FC2ブログ

徒然のブログ

つれづれの思いなどを

無料の経理ソフト・JUNⅢ会計

 私が使っている無料の経理ソフト『加藤かんたん会計』のリメイク版ができた。
 『JUNⅢ会計』だ。
 フリー会計ソフト『JUNⅢ会計ソフト』のホームページはここ

 『JUNⅢ会計ソフト』はもちろん青色申告で使える。そして完全に無料で使える。
 世間では、無料だとかフリーだとかとうたっていても、無料なのはお試し版や短期間しか使えないソフトが多いけれど、上の『じゅんさん会計ソフト』はいつまでも完全に無料で使えるソフトだ。
 そして構造がシンプルで動作が軽いのがいい。シンプルだから操作するのもやり方を覚えるのも簡単だ。

 他のフリーをうたっている会計ソフトは経理や簿記の知識がなくても簡単にできると言っているが、そんなことはない。仕分け日記帳に入力するには、絶対に初歩の簿記の知識は必要だ。だから簿記の知識がなくてもできると言っている業者は嘘をついている。誇大広告を言っている。だから信用できない。だからダウンロードもしたくない。
 でも『加藤かんたん会計』の作者の人は、ソフトを使うには簿記の知識は少しは必要ですと書いている。それに自分のソフトのデメリットもちゃんと書いている。正直だ。だから信用できる。信用できるから使いたいと思うのだ。
 そして簿記の初歩の知識など、『加藤かんたん会計』の簿記マニュアルを一時間も読めばわかるようになる。それさえわからないような頭では、そもそも自分で商売をすることなどあきらめたほうがいい。雇われ人のままでいたほうがいい。

 確定申告用で経理ソフトを使う多くの人間が悩むのは、自分が使ったお金を何の経費科目にすればいいかということだ。これは消耗品費なのか、接待交際費なのか、雑費なのか、どの科目で記帳すればいいかということだ。
 それと、この支払ったものは経費になるのだろうかということだ。
 だがそれを他人に教えてもらうのは確定申告の理念に反することだ。自分で考えて使った経費は、なぜそのお金を支払ったかというのは究極のところ自分しかわからない。だから究極には、他人に教えてもらうことなどできないということだ。
 そして確定申告という仕組みは、自分で国家に申告するのだから、申告の中身は自分が責任を持つということだ。自分の行為行動の責任は自分がとるということだ。だから国家にも権利を主張できるのだ。それが民主主義ということだ。
 だから民主主義の理念を守るためにも仕分け日記帳の経費科目は自分で決めなければならない。それがいやならお金を払って税理士に代行させるのがスジミチだ。

 会計ソフトの業者はサービスの一つとしてユーザーからメールで質問を受けつけて答えているが、ソフトの操作の質問には答えるけれど、簿記の質問には答えていないはずだ。ユーザーが自分の責任において決めなければならない経費科目を、こうしたほうがいいなどと安易に言ったら、責任は会計ソフトの業者がかぶることになるかもしれない。まともな業者なら、あぶなくてそんなことはしないだろう。
 それなのにfreeeソフトの業者の中には、どんな質問にも親切に答えますなどと言っている。それはユーザーをだましていることだし、民主主義を否定していることだ。
 税理士資格のない他人に自分の経費科目のことを本気で質問するのも、それを税理士でない他人が教えるのもナンセンスなことで、それは質問するほうも質問を受けつけるほうも、金も払いたくない、責任も取りたくない、青色申告の権利だけは得たいという泥棒根性の田舎者ということだ。

『JUN3会計』という新しい無料の会計ソフトができたけれど、私はまだ使い慣れた、シンプルで動きが軽い『加藤かんたん会計』を使うつもりだ。来年になったら『じゅうさん会計ソフト』を使わせてもらうのを、考えてみようかなと思っている。
 加藤かんたん会計ソフトはここを見る

石川達三を読んだこと

 石川達三という作家はルポルタージュみたいな小説を書いた人だと大昔なにかで読んでいたから、私はそういうものに興味がなかったから一つも読んだことがなかった。芥川賞の第一回受賞者なのに。
 でもいつも聴くNHKラジオ第二放送の、カルチャーラジオNHKラジオアーカイブスが、石川達三を取り上げた。2014年10月6日、13日、20日、27日の四回放送したのを聴いたのが、遅ればせながら読もうと思ったきっかけだった。
 そのラジオの番組で元文芸誌編集者という人が、『私ひとりの私』という小説の、母親の死んだ場面が感動的で心に残ると言っていた。私小説作家でない石川達三も私小説を書いたのか、文芸誌の編集者が感動したと言っている、それなら読んでみようと思って、去年の十一月十八日に図書館から全集を三冊まとめて借りた。
 そうして二ヶ月かけて、このあいだ、やっと読み終わった。

 読んだ順番。
『私ひとりの私』
『四十八歳の抵抗』
『結婚の生態』
『赤虫島日誌』

『蒼氓』
『日陰の村』
『生きている兵隊』

『書斎の憂鬱』
『蝸牛の演説』
『創作ノート・其の他(人間の壁のノート)』
『私の少数意見 抄(しょう・ぬきがき)』
『経験的小説論』
『流れゆく日々 抄』

 かんたんにいうと石川達三は、読んで新しい発見はないが、こういう純文学もあっていいかなとは思う、そういう作家だった。
 すべての小説が長い。そしてシーンとシーンのあいだに石川の評論めいた文章がはさんである。それが小うるさいのだ。描写と描写のあいだに、自分の小説の中身の解説みたいなものも書いている。そいういうことは読者が読みながら読者の心の中に思い起こさせて、読者に考えさせながら読ませるから、読むほうは読んでいておもしろいと思うのに、自分で自分の小説の評論や解説や理屈を書いているのだから、くどくて、くどくて、そしてそんなことはわかっているよと思ってしまって、疲れるのだ。
 それにその評論や理屈が思いもよらないことが書いてあるならまだおもしろいと思うけれど、読んでみればあたりまえのことしか書いてないから退屈になるのだ。
 だけど石川達三の文体は直木賞のほうの小説みたいに月並みな感じじゃないし、わざとらしい美文調でもない。まあまあ張りも緊張感もあって純文学として読んでいられた。

 ラジオの元編集者は、石川達三は自分の小説にはユーモアというものはいらないと話していたと言っていた。だけど小説の中、ところどころにユーモアはあった。石川は自分で意識しないで書いたのだろう、だからなおさら、くすっと笑えた。
 石川達三は小説の題名をつけるのがうまかったと元編集者は言っていた。その全部のタイトルを見てみると、斬新だし心に残る。石川達三は頭がよくて、小説が上手かどうかは別だけれど芸術家のセンスがある人だと思う。
 それに石川達三はすごい流行作家だったと言っていた。たしかに私が高校生のころの本屋の文庫本コーナーには、石川達三の本が何冊も並んでいたような記憶がある。記憶違いかもしれないが。それが今では石川達三の本はほとんど見ない。時代が変わって読まれなくなった作家だ。
 石川達三の戦後書いた小説はほとんどが大新聞に連載されて、その後それを出した単行本もほとんどが何十万部も売れつづけたらしい。書いた小説はいくつも映画になって、世の中の人に見られたそうだ。いくつものテレビドラマの原作にもなったらしい。原稿料も印税も原作料も、お金がじゃんじゃん儲かった小説家だったのだ。新聞も本もよく売れた、映画全盛の時代だったからもあるだろう。
 随筆で痛風に悩まされていることを書いていた。うまいものを沢山食べて、お酒もいっぱい飲んだのだろう。でも根が丈夫だから食べられたし飲むことができたのだろう。

 Wikipediaの石川達三の写真は私が嫌いなゴルフをしている姿が写っている。、全集に載っている何枚もの写真もその全部が、わざとらしいポーズで格好をつけたり(特に『蒼氓』のきっかけになったブラジル行きの船での写真)、人を見下したような上から目線でこちらを見おろしている。仲良くなりたくない顔つきだ。石川達三は背が高いから上から見下ろしているような目線に写ってしまうのかもしれないが。

『日陰の村』を読みながら、小河内村の村長は馬鹿だなと思った。ダムを誘致するのは百歩譲って仕方がなかったかもしれないが、誘致が決まっただけで移住の年日はまだ決まっていないのに来年の耕作をしないでいいと思うその頭の悪さが不自然で、うまく小説の中に入り込めなかった。案の定、来年の作物の苗を植えないことが小河内村が苦しむきっかけになった。すぐにわかる底の浅いストーリーだ。それが通俗的な文学作家だといわれたのだろう。
 原発の誘致のことも連想した。登場人物の役人や政治家はずるがしこく描いてある。税金で飯を食っている人間というものはずるいものだというのは大昔からそうなのだ。いや小説に出てくる商人も、庶民も自分のことしか考えていない。人間ってのはずるくて馬鹿なんだなあと、あらためてわからせてくれた小説だった。

『生きている兵隊』のその残虐だといわれている描写は自然に読めた。戦争なのだからそういうふうに殺すだろうと思った。人間というのは古今東西、そういうふうに殺し合いをしてきたのだから。
 日本国内では、南京大虐殺という事件があったかなかったかということが問題になっているらしいが、戦争なんだもん、普通の精神状態じゃないんだもん、人間がそもそも持つ残虐さ、泥棒根性から考えれば、殺した人数ははっきりわからないが、その事件はたぶんあっただろう。だって戦争になってしまえば誰もが普段の精神状態で行動できなくなるのだから。だからこそ絶対に戦争はしちゃいけないのだと思う。石川達三は『生きている兵隊』を書いたせいで戦争時の警察から逮捕されて裁判で執行猶予つきの有罪になっているし、戦後になっても南京大虐殺がなかったと主張している人間たちから良く思われてないようだが、石川はこの小説で、人間とは何かというただそれだけを書きたかっただけだろう。それが純文学であり芸術なのだから。

『蒼氓』も、『日陰の村』も、『生きている兵隊』も、主人公がいないような小説だ。こういうのは初めて読んだ。だから最初は小説の中に入り込めないのだ。それでもいつのまにか、登場人物だけでなく読んでいる私も、怒ったり喜んだり悲しんだりしていた。小説を読みながら笑ったりうれしがったりしている私もいた。

 小説の中の評論めいた文章のところを読むと、石川達三はすごく頭がいい人だとは思う。いろんな角度からものを考えられる人だ。それが小説がおもしろくなるかどうかは別だけれど。
 石川達三は随筆で、自分の小説は評論家から説教小説だと言われていると書いているが、石川という人は、心の中からいくらでもあふれ出てくるほど正義感のある人なのだと思う。『私ひとりの私』を読むと、小さい頃から勉強も運動もできて、背も高くて、何をやらせても優秀な子どもだったのだろう。そういう子は何かのはずみで理想主義者になるだろう。世の中の不正が許せなくなるだろう。石川達三はそういう人だったと思う。自分で言うのも何だが、背は小さいが、私もそういうタイプになってしまっていると思っている。それが豊かで幸せな人生を送れるかどうかは別問題なのが困ってしまうのだ。
 石川達三の小説や随筆を読めばわかるが、石川は理想主義者だから世の中の不正を追求したいという気持ちがありすぎたのだろう。自分の理想を追求したいと思ったのだろう、社会のために役に立ちたいと思ったのだろう、戦後に国会議員に立候補もしたそうだ。落ちたけれど。私も理想主義者だから石川達三の気持ちがわかる。でも私は世の中のほとんどの人間たちのずるさが見えてしまって、世の中の人のためになりたいなんて思わない。お前らは勝手にずるく生きろ、俺のほうは勝手に自分の流儀の誠実さを追い求めながら生きるから、お互い迷惑をかけない範囲で勝手に生きるだけだ、できるだけお互い近づかないで関係ないところで生きるだけだ、と思っている。そうやって生きるのは、幸福なのか不幸なのかはわからない。自分では自分を、幸せだと思ったことはない。でもこういうふうにしか生きられないのだから仕方がない。こんなふうに生きているのは俺だけだな、と寂しさは感じている。でももう慣れてもいる。慣れたと思いこんでいるだけなのかもしれない。石川達三は自分の生き方をどう思っていたのだろうか。

 いまの私はもう、石川達三の小説は満腹になっている。二ヶ月間も石川達三だけにどっぷりひたってきたのだ。全集の胡麻粒みたいな小さい文字を追ってきたのだ。目も疲れている。もう読みたくない。でも石川は『経験的小説論』の中で、『約束された世界』という小説を自分の新境地のものだと書いていた。
 それと『創作ノート・其の他(人間の壁のノート)』は、どんなふうに『人間の壁』という小説ができていくかをイメージさせてくれた。
 だから『人間の壁』と『約束された世界』の二作品は、もうすこし時間がたって、また石川達三を思い出したころに、あの長い理屈っぽい小説が私の腹の中に入るすきまを感じたときに、読んでみようと思っている。

カラスが野球場に集まっている

 今日、カラスが野球場に集まっていた。
 その数300羽はいた。
 カラスたちは外野だけにいた。
 今は冬だから枯れてなくなっているが、外野には芝生が生えている。
 冬の芝生の根に、虫がくっついて眠っているのかもしれない。
 冬は食べる物がないから、カラスは芝生の根をくちばしでほじくって、眠っている虫を食べているのかもしれない。
 場所は新潟青陵大学のとなりの野球場だ。
 見たのは夕方の五時すぎ、夕暮れどきだ。 
 まわりはもううす暗くなっているのに、グラウンドの白っぽい土に、黒いカラスの色だけがはえていた。
 カラスたちは何か悪いことを相談しているように恐ろしかった。
 それは二、三日前にも見たのだ。
 カラスが何百羽も野球場に集まっているなんて、そんなことはないはずだ、おれは夢を見ているのかもしれない。
 そう思ってそのときは自分を信じられなかった。
 でも今日も見たのだから、カラスが集まっていたのは本当だったんだ。
 あそこは海から百メートルくらいのとこだ。
 海のちかくにカラスが何百羽も住んでいる。

ケイタイメールがすたれている。とくにリフォーム業界で

 私の父親は携帯メールをしない。しないというか機械で文字を打つことができない。文字を打つことだけでなく、携帯電話は通話すると通話を切るのボタンを押すしかしたくないと思っている。他のボタンが何をするのかを覚えたくないといっている。そのボタンが何を意味するのかを覚えたくないといっている。面倒くさいといっている。面倒くさがるのは年のせいだといっているが、もとから面倒くさがりの性格だからメールができないのだと思う。
 だけれど父親も父親の知り合いたちも、携帯メールをしないことで不便を感じていない。携帯メールをしないで不便だと思うのは私だけのようだ。
 突然に相手を訪問する、訪問されるのがあたりまえのことだというのが父親の世代のことだろう。それが自然なことなのだろう。
 そういう人には携帯メールがどうしてあるのかわからないだろうし、突然に行く、来るのがかえって誠実なことだと思っているのかもしれない。そういう人に携帯メールのやり方を教えても、教えられる方も迷惑だろうし、教える方も疲れるばかりだ。
 そしてケイタイメールを使わない、使えない人は、今若い人の中にも大勢いる。建築職人たちはほとんど携帯メールを使えない。文字を打つ、文字を読む能力がない職人ばかりだ。そうすると情報伝達の効率が悪いままで仕事をすることになる。だけれど仕方がないと、このごろはあきらめている。

ホームページ製作業者がラジオやどこにでもしゃしゃり出てきて腹が立つ

 今、ラジオやテレビやインターネット界隈でホームページ製作業者がしゃしゃり出てきて、文化人という顔をして浅はかな意見を言っている。自分で自分を文筆業者ですなどとも言っている。ジャーナリストでございとほざいている。NHKラジオの午前中の番組にも出ていて、ラジオを聴いているとつまらないことを得意げに喋っているから腹が立つ。
 お前らは単なるホームページを作る業者の親方でしかないのだぞ。SEOを少しばかりかじっている業者でしかないのだぞ。世の中のものごとを知っているわけではないのだぞ。人間社会のスジミチをわかっているわけではないのだぞ。
 そいつらが生意気なことを得意げに言っていると殴りたくなる。そういう馬鹿どもを安易に起用しているメディアの頭が悪い人間どももひっぱたきたくなる。
 そいつらは、インターネットの知識に少しばかり詳しいというだけの、html言語を打ち込むだけの技術しかない人間なのに、マーケティングなどという知識もないし、ほとんどの人間が何かを営業セールスしたこともないし、販売促進の知識も経験もない奴らなのに、企業の売上げを上げるためのホームページを作りますなどという誇大広告をしているものたちなのである。。そういう何の見識もない奴らが得意げにものを喋っていると、素朴に腹が立つのだ。
 見識という言葉は、意見と知識ということだが、ホームページ作成業者とメディアの人間たちの意見は、新しい発見はない。知識といえば狭くて浅いものでしかない。そして攻撃されない安易な安全な場所に隠れて月並みなことを言っているだけでしかない。そんな奴らの意うことをまじめに聞くのは時間も無駄でしかないのだ。
 お前らは、ホームページの作り方を世の中に広めたり、SEOををせっせと研究して世間に広めていればいいのだよ。それだって立派な社会の役に立つことなんだから。
 頭が悪いくせにそれ以上のところにしゃしゃり出ると、お前らの生き方が醜くなるぞ。

いらないパソコンが、自分の子どもだったら、自分だったら

 今日でWindows7の無償サポートが終わるというらしいが、無償サポートが終わるというのがどういうことなのかよくわからないけれど、まあまだ使っていてもウィルスにかからないだろうということで、世間に迷惑をかけないで使っていられるということなのだろう。
 今日昼に帰って少しネットを見て、パソコンの電源を落としたときに、たくさんのWindows7の更新があった。電源を落としながらそのままお客さんの家に行った。それがWindows7の最後の更新なのだろうか。

 今、Windows7のパソコンは二つある。デスクトップとノートだ。でもいつもデスクトップしか使ってない。デスクトップはモニターを向こうに置けるから、モニターと目との距離が遠くなって目が疲れないのだ。だからデスクトップばかり使っている。ノート型は三ヶ月に一回くらい、OSの更新だけのために電源を入れている。デスクトップが壊れたときの予備だ。
 他にLinuxのノート型がある。それとWindows XPのノート型もある。WindowsXPのパソコンはネットにはつないでないが、縦書きソフトや、図面のソフトが入っているから、何かあれば外出先でそれらのソフトを使うためだけに捨てないで持っている。
 Linuxのパソコンは、書きものや図面や経理のソフトが使えないから、インターネットにつなぐためだけに使う。でもネットにつなぐことができるのだから、予備のパソコンとして使える。ということは、いつも使っているデスクトップが壊れたとしても、大事なデータはそのつどUSBメモリーに入れているから心配ないし、ネット接続はlinuxのパソコンで用がすむのだから、それでネット通販でまた中古のWindowsのパソコンを買えばいいのだ。Windows7のパソコンは二台もいらないということだった。
 ということは普段必要なのは、そのとき使えるWindowsのデスクトップが一台とlinuxのパソコンが一台あればいいということになる。
 そうなるとノート型のWindows7の一台が不用なのだが、捨てるのももったいないし、だけど誰ももらい手もないだろうし、きゅうにそのパソコンがいらない子に見えた。そうしたら、そのパソコンが自分の子どもだったらどう思うだろうかと思った。そのつぎにそのパソコンが自分だったらどうだろうかと思った。

政治とは

 政治とは、自分が得をするために、うまく立ち回ること。
 自分が得をするために、同じ得をしたい仲間を増やすこと。
 そのためには、人をだましてもいいと思っていること。
 さっき思った。

 世間でやっている商売に似ている。

酔えない悩み

 二年前に痛風になってから、痛風には血液をアルカリ性にするジャガイモがいいとネットで知ってから、ジャガイモは三日に二日は食べている。だからスーパーのネットチラシを見て安いときにまとめ買いしている。でも毎年のことだが年末年始は野菜が高くなるから買わずにいて、やっとおととい、チャレンジャーで日替わりで安くしていたからジャガイモと玉ねぎを十個ずつ買った。ジャガイモと玉ねぎが台所にいっぱいおいてあると、なんだか安心するんだ。
 昨日も今日も毎日ジャガイモ二つずつ、電子レンジでチンして煮て食べている。痛風がぶり返さないように水もいっぱい飲んでいる。
 今日は三日ぶりに酒を飲んでいるが、ジャガイモとワカメとキャベツと玉ねぎをレンジでチンして食べているから、通風発作は怖くない。肴はトラウトサーモンを、やっぱりレンジでチンして食べている。ワカメも沢山もどして食べている。梅干も一個そえた。すべて痛風によいという、血液をアルカリ性にする食物だ。
 だけれど今、私の痛風の原因の日本酒は、いっぱい飲んでいる。コーヒーカップで五杯飲んだ。飲みすぎかもしれないが、酔わないから仕方がないのだ。飲みはじめると、たくさん飲んでしまうのだ。たくさん飲んでも酔わないから、まだまだ飲むだろう。
 昔は酒に酔わないことが自慢だったが、今は早く酔って、早く飲みおえたいと思っているけれど、酔わないからいつまでも飲んでしまう。通風にはよくない。もちろん体ぜんたいによくない。
 どうすれば早く酔えるのか。
 酔っ払ったというのが、三十年前の大学のクラブの最初の飲み会しかないのである。早く酔いたい。本気で困っているのだ。

『苦心の学友』をネットで元旦に読んだ

 今朝、青空文庫のサイトを見たら、今年に著作権が切れる作家のものが何人か出ていて、その中で見おぼえのある名前があった。佐々木邦で、苦心の学友だった。
 読んだのは中学生だったと思う、小学校のときではないと思うがわからない。もしかしたら高校生のときかもしれない。でもたぶん中学校のときだと思う。

 読みはじめて、主従とか家来とかという言葉が出てきて嫌な気持ちになった。それで小説の世界にうまく入り込めなかった。それは初めて読んだときには思わなかったことだった。私がオトナになって、そういうことを憎むようになったからだろう。
 でも半分くらい読みすすんで、作者はところどころ照彦のことも華族のことも批評的に書いて客観視しているし、だから佐々木邦は封建主義者ではないとわかったから、作者を信用できたから、やっと素直になれて小説の世界観に入り込めた。

 この小説は、作者とタイトルとその中身のイメージだけは憶えていたけれど、こまかい筋は忘れていた。だから読んでいて、これから何がおこるかわからないから、かえっておもしろかった。だけど不思議なことに、小説のなかの文章の一つひとつはおぼえていたのだ。読みすすめるうちに、この文はこうだった、ここのところの文はこうだったなと、一つひとつの言葉をはっきり思い出しながら読んだ。デジャブーみたいな、ひょんなひょうしに昔見た幸せな夢を思い出したような心もちで読んでいった。

 小説の分量が長いから、朝から一日がかりで読んで、夕方すぎのさっき読み終えた。何か所かで泣いた。子どものときに読んだときも同じところで泣いたなと思い出しながら、同じように気持ちよく涙が出た。
 私が嘘や卑怯を憎みすぎるようになって世間のほとんどの人間と上手にまじわれなくなったわけの一つが、この小説を読んだせいだ。それでも後悔はしていないし、かえって気持ちがいいのだ。
<<