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徒然のブログ

つれづれの思いなどを

2014年の年末年始は飲みながら落語を聴く

 おとといのラジオ寄席で芝浜を聴いたら他の落語家のをききたくなって、YouTubeでさっき談志と円楽のを日本酒を飲みながら聴いた。六日間飲まなかったのが酒の落語をききながら飲んだら、この世で生きるのをやめて天国に行って酔っぱらっているような気分になって気持ちがよかった。芝浜はいつ聞いても涙が出るのだけれど、それだから酒を飲みながら聴くと余計にまた気持ちがよかった。
 でも買ってきた刺身が少なかったのか、いやすくなくなかったのだろう、日本酒のほうを早くのんだからつまみがなくなってしまって、焼酎にかえて飲んだけれど焼酎に合うつまみもないから酒をのむのをやめたのだが、それは落語を真剣に聴こうと思うからなのかもしれないし、痛風が怖いからなのかもしれない。
 芝浜は何人も落語の上手がいてそれをYouTubeに上がっているようだから、この年末年始に痛風がぶりかえさないていどに酒を飲みながら天国で飲んでいるような気分で聴こうと思っている。

2014年の末年と年始の飲酒と痛風の前兆のこと

 12月17日に多めに日本酒を飲んだから、そのご三日間飲まなかった。その三日間は何事もなかった。安心して21日にまた飲んだ。次の日22日は焼酎を飲んだ。23日も焼酎を飲んだ。そうして24日の朝起きて歩いたら、痛くはないのだけれど左足の内側のくるぶしが肩がこったような、足の奥に芯があってそれがむずむずするようなへんな感じがした。右足の足首の前側も動きが悪いような気がした。
 これはまた痛風になる気配のようだと思った。三日間晩酌をつづけた12月23日は、鼻の両わきと耳の後ろと金玉が臭かった。おしっこも酸っぱ臭くなっていた。痛風の前兆なのだ。
 それで24日から今日27日まで四日間飲まなかった。水をたくさん飲むのは先月痛風発作があってから毎日つづけている。足が肩が凝ったような感じは25日の夜までつづいた。そのご鼻と耳と金玉の臭いはなくなった。おしっこも臭くなくなった。
 今の私の体は三日間つづけて酒を飲むと痛風の前兆がおこるようだ。四日間つづけて飲んだらまた足がもげるほどの痛みが襲うかもしれない。続けては飲まないようにしよう。

 このあいだインターネットで読んだ痛風の記事に書いてあったのだが、長年十年二十年と好きなだけ食べ、好きなだけ飲む不摂生をして尿酸をためてきて痛風になったわけだから、痛風発作がおこった関節だけに尿酸結晶があるわけではなく、身体じゅうの筋や関節に尿酸の結晶はたまっているのだと。その関節の奥にたまっている尿酸結晶が血液に溶けてその場所からなくなり、だけれど尿酸というのも体を維持するためにはいくらかは必要で、必要以外の量のあっては困る尿酸が、腎臓をこしておしっこに溶けて体から排出されきるには、摂生をした生活をつづけても最低2年はかかるそうだ。これはおどろいた。いっ時のごまかしみたいな粗食と禁酒をして一週間やそこらで完治するものではないのだった。もしかしたら一生かかって治るか治らないかの病気らしい。それにどの痛風サイトにも書いてあるけれど、痛風はひどくなると腎臓や肝臓や糖尿病の合併症にもなるらしい。恐ろしくなった。
 今日で四日間飲んでいないが、もう少し飲まないでいて、でも年末年始だけは飲もうかなと思っている。

 ※2015年1月4日に追記
 12月30日から1月3日まで五日間つづけて日本酒を多めに飲んだ。痛風は出なかった。
 正月だから朝から飲もうかなと思ったけれど、痛風発作が怖いから、飲むのは一日一回の夕方からだけにした。そして水を毎日3リットルは飲んで、おしっこをいっぱい出した。その二つが五日間たくさん飲んでも痛風にならなかった理由だろう。
 だけど飲んで四日目の1月2日に金玉が臭くなってきた。臭くなったのは金玉だけで、鼻の両脇も耳の後ろもおしっこも臭くならなかった。これも水を大量に飲んでおしっこを出しつづけたおかげだろう。朝から飲まなかったのもよかっただろう。

 痛風の前兆は、あったようななかったような感じだった。1月2日と3日に、少しだけ左足の内側のくるぶしの下側の奥がチクチクした。右足の甲が少し痛んだような気がした。それはもしかしたら痛風のことばかり考えているから気のせいだったかもしれない。
 1月4日から二日間は飲まないでおく。

 ※1月7日に追記
 4日、5日、6日と飲まなかった。
 金玉が臭いのは5日の朝にはなくなっていた。一日アルコールを飲まなければ次の朝には金玉の臭みはしなくなるようだ。
 なぜ自分の金玉が臭いのがわかるかというと、トイレでおしっこをしようとしてパンツを少し下げると、下から魚が腐ったような臭いが立ち上ぼってくるのである。前にも書いたことがあるが、ちんちんが臭いのだろうかと指でさわってみて確かめたら、ちんちんは臭くない。それでは金玉なのかと指でさわったのを鼻に持っていったら強烈な臭いが鼻の粘膜を突き刺した。
 金玉の臭みはシャワーを浴びてから四時間くらいはしないが、それ以上たつと臭くなる。飲酒をつづけると臭みはますます強くなる。魚が腐ったところに酢をかけたような酸っぱ臭いにおいが下から上にのぼってくるのだ。
 だけれど酒を飲まないで一日たつと、シャワーを浴びてなくても臭かった金玉は臭いがしなくなっている。金玉を洗わなくても酒を飲まないと臭いがしなくなるのだ。不思議だ。それは金玉の臭いも、鼻の両わきの臭いも、耳の後ろの臭いも、酒に関係しているのだろう。そしてそれは尿酸がたまったからなのだろう。
 酒は二日間以上はつづけて飲まないようにしようと思う。

一年住んで、おばけがこわくなくなった

 去年、今のアパートに引っ越してからもうすぐ一年たつが、引越したときは部屋におばけが出るのじゃないかと毎夜怖かった。
 それが今ではおばけなど、その言葉すら忘れているほど気にしなくなっている。夜中にふと目が覚めても暗い部屋も怖くなくなったし、おしっこに起きてトイレに行くときに引き戸を開けて暗い台所を見ても怖くないし、トイレから部屋に帰るときに暗がりを歩いていても怖くない。

 眠るときに、横を向いて寝るとき、壁のほうに顔を向けると、背中は無防備に部屋の空間にさらすことになる。そうすると、自分の後ろの暗い空間には、知らない何がいるのかわかったものではないと身がすくむ。いつ何ものかに襲いかかられるかもしれないと思う。襲われないまでも、背中のほうの暗がりに、知らない何かがじっとひそんでいるような気がする。そういう怖さがあって、横向きに寝るときは、たしかめるようにいつも部屋のほうに顔を向けてしか寝られなかった。それは子供のころからそうだった。
 それがこのアパートで眠るようになってから、いつのまにか壁を向いて寝られるようになった。

 このアパートでの夜が怖くなくなったのは、夏のころからだ。夏は暑くて毛布もかけずにシャツ一枚で寝る。窓も開けはなって眠る。暑い季節は、暗い場所でも何だか安心できる。それは私の祖先がフィリピンとかベトナムとかという南方系だからだと思っている。
 だから私のおばけの季節は夏ではなくて冬なのだ。子供のころに読んだ雪女のものがたりが、おばけとは夏より冬にあらわれると私に教えたのだということもある。
 でも今は、冬になっても、おばけは怖くない。たぶん一年間住んで、私の体と心が、このアパートの部屋に慣れたからだと思う。半年くらい生活してなじんだ部屋は、怖くなくなるのだと思う。だから旅館やホテルに行ってそこに泊まるのは、怖い。

久しぶりに日本酒を飲んだが痛風にはならなかった

 おとといの17日は今シーズン初めて日本酒を飲んだ。先月の下旬に痛風になって禁酒していたけれど、良くなったから少しずつ焼酎のレモン水割りを飲んで様子を見ていた。でも焼酎を飲んでも再発しないから、いよいよ日本酒に手をのばした。
 ぶりにあぶらが乗っている時期だから、ぶりの刺身を食べたかったのだ。それには日本酒が必要だったのだ。
 秋田の酒、爛漫を買ってきた。
 はじめは冷やで一合飲んだ。さっぱりしてうまい。
 つぎに電子レンジで人肌に温めた一合を飲んだ。ぶりの刺身に合う。
 ひさしぶりの日本酒だから、もう一合飲んだ。
 三合飲んでも、ぶりの刺身はまだ残っている。
 えい、四合めも飲もうと決めた。
 コーヒーカップで酒を温めているあいだ、冷蔵庫のドアに自然に手が伸びて、まぐろの刺身をとり出していた。
 じつはスーパーで、ぶりの刺身と一緒に、まぐろの刺身も買ってきていたのだ。まぐろの刺身は明日食べようと思っていたけれど、食べることにした。
 大根おろしをつくって、わかめをたっぷり戻して、刺身といっしょに食べた。そうして爛漫の四合めを飲んだ。
 ほろ酔いぐらいのいい気持ちになっていて、もうちょっと飲もうかなと少し思ったけれど、痛風のことを思い出してやめておいた。ご飯をかるく一膳食べておしまいにした。

 それから昨日と今日は酒を飲まないで、一日じゅう水をいっぱい飲んで、飲んで、飲んだ。寒いから水を飲むのは辛かったけれど、我慢して飲んだ。そうして、おしっこをいっぱい出した。
 土踏まずは痛くなっていない。鼻の両脇も、耳の後ろも、金玉も、おしっこも、臭くなっていない。痛風はおこらなかった。
 酒を飲んだら次の日は飲まない、できれば次の次の日も飲まないというふうにすれば、痛風はおこらないようだ。そうして冬でも一日二リットル、できれば三リットル、水を飲んで、おしっこを出す。これをつづけようと思う。
 キッチンのすみに置いてある紙パックの、残っている爛漫を飲めるのは来週だろう。

2014年の投票

 期日前投票で小選挙区では民主党の候補に入れた。民主党の人間は全員嘘吐きだから殺したいのだけれど(もちろん生物学的に殺そうというわけではないが)、維新の候補は新潟県にいないし、自民党が大勢になると原発を動かそうとしやがるかもしれないから、仕方なく民主党に入れたのだ。比例は維新に入れた。

 民主党の議員どもは、自分たちが受け入れられたと思うなよ。お前らは嘘をついたのだから本来生きていてはいけない人間なのだからな。お前らは、ただ国会議員のコマの一つとして存在を許されているだけなのだぞ。国会では橋下の維新の言うことをきいていればいいのだぞ。

 安倍はこのあいだ新潟県に遊説に来たときに、原発のことはひとことも言わなかったらしい。卑怯者だ。正々堂々としていない。
 その日は県内をまわったのに、長岡だけには入らなかったという。戊辰戦争の敵どうしだから怖かったのだろうか。
 私が安倍の演説の場にいたら、
「そんなに原発を動かしたかったら東京に原発を造って動かせ! 人様の土地で好き勝手なことをするな!」と安倍に叫んだだろう。何度でも叫んだだろう。

福岡県の天才たちには負けると思うこと

 福岡県の人間が大嫌いなのだが、福岡県はおおぜいの天才を生み出しているのは事実だ。井上陽水。甲斐バンドの甲斐よしひろ。松田聖子。スピッツのボーカルの男。タモリ。商業音楽関係だけをあげたが、他にも数え切れないほどいるだろう。
 大学に入ったときの同級生が口だけの馬鹿がいて、そいつが福岡県出身だったから、それいらい福岡県や九州北部の人間は、頭が悪くて、自分に自信がなくて卑屈だから、それを隠すために大げさなことを言って自分をかざって、ごまかそうとしている人間なのだとわかった。
 でも前にあげた人たちは自分がやっている分野で成果をあげて実績をだしていて、好きな人たちだ。
 そのことで思ったのは、福岡県には馬鹿でくずが多いけれど、まれに天才が産まれるのだということだ。
 朝鮮半島に近いから大昔から朝鮮や中国の人たちが渡来して、そうして古来の日本人と血がまじわって、いっぱい馬鹿や障害者は産まれたろうけれど、そのなかでひとにぎりの天才が何かの間違いみたいにつくられたのだろう。その天才たちが、その世その世で人々を楽しませて、まわりの人たちを幸せにしてきたのだろう。
 私は人間として馬鹿みたいにだけれど、とても自分に自信を持っているのだが、福岡県の天才たちには及ばないと思っている。負けていると思ってる。血が、違うのだと思っている。
 でも昔、韓国や中国の人間に、直接に嫌なことをされたことがあるから、個人的に韓国人や中国人を好きになれない。それは福岡地方は天才を生のだろうけれど、大多数は馬鹿でろくでもない人間ばかりだというのと同じで、韓国人も中国人も、まれに天才は生まれるだろうけれど、ほとんどはろくでもない馬鹿ばかりなのだろうと同じことだろう。
 もしかしてそれは福岡も、韓国も、中国も、他の地域も同じことなのかもしれず、何十万人に一人の天才は生まれるけれど、他のほとんどは自分勝手な泥棒根性の人間ばかりなのだろう。
 いやしかし、先にあげた天才たちも、普段の生活の中ではその性格は、わがままで自分さえよければいいという泥棒根性なのかもしれない。たぶんそうだろう。
 でも、世の中で誰にもできない成果をあげた人なのだから、少しは自分勝手だとしても、ゆるされるのだろうと思う。

新潟市の人は窓を開けない人

 暮らしていて窓を開ける人と開けない人がいる。年を取ってくると窓を開けなくなることが多いだろう。自分のむさくるしい部屋を見せたくない気持ちもあるだろう。家の外の空気がまぶしすぎて疲れる気持ちもあるだろう。冬はたんに寒いから窓を開けないのだろう。
 寒いから窓を開けないのは私もそうなっている。エアコンで暖房をしていれば空気はよごれない。タバコも吸わないから、換気しなければいけないと思うこともない。おならをした時だけは、空気を入れかえようかなと思うけれど、時間がたって、くささが気にならなくなったら、空気の入れかえをしようと思ったことも、自分がおならをしたことも、もう忘れている。
 若くてタバコを吸っていたときは、真冬でも、そして寝るときでも、一年じゅう一日じゅう、窓を3センチ開けていた。それが今の冬場では、換気は、外出するときと、帰ってきたときと、寝る前の三回だけだ。寒くて窓を開けたくないのだ。年を取ったのだなと思う。

 新潟市の人たちは、窓を開けない人が多いと思う。ハウスクリーニングやリフォームでお客さんのところに行くと、壁紙にカビが生えている家が多い。ふだん窓を開けないで暮らしているのだ。
 新潟市の人は、玄関戸を開けておくことを絶対にしない。家の中を見られたくないという気持ちなのだろう。そんなに隠さなければならないものがあるのだろうかといつも思うのだが、別にないと思う。新潟市の人は他人の視線が怖いのだろう。そういうのは精神のやまいだと思う。新潟市の人間は精神のやまいの人が多いと思う。それはだから私が新潟市のほとんどの人間を好きになれない理由の一つだと思う。

タイヤ交換したらすぐに初雪で大雪

 おとといの4日に冬タイヤに交換したら、今日初雪が降って、それが大雪だった。
 昔十二月一日に大雪が降って困ったことがあって、それでいつもその日に間に合わせようとして、毎年十一月下旬にスタッドレスタイヤに替えるのだけれど、でもその年からぜんぜん十二月一日に大雪が降ることもなくて、タイヤ交換が早すぎると思っていたのだ。だから今年は遅くして十二月中旬に替えるつもりだったのが、インターネットの天気予報が六日に小さい雪だるまのマークをつけていて、それでも初雪なら少し降るだけだろうとあなどって、タイヤは替えなくてもいいと思っていた。
 それが四日に時間があったから気まぐれみたいに、いつも行くタイヤ屋さんにタイヤ交換をしてもらった。その前に期日前投票に行って維新に入れてから、タイヤ屋さんに行った。
 昨夜までは六日の雪はみぞれぐらいだろうと高をくくってたのに、今朝おきて窓の外を見たら、道も、まわりの家の屋根も、自分の車も、すっぽりと真っ白い厚いわたみたいな雪におおわれていた。40センチも積もった。
 これじゃ駐車場から車を出せないし、道路も雪で動かないだろうから、今日約束していたお客さんに日にちを延ばしてもらうメールを出した。だけど午後に約束しているお客さんは特別な事情があって日にちを延ばせないから、車に積もった雪とまわりの雪を掘って、何とか道まで出た。昼過ぎには道の雪も少なくなっていたから何とか走れた。そしておとといタイヤ交換をしていてよかった。
 行きも帰りも海沿いの道を走った。海は黒くなって膨らんで、波はあちこちで狂ったように立ち上がって、頭に白い泡のはちまきを巻いて、暴れるように動きながら知らない踊りを舞い踊っていた。こんなに荒れている海を見たのは生まれて初めてだった。

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