の下請け業者だった。それも同じうように駄目な人間だった。

 リフォームの仕上がりは、工事のときに俺がつきっきりで目を光らせて、細かく指示をしながらやったから、最終的には俺が自己満足できる仕上がりになった。でも、大人のくせに、仕事をしているくせに、躾のなってないわがままな幼稚園児にひっきりなしに注意するようなことをしゃべりながら一日過ごすのは、体も心も疲れた。

 新潟市役所へのリフォームの助成金の申請も俺がした。今まで補助金がらみのリフォームの仕事はしたけれど、税金公金に近づきたくないから、申請はお客さんがするということでやってきた。
 だが今回はお客さんが、どうしても俺にやってくれと言ったから、申請もした。
 いつものように市の職員とケアマネージャーは頭が悪く無神経で、土地建物建築関係の業者と同じように平気で嘘もついた。だから俺は大工と左官屋に怒鳴ったように怒鳴った。
 市の職員とケアマネージャーは、俺が怒鳴るものだから俺に応対するのがいやになったのか、担当を別の人間に代わった。そうしたら別の職員とケアマネージャーは少しはまともな人間になって、それからは俺も怒鳴らなくてすんだ。
 でも一介のリフォーム屋が市の職員やケアマネージャーに何度も説教して怒鳴ったのだから、お客さんの申請を受け取らないとか、陰にまわって助成金を下ろさないようにされるのじゃないかと冷や冷やした。
 だからもしかして俺の責いで助成金が下りなくなったら、そうであれば俺が工事代金を払おうと覚悟しながら仕事をしていた。
 結局は無事に申請が通って、リフォーム後に助成金が下りることになった。

 そのホームページをこのあいだ作った。『介護リフォームは新潟市ではこれ』だ。
 毎年夏に一ページ分ホームページを作っているのだが、今年はこれを作った。助成金を前面に出さないようにした。俺はできるだけ税金公金に近づかないように、税金公金を泥棒しないように生きるということに決めているから、リフォーム仕事の中でも、助成金だの補助金だのを押し出してセールスはしない。

 しかし今回この仕事をしてわかったのは、自分で言うのも何だが、土地建物建築関係の業界の中では、俺が一番お客さんのことを思って仕事をしているのがわかった。いや、介護福祉業界の人間の中でも俺が一番に近いくらい利用者のことを思って、そして全体の高いところから見て仕事をしているとわかった。元からそうだと思っていたのが、今回のことでやっぱりそうだったとはっきりわかった。これは笑いごとではない。自慢でもない。単なる事実だ。そして俺みたいなわがままで怒りっぽい人間が、世間で一番お客さんや年寄りのことを思って仕事をしているとは、他の奴らはどうしようもないということで、その業界はどうしようもないということだ。
 やっぱり、俺も年寄りになったらそうだが、年寄りは頃の良いところでころっと死ぬことが、本人にとっても世の中にとっても良いことなのだとわかる。

腕カバーでツーリング

 ちょっと前にオートバイのエンジンが息つきするようになった。2500回転のところと5000回転のところでアクセルを開けると、ゴボゴボと音がしてエンジンの回転が落ちるのだ。ギアを落として、アクセルを微妙に開け閉めしながらエンジンの呼吸が戻るのを待つ。それを二三回くり返と元に戻る。時間にして三、四秒くらいのことなのだが、信号待ちからの発進によくなる。走っていて加速しようとするときにもよくある。ユーターンの時にそうなったら転んでしまうが、まだそうなったことはない。
 オイルを替えてなかったからそうなったのかと思って、オイルを交換した。でも変わらなかった。
 ということはガソリンが悪いか、キャブが悪いか、プラグが悪くなったか、すぐに思いつくのはそれぐらいだから、まずガソリンに水抜き剤兼エンジン洗浄剤というものを入れた。ホームセンターで248円だった。水抜き剤を使ったときのように、最初はエンジンがガボガボと音を出しながら息つきしながら、やっとのように回っていた。水を含んだガソリンを燃焼するのだから、回転が上がらないのだ。
 それでもそのまま10キロくらい走ったら、ガボガボという音はしなくなって、回転が上がるのがスムーズになっていった。だけれどときどきまた、息つくことがあった。完全には水が抜けていないのだろう。そのタンクの分のガソリンがなくなって、次を入れるときに、水抜き剤が残っていたのを入れた。車用のものだから量が多いのだ。満タン三回水抜き剤を入れたら、ゴボゴボという息つきはしなくなった。タンクの中の水がなくなって、直ったようだ。

 それから今年は新潟市の夏は、他の地域と反対に、十年ぶりに少しだけ涼しい夏だ。だから夏でもオートバイに乗っている。
 今年はリフォームの外仕事で、たっぷり腕が日焼けしたけれど、オートバイに乗ってさらに日焼けした。焦げ茶色になった腕はシャワーを浴びるときにお湯をはじいて、自分の皮膚は美しいものなのだと思った。
 だけれどそれ以上日焼けすると、皮膚に良くないと思うようにもなった。だから昨日、百円ショップで腕が日焼けしないための腕カバーを買った。前から使おうと思っていたのだ。
 この間の外壁塗装のお客さんの奥さんが、俺と外で打ち合わせするときに、玄関から出てくるときにその腕カバーをしながら出てきたのだ。俺はそれを見て、これはオートバイに乗るときに使えるなと思ったのだ。
 実際腕につけて走ってみたら、まず直射日光を浴びないから涼しい。こんなに違うのかと思うくらいに暑くならないものだった。そして日焼け止めになる。皮膚にも健康にも良い。ガーゼのような布でできていて、つけっぱなしでも暑くはない。これは良いものを買ったと思った。

 昨日は湯沢まで走ってきた。17号線を走りたかっただけなのだ。浦佐の手前の道から見る山のつらなりが、20号線の長野県から山梨県に入るところから見る山のつらなりに似ていて、それは夕方にしか見られない仙郷みたいな光景で、その浮世離れしている景色をまた見たかったのだ。
 昨日は曇っていたから山の陰の重なりが薄かったけれど、まあまあよかった。

 帰りに白根の8号線で俺と同じくらいに腕が黒い男が、大きなリュックサックをかついでママチャリに乗っていた。あの腕の黒さじゃ暑いだろうと思って、俺が考えてつけている腕カバーを教えてやろうと思って、追い越しざまにその人を見た。
 真っ黒いサングラスをしていた。そして顔はサングラスと同じくらいに黒かった。ランニングシャツを着ていたが、シャツからはみ出ている肌は日本人が日焼けした黒さとはまるで違った本当の黒さだった。髪は大仏のような短髪だった。
 サングラスの黒人は俺に気づくと、気さくに手を振ってきた。それは同じ二輪の旅行者だという共感をあらわす気持ちのよさだった。そしてその人懐っこい手の振り方は、日本人の手の振り方ではなかった。俺も黒人に負けずに手を振り返えした。オートバイで追い越すときのことだから、あっという間のことだった。

電子レンジをたくさん使った夏でも電気はそれほど使わなかったこと2013

 夏になると扇風機をつけて寝る。三時間くらいのタイマーをかけて扇風機をかけるのだけれど、風が止まると暑くなって目が覚めて、またタイマーを入れて寝る。夏の毎夜のことなのだ。
 だけれど昨夜は肌寒くて目が覚めた。夜中の三時頃だった。扇風機を止めて、窓を閉めて、ふたたび寝た。
 今年はここ何年かのうちで一番涼しい。日本じゅうは暑くなって体にこたえる暑さなんて言っているが、新潟市はそれほど暑くはない。エアコンも、寝るまぎわだけ一時間タイマーで動かして、それを梅雨明けから五日くらいしかつけなかった。八月になってもよくオートバイに乗っていたのだから、暑くはなかったのだ。

 今日、今月の電気使用量の紙が入っていた。先月と同じくらいの量だった。今年の夏は電子レンジで料理を作っていたから電気代が心配だったのだ。でも心配はいらなかったということだ。
 朝の玉子焼きを電子レンジでつくって、その使用時間三分。夜の、肉を焼くのに八分。惣菜を温めるのに二分。とうもろこしを温めるのに四分。これで十七分。他にも惣菜を少し温めて、電子レンジを一日平均で二十分くらいを毎日使っていた。だから電気代が心配だったのだ。
 だけれどテレビは見ないし、早寝していたから明かりも使わないし、今年の夏はパソコンもそれほど使わなかったし、涼しい夏だったからエアコンもほとんど使わなかったし、そもそも電気というものを使わない夏だった。それで、いつもの夏よりは使う電気が少なかったのだろう。

 電子レンジを使うのは、玉子焼きや肉や魚を焼くのに油を使わなくていいから、フライパンを洗うのにも、台所を掃除するのにも、体の健康にもいい。
 でもときどきは鉄分を補給したほうがいいだろうから、ガスを使って鉄のフライパンで玉子焼きを作る。

 それから電気代の値上げの案内紙が入っていたが、値上げをする前に、経費削減をしてからにしろ。
 東北電力に問い合わせると、いつも喧嘩になる。自分勝手な人間どもの給料が高すぎる。仕事をしていない、成果を出していないほとんどの人間をクビにして、最低限必要なコストだけにしろ。

オイル交換2013

 バイクのオイルを替えた。44539km
 去年替えたのは七月二十三日だった。その時の走行距離は40710キロだった。また一年で3000キロくらいしか走らなかった。
ヤマハオイル30-10w
 去年の残りのオイルと同じものをホームセンターに買いに行った。去年まで使っていたオイルは10w-30だけれど、店には同じヤマハのは10w-40しかなかった。少し粘度の高いものだ。手持ちのオイルと混ぜて使うつもりだから少し迷った。
 ホンダのだったら10w-30があった。でも、根拠もないが、粘度が少しだけ違っても、混ぜるなら同じメーカーのほうがいいと思って、ヤマハの10w-40を買った。
 古いオイルを抜いて、500ml残っていた10w-30を入れた。それから買ってきた10w-40を800ml入れた。
 その後少し走りに出た。100キロくらい走ったが、エンジンに変なこともなかった。
 夕方五時半ころ万代橋を通ったら、川岸にびっしり人が張り付いていた。浴衣の色のせいか、斜めの板にいろんな色のビーズを一面に張りつけたようだった。
 今、花火の音が聞こえだした。窓を見たら暗くなっている。

ヤクザが菩薩

 今日は作業の予定がなかったから、二度寝してそれから三度寝して七時半に起きた。
 たまっていた経理の記帳をパソコンに入力して、遅くなった昼食には昨日買った八色スイカの四分の一を半分食べた残り八分の一を、今日は暑くてパソコンに向って坐っていても汗をかいたから、多めに塩をかけながら食べて、それからまた記帳を続けて、夕方オートバイに少し乗って、それから、前から根拠もなく偉そうにしている俺の下請け業者さんが自分勝手なことをした連絡が入ったから、堪忍袋が切れて怒鳴りつけたら言い合いになって、それでもう関係を切って、腹が立って腹が立ってむかむかしていたら、このあいだ問い合わせをしてきた人間がまた電話をかけてきて理不尽なことを言ってきたので喧嘩したら、その人間は(職業は書かないが)本当はヤクザだったらしくて、言い合いのすえ、珍しく俺が弱気になったら、俺がいつも言う「どうした、さっきまでの元気はどうした! ああ? 謝るなら、すみませんと言え」と言われたから、俺と同じことを言うなあと思って、そいつを自分自身が怖いように怖くなって、心底心を込めて、「すみません、申し訳ありません、勘弁してください」と言ったら、ガチャンと電話が切られた。
 そのヤクザは、俺が調子に乗っているのをいさめてくれたと思えば、菩薩さまだと思った。

原発が安全かどうかは別問題で、関東の電気は関東で作れということ

 原発をまた動かしてもいいと、柏崎市と刈羽村が言っているとラジオで言っていたが、馬鹿げている。
 柏崎市と刈羽村とは誰のことだ? 首長と議会が議決してそう言っているのか? それならそう言っていもいい。言うぐらいはそいつらの勝手だから。
 だが原発を再稼動させる権利は柏崎市と刈羽村だけが持っているのではないぞ。その根拠は(前にも書いたが)、原発というものは土地も水も空気もものすごい量を使って動かすものだから、立地している自治体の人間だけで決める権利はない。土地も水も空気もつながっているのだから、何か事故があったら立地自治体だけが被害を受けるのではない。周囲の百キロや二百キロの場所に住んでいる人々も被害をこうむるのである。フクシマの事故を見ればわかる。
 だから立地自治体だけで再稼動を決めるなどというのは言語道断なのだ。
 被害が及ぶ地域の全ての人々だけが決める権利があることだ。だから関東の人間たちには再稼動を決める権利はない。

 それから、原発を再稼動させるかどうかということは、原発が安全かどうかとは別問題のことだ。
 もっと大事なことがあるのである。
 関東で使う電気を新潟県で作らされるいわれはないということだ。
 関東で使う電気は関東で作れ。それがスジミチだ。
 原発は安全なのであれば東京湾につくって、運転すればいいじゃないか。
 そのことの方が大事なことなんだよ。心の問題として一番大事なことなんだよ。
 もちろん今ある柏崎の原発は、責任を持って更地にしろよ。
 更地にするまでは迷惑料と心配料を払えよ。
 更地になったら迷惑と心配をかける料金は要らない。
 そうなった時点で、もう東京とは同じ国家でいたくないと思っているほどだ。

クラッチワイヤーの交換

 十日くらい前、オートバイに乗ろうと思って駐車場でいつものように準備運動の8の字を走っていて、クラッチを握った途端レバーの根元でブチッと音がした。止めて見てみたらクラッチのワイヤーが切れていた。
 ギアを替えることができないから(無理すればギアチェンジできるけれど、ギアを傷めるからしない)、ギアをニュートラルに戻してエンジンをかけて、そうしてクラッチを使わずに、そっと二速に入れて発進した。
 しばらく走っていると、遠くに赤信号が見えた。信号で止まるとまたエンジンを止めなければならないから、あの信号が青になったときのタイミングで交差点に入れるように、ゆっくり走った。そもそも二速だからスピードは30キロくらいしか出せないのだが。

 帰ってすぐにヤフオクで中古のクラッチワイヤーを落札した。1000円だった。送料が800円。ゆうちょで振り込むから振り込み手数料はタダで、全部で1800円だった(後で調べたら、新品でも同じくらいの値段で買えたらしい)。
 四日後に届いたけれど、仕事で付けられず、雨も続いたりして、今日日曜日に交換した。
 いつものようにインターネットでクラッチワイヤー交換の仕方を調べておいた。簡単そうだ。二十分くらいで終わる作業らしい。楽な気持ちで始めた。でも三時間もかかった。
 まず、これから取り付けるワイヤーに油分を与えるために、ワイヤーとチューブの隙間にチェーンルブをスプレーした。一回のスプレーで出しすぎると、チューブの隙間からオイルがあふれて入っていかないから、小刻みにシュッシュッと、気が済むまで三十回くらいスプレーした。シュッとスプレーした後は、引っぱり出していたワイヤーを押し込んだり引き出したりして、オイルをできるだけチューブの奥に入れ込んだ。
クラッチワイヤーが切れた切れたクラッチケーブルのタイコ。

 エンジン右側にあるクラッチワイヤーを固定している小さいネジをはずして、古いワイヤーを抜いた。抜く前に、取り回しを覚えておくためにワイヤーの這いまわしの経路を何度も見た。固定用の小さいネジが外しにくかったくらいで、ここまでは順調だった。
 新しいワイヤーを古い方と同じ取り回しで入れた。細い場所や見えなくて手探りの場所があったけれど、何とか入れた。
 ワイヤーをエンジンの右側にネジで固定する。しかしその小さいネジが、ちょうどマフラーの陰になって回せないのだ。プライヤーで回してみたり、ラジオペンチで回してみたり、指で押し付けるように回してみたりしたけれど、ネジは入っていかない。このネジ一つを入れるために、はかってないけれど三十分はかかった。でも最後は、先の曲がったラジオペンチと指で、何とか押さえながら回して入れた。最終的にしめるのはメガネレンチで回しつけた。
 あとはレバーのそばのネジでクラッチのつながり方の調整だ。エンジンをかけて一速に入れて発進して、それを三回くりかえして丁度いいつながり方のところでネジを固定した。それからワイヤーが露出しているところにグリスを塗った。切れた場所にはとくに念入りに、押し込むように塗っておいた。
 近くを走ってこようと思ったら小雨が降ってきた。雨がやんだら走ってくる。

久しぶりの水虫がでた2013リフォーム

 独立して八年間水虫ができなかったのに、右足の小指と薬指の間がかゆくなった。今年は梅雨が長くて、外壁のリフォーム仕事で外仕事が多くて、長靴を履いていたからだろう。
 今日の午後に梅雨が明けたそうだが、夜になるまで曇っていた。夜になっても星は見えない。

 ハウスクリーニングで独立したから、作業は家の中だけで、だから履くものはスリッパだから、足に湿気はこもらなかった。外を歩くときも、雨が降っていなければサンダルを履いていたから、足は涼しかった。

 独立するまでは一日中ズックを履いていて、会社員のときは革靴を一日履いていて、足は自分が出した汗の水分にまみれて、じとじとしていた。だから水虫はよろこんで、たくさん生まれていただろう。

 今日はサンダルで通したから、足はかゆくなかった。
 梅雨が明けたから、これからはずっとサンダルで歩く。
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