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徒然のブログ

つれづれの思いなどを

米はコシヒカリでも安いという計算

 今日、米を買ったが、この前はいつ買ったのか調べたら、今月の二日だった。五キロの米を一ヶ月で食べるのだ。
 食べるのが早いと思った。食べすぎだと思った。
 十年前は五キロの袋を買ったら、三ヶ月は持った。その頃はラーメンも食べていたし、そもそも米を食べなかった。朝は茶碗で一杯ぐらい、昼はコンビニ弁当を食べて、夜は米を食べなかった。
 それがこのごろは、朝はどんぶりで一杯、昼は外で軽くパンなどを食べるが、夜も茶碗で一杯食べる。

 おかずの類は半額の惣菜をよく買うくせに、米だけはコシヒカリを買う。魚沼産は五キロで3000円くらいで高くて買えないが、佐渡産とか、十日町産とか、岩舟産とかをよく買う。五キロで2400円くらいだ。まあまあおいしい。
 でも今考えたら、いつも買う米に、五百円玉と百円玉を一枚ずつ足せば魚沼産が買えるのだけれど、もったいないと思ってしまって買えない。魚沼産のコシヒカリを食べたこともない。それはまあ、食べてみたいと思うけれど。

 たんに新潟産という名前のコシヒカリの米は、まずい。混ぜものがしてあるのだろう。だから新潟産というあいまいな名前で売っているのだろう。
 無名の米の会社の米は、コシヒカリという名前で売っていても、まずい。そして無名の会社の米は、たんなる新潟産という名前のものがほとんどだ。それは混ぜ米があるのだろう。昔何度か買って食べてみて、そう思った。新潟という名前が付いている会社名の米はまずい。新潟県の会社なのに、わざわざ新潟という名前を付けていることが胡散臭い。

 一ヶ月五キロの米の、約2500円を十二ヶ月買うと、今計算したら、3万円だ。一週間に一日か二日米を食べなかったとして、そうすると一年365日のうち300日を米を食べるとしたら、米の代金は一日あたり100円だ。朝と夜にたっぷり食べて100円なのだから、安いものだと思った。

エアコンをしまってストーブを出した

 今日、部屋にある大量の紙ゴミを袋に入れて、資源ごみに出す準備をした。それから畳を箒で掃いた。ホコリがなくなったら気分がさっぱりした。
 夏に使った窓用エアコンを、部屋の隅にしまってから、その反対側の隅にしまってあるガスストーブを出した。ちゃんと使えるかどうか、火をつけてみた。大丈夫だ。ガスが燃える灰色のところが、去年の冬のように真っ赤に燃えて光った。今年もこれで暖かくなれる。
 忘れっぽい私でも、十一月になると急に寒くなるのは覚えているから、これでいつ暖房が必要になってもあわてないですむ。
 このあいだまで半ズボンをはいていたのに、もうすぐストーブをつける冬なのだ。明日は、その半ズボンを洗濯しよう。そうしたら、冬の心構えになるだろう。

神様嫌い

 世界中の神様というのは、人間の欲望を擬人化したものだ。
 あれをしたい、これをしたい、こうなりたい、こうはなりたくない、という人間のワガママを自分の形におきかえたものが神様なのだ。
 それは日本の神様も、仏教の仏様も、キリスト教の神様も、イスラム教の神様も、ギリシャ神話の神様も、全部そうだ。だから神様というのは人間の姿をしているのである。
 偶像崇拝を禁止している宗教もあるが、それだって、人間の欲望を透明の姿にしたものが神様だ。見えなくたって見えたって、人間がこうしたいとか、こうなりたくないとかいう思いを、ぎゅっと丸めたものが神様なのだ。
 そして私は神様というものが嫌いだ。
 骨の髄まで自己責任論者である私だから、自分以外の存在に自分の責任をすり替えるのは卑怯だと思っている。だから神様に自分の欲望をすり替えるのも卑怯だと思っているから、神様がいては自己責任が果たせないのである。
 自分の責任において自分の言動を律したいから、神様に律してもらいたくないのだ。だからオカルトも大嫌いだ。
 でもときどき季節はずれに一人だけで墓参りをするのは、「墓参りに行ったよ」と言って父親を安心させるためと、お寺さんを安心させるためと、オートバイに乗るためのちょうどいい距離に墓があるから、気分転換に墓場に行くのと、四角い石しかない殺風景で誰もいなくてせいせいする場所で、一人で過ごす時間が気持ちいいのだ。そのときは、墓石を見ながら死んだ家族を思い出したり、自分をかえりみるひとときで、非日常の時間をすごせる気持ちよさも感じる。

サッカーの本田は税金泥棒

 サッカー日本代表が負け続けているが、本田が悪い。フォワードに豊田が入ったときに本田はパスを出さなかった。マイクという背の高いフォワードが入っても、いつも高いパスを出さない。
 練習で何度も出してダメだったから試合でパスを出しても成果が出ないと思って出さないのかもしれないが、初めて当たる相手との試合で一回も出さないのは、パスを出して成果が出るかどうかはやってみないとわからないのだから、一回は、いや三回は出してみるべきだ。
 それもしないのだから本田は仕事をしようとしない、本田は仕事を放棄しているとみなされても仕方がない。だから、本田が悪いのである。
 それに本田は日本代表の選手の親方として振舞っている。ということは代表が負ければ責任を負うのは当たり前だ。

 本田は自分のやりたいことだけやるのであれば、いろんなところで税金が投入されている日本のサッカーのJリーグや代表にかかわるな。外国のクラブだけのサッカーで、自分の好きなことをやれ。
 だけども代表に強くかかわろうとしている。ということは、本田は税金を食い物にしている泥棒ということだ。

Linux Puppyを使ってみた

 Windows XPが来年の春にサポートが切れるから、リナックスというOSをパソコンに入れたいと思っていたのだ。だけれどリナックスというのは難しくてパソコンの素人は使いこなせないとネットで読んでいたから、あきらめていた。
 それがこの間、linuxの種類の中にはPuppyというディストリビューションがあって、とても動きが軽くて、古いパソコンでも扱いやすいというのを知った。ディストリビューションというのは、リナックスには種類がいくつもあって、そのそれぞれの種類ということらしい。
 でも機械嫌いの私は自分でLinuxをダウンロードしてインストールするのはできないだろうと思って、ヤフオクでリナックス入りのパソコンを落札しようと考えていた。だがこのあいだWindows7のパソコンを二台買ったばかりなのに、さらにパソコンが増えるのもいやだから、買うのをやめた。
 ヤフオクをぼんやり眺めていたら、パピイを起動させるためのCDが出品されていたのを見つけて、それを落札した。送料込みで280円だった。
 配送されてきて、XPのパソコンに入れて起動させようとしたが、できなかった。何が悪いのかわからない。そもそも機械が嫌いだから、パソコンのことも考えたくない。だから放っておいた。
 そうしたらきのう、Puppyを説明しているホームページを読んでいたら、パピーはインターネットからWindowsでダウンロードできるし、いらなくなればWindowsの、インストールしたソフトを削除するところからアンインストールもできると書いてあった。それなら失敗してもやり直せると思って、XPのノートパソコンにダウンロードした。

 はじめ、バージョンが古い431JPというのをダウンロードしてみたら、とても動きが軽いのだけれど、インターネットのブラウザが800×600で見えづらい。だからアンインストールして、528JPというバージョンをダウンロードした。431と528のバージョンは、最初から日本語のバージョンがあるらしいからだ(550も日本語バージョンがあるらしい。そして他のバージョンは日本語の何かのソフトみたいなものをインストールすれば、日本語で使えるらしい)。
 528のブラウザーは見えやすかった。動きの軽快さは431ほどではないけれど、XPよりは軽くて気持ちいい。そして今、この文はLinux Puppy5.2.8JPで書いている。

 550JPは、アンインストールしても、起動画面でpuppyが残ってしまう。これはバグらしい。
 だからWindowsをリカバリーして直した。やっかいだった。550jpは使わないほうがいい。

linux画面
 自分のパソコンのLinux Puppy 528jpの画面

 これでXPのサポートが切れても、古いパソコンを使いつづけられる。Windowsでしか動かない経理ソフトや間取りソフトを使っているから、linuxだけにするわけにはいかないけれど、インターネットをするときはlinuxを使って、経理の記帳をするときはWindowsXPを使えばいい。
 だけどWindows7のパソコンを二台も買ってしまっているのだ。買うのは一台だけでよかった。でももう買ったのだから仕方がない。linuxを入れたこのノートパソコンは、Windows7のパソコン二台が壊れたときの予備にする。

 古いデスクトップ型の方でもPuppyをダウンロードしてインストールしたのだが、linuxで起動ができなかった。起動のときにWindowsとlinuxを選ぶ画面で矢印が動かないから、WindowsXPで起動してしまう。起動の設定を変えればいいのだろうが、やり方を知らないし、これ以上機械のことを知りたくもないから、あきらめた。

 BIOSの画面や起動OSを選ぶ画面の矢印を動かすのはF7かF8を押すらしい。そして最後にF10を押すらしい。それも不確かなのだが。だけれどいろいろ試してみようと思う。

 BIOSの設定を保つためにパソコンの中にボタン電池があるのだと後で知った。CR2032という平たい電池がおもに使われているそうだ。3、4年で交換するべきものだそうだ。これが起動できない原因かもしれないが、そうではないかもしれない。

 Puppyは、カーソルの動きが早すぎる。そしてカーソルがリンクの場所を通り過ぎるときに、勝手にリンクしてしまうことがある。ゆっくりと動かすようにした。

 文章を書くときの、アルファベットと日本語を切り替えるのが最初わからなかったが、キーボードの左上の方にある、半角/全角のキーを押したら切り替わった。

 このあいだ買ったWindows7のパソコンに入れて動かしてみたら、XPのパソコンより動作が遅い。理由はわからない。CPUもメモリーも性能がいいのに。パピーというのはもしかして、古くて性能が低いパソコンの方が合っているOSなのかもしれない。
 その後でWin7のパソコンに、5.5.0JPのバージョンをインストールし直した。少しだけ動きが速くなった気がした(速くなったと思いたいという気持ちの問題かもしれないが)。
 新しいパソコンには、新しいバージョンのソフトをいれた方がいいのだろう。

 LinuxでのUSBメモリーを抜く時は、デスクトップ画面の左下のUSBメモリーを表すアイコンを右クリックして、「アンマウント」をクリックすると、Windowsの場合の「安全に取り外す」ということと同じになり、USBを安全に抜ける。

 ※
 2014年春に追記
 今はリナックスパピイは使っていない。使っていると正常に起動できなくなったから。
 linux Vineのリナックスの入ったノートパソコンをヤフオクで買った。普段はウィンドウズ7のパソコンを使っている、Vineのパソコンを定期点検みたいに三ヶ月おきに起動させて使っている。

私のUSBメモリーのこと

 USBメモリーを使いはじめて三年くらいたつが、壊れない。三日に一度は書きこんで保存しているのに。
 USBメモリーというのは、何かのファイルをコピーするごとに、その寿命がちぢまるそうだ。
 私は三日に一回は、商売の経理の数字のテキストファイルや、リフォームの仕事で撮った画像のデータをコピーしているから、私のUSBメモリーはいつも忙しく書き換えられている。だからUSBメモリーは、自分の寿命を削って仕事をしている。
 でも死ぬ気配がないのだ。
 パソコンのUSBの端子の穴に挿すと、いつも元気にデータを取り出したり、私が作ったファイルを文句もいわずにけなげに記憶してくれる。
 Windows XPのパソコンからWindows 7のパソコンにデータを移すのも、その逆も、何も考えずに機械的に事務的に、挿して引っこ抜いて、データを移行できた。

 USBメモリーというのは物理的な衝撃にも弱いというから、何かにぶつけないように、大切にあつかっている。
 万が一部屋が火事になったり、大地震で建物がつぶれて、パソコンやUSBメモリーが燃えたり壊れたりすることは想定している。だから二個のUSBメモリーを使っていて、一個は部屋に置いていて、もう一つは財布の中に入れて持ち歩いている。
 二つのうち一つが壊れてもいいように、そろそろ新しいのを一つ買おうと思っている。入れておくデータが少ないから、USBメモリーの容量は、とても少なくていい。

Win7のパソコンを買った

 ヤフオクで、Windows7のパソコンを二台買った。デスクトップ型とノート型で、どちらも中古だ。そしてどちらもまだ新しげなのだ。それなのに、どっちも18000円くらいで買えた。

 Win7の操作は、ひとことで言うと杓子行儀だ。事務的機械的な感じがする。そして操作するボタンをアイコンで表示しているが、マークのデザインがおそまつで、何をあらわしているのかわからない。そのマークが何を意味しているかを覚えなければならないから、無駄な記憶力を消耗してしまうし、マークを見た瞬間、脳の中で2秒くらい考えなければいけなくて、直感的な操作はできない。
 それに、いらない機能が多すぎる。日本の家電メーカーみたいだ。自分本位な自己満足な仕事をして、高コスト体質になって、つぶれる方向を向いているようだ。

 ノート型のほうを二日間使っていたら、シャットダウンさせたとたんすぐ再起動するようになった。私がどこかをいじったせいか、その症状になった理由で覚えがあるのは無線LANのUSBの子機をつないだせいだ。ネットで原因を調べているが、わからない。だからリカバリーをするつもりだ。そのためにリカバリー用のディスクを今日ヤフオクで落札しておいた。980円だった。それが来たらセットアップしようと思っている(くろねこメール便の速達便で夕方送ってもらったら、翌日の十月九日の午前九時過ぎにリカバリーディスクが来た。そしてリカバリーした。だけれどシャットダウンしてすぐまた再起動してしまう症状は直らなかった。パソコンのヤフオクの出品者に電話して、いったん送りかえして症状を見てもらうことにした。出品者が、同型の別のノートパソコンを送ると言うので、そうしてもらい、十月十四日に届いた。今度のパソコンはシャットダウンは正常にできているので、これで正式に受領したとした)。

 このWindows7のパソコンは、リンクや画像がいっぱいある大きなホームページを開くのが早い。でもそれはパソコンの性能が上がったからで、OSが変わったからではない。だから私はXPで十分なのだ。でもMicrosoftのサポートがなくなって使い続けて、万が一ウィルスに感染して、それがお客さんに送るメールを経由してお客さんのパソコンにも感染させたら困るから、仕方なくWin7にしただけなのだ。

 今回買った中古の、デスクトップ型のスペックは、HDDが160GB、メモリーが4GB。ノート型は、HDDが160GBで、メモリーが3GBだ。
 この間まで使っていたXPのパソコンは、デスクトップ型はHDDが40GBでメモリーが512MB。ノート型は、HDDが40GBでメモリーが700MBくらいだった。ノート型のほうがメモリーが少し多かった。だからなのかノート型のほうが動作が速かった。
 この間のパソコンを買うとき、ハードディスクの容量が160GBだと少ないかな、とちょっと心配したのだけれど、私はデータやファイルを溜めこまないから、今まで40GBでもたくさん余っていたのだ。だから160GBで十分なのだ。120GBでも80GBでもいいかもしれない。

 この文は新しいパソコンで書いている。新しく来たパソコンは画面が切り替わる速さが気持ちいい。古いパソコンに戻れと言われても、もう戻れない。
 今まで、あるもので生きようと思っていたし、それがかっこいいと思っているのだけれど、前より性能のよくなったパソコンを使ってみると、自分のわがままさや自分勝手さを自覚するものだ。

女の性的な感覚は新米をたべたときのおいしさ

 近所のスーパーで買ってきた新米を炊いて、何度も噛みながら、なぜ新米はうまいのかと考えた。
 古米より、粘り気がある気がする。そして、甘いような気がする。古米との違いがはっきりわかることは、この二つだ。
 粘り気があるのは、水分があるからだろうと思う。甘いのは、新米だと思って食べる気のせいだと思う。たぶん新米だと知らないで食べたら、いつもの米の味だと思って食べたと思う。新米を食べたという、一年ぶりの珍しい気持ちにひたったのが、甘く感じるのだろう。そしてその甘く感じるときの感触は、口の粘膜に適度にひっついたり、離れたり、こすれたりする感触が気持ちいいのだと思った。

 もしかして女の性的な感覚は、男の俺が新米を口の中でもぐもぐして、ああ美味しいなあと思っているときに似ているのかもしれないと思った。
 女の性的な触覚は、触覚が味覚に変換して、その触覚で、甘くておいしいと感覚しているのかもしれない。いや視覚でも聴覚でも嗅覚でも、そして触覚でも、それは味覚という味わいに変換されて、見るもの、聞く音、嗅ぐにおい、肌ざわりが、それが甘いとか、苦いとか、すっぱいとか、しょっぱいとかと感じて、それが丁度よく混ざって、おいしいと感じているのかもしれない。そしてそのときそれは、女も、自分でも何が何だかわかっていないのだと思う。
 だからこそ男とまじわることができるのだろうし、胎児という異物を一年弱も自分の中に入れておくことができるのだろうし、出産の痛みをたえることができるのだろう。

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