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徒然のブログ

つれづれの思いなどを

SEOの興味がうすれたこと

 長年使っていたアクセス解析のAccessAnalyzer.comがサービスをやめた。
 独立して自分のホームページを作ったときから、評判が良かったアクセスアナライザーを付けた。
 無料で、機能が少なくて、だから見やすくて、表示される広告も小さくて、そして一番良いのは生ログが見られることだった。
 Google Analyticsは機能が多すぎて、それも要らない機能が多すぎて、だから見にくくて、そして生ログが見られないことが駄目だ。だがGoogle Analyticsは入れている。でもGoogle Analyticsは見にくいし、わかりにくいから、見ていない。

 それに私がSEOにも興味がなくなっているからアクセス解析じたい見ないようになった。
 三四年前からグーグルは、検索ユーザーが検索するときのキーワードをわからないようにさせていて、アクセス解析で一番大事な、検索キーワードを知ることができなくなった。
 それと三四年前から、商売上重要な検索キーワードでの私のホームページの検索順位がずいぶん下がっていて、順位を上げることが難しくなっている。だから私がSEOに力を入れなくなっている。だからSEOに興味もなくなっている。
 三四年前はたくさんあったSEOの紹介をするサイトも、今はどんどん閉鎖されている。三四年前からグーグルは、検索順位を操作されることを嫌って、SEOをされることをさえぎっているから、グーグルのその成果が出て、どうすれば検索順位が上がるか、誰もわからなくなっている。だからSEOの会社もどんどんつぶれているらしい。成果が出ないのだからあたりまえだろう。
 私のホームページの検索順位も落ちているから、アクセス解析を見ていると、三四年前から私のホームページを見る人も少なくなっている。私も検索順位を上げる方法がわからないのだから、仕方がない。
 だから、偶然なのかどうなのか私のホームページにたどり着いて、見てくれた少ない人に向けてアピールするホームページを作ることと、一回一回の仕事を誠心誠意やってお客さんを喜ばせて、良い口コミを増やして、紹介客を増やすしかないのだろう。

 アクセス解析は、機能が少なくて、見やすくて、広告表示が小さくて上品で、生ログが見られるものができないかな。安ければ有料でもいい。誰か作ってくれないかな。やっぱりアクセス解析の生ログを見るのはおもしろいから。

ブログタイトルを変えた

 このブログの名前を変えた。二回目だ。
 新潟とか、リフォームとか、ハウスクリーニングとか、そういう言葉をはずして、純粋に自分の日記にしようと思って、タイトルを変えた。
 SEOとしてのブログからのリンクの力もなくなっているし、そういうことも興味がなくなっているし、自分の書きたいことを自分が忘れないための記録として書こうと思ってそうした。だから自分の商売のホームページへのリンクも外した。
 これからは、好きに書くだけのブログにする。

知事と俺は同じなのかそうでないのか

 昨日知事が辞める表明をしたが、人間としては憎めない人だと思った。
 おとといの記者会見では曖昧なことを言っていたから軽蔑したし、その朝、BSNの男アナウンサーが知事を擁護していて、その言葉が浅はかで放送局の人間の馬鹿さと知事の人間も同じレベルだと思って軽蔑していた。
 だが今日、18日の知事の辞職表明会見を動画で見たら、議論をする人間としては俺より上手だと思った。笑顔で謙虚さを失わず、論点をはぐらかさず、活舌もよく、日本人としては申し分ない謝罪記者会見だった。俺だったら、高圧的に怒鳴るだろうし、同じ事を言うのが面倒だから、それはさっき言ったよ! とくり返すだろうし、相手を言い負かそうとして相手を言い負かすことを目的にするだろう。知事はそういうことはなかった。
 知事は自分が売買春と認識されそうなところだけは論点をすりかえたが、それ以外は正直さを貫いていたと見えた。自分が何回もやったことが世間の人に売買春と思われたら、芸術家ぐらいでなければ、これからの人生がつぶれるから、そこをはぐらかすのは容認する。そのはぐらかし方も嫌味がなかった。
 この知事と相手方のやったことは、娯楽小説ならいろんな設定ができるが、事実がどうだったかは誰もわからないし、ここでは書かない。

 俺は今までいろんなことがあってオンナギライになったが、女性のカラダは好きだ。セックスは気持ち良い。肉屋で女の肉体だけ売っていれば買うかもしれない。若いころ社会勉強だと思って一回だけ買ったこともある。その業界の女と何人か深く話した。だが太宰治や吉行淳之介が書くような、感受性が高くて頭のいい女はいなかった。聖女のような人はいなかった。太宰と吉行に騙された。ドストエフスキーにもだ!
 知事も俺と同じくらい頭がいいし、正直さを出しているし、俺は勝手に知事は俺と同じように、オンナギライだけれど女の肉体は欲しい人なのかもしれない、事実はどうなのかはわからない、俺は俺自身がどうなのかもわからないのだから、知事がどうなのかは俺は余計わからない。
 だが、嫌いな女がほとんどだが、百万人に一人くらいだけれど、本当に好きになってしまう女はいる。いや、いた。
 知事も俺も、またそういう女の人にめぐり合うことができれば、幸せなのだが、そうそう人生はうまくいかないのだろう。あきらめもかんじんなのだろう。たとえば女を理想化するのをやめて、女に求める規準を下げるとか、女を自分勝手に自分の脳内で自分の理想の姿にするのは自分勝手だというのは自分でわかっているのだが、それをやめられないのは自分の頭が悪いのだろうし、自分の性格がゆがんでいるのだろう。
 しかし知事の相手をして知事を脅した女は、売り買いをするスジミチを踏みにじっている。だから俺はオンナギライになっているのだ。知事を脅した女とその仲間に制裁を加えなければならない。

2018年、今年初めて少し長くバイクに乗った。

 今日は暖かくて、新潟市にオートバイを持ってきて今年初めて乗った。
 去年よりスピードを出しても怖くなくなった。70キロも出せる。高いところを走っても怖さは減っている。
 その理由は去年の秋に夜寝ぎわに、そういえば俺は四捨五入すると六十なんだと思ったら、もう死ぬ準備をする年頃なんだ、ということはお化けなんか怖くなくなった。自分が死ぬのだからお化けを怖がる必要はなくなるのだ。そうしたら高所恐怖症も怖さが減った。
 怖さは減ったが、バイクのスピードは、出しても90キロにとどめておく。SRVは90も出ないだろうし。

 今日の最高気温は21度だった。
 夜になった今も暖かい。今年初めて、夜に窓を開けている。

春になって体がだるい

 三月の末に暖かかったからあんかをしまったけれど、その二三日後にまた寒くなってあんかを出した。それからずっと使っている。
 バイクも新潟市に持ってきたけれど、それからは乗っていない。エンジンさえかけてない。
 どうしてかギターもずいぶん弾いてない。歌もうたってないから声が出なくなっているだろう。
 三月末から部屋の片づけをして、要らない物も捨てた。それで張り切りすぎたのか、この三四日は体がだるくて動きたくない。
 くしゃみをするけれど、風邪を引いているわけではない。花粉症のせいか、季節の変わり目なのか、体が変わったのかもしれない。そしてどうしてか腹が減って、朝昼晩と沢山食べる。それから眠い。春だからなのだろう。

糠イワシを初めて食べて美味しかった

 糠イワシというものを初めて食べたが、うまいものだった。
 スーパーの日替わり商品で一匹65円で売っていたから買ったのだ。他に塩ニシン、赤魚の粕漬け、マスの粕漬け、金目鯛の粕漬け、それらも65円で買った。塩ニシンは100グラムで65円で、一匹106円だった。
 その中で糠イワシが一番おいしかった!
 糠イワシの味は期待していなかった。昔、明太イワシというのを買って焼いて食べてみたことがあるが、焼くときに明太子がパチパチとはぜて、イワシ全体が焦げて、それを口に入れてみたら、焦げ臭いだけでまずいし、明太子は飛びはぜてしまってイワシには残っていないし、何のための明太子なのかわからなかったし、それどころか飛び散った明太子の粒がコンロの壁にくっついて、取れなくてどうしようもなかった。それで明太イワシはもう買わなくなったし、イワシの加工品も買わなくなった。
 でも今日、おそるおそる糠イワシなるものを買って、焼く前にネットで食べ方を調べたら、生でも食べられるとあったけれど、スーパーで売っていたのはバットに何十匹も重なって売っていて、糠は申し訳程度にまぶしてあるだけのものだったから、生で食べるのは危険だと思って、焼いた。
 食べてみたら、ちょうどいい塩加減で、それでいてほんのり甘くて、舌の上をとおって鼻に抜けるうまみがあって、買った魚の中で一番おいしかった。ネットでは、乳酸菌がはたらいて、うまみが増すのだそうだ。普段の生のイワシの焼いたのもおいしいけれど、糠イワシは、好きになった女のからだの香りと、からだの奥の芯の味がした。あくまでも惚れた女の、匂いと味に似ていたということだ。
 この糠漬けイワシの味は日本酒と一緒に食べたいと思ったが、もう暖かくなったから日本酒は飲まないことにしたから、次の冬になって寒くなったころに日本酒と一緒に食べようと思う。でも夏でもビールの肴でも合うだろうから、これからちょくちょく買って食べようと思う。
 新潟市では二日前に桜が咲いて、三月五日の今日、満開だったそうだ。

部屋の物を捨てることの一段落

 やっと部屋のゴミをまとめて、片付けの一段落になった。明日の朝、燃えるゴミに捨てる。でも要らない物を捨てるのと、整理整頓をして物をあるべきところに置くのと、部屋の中の汚れを落とすまでは、ざっと見たところ六段落くらいあるようだから、まだまだかかる。
 今日気まぐれにデジカメで映像モードで部屋の中を十秒くらい撮ってみた。それをパソコンで見てみたら、どうしてかいつも自分が見ている部屋ではなくて、他人の部屋のように見えた。そしてその部屋はあきらかにゴミ屋敷だった。
 今日の物を捨てる規準は、今自分が死んでも片付ける人が困らないようにということと、この物の持ち主が死んで、片付けの業者が自分だったらこれを残すだろうかと思ったら、残す物はなかった。私の小さい頃の写真は自分のだから残したいけれど、赤の他人なら捨てるだろう。ということは金目のもの以外は捨てることになるのだろう。部屋の中に金目のものはない(現金は数千円しか置いてない)。だから普段の生活で使う物(大きな電気製品やベッド家具以外では、パソコンとか、電話機とか、ギター一台とか、炊飯器とか、電子レンジとか、下着とかタオルとか、作業着とか、時計とか、ラジオとか……)それら以外は捨てても困らないし、捨てても心はいたまないだろう(捨てた寂しさもすぐ忘れるだろう)。
 精神病院に入院している人たちの個人所有の物はダンボール二つくらいのもので、下着やタオルや普段着だが、いよいよそれを規準にすることに、すがすがしく近づいている。

ブリあらを買わなかった2018春

 腰が痛くて昨日おとといと寝ていたから、今日は腰の具合は良くなって、部屋の片付けをして、夕方買い物に行ったら、原信でブリのあらのパックが198円で売っていて、パックには頭の半身が二つ入っていたし、春になるころのブリあらの味をみたいなと思って、買おうかなあと、パックの前で5秒思案したが、その日買うものはその日部屋を出る前に決めて出るし、ブリあらを煮る手間が面倒だと思ったし、食べたあとの煮こごりを捨てる始末も面倒だと思って、買わなかった。
 今、日曜日の夜のラジオ寄席を聴きながら、今日買ったブラジル産鶏のもも肉を電子レンジで蒸し煮にしたのを食べていると、ブリあらを買わなかったことを後悔しているのだけれど、もう何日したらもっと暖かくなってブリの旬が終わるだろうし味は落ちるだろうから、もう後悔しても仕方がないのだと思って、あきらめた。 

 今夜のラジオ寄席の最後で、今日のラジオ寄席は今シーズンで最後だと言った。また野球放送でラジオ寄席がなくなるのか。野球放送などやめてほしい。おもしろくないのだから。
 野球放送の専用AM局をつくって、野球中継を聴きたい人は、その放送を聴けばいいじゃないか。野球中継より、音楽や落語を聴きたい。
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