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徒然のブログ

つれづれの思いなどを

首の右側が痛くて曲がらなくなったこと

 昨日5月30日の昼過ぎから焼酎を飲んで早めに寝たら、今朝起きたら首の右側が痛くて曲がらなかった。
 寝すぎなのだろう。右を下に寝たままの姿勢で寝すぎたからだと思う。
 痛いけれど自分の代わりもいないし仕方がないから作業に行って、痛いまま体を動かしていて、何度か横になって体を休めながら仕事をした。
 帰ってシャワーを浴びてビールを飲んでいるが、首の右側が痛いのはそのままだ。
 そういえば昨夜は急に暑くなって布団をやめて毛布だけにした。それも夜中に肌寒くなったのが体に悪かったのかもしれないが、暑い夜で布団だと、布団をはだけてかえって寝冷えするだろう。だから毛布のほうがいいだろうと思う。そして今夜も毛布だけで寝る。
 でもたぶん首が痛いのは、このごろ体を無理に動かす仕事をしているからだと思う。昼間でも何回か休憩をとって横になることが大事だと思う。

 ※6月3日に追記
 6月1日と2日に作業をしたから、いや業者さんの作業の現場監督をしたのだけれど、でもつい手を出して重いものを運んだり、手を動かしたりした。だから首の痛みは治らなかった。
 6月3日は買い物やちょっとした作業に行こうかと思ったが、首を休めるために一日休んだ。
 ベッドで横になっていた。小さい頃から右を下にして横向きに寝ることがおおかったが、そうすると首の右側が痛いのがさらに痛い。ベッドの横に置いているパソコンのモニターを見ながら寝るのだけれど、とうぜん左向きに寝るとモニターは見られない。右向きに寝るのが95パーセントだ。それが首の右側の痛みの原因だと思うが、右手や右肩や腰の悪いことが首の右側に出たのだろうとも思う。
 今日一日ベッドに横になっていたから、だいぶ首の右の痛みは減った。明日晴れるようだからオートバイに乗りたいのだが、乗っても2時間くらいにしておく。

メガネのシリコン製の鼻当ては世の中の進歩

 普段かけているメガネの左側の鼻当てが取れていた。何日か前から鼻の左側が痛いような気がしていたのだが、メガネをはずしたときにふと見たら取れていた。
 鼻当てだけ取り替えることもできるだろうと思って去年の年末に老眼鏡を買った眼鏡屋に行った。女の店員はタダで取り替えますと言ったが、私がタダは嫌ですと言ったら、女はシリコンのものなら248円で交換しますと言った。安すぎるけれど金を払うことができるから頼んだ。
 シリコン製になった鼻当てのメガネをかけたら、驚いたことに鼻にぴったりくっついた。メガネがずれないのだ。私は鼻が低くていつもメガネが下にずれるのだが、シリコンの鼻当てだとメガネが動かない。世の中は進歩していた。
 これでオンナギライの私が眼鏡屋のこの女の店員が美人に見えてしまうほど恩義ができてしまった。

また坐骨神経痛になった2017年5月と子連れ狼

 また坐骨神経痛になってしまった。
 五月七日の日曜日にオートバイで8の字を三時間も回ったからだ。馬韓なことをしたものだ。なぜ三時間も8の字を走ったかは話せば長くなるから書かないが、根本は私の決めたらとことんやってしまうという性格のせいだ。馬鹿な性格に生まれついたものだ。
 次の日から尻にかすかな痛みがあって、我慢しながら、だましだまし生活していた。そして一週間後の五月十四日の日曜日に、朝からパソコンで事務作業をして、午後三時ころから子連れ狼の動画を見た。夜寝るまで焼酎を飲みながら見続けた。胡坐をかいて酒を飲んで座った姿勢のままで見続けた。
 翌日目が覚めたら尻がビリビリ痛かった。体温も上がっていた。計ったら37.5度だった。
 それから月曜日、火曜日と尻がもげるほど痛みにうずいた。左の尻のほうが痛かった。去年の年末のときは両方の尻は同じくらい痛かったのだが、今回は左側が8、右側が2の割合で痛んだ。
 酒を飲むのは痛みには悪いだろうと思い、月曜日と火曜日は飲まなかった。水曜日の朝は痛いけれど何とか歩けるようになった。それでお客さんのところに作業に行った。業者さんと打ち合わせもした。それで嬉しくなって夜焼酎を飲んで寝た。
 今日木曜日の朝は、痛かったけれど歩けないほどではなかった。午前中、事務仕事で半日胡坐をかいてパソコンを使った。昼から仕事のお使いに外に出た。杖を持って出た。杖をついて歩くのは面倒くさい。杖を持っているのを忘れて、つい痛いのに小走りになることも多い。それで左の尻に痛みがビリッと走って、ああ杖を持ってきたんだ、杖をつこうと思い出した。
 今夜、また子連れ狼を見ながら刺身を食べながら日本酒を飲んでいる。明日、もっと良くなっていればいいが。

 子連れ狼を初めて観ている。昔からほとんどテレビを見ない生活をしてきたからだ。そして拝一刀の思いに共感する。拝一刀は俺だというくらいに思ってしまう。拝一刀は私と同じ一匹狼だからだ。そして自分を厳しく律しているからだ。
 子連れ狼のドラマは人気があったらしいが、世間の人間たちは長いものに巻かれる人間がほとんどだから拝一刀の心境がわかるわけがないのに、子連れ狼が人気があったのは解せない。そして拝一刀は、約束を守るということを自分の思想の根本の一つにしている。世間の人間たちは心の底で、嘘をつくことも仕方がないと思っていて、約束を守ることなどほとんどないのに。
 人間というのは普段はちゃらんぽらんに自分勝手に生きているが、無意識の中に芥子粒くらいの大きさで、約束を守りたいとか、一人だけでものごとを成し遂げたいというような願望があるのかもしれない。その一人ひとりの目に見えないほどの小さい願望が子連れ狼の人気をささえていたのかもしれない。
 私は子連れ狼を観ているときは、坐骨神経痛の痛みは忘れている。

 ※五月二十日(土)に追記
 五月十八日の朝目覚めたら尻の痛みは感じなかった。うれしくなって作業と打ち合わせに行ったら、夕方にはまた痛くなった。でも焼酎を飲みながら子連れ狼を二回観て寝た。
 次の日十九日の朝も尻の痛みは感じなかった。仕事の約束はなかったから昼からパソコンで事務仕事をして座りっぱなしだった。夕方からまた焼酎を飲みながら子連れ狼を三回観て寝た。尻を圧迫してしまったから明日の朝が怖かった。
 二十日の朝は尻の痛みはほとんど感じなかった。そろそろいいだろうと思ってオートバイに乗った。昼前から一時間と、昼過ぎから四時間乗った。それでビールを飲みながら書いている。バイクから降りたときは尻はすこし痛かったけれど、胡坐をかいている今は痛くない。これから子連れ狼を二回観て、ラジオを聴いて、寝ようと思う。
 明日の朝痛くなかったら、バイクで遠出する。

 二十一日にバイクに乗ったら、次の日の朝、すこしだけ尻は痛かったが、昼になったころは痛みは消えていた。
 二十二日、二十三日は、尻のことを思い出すとかすかに痛みを覚えただけだった。
 二十四日にはもう尻が痛んだということも忘れていた。

 今回の坐骨神経痛は、七日(日)のバイクの無理な乗り方でなった。それから一週間はチクチクとした痛みだけだったが、それが痛みのピークは十五日(月)に来た。十五日(日)に一日中あぐらをかいてパソコンを見ていたからだろう。それで尻を圧迫してしまったからだろう。十五日、十六日、十七日の三日間は歩けないほど痛んだが、十八日からは痛みは減ってきた。それで二十二日(月)にはほとんど治った。
 歩けないほどの痛みは三、四日間だけだった。その後三、四日間も少し痛んだが、それで痛みは感じなくなった。
 そういえば十五日(月)から二十日(土)まで、毎日尻に使い捨てカイロを貼って過ごした。お灸のつもりだった。それも効いたと思う。血行が良くなるのだから。そうして暖かい日がつづいて体の中の血流も良くなっていたから、治るのが早かったのだろう。

 これからはもう体の無理はしないことに決めた。
 それで五十を過ぎているのに、青春が終わったと思った。

腕時計は薄くて軽いものにかぎることと、電池交換で壊れたこと

 何年か前にバイクに乗るために買った薄い腕時計の電池が切れたから、自分で交換したのだが動かなかった。理由はわからない。100円ショップで買ったボタン電池だからかもしれないが、そうでもないだろう。裏フタの開け方や閉め方が悪かったのかもしれないし、時計の寿命だったのかもしれない。
 同じ時期に買った金属の腕の皮の時計もこのあいだ取り出してみたら、針は止まっていた。同じように電池が切れたのだろう。でも金属製の皮の腕時計は重いから、バイクに乗るときは腕にまきたくない。スーツを着るときに使おうと思って買ったのだ。だけれどそれからスーツを着たのは父親の葬式だけだった。その時も薄いほうの腕時計を腕につけた。軽いほうがラクだからで、それに、私が人がどんな腕時計をしているかなどに興味はないことが自分でわかったし、自分の腕時計など誰も見ていないのもわかったし、腕時計で見栄を張るのも馬鹿らしいと思うようになっていたからだ。
 ということは金属製の皮の重い腕時計は今度使わない。ということは壊れてもいいから自分でボタン電池を交換してもいいということだ。薄い腕時計の交換で買ったボタン電池を残しているから、それが合うならばだが。
 だが電池交換がうまくできても重いから腕にまきたくない、ということは電池交換ができても今後使わないということだ。
 動かさないまま放っておくのは機械物には良くないから、手持ちのボタン電池で合うならば電池交換して、運よく動くようになったら、我慢してバイクに乗るときに使おうと思う。そして電池交換で壊れたとしても惜しくないから、壊れたら捨てる。そして腕時計はもう買わないか、買っても薄くて小さくて軽いものを買う。

車のフェイスが臭くなっている

十年くらい前から車のフロントフェイスが人間の顔に似てきている。それも怒った顔だ。一部の日本車の顔は可愛子ぶりっこしている顔にしているのもある。どれもわざとらしい。芝居の演技でいえば、臭いのだ。
 車の顔だけではない。映画の演出も、ラジオの演出も、広告も、見ていないがテレビもそうだろう。インターネットのサイトの造り方も大げさだ。クサイのだ。頭が悪いのだ。儲かりたいという魂胆が透けて見えるのだ。
 それは娯楽小説の造り方だ。読み手は頭が悪く感受性が低い人間だから大げさな物言いの言い回しにする。娯楽小説の業界の批評は互いの誉めあいしかしないから、それは金儲けが目的だから、放っておけば質は下がる。そしてそれは放送業界もネット業界も車の業界も同じなのだ。政治の業界も大昔からそうだ。
 今、切磋琢磨している業界は、無いのかもしれない。一昔前の純文学の業界だけはそうだったようだが、今はお笑い芸人に純文学界の主要賞を受けさせて、売らんかなの、下卑た業界になっている。芸術とは、いえなくなっている。日本国中が、売れれば、儲かればいいという風潮になっている。
 車は無機的なフロントマスクが気持ちいい。

女の色っぽい声を嫌っていたこと

 今朝早くのラジオで、声のことを言っていた。排卵期の女の声を聞くと男は気がはやる(興奮する)のだそうだ。言われれば生き物として自然なことだと思う。ということは俺もそうなのだろう。だからか若い女の色目を使うような喋りを聞くと怒りっぽくなる。それは俺は自分では、相手に気に入られようとする女の卑怯な思いに腹が立つと俺は自分で思っているが、そうではなく、若い女の排卵期の声に興奮して、その興奮が、たまたま怒りになっているだけのことなのかもしれない、と思った。
 でも、誰でもいいから排卵期の女と子孫を残す行為をしようとは思わない。……と思うことが自分の無意識を騙している可能性はあるが、それは自分でもわからない。でも誰でもいいわけがない。人間社会は子供を作ったら子供にも製作共同者にも責任を負うのだから、誰でもにもその行為をすると、責任が大きくなりすぎて責任を全うできなくなる。責任などどうでもいいと思えば排卵期の女と次から次に女を騙してその行為をすればいいのだろうが、俺は今のところ責任を全うする価値観が強いから、できない。

 今まで女の可愛らしい色っぽい声を汚らしいと思っていたが、それを違う価値観で聞いてみるのも、人生の面白みだとしたら、新しい価値観を得られるのかもしれないと思った。だけれどそれは慎重にしなければならない。
 そして排卵期の女も男の声を聞くと興奮するのだろうと思うが、ラジオではそれは言わなかった。

SRV250のガソリンタンクのコックのレバーの位置は普段は下にしておくべき

 SRV250のガソリンタンクのリザーブのレバーの向きがやっと今日わかった。
 ガソリンコックのレバー(柄)を上にして走って、エンジンがプスプスいってエンストした。その後レバーを下にしてセルを何回かかけたがエンジンはかからなかった。ガソリンを全部使い切ったということになる。
 ということは普段はレバー(柄)を下にして走ればよいということだ。それでエンストしてリザーブにするときにレバーを上にする。ネットでは正確なことが書いてなかったから、ようやく今日自分で調べた。
 ガソリンスタンドの近くに、ゴールデンウィークだから車が停まっていない会社の駐車場があって、無断で入って30キロも8の字をやった。二時間かかった。途中で足と手がしびれてきたけれど、我慢して走った。
 オドメーターが330キロを過ぎたところでエンストした。
 近くのガソリンスタンドにバイクを押していって、満タンにした。12.6リットル入った。たぶんタンクの容量は13リットルなのだろう。リザーブの量はネットでは2.5リットルと書いてあるのが多い。2リットルとしても燃費が30キロくらいだから、リザーブにして60キロくらいは走る計算だ。

 それから今日五月七日が今年初めての黄砂が来たそうだ。そういえば海沿いの道を走っていて海の向こうをみたら佐渡が見えなかったから、そうなのだろう。でも黄砂は桜の咲くころだと思っていたが、ゴールデンウィークが終わるころなのだったか、それが毎年のことなのかはわからない。メモとして書いておく。

 ※次の日に追記
 次の日の朝目覚めて寝返りを打ったら、腰が痛かった。そして仰向けになったら、尾てい骨にしびれるような痛みが走った。二時間も8の字走行をして、バイクの行く先を見すえるために、腰から背骨と首を何百回も左右にひねったからだろう。そうしなければバイクは目指す方向に行かないのだ。
 その痛みは、去年の年末に坐骨神経痛になったときの痛みに似ていた。あわてて起きようと思ったけれど急に体を動かすとよくないと思ったからしばらく寝ていた。七時になったころ起きて、おしっこをした後使い捨てカイロを腰に当てた。それで昼過ぎまで寝たり起きたりしていた。
 昼には腰と肛門の痛みは抑えられていたから、バイクに乗った。二時間乗った。夕方から酒を飲んだ。それほど痛みは感じなくなってる。五月八日の月曜日で今年のゴールデンウィークは終わる。世間より一日多い。明日の朝の腰と肛門の痛みはなくなっていればよいのだが。

バイクのオイル交換2017年春

 オートバイのオイルを換えた。54341km。
 昼十二時に始めて一時半までかかった。いつものようにドレンボルトに入れるバネ式フィルターが入りづらくて時間がかかった。バネが強すぎて力をこめても入らないのだ。いつものように何回も失敗して、やっとボルトを入れた。その後オイルを100円ショップで買った500ccの料理用ビーカーに入れて、バイクのオイルを入れる穴に注いだ。ぞろぞろに入れるとこぼれるから、ビーカーには400ccづつ入れて注いだ。それでも少し回りにこぼれた。ドレンボルトを入れるのに手に力を込めすぎて、ビーカーを持つ指がしびれるように震えた。それでこぼれたのだ。
 SRV250はフィルターを交換しないときは1600cc入れることになっている。だが規定量を入れるとニュートラルに入りづらくなるから、まず14000ccを入れた。エンジンをかけて一分してオイルの量の窓を見たら、オイルは見えなかった。少なすぎたようだ。もう100cc足したら丁度良い量になった。
 終わったときは汗だらけだった。下着がぐっしょり濡れていた。そういえばバイクの下に寝転がってドレンボルトを入れているときに、暑いなあと思いながら手に力をこめていたときに、こういうことは夏にするものじゃないなあと思ったのを思い出した。今日の最高気温は昼の十二時で、23度だった。ちょうどオイル交換をしていたときだ。外での力仕事は春の初めころの少し寒いぐらいのときにしたほうがいい。
 去年の春にオイル交換してから2000キロくらいしか走っていない。今年は少し多めに走りたい。

バッテリーをつなぐときのプラスとマイナスと新品タイヤの皮むき

 バイクのホーンのボタンを押しても鳴らないことがあるようになった。アクセルをあおると急に鳴るからバッテリーが弱っているのだろう。でもセルは回るから、もしかしたらホーンが壊れかけているのかもしれないが、もう少し様子を見る。
 冬越しが終わったころにネット通販でバッテリー充電器を買って充電したのだ。1,500円くらいで安かった。今年の春はセルさえ回らなかったのだ。買ったバッテリー充電器で充電したら、セルは回るようになった。コンセントに差して一時間十分で充電が完了した。
 ネットに書いてあったのだが、プラグは、プラスを先につないで、マイナスを後からつなぐ。外すときはマイナスを先に外して、プラスを後で外す。
 要するにプラス端子の方を長くつないでおくということだそうだ。

 今日はゴールデンウィーク中だから、気楽な人間が多く運転していて危険だから遠出はしないでおいた。仕事のお使いや買い物で近所を走ったくらいだった。そのかわり駐車場で8の字を10キロ走った。30分くらいクルクル回った。始めのころはオートバイに乗る体の形を忘れていたが、5キロも回ったら自然とニーグリップができていた。小回りもできるようになった。タイヤを見てみたら、ホイールから2センチくらいから先の中側は地面の汚れが付いていたから、これでこのあいだ交換した新品タイヤの端の皮むきもできただろう。でも新品タイヤの髭というか毛羽は真ん中から端っこまで全体に残っている。ケバはおいおい削れて無くなるだろう。だけれど、タイヤの表面の皮むきができても、ケバがある方が怖いと思う。ブレーキをかけたときにケバが滑るイメージというか妄想が頭をよぎるのだ。だがそれこそが妄想だろうと思う。ケバが本当に危険なら、タイヤメーカーがバイク用新品タイヤを出荷するときにケバを取っているだろう。作業としては造作もないことだろうから。
 明日まで天気が良い予報だから、バイクカバーは一枚だけかけておく。明日はすこし遠くに走りに行こうと思う。

 ※7月6日に追記
 このあいだホーンを外して、全体と接点金具にCRCを吹きかけてからまた取り付けておいて、今日乗ってホーンを鳴らしてみたら、前よりはよく鳴るようになった。でもときどき鳴らないときもあるし、鳴っても蚊のなくくらいの音量のときもあった。バッテリーが弱っているからかもしれないから、バッテリーを充電してみてから、また様子を見る。

列車とバスに乗ってバイクを取りに行ったこと

 今日バイクを実家から新潟市のアパートに乗ってきた。今年は遅くなった。
 連休で運転に慣れないドライバーが多いからだろう、八号線は事故が多かった。ニュースでも交通事故で高速道路が渋滞していると言っていた。

 実家には列車で行った。新潟駅は旅行する人間であふれていた。世の中で珍しい機嫌よい顔の人間ばかりだった。列車の中は女が八割だった。四人がけの座席で男は俺一人で、他の席は女ばかりの座席が多かった。考えたら女は車を運転しない人間が多いから列車やバスに乗るのだろうと思った。
 ほとんどの女たちはスマホをいじっていた。年寄りは二、三人だけで、知り合いと喋っていた。他は若い女ばかりだった。隣の女のスマホを横目で見てみたら、細かい文字が並んでいて、文字よりも写真が多いサイトだった。その写真は雑貨や化粧品や衣服の画像だった。他にはラインというものだった。女はときどき眠った。眠っていてもスマホは握ったままだ。ふと目を覚まして、またスマホを見る。またうとうと眠る。それをくり返していた。

 実家のあたりは農家がほとんどで、ゴールデンウィークは田植えの時期だ。部落の中は静かだった。誰も道を歩いていなかった。皆田んぼに行っているのだ。俺はこれからバイクに乗る。どうしてか申し訳ないと思った。誰にも見られないように車庫からバイクを出してすぐに出発しなければいけない、と思った。駅や列車の中で思ったのだが、この時期に旅行や遊びに行くのは農業をしていない、勤め人なのだ。気楽な人間なのだ。そして世の中はそういう人間の方が大多数なのだ。
 大型連休は気楽な人間が大勢外に出ているから、交通事故も多くなるだろう。連休中は危ないからオートバイに乗るのは近場だけにしておこうと思った。

 新潟駅のホームで列車を待っているときにベンチの隣の椅子に座っていた若い男は、小太りの短い髪の男で、手帳を取り出して、俺のわからない言葉を小声でつぶやきながら、何か一生懸命に書いていた。横目で手帳を見たら、胡麻粒くらいの大きさの数字が活字みたいに整然と並んでいて、男は手帳に顔を近づけて手を細かく動かして文字を書いていた。ときどきスマホを取り出して何かのアプリを起こして、アプリと列車を交互に見ながら細かい文字を書いていた。男が書いている数字は列車を表す記号なのかもしれない。男は列車や鉄道の何かを調べるのが趣味のようだった。
 男は頭がかゆいようで、しきりに文字を書くのを止めて右手の指で頭をかいた。その指を自分の鼻の穴に持っていって臭いをかいだ。それは俺もよくやる。だが男はその指をペロッと舐めた。そこまでは俺もしないことで、今度してみようと思った。だけど誰も見ていないところでやらなければいけないと思った。 男は憎めない感じの男で、どうしてか台湾人のように見えた。
 新潟駅のホームでは高級そうなカメラを持ってしきりに列車を撮っている男が何人もいた。

鯖缶の旬について再度

 昨日ウオエイ石山店に行ったときに気紛れに一缶だけ買ってみた98円の鯖の缶詰めが美味かった。酒の肴に食べているが、期待しなかったけれど期待しない分なおさら美味いと思った。賞味期限は2020年2月1日と書いてあった。
 鯖が取れた時期が鯖缶の美味さを決めると思うのだが、それは冬に取れた鯖なら脂が乗っているからだ。それが本当かどうかはわからないが。
 去年の年末に大量に買ったのは不味かった。
 五月に売っている鯖の缶詰めは美味いのかもしれない。
 明日またウオエイに行って買いだめするつもりだ。
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