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徒然のブログ

つれづれの思いなどを

古いエアコンはクリーニングするよりも新しく買い換えるべき

 年々、うちへのエアコンクリーニングの注文は減っている。良いことだ。
 エアコンクリーニングの作業はとても疲れるのだ。脚立を数え切れないほど登ったり下ったり、水を吹きつけている最中、壁に汚れ水が垂れていないかと何べんも確認したり、エアコンが壊れないかとハラハラしたり、そうしてお客のエアコンのカビを自分の肺いっぱいに吸い込む……。だから他所の業者より料金を高めに設定しているから、依頼される数が減るのだ。それもそうあってほしいと思っていることだから、それで良いことなのだ。

 そして梅雨明けから八月いっぱいはエアコンクリーニングを受け付けないことにしている。万が一クリーニングがきっかけでエアコンが壊れたら、この暑さの中でエアコンが使えないとなると、確実にお客からうらみをかうだろうから。
 このあいだ、21年前のエアコンをクリーニングしたのだが、作業が終わってコンセントを入れてみたら、電源が入らなかった。次の日まで様子をみてもらったが、やっぱり電源は入らなかった。壊れたのだ。
 電子基盤には水はかからなかったから、エアコンクリーニングが原因で壊れたのではないが、もともと基盤が弱っていたのだろう、古いエアコンだから、何かの拍子で壊れてしまったのだ。
 でもエアコンクリーニングがきっかけで壊れたのだから、お客さんは私をうらんだだろう。私に責任があると思っただろう。私も自分に責任があると思うのだから。
 だからその後、ホームページに、十二、三年前より古いエアコンは、いつ寿命が来るかわからないから、クリーニングするよりも安いタイプに買い換えたほうがいい。それに新しいエアコンは電気代は安いのだし。と書いておいた。

 そうやって、ダガシだから頼みたいと思ってくれるお客さんからしか仕事を受けないというやり方が、また一段進んだ。

虫眼鏡で読書

 このごろは昔のマイナーな作家の全集の本を読んでいるのだが、そういう昔の小説は旧かなづかいで、今は使わない漢字を書いているし、文体もくどいような感触で、まだるっこしくて、読みすすめるのに時間がかかる。それに本は厚くて、重くて、そうして文字が小さい。一文字が胡麻一粒くらいの活字だから、ど近眼で、乱視で、老眼になってきた目には、古い紙に文字が溶けかかっているようで、ぼやけて見えないのである。
 パソコンで見る文字はそれほど見えにくいことはない。紙の上の文字が見えないのは、歳で目が明るさを感じられなくなっているのだろう。パソコンのモニターは光ってくれるから、文字は黒くて、文字以外のところが光っているから、文字の黒さのコントラストがはっきりして、見えやすいのだろう。

 このあいだ百円ショップで虫眼鏡を買ってきた。それが役立っている。全集の本の細かい文字の上に天眼鏡をあててみると、文字が紙から浮き上がって、大きくなって見えるのである。でも天眼鏡は重いから、しばらく読んでいると手が疲れるのだ。そういうときは、右手で持っていたのを左手に持ちかえたりして、手の疲れを分散している。
 いつも眠る前にベッドで本を読むのだが、仰向けや横向きで天眼鏡は使いづらい(そしてそういうことは今まで知らなかったことで、人生の中の新しい発見なのだ)。だからこのごろは、寝床の読書はしなくなっている。

オイル交換2014年

 オートバイのオイルを換えた。48391km。
 一月前にヤフオクでオイルフィルターを買っていて、それも交換した。
 フィルターを換えた時は、オイルは1、8リットル必要なのだ。ムサシに買いに行った。
 オイル交換のついでにチェーンの伸びたのを調整しようと思っていた。いや本当はチェーンが伸びているのがわかっていて、乗っていて怖かったから、チェーンを何とかする方を先にしたかったのだ。だからリアタイヤを留めているボルトの割りピンも買った。ムサシは三年前には一本ずつばら売りで売っていたけれど、今は10本入りの袋でしか売っていないのだった。仕方ないから一袋を買った。それでも一袋六十円くらいのものだが、割りピンはそんなに頻繁に交換するものじゃないから無駄な在庫が増える。けれどしょうがない。

 レーシングスタンドでリアを上げて、また伸びるだろうと思ってチェーンを少し張りぎみにして、リアタイヤのボルトを締めて、新しい割りピンを入れた。
 エンジンオイルを抜いて、フィルターを交換して、新しいオイルを入れた。
 それからチェーンにチェーンルブをスプレーしてから、二十分くらい休んだ。
 その後、海まで走った。途中で何度か信号待ちのときにバイクからおりて、下回りを見た。オイルは漏れていないし、チェーンも、リアタイヤもおかしいところはなかった。
 オイルを換えたらエンジンが静かになった。回転もスムーズにあがる。そんな気がするだけかもしれないが、間違いなくエンジンには良いことだから、乗る人間も気分がいい。

 去年は8月の中旬にオイルを換えた。それから四千キロ走った。今年は五月末まで乗らなかったのに。それからもあんまり乗らなかったのに。去年の秋にけっこう走ったということだ。そういえば去年の九月に泊りがけで親知らずに行ったのだった。

 かかったお金は、オイルフィルター1040円。オイル1リットル缶が二本で2570円。割りピン10本で58円。合計3668円。

火をつかわない夕食ものたりなかった

 今夜は、買ってきたマグロの刺身と、タコの刺身と、トマトを切ったのと、それから自分で漬物の素で漬けていた、キャベツとナスとニンジンを食べた。
 いつものように、焼酎のレモン水わりを飲んだ。
 そのときまでは、全部が口の中に入っても冷たいものだった。

 でもなんだかもの足らなくて、冷蔵庫にあった豚肉と、玉ねぎとにんにくを切って、どんぶりに入れて電子レンジでチンして、醤油をたらして、食べた。
 炊飯器に残っていたご飯も、チンして食べた。
 まんぷくになった。
 体には、よくないと思った。

笹川流れの集落の道のこと

 おとといオートバイで笹川流れに行った。昼に出たから道草しないで、行って帰るだけだった。それでも今まで走ってみたいと思っていた、国道のわきの集落の道を走った。
 いつものように勝木の交差点のコメリでおしっこをして、クーラーがきいている店の中をゆっくり歩いて涼んでから、トイレ代と涼み代のつもりで97円のビニール手袋を買って、同じ道を折り返した。
 たしか一つ目の集落だったと思う。左に曲がる細い道があって、そこを入った。
 道はすぐに細くなって直角に曲がったから、強くブレーキをかけた。それからは一車線しかない道が、くねくねと続いているのだった。
 細い道の両脇に小さい家がへばり付くように並んでいた。庭などはなく、駐車場もほとんどなく、車道からすぐに玄関がせまっていた。玄関から人が出てきたらぶつかってしまうだろう、あぶなくてスピードは上げられない。それにエンジンをむやみにふかせば、道路のすぐそばにある家の人にはうるさいだろうし、ギアをセカンドに落として、自転車より遅いぐらいの速度で、ゆっくり進んでいった。
 こんなに道が細くては大型トラックは通れない。外壁リフォームをするときは足場が必要だけれど、足場業者の大きなトラックでは、ここまで入って来れないなあなんて思いながら走っていた。それにしては集落の家はほとんどが新しかった。足場も、建築木材も、どうやって運んできたのだろうと不思議だった。
 もうすぐ集落が終わりそうなところに、墓場があった。六畳の部屋くらいの広さだった。家と同じように墓も新しいものが多かった。そうして集落の細い道は国道につながって、海沿いの道に戻った。
 何キロか走ると次の集落が見えた。もう四時をまわっていたから、集落の中の細い道を走っていたら、日が暮れるまでに新潟市には戻れないと思って、国道だけを走って帰ることにした。
 集落は何キロかおきに点々とあるが、やっぱり集落のはずれには、墓場があるのだった。集落の大きさ、家の数と、墓場の広さと墓の数は比例していると思うが、そうでもない墓場もあった。
 それほど大きな集落でないのに、墓場は学校の運動場くらいの広さのもあった。墓場というより墓地、というより霊園といったほうがいいほどの広い墓場だった。集落の家の数の何倍もの数の墓が立っていた。
 一人ずつに墓をつくって立てているのだろうか。そんな不経済なことはしないだろう。海沿いの道のわきに見える家々は、ぜんぜん裕福そうには見えないのに。
 そして海沿いの国道からは、お寺というものが見えなかった。お寺の屋根は高くて大きくて、遠くからでも見えるはずなのに。
 そういえば、さっき通った集落には、小さい鎮守さまがあった。道のすぐ近くに山がせまっていて、その崖みたいな山の途中にある、畳一枚くらいの平たくなった場所に、鎮守さまのほこらがちょこんとすわっていた。そのほこらが建ってある平地は、ビルの三階くらいの高さで、そこまでは急な階段が造られていた。そこまで登れば、海がひろく見渡せるだろう。高い津波が来たとしても安心だろう。だからその鎮守さまはきっと、豊漁を祈るためや、海の安全の神様なのだろう。葬式も鎮守さまでするのだろうか。でも墓場に立っている墓は、どこの地域でも見るような形と大きさで、たぶん普通の仏教式なのだろう。葬式や法事のときは、遠い場所のお寺から坊主が来るのだろう。
 墓場の墓は新しいのに、鎮守さまのほこらは小さくて古いままだった。どうしてか鎮守さまのほうに親しみを感じていた。いつかまたあの道に来て、あの崖の上の鎮守さまに挨拶をしたいと思った。

サッカーは植民地をつくったという歴史のズルさの勝負

 ワールドカップには特別な興味はないのだが、世間の騒ぎで知らず知らずに知識が増えている。
 ブラジルのネイマールという選手をネットの動画で見たが、男にしては体が細くて可愛いらしい顔をしているが、相手と体が当たってもいないのに当たったかのように振舞って大げさに転ぶのが嫌いだ。だからなのかコロンビアとの試合で相手選手から体を当てられて腰を骨折したらしいが、同情できない。それどころか骨折したのは本当なのかな、本当でもざまみろと思ってしまって困ってしまう。
 ブラジルのサッカーの試合の動画を見ると、、ブラジルの選手というのは体を当てられていないのに転んだり、審判の見えないところで相手の足に足をぶつけていたりしている。ブラジルは、どうもズルイやりかたでサッカーをしている。
 ブラジルは世界からサッカー王国といわれているようだが、そういうズルさが王国のもとになっているのなら、王国は近いうちに滅びるだろう。
 ブラジルの国はとても広い。国が広いことが、その国民がズルくふるまうことになるのだろうかと思ってしまう。それとも昔からのヨーロッパの殖民地で、植民地の人間というのはズルくなるのだろうか。
 他の地域を侵略して植民地をつくる国の人間たちはズルイわけだから、宗主国の人間を真似して、ズルくなるのだろう。そういったら日本だって植民地をつくったのだからズルイわけだ。人様のことをいえないわけだ。

喋る意味がわからないから気持ちいい歌

 さっきラジオで、たぶん中国語か韓国語の歌が連続してかかっていて、気持ちよく聴いていた。
 日本語の歌を聴いていると、いつも歌詞の中身が浅くて自分勝手で、腹が立ってきて聴いていられないのだけれど、知らない国の言葉の歌は、何を歌っているのかわからないから、腹も立たない。その聞いてもわからない言葉を、自分でいいように意味をつけて聞くのだろう。だからかえって奥深い詩を聞いているような気分になるのだろう。

 中国も韓国も嫌いで、それは世間の風潮で嫌いになっているのじゃなく、身近な実体験があって嫌いになったのだが、大仰な歌い方でない中国語や韓国語の歌は、たまに聴くといい。
 意味がわからないからいいといったが、英語の歌は、子供のころから日常の中で耳に入りすぎていて、もう飽きているところがある。

 言葉がわからないのに、いや言葉がわからないからこそ、その歌がいいと思ったことで思ったのは、喋った中身ではなく、何を行為したかでその人の価値が決まるといつも思っているが、喋ることがわからなくて、それなのに立派なことをしている外人を見たとしたら、その人をもっと好きになるかもしれない。

 赤ちゃんが何をしゃべっているかわからないけれど可愛いのは、そういうことに近いのだろうか。そうでもないかもしれないが、関係もあるかもしれない。

汚れがつかないような、工夫というか、姑息なやりかたというかということ

 別のアパートに引っ越して半年たったが、引っ越したときに、キッチンのガスコンロのまわりの壁にマスカーを貼って、壁に油汚れがつかないようにした。
 そのマスカーがコンロの熱や油汚れで、コンロ側にふくらんできて、火にあたるような形にふくらんできたから新しいマスカーに張り替えた。
 最初にマスカーを貼ったときは、二ヶ月くらい持ってくれればいいなと思ったのだけれど、六ヶ月ももった。それでも本当は三ヶ月くらいたった頃から、マスカーのシートがコンロ側にふくらんできたから、あぶないなと思いながらガスコンロを使っていた。
 もしマスカーに火が移ったとしても薄いビニールが燃えるだけだから、それが燃えつきれば火は終わるわけだと思って、そのままそうしてコンロを使っていた。
 そしてコンロ側に膨らんでいても、コンロの背中に金属のついたてを立てているから、シートに火が移ることはないのだった。
 だけれど六ヶ月もたったのだから、もう元は取ったと思って、新しいマスカーのシートに張り替えた。マスカーなどは安いもので、使った分量は五十センチ幅のものを四メートルくらいのもので、その金額は五十円くらいだ。安いものなのだ。それを張り替えなかったのは、はりかえる手間を面倒くさがっていたのだろう。こんどは二ヶ月くらいで張り替えようと思う。
 でもコンロまわりの壁にビニールを貼って汚れを付かないようにするのは、貧乏臭いというか、面倒くさがり屋に見えるだろうと思うけれど、一人暮らしだし、自分のほかに誰もコンロを見ることもないから、そうやっている。

 それから、シャワーや風呂に入って風呂場をつかった後に、風呂場の壁についた水滴を、T字型のワイパーで落としていた。風呂場の洗い場の床の水も、ワイパーでこすって排水口に流していた。
 そのおかげかどうか、風呂場には今のところカビは生えてない。新潟県の梅雨の雨は七月の中旬が最盛期で、まだこれからたくさん降って、湿気もこれからおおくなる。だからカビはこれから生えるのかもしれない。でも浴室内は、今のところ新品同様のきれいさだ。
 風呂場から出る前に、ワイパーで壁と床の水気を切ってから出ることを、毎日毎日、半年間つづけたのは、われながら実行力があったなあと、今、自分をほめている。
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