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徒然のブログ

つれづれの思いなどを

新潟市というのは海の底か新潟県では一番辺鄙な場所だった

 ネットで、平安時代の寛治三年の新潟平野地図というのを偶然見つけた。
平安時代の新潟県の古地図・湾になっていた上の全体図の右側が切れているから、西側の部分を下に載せる。
平安時代の新潟県の古地図の右側・西側
 これを見ると、三条、白根、亀田、新潟市は、海の底だったのだ。
 南とか西とか東とか、蒲原郡といわれるところは、海か沼だったのだ。

 今の三条市から加茂市、田上、新津への道、403号線が通っているところが海岸線だとわかる。そういえばあの道は片側がすぐ山で、その反対側は一面平たい田んぼだ。
 これでなぜ新津や古津が海から離れているのに津という字が使われているのかわかる。沼という字もある。潟という字もある。

 弥彦山や角田山のような海ぞいの山や、その高いつらなりが、長い半島のように突き出していたのだ。その先っぽが新潟という潟や沼だったのだ。新潟市というのは半島の先っぽであり辺鄙な場所だったのだ。
 この大昔の地図には著作権はないだろうから、画像を載せさせてもらう。この地図をときどき見たいのだ。

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