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徒然のブログ

つれづれの思いなどを

多年草はうかつに植えるものではない

 今年雪が消えて実家の裏を見たら、地面から緑色の小さい葉っぱがたくさん生えていた。葉っぱの先はギザギザに尖っていて蛍光色で、ふだんの生活の中では見ない植物だった。死んだ父親が植えていたのだ。いつものように考えなしに何かを植えればいいと思って、植えたのだろう。葉っぱが生えているあたりの土に、ミントとかセージとかいう名前の小さい札が挿してあった。そういうところだけは几帳面な父親が刺していたのだろう。
 アパートに帰ってインターネットで調べたら、ハーブの一種で、這根という根っこが横に増えていく植物だった。これは竹みたいに増えたらやっかいになると思った。
 五月の連休の頃になると、やっぱり蛍光色の緑色の葉っぱはびっしりと増えていて、隣の敷地にも広がっていた。これは隣に迷惑がかかると思って、クワで葉っぱとその茎(楊枝くらいの細い木だった)を、何百匹もの子供の蛇を殺すようにぶった切った。
 緑色の光る葉っぱはなくなって、やれやれと安心していた。そうしたら、五月の下旬には、またしつこく生いしげってきた。
 だから今月六月の初旬、半日かけて畳三枚分の面積の土を、大きいスコップで、ざくっ、ざくっと掘り返して、根っこを細かく切って、日のあたる土の上に広げて置いた。
 そのとき土を掘り返していたら、隣との境界に植わっている太い樹の根っこが見えた。足のふくらはぎくらいの太さだった。その根はうちの家の方にまっすぐに伸びていた。家の真下を通っているようだ。その根を傷つけたらいけないような気がしたから、それ以上土を掘り返すのはやめておいた。

 この間実家に帰ってそこを見てみたら、雨の中に小さく緑色に光るものをいくつか見た。絶やしたはずのハーブの葉っぱだった。
 あれだけ細かく土を掘り返して、根っこを小さく切りきざんで、これならばいくらなんでも丈夫な草でも死んだろうと思っていたのに、また生えてきている。何という命の強情な強さだ。
 その午前中に、新しい葉っぱが出たあたりの場所をスコップで一時間かけて掘り返して、根っこを取り出した。前に掘った周辺のところに葉っぱは出ていた。だから前に掘った場所の、そのまたまわりまで念入りに掘り返した。
 すぐそばに植わっているアジサイも、株が増えていた。そのわきの知らない名前の植物も、自分が生きている面積を増やしている。
 庭の植木が茂るのにも困っているが、多年草も怖いと思った。

非常用の水を飲んで買いかえること

 トイレに置いておいた水の消費期限がもうすぐだから飲んでいる。水道水よりまろやかな味の気がする。だけれどそれは、金を払った水だからそう思うのだと思う。
 飲み水とは別の、焼酎の空いたペットボトルに入れて便器を取り囲むように置いている水道水はそのままにしておく。飲むつもりで置いたわけじゃないから。

ストレスで軽い痛風の痛みかもしれない

 6月16日の朝から、また少し痛風の気配が出た。いつもの左足のくるぶしの下だ。
 激痛というほどでもないから、足をすこし引きずりながらでも歩けることは歩けたから、外に出た。
 ここ二ヶ月くらい、暑いから毎日ビールを飲んでいたのが悪かった。それにこのあいだ実家で草取りと植木を掘り起こすのを汗だくになってやって、水を飲むのが面倒で飲まなかったのだ。仕事でないときに体を動かすときは、どうしてか水を飲むのが面倒だと思ってしまうのだ。
 それと14日に、仕事を頼んでいた左官屋がまた連絡をよこさなかったり、親戚のことでゴタゴタがあったりで、ストレスがマックスになって、15日にビールをヤケ飲みしたのが一番の原因だろう。

 だから16日、17日とアルコールは飲まなかった。
 今日6月18日は、まだ少し傷みは残っているけれど、普通に歩けるようになった。今夜も飲まないでおいて、完全に治そうと思う。

 しかし今回の軽い痛風の痛みでは、鼻の両脇も、耳の後ろも、金玉も、おしっこも、臭くならなかった。ということは尿酸がたまったというより、精神的なストレスが大きくたまったのが原因だったのかもしれない。

 それから今回の痛みでは、貼る使い捨てカイロを、左足のくるぶしから土踏まずにかけて貼って、靴下を履いて寝た。そのまま昼間もそうしていた。お灸をしているつもりなのだ。でもどうしてなのか、冬に貼るホッカイロよりぬるいと感じた。

 ※
 6月19日に追記。
 6月19日の朝には左足の痛みはなくなっていた。酒を飲まずに、水をたくさん飲んでいたのがよかったのだろう。
 だけど何かの拍子に左足に力を入れると、くるぶしが少しうずく。仕方がない。何日かしたら治るだろう。

生き物からの脱却

 新潟市の建築職人はクズがほとんどだ。99.99999999999999999999999999999999999%
 と限りなく全部がクズだ。
 いや建築職人に限らず新潟市の人間のほとんどがクズだ。
 いや新潟市だけに限らず日本中の人間がクズだ。
 いや日本人だけじゃないだろう、世界中の人間がクズだろう。
 ということは人間というものは自分勝手で卑怯で嘘吐きなのだろう。
 それは生き物というのが自分の生存と自分の種の保存を第一優先にしているからだろう。
 他者を押しのけて、他者をだまして、自分を第一に考えて生きているからだろう。

 おれは生き物ではないのだろうか。
 生き物でなくてもいいや。
 自分のなりたいものになればいい。

水抜き剤を入れた

 満タンから何日かかけて150キロ走った今日、急にエンジンがふけなくなった。ガソリンタンクに水がたまっていたのがキャブに行ったのだろう。
 この間半年ぶりに乗ったときはエンジンは調子よかったのだ。だけどそれはタンクの上のほうのガソリンを燃やしていたからで、ふけが悪くなったのはガソリンが減ってタンクの下にたまっている水がキャブに行ったのだろう。
 去年もそうだった。おととしもそうだったと思う。そのたびに水抜き剤を入れたのだ。今日もそうした。
 アクセルを開けてももうふけなくなったときが旧黒崎の手前で、そういえばあそこにコメリがあったと思い出して、だましだまし走って、コメリに着いた。
 水抜き剤を買って、タンクに入れて走ったら、新しいエンジンに取り替えたみたいにふけが良くなった。水抜き剤はたった128円なのだ。
 でも去年までは108円だった。二割高くなっている。インフレなのか。商売も生き方もインフレに合わせるようにしないと。

 ガソリンタンクは10リットルで、燃費は30キロ/リットルだから、150キロ走ったら5リットル減っていて、タンクの半分だ。タンクの下半分が水になっているのだろうか。そんなことはないだろう。当てずっぽうだが、半年乗らない間にタンクの下に、コップ一杯くらいの水がたまっていただろう。走ってガソリンが減って、ガソリンが減れば走っているとガソリンが大きく揺れる。だからガソリンは水とよく混ざって、水の割合が増えて、それがキャブに行って、エンジンがふけなくなったのだろう。
 これからは冬越ししたら、春には必ず水抜き剤を入れることにする。

このごろは火事を知るホームページを見ている

 実家を一人で管理することになって、一番の怖いことは火事だ。
 都会みたいに隣の家とはくっついてないから、自分の家が燃えたら隣りの家に火が移るかどうかはそれほど心配ないと思うが、それでも火の粉は飛ぶだろうし、風向きによっては火が燃え移るかもしれない。
 火が移らないまでも、火事をおこしたなどとしたら、まともな顔をして地元には帰れない。
 家に火が出たらメールで知らせる機械があると知って、値段を聞いたら十万円だった。とっても手が出ない。それに火が出てしまってメールをもらっても、どうしようもない。昔から言うが、家が火事になっているかどうかを確かめるには、家の固定電話にかけてみて、呼び出し音がすれば何もないという。でも固定電話は解約したから、それもできない。
 その自治体の消防署が出しているホームページの、火災や救急の情報のサイトがある。新潟市にもある。最近はそれを見ている。朝起きたら見て、仕事に出る前に見て、帰ってきてからすぐに見て、寝る前にも見る。
 家から新潟市のアパートに来て次の日までは気をつけて見ているけれど、火の始末が悪ければ当日か次の日には火事になっているだろうから、こっちに来て二日目からそのサイトに出ていなければ安心する。
 新潟市消防のサイトはこれ

2015年の初めての走りとブレーキフルード交換

 六月一日に半年振りにオートバイに乗った。
 冬越しさせていたところから走ってきたのだ。
 エンジンだけは四月から何回かかけていた。
 このあいだ車体全体のネジのゆるみをチェックして、車庫から出して8の字を走ってバイクに乗るための体をならせた。
 来る途中に前タイヤの空気が少なくなっているようだったから、ガソリンスタンドで入れた。空気だけ入れるわけにもいかないからガソリンも入れた。満タンにしても3リットルくらいしか入らなかった。
 ブレーキが甘くなっているようだったから、またフルードを交換する。

※6月5日に追記。
 六月三日にブレーキフルードを交換した。
 二年前に交換したのの残りの缶があるから、それを使う。納豆を食べた後の白いパックに少したらしてみたら、フルードは飴色だった。もっと透明なものだと思っていたが色を忘れた。
 マスターシリンダーのフルードを入れておく小さいタンクを開けてみたら、缶の中のフルードの色とそれほど変わらない。まあ大丈夫だろうと思って交換することにした。
 ネットで交換手順を探して、二年前にやったことを思い出した。ホースも残っていたのを使った。キャリパーから出る古いフルードをためるのは鯖缶の空き缶だ。
 そうして、それほど難しいこともなく交換した。残ったフルードは500ccもあるが、もう使わないで捨てる。

 六月五日に乗ってみた。ちゃんとブレーキはきくようになった。エンジンもよくふける。前サスペンションがちょっとやわらかくなっているように思ったけれど、まだサスのオイルは買えなくてもいいだろう。替えるなら来年だろう。再来年でもいいだろう。

 しかし六月から乗りはじめて、十一月までの六ヶ月しか乗らないのに、一年分の自賠責と任意保険をかけるのだから不経済だが、雪国でバイクに乗る宿命だ。来年は三月から乗ろうと思う。
 50558km
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