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徒然のブログ

つれづれの思いなどを

夏の終わりの夕方に乗るバイク

 夕方バイクに乗った。一か月ぶりくらいに乗った。前に乗ったときもセルが動かなくて押しがけをしたが、今日もそうだった。ふだん乗らないからバッテリーが弱っているのだ。押しがけをしてエンジンをかけてしまえば、ウィンカーもライトもつくから、それほど心配はしていない。ホーンの音が小さかったけれど、三十分も乗っていれば大きくなった。
 今年になってバイクには数えるほどしか乗ってない。これでは任意保険料を払うのはもったいないが、五十を過ぎた齢で、体力も運動神経も動体視力も注意力も落ちている私がバイクに乗れば、道路で何があるかわからないのだから、入らないわけにはいかない。だから仕方がない。仕事で乗ることもあるのだから入っておく。
 今年はバイクに乗るまでが面倒くさくなっている。車体カバーをとめている四本の紐を解いて、カバー二枚をはぐって、それをしまってからエンジンをかけて、暖機運転をしてから、走り出す。それが四十分かかる。その前に三十分体操をして体をほぐす。他にペットボトルに水をつめたり、顔を洗ったり支度をするのに二十分かかる。だからバイクに乗るまで一時間半かかる。
 今日は一時間半乗った。いつものように新潟市の街なかの道と、海沿いの道を走った。乗ってしまったら楽しかった。また乗りたいと思った。だから任意保険料は必要経費なのだ。
 帰ってきて、車体カバーを二枚かけて、紐でしばって、部屋のドアを開けるまでがまた三十分かかる。でもまた乗りたいと思ったから、またバイクに乗る。

草取りの春から夏、秋の経過

 実家の草取りは、草ぼうぼうだったのを、四月の中旬に正味六日かけて全部取った。
 それから一週間に一回行って草を取っていた。
 雨上がりで草の芽が出たところを、草の芽がいっぱい出たところを、土の表面ごとクワで削り取るというやり方をネットで知って、その方法を一週間に一回やった。、
 それからは草は一本も生えてない状態にしていた。
 七月の中旬から二週間行けなくて、八月の一日に行って、取った。そのときは草は多かった。三十センチも伸びている草もあった。
 八月八日の午前中に行って取った。草の本数は、一週間に一回行っていたときの五分の一くらいだった。夏の暑さで草も生えないのだと思った。夏の晴天つづきで土も乾いて硬く固まっていて、半円形のクワで土の表面を削るのも時間かかった。
 八月の二十六日の夕方に行って、翌朝二十七日の朝に草取りをした。二十五、二十六にちと雨が降った。二十日ぶりだったが草の数は少なかった。八月八日に刈った時の二倍くらいの草の数だった。でも雨上がりだったからか、米粒くらいの緑色の双葉がいっせいに土から芽を吹き出していた。そういう芽を土の表面ごとクワで削り取った。草は少なかったけれど、伸びた草を取るのに、それまでと同じように三時間かかった。
 これから九月の草は、どういうふうに生えるのかわからない。定期的に帰って、草取りをする。今年は自分の手で草取りをして、草がどういうふうに生えるのかを知る目的もあるから。

 経過。
 4月下旬から7月18日まで毎週1回、ホーという半円形のクワで土の表面を削り取って草を取った。

 それから二週間行けずに、8月1日に行ったら、草は多かった。三十センチくらい伸びているのもあった。

 8月8日に行った。
 草はほとんど生えていなかった。普段の五分の一くらいの数だった。暑い日がつづいて草も生えなかったのだろう。土の表面が乾いて固くて、腕に力をこめてもクワの刃が土に入っていかなくて疲れた。草は少なかったけれど時間がかかった。

 8月26日に行った。
 約20日ぶりなのに、また草は少なかった。夏は暑くて草も元気がなくなるのかもしれない。

 9月12日に行った。
 2週間ぶり。伸びている草はなかったが。8月下旬から9月11日まで雨がつづいて台風も来た。12日は久しぶりに晴れた。雨上がりの土に、緑色の米をたくさんまいたみたいに、土の表面に小さい芽が一面に出ていた。8月までは朝5時から始めたけれど、涼しくなったからご飯を食べて9時から始めた。休憩を多めにとりながらやって、あいだに昼ごはんも食べて、終わったのが午後四時近くで、その日は一日がかりだった。

 9月26日。
 2週間ぶり。二、三日雨が続き、26日も朝まで雨。土はやわらかくぬかるんでいた。11:30から草を小型クワで削り始めた庭の溝と道路と畑で13:00までで一時間半かかる。昼ごはんを食べて、庭を14:30から16:00の一時間半。二十分休んで、家の横の畑と裏を16:200から17:20まで一時間。合計4時間かかった。だが、雨で土が軟らかくなって、クワで草を削ると根に土がたくさん付いてきて、草を土ごと移動させるだけになることが多かった。
 雨で土が軟らかい時はクワで削る方法はあまり効果がない。土が乾いてから削るべきだ。翌日の朝、3割くらいの草が元気な緑色に生き返っていた。仕方がないから朝7:00から8:30まで一時間半やった。その時も夜中に雨が降ったらしく土が軟らかくて手こずった。

 10月8日。
 12日ぶり、約2週間ぶり。本数は八月一日の二倍ぐらいのレベル。それに小さい草ばかりだった。だが雑草らしい雑草の細い草が3センチくらいの丈で全体の三分の一生えていた。14:30から17:30まで3時間で済んだ。だけれど日が短くなっているから、日暮れ時にやっと終わった。これからは朝日が昇ったと同時くらいに始めるようにしたほうがいいかもしれない。
 晴天が続いていたから土は乾いていたが、その日の明け方にざっと降ったらしく土はところどころ湿っていた。それに乾いている土でもポロポロして砕けていて、小さなクワで土を削ると、また草と一緒に土がもっていかれて、草の根が土から離れずに生きたままになるのが多かった。それは翌日の朝、庭と畑を見たら緑色が点在していたからわかった。朝一時間くらいクワで土を削ってって直しをした。
 横の畑の枯れかけていたような菊が、うね全体で花を咲かせて満開だった。食べられる菊かもしれないが、食べない。花が落ちたら冬が来る前に引っこ抜くかもしれない。

 10月21日。十三日ぶり、二週間ぶり。
 草の量はほとんどなかった。八月一日より少なかった。
 菊は食べる種類らしい。花は二週間前と同じくらいの勢いで咲いていた。花が終わったら根ごと引っこ抜くつもりだ。
 家の周りの道と、畑だけを草取りした後雨が降ってきたからやめた。
 次の日、柿をもいで、枝を切った。のこぎりで枝を切っていたら腕が疲れて、ホームセンター・ムサシに電気チェンーンソーを買いに言った。何日か前からヤフオクで落札しようと思っていたのだが、中古は刃の具合がわからないから新品のほうがいいと思って買った。
 チェーンソーを使っていると気持ちがいい。調子に乗って、樹の高さの天辺が二階の窓から見て目の高さぐらいでたぶん5メートルくらいだったと思うが、それを枝を切って、幹を切っていたら、腰の高さくらいになった。
 腰の高さを残したのは、機械で根っこを掘り起こすときに幹を押すのに丁度いい高さだからだ。
 柿の実は近所の三件と本家に30、40個ずつ上げた。ネオヘースタンという渋抜き剤をムサシで買って柿と一緒に上げた。柿10個で2キログラムだった。それをネオヘースタンの説明書に書いて、上げるときに一緒に渡した。
 翌日は朝から雨が降ったから草取りをするのはあきらめた。

 11月4日。
 10月21日に切った柿の木の枝が乾いて、葉も枯れて枝から落ちていた。畑一面に葉が落ちていて、そのせいで畑に生えた草は少ないようだった。
 枝の太いところはノコギリで切るのは時間がかかりすぎるから、電気チェーンソーで切り離して、細い枝はのこぎりで切った。枝を1メートルくらいの長さにそろえて、ビニール紐でしばった。4日の午後に2時間、5日の午前と午後で4時間、正味6時間で枝の始末ができた。20束くらいあった、それを家の裏に重ねた。今度のゴミステーションの枝、草の日に出す。
 11月6日に草取り。16日ぶり。
 草の数はまた少なかった。家の裏は先回から取らないところがあって、そこは丈が長く伸びていた。長いといっても7センチくらいだが。草取りは午後に3時間で終わった。
 家の横の畑の、食べる菊の花が終わっていたから、根から抜いた。根は短く、5センチくらいのが土に埋まっていただけだった。簡単に引き抜けた。ビニール袋に入れた。今度、枝を捨てるときに一緒に出す。

 11月15日。9日ぶり。
 明日のゴミの日の枝、葉の日で、今日の夕方、束にまとめた柿の木の枝を出す。
 16日の昼過ぎになくなっていた。無事収集してくれた。
 草は取らなかった。新しく生えた草は少ないようだ。
 今年の草とりは10月21日が最後にした。

 12月に行ったら、畑と庭の草は少しは増えていたが、草ぼうぼうというほどではない。家の裏は草の密度があるが、丈は長くても10センチほどでしかないから見苦しくない。だから来年の春まで放っておくことにした。

携帯電話のカケホーダイをつづける

 今月八月まで携帯電話の通話のかけほうだいにしていて、来月からは元にもどそうと思っていた。今月の父親の初盆の、親類との打ち合わせにたくさん電話をかけていたからだ。
 それが今月から仕事を頼んでくれたお客さんがメールはしないそうで、通話のかけ放題をつづけることにした。それに新しく頼もうと思っている塗装屋さんも電話しかできない人だから、携帯の通話が増える。
 お金の問題じゃなくて、いや通話のお金ももったいないのだけれど、電話する時間がもったいなくて、いやそれよりもいきなり電話をかけられる横暴さが嫌で、それはこちらからのそれも傲慢になるのがいやで、そういうことで携帯電話で通話したくないのだ。
 だけれどメールの文字が見えないというのなら仕方がない。私ももう老眼が進んでいて、あと何年かしたら携帯電話の画面の小さい文字は見たくなくなるだろう。だからそういう人の気持ちもわかるようになっていると思っている。
 それに電話でしゃべるのが嫌いなのは、しゃべるという生々しさに不潔さを感じるのだと思う。人間はしゃべっていると、知らず知らずに自分勝手になるからだ。
 だがメールをしたくないという人をお客さんとして受け入れる、職人さんを自分の仕事をしてくれる業者として頼む、それならばこちらも相手に合わせなければならないだろう。ワガママでゴウマンなダガシでも、そのくらいの処世術はある。
 でも受け入れるだけのものを持っている人しかお客さんにしないし、仕事を頼む業者さんにもしない。どっちも数は少ない。それでいいと思っている。やっぱりダガシはワガママでゴウマンなのだ。
 死なないていどにワガママさとゴウマンさをつらぬく。それには正直さをもっていなくてはならないとわかっているけれど。

水俣に行きたいけれど行けないこと

 今年の正月からずっと石牟礼道子の本を読んでいるからか、水俣に行ってみたいと思うようになっている。けれども水俣は遠い。九州の下の方なのだから。
 高所恐怖症だから飛行機は一生乗らないつもりだし、橋も渡れない。スピードを出すのも怖い。暗いところと狭いところも怖いからトンネルも通れない。ようするに新潟市から長岡市あたりまでしか行けないのである。その先は信濃川沿いの高い崖みたいなところの道を走らなければならないのだ。
 九州まで行くには、何十箇所もの難所がある。日本海側をオートバイで行くとして、高速道路は怖くて走れないから下道を行くことになる。
 糸魚川の先の親知らずは、道のわきが日本海に落ち込む崖みたいに高い場所を通っていて、怖くて走りたくない。富山県と石川県の境の峠も新しい道になって高速道路みたいになっていて、大型トラックが猛獣みたいに襲いかかってくるみたいに走っているから怖い。石川県から福井県は海沿いの崖みたいな道があった覚えがある。たしか東尋坊という自殺も名所だった。それも怖い。
 大昔福井県の若狭湾の海沿いの道をオートバイで走ったときに、霧で煙った日本海の島々の光景はきれいだったが、その先の舞鶴から京都府の日本海側に出るあたりの長いトンネルを憶えている。渋滞していて、排気ガスで肺が汚れるなあと思いながら、のろのろと走った。今ではあんな長いトンネルは怖くて走れない。丹後半島をまわって、天のj橋立を見たが、別におもしろくもなかった。
 そこから先は行ったことがない。
 出雲大社には行ってみたいと思っているが、書いたとおりの難所がずらずらとあって、もう行けないだろう。島根県、山口県を通って、九州に入るが、走ったことがないからどういう難所があるのか想像もできない。関門トンネルというのがあるのは地図で知っているが、長い海の底のトンネルなど死ぬほど怖いから通りたくない。だから九州に行けない。フェリーはあるだろうが、船は沈没が怖くて乗りたくない。ということは九州には行けないということになる。九州に行けないなら熊本県にも行けないということで、水俣には行けないということだ。
 若いころだったらリッターバイクで高速道路を走って九州に入って、そのまま突っ走って熊本を通って水俣に行っただろう。でも今は怖くてそんなことはとてもできない。
 あきらめも肝心だと思う。
 水俣に行くためにはどうすればいいかとか、もし行ったらどこを見ようとか何をしようとか、想像するだけでいいかなと思う。そんなことを考えている夜中だ。

少しずつやればハードルは下がるというのがワードプレスにブログを移すこと

 やっと今日ワードプレスをレンタルサーバーにインストールして、商売用のブログから記事を移した。といっても移した記事は三つだけなのだが。
 今までやろうやろうと思いながらやらなかったけれど、どうしてか今日、やろうと思った。インストールにしても、記事を移すことにしても、頭を使うことじゃないのだから、単なる作業なのだから、やってしまえと思えたのだ。機械的に手を動かして、キーボードとマウスたたいたりずらしたりすれば、事はすんでしまうのだと思ったのである。
 これからやることは作業でしかないのだと思えたことが、やれたきっかけだった。だけれど、作業でしかないということが、やりたくないと思わせていたのだと思う。
 ちまたに沢山あるワードプレスの使い方を教えているホームページを見て、いやこれらのサイトは今まで何十回と見ていて、ほとんど頭に入っていた。
 だからやりはじめたら早かった。
 インストールも、初期設定も、あっという間におわった。パーマリンクの設定もした。
 これからは今あるブログを機械的に、頭を使わずに、手を動かして移すだけだ。そうして少しずつやれば疲れないと思ったうから、今日は記事を三つだけ移したのだ。
 もっと細かい設定や手直しは手間がかかるけれど、それも体だけを動かせばいい。頭は使わない。まして心はつかわないでいいのだ。ラクなものなのだ。

 今日の一番の収穫は、一度にやろうと思うから、やるまでがおっくうになるのだとわかったことだ。少しずつやればハードルは低いことがわかる。
 だけれど、そのことがわかるまでが時間がかかるのだ。これもわかったことだった。

 ※8/22の朝に追記。
 今朝、新しいブログのURLで検察してみたら、ヤフーに乗っていた。四日でインデックスされたことになる。Seesaaの商売用のブログのサイドメニューから一本リンクしていたのだ。
 ここからもリンクさせておく。
『新潟市のリフォーム屋さんのブログ』

 手直ししたことは、CSSで文字を大きくしたことと、個別ページでもサイドメニューを表示させるプラグインを入れたことだ。プラグインをインストールしたのはそれだけだ。
 パーマリンクは英数字のアルファベットのURLにした。個別ページのURLにはカテゴリーは入れなかった。カテゴリーを変えたり、なくしたりした時に、こんがらがるからだ。
 それから記事に画像を入れるときに、不要な画像リンクをしないようにした。
 表示させるのも、サーバーへの負担も、全体を軽くするのをこころがけている。

※さらに8/24に追記。
 サイドバーに画像を表示させた。蛙を三匹だ。
 それからヘッダーの画像をリフォームに関係しているのに替えたいのだが、大きくて良さそうなのがない。小さいのをつなげて大きくすればいいのだが、そういうのに向いた小さい画像もない。だから当分今のままでいく。
 その後考えたのだが、ヘッダーからリフォームに関係した写真があると、ブログ全体がリフォーム業者らしくなりすぎて営業臭くなるのも嫌だから、ヘッダーの画像は表示させないことにした。

 サイドバーのカテゴリーの表示の順番を自由にできるプラグインというのがあるそうだが、プラグインを入れて重くなるのとどっちがいいか迷うところで、カテゴリーは全部表示されているのだから、その順番を変えてブラウザに出るのが遅くなるより、素早く見られるほうがいいと思うから、今のままでいく。
 細かい手直しは、このくらいだ。あとは前のブログから今のword pressにどんどん記事を移すだけなのだが、あまり張り切りすぎると息切れをするだろう。少しずつ作業していくつもりだ。

謝る俺は精神病か

 このあいだ信じていた人が信じられないことがまたあって、そういうことが何度もあって、もう人間というのは信じるものではないのだと悟った。
 ラジオの人生相談で女弁護士が、人間とは分かりあえないものだと言っていたのを思い出す。新潟市の法律相談で喋った女弁護士も、裁判では謝らせることはできないものであって、謝らせるかわりにお金で解決することが裁判なのだと言っていたのも思い出す。
 どちらも人様に迷惑をかけても謝る人間はいないのだ、謝るくらいなら金で解決したがるのが人間なのだということをあらわしている。
 だけれど俺は、だれかに迷惑をかけたらまず謝りたい。謝ってすむかすまないかわからないが、すまないなら弁償する。弁償できないなら、自分の人生をかけて謝ろうと思っている。
 でも人間とは謝らないように嘘をつくし、事実を捻じ曲げるものなのだ。俺みたいにまず謝ろうとする人間は少数派どころか精神的病気だとみなされるのだろう。
 歌や小説では誠実さがうたわれている。謝ることは誠実なことではないのだろうか。でも誠実なんていうものは現実にはほとんどないものだから、芸術でうたわれているんだろう。
 現実にないことを追求している俺は、精神病に向かっているのだろうかと怖い。でも、それでもいいと思っている。

ホームページの画像が出るようになったこと

 商売のホームページのサーバーを変えたら屋根のページの真ん中あたりの画像が何枚か表示されなくなって、いろいろやってみたが直らなくて放っておいたのだが、昨日、エディターのそなえつけの画像貼り付けコードを使ってみたら表示された。
 どうして元通りに画像が出たのかはわからない。出るようになったコードは素朴で簡単なコードで、altで画像の説明文を書かないものだ。簡単なコードを使ったのが表示された原因なのかはわからない。最終的には、書いているエディターに合わせてコードを書いたからうまくいったのだと思う。
 商売用ブログにワードプレスを使おうと思っているのだけれど、どうしてかやる気がおこらずにワードプレスをダウンロードすらしていない。今のブログの画像をパソコンに取り込み、取り込むときに一つ一つ名前をつけてHDDにためて、その名前でまたワードプレスにアップロードする手間が大変だから、おっくうになっているのだ。画像は500枚はあるだろうから。
 八月の下旬は時間がありそうだからやるかもしれない。けれどオートバイにもぜんぜん乗っていないから、泊りがけで遠乗りに行くかもしれない。

戦争をできるようにすることが戦争をしないですむことになるかもしれない

 集団的自衛権の法律のことで国会どころか日本中が騒いでいるようだが、そしてそういうことはたくさん騒いで考えるべきことだろうが、精神的な健常者なら戦争をしたいと思う人はいないだろう。だから安部首相も戦争をしたいとは思っていないだろう。だけれど戦争をすることになるかもしれないとなる原因の一つは、アメリカの武器商人が戦争を起こしたくて自分の国の政府に圧力をかけ、そのごり押しが日本政府にまわってきて、日本も戦争にまきこまれるかもしれないということだろう。
 日本は今、戦争はしないと憲法で決められている。その憲法はアメリカが作って日本に押しつけたものだ。日本にとっては自分で決められなかったという屈辱がある。だから憲法改正ということが私が子供のころから言われていた。
 私は小学校の社会の授業で、九条や憲法改正のことを聞いて、憲法改正をして、今よりもっと絶対に戦争をしないようにすればいいと思った。でも世間で言っている憲法改正というのは、九条を変えて日本も戦争をできるようにするのが改正なんだと後で知った。
 日本だけ戦争をしないで、血を流さないで、他国だけに戦争するのをまかせて、自分はその影にかくれて、他国の若者だけに人を殺させたり殺されたりさせるのは、卑怯だと思う。素朴に思う。
 私は五十三になったが、日本が戦争にくわわることになったしても、この歳では戦争に行かないだろう。だから私が日本も戦争できるようにせよというのは、安全地帯から自分勝手なことを言っていることになる。私が先頭に立って戦場の真っ只中に走っていけば、日本も戦争をしよう、俺は戦って死ぬからお前たちも兵士になれ、と言える資格があるかもしれない。でもそれでもスジミチは通っていないかもしれない。
 でも私は戦争をしたくないし、戦争で死にたくない。
 ということは戦争をしないですむ方法を探すしかない。
 戦争をしないですむ方法の一つが、集団的自衛権のような気がする。憲法改正して戦争をできるようにすることが、戦争をしないですむことになるような気がする。はっきりした根拠もないのだが。

 ※

 2015/8/11に追記。
 たとえば日本が中国やロシアから攻撃されたとしてアメリカが兵を出してくれるかといえば、あやしい。アメリカの経済力も弱くなっているだろうし、アメリカへの移民が増えているだろうから、アメリカのアジアへの興味は薄れているだろう。ということはアメリカにとっての太平洋の向こう岸はどうでもよくなっているかもしれない。
 ということはアメリカの若者の血を、アメリカにとってどうでもいい場所で流せるわけにはいかないとアメリカは思うだろう。
 ということは何もしなければ、日本は中国やロシアに乗っ取られるかもしれないのだろう。
 今現在は日本はアメリカに乗っ取られている。それで経済的に繁栄してきた。民主主義にならせてもらって、何でも言いたいことは言えるようになった。これは幸せなことだ。だから私はアメリカが好きだ。中国やロシアに乗っ取られたら、民主主義ではいられないだろう。ということは言いたいことは言えなくなるだろう。それは困る。それは嫌だ。
 ということで、アメリカにおおはばに負担をかけるのは、もうできなくなるのだろうから、自分の自由は自分で手に入れて、自分でそのままにしておくしかないのだろうと思うのだ。

2015年の夏はそれほど暑いと思わない

 人と会うと「暑いですねえ」と言われるが、今年はそれほど暑いと思わない。じっさい梅雨が明けてもエアコンは使ってない。一回寝る前にエアコンのスイッチを入れたら冷たい風が出て驚いて、体が震えてこれは風邪を引いてしまうと思ったから、窓を開けて扇風機をつけて寝た。毎晩そうしていて、暑いけれども今のところそれで眠ることができている。今日八月四日までエアコンを使わないのだから、もう今年の夏はエアコンのスイッチを入れないだろう。電気代がかからなくていいことだ。
 いつもの夏より暑くないと思っても、ヘルメットをかぶりつづけていたら熱中症になりそうだから、今年の夏もオートバイには乗らない。涼しくなったら乗る。オイルは秋に替えようかなと思う。

※ 追記
 八月五日と六日と七日の夜は窓を開けても風がなくて蒸したからエアコンをつけた。眠る前に一時間タイマーをして寝た。
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