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徒然のブログ

つれづれの思いなどを

冬は大根やかぶと葉っぱの浅漬けと新米

 このごろ大根の葉っぱを漬け物にして食べている。美味しいのだ。大根が安くなってきたから、浅漬けの素で漬けて毎日食べる。新鮮なものを食べるのだからビタミンやジアスターゼなどの栄養もいっぱい摂れるだろうと思って食べるのだ。
 前は、かぶをよく買って三五八漬けの素で漬けて食べていた。そのときはかぶの葉っぱは捨てていた。家で捨てるとゴミ袋代がかかるから、スーパーの売り場で葉っぱをちぎって、実だけを買っていた。私がそうやっていたら、隣に立っていた客の小母さんも私の真似をした。「私も葉っぱは要らないから……」とつぶやいて、自分と私に言い訳するように。
 大根の葉っぱを漬け物にして食べるようになってから、油炒めでも食べてみた。それも美味い。煮ては食べていない。煮てしまったら熱で栄養が壊れると思うから、できるだけ生に近いやり方で食べるようにしている。でも炒めたら熱で栄養は壊れるだろうと今思った。そして時々は肉汁に入れて食べたい。
 かぶの葉っぱだが、大根の葉と同じように、漬け物にしても、油炒めにしても美味かった。だが大根の葉より少し苦味がある。それがかえってかぶの味なのだと思える。昔はその苦味が嫌いだった。

 大根の漬け物は沢庵というものがあるが、私が思うことだが、大根は今の冬場に採れて、採れたてだから生に近い料理の仕方で食べられる。春になったら多くの地域では採れないから、保存食として漬け物にしなくてはならない。だから春から夏と秋は沢庵を食べるのだろう。そしてまた秋の終わりから冬がきて大根が採れる季節になると、大根の浅漬けや、大根おろしや、千本味噌汁を食べるのだろう。多くの地域は、冬でない季節に大根を食べるには、沢庵か、大根を干して紐のかたちにしたものを食べていたのだろう。今はスーパーで生の大根が一年中売っているけれど。

 米も、おなじことなのだろう。秋の収穫のときは新米を食べ、それを冬から春の気温が高くならない季節なら、米も味は落ちないから美味しく食べられる。だが梅雨の季節を過ぎたら古米になるというように、梅雨の湿度の高く、暑くなる季節を過ぎれば倉庫に置いていた米の味も落ちるのだろう。夏になれば蒸し暑くなるし、もっと米の味はわるくなる。それで夏場は、そうめんとか、味が落ちた米ではないものを食べるようになったのだろう。それに暑い季節はあたたかいご飯より、さっぱりしたそうめんのほうを食べたいと思う。日本人とは、いや日本人にかぎらないだろうけれど、地域地域や、季節季節にあわせた食べ物を、経験のうえで、食べていたのだなと思う。

久しぶりの現金での支払いでちょっと間違ったこと

 昨日実家の帰りに白根のウオロクで買い物をしたらクレジットカードは使えないと言われた。しかたがないから現金で払ったが、昔みたいに支払う小銭の種類を何個出せばいいか頭の中で計算しながらお金を置く皿に出そうとしたら、今使っている財布は小銭を出すことが不便だったことを忘れていて、財布を逆さにして全部皿に出すことになった。
 皿にぶちまけた小銭を、支払う金額の金種ごとに指で仕分けしようとしても、小銭に触わるのが久しぶりだからもたもたして時間がかかる。もたもたしている自分に腹が立ってまた時間がかかる。
 おつりがキリのいい金額になるように計算して小銭を出すのだが、その計算が遅くなっている。しかも間違っていた。2427円の支払いで、3532円を出した。レジの店員は「違うのじゃないですか? 千円が多すぎるでしょう」と言ったが、私は「この金額でとってみてください」と言い張った。それでおつりは1105円だった。「現金で支払うのが久しぶりだから間違えました」と言い訳をした。まあ千円札を一枚多く出してしまったということで小銭の計算は合っていたようだから、単純な勘違いといってもいいだろう、と自分に言い訳をする。
 小銭を出しやすい財布に買い換えるべきかもしれない。だがそうすると現金を使わない生活にしていることと矛盾してしまう気がする。どうすればいいか迷っている。

19インチのモニターに替えた。後日21.3インチのも買った

 デスクトップパソコンのモニターを14インチから19インチに替えた。解像度は今までと同じ1024×768に設定した。文字が大きくなって、ド近眼と乱視と老眼が混ざった目には見やすくなった。でも文字が大きくなった分、解像度を落としたから、一つ一つの文字のくっきり度が落ちた。それでも文字が大きいほうが見やすい。画像の質は、解像度を落としてもほとんど変わらなかった。
 買う前はワイド画面にしようと思ったけれど、前と同じ4対3のスクエア画面にした。予備に持っているノートパソコンはワイド画面なのだが、ホームページを見ていると両端が余る。まだまだ世の中のホームページを見るにはスクエアの画面で十分だ。それにワイド画面だと両端のところに視線が届きずらくて、かえって見えにくい。ワイド画面は無駄だと思う。
 19インチのモニターは重いと思ったが、今まで使っていた14インチより軽かった。それも良かったことだ。でも軽いから造りがチャチいのだろう。前のモニターは画面は小さいけれど、本体全部の作りは今のモニターより大きい。そして重い。空気抜きの穴もあちこちに沢山あいている。
 機械というのは、コストダウンのためにだんだんチャチくなっていくのだろう。それも仕方がないのだろう。パソコンのOSの進歩によって、パソコンだけでなくて周辺機器も、見た目の形だけでも進歩していくのだろう。そして長持ちはしなくなっていくのだろう。それが経済にとってよいことなのだろう。
 買ったモニターは、ヤフオクの中古で2500円、送料が1,500円で、4000円くらいの買い物だった。とってもお買い得だった。
 Windows 7のサポートがなくなるまで今のパソコンを使うつもりだから、あと3、4年このスクエアの19インチを使う。その後はワイド画面のモニターにするかもしれない。

※2017年5月末に追記
 21. 3インチのスクエア型のモニターを買った。とても大きくて見やすい。動画も迫力がある。買った21.3インチのモニターの標準解像度は1600×1200だ。
 それまで使っていた14インチのモニターを21.3インチのと同時に使うと14インチのモニターは右端と上が写らなくなる。調整したがスイッチを切るとまた端っこが写らなくなるから捨てた。19インチと14インチを分配器で使っても正常に使えたが、21.3インチの大きいモニターと14インチのモニターを分配器を使って使うと解像度が合わなくて、小さい方が正常に写らなくなるようだ。
 1024×768の解像度で使っている。高解像度で使うと文字が小さくなるから広い画面のモニターを買った意味がないから、大きい画面で1024×768の解像度で見ると文字が大きくなって見やすいのだ。
 14インチのモニターは1024×768その解像度が標準らしいが、19インチはもっと高解像度が標準で、21.3インチのモニターはさらに高解像度が標準だ。だから大きいモニターで1024×768の解像度で見るのは画面が微妙に歪むようだ。1024×768の解像度で使うと大きいモニターでは初めに解像度を高くせよと表示される。それはしばらくすると消える。
 それと使っている19インチのモニターは、分配器を使って21.3インチのと一緒に使うと、60ヘルツにせよと画面に表示されて暗いままだったから、パソコンの方で解像度を変えるウィンドゥの細かい設定で60ヘルツにしたら19インチのモニターは正常に写るようになった。だからベッドサイドのモニターは19インチを使うことにした。
 14インチのモニターは壊れたわけではないけれど、持っていても使わないし、しまっておく空間がもったいないから捨てる。

冬至の心のための効用

 いつもだが死にたいと思っていて、秋ぐらいから十分おきに俺などは死ねばいいとつぶやいている。理由はわかっている。リフォームの仕事で、俺の下請けの業者たちがいい加減で腹が立つのだが、俺自身はその作業の知識技術がないから自分ではやれないから、頼まなければならないのに、ちゃらんぽらんな人間たちに仕事を頼みたくないのに頼まなければならないことの苛立ちが、自分を死ねばいいと思わせている。
 といって自分だけで作業できる汚れ落としの清掃の仕事だけでは食べていかれないから、リフォームの仕事をしなければならない。リフォームの仕事をするためには塗装や内装や大工や左官や電気やそういう自分勝手な頭の悪い人間を相手にしなければならない。困る。困るから何かに八つ当たりをしたくなる。自分以外に八つ当たりをすると最終的に肉体的な暴力をしてしまうと犯罪になるから逮捕される。逮捕されたくないから自分に八つ当たりするしかない。だから自分など死ねばいいと思うようになる。それが続くと心が疲れてしまって何もしたくなくなる。だから死にたくなるのだ。
 一人で仕事が完結できることを目指して独立したのだが不可能だった。泥棒根性の人間どもに気を使わなければ生きていけない。だから理想が現実に殺されている。自分が自分の現実に殺されそうになっている。仙人になりたいけれど霞を食って生きていけない。どうすればいいのかわからないからわからない。

 今年は昨日の十二月二十一日が冬至だった。今日から昼間の時間が増えていく。明るい時間が少しずつ増えていく。そうならば心も少しずつ明るくなるのではないかと、根拠もないけれど頼みの綱のように思いこもうとしている。冬至みたいなことに頼ることも情けないが、わらにもすがるようにしている。そして今日は少しだけ死にたいとつぶやくことは減っている。

 それは単に季節性のうつなのかもしれないし、年齢からくるうつなのかもしれない。そうであれば文学的ではないからおもしろくない。

初めての足の裏のひび割れ

 足の裏にひび割れができた。生まれてはじめてのことだ。一昨日の夜からかゆかったから、水虫だと思って足を上げて足裏を見たら、かみそりで引っかいたみたいな一センチくらいの赤い線があった。しもやけの一種なのか、水虫なのか、それとも違う何かなのかはわからない。夜と朝しかかゆくないから、皮膚の乾燥が原因だと思う。
 長岡は昨日12月15日に初雪が降って、新潟市は今日降った。どっちも朝三センチくらい積もったが、長岡は雪は残ったが、新潟市は昼前には溶けて消えた。
 今年はスタッドレスタイヤは十二月十二日に替えた。ガソリンスタンドで四本で2400円と消費税だった。
 来週の天気予報は少し暖かくなるらしい。

欲しくないものは買わないこと

 今年の商売の黒字分をできるだけ減らしたいから、何か買って税金を払うのを減らしたいのだが、買いたいものがない。
 一つだけあった。パソコンの大きなモニターだ。
 老眼と近眼と乱視が混ざって、モニターがよく見えなくなっているから、今使っている15インチのモニターを捨てて、20インチくらいのを買おうかなと思っている。
 買い物のいつものようにヤフオクを調べたら、20インチくらいのモニターの中古品の品物代は2、3千円で、送料は千円から1,500円くらいだ。全部で高くても5千円くらいだ。これでは黒字分を減らせない。でも新品の高いものは買いたくない。無駄なことは嫌いだから、買うのであれば中古品をヤフオクで安く買うだろう。他にも何か欲しいものを探して買うか。いや、買わないだろう。不必要な無駄な物を買うよりも、税金を払うほうが結局自分にとって節約になると思う。
 それは別に俺の嫌いな政治家や公務員のクズどもの味方をしているわけではない。税制というよりも、不要なものを買うことは無駄なことをしているという事実なのだから仕方がない。だけれども世の中の経済の金の回りぐあいのためには、品物やサービスをたくさん買った方がいいのだろうが、俺は欲しいものがないのだから買わないのである。

移民はいけないという根拠

 トランプが大領領になったが、アメリカは切羽詰っているのだろう。切羽詰っているから変わりたくてトランプを大統領に選んだのだろう。
 でもアメリカは自分が切羽詰っていることがわかるのだから、アメリカは健康なのだろう。そして頭が良いのだろう。
 日本だったら、自分が切羽詰っていることもわからないだろう。だからそれまでどおりの政治家に投票するだろう。

 世界の中で唯一、国家として移民で生まれた国はアメリカだ。
 いやアメリカは、黄色人種の土地を、白人が侵略して、もともとの土地に暮らしていたインディアンたちを殺して、勝手に国家を作って今に続いている国だ。
 だから外からの新しい血が入ることを伝統として善いことだとしている。
 だから新しい考え方が生まれて、新しい政治家のトランプが出たのだろう。
 それで新しい国づくりができる。国家として死ぬ前に生まれ変わることができるのだろう。

 日本は今までどおりの世襲の政治家を選んでいる。だから国家が死ぬまで突っ走るのだろう。
 国家が死ぬだけなら、国体が変わって、政権が変わって、それでいいのだが、国民が死ぬのは困る。
 でも世襲の馬鹿の政治家を選ぶのも国民なのだから、馬鹿な政治家で国民が死ぬのも自業自得なのだろう。

 といって移民を受け入れろというのではない。移民は、いけない。
 でも私が総理大臣であれば移民を教育できるかもしれない。今日、外国人にものを教えた。だからできるかもしれないと思った。
 でもその外人は頭は悪くない人間だったから、私が教えたことをすぐ理解できて実行できたのだ。
 頭が悪い人間を移民で受け入れることは日本が駄目になる。
 だけれども、移民を受け入れたら、頭の悪い、素行の悪い人間も入ってくるだろう。
 ということは移民は良くないということだ。
 アメリカのような、差別の激しい、貧富の格差が激しい、資本主義が特にもつ自分さえ良ければいいという社会になるのを覚悟すれば移民を受け入れればいいが、私はそれは嫌だ。
 だから移民は嫌だ。

痛風のなつかしさ

 休みの日は、朝からビールを飲んで、眠って、夕方起きて、またビールを飲んで、少し眠って、夜九時頃起きて、またビールを飲んで、夜中に寝る、という休みの仕方は、もう二年していない。
 酒を飲むのは一日一回だけ、夜だけ、という生活をしている。それが世間の普通の酒の飲み方だろうけれど。
 だから痛風にならなくなった。
 だけれど、そういう体に悪い休みの過ごし方も、なつかしい。
 また朝から飲んでみたいのだが、昼からでもいいが、やっぱり、足が痛くなって歩けなくなったら、仕事ができなくなるから、アルコールは夜だけにする。
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