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徒然のブログ

つれづれの思いなどを

死に様は生き様

 死に様というのは生き様のためにあるのだと思った。
 死ぬ瞬間は、人生の中にふくまれる。
 生きるということを大切にするならば、どう死ぬかということが大切だ。
 どう生きたかということは、どう死ぬかで決まる。
 なぜなら死ぬことは、生きることの中に入っているのだから。

 どう死ぬかを決めるためには、どう生きるかを決めなければならない。
 どう生きるかを決めるためには、自分の生きるポリシーを決めなければならない。
 自分の生きるポリシーを決めるには、自分の価値観を定めなければならない。
 自分の価値観を定めるには、生きてるときに、いつもいつも考え抜かなければならない。
 考え抜くためには、いろんな方向からものを考えなければならない。
 いろんな方向から考えるためには、自分が嫌な方向からも、自分の不都合なことからも、そこに自分を置いて考えなければならない。
 人間はつい楽な方向に向かってしまうから、自分を苦しいところに、嫌なところに行かせたくない。だけど我慢して自分にとって不都合で嫌なところに自分を行かせなければならない。
 楽なところから見るのは普段やっているからわかる。でも自分が苦しくて嫌なところから、自分が生きるということを見る。
 そのためには、自分がいちばん嫌なことは何なのか、考えて考えて、知っておく。
 そうしてときどき、あるいは長く、自分が一番嫌なことに身を置いてみる。
 そして自分が死ぬことも、いつも考えておく。
 生きることを大切にしたいから、生きるというさいごのことを大切にするために、どう死ぬかを考えておく。
 生きるために死ぬ。
 それが、自分が生きるということを大切にすること。
 ダガシの五十を過ぎての悟りの一つ。

痛風がぶり返しそうで禁酒

 またこのごろ右足の土踏まずが少し痛くなってきた。痛風がぶり返しているのだろう。今年はお盆の前から昨日まで、ずっと天気が悪くてバイクに乗れなかったから、毎日夕方から刺身だの焼肉だのを食べて、いっぱい焼酎を飲んでいたせいだ。気を抜くとすぐに食べすぎ飲みすぎをつづけてしまう。お盆すぎから腹が出た。
 昨夜と今夜は飲まないでいる。昨日はカレーを作ってそれを肴にして飲んでいたが、土踏まずが痛くなったから、それ以上は飲まずに、飲むかわりにカレーとご飯をいっぱい食べた。今日はそうめんをたくさんゆでて、昨日のカレーを作ったときの残りの豚肉をゆでて、ジャガイモを電子レンジでふかして、一緒に食べた。炭水化物のとりすぎかもしれないが、アルコールよりはいいだろう。それに腹がいっぱいにならないと眠れないのだ。
 昨日の夜中は久しぶりに酒を飲まなかったからだろう、最近夜中は暑いのが、昨夜だけはそれほど暑くなかったのに大量に寝汗をかいた。今夜もいっぱい汗をかくかもしれないから、替えのシャツをベッドのわきに置いておく。

三河のわき道を走ったこと

 今年のお盆のあたりの天気は雨続きだった。それが十三日だけ晴れた。天気予報でもそういっていたから十三日はオートバイに乗るぞと決めていた。
 その日の朝に父親から電話があって、それが用を言わないから、お盆だから来てほしいのだろうと思って、でもオートバイに乗るつもりだから行かないと言った。少しの罪悪感をもった。でも後から考えたら、父親は、自分はどこかに遊びに行くからお前は来ても誰もいないよと言うために電話をよこしたのかなと思った、でも今まで父親はお盆に遊びに行くことは何度もあった、そういうときにわざわざ遊びに行くと電話をよこしたことなどないのだから、今年はどこかに行くということはなかったのだろう。だから私に来てほしいということだったのだろう、と思ったが、そうであったとしても、その父親の希望を捨てることにした。

 午前中は眠気でぐだぐだしていて、昼前になって、いつものように体操をしてシャワーを浴びて、準備をした。遅くなった本当の理由は、どこに走りに行くかを決めかねていたからだった。明日の天気予報は雨だから、日帰りで行けるところに行くしかない。新潟市内から行けるところはもうほとんど行ってしまっている。どこに向かって走るかを決めることで時間がかかったのだ。
 体操をしながら、ふいに根拠もなく赤谷に行くことに決めた。今まで三河からしか行っていなかったから、新発田から行くことにした。

 いつものようにコンビニでアンパンを買ってから、バイパスを新発田に向かって走った。新発田の中の道はよく知っているから、とくにおもしろいこともなく赤谷に向かう道を走った。山道になったあたりで、戊辰戦争の碑があるところで休憩した。アンパンを食べながら碑の説明を見たら、ちょうど八月十四日だったか十五日だったかに、ここで戦さがあったと書いてあった。
 こんな暑い日に殺し合いをしたのかと思って、こんな汗が出る日に若い男たちが死んだのかと思って、ここで死んだ若者たちは、暑い日の生きることの盛りの中で死んだのだと思って、死ぬ気持ちより熱く生きる気持ちの中で死んだのだと思った。

 三河から新潟市に向かう四十九号線の長いトンネルを走りたくないから、三河の交番で、トンネルのわき道のことを聞いた。中学校のそばにあるその駐在所は、窓に洗濯物が干してあって、その中に色とりどりの小さなベビー服やおしめが、かざられるように、誇らしげに、だけれど恐縮するようにつましげに、太陽に向かって風にたなびいていた。
 駐在所に入って声をかけて出てきた警察官は、十代後半くらいの若さの、にこにこしたおまわりさんだった。
 おまわりさんが言うには、私が走ろうとしているわき道は車やバイクは通れなくなっているらしく、もっと山奥の道を教えられた。若いおまわりさんが地図をめくるときに、左手の薬指の新しげな指輪が光ったのがまぶしかった。
 三河温泉から山に入って、中ノ沢森林公園のあたりの集落を通って、阿賀高原ゴルフ倶楽部の前の道を走って四十九号に出る道を教えられた。地図を見たらあまりにも細い道だったから不安になって、
「おまわりさんは、その道を通ったことがあるんですか?」と聞いたら、「はい」と私の目を見て明快な声で返事をしたから、安心してその道を通ることに決めた。
 駐在所を出てオートバイのエンジンをかけていると、おまわりさんが出てきて、「これを飲んでください」と、さっきのようににこにこしながら缶ジュースを手渡してくれた。遠慮しないでいただいて、クラクションを鳴らして出発した。

 中ノ沢の集落で中年の女の人を見たから、「ゴルフ場に行くにはどっちの方に行けばいいですか?」と聞いた。
 新潟市ではもちろん、他の土地でも聞いたこともないほどの親切な教え方で、わかりやすく説明してくれた。
 中ノ沢の集落は見たところ五、六軒の家が、山奥の中でかたまって暮らしているようなところだった。集落の真ん中をとおる川のまわりは、すぐに高い山に囲まれていて、田んぼも畑もないような場所だった。産業はも木を切って平地に運んで売るくらいしかないようなところだった。こういうところに住んでいる人の方が人に親切にするというか、どうしてか普段の暮らし方がすなわち親切になるのだろうと思った。
 中ノ沢の女の人から教えられた細い道をくねくねと登りきったところがゴルフ場で、そこから下っていくと四十九号線に出た。そこからいつものように知っている道を走って帰った。帰るまでは父親からの電話のことも罪悪感のことも忘れていた。

八月の前半は暑さから逃げる

 今年のにいがた祭りの花火は昨日台風が来たから順延になって、今夜になって今やっている。ドンドンと音がしている。花火など嫌いなのだが大きい音が聞こえるから窓の外を見てみる。でも花火は見えない。今年別のアパートに移ったから去年まで見えていたのに今年は見えない。花火などどうでもいいと思っているのだけれど、ドンドンと大きな音がしているのにその元が見えないのはどうしてか腹が立つ。

 今年は梅雨が明けたらどっと暑くなった。毎晩エアコンをつけた。それが八月の四日から雨がつづいた。
 三年前オートバイを買ってからは、八月の頭から盆明けまでは暑すぎてオートバイには乗らない。齢で暑さに負けるからだ。オートバイも二十年以上前のだから、そして空冷だから、夏の太陽が照りつけて道路のアスファルトが溶けるくらいに暑い昼過ぎなんかはエンジンが吹けなくなるのだ。
 暑いときは外に出ないことが体にいい。熱中症で倒れたらまわりに迷惑もかけるし。
 こないだも暑いなかで作業していて、汗をだらだらかいて、ふらふらしながら、でもやることはやらなきゃならないと必死になって体を動かして、夜九時すぎにやっと終わって、時間がかかってすみませんでしたとお客さんに謝って、遅くまでがんばって仕事をしてくれて申し訳ないと思っているのか、非常識に遅くまで人の家にいやがってと怒っているのか、たぶんどっちとも思っているだろうお客さんからお金をもらって、領収証を書いて、収入印紙を貼るときに舌で印紙の裏をなめようとしたら、収入印紙の紙が舌につっかかるように動かなかった。舌につばが出なかったのだ。自分でもそういうことがあるのかと驚いて、もういちど口をとじて口をもぐもぐ動かしてツバをためて、そうしてから印紙の裏をなめて、やっと貼って、お客さんに領収証を渡した。
 お盆がすぎたら涼しくなるだろうから、オートバイに乗るつもりだ。
 ここまで書いて終わろうと思ったら、これを書きはじめたら聞こえていなかった、花火のことなど忘れていた、その花火の音が聞こえだした。

島尾敏雄『東北と奄美の昔ばなし』という本を読んだ

 初めてのお客さんから注文を受けて部屋の掃除と修繕に行ったら、そこの本棚にあって、島尾敏雄ので見たことのない本があったから、読みたくなって、借りた。

島尾敏雄『東北と奄美の昔ばなし』

 目次を書いておく。

 東北の昔ばなし
 まえがき
 地蔵の耳 11
 正直正兵衛 25
 縁結びの神様 39
 ほととぎす 53
 笛市 63
 壷の宝 75

 奄美の昔ばなし
 蛇性の姉 91
 猫女房 95
 妹と妻 99
 夫と妻 103
 舌きり娘 107
 三人の娘 111
 継母継娘 115
 二人のわかもの 119
 三人兄弟 123
 奄美のユリワカ 127
 鬼と四人の子ら 133
 あとがき 149
 ●付=語り聞かせ 鬼と四人の子ら(レコード)

 奥付け
 一九七三年四月五日 第一刷発行
 定価 九八〇円
 著者 島尾敏雄

 発行者 竹内達
 発行所 株式会社 創樹社
 東京都文京区湯島二-二-一 〒一一三
 電話 東京 八一五-三三三一~二
 振替東京一五四五八〇

 印刷・清和印刷 製本・関川製本

 落丁・乱丁本はおとりかえいたします

 ※

 奄美の昔話は、登場人物が欲望のためにすぐ人を殺す話ばかりだった。未開の南国の島というのは、こういう野蛮な人たちが住んでいたところなのだろうか。それとも島尾が、ことさらそういう話を選んで載せたのだろうか。それとも大昔というのは、奄美だけでなく日本の本土のそこらじゅうに、いや世界中に、親兄弟のあいだでも、すぐに人が人を殺すことなど当たり前に日常のなかにあったのだろうか。

 この本は私家版だった。だから私は見たことがなかったのだった。
 勇気を出してお客さんから本を借りて、読んでよかった。
 付録のレコードは、YouTubeにアップされていて聴くことができた。でも沖縄の方言なのだろう、言葉は聞き取れなかった。

麺のスナオシ

 私が食べることができるインスタントラーメンを見つけた。
 麺のスナオシという会社のラーメンだ。スナオシのラーメンは、食べても舌がビリビリしびれるようなことはない。(後ろのほうで書くが、後日このラーメンを食べたら、脂の臭いがした。)
 それに私の好きな、お菓子のような歯ざわりの麺だ。生麺タイプは歯にベタベタくっつくような気がして気持ちが悪いのだ。だから私は、昔のベビースターラーメンのような、駄菓子のような歯ざわりの麺がすきなのである。
(同じ2014年の8月27日に追記する。お盆の頃にこのラーメンを食べたら、他のインスタントラーメンのように脂の臭いがして、食べられなかった。やはりインスタントラーメンは私には合わなくなったのだろう。これは製品が悪いのではなく、私の体がインスタントラーメンを食べるには強さがなくなったのだと思う。)

 去年の暮れに、チャレンジャーで、ぐうぜん袋入りのインスタントのそばを見つけて買った。その頃はもうインスタントラーメンは、使っている脂のせいなのか、麺もスープも口に入れると舌がしびれて食べられなかったから、そばならどうだろうと思って、買ったのだ。ちょっとしょっぱかったが、まあまあ美味しかった。乾麺のように、ゆでてからざるにとって洗わなくてもいいのが簡単でよかった。
 それを大事に食べていて、何ヶ月後にまた買いにいったら売っていなかった。他の店にもない。
 インスタントそばの袋に書いてあった会社名をインターネットで検索したら、会社のホームページがあった。袋入りのインスタントそばは商品のラインナップにはなかった。どうしたんだろう、売れなくて作るのをやめたのか、何か問題があって作らなくなったのか、そういうことを、ホームページのメールフォームから問い合わせた。
 次の日に返信が来た。袋入りのインスタントそばは、ホームページには載せていないが、電話で注文できるということを、丁寧な文章で書いてよこしてくれた。なれなれしくなく、それでいて親身な雰囲気がして、主語述語がはっきりわかって、もちろん誤字脱字もなく、論理的な感じがする、ちゃんとした日本語の文章だった。頭の良い人が勤めている会社だと思った。
 スナオシのホームページには、袋入りのインスタントラーメン、焼きそば、何種類かの乾麺が載っていた。近くのチャレンジャーに行ってよく見たら、全部売っていた。だけれどインスタントそばだけは、やっぱりなかった。夏だから熱いそばは売れなくて置かないのかもしれない。冬場になったら売ってほしい。
 それで、スナオシの袋入りのインスタントラーメンの塩味と、乾麺のそうめんを買ってきて食べた。どちらも味は良い。それにとても安いのだ。これからも買いつづけると思う。
(同じ年の8月27日に追記する。食品スーパーのチャレンジャーで、明星の、「江戸蕎麦」という袋入りのインスタントそばを見つけて買ってみた。スナオシのインスタントそばよりうまかった。スナオシには申し訳ないけれどインスタントのそばは、明星の江戸蕎麦を食べると思う。
 インスタントラーメンも生麺風のインスタントのを買って、やかんで多めのお湯を沸かしてから、その半分のお湯をなべに入れて生風麺のをゆで、そのゆでたお湯を捨てて、どんぶりにスープとやかんに残ったお湯を注いでスープを溶いたところに、なべから麺を箸でどんぶりにすくって移す。、それを食べたら、脂の臭いはしなかった。これからそういうふうにしてインスタントラーメンを食べることにする。)
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