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徒然のブログ

つれづれの思いなどを

怒鳴らないですんでいるからラク

 引っ越したら怒らなくなった。
 行動を変えるには考え方を変えなければならないそうで、考え方を変える手っ取り早い方法は、場所か時間を変えることだ。
 住んでいる場所を変えたら思考が変わったのかもしれない。でも今のところ年末年始をはさんでいるから人と会うことが少ないから、怒鳴りたくなる人間とかかわらないですんでいるだけかもしれない。住宅地から繁華街に近い場所に移ったから、会う人間の質が変わったからかもしれない。自分が無意識の中で自分を変えたいと思っていたのかもしれない。どれもそうなのだろう。
 年をとって自分のことで精一杯になってきて、他人や社会のことなどどうでもいいと思ってきているから、他人に怒らなくなっているのもあるだろう。それは自分がほんとうの自分勝手になったから怒らなくなったのかもしれない。
 いや、もともと自分勝手だったのに自分勝手ではないと思いこんで、自分で自分に反対のことをしていたから、その負荷で疲れてイライラして誰かに八つ当たりをしていたのかもしれない。

 販売促進の方法で、売り方の場所と時間を変えてみることがあるが、それにも似ているかもしれない。

非常用の水の置き場はトイレ

 大地震があったとして水道が止まったとき用に、焼酎のペットボトルに入れた水を備蓄しているが、トイレに置いている。大きなビンを、便器の脇に八本立てている。
 住んでいるアパートのトイレは窓がなくて陽が入らないから、使うとき以外はまっくらで、紫外線とかで水は傷まないだろうし、ためている水はまずトイレを流す水に使うだろうからちょうどいい。
 飲むための水は、売っているペットボトルの飲料水を箱ごと買ってきて、これも箱のまま便器の奥に置いている。新品のペットボトルで栓がしまっているから不衛生ではないから、トイレに置いている。

自動車のバッテリー交換

 今日、ホビオのバッテリーを交換した。九年乗っているが、車を買ってから初めての交換だ。
 イエローハットで、六千円ちょっとかかった。交換したバッテリーのグレードは、松竹梅でいえば竹のものにした。
 去年の冬にバッテリーがあがって、もう弱くなっているのがわかっていたのだけれど、だましだまししながら我慢して冬を越した。そうして暖かくなったらまたバッテリーの力が復活したのだ。春夏秋と快適に過ごしていたのだ。でもこの一月になったらエンジンのかかりが悪くなった。弱弱しくやっとかかるのだ。この冬を越すのは無理だろうと思って、替えた。
 住んでいる近くのイエローハットの雰囲気は、よくもなかったけれど、悪くもなかった。

喧嘩相手とその弁護士に勝った

 あることで喧嘩している相手とその弁護士に、実質的に勝った。
 裁判で白黒をつけようと思っていて、相手が嘘をついているのだから絶対に勝つと思って、そして相手が言っていることを嘘だとする証拠も用意したから、こちらはいつでも裁判をしますよと、俺は相手の弁護士に電話でおどしつけるように言っていたのだ。
 相手の弁護士は、俺の言う条件を全面的に受け入れた。だって相手は嘘をついているのだから。裁判の場で嘘をついたら偽証罪で刑罰の対象になるのだから。

 俺は裁判の場で相手に謝らせたいと思っていて、このあいだ法律相談に行ってきて知ったのだが、民事裁判では原則として謝るということはしないで、慰謝料や名誉毀損とかで、金で解決することになるのだそうだ。
 だから相手に金を要求した。仏ごころを出して相場より少ない金額にしてやった。それを相手の弁護士に言うと、次の日にはあっさりと俺の言った条件を飲む返事をしてきた。

 だけれど最後に喧嘩相手と金のやりとりの事務手続きで会ったときは、相手は田舎者らしく、また嘘を言ったり、根拠のないわけのわからないことで威勢を張って俺を怒鳴ったが、俺が「いつでも裁判して白黒つけてやるぜ」と言ってやったら、「おれは裁判するほどひまじゃないんだよ!」とうそぶいていた。「弁護士に相談して法的手段に訴えます」など先に言ってきたのは相手の方だったのにだ。

 これでわかったことは、新潟市のほどんどの馬鹿どもは救えないくらいの馬鹿ばかりだということと、弁護士だのいう人間どもも頭が悪い奴だということだった。
 そして裁判に負けないためにも、絶対に嘘を言わない、卑怯なことをしない、できるだけ人には親切にする、この三つをモットーに生きていれば、それほど怖いことはないのだと再認識した。

インターネット中毒が自覚できた

 十五日ぶりにインターネットがつながったからブログを書く。
 インターネットができなくなって三日間は、やっぱりネットの禁断症状みたいなものが出て、パソコンの画面を見ないで居ると、目が何か見るものを探してさまよっているのが自分でもわかった。
 だけどそれも三日でおさまって、あとは本を読んで暮らした。難しくて面倒くさい本を読んでいたが、読んでみたらどれも難しくもないことがわかった。活字を追うことが面倒くさくて集中力がきかないのだが、三十分おきに一休みしながらゆっくり読んでいった。難しいといわれる本も本当は難しくもなくて、浅はかなことを書いているものばかりなのだとわかったことが収穫だった。

 年を越したせいか引っ越したせいか、怒鳴ることがなくなったのだけれど、今日、NTTに電話で問い合わせたら、いつものように怒鳴っていた。田舎者にはやっぱり無視するか怒鳴るかしかないようで、関係を持たなければならないならば怒鳴って成果を出させるしかないようだ。田舎者はおだてると、調子に乗って怠けるから。

 十五日間インターネットに接しないで暮らしてみてわかったこことは、自分がインターネットにすこし中毒になっていたことが自覚できたことと、禁断症状を我慢してやり過ごせば、インターネットにかかわらなくても暮らしていけることだった。年末年始で仕事から離れていられて仕事の調べものをしないですんだからそういえるのだろうが、ラジオを聴いて、哲学と純文学の本を読みながら過ごせば、それほど退屈はしないで暮らせた。ときどきギターを弾いてはなうたを歌えばなおさらいい。
 そうして天気予報とニュースはラジオですませられるものだった。
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