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徒然のブログ

つれづれの思いなどを

大雪の地域に住むこと

 今年の冬は大雪が降ったり寒波が何度も来て水道管が凍ったりしたが、新潟市はいつもの年のように積雪はほとんどない。新潟県のほかの地域みたいに冬になったら五十センチや一メートルの根雪が積もるなどということはない。
 やっぱり新潟市は住みやすいのだ。だから人が集まるのだろうし、日本海側で大きな都市になったのだろう。
 私の生まれたところは冬になれば雪が積もる。五十センチはあたりまえに積もる。大雪の年は春まで、人間の背の高さに積もっている。普通は、そういうところに住みたくないと思うだろう。私はもう自分の生まれ故郷で冬を越したくない。毎日毎日、朝早起きして、道路に車を出すために雪かきをする。屋根に雪が積もれば、危険を承知で屋根に上り雪下ろしをする。下手をしたら屋根から落ちて死ぬ。だいいち寒いときに、外で汗をかくほど体を動かしたくない。冷えたらたちまち風をひく。そういうことを毎日やるのだ。
 江戸時代までなら、経済のためには米が何よりも大切で、だから米を作ることが何よりも大切で、それだから米を作ることが何よりも優先された。米を作るためには田んぼによい水が必要で、その水は川から引いてきて、川の水は山から流れて来て、山から来る水は山に積もった雪が溶けるのだから、米を作る水を得るためには、毎年山に大雪が積もらなければならなかった。だから米どころというのは、新潟県でいえば、高田とか長岡とか魚沼とか、豪雪地帯が多かったのだろう。
 雪の役割はほかにもあって、戦国時代は、雪が積もれば雪は堀のような役目をして、冬のあいだは他国から攻められないで、雪が防御の役目をはたしていたそうだ。冬は、いろんな意味で、これから来る春のために、体も心も休めて、大切なものをたくわえる季節だったのだろう。
 今は季節に関係なく仕事をしているから、大雪が降っても普段どおりに外に出なければならない。それは自然なことではないのかもしれない。
 もし大雪が降ったときは仕事を休んで引きこもりの生活をしようという人が大勢の地域なら、大雪が積もっても、そういうところに住みたいと思う。でもそういうところは経済は発展しないだろうけれど、それを受け入れられる人たちが住めばいいと思う。

地軸の傾きと冬の靴下

 先週から新潟市も日本中も寒波の中に入って大雪で埋まってしまった。毎日最高気温が氷点下なのだから冷蔵庫の中にいるどころか氷室に閉じこめられているようだ。コンクリートみたいな厚い氷のおおいにかぶせられて、ガンガン冷やされているように感じる。
 しかし夏はあれだけ暑くなるのに、冬になるとこんなに寒くなるなんて、太陽は何をやっているんだと腹が立つ。おい太陽、お前はちゃんと働いているのかと叱りつけたくなる。
 地球の地軸が傾いているから日本には春夏秋冬があるわけだが、たかがちょっと斜めになっているくらいで、こんなに暑かったり寒かったりするものなのか、地球にも、お前はどういうつもりで斜めになっているのだと問いただしたくなる。
 冬の季節になっても、地球は丸いのだから、太陽のエネルギーは地球のまわりを回って、裏側に熱を運んでくれたっていいじゃないか、こんなに夏と冬の差をつけなくたっていいじゃないか、もっと平均してエネルギーをよこせよと、太陽と地球に抗議したくなる。
 だけど太陽はそんなことは知ったことではない、お前ら地球が勝手に斜めになっているからだ、おれは自分が燃えていることで精一杯だと言うだろうし、地球は自分がバランスよく傾いているからお前らの命が生まれたんだぞ、それは宇宙の中でも奇跡的なことなんだぞと言うかもしれない。
 私は部屋の中では冬でも靴下ははかないのだが、昨日から夏用の短い靴下をはいている。来月になったらもっと寒くなるかもしれないから、太陽と地球に喧嘩しても勝てないから、今日より寒くなるだろうし、そうしたら冬用の靴下をはく。

野菜が高くなったから、もやしを買うようになった。

 キャベツや白菜が高いから、もやしを買うようになった。十年ぶりくらいにもやしを買っている。一袋10円か14円だ。キャベツ一玉が今298円だから、キャベツ一つで、もやし30袋だ。キャベツを買うのと、もやしを買うのと、どっちが得なのかわからないが、目先の金の減り方が少ないほうを取って、もやしを買った。
 十年ぶりだからもやしの味も忘れていたが、もやしは不味いものだと思っていたが、あんがい美味かった。昔はもやしを買っても、冷蔵庫の中で腐らせたことが多かった。買っても三日くらい放っておいたからだ、美味しくないと思っていたから食べなかったからだ。そしてインスタントラーメンをほとんど食べないから、そしてもやしはラーメンに入れるものだと思っていたから、もやしを食べるのは少ないのだ。だけれど豚肉の野菜炒めはよく作っていたのに、どうしてもやしを炒め物に入れなかったのか、買わなかったのか、わからない。たぶん、もやしなどは下品な食べ物だと思っていたのだと思う。
 今のもやしは、冬だからなのか、冷蔵庫に入れておいたら三日たっても新鮮だ。袋詰めの方法が良くなったのかもしれない。それとも腐らせない薬品がまぶしてあるのかもしれない。それなら食べたくない。
 そして今日、高いけれどキャベツも、大根も、白菜も、買ってきた。もやしばっかりを食べたくなくなったのもあるし、また明日から大雪になる天気予報だから、買い物に行けなくなるから。
 そういえば今までもやしを買わなかった理由は、もやしには栄養はないのだとどこかで聞いたか読んだかしていたからだ。ネットで調べたら、栄養はあるというサイトもあるし、無いと言うサイトもある。たぶんもやしには、他の野菜より栄養はないと思う。でもこのごろ食べてみたら美味しかったから、これからはときどきは買って、食べようと思う。

 スーパーでは昨日の関東の大雪で納豆と厚揚げの入荷がなかったそうで、そういう商品の棚が空いていた。

USBメモリーの中のフォルダーにパスワードをかける

 外に持って行くことがあるUSBメモリーを落としたら中身を見られるなあと、今まで心配だったのだが、今日偶然USBの中を見るためにパスワードをかけられることを知った。
 Lhaplus(ラプラス)というフリーソフトでできるそうだ。
 USBメモリーの中に新しいフォルダを作って、見られたくないデータを、作ったフォルダに入れる。そのフォルダをラプラスで圧縮する。
 圧縮の方法は、圧縮したいフォルダをラプラスのショートカットにドラッグ&ドロップするか、あるいは、圧縮したいフォルダを右クリックして、pass入りの圧縮の項目を左クリックする。そのとき出てきた窓にパスワードを付ける。
 そのフォルダを解凍するときは、付けたパスワードを入力しなければ解凍できない。そういう仕組みだ。
 圧縮はzipでやるのが無難だそうだ。圧縮方法は、世界で一番zipが使われているからだそうだ。

 ダウンロードして、やってみた。簡単にできた。
 一つのフォルダだけ圧縮できなかったが、その一つにパスワードを付けるのはあきらめた。一つだけだから仕方がない、見られてもいい。あきらめる。

 初めからパスワード付きのUSBメモリーが売っているのは知っていたが、高いから買わなかった。
 それに、コンビニで書類をプリントするときにUSBメモリを持って行くが、そのときUSB全体にパスワードがかかっていたら、コンビニのプリントの機械の操作ができなくなるかもしれないと思ったのだ。USBメモリの中の、自分で決めたフォルダだけにパスワードをかけておけば、プリントするpsdとか画像のデーターにはパスワードはかかっていないから、今までどおりにプリントできるだろう。
 ※
 後日に追記
 設定したパスワードは解析されるらしい。Lhaplusでも、他のフリーソフトを使っても、パスワードを探し出すことができるそうだ。それでは何にもならないじゃないか。と思ったが、パスワードがないよりましだろうと思って、気休めかもしれないがパスワードを付けておく。

雪が積もって夜でも明るい外

 今朝は降っていなかったのに昼頃から雪が降り、そして積もった。
 いま窓を開けてみたら雪はやんでいる。夜の九時ころなのに外は夕方の前みたいに明るい。
 空は曇っている。けれど空ぜんたいが白くて薄明るい。積もった雪も白く光っている。まわりの家もよく見える。
 今夜は満月なのかもしれないが、見えない。ネットで調べられるけれど、面倒だから調べない。
 今夜は静かだ。音がしない。雪がいろんな音を吸っているのだ。
 ここ新潟市は三十センチくらい雪が積もっている。実家のほうはもっと積もっているだろう。でもどうしようもない。
 そして今夜は向こうも、雪で明るいだろう。そして静かなんだろう。

 追記
 翌日の朝までに80センチ積もった。
 前夜の変な明るい夜空だったのが大雪の前触れだったのかもしれない。
 大雪のせいで三条の先の東光寺駅と帯織駅の間で、列車が乗客ごと一晩止まったそうで、全国ニュースになっていた。
 前にも書いたが、大雪のときは警察と医療関係以外は仕事はストップしてもいいのじゃないかと思う。

ラジオの物言いに腹が立つ自分への不安

 ラジオはこのごろスマホで聴けということをしつこく言っている。スマラーとかいう何も考えないでつけた呼び方で。スマホを見ている人間はラジオなど聴かないだろうから宣伝は無駄だ。
 去年の秋頃には、聴きのがしたラジオ番組をいつでも聴けるとか、電波が入らない遠い放送局のラジオ番組をどこでもいつでも聴けるというラジコというのを盛んに宣伝していた。なぜかこのごろはその宣伝をしていない。
 聴けなかったから別の日に聴きたいとか、聴いてよかったからまた聴きたいという番組がラジオに一つでもあるのかと問いたい。すべて中身のない使い捨ての番組を垂れ流しているだけじゃないか。自分がやっていることがアーカイブになるなどというような、恥ずかしげのない傲慢な物言いをしている。

 前にも何回も書いたが、ラジオで喋っている人間の敬語の使い方がデタラメで、聴いていると腹が立つ。二重敬語、謙譲語と尊敬語をごっちゃにしている、語彙の少なさ、おかしくもないのにわざとらしく笑う、語尾を伸ばす、カワイコぶってことさら高い声を出す。そういう喋り方を聞いていると、そういう人間の無神経な自分勝手さにムカムカして殴りたくなる。
 それはラジオの物言いだけでなく、何かの問合せで企業や役所に電話をかけると、すべての人間がそういう喋り方だ。だからいつも、きちんと日本語を喋ってくださいと頼むが、電話に出る担当者はそのヘンテコな喋り方を変えようとしない。何回も頼むが、そして正しい敬語や言葉遣いを教えても、素直なハイという返事の仕方の見本を聞かせても、担当者は強情にヘンな喋り方を変えない。それを指摘すると、担当者はしまいに返事もしなくなる。私を無視する。だから私は怒鳴りつけることになる。そうすると、突然黙って電話を切られ、問合せが完了しない。突然電話を切るのは失礼だと思うが、そういう奴らは、何が失礼で何が失礼でないかを考えたこともないのだろう。親の躾がなってない。

 もうこのごろは私は、NHKの第二放送しか聴かなくなっている。語学番組が主だから外国語は何を言っているのかわからないのだが、それでもきちんとした日本語を使うことを怠けている日本人の物言いを聞くより精神衛生上いい。少なくとも腹は立たない。外国人の話す日本語はイントネーションはおかしいが、彼らは二重敬語は使わないし、語尾を伸ばすこともしない。だから聴いていて気持ちが悪くなることはない。だが中国語と朝鮮語が聞こえだすとラジオを切る。中国と韓国と北朝鮮が嫌いだからだ。
 しかし語学番組に出ている外国人だって日本語をもっと使えるようになれば、今の日本人と同じで自分勝手な気持ち悪い日本語を喋るのだろう。きちんとした日本の言葉を使おうと自分を律していこうとするような精神は持っていないだろう。最初に習った日本語が昔ながらの正しい敬語だったから、まだまともな言葉遣いをしているだけだろう。
 これも前に書いたが、外国で長く暮らしている日本人は、昔ながらの正しい敬語を使う人が多い。昔の良き日本語をそのまま喋り続けていて、今の怠けた日本語に毒されていないからだろう。外国で何十年も暮らしていけるだけのもともとの頭の良さもあるだろう。
 そういうふうに私は人の言葉を聞くと腹が立つのだから、もう人と喋ることができない人間になっている。これからどう生きていけばいいのだと、ふと怖くなることがある。

2018年の正月は晴れ間が多かった

 この年末年始は天気がよかった。
 十二月三十日から今日一月二日まで晴れ間が多かった。とくに三十一日は一日晴れた。実家の換気と掃除がよくできた。
 そしていつもの年より暖かかった。最低気温が5度くらいで、最高気温は8度だった。新潟県でこの時期の四日間も天気が良かったのは初めてだ。
 こういう冬は雪もほどんど降らないと思いこんでいると、思いがけなく大雪になるかもしれないから用心しよう。
 明日の三日から寒くなって雪が降るらしいから。
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