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徒然のブログ

つれづれの思いなどを

2016年の初めての日本酒を飲んだ

 今夜、今年初めての日本酒を飲んでいる。
 でも暑いから裸で飲んでいる。
 とうぜん冷やで飲んでいる。
 一昨日と昨日の夜は、眠るときにタイマーで扇風機を回して寝たくらい、この何日か暑い。
 だけれど彼岸を過ぎて寝汗をかかなくなったから、かくじつに涼しくなったのだ。
 だから日本酒を飲みたくなったのだ。
 つまみは戻りかつおの刺身を買ってきた。
 かつおのたたきも買ってきた。かつおのたたきは解凍品だ。
 戻りかつおのほうが美味いような気がする。
 だが自分の舌が感じる美味い不味いはそれほど信用できない。
 ただ戻りかつおを肴に、今年初めての日本酒を飲みたかっただけなのだ。
 酒はいつも買うCGCの純米酒の2リットルパック、798円だ。
 この紙パックは空になったら、リフォーム作業の養生シートや、実家の防草シートの、重しに使う。

父親の書類を捨てたこと

 今日は午後から父親の金庫に入っていた書類を整理して捨てた。45リットルのゴミ袋一袋分もあった。それでもスーパーの袋一つ分は残した。私に関係する書類もあったからだ。他には昔の家を建てたときの親類からの祝いを記入した帳面もあった。昔の香典帳の形だった。時代劇に出てくる商家の、長い紙をとじてしばったあの形のものだ。母親の葬式のときの香典帳もその形だった。去年の父親のときはA3の紙で横に罫が入ったものをコピーして書いた。

 しかし、紙を残すのはいやだ。
 たまるとかさばって場所をとる。重い。かび臭い。片付けるのがおっくうになって、何年もほったらかしになる。
 だから父親の香典帳は、パソコンの表計算に書き直した。香典返しのリストもそうだ。他にも実家に関する書類はすべてパソコンの表計算で残している。それをUSBメモリー二個に記録して、一つを持ちあるいている。そうすればパソコンが壊れても、一つのUSBが壊れても、たとえ部屋が火事になって部屋のパソコンとUSBが燃えても、一つは持っているのだから、大事な記録は残る。膨大な量の記録が、親指の大きさのUSBメモリーに入っていて、いつでも取り出せて見られるのだ。便利なことだ。その記録の量を紙に印刷したとしたら押入れ二つ分はあるだろう。

彼岸を過ぎても暑い日はあった

 彼岸を過ぎても今日は暑かった。最高気温は28度で、室内は30度だ。
 車を走らせていて、ここ最近は窓ガラスを開ける面積は狭かったのだが、今日は夏みたいに全開で走った。
 朝は涼しかったのだが、午後から気温が上がったのだ。扇風機を使った。
 日が暮れても暑いままだ。扇風機は回っている。
 そして秋分の日を過ぎたら、窓の外の夜の色は真っ黒になった。

夏から秋になるころにオートバイに乗る

 仕事が一段落したから、そして天気が良かったから、バイクに乗った。午後二時すぎから二時間くらい乗った。朝から乗るのはどうしてか乗れない。仕事じゃないから朝から体を動かしたくないのだろう。
 明日も天気は良いのだけれど、実家の隣の家のお父さんが亡くなったから香典を持っていく用事があって乗れない。オートバイで行こうかなと思ったけれど、遊び半分な感じがするから車で行く。その後は一週間くらい天気が悪くなるから乗れない。つかの間の瞬間の、季節の変わり目のオートバイとの付き合いだ。 

 リアサスペンションがヘタっていたのだけれど、今日は段差のある道を通らなかったからリアサスのへたりはそれほど感じなかった。乗っていなかったからバッテリーが弱っていて、ホーンがすかしっ屁みたいな音だった。二時間乗っただけでは、たくましい太い音にはならなかった。それ以外は全体的に調子は良い。
 エンジンをかけたばかりのときは回転の上がりはにぶかったけれど、二十分くらい走ったらエンジンのつきは良くなった。ブレーキはもともと効きは悪いのだが、効きの悪いのにはもうなれている。スピードを出さなければいいのだ。車間距離を開ければいいのだ。

 加速は良いままだ。リッターバイクのような凶暴な加速はしないけれど、ニーハンにしては良い加速だ。自分の今の鈍くなっている運動神経が、面白いと思うくらいの加速のちからがある。
 オートバイに乗る一番の楽しみは、加速を楽しむことだから、このバイクに乗る楽しみは減ってない。良い買い物をした。

米も新鮮なのがうまい

 今年の新米を炊いた。
 炊飯器のふたを開けたら、ご飯が光っていた。
 茶碗によそって、塩をふりかけて、口に入れた。噛んだ。
 舌の上で甘みがひろがった。
 米も野菜なのだ。新鮮さが美味さの理由なのだ。

急に涼しくなったことと仏壇の掃除をしたこと

 暑さ寒さも彼岸までというが、今年の九月はいつもの年より涼しくなるのが早かった。今日九月十九日の敬老の日などは最高気温が二十一度だ。九月五日の最高気温が三十六度だったのに、二週間で十五度も下がったのだ。
 夏から秋の気温が高い低いは、台風が影響しているようだ。九月五日も台風が近づいていて南風が吹いてフェーン現象とかいうことで気温が上がった。昨日も今日も台風が近寄っていて、雨が降って、気温が下がっている。そしてあと三日で彼岸だから、今年の暑さもこれで終わるのだろう。

 おととい、昨日、今日と、実家で、雨のやみ間は畑の草取りと庭木の枝切りと切った枝のゴミ出しをした。雨が振っている時間は家の中の片付けをした。昨日は仏壇のまわりを片付けた。
 ろうそくが売るほどあった。三百本はあった。部落の家のあいだで葬式があると太いろうそくを二本紙にくるんで、お明しと書いて、その下に自分の名前を書いて、香典といっしょに出すのである。父親の葬式と母親の葬式で、ろうそくがたまったのだ。代が変わって私の世代が世帯主になれば、部落の中でろうそくをやり取りするのも、だんだんなくなるだろう。儀礼が簡単になってよいことだ。ついでに香典返しもなくなればいい。香典を渡したのに半分返されるのは、返すほうは手間がかかるし、もらう方の私はせっかく死んだ人に供えたのに、半分も返ってきたら何だか申し訳ないような気持ちになる。

 仏壇の中を片付けていたら、引き出しから香典袋が何十枚も出てきた。この間、隣の家のお母さんが死んだときに香典袋を買ったのだが、買わなくてもよかった。数えたら香典袋は三十枚くらいあった。隣近所にこれから死ぬ世代の人は四人いる。親戚には六人いる。香典袋はあまる。あまってもいいだろう。
 仏壇の奥の小さい引き出しには、当たらなかった宝くじの券が何枚も入っていた(当たらなかったのだと思う。当たっているか外れているか、あえて確認しなかった。宝くじなどに当たってしまったら、人生がむちゃくちゃになると思っているから、そのまま燃えるゴミに出した)。そして親戚だと思うが、私の知らない若い女が赤ん坊を抱いて笑っている白黒の写真もあった。

 ※翌朝に追記
 昨夜は布団をかけて寝た。夜中に二回おしっこに起きた。朝起きた時は布団で暑かったのだろう、背中だけ汗をかいていた。

夜空の月は次元の先の出口

 きょうは今年の中秋の名月だと今朝のラジオで言っていたから、さっき窓の外の夜空を見たら白くて丸い大きな月がうかんでいた。
 長いトンネルの出口みたいに遠くで丸く光っている月は、宇宙の向こうに出る穴かもしれない。

バイクに乗るのがまた楽しくなった

 昨日の日曜日はオートバイに乗った。その前に乗ったのは八月の終わり頃だった。その前はお盆だった。今年は去年よりは乗っている。エンジンの調子もいい。サスが少しだけへたっているようだけれど、まだこのまま乗れると思う。
 今年の夏からまたバイクに乗るのが楽しく思うようになった。今年の春はバイクに乗るのが飽きたのかもしれないと思っていたが、マンネリになったのではないかと思ったが、どうしてなのか今年の夏はオートバイに乗るのがとっても楽しい。近場だけ乗るのでも楽しい。
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