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徒然のブログ

つれづれの思いなどを

あとどれくらい眠れるかを知りたいのは、あとどれくらい生きられるのかを知りたいということ

 夜中に目が覚めて、真っ暗の中で、今何時なんだろうと不安になる。むしょうに現在時刻を知りたくなる。それは五年くらい前からだった。
 だからベッドの両脇に電気で動くデジタルの時計を置いている。横向きに寝ることが多いから、ふと目が覚めたときにすぐ時間がわかるようにしている。それで安心してまた眠りに落ちる。
 昨夜目が覚めたときに思ったのだが、夜中の暗闇の中で時刻が知りたいのは、あと何時間眠れるだろうか知りたいのだろう。眠るのは気持ちがいいから。
 そしてそれは、あとどれくらい生きられるかを知りたがっているのかもしれない。

タブレットを初期化した後の設定のメモ

 タブレットの電源を切っていてもバッテリーの減りが早くなった。去年の秋に遊び半分にカーナビのアプリを入れてから、電源を切ってもすぐにバッテリーが減るようになった。カーナビなど使わないからすぐにアンインストールしたのだが、バッテリーがすぐに減るのは変わらなかった。その後は電源を切る前に、機内モードにしてから電源を切るようにしたら、バッテリーの持ちは長くなった。そして他の原因かもしれないが、全体の動作も重くなったような気がするから、初期化することにした。
 ネットでタブレットの初期化のしかたを調べてやった。五分くらいで終わった。SIMカードを入れたまま初期化してしまったのだが、それもネットで調べたら、とくに問題はないようだった。
 初期化の後、電源を入れたが、ネットにつながらない。パソコンでネットで調べたら、三日くらい置けばつながると書いてあったから、三日間放っておいて、昨日電源を入れてみたが、やっぱりつながらない。またパソコンで調べたら、SIMの設定が必要なのだった。設定のやりかたもネットで調べて、やってみた。それでやっとネットにつながった。
 たしかタブレットを買ったときも設定をしたおぼえがある。それを忘れて、SIMカードを入れれば自動的にインターネットにつながると思いこんでいたのだった。スマホも同じことをしたと思い出した。

 また初期化するだろうから、SIMの接続方法を簡単にメモとして書いておく。
 電源を落としてSIMカードを入れる。電源を入れる。機内モードを解除する。設定ボタンをタップする。
 「SIM管理」の、DOCOMO0701のラジオボタンをオンにする。
 左のメニューの「その他」の中の、「モバイルネットワーク」をタップする。出た画面の「アクセスポイント名」をタップする。表示されたメニューの中の、「新しいAPN」をタップする。
 出た画面の 「アクセスポイントの編集」で、名前を、任意の名前(BIGLOBE)に書き換える。APNを、biglobe.jpに書き換える。ユーザー名を、userに書き換える。パスワードを、0000にする。認証タイプを、「CHAP」を選択する。以上はBIGLOBE会社の場合。
 横三本線をタップして、表示された「保存」の文字をタップする。
 [APN]画面で、設定したAPNの、BIGLOBEの右のラジオボタンをタップする。BIGLOBEのラジオボタンがオンになれば設定完了になる。
 設定は十五分で終わった。

 文字入力のキーボードを変更した。
 初期化する前にタブレットに入れていた文字入力のキーボードのアプリ、Google 日本語入力をまた入れようとしたら、自分のGoogleのアカウントを入れるやり方が変わったようで、入れることができなかった。だからタブレットに元から入っている「Simeji」という文字入力のキーボードを使うことにした。
 設定画面の「言語と入力」の中のデフォルトの中の、「Simeji」のラジオボタンをタップすると、Simejiのキーボードが使えるようになる。Google 日本語入力より使いにくいが、仕方がない。タブレットで文字入力をすることはほとんどないから、我慢してSimejiを使う。
 タブレットでGoogleのアカウントが使えないから、Googleアカウントが必要なブログリーダーのfeedlyも使えない。feedlyと同じお気に入りブログを入れている.ivedoorのブログリーダーを使うことにした。

 他に、タップや文字入力をしても音が出ないようにしたり、画面の明るさを抑えたりして、バッテリーの持ちをよくした。

 その後、タブレットのブラウザにブックマークを作った。
 三日前に、パソコンのブラウザのブックマークの一つ一つの名前とURLを、自分のグーグルメールからヤフーメールに送っておいた。50個くらいあるのを一つずつ書き込んだから手間がかかった。三十分くらいかかった。
 タブレットがインターネットにつながったから、自分のヤフーメールに受信させておいたブックマークのURLを、一つずつタップして、ブックマークを作った。それがもっと手間がかかった。一時間以上かかった。
 もっと簡単に、一発でパソコンからタブレットにブックマークを移す方法もあるのだろうが、知らないから、一つ一つサイトを表示させて、ブックマークに登録した。そのためにかかったLTE通信料は140MBだった。

本当の日本語は日本から遠いところで残る

 土日の夕方は、ちきゅうラジオというのをよく聴く。前にも書いたが、司会のアナウンサーの柿沼郭という人の声質がいいし、番組のゲストとの話の受け答えも即妙で気持ちがいいし、始終謙虚なところからの物言いで人柄もいい。だから柿沼郭という人は頭がいいとわかる。
 それなのに相棒の女キャスターは頭が悪く怠け者だというのがわかるし、聴いていたくなくなる(その名前は出さないでおいてやる。宮城県出身で、東北の大震災のときのラジオ番組で名前が売れて東京に出てきた女だ)。
 何週間か前に、その頭の悪い女キャスターが番組内で自分勝手な物言いをして、柿沼アナウンサーが女に注意したことがあった。そのとき女は一瞬ふてくされた声質になった。公私混同している。頭が悪く我がままだから公私混同するのだろう。世間によくいる人間と同じだ。柿沼さんも前から女の傲慢さに内心腹が立っていたのだろう。
 NHKの若い女アナウンサーは傲慢な物言いが目立つ。ラジオを聴いていると腹が立つことが多い。教養がなく、親の躾がなってないからだが、そういう女しかアナウンサーとして採用しない組織というのが放送局なのだろう。いや、そういう人間があつまるのは放送局だけでないのだろう。今の日本の仕方がないことなのかもしれない。が、それにあらがうことが人間として大事なことだと思う。

 ちきゅうラジオというラジオ番組は、世界の国々に住んでいる日本人に向けた放送だそうだ。だからゲストに出る人は、あちこちの国にいる日本人だ。不思議なことに、そのゲストが喋る日本語は、とても聞きやすいのだ。本来の日本語だからだろう。てにをはを省略せずにきちんとした文章として話すし、何かの言葉を縮めないで喋るし、外国に住んでいるのにカタカナ語を使わないし、しっかりした日本語を話している。そして言葉の一つ一つがはっきり聞こえる。口を大きく開けて発声しているのがわかる。声質も力があるように聞こえる。腹から声を出しているのだろう。若い女の人でも、アニメ声などという気持ち悪い声の人はいない。だから聞き取りやすい。だから聴いていて気持ちがいいのだ。
 番組の頭の悪い女キャスターは、よく思われたいというのが見え見えのかわい子ぶった喋り方が気持ちが悪いのだが、外国に住んでいる日本人はさわやかな喋り方なのだ。
 もう昔ながらの本当の日本語は、外国に行かなければ聞くことができなくなるのかもしれない。

弱い近視用の眼鏡は初期の老眼に合っていた

 去年の年末に買った老眼用の弱い近視の眼鏡をかけて、二ヶ月ぶりに読書をした。
 読みかけの本は著者が頭が悪そうだったから読みたくなくなったから読まなくなって、年末から年始をとおして一月の下旬にかけて坐骨神経痛になって読書どころではなくなったから、まるまる二ヶ月くらい本を開くことはできなかった。
 先月の下旬から尻の痛みもなくなったし、そろそろ本を読もうかなと思っていたのだが、いったん読書の習慣がなくなると、パソコンばかりを無為に見て、本を開くのがおっくううになっていた。小学校に入る前から本の虫だった俺がだ。
 夕方カーテンを引いて、部屋を暗くして、ベッドに入って、スタンドをつけて、去年の年末に買った新しい眼鏡をつけて、それより少し前から読んでいない読みかけの本を開いた。
 あんがいすらすらと読めた。一時間読んで、シャワーを浴びた。
 それから夕食の買い物に行って、かつおのたたきを食べながら日本酒を飲みながらこれを書いている。
 今年の冬は一回くらいしか大雪がなかったし、冬の終わりが早いようだから、もう俺の体が春の気配を感じているのかもしれなくて、だから今、本を読もうと思えているのかもしれない。去年の年末から図書館から借りっぱなしの本で、図書館から返せとメールが来ている。返したいのだが、読んでから返す。言い訳だが俺が借りる本は特殊すぎて世間の人が読もうと思う本ではないから世間の人には迷惑をかけてないと思うのだが、世間の多くの人が読もうと思わない本を図書館に置くのは税金の無駄だろうからそういう意味で世間の人に迷惑をかけているのかもしれない。だけどこれから自分ができる何かのことで世間の人に恩返しをしたいと思う。
 それから弱い近視用の眼鏡は老眼の始まりの目に合っていて、本を読むのや近いところを見るのにぴったりだった。両目が同じようにはっきり見えて、目が疲れない。買ってよかった。

認知行動療法をラジオで聴いた

 袋とか箱とかを捨てられない。紙袋やビニール袋とか、ダンボール箱はどうしてか価値があると思っているのだ。部屋が袋と箱でうまっている。袋や箱は体積があるから部屋の中の空間を無駄にしめている。

 一昨日の朝五時過ぎ頃のNHKのラジオで認知行動療法というのを専門家が喋っていたが、そして今朝も聴いたが、その直後は良いものかもしれないと思ったけれど、要はポジティブシンキングの一種で、自分勝手な考え方で気分転換をして自分の心もちを自分本位に替えることじゃないかと思った。
 でもそれでも認知行動療法にでもすがってみないことには、今の沈んだ気持ちを高めることは始まらないと思った。そのためには自分が客観性をもつことが始まりの始まりなのかと思った。客観性を持つということは、頭の良さであり、自分勝手さの反対のことだから、良いことだろう。

 箱と袋を捨てられないのは自分の何かのコンプレックスがそうさせているのだろうが、認知行動療法で自分を客観的に見ることができれば、箱も袋も捨てることができるかもしれないし、捨てられれば部屋がゴミ屋敷になっていることから脱却できるし、新しい考え方にもなれるかもしれない。

 でもそれは認知行動療法でなくても、気分転換を上手にできればいいのだろうが、気分転換をすること自体が難しいから、気分転換をすることを認知行動療法に頼るのはよいことなのだろう。今は気分が沈んで読書もできないし、身体のあちこちが痛いから体操もできないし、オートバイに乗ることもできないから、外に出たくない。
 外に出ないなら部屋の中でする表現方法をすればいいのだろうが、それもやりたくない。それはここ五年くらいの冬の毎年のことなのだが、それがあたりまえと思えばそのままにすればいいのだが、部屋の中が紙袋とダンボール箱に埋まるのは生活に支障があるし、自然なことではないと思うから、何かやったほうがいいと思っている。
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