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徒然のブログ

つれづれの思いなどを

2013年の初雪と番茶

 今朝、今年初めての雪が降った。
 積もったのは1センチくらいだけれど、このあいだスタッドレスタイヤに替えておいてよかった。
 ネットの天気予報を見たら、午前中いっぱいの気温は昼まで1度しかなかったそうだが、でもなぜなのかそれほど寒いとは思わなかった。
 風呂場の窓の鍵の交換に行ったお宅で、作業が終わった後、私の母親と同じくらいのお母さんが番茶を出してくれた。
 湯のみ茶碗があったかくて、かじかんでいた指先がじんわりとあたたまっていった。
 のどをおりていく番茶は、腹の中をあたためてくれた。

いざというときのための炭水化物

 非常食用に買ったレトルトパックのご飯とおかゆを、温めないで食べてみた。どちらも一つ98円で安かったのだ。
 ご飯のパックのフィルムを少し剥がして、スプーン一杯の量を口に入れてみた。それほど堅くもなく臭くもなく、そして舌に乗ったときに味はしなかった。だが飲み込んだ十分後に舌の表面がしびれてきて、石鹸の泡が口に入ったときみたいな味が舌の上で二時間つづいた。これは人間が食べるものではないと思った。
 それならば水を入れて、ふやかしてから食べてみようと、パックにひたひたに水をそそいで二時間置いておいた。それをスプーンで一つまみをすくい上げて口に入れてみた。水を入れなかったときの堅さはそのままだった。やはり味はしない。何度か噛んで飲み込んだ。やっぱりその後、石鹸の泡の味が口の中に残った。その後口がまずくなって時間がたった。捨てるのももったいないから、夜に電子レンジで温めて食べた。それならばおいしく食べられた。
 ご飯のレトルトパックは、大震災で食べるものがないときでも、温めなければ食べるものではないと悟った。

 別の日に、おかゆのレトルトパックを試してみた。
 アルミの袋を開けて中を見た。見た目はやわらかそうな普通のおかゆだ。安心できるような気持ちになった。少しの自信とともにスプーンを袋に突っ込んで、それを口に入れた。唇と舌がヒヤッとした。冷たいものが口の中に入って舌が引っ込むような感じがした。おかゆというものは暖かいものだという思い込みがあるからだろう。でも味に違和感はなかった。我慢すればこのまま一袋食べられる気持ちもした。だから大地震のときに何も食べるものがなければ、これを食べることはするだろうと思った。
 それでも今は大震災ではないから、電子レンジで温めて、食べた。おいしかった。

 ビスケットのたぐいは、もともと菓子が嫌いだし、口の中が粉っぽくなるから食べたくないから、震災で電気もガスも止まったときでも、食べる炭水化物はご飯がいい。
 ネットで非常食を調べたらアルファ米というものがあることを知った。水を入れて1時間おいておけば、いつものご飯になるというものだ。だけれどアルファ米は高いし、それに近くのスーパーでは売っていなかった。
 でも何千円もするものではないし、払おうと思えば払える値段だから、ネット通販でアルファ米を買って、非常食として置いておこうと思う。それと、嫌いだけれどビスケットは賞味期限が長いようだから、一袋は買って置いておく。

フィリピンパブと台風被害

 フィリピンの台風被害の助けに自衛隊が大勢行っているそうだが、うれしいことだ。いっぱい助けてやってほしい。
 俺が長野県に転勤していた二十台の真ん中くらいの頃、同僚に誘われてフィリピンパブに三回くらい行ったが、女の子はみな気立ての良いこだった。日本人のホステスより素直で気持ちがやさしいのがわかった。彼女たちの行動や考え方は、俺の故郷の田舎の人みたいな素朴な感じがした。それがこころよかった。日本人の女みたいに、ずるそうな感じはしなかったし、わがままな感じもしなかった。
 だから自衛隊の隊員の方々、がんばってほしい。日本人が、困っているフィリピンの人たちを助けているのを知ると、たのもしいし、うれしい。かげながら応援している。

大根おろしで冬はじめ

 スーパーの日替わりで一本98円だったから買ってきたのだけど忘れていて、冷蔵庫の横に二三日おいておいたのを大根おろしにして、瓶詰めのなめこをかけて食べたらおいしかった。
 冬にしか大根おろしはつくらなくて、冬だから甘くておいしく食べられるから、もう冬なのだと大根おろしでわかった。
 大根おろしだけを食べたのじゃなく、おろしたところのほかのところを切って、おでんをつくって食べた。これもうまかった。
 焼酎ではなくて日本酒を飲んだ。これも冬なのだ。
 食べるものだけじゃなくて、押入れから毛布を出して、掛け布団の下に入れた。今夜は毛布と布団の二枚で寝る。いつものように一人で寝る。

非常食の備蓄

 柏崎原発を動かすためにいろいろのことを調べる段階に入るらしいが(気に食わないし、とても怒っているし、絶対に再稼動させないぞと思っているが)、そういうことを聞くと原発事故もないのに事故になったときのことを心配して、大震災になって水道も電気もガスも止まって、建物に閉じ込められることを思って、水や食べ物をためておくことにした。
 水は焼酎の大きなペットボトルに四本ためて、ベッドと壁の隙間に立てておいた。そこはいつも暗がりだから、太陽の光で水が腐らないと思って。
 レモン水の二リットルのペットボトルは五本買っておいて、ダンボール箱に入れた。今思ったけれど、水のペットボトルもダンボール箱に入れてふたを閉めておけば、太陽光は完全にシャットアウトできるから、そうしよう。そして三ヶ月くらいおきに中身を交換すれば水は腐らないだろう。他には缶のトマトジュースと野菜ジュースを五本ずつ買った。水ものはこれぐらいでいいと思う。
 鯖の缶詰はいつも買い置きしているから、他にいわしとさんまの缶詰を買った。それからレトルトカレーを五袋買った。米はいつも、なくなるギリギリになってやっと買うのだけれど、五キロの袋が半分になったから買ってきた。
 ラジオ用のアルカリ単三乾電池も十本買いたしておいた。

 大地震がおこって建物が倒れないですんで、火事にもならずに生き残れたら、そのとき電気ガス水道が止まっても、そのうちでは電気が復旧するのが一番早いらしい。ガスは地震でガス管が破れたりして漏れているかもしれないから、それを全部の家一軒一軒チェックする必要があって、電気より水道より、ガスを出すのが一番遅いらしい。
 電気が元通りになれば、炊飯器を使えるからご飯を炊いて、缶詰をおかずにして食べることができる。それで五日間ぐらいをしのげば、その後は援助の食べ物をもらえるのじゃないかと思う。

 今年の二月に首のぎっくり腰になったときに、ほとんど寝たきりになって当然買い物にも行けなかったから、ご飯を炊いて部屋にある缶詰やレトルトカレーで過ごした。水は水道の水を飲んだ。その前の夏にリフォーム仕事のお客さんからもらったトマトジュースと野菜ジュースが飲まずにあったから、それを飲んでビタミンを補給した。
 あのぎっくり首になった時が震災の予行演習になったような気がする。
 砂糖が袋に三分の二あるのだけれど、砂糖というものを普段使わないから減らないし、ぎっくり首のときも砂糖があることさえ忘れていたから、食べなかった。砂糖湯をつくって飲めば体が温まったと思う。

キーボードを新しくした

 昨夜パソコンを起動したら、画面にキーボードエラーという言葉が出て、そこから先に進まなくなった。
 ネットで調べてもいまいちわからないから、今日ケーズデンキに行った。昨日のことを店員に説明しても、店員はいつものように無責任な物言いで、らちが明かなくて、私はいつものように怒鳴りつけた。そうしたら店員は逃げるように奥に走っていって、しばらくしたらパソコン修理コーナーの男を呼んできた。
 その男は理論的で筋道の通った説明を私にしてくれて、納得した。何を納得したかというと、キーボードが壊れているから買い換えろ、ということだった。それを結論からしゃべり、理由を理論立てて、かつわかりやすく言った。
 自分に甘くて人に厳しく、人をほめないで怒鳴りつけて説教ばかりしている私でも、その男だけは素直にほめた。そして素直にその店でキーボードを買った。880円のいちばん安いのだけれど。

 キーボードにはブラインドタッチのためにFとJのキーに突起があるが、今日買ったのは、安いせいなのか、それが申し訳程度の出っ張りで、あるのかないのかわからない。
 夜中にパソコンを使うときは、ベッドで横になりながら暗がりの中で、しかも左手だけでキーボードのキーを押すから、押したいキーを捜すのはFとJの突起が頼りなのだ。だから困った。
 ボンドを一滴ずつたらして、それが乾いたら突起になるだろうから、そうしようかと思っている。
 壊れたキーボードは、たしか六年前に買ったものだ。ご飯を食べながらパソコンをしているから、キーは料理の油で汚れていた。手垢もいっぱい付いていた。千円以下で新しくなるのだから、いいと思った。

電子レンジ料理はよい

 この夏から、料理はほぼ電子レンジだけを使っている。暑い季節にガスの炎を出さないですむから涼しくてありがたかった。そして簡単だ。カレーでさえ電子レンジでつくっていた。電子レンジでつくったカレーはおいしいと思って食べていた。
 だけれど麻婆豆腐は電子レンジじゃできないだろうと思って、つくらなかった。それがこのあいだ思いたって、電子レンジでつくってみた。
 カレーと同じで、堅い野菜のにんじんから薄切りにして電子レンジに入れていって、二分後にナスを入れて、また二分後に豚肉の小間切れと豆腐を入れて、それから一分加熱して、片栗粉を溶いて入れて一分後に、できた。
 フライパンでつくっていたときより、やっぱり水けが多い。だから味がうすい。
 サランラップでふたをして加熱するから水分が蒸発しないから、最初に入れる水はフライパンでつくるときの半分にしたのだけれど、もっと少なくてもよかった。それでもまずくはなく食べられた。
 あまった汁は、ご飯を入れて電子レンジで加熱しておじやにした。これもおいしかった。

 今のお気に入りは、電子レンジでつくるぶりかまの焼いたのと、鶏の手羽先の煮込みだ。そういえばどちらも油っぽい。
 ぶり大根も電子レンジでつくれるか、今度ためしてみる。

世の中は、仕事とは人をだますことだという人間ばかり

 この二、三日、ホテルや高級な食堂が次々と、自分のところは今まで食材を偽装していてお客をだましていたと自白しているが、どうして今、そういうところが本当のことを言いだしたのか不思議だ。
 それはたぶん、従業員がリークするのを恐れたのだと思う。ちょっと前、厨房で冷蔵庫に入ったり、食材を不潔にもてあそんでいたずらしたりする写真を、従業員がツイッターで出したのが社会で問題になった。
 それで、自分の店はメニューに書いてあるのと違う材料で料理を作っていると、ツイッターで公表されたら大問題になるから、その前に自分から告白したほうがいいと思ったのだろう。自分のところの従業員を信じられなくなっているのだろう。
 お客をだまして銭儲けをしているのだから、誰も信じたら負けだろうから、自分が雇っている人間も信じたら負けと再認識したのだろう。
 しかし、こいつらがやっていることは詐欺なのだから、詐欺罪で死刑にすればいいのに。法律がそうなっていないのなら、早急に法律改正して、残虐な刑罰に処せばいいのに。

 しかし前にも書いたことがあるが、店屋物などは不潔で何が入っているかわからないというのが昔からの常識なのに、外食だなどと高い金を払ってうれしがって食べているのは頭が悪いとしかいいようがない。
 誰が作ったのかわからないものを食べるのは、事情があって仕方がなく、覚悟して食べるというのが常識だと思えばいい。

 リフォームの仕事をはじめてからわかったが、土地建物建築関係の人間たちも、人をだますのが仕事だと思っている奴ばかりだ。土地建物関係だけでなく、小売業も、製造業も、医療業も、福祉介護業も、公務員どもも、政治家どもも、世の中のどいつもこいつも、仕事とは人をだますことである、それは皆やっているのだから当たり前だと思っている奴らばかりだから、いまさらメニューどおりの料理が出てこないなどということに驚かないのだが、ニュースを聞くと、前よりも、いやあな気持ちになってくる。俺が死刑に処してやろうかと思ってしまう。

 仕事とは人をだますことではなく、絶対に嘘を言わないで、人を幸せにすることが仕事なのだということでやっていこうとすれば、世間の奴らと喧嘩してしまう。それはとっくの昔に覚悟しているし、だから喧嘩ばかりしている。
 仲良くなれるのは、十万人に一人ぐらいのものだ。だから結婚できないのだろう。

キッチンの床を洗ってワックスをかけたら気持ちよかった

 住んでいるアパートのキッチンの床を洗ってワックスをかけた。五、六年ぶりのことだ。
 部屋全体がゴミ屋敷になりかけていたから、このあいだから紙ゴミと金属ゴミとガラスの割れたのとかを、順番に捨てていた。そうしたら通り道以外の床が見えてきた。新しく見えてきた床の場所に、ゴキブリの茶色い糞の粉がたまっていた。それを何とかしたいと思っていたのだ。

 昨日、魚を電子レンジで焼いて出た汁が床にこぼれて、それが足の裏に付いて、足の裏がべとべとになって、そのままベッドに入ったら足の裏のべとべと汚れがシーツに付いてしまった。
 これでようやく、キッチンの床を洗おうという決心がついた。

 床が見えている、正味二畳くらいの面積の汚れを取るのに二時間かかった。
 五、六年かかってたまった汚れだから、時間がかかるのはあたりまえだった。そして床はクッションフロアのエンボスで、でこぼこの凹んだところにたまった黒い汚れを取るのに時間がかかるのだ。凹に入った汚れは洗剤をひたしておいて、ブラシで何回もこすって、それでも取れない黒ずみは、金ベラの尖った角でほじくり出した。
 最近やっていないカッパギをして汚れ水を取った。細い通り道の汚れ水を周りに付けないようにしながらかっぱぐから時間がかかる。それでもカッパギの上手さはそのままだった。安心した。狭いところだからできたのだろう。広い場所をかっぱぐのは、もう体力がないと思う。

 床は、汚れを取っただけで済まそうと思ったけれど、また必ず汚れが付くのだから、その汚れを取りやすくするために、うすくワックスをかけた。

 ワックスが乾いて、素足で歩いてみた。気持ちいい。
 エンボスのでこぼこがあるから、足の裏にペッタリとくっつかないのだ。そしてワックスが塗ってあることで、さらさらしている。ワックスの効果で、床のビニールが足の裏から離れやすくなっている。畳の上を歩いているときに似ている。畳も細かい凹凸があることで、足の裏にくっつかない。それに似ているのだ。
 だけれど気持ちよさの一番の理由は、床に汚れがないから、床がベタベタしないで、足にくっつかないのだろう。
 だから足の裏を気持ちよく過ごすためには、まめに床を洗うことなのだ。
 でも生活していれば、気持ちよくなるとわかっていても、できないこともある。
 また何年かしたらまたキッチンの床を洗おうと思ったけれど、その時はもうこのアパートを出ていると思う。

天皇への手紙のことで橋下を見限る。そして自分の趣味の決意

 馬鹿な国会議員の一人が天皇に手紙を渡したということで大騒ぎしている暇人どもが大勢いるが、そんなことについて書きたくないから書かなかったのだが、橋下が「日本の国民であればやってはいけない事は分かるでしょ」などとコメントしたらしいので、書く。
 私は橋下を応援してきたが、これでもう橋下を見限る。

 私は世の中の権威ということが大嫌いだから、天皇制をやめたい。今の天皇が死んだら天皇制をなくしたい。
 今まで何度か書いているが、今上天皇個人と美智子皇后個人は、東日本大震災の被災者への慰問をしている姿をテレビで見て、その自分の身をかまわないで被災者のことを思って行動している姿に、私は、二人個人を、人間として尊敬している。
 だけれど、私があの二人の人間個人を尊敬して好きでいることと、私が天皇制に反対することとは別問題だ。

 私の生き方の根本は、天は人の上に人をつくらず、人の下に人を作らずであり、働かざるもの食うべからずであり、自分がされて嫌なことは人にもしない、である。

 天皇に手紙を書いて渡したぐらいで批判されるいわれは、なんびとたりともない。
 ただ、あの国会議員を(すべての政治家どもを含めて)、私は大嫌いだから、あんまりいい気持ちはしないが、あいつが俺に迷惑をかけないかぎり、そして天皇さんの人間個人としてにも迷惑をかけないかぎり、私はあいつに文句は言わない。いや、あんな屑のことに言及したくもないから、書かなかった。

 だが橋下は違う。私は橋下を応援してきたのだ。だから橋下について書く。
 多数の側に立って物を言うのはラクで、そしてそれは、たいがいにおいて泥棒根性になって卑怯な振る舞いになるのだが、ついに橋下もそういうことをやりだしたか。そして「日本の国民であればやってはいけない」などというそのことの根拠も提示しないで、ものを安易に喋りだしたか。
 天皇制ということに、国家ということに、国ということに、いや人間が生きるとは何かということに、そういうもろもろのことに、自分の頭と心と体をねじ込んで、へとへとになって、血のしょんべんがでるほど考え抜いてもいないくせに、はしゃいで喋りやがって!
 橋下は頭が悪かった。そしてやっぱり政治家になろうという人間だから、泥棒根性の人間だった。やっと俺もわかった。
 今までもうすうすわかっていたのだけれど、もうこれからは、誰も何も信用できないし、信用しない。

 これからは、「天は人の上に人をつくらず、人の下に人を作らず。働かざるもの食うべからず。だから人は、自分が成果を出した分だけの報酬を得るべき(そうでないならそれは泥棒ということである)。自分がされて嫌なことは人にもしない。」ということを私一人の趣味として生きていく。このことを私以外の人間に強制はしないが、私のこの趣味を理不尽に邪魔されたら、肉体的な暴力をもって、自分が死ぬか相手を殺すかするまで対抗する(今までもそういう思いは少しはあった)。
 もちろん普段は今までどおり、おだやかに、人に親切に生きる。もちろんそれも、私の趣味でしかないが。
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