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徒然のブログ

つれづれの思いなどを

ラジオに芸能人を出すな

 去年の春だったかおととしの春だったかから、昼間のNHKラジオに出るのが芸能人だけになった。だからつまらくなって聴かなくなった。
 午前中の番組の、大阪出身とかいう女アナウンサーの頭の悪い無神経な卑怯な物言いにもげんなりするし、その番組に出る芸能人の頭の悪い生意気で浅はかで自分勝手な物言いを聞くと、そいつらを殴りたくなる。午後の番組の司会の女のタレントの、統合失調症みたいな不自然なわざとらしい笑い声と、それを当たり前だとしている周囲の芸能人の物言いが気持ち悪い(何がまりあーじゅだ。気色悪い)。

 前は午前の番組も午後の番組も年配の男のアナウンサーが、落ち着いた常識的な物言いで司会をしていて、番組の内容は常識すぎるところはあったけれど、奇をてらったり、自分を不自然に高い場所に立たせた物言いをしたりはしなかった。そして芸能の話題は少なくて、社会のいろいろの事柄を取り上げて放送していた。だから少なくとも腹が立つことはなかった。だから流し聴きをするのにはぴったりだった。ときどき知らないことを取り上げて、それが勉強になる楽しみもあった。それが今は、芸能界のことだけをしゃべくっている!

 なぜ芸能人を使うのか。
 理由の第一は、NHKラジオは、ラジオを聴かせる対象を女にしたのだろう。女は芸能人がむやみに好きだから。ではなぜ聴取者を女対象にしたのか。それは自分と同じレベルの人間を対象にしたいと思ったのだろう。人間は自分を基準にしてものを考えるから。それが一番ラクだから。
 第二は、NHKには職場の安定を求める人間だけが就職してきて、頭が悪く怠け者の人間ばかりになって、だからアナウンサーが劣化して、喋る中身が浅はかになって、それでアナウンサーを司会に使えなくなったのだろう。

 ラジオの番組が芸能のことだけになって、素朴に、つまらないのだ。私は芸能のことなどに興味がないのだ。芸能人にも興味もないのだ。
 テレビを観なくなって、芸能人を見なくて済むからせいせいしていたのに、ラジオに芸能人がしゃしゃり出てきて、腹が立って腹が立って、殴りたくなる。ラジオ番組に芸能人を使うのはやめろ!

 芸能とは何だろう。
 普段ではない雰囲気の時間や場所や人間が、芸能と言うことだと思う。毎日のルーチンワークに飽きてきたころに、珍しいものや、ちょっと非常識な考え方に接したり、派手な色の服装や格好や、それを着た踊りを見たり、にぎやかな音を聞いたり、自分でも歌ったり踊ったりすると、いつものルーチンワークをちょっと忘れる。それが気分転換になって、また退屈なルーチンワークに戻って頑張れる。その気分転換の役割をになう者が芸能人なのだろう。

 非日常の存在である芸能人に毎日接してしまえば、芸能人は日常のものになってしまう。しかも頭が悪く、尊敬できず、非日常のものである音楽でも文学でもファッションでも芝居でも視点の珍しさでも頭の回転の速さでも活舌でも、そういうことが芸能人のくせに自分より劣っていると、芸能人は不要になる。いやそれどころか、非日常の場所である芸能の世界に、そこに存在する能力のない人間が、ラジオやテレビに無神経にしゃしゃり出てくるから、腹が立ってイライラするのだ。

 井上陽水や山下達郎がMCの番組なら聴きたい。それは陽水や達郎は私より音楽的に高い場所に存在しているし、その場所にい続ける才能や苦労を想像できるし、その楽曲とともに、彼らの喋りから、彼等の人間としての頭の良さがわかるから、だから番組を聴きたいと思うのだ。

 NHKラジオは、もう芸能人を出させるな。私はテレビは観ないから、テレビはいくらでも芸能人を使え。だが、ヤクザまがいの強制的にぼったくる受信料とかいう高い金を取る仕組みはやめろ。それは人間と人間との約束や契約ということと違うものだ。泥棒というものだ。NHKの職員や芸能人は泥棒で飯を食っているから、ラクと姑息さを求める人間ばかりになっているから、だから安易な考えになるから、頭を使うことができなくなって、つまらない番組しか作れなくなるのだ。

春夏秋冬の変わり目の気持ち

 夏が終わるときは、もの悲しい。
 秋が終わって冬が始まるときは、これから厳しい寒さが来るぞと身を構えるから悲しいなどといっていられない。何かに怒りをおぼえている。
 冬が終わるのは春が始まることだから、うきうきして、うれしいだけだ。梅や桜が咲いて、散れば、もの狂おしい。
 春が終わるのは、夏が始まるのではなくて、梅雨が始まることで、それはいつのまにかあたたかい雨が降っている。それは悲しくもない。
 梅雨が明けて夏が始まったら、暑くて暑くて夏なんて嫌いだと思うのだけれど、いつのまにか日が短くなっていて、涼しくなってきたとたんに、秋はもの悲しくなる。

鯖缶と原発と尊厳をかけた闘い

 ひと月ちょっと前からスーパーで鯖缶が売り切れている。テレビで鯖缶の栄養効果を大げさに言って、それが原因でむやみに売れているらしい。去年だったかの納豆もそうだし、栄養のことではないが、ナタデココとか、ココアとか、テレビの中でいい加減な奴らがテキトウなことを言えば、つられて買ってしまう馬鹿どもが買いあさるから、私が買いたいときに売り切れる。

 鯖の缶詰に使われている鯖は、魚の姿を出して、産地を出して、そうすると売れない福島とか宮城とか岩手とか、そういうところで水揚げされた鯖を原料にしているのも多いだろう。放射性物質をたっぷり含んだ鯖が、缶詰になって売られているのだろう。それをありがたがって、嬉しがって食べて、体の中に入れて、栄養があるとか健康に良いとか言っているのだから馬鹿馬鹿しい。

 今日、東京電力が柏崎刈羽原発を再稼動させる手段の段階を一つ進めるというニュースがあったが、なぜ関東の人間のために、東京の人間のために、新潟県の人間が犠牲にならなければならないのかという理由が示されていない。それを、日本の中で誰も言わない。

 私は、関東の人間のために、東京の人間のために、私の命が危険にさらされるのが、ただ素朴に嫌だ。私が使うわけでもない電気を作るために、私の健康が損なわれるかもしれないということが、単純に嫌なのだ。
 自分だけは安全な場所にいようとしている卑怯な東京の奴らから、私の健康や命を軽んじられていることが素朴に嫌なのである。それは、お前は俺のために死んでもいいのだと言われていることだから、一個の人間として、素朴に腹が立つのである。そしてそれは人間の尊厳の問題だから、善悪を問うているわけではないし、原発が安全かどうかということを問題にしているわけでもない。人生の中で一番大切な、自分の人間としての尊厳を守りたいだけだ。だからそのために死ぬまで闘うつもりだ。そしてそういうことも日本中の誰も言わないし、新潟県の中で誰も言わない。それが不思議だ。

 東京に原子力発電所を作って稼動すれば、危険なのはお互い様と思えるから、私も少しは東京と闘う気持ちは減るかもしれない。だからまず東京湾に原発を作れ。話はそれからだ。だって原発は安全なのだろう? 安全じゃなくても東京湾に作って動かせ。房総半島でもいいぞ。自分が使う電気は、他人様に迷惑をかけずに、自分で作れよ。それがスジミチだ。そうじゃなければ、使う電気の量を減らせばいいじゃないか。
 鯖缶は安くておいしいから、ちょっとは放射能が入っていても、毎日食べるわけではないから、そしてその味は私の人生を楽しませてくれるから、ときどきは食べるつもりだ。

五十過ぎのダガシと手袋

 きょう、新津の石油の世界館に行った。夏目漱石の『坑夫』という小説を読んで、明治時代の石油や石炭を掘っていた様子を見たかったのだ。
 その後五泉から湯田上温泉に抜ける細い峠道を走っていたら、車の陰でオートバイが道の脇に落ちていた。もう少し向うに行っていれば崖下に落ちているところだった。
 急いで停まって、かけよった。ライダーは若い男で、擦り傷ぐらいで怪我はしていないようで、「あの車をよけようとしたら落ちたんです」と申し訳なさそうに言った。
 車の運転手は年取った男で、ライダーを助けるでもなく、その後すぐに走り去った。ライダーは何にも言わなかったから、車に責任はないのだろう。
 ライダーは仲間と一緒に走っていたそうで、スマホで「来てください」と頼んでいる。
 電話が終わったら、私は彼に、ギアをニュートラルに入れるように言った。ライダーは転んでいるオートバイの脇にしゃがんで、手でギアレバーをガチャ、ガチャと動かすけれど、なかなか入らない。私が、後輪をゆするように何度か回してやったら、ガチャンと音がして、ギアがニュートラルに入った。
 しばらくしたら仲間のライダーが二人来たから、私が三人に指示をしながら、転んでいるオートバイの向きを道に向けてから、一、二の、三で、起こした。そうして私がかけ声をかけながら、30センチくらいずつ道に押し上げていった。
 落ちたライダーも仲間のライダーも、あわてていて、私だけが冷静で三人の若い男に指示をして、無事にオートバイを道に戻した。
 路側帯に停めてチェックする。右のウィンカーが折れたくらいで、大きなダメージはなさそうだ。エンジンもかかって、ブレーキも効くし、このまま走って帰れそうだった。

 この一年ぐらい、運動神経も落ちて、太って腹が出たし、白髪も増えて、年を取ったという毎日何かの落し物をしているような気持ちだった。だから自分の顔写真も撮る気持ちにはなれなかった。だけれど今日のことで、我ながらリーダーシップはあるなあと、だてに五十を過ぎていないぞと、安心した気持ちになった。
ダガシとバイク手袋
 今日の記念に、バイク用のグローブといっしょに写した。

物欲無し

 私はときどき、自分は今何か欲しいものがあるかなとヤフオクのカテゴリーを見るのだけれど、いつも一つもないことに自分でもおどろく。
 大きいオートバイが欲しいと思っていたが、スピードは70キロ以上出すと怖いし、高い場所と暗い場所も怖くて走りたくないから、今のニーハンでじゅうぶんだと思うようになった。ナナハンやリッタークラスは、重くてもうあやつれないだろうし、あやつれないバイクに乗って、いや乗せられて走っているのは楽しくない。
 ヨンヒャクに乗るのは、中型免許しかないと思われるのがシャクだし、ナナハン乗りやリッター乗りからの優越の目で見られるのが嫌だから、あえて乗らない。ナナハンに乗っていた頃の私は、ヨンヒャク乗りをそういう目で見ていたからだ。性格の悪い私は、自分以外の人間も性格が悪いと決めつけているから良くない。でも私は性格の良い人間に変われないから仕方がない。

 ヤフオクのカテゴリーを見ると、世の中にはさまざまな品物があるのだなあとわかる。でもその中で欲しいものがないのは、自分を貧乏性で可哀相に思ったり、変な人間だと思うこともある。だけれど欲しくないのだからしょうがない。だから、買い物の予定もない。
 そもそも衣食住に興味がないのだ。着るものは自分が好きなものを着たいけれど、でも新しいものを欲しいとは思わない。大学の頃に買ったトレーナーをいまだに着ていることがある。食べるものは、栄養があって、まずくなければ機嫌良く食べる。住むところは、雨露がしのげればいいし、人間は立って半畳寝て一畳だから、広い家は無駄だと思っている。何でも手に届くところにあるほうが便利じゃないか。家が広いと掃除も大変だ。
 だからこれ以上の物はもう自分のそばに置きたくないし、それらの品物がなくても、まあまあ快適に暮らしていける。いや、ない方がさっぱりして、風通しがよくて、気持ちがいいのだ。
 それに私は物を片付けるのが下手だから、すぐ部屋が散らかってしまう。ひどい時はゴミ屋敷状態になる。だから物は少ないほうがいいのである。物は必要最小限でよいし、なければないで工夫することがおもしろい。
 来年の四月九日にWindows XPのサポートが切れるから、それまでにWindows7あたりの中古のパソコンを買うぐらいが、今のところの買い物の予定だ。

自分より頭のいい人を喜ばすのはむずかし

 さっきふと思ったことなのだが、いや今までずいぶん考えてきたことがふいに言葉に固まったことなのだが、世間の大部分の人間は、自分より頭の悪い人間に向けて言葉をはっしている。ブログもホームページも、そして商売もだ。
 俺の場合は逆に、俺より頭のいい人に向けてそれを発している。
 俺は十万人に一人ぐらいの頭のいい人間だと自覚しているが、そういう頭のいい俺が、どこかにいる俺より頭のいい人間を探して表現をしている。言葉や行動をしている。そしていつも、俺は俺より頭のいい人に向けて商売をしたいと思っている。

 自分より頭の悪い人間に発信したい、自分より馬鹿な人間と付き合いたい、という奴は、自分自身に自信がなくて、不安で、自分より低いレベルの人間を探して安心したいだけなのだ。それは俺も大昔、ときどきそうなったからわかる。だから頭の悪い人間のブログやホームページを見ると、浅はかで、泥棒根性で、そして大昔の自分を思い出してしまって腹が立つのだ。
 頭が悪くて客観を持てないことを書くのは、十代のうちで、そして一年に三回ぐらいなら許されるけれど、それじゃオナニーでしかないから進歩はしない。それを自覚してないなら人間として醜い。世間にはそういう臭いのブログがほとんどだ。ハウスクリーニング業界のブログを読めばわかる。研究会などと自称している奴らはとくにそうだ。いや、そいつらだけではない。マスコミの人間、大学の人間、政府の人間、組織の上位の人間、そして父親母親、兄姉、それは、世の中のほとんどの人間のことだ。
 組織の中の部下も、新入りも、弟や妹も、泥棒も乞食も、家畜やペットでさえ、自分より下位の存在を、無意識に必死で探しまわる。

 小説は、自分より頭のいい人に向けて発しているのは、純文学だけだ。ほかには詩もそうだし、俳句や短歌もそうだろう。だから俺はそれらが好きなのだろう。
 金儲けが目的なら自分より馬鹿な人間に向けてコンテンツをつくれば、もうかるのだろう。
 でもそれじゃあ、人生がおもしろくない。
 俺の場合、自分より頭のいい人がとんでもなく少ないのだから、詩の心と客観性を同時に持っている人、そういう人に向けてコンテンツをつくるのも、そういう頭のいい人に対して商売をするのも、需要が少ない。それにそもそも、自分より頭のいい人を幸せにする方法を考えるのがむずかしい。
 そのためにはやっぱり、正直になることと自分のオリジナルなことで勝負することなんだろう。

貧乏さんという小説を読みたい

『不機嫌な作家たち』という本を読んでいて、その中に、島根県出身の三宅雪子という人の『貧乏さん』という小説を紹介していた。三軒茶屋で一年四ヶ月紙芝居屋をやったことを小説に書いたものだそうだ。
 読んでみたいと思ってググッたけれど手がかりがなくて探せない。新潟市立でも新潟県立でも図書館にも置いてない。絶版になっているのだろうし、誰もこの人に興味を持たなくなっているのだろう。
 ここにメモしておいたら、何年かしたらめぐり合えて読めるかもしれない。

死ぬ思いの糸魚川一泊ツーリングのメモ

 九月十日十一日の泊りがけのツーリングに糸魚川に行った。いや富山との県境に行った。一番の目的は親知らずの道を走ることだった。
 やっぱり高所恐怖症はひどくなっていた。暗い場所が怖い病気も、子供の頃より何倍も重くなっていた。
 高い場所の橋と長いトンネルを通るのは、死ぬ覚悟をしながら過ごす時間だった。子知らず、親知らずの往復、高田から十日町に行く道の長いトンネル、そのトンネルの中で後ろからトラックにひかれそうになった。暗い中でバイクの車体ギリギリを追い越していったトラックは大阪ナンバーだった。ああいう奴はトンネルから出た先で大事故をおこして死んでしまえと思った。でも本当にそうなったら自分のせいで死んだみたいで寝覚めが悪いのだが。
 今回のツーリングの救いは、糸魚川の人の親切だった。高田駅前のおまわりさんの人懐っこさも疲れがとれた。十日町の駅前交番のおまわりさんの歯磨きをしながらの、親切で的確な道の教え方も頭のよさと人のよさを感じた。

 九月十日、9:55出発。
 出雲崎で11:40、72キロ。
 柏崎で12:30、100キロ。
 糸魚川市で15:30、220キロ。
 県境で16:20、245キロ。
 糸魚川市に戻って民宿新宿に18;50、246キロ。素泊まり3000円。近くのスーパーで、弁当と惣菜で1000円、ビールが700円で、夕食代1700円。
 はじめは糸魚川の、ひすいの湯という健康ランドのようなところに泊まろうと思っていた。朝七時までにチェックアウトすれば2000円で素泊まりできるらしい。でも運悪くその夜は施設内の一斉清掃で泊まることができなかった。フロントの人は、せっかくだから明日の朝四時までに出てもらえば泊まることができますと言ってくれたが、その時間は眠りの中だ。
 フロントで借りた職業別電話帳の民宿の欄で探して、いくつか民宿に携帯電話でかけたが、満室ですと断られたり、高い料金を言われたりした。電話帳に新宿という珍しい名前を見つけたから、かけてみた。泊まりなら6000円、素泊まりなら3000円と言われて、ああ泊まれる、そして安い、助かった、と携帯電話を握りしめるようにして、これから行きますと叫んだ。
 途中のスーパーで弁当と惣菜とビールを買って、新宿に着いた。風呂に入っているあいだに厨房の人がお茶といっしょに部屋に持ってきてくれた、そばがうまかった。それは自分のところで粉からひいたのを手打ちにして作ったのだそうだ。でも部屋はとてもではないが清潔とはいえない。布団を敷いていたら、腕と足に何箇所かじんましんみたいな赤い膨らみが出て、かゆくなった。だけれどビールを飲んでいるうちにかゆみは消えていた。

 九月十一日、夜中に何度も目が覚めて寝不足。興奮しているのかそれ以上眠れないから、五時に起きて、昨夜の弁当の残りを食べて、一時間ほどテレビをみながらお茶を飲む。朝はいつもコーヒーを飲むのに今朝は飲んでいない。きのう惣菜と一緒に缶コーヒーも買えばよかった。仕方がないからそのまま体操をしてシャワーを浴びて、出る支度をする。
 バッグとヘルメットをかかえてバイクのところに行ったら、新宿で飼っている三毛猫がシートの上で腹ばいになっていて、これは私のオートバイだよという得意気な顔で俺の方を振り返った。
「荷物を乗せるのでどいていただけますか?」とお願いしたら、猫は俺の言葉がわかったのか、ひらりと下りて、そこにバッグを乗せた。
 近くのセルフのガソリンスタンドで給油して、7:55出発。
 旧能生町から名立町の海沿いの道は、海面がはるか下に見えて、怖くてスピードが出せない。それにあくびがつづけて出て、走りに集中できない。何度も止まって後ろの車を先に行かせた。
 直江津駅を通って高田駅に行き、一時間休む。昨日と同じ海沿いの道を帰るのも芸がないと思い、十日町に行って、小千谷から長岡、そして新潟市に帰ることにした。缶コーヒーを飲みながら、駅の入り口の看板みたいな地図を見て、どこを通って十日町に行こうか考えた。トンネルが怖いからトンネルがない道がいい。そうすると細い峠道になる。でもそういう道はほとんど車も通っていないだろう。一人で走るから何かあったら何かあったら怖い。それでもやっぱり長いトンネルを通るより、山の景色を見ながら、ゆっくり気をつけて走れば細い峠道のほうが気持ちがいいのだと覚悟して、できるだけ辺鄙な道を通ることにした。よく目が覚めるように時間をかけて柔軟体操をして、バイクのエンジンをかけた。

 旧の三和村、牧村、浦川原村、安塚町、大島村、松代町を通って十日町に行く。はじめは細い山の中の道を走っていたけれど、標識もなくなって、自分がどこを走っているのかわからなくなっていった。迷子になった気分で走っていたら、いつのまにか自分でも知らないうちに、広い253号線に出た。失敗したような、これで安心したような、気持ちだった。
 253号線は道は広く走りやすくてスピードは出せた。古い道を新しく広げて舗装しなおしたり、別の場所にバイパスを通したりしたような道だった。鉄道のほくほく線ができて、そのために自治体にお金が入り、新しい道を作ったのだろう。
 旧大島村から松代町の間に長いトンネルがあった。松代町から十日町市の間にも二つの長いトンネルがあった。一個のトンネルの距離は3キロはあったと思う。死ぬ思いでくぐった。走っても走っても出口の光は見えない。もうこのまま暗い道から出られないのじゃないかと思いながら走った。この長いトンネルを死ぬまで走るのではないかと思った。
 このトンネルは昔はなかったはずだ。トンネルの入り口に98年にできたと書いてあった。やっぱり新しく作ったトンネルなのだった。足を震わせながらやっとの思いでトンネルを出たときに右を見たら、細い道があった。それが昔の道なのだろう。
 帰ってからパソコンでインターネットの地図を見たら、253号線以外の国道は長いトンネルはなかった。トンネルを避けて走りたいなら、走る前に調べて、国道の番号が大きい、細い古い道を探しておけばよかったと思った。
 十日町から小千谷への信濃川ぞいの道も、川の水がはるか下に見えて足がすくんだ。
 二日間の死ぬか生きるかのストレスの連続で、いつのまにか目がかすんでいて、バイクで走るときはいつも、その場所の集落の名前を知るために走りながらバス停の文字を読むのだが、小千谷に入るころは、バス停の文字がゆがんで読めなくなっていた。道沿いの店の看板の文字も、何かの模様にしか見えなくなっていた。
 長岡からは単純に真っ直ぐな八号線を走った。それでも休み休みしながら走った。
 やっとアパートに帰りついて、ああ生きて帰れたんだ、死ななかったんだと思ったら、息を深く吸いこんで、腹の底からわき出るみたいな大きなためいきが出た。そのとき、これからまた生きていくんだと思っている自分を発見して、それから目のためにニンジンを煮て食べた。

ブログを書く意味

 一泊のツーリングに行ってきた。そのことを書こうと思ったけれど、疲れて書けない。
 メモだけでもしるそうと思ってふと考えた。
 このブログは営業のブログではないが、究極の目的は自分のホームページにリンクを増やすためのものだ。でもグーグルは最近は、検索順位を決めるのはリンクの数の力は弱くなっている。となればリンクを増やすことでブログを書く意味がうすれているのだ。
 あとはキーボードを打つ指の動きを忘れさせないためとか、指を動かすことで頭の中で考えるくせをつけるとか、自分のメモのためとかだ。
 キーボードを打つことはブログ以外でもやっているから、ブログの役目は、もう自分のメモぐらいだろう。
 だけれどメモのためなら、テキストで書いてパソコンの中に入れておくか、フリーメールに送信しておけば、後で読み返すことができる。だからブログでなくてもいいのだ。
 となると、ブログを書く意味とは何だと考え込んでしまった。
 やっぱりホームページへのリンクを定期的に送るぐらいしかないのかもしれない。
 あるいは続けるという自分への意地か、自己満足かもしれない。

オリンピックも原発も受益者負担が原則

 夜中に目が覚めて枕もとのラジオをつけてみたら、オリンピックに東京が決まりそうだと頭の悪いアナウンサーが無神経な物言いで興奮しながら喋っていた。その後まだ暗い五時半ころに、とうとう東京でオリンピックをすることに決まったと、芝居がかった声で叫んでいた。
 これでまた電気がたくさん必要になる。政府はオリンピックをやるからといって柏崎の原発をまた動かすなどと言うなよ。電気がいるなら東京に原発を作って電気をおこせよ。なぜなら俺は東京でも日本でもオリンピックをしてほしいなどと思っていないのだから。
 俺はオリンピック反対論者でもないし、原発反対論者でもない。オリンピックに興味がないだけで、世界のどこかでやるぶんには反対しない。勝手にやればいいと思っている。
 原子力発電所も、俺に迷惑がかからない場所で原発を動かすなら、どうぞ勝手に動かせばいいと思っているだけだ。日本海側で原発を動かすと、事故になったら俺に迷惑がかかるから動かすな、作るなと言っているだけだ。俺は原発が必要なほど自分の生活に電気を使っていない。だから俺の住んでいる近くに原発を作るなと言えるのだ。
 東京に原発を作って動かすなら、事故になって放射能が漏れても、つうじょうは日本は西風が吹いているから、放射性物質は太平洋に吹き飛ばされるだろう。たまに吹く東からの風にのって放射能がきても、大部分は三国山脈でさえぎられるだろうから、関東の海側に原発があっても、俺にとっては勝手にやってもらっても文句は言わないのだ。
 だけれどオリンピックをやる金があるなら、柏崎の原発を東京に持っていって作り直すのに使えばいいのに。

 それからオリンピックをやる金のために税金を取ろうなどとはするなよ。俺は日本でオリンピックをしてほしいなどと思っていないのだから。
 俺は他人が運動やスポーツをやっているのを見て楽しいと思えない。運動やスポーツは自分がやって楽しむものだと思うからだ。なにごとも俺自身がやってこそ俺が楽しめるものだと俺は思っているからだ。

 そうしていつも言っていることだが、関東で使う電気や東京で使う電気は、関東と東京で作れよ。他の地方の人に迷惑をかけるなよ。そうしてオリンピックをしたいのなら、東京でやるオリンピックのために電気がもっと必要なら、オリンピックをしたい人間が費用を出して東京で電気を作れよ。それがスジミチだぞ。

 俺はオリンピック反対でもないし、原発反対でもない。
 受益者負担がスジミチだといっているだけだ。

秋のオアシスにいるワニ

 大雨が降ってきたけれどこれは台風ではなくて秋雨なのだろうが、それにしても隣の家の屋根と外壁に当たる雨粒の音が耳にひびく。
 今年の夏は夏になる前から日差しと雨の強さがはっきりしていて熱帯みたいだと思っていたのが、それが秋になってもまだつづいている。
 熱帯雨林の川にはワニがいるしピラニアもいるだろうし毒針を持った蜂もいるだろうし毒クモはもちろんいるだろう。トゲがいっぱいある花と草はそこらじゅうにしげっているだろう。
 そういうところで暮らしていけるのだろうかなどとふと考えた。
 熱帯雨林の危ない道を歩いていって、ときどき泉がある場所までたどりつくのが生活ということなのだろう。
 この世の中の嘘つきの殺し屋みたいな人間たちのあいだを無事に歩いて、オアシスのある場所までたどり着けるのは奇跡みたいなものかもしれないし、逆にオアシスはいっぱいあるのかもしれない。
 オアシスはところどころに沢山あって、だからオアシスにたどりつけているのかもしれないけれど、自分じゃそれがオアシスなのだと思っていないかもしれないし、そのオアシスを見えていないのかもわからない。だから苦しい。
 今いる場所がオアシスかもしれないけれど、そうするとオアシスにいても苦しいということは、そもそもオアシスにだってワニやピラニアや毒クモもあつまっていて、毒をもった草花もいっぱいあるだろうから、オアシスという場所でも安心していられないのだろう。もしかしたらオアシスでもオアシスでないところでもそれほど苦しさはかわらないのかもしれない。
 雨と風は激しくなったり弱くなったりをくり返すけれど、ときどき思い出したように突風になって窓から強く吹き込んで、机の上の紙が何枚も何枚も吹き飛んでいく。
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