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徒然のブログ

つれづれの思いなどを

夜中に目が覚めて時間がわからないこと

 使っていたソニーのCDラジカセの電源スイッチの接触が悪くなったから、ヤフオクで同じくソニーの中古のラジオを落札して使いはじめた。使っていたラジカセもヤフオクで落札した中古で、二年くらい使っていたものだった。
 ラジカセには大きな表示窓があって、電源が入ってなくても表示窓が光っていて、夜中でも部屋全体が薄明るくなるのだった。使いはじめたときは眠るときに枕元の明かりを消しても部屋が薄明るくて、部屋のどこかで何かが燃えているのか、火事になったかと思って、驚いた。それに眠りに入るときに薄明るいのは気持ち悪かった。でも今はそれに慣れた。
 だけれどこのあいだ落札したラジオを使うと、部屋の電気を消したら真っ暗になる。ラジオを使いはじめときは暗いのが怖かったけれど、子供のころから眠るときは真っ暗があたりまえだったのを思い出して、そういうものだと思ったらかえって眠りやすかった。
 使っていたラジカセは光る表示窓に時刻が出て、夜中に目が覚めたときにそれが目に入って今何時だとわかって便利だった。でもラジオを使う今は目が覚めても真っ暗で、何時なのかわからない。わからなくてもいいとも思ったけれど、暗いなかで目が覚めて、今は今が何時なのかわからないのはどうしてか怖いのだ。
 ふだん枕元に置いている100円ショップで買った目覚まし時計は夜光性でないし小さいし、暗いままで時刻はわからない。頭のそばに携帯電話を置いているから、手を伸ばしてふたを開けば時刻が出るのだが、光って明るすぎて、それを見たら目がさえてしまって、その後は眠れなくなるようで見たくない。本体横のスイッチを押すと音声で現在時刻を喋ってくれるのだが、夜中に機械がしゃべる変な声を聞くのは怖くて聞くのはいやだ。だから今が何時なのかはわからないままでいる。
 なんとかしたいと思って、ヤフオクをあさった。そうして、クロックラジオを買おうか、それとも夜行性の大きい目覚まし時計を買おうかと探していた。三日ばかりヤフオクに入りびたっていた。
 そうしたら、そうだ実家に大きな夜光塗料の目覚まし時計が二つあったと思い出した。いらない物を買わなくてすんだ。物を増やさずにすんだ。今度帰ったときに持ってこようと思う。

バイクの冬ごもりをした。2015年

 今日、オートバイを知り合いの小屋に持っていって冬ごもりさせた。
 52133km。
 冬越しでチェーンが錆びないように、チェーン全体にチェーンルブをスプレーしてから走った。
 今日は寒かった。道路わきに立っている温度計の表示は午前中は9度、昼ごろに12度にあがっていたけれど、グローブの下の袖口から入る風が胸までまわって、体ぜんたいがゾクゾクして痛いようだった。もう二枚は何か着てくればよかったと思いながら走った。あたたまるためにコンビニに寄ってカップラーメンを食べようかと思ったけれど、腹もすいてないからやめておいた。
 今年はオイル交換はしなかった。半年、2000キロ弱しか走らなかった。来年の春は早めに乗るつもりだ。そしてすぐにオイルを替えてやろう。

 ついでに書いておくが、今年は車も十一月中旬に中古のスタッドレスタイヤを買って、そのタイヤ屋さんで交換してもらった。
 とくに急いだわけではないけれど、今年の車関係の冬の準備は早くしたことになった。

テロは地球にとっては蚊

 フランスにISの無差別テロがあったそうだが、フランスがアフリカや中東やに先に何をやったかというのは置いておいて、ISは仕返しをしているだけだというかもしれないが、仕返しは古今東西の人間の自然なおこないなのだが、ものごとの根本の解決にはならないというのは、頭のわるいワガママな私にもわかる。
 といって仕返しをするなという権利は第三者にはないだろうし、私も理不尽な嫌がらせをされたら仕返しをしなければ気がすまないほうの人間だから、ISの気持ちもわからないでもない。
 だけれどISが仕返しをするだけのためにあのテロをしたのなら、頭が悪すぎるだろう。ISの中にも頭のいい人間もいるだろうし、トップの人間が頭が悪いとは思えない。ということはテロをして損得の得をえることができるから、あのテロをしたのだろう。
 その得とは何かというのはわからないが、どこかの国から得る闇の金銭でもあり、宗教上のことでもあり、仕返しをしたという達成感でもあるだろう。
 ということは人間というのは、頭が良くても、先のことまで考えて行動するものではないのだろう。目先の得をえることで人殺しさえするし、自分を殺しさえするのだろう。
 人間など地球から見たら目に見えないくらいのちっぽけな一粒の存在だから、殺しあって少しぐらい数が減っても増えてもどうということはないし、人間というものがいなくなっても地球という自分の体勢に影響はない。ましてや宇宙にとっては地球さえなくなってもどうということはないのだから、地球にいる人間などというものがいなくなっても、宇宙にとっては時間にも空間にもまるで影響はないだろう。
 人間が殺しても殺されても殺しあっても、地球にとっては夏の夜中に寝ぼけながら顔の近くを飛んでいる蚊をたたいたぐらいのことなのかもしれないし、宇宙にとっては、日本人が地球の裏側のブラジルあたりの蒸し暑い夜に、母親ぐらいの年かっこうの売春婦のベッドのまわりに飛んできた一匹の蚊の羽音が聞こえたかどうかのことぐらいのものなのだろう。

季節のかわりめはゴミ屋敷になってしまう

 季節のかわりめは部屋がゴミ屋敷になる。今もそうだ。
 寒くなったから冬物を出したけれど、まだ半そでもときどき着るから服が部屋の中であふれる。それにこのごろは天気が悪いから洗濯物は部屋の中で干すようになって、空間は洗濯物でしめらる。仕事の道具も夏の仕事と冬の仕事のかわりめだから、両方出しておく必要がある。
 そういうことで部屋は片付かないで足の踏み場がないのである。

 パソコンの動きが重くなっている。Windows7のアップデートが増えているようで、それをダウンロードするためだろう。デスクトップのほうはまだスペックはそれほど低くないが、持っているノート型は性能jが低いから、アップデートするために重くなってネットや他のことが使えなくなっている。
 だからLinuxのパソコンを使おうと思って押入れを探したら、無いのだ。どこかにしまったまま、どこにしまったか忘れている。見つからない。仕方なくWindows7のパソコンをだましだまし使って、これを書いている。
 それでも足の踏み場だけ掃除機をかけているから、清潔さだけは保っていると思っている。ほんとうはどうかはわからないが。

実家の柿の実を渋抜きして食べたこと

 秋になって、実家の柿の木が枝を張って、車の通り道に何本も枝が伸びてしまった。その枝に実が何十個もついて枝が下にたれた。背がとどくところに生っている実を一つもいで、皮をむいてかじってみたら、口がしびれるほど渋かった。すぐにゴミ箱に捨てた。
 冬の前に葉が落ちるわけだが、それがコンクリートに大量に落ちると、汚いし、タイヤがすべるし、ちょっとやそっとでは腐らないでそのままになっているだろうから始末に困る。
 そして何もしなければ柿の実が熟してコンクリートに何十個も落ちる。腐って、えらいことになる。だから枝を切ることにした。
 その前に、せっかく生ったのだから実を採った。

 二百個採れた。ほとんどが丸まると太って大きな実だった。
 黒い染み色がついて食べたいと思えないのが三十個、採るときにコンクリートに落として傷がついたのが十個、合計四十個捨てた。
 少しだけ黒い染み色があっても食べる気になるのが四十個あった。大きくてまともな実は百二十個だった。
 ネットで柿の渋の抜き方を調べたら、ネオヘースタンという渋抜き剤を見つけたから、ホームセンターで買ってきた。四本入りで200円だった。一本で柿三十個の渋が抜けるそうだ。
 近所の一軒に三十個、もう一軒に四十個を、ネオヘースタンと一緒にあげた。一軒だけ親類に三十個と渋抜き剤を宅急便で送った。

 先月の十月二十一日に実を採って、伸びていた枝を切り払ってから、人間の胴回りくらいの太さになった幹を電気チェーンソーで切った。幹を何回も細かく切った。これで切るのをやめようと思っても、またチェーンソーのスイッチを押して、幹に刃を入れた。チェーンソーで樹を切るのは気持ちがいいものだ。嫌いだった父親が植えた柿の木だから、なおさら切りきざむのが気持ちよかったのかもしれない。家の二階まで枝が伸びていた柿の木は、けっきょく下半身の高さまで切った。切った枝は使ってない畑に並べた。畑が一面、枝でうまった。
 実を新潟市に持ってきて、十月二十三日に三十個をネオヘースタンと一緒にビニール袋に、三段以上重ねないように横に広げるように並べて入れて、口をきつくしばって、ダンボールをかぶせて寝かせておいた。
 十日後の今日、十一月一日に袋をあけて、取り出した。
 包丁で皮をむいて、食べてみた。種のない柿だった。あまり甘くなくて、甘いものが苦手な私にはちょうどいい味だった。口の中で実を噛んでいると、ときどき渋みがかすかに香った。もしかして渋抜きが完全ではないのかもしれない。もう何日か寝かせたほうがいいのかもしれない。だけれどその渋みと甘みが合わさって、なんともいわれぬ秋の恵みの香りが、舌の上に広がっていった。
柿1

 実を一つ食べてから、また二個皮をむいて切って、写真を撮った。そうして食べながらこれを書いている。嫌いで、憎んでいた父親が植えた柿の木の、父親が死んだ年に生った実を食べている。
 そして柿の木は、すべての枝を切ってしまった。来年からは実は生らない。少しだけ後悔している自分を見ている。
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