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徒然のブログ

つれづれの思いなどを

武田百合子の二回目の放送を聴いた

 武田百合子の二回目の放送を聴いた。
 目薬をさすようにという言葉が最後に響いた。七郎も好きな作家だ。その葬式のときの言葉だ。
 好きな作家は死んでいってしまう。
 ラジオで聴けてよかった。
 しかし武田百合子みたいな女はいない。五十四年生きてきて、今まで一人しか見ていない。その女は今どこでどうしているのかわからない。
 だからこそ武田百合子は天才だったのだろう。

デビットカードのポイントの使い道は生鮮食品に使いたいが使えない

 この春からデビットカードを使いはじめてポイントがたまった。
 それまではポイントなどというのはみみっちいものだと思って軽蔑していたのだが、じっさいに自分にたまりはじめると、うれしいものだと思った。
 たまったポイントを使うのは、私のばあいはガソリン代しかないようだ。ポイントは食品スーパーでは使えないし、家電などの品物は必要なものは持っているから買わないし、私は外食はしないし、サービス業は頼まないし、今のところガソリンしか使い道がないようだ。
 それでガソリンを入れようと思って、スタンドに行って、「ここはポイントで支払えますか?」と聞くと、店員は「払えます」と言うのだが、実際は支払えないスタンドばかりだ。
 本当は支払えるのだろうが、ポイントで払ってもらいたくないのか、ポイントで支払う方法を知らないのか、そういうスタンドばかりで頭にくる。
 ポイントは、絶対生活必需品の生鮮食品を売っている食品スーパーで使えるようにしてほしい。

武田百合子の声を始めて聴いたラジオ

 今夜のラジオ第二放送は武田百合子だった。俺が勝手に思っている俺の嫁さんにしたいと思っている女の人だ。
 初めて武田百合子の声を聞いた。あんまりいい声じゃなかった。でも予想していたとおり可愛らしい声だった。年を取った頃の声だから(五十六歳の声)いい声じゃないように聴こえたかもしれない。

 武田百合子は作家という言葉のイントネーションをサッカーみたいに言っていた。おかしいぞ。

 番組を録音したかったけれど、今回が武田百合子だと知らなかったから用意してなかった。
 先回は武田泰淳だった。もちろん聴いていた。来週も武田百合子だそうだ。

紹介の夜の携帯電話

 今夜アパートで飲んでいて、台所でつまみを作っていたら和室の机の上に置いた携帯が鳴ったから、あわてて手を洗って拭いて携帯に出た。おずおずとした声でダガシさんの携帯でしょうかと言われ、そうですと答えたら、前に外壁塗装をしてもらった●●ですと言われて思い出して挨拶した。
 まだ商売してますか? とまたおずおずと聞かれたから、ちょっとカチンときて、ホームページを見てください、ビンビンにやってますよ、忙しいですよと強い口調で答えた。
 ●●さんは自分はダガシの商売のホームページを見てメールフォームから問い合わせてくれたくせに、今はもうダガシのホームページは見てないそうだ。そういうものなのだろう。
 近所の家が外壁塗装をするからダガシさんに頼もうと思って、固定電話にかけたら、この電話番号は現在使われていませんとなっていたから商売やめているのかと思ったんだと言われた。
 そういえばこのお客さんの仕事は三年前で、俺は二年前に引っ越したから固定電話の番号は変わったのだ。
 外壁塗装をする人にダガシさんの携帯電話を教えてもいいですかと聞かれたから、オーケーですと答えた。
 ●●さん、外壁はどうですか? 問題ない! よかった! エアコンはどうですか? 問題ない! と即答してくれた。●●さんの外壁塗装の仕事も上手にいったようだし、エアコンクリーニングも上手にいったようだ。
 俺は仕事の紹介ということが嫌いなのだが、紹介で仕事を受けることも、これから積極的にしてみようかと思った夜だった。

花粉症が終わったから洗濯物を外に干した

 花粉症がなくなってきたから花粉が飛ぶ時期が過ぎたと思って、やっとシーツを洗濯して干した。
 三月、四月、五月と、花粉が飛ぶから、晴れても洗濯物は外に干せない。部屋の中で干す。冬場でも外に干せるのに。
 冬でも十日に一日くらいは晴れることはある。冬はその晴れた日の朝に洗濯して窓の外に干すことができる。
 でも春になったら、春なのに外に干せないのだ。
 これからは花粉が飛ばないから、やっと外に干せる。
 ベッドマットもひっくり返した。

今年初めて楽しみでオートバイに乗った

 今年初めてバイクに本格的に乗った。でも2時間半だけだったが。
 今日は朝から暖かかったから、昨日までの風邪みたいな症状は消えていた。昨日一日寝ていたのが体に良かったのだろう。だからバイクに乗れると思ったのだ。
 出がけにリフォーム資材のゆうパックの到着のことで郵便局に問合せの電話をしたら、いつものように横着で不誠実で卑怯な応対で、怒鳴りつけて怒鳴りつけて怒鳴り続けても相手は白ばくれてラチが開かないから、小一時間も怒鳴り続けた。喉が枯れて、嫌な気持ちになった。これから今年初めて楽しくオートバイに乗ろうと思ったのに楽しい気分が台無しになった。
 腹たが立ったからそれを静めるために台所に走っていって、炊飯器を開けて手づかみで中の冷や飯を食べた。冷蔵庫から沢庵を出して齧った。手の平に塩を振って、また飯をつかんで口に押し込んで何度も噛んだ。口の中の大量の飯をぐっと飲み込んだ。また飲み込んだ。何回か白い飯を腹に入れたら、腹が重くなったら、そうしたら、少しだけ気分はしずまった気がした。

 顔を洗って支度をして部屋を出た。バイクのエンジンはすぐにかかった。暖かくなったからバイクは快調のようだ。
 バイクで走り出して、最初に仕事の資材の買い物をしてから、横雲橋を渡って、49号に出て、水原のコメリでトイレを借りて、湖には行かずにそのままUターンして、新潟市に戻った。
 それだけじゃ物足りないから、いつものように海沿いの道を走った。連休中の海沿いの道は、お盆のように一方通行になっていた。それから、信濃川の下を通るトンネルを走って帰った。トンネルの中は涼しかったが、トンネルを出ると、生暖かい風が体に当たって気持ちが悪かった。昨日まで風邪気味だったから寒いのが心配で少し厚着をしていったのだ。今日の新潟市の最高気温は28度だったそうだ。毎年の連休の暑さになった。

 帰ってからシャワーを浴びて、食べるものを買いに出た。赤道のいつものように車線を塞いでいる田舎者を怒鳴りつけた。他の車だってやっているじゃないかなどと理屈に合わない反論を言いやがったから、死ね! と怒鳴った。どうして死ななけりゃならないんだよと怒鳴り返してきたから、人様に迷惑をかけても自分さえ良ければいいという泥棒根性だからだ、少なくとも今俺に迷惑をかけているから俺は怒っているんだ。だから泥棒は死ね! と怒鳴ったら、黙った。でも顔つき目つきはひねくれている田舎者のものだった。
 帰って玉ねぎの皮を剥いたら腐っていた。これからの季節は食中毒に気をつけなければならない。

春先の風邪を引いたかもしれない

 四月末ごろから朝が寒くて外に出たくない日が続いた。体もだるかった。四月の中旬は、朝は暖かくて体はよく動いたのに。
 今日は暖かくなると天気予報で言っていたからバイクに乗ろうと思っていたが、今朝も寒くて体ももっとだるくて、額に手の甲を当ててみたら熱っぽかったから、風邪かもしれないと思って、朝ごはんを食べてからもう一度布団にもぐりこんだ。これが風邪だったら、いつぶりかは忘れた。冬に引かなかったのに春先に引くのはどういうことだろう。
 今年の花粉症は軽かった。くしゃみも目のかゆみも少なかった。そしていつもの年ならゴールデンウィークが終わる頃に花粉症も終わる。今年は四月末ごろからくしゃみをしなくなった。だから安心していた。それが四月末ごろから、花粉症の代わりに、本当の風邪みたいな症状が出た。だけど今日も咳もくしゃみも出ないのだ。風邪じゃなくて、なにか別の、たとえば精神的なことが体に何かをおよぼしたのかもしれない。最近リフォームの仕事で、お客さんとも、職人さんたちとも、資材屋さんとも、運送業者さんとも、すこし言い合いをしたから、そのせいで精神的にまいっていたからかもしれない。

 ベッドに入っても眠れないけれど昼過ぎまで横になっていたら体もやすまるだろうし、気温も上がるだろうし、午後はバイクに乗れると思って、我慢して布団にくるまっていた。たが昼を過ぎてもまだ肌寒かったから、あんかのスイッチを入れて足元を温めて、夕方まで布団から出たり入ったりした。すこしだけ小間切れに眠った。五月になって暖房器具を入れたのは今年が初めてだ。今日も何日か前からも、電子カーペットを入れていたのだ。
 夕方起きて窓の外を見たら、空は灰色だった。天気予報は晴なのに。
 腹が減ったから麻婆豆腐を作ろうと思って豆腐を買っておいたのだけれど、流し台の収納庫を見たら、かんじんの麻婆豆腐の素が切れていた。買いに行こうと思ったが体を休めるほうが大事だと思って、麻婆豆腐と同じ材料を電子レンジで煮て、豚肉を入れてまた煮て、味付けは和風のだしの素を入れて食べた。不味くもなかったが、うまくもなかった。かぼちゃを電子レンジで煮たのと、かぶの漬けたのと、りんごの缶詰めを一緒に食べた。いつものように焼酎のレモン水割りも飲んだ。
 明日の天気予報は晴れてもっと気温が上がるらしいから、体も回復しているだろうし、バイクに乗ろうと思う。
 このごろ読めなかった図書館から早く返せとメールが来ている吉田知子の本を、今日はベッドの中で少し読めた。

私が笑うのは本当に珍しいことになる

 落語をほとんど聴かなくなった。
 笑わせようというあざとさが嫌なのだ。だからお笑いというのも嫌だ。ユーモア小説というのも読みたくない。
 突然知らないうちに笑っていたというのがいい。
 前に書いたが、笑うのは、驚きと共感だ。それはマルシーダガシだ。
 驚きは突然に起こることだ。共感は自分と同じ価値観ということだ。
 私と同じ価値観の人は一万人に一人ぐらいだから、そして突然なことは珍しいことなのだから、私が笑うのはほんとうに珍しいことだ。
 だから私は私が笑ったら嬉しいのだ。
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